4-16
Side:Luna
「魔物はいないようですね」
すぐさま気配を探った煌炎がにやりと笑む。
「嬉しそうだね。あーぁ、折角煌炎を一人で働かせられると思ったのに」
とても残念だ。
あくせく働く煌炎を高みの見物、したかったなぁ。
結構本気でため息を吐きつつ指を鳴らして結界を解除する。
ようやく外へと魔力を供給する必要もなくなって、体内に魔力が綺麗に巡った。
「じゃあこのままギルド支部まで転移――ん?おいルナ、何か来たぞ」
言われるまでもなく分かっている。
恐らく壁の上から勢いよくこちらへと飛び降りて近づいてくる三つの気配。
剛毅と風音、そしてシルヴァのものだ。
「ルナ!!」
空中に足場として板状の結界を張って足場にし着地したシルヴァは喜びの表情も束の間、それをすぐに引っ込めた。
目が私の体全体を確認するように落ち着きなく動く。
何かを言おうとした唇がすぐに閉じられ耐えるように噛み締められた。
そうしている間に遅れて登場したのは剛毅と風音ペアだ。
彼等は彼等で剛毅が魔術、風音は鳥の獣人特有の自らの羽で宙に浮かび、私達の有様を見て絶句している。
「ちょっと皆酷い怪我じゃない!!」
「治療を……あぁ、医療部か、待っててくれ、お三方がいつ戻ってくるか分からなかったからギルドにいるんだ。今呼んで……」
「あぁ、気にしなくていいよ。自分達で行くから。
そんなに騒ぐほどのものじゃないしね」
「その通りですね。
ですが俺達も痛みが無いわけではないので、話は後にして転移して構いませんか?」
私と煌炎の言葉に三人は動揺しつつ頷いた。
まあ当然の意見だ。
どうも動揺した隙に付け込んだ感が否めないけど。
もう一度氷雨が転移を発動して、今度はギルド支部の入り口に降り立つ。
やれやれ、やっとの帰還だ。
「それで、医療室に行けばいいのか?」
私達は全員、どうにも初めての経験だからいまいち勝手が分からない。
氷雨がきちんと繋がっている指で頭を掻きながら首を傾げればそこの傷から微妙に止まっていた血がドボリと落ちた。
つい噴きだしちゃうのは仕方がない事だと思う。
「あっはははは!何それ、面白いね。もう一回やってよ」
「器用になりましたね氷雨。
尊敬しますよ。そうなりたいとは絶対に思いませんが」
「おいお前らには心配の心がねぇのか」
「いや、勿論あるけど。
にしてもこんな状態だと床を汚してしまいそうだね。
私も色々まだ出てる最中だし、煌炎も脇腹から肉片がポロリしそうだし…」
そうなるとギルドがちょっとした恐怖の建物っぽい感じになってしまう。
今だって道に積もった雪を血で汚している真っ最中だしね。
血は一度つくと掃除が大変だから申し訳ないのだ。
それにたぶんまだ避難していた街の人間が中にたくさんいるよね?
一般人にこういう姿を見せるのはよくないって、ちょっとイッちゃってる私達でも分かっていることだ。
「シルヴァ、医療部の人をここに呼んできてもらえる?
それと汚していい外套とかローブとかを三着持ってきて欲しいんだ」
私の頼みに一瞬彼はびくりと体を揺らし、それを誤魔化すように小さく頷いて足早に建物の中に入っていった。
やれやれ、相変わらず困った子だ。
「そんな気を遣わなくてもいいのに。
お三方は今回の功労者なんだから、堂々と入ればいいのよん」
「そうもいきません。無駄な混乱は避けるべきです。
恐らく本部の方も今回の神喰らいの件については公式に発表せず口を噤むでしょう。
あなた達も、今回の事は他言無用です」
「そうそう、金は各国からたぶんたっぷり貰えるし、しばらくは休養のために依頼を回されることも無さそうだから俺達としてはそれに文句はねぇしな。
あ、神喰らいが無理だったんだから、この後他の何か美味いもんでも食おうぜ。
皆暇だろうし別にいいだろ?」
「んー、一日分寝たらね。煌炎もその前に腹に何か入れないと駄目だろうし、君だって必要なことがあるはずだ」
氷雨はゲテモノ好きだけど、同時にグルメなので彼の紹介で入る店や食品にハズレはない。
だから食事は一向に構わないが今すぐはやっぱり嫌だ。
私は食べてる最中に寝そうだし、煌炎は力を使って空腹だろうから一回の食事で足りようはずもない。
氷雨だってちょっと用事があるだろうし。
「んじゃ約束な」
「はいはい。……ん。あ、やば」
ちょっとさっき爆笑したのが悪かった。
焼いて出血を止めておいた傷口からまた血が出始めたのは知覚していたけど、また吐血してしまった。
バタバタと零れ落ちる血が雪に染み込んで赤黒く変色させる。
いつ見ても嫌な光景だ。
「ちょ、ルナちゃん大丈夫なのん!?」
「ほらみろ、他人の不幸笑うからだぞ」
「うぇー、不味い……」
しかも出そうと思えばもうちょっと出せそう。
何て言うかちょっと喉とか気管とかに溜まってる感じなんだよね。
「ルナさん、ハンカチを」
「あ、いいよいいよ。汚してしまうから。
それについでだしもうちょっと出しとく。
後で治療後に吐血も嫌だし」
けほ、と小さく咳き込めば面白いくらい血が出た。
うーん、ちょっと癖になりそう。
些かマズイ心境になりつつ、最後にするつもりで勢いよく咳き込んだ瞬間。
―――本当に間の悪いことに、シルヴァが戻って来てしまった。
「げほっ………あ。」
ただでさえ紙のように白かった彼の顔色がそれを通り越して青くなる。
それを目にして、私は取りあえず誤魔化そうと笑ってみた。
「やぁシルヴァ、早かったね。
医療部の人も外套もありがとう」
「……宵闇、口の血を拭いて下さい。逆効果です」
尤もだった。
「いやその、そんなに心配することでもないんだ。
ちょっとこう、ほら、痰を出したみたいなさぁ」
手でべっとりとついているらしい血を拭いつつ言い訳してみる。
でもシルヴァは無反応だった。
私の心境としては、あちゃー。それに尽きる。
「まあ、ルナさん達は何より治療を受けるべきだと思うぞ?
折角医療部が来たのだし、応急処置をして外套をかぶって一般人に傷だとか血を見られないようにして中に入り本格的な治療に移るべきだ」
「風音ちゃん、ナイスな事言うわぁ!!
そうねん、まず何よりもそうしなきゃ。
シルヴァちゃんもそう思うわよね?」
シルヴァはまたこくりと小さく頷いた。
二人のフォローは助かった。
うん、もうさ、何をしても逆効果だよねあの状況は。
取りあえずピッタリ三人いる医療部の人間達のもとへ応急処置を受けるために向かいつつ、私は小さく息を吐いた。
そしてその後応急処置して体を隠して中に入り医療室に来たんだけど―――シルヴァがピッタリ後をついて離れない。
でもその割に何も話しかけてこないし何だか私との間に妙な隙間(1メートル位)を空けているし……一体この子供は何がしたいんだろう。
剛毅と風音は本部へ連絡を入れておいてくれるらしく席を外しているし、治療はそれぞれ区切られたスペースで行われるから真っ白なカーテンで仕切られたこの空間にいるのは私と治療者とシルヴァだけだ。
何コレ気まずさで窒息しそう。
「……宵闇さん、貴女ね、無理しすぎでしょう。
何を傷口焼いてくれちゃってるんですか。
血管も神経も完璧に焼き切れていますよどうするんです。
しかもそれじゃ不便だからって魔力使って無理矢理動かしてましたね?
誤魔化されませんよ?分かりますからね?
これでも私は医療部の統括してますから。トップですから。
世に聞く実力者である貴女の治療を出来ることはなかなかの誉れではありますがそれがこんなのだとは全く予想もしてませんでしたよ。
大体なんですかこの裂傷とか内側から裂けてますよねどうやったんですかいえ話さなくていいです聞きたくないので」
そんな中で流暢にしゃべる医療部の統括だと言う彼。
ちょっと色々止めてくれないだろうか。
え、治療ってこんなんなの?
皆毎回こんな風に小言をチクチク言われつつ治療受けてるの?
てか私だけこんな扱いなのか?
「へぇ、それで凍傷は放置ですか、なるほどなるほど。
流石はランクSSとでも言いましょうか?
ご自分の体の限界はよくお分かりのようですねぇ、確かに煌炎さんならば強靭な竜族の体や吐き出す炎の熱量が体内にもありますから後々すぐにこのように治療に移れば後遺症など残らずにきちんとそれまで通りの動きが可能ですとも。
ですがそこまで分かっているのならすぐに一度でもそのご自慢の炎で腕を覆った氷を溶かしておいて欲しかったですねぇ俺達の仕事が楽になりますから。
それにこの脇腹。すっかりスリムになっちゃって、こちらは自分で傷口をお焼きに?
ははぁ、こちらはお焼きになられたんですね。
火力が安定せず生の部分や焦げた部分と選り取り見取りですけど。
こっちを焼いたなら、ねぇ?
それに何でもかんでも焼けばいいと思ってます?思ってますよね?
焼けばいいってもんじゃありませんから。
血管と神経繋ぐのどれだけ大変だと思ってんですか。
分かってます?分かってませんよね?
まあ分からないのも納得ですよ、煌炎さんは竜族ですからその辺りの治癒魔術についてお詳しくないのも当然の事ですから俺達の苦労にお詳しくないのもまた当然の事ですよねそうですよね」
「………えぇ、その、まあ……そう、です、ね」
「指が全五本、一枚の皮で繋がっているいる状態ですか。
それはそれは、よくぞご無事でと言った方がよろしいですか?
こちらとしましては外れかけた指を氷などで固定していただいておいた方が助かったと言えば助かりましたがそれは置いておきましょう。
喉も膨大な詠唱によりがらがらのようですから魔術を使いたくなかったんですよねそうですよね。
そりゃあ氷雨さん程の魔術師ならば詠唱無しでもこのくらい朝飯前でしたでしょうけどそこまで気もまわりませんよねなにせ戦闘中ですし。
そして先程からかなり出血していらっしゃいますがこちらは?
あぁいえ、分かりますよ魔物の爪にでもやられたんですよねお聞きしたいのは原因ではなく何故まだ出血しているのかと言うことなんです。
他の方はやりすぎ足りなさすぎというか肉を抉られている状態で血管、神経ごと焼くという暴挙に出られていらっしゃいますが、氷雨さんの傷ならば傷口を軽く焼くか凍らせるかすれば出血自体はおさえられたはずなんですがねぇ?
あぁ、まあ確かに状況確認のため首を動かす際少々それらは邪魔になってしまいますから、戦闘のプロであらせられる氷雨さんとしましてはご自分が出血多量で意識を失う危険性よりも周囲を把握しきれず戦闘の足を引っ張ることを危惧した結果なのでしょうそうですよね凄いと思います流石こちらとは考え方が違ってらっしゃる」
「……は、ははは。まあ、その、な?」
全員そうだった。
耳を澄ませて他の彼等の会話を聞いてみるも、ちょっと聞きたくなくて意識をそちらから遮断する。
鬱になりそう。
「聞いていますか宵闇さん。
それと全身の打撲痕はなんですか。
肋骨三本大腿骨一本鎖骨一本上腕骨一本折れてるのも分かってますからね。
私の魔力を枯渇させるつもりですか」
「あ、それなら大丈夫。
正直この穴だけどうにか表面上塞いでもらえれば後は自分で回復できるし」
私なりに気を遣ったというか、統括にあまり迷惑をかけないようにそう言ったのだけど。
何故か目の前の彼は額に青筋を浮かべた。
「どこが大丈夫なんですか貴女分かってます?
今色々体崖っぷちですからね!?
穴塞げばいいって何簡単に言ってくれちゃってんですかそれができれば苦労しませんよ!!
神喰らいっていうのは恐ろしいですねまったく何の魔物を喰ったのか知りませんが貫かれたという触手には毒素があったみたいですよ今周りの肌変色しているでしょうドス黒く!
しかも宵闇さん貴女貫かれた直後すぐに止血のために焼いたんじゃなくて何かしましたね?
何だか均一なはずの傷口に所々ほつれと言うか更に抉れた痕あるんですけど何したんですか本当。
あ、これにはしっかり答えてもらいますよモノによっては治療方針変わってくるんですから」
「いや、ちょっとこう、紙でぐりっと…」
だって仕方なくないか?
式神はあの場面で絶対に必要だったし。
「式神と言うやつですか聞いてますよ本部で噂ですよ。
宵闇さんの独自の術式だそうで。
ちなみに紙でぐりっというのはどういう状況でしょうねすごく気になりますよ」
「あはははは……」
「……ルナは、式神を使う時術の完成に血を必要とする。
だから式神のもとになる紙に血を染み込ませるために傷口に差し込んで抉ったんだと思う」
「ほう」
背後からぼそりと呟かれた言葉に目の前の統括が低く声を発する。
何故このタイミングでシルヴァは喋るのか。
今までだんまりだっただろう。
「取りあえず、治療に移りましょうか…?
話はその後の方がゆっくりできますし、ね?」
あ、詰んだ。
そう思ったのは間違いじゃないと思う。
「……ふぅ、こんなものですか。
気休めにしかなりませんが包帯も巻いておきます。
肩の傷は本当に毒素を抜いて表面の薄皮だけが再生した状態ですから。
いいですか?絶対安静ですよ?
ちょっと何かが傷口にあたっただけで最悪また破れますからね?」
「わかった、わかったから。もういいだろう…?」
毒素を抜くのに一時間、皮を再生するのに十分、腕の裂傷を治すのに三十分、各所の打撲痕と擦り傷切り傷に五分、全身の骨折に一時間。
その間ずっと小言を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。
煌炎たちはまだ終わってないみたいだから依然としてエンドレスだけど。
何だか部屋に入る前よりげっそりした気が自分でもする私を胡乱気に見つめて、統括はシルヴァに目をやった。
「宵闇さんをしっかり見張っていて下さい。
絶対に安静にさせるように。いいですね?」
「分かってる。……ルナ、部屋に行こう?」
シルヴァは恐々と私に手を伸ばした。
まるで小さな衝撃でも壊れてしまうとでも言うように繊細な動作で私を抱き上げる。
「別に歩けるんだけど」
「安静だと言ったでしょう。歩けるのがおかしいですから。
普通はぶっ倒れるか下手したらそのままご臨終コースです。
というかご臨終が基本です」
「それが治療者の言うことか。
……まぁありがとう、助かったよ。
自分でやった方が速いけど、君にやってもらう方が丁寧だ」
「……嫌味ですか」
そういう訳ではない。
自分でやるとこんなものかともう程度の所で止めてしまうから、結構ずさんな感じに仕上がるのだ。
でもこうして他人にやってもらうと本当に些細なものまで傷を癒されて、なんだかくすぐったい。
そう告げれば統括は目を見開き、次いで嬉しそうに初めてその顔に笑みを浮かべた。
「そう言っていただけると光栄です。
ですがご自分の体は大事にして下さい。――では、お大事に」
「うん、ありがとうね」
ひらひらと手を振れば安静に、と叫ばれた。
これくらい全然平気なのになぁ。
私を運ぶシルヴァはそんな彼に小さく頭を下げて医療室を出る。
気を利かせてくれたらしく、ギルドの方で二階に部屋をとってあるらしい。
でも確かに高級な宿よりも今はギルドの部屋の方が有り難かった。
それは煌炎と氷雨もそうだろう。
「おや、これはまた豪勢な部屋を用意されたものだね」
ゆっくりと扉を開けてシルヴァが足を進めた先に広がっているのはそこらの宿にも負けない程の一室だ。
リビング的な部屋と、そこから恐らく浴室やトイレに繋がるであろう二つの扉、最後に広めの寝室。
まあ一応世界の危機(笑)を救ったんだし当然と言えば当然か。
「あ、シルヴァ、ちょっと待って」
安静にさせろと言われたからだろう、すぐにベッドへと私を運ぼうとする彼を止める。
すると困惑と責めるような色を宿した瞳がこちらを見下ろした。
「一度下ろしてもらってもいいかい?」
「……嫌」
「なら自分から飛び降りるけど」
「駄目!」
すぐさま返ってきた返答に苦笑する。
ならばともう一度問えば、しぶしぶ彼は腕をゆるめた。
きちんと自分で立って、今も着たままのローブの中で戦いの最中来ていた服を破り捨てる。
ビチャリと湿った音とともに床に落ちた衣服は捨てなければ。
床を汚してしまうし。
こういうのがあるから普通の宿だと申し訳ないんだよね。
その点ギルドの部屋なら分かった上で貸し出されるし、楽でいい。
「ルナ、俺がやっておくから。だから、寝て」
服を拾うためしゃがみかけた私を制してシルヴァが言う。
その声音はもはや懇願に近かった。
顔は泣くのを堪えるように歪められているし、もう、本当に困った。
やっぱり私がいじめているみたいじゃないか。
「わかったよ。じゃあ運んでくれるかい?」
「ん……」
再び抱き上げられてその胸に頬をくっつける。
確かに体は疲労していた。
でも矜持がそうさせるのか私も煌炎も氷雨も他人にこういう、弱った状態を見られることを好まない。
だから外でも医療室でもあんな感じだったけど、もう、いいかな。
気を緩めた途端睡魔が襲ってくる。
抗えない程ではない生理的なものだけど、それでも眠いものは眠くて欠伸を漏らした。
丁度いいタイミングでシルヴァが寝台へと私を下ろす。
「……泣きそうな顔をしているよ。そんな顔をするものじゃない」
「してない…」
「ふふ、表情を他人に読み取られないようにするのはいいけれど、少しくらい気を抜きなよ。
それに他の皆には顔色が悪いくらいにしか思われていなかったけど、君、寝てないね?」
私の問いに知らん顔して上から布団をかけようとする彼の手を止める。
ゆっくりとその手を引っ張った。
「一緒に寝よう?寒いから」
「……駄目、傷に悪い」
「平気だよ。ほら、いいからおいで」
もう一度手を引けば彼の体は逆らわずに寝台に乗り、所在なさげにもう片方の手が彷徨った。
まったく世話の焼ける子だ。
自分の横に魔力を使って横たえさせればまた不安そうに瞳が歪んだ。
「ルナ、安静にして…」
「ちょっと魔力を使っただけじゃないか。
君は心配性だね。……二日間、寝なかったのかい?」
「……だって、ルナがいつ帰ってくるかわからない」
「君はハチ公のような子だね」
「……?」
「死んでしまった主人を自分もそうと分かりながらずっと待ち続けた利口な犬の事。
私の故郷で有名な話でね。銅像までたってるんだ」
言ってから犬に例えたことに気を悪くするかなと思ったけれど、シルヴァが反応したのは別の言葉だった。
「ルナは、死んだりなんかしてない…!」
「………あぁもう、ただの例え話だろう?
泣くものじゃないよ、ほら」
ボロボロと涙を流す彼を自由な左手で拭う。
そうすれば縋るようにその手を掴まれた。
「ルナは、ちゃんと帰ってきた。だから、違う…」
「そうだね、君と約束した。
私はきちんと君の望みを叶えられただろう…?」
「……でも、怪我」
「それはなるべくしないようにすると言っただけじゃないか」
私の言葉にシルヴァの目がローブの襟元からのぞく包帯へと向かった。
変な子。怪我をしているのは私で、彼には一切の傷などないのに、どうしてそんな酷く痛そうな顔をするのか。
ついいつもの癖で頭を撫でようとしてぎこちなくしか動かない右腕に気づく。
あぁ、そう言えば動かせないようにとかなり執拗に包帯を巻かれたんだっけ。
「困ったな、君を撫でられない。
私は他に宥め方を知らないから、どうしていいかわからないや」
「………っ、…」
私の言葉にシルヴァの瞳から零れる涙が量を増す。
何だろう、何か気に障ることを言ってしまったのかな。
「どうしたの?」
「式神も、俺の事、撫でてくれようとした。でも、出来なくて、消えた」
「あぁ、彼女は消える時燃えるからね。
撫でていたら君は大火傷だ。
にしても消える直前に君を撫でようとするなんて、君は彼女の近くにいたのかい?」
まあ大方の予想はつく。
きっと心配になって追ってしまったのだろう。
「式神は、俺の事庇って消えた。
俺は結局弱いままで、なら、もしかしたら本物のルナも、実際にそんな風になるかもしれなくて、不安で…
こうやって今日ルナが帰ってくるまでが怖くて、でも帰って来てからも怖かった。
ルナは全身血の匂いしかしなくて、肩なんて、あんな状態で……血だって吐いてた。だから…」
「……ごめんね、心配をかけてしまったらしい。
平気だよ、明日の夜には治っているだろうから」
でも、庇ったというのはどういうことなんだろう。
別に私は絶対にシルヴァだけを守り抜きたいなどとは思っていない。
そう思うような相手はこの世界ではセイだけだから、そんなこと有り得ないはずなのに。
それとも式神がそう考えるような状況だったのかな。
彼女のその時の状態は知りようがないから全ては謎のまま、ただシルヴァを式神が――私の分身が庇ったという事実が私にのしかかる。
―――いいや、考えるのはよそう。
きっとそうすることが彼女にとって最善と思えたのだ。そうに決まってる。
それより今は目の前で泣いている彼をどうにかしないといけない。
心に澱んだ思考に蓋をして微笑む。
私の言葉にもまだ不安そうに揺らぐ薄墨の瞳。
そんな風に泣かれるのは嫌いなんだ。
「ほら、寒いからもっとくっつこう。
君は少し前から寝る時にはずっと私を抱き枕にしていたのに、今日はしないのかい?」
「だって、傷が」
「平気だってば。包帯で保護されているんだしね。
私も温かい方が嬉しいし、君もその方が安心するんじゃないかい?」
子供は母親の鼓動で安心するらしいし、今シルヴァは私が死ぬかもしれないという不安に襲われているらしい。
その両方を考えればくっついてしまうのが一番いいように思えた。
私の言葉に彼も恐る恐るながら素直に手を伸ばしたから、きっとそれで正解だったのだろう。
やっぱり硝子細工でも扱うようにとても慎重に抱きしめられて、私はつい笑った。
「シルヴァ、君さ、ご飯も食べていないだろう?」
「…………たべ、た」
「嘘を吐くのかい?悲しいな…」
「ごめんな、さい。……本当は、食べてない」
「いつから?」
「………」
「なるほど、私達が出ていった日からだから、二日前からか」
「……!」
びくりと図星をさされたことでシルヴァの体が揺れる。
沈黙は時に何よりも雄弁だ。
特にシルヴァの場合は私に嘘を吐くことに抵抗があるのか、そういう時は絶対に返事に間があったり何も答えなかったりする。
「となるとその日の夕飯から1、2、3、……七食も抜いたの?」
「それくらい、平気。
前は一週間に一度の食事で過ごしてたこともある」
「前の話だろう?今はダメだよ。
君はまだまだ成長期なんだから、食事は三食きちんととらないと。
そうだな……私はたぶん明日の夕方くらいまでずっと寝っぱなしだろうから、君は先に起きるはずだ。
そうしたら私が寝ている間になにか食事をとっておいで」
「………嫌だ。離れるのは、怖い」
キッパリと告げられた言葉につい目を瞬いて、ついで苦笑する。
だってさ、その言葉って。
「ふふっ、まるで君を拾ったばかりの頃に戻ったみたいだ。
あの頃の君は口には出さないだけで同じことを思っていたのがとても分かりやすく伝わってきていた。
君はあの頃に比べるととても素直で我儘になったね」
「ごめんなさい…」
眉を下げた彼に首を振る。
そうさせたのは私だ。
より多くを望むように、そう仕向けた。
「いいや、叱っているんじゃないんだ。
むしろそうなるようにしたのは私の育て方なのだから、これでいいんだよ。
我儘な君でいい。だから食事をとるのはこの部屋にするといいさ。
そうすれば離れていることにはならないだろう?」
「……!」
「ふふ、それと明日の夜には氷雨のおすすめの店に行くことになった。
一緒に行こう?今回の依頼でたくさん依頼金が出るだろうから、私達の奢りだよ」
「ん。ルナがいるなら、行く」
「そう。ならきちんと眠って食事を食べて。
そうしたら連れて行くよ。分かったね?」
「……わかった」
しぶしぶ頷いた彼に苦笑する。
別にそんなに意地にならなくてもいいのに。
例え食事をとらなくて平気でも、空腹感を感じない訳ではない。
「それじゃあ寝よう。おやすみ、シルヴァ」
「おやすみ、ルナ……」
少しだけ疲労感の残る整った顔に微笑みかけて、私は目を閉じた。
なんだか最近全く人物紹介をしていなかったことにハタと気づきました。
・剛毅 男 (29)
ギルドランクS
オネエなガッチリ系イケメン。
種族は人間で同じくランクSである風音とはギルドに登録してすぐ意気投合しチームを組んだ。
今では二人合わせて矛盾ペアと呼ばれるほどの知名度の高さ。
男も女も愛せちゃうぞドンと来いやぁ!というノリのバイ。
そういうところも風音と仲良くなった切欠。
色んな所に恋人がいるしその地へ行くたびに色々してるけど、実は風音が本命。
ただし彼女からは数いる“そう言う関係”のうちの一人、としか認識されていないため完全なる片思い。
しかも下手に身体の関係もあるし恋人というくくりに入ってしまっているためかなり厄介。
どうしたら風音の本命になれるのか今も分からず、結局恋人の一人に甘んじている。
実際剛毅自身も大本命と言うだけで他の男や女と関係持ちますしおすし。
・風音 女 (22)
ギルドランクS
矛盾ペアの矛担当。
一人称はオレ、口調は固い。しかし外見はキュートな女の子でありそのギャップでまあモテることモテること。
男も女も入れ喰い状態で、ペアを組んでいる剛毅ともそう言う関係。
いつも新しい出会いを求めており、SSの三人を恋人に出来ないだろうかと画策しているが毎回フラれる。しかしめげない。挫けない。
たぶん真正の浮気性。
誰か一人を見ることが本質的に無理なのだろうと自分でも思っている。
・医療部
何だかお小言が多い。
どんな軽傷でもどんな重症でも治療を受ける者は必然的に小言を聞くことになる。
ただそれは心配してくれているからで、それがギルド員にも伝わるため結構利用者は多い。
何だか故郷の母親に会っている気分になるのだとか。
ただしランクSSの三人が再び医療室に行くことはもうないだろう。
・諜報部
今回の依頼では使えないとバッサリ切られた可哀想な部門。
これでも結構優秀なのに。
ギルドのこういった部門ごとの人員は引退したギルド員や現役のギルド員を副業的なノリでスカウトして集めているため、決して弱い訳ではない。
今回は相手が悪かったの一言に尽きる。
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