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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の思慮
46/178

4-14*

残酷描写があります。ご注意ください。

Side:Silva




あっという間に遠くなった背中に、どうしても取り払うことの出来ない不安の影が濃くなる気がした。

あんなにルナに言葉を尽くされて、現実にその強大な力を示されもしたというのに。

けれど彼方から感じる魔物の気配が今までに感じたことのないようなそれだから、どうしても駄目なのだ。

何となく微かに本能が告げていた。

向こうにいるのは、自分などが及びもしない絶対的な何かなのだと。

そこに彼女を一人で(勿論煌炎や氷雨がいることも分かってはいるけれど)向かわせる事が不安で心配で堪らない。

彼女と離れることが恐ろしくてならないのだ。


「……さて、それじゃシルヴァちゃんと焔火ちゃんは軍の施設に行ってもらうわん」


「ここはオレ達の管轄だからな。

邪魔をされたくはないし、さっさと行ってくれ」


「チッ、分かってる。おい、行くぞ狼」


共に去りゆく背を見送ったランクSの二人に促され、俺達は後ろ髪をひかれつつその場を後にした。

それでも足を進めるごとにルナが遠くなるような気がして何度も足を止めたくなる衝動に駆られる。

ルナと少し離れただけでこんなに情けなくなるなんて。


もう出会って五年だ。

五年の間に彼女が四六時中傍にはいない状況にも慣れたと思っていた。

彼女と別行動でそれぞれの用事を済ませたり、実際三年目には俺自身単独の依頼を片付けたりもしていたのだから(それが例え一日で済むものであったとしても)。

なのに、やっぱり駄目だ。不安で仕方がない。

彼女がこのまま消えてしまうような気がして。


今日の昼もそうだった。

剛毅に付き合わされてひたすら服を変えている最中に少し遠くなった気配。

ルナは俺の服を見繕ってくると言っていたから、店内からは出ないはずなのに。

それが恐ろしく、俺は剛毅が驚くのにも構わずすぐにその場を離れた。

周囲を取り囲む人垣があれ程邪魔に思えたことはなかっただろう。

今も思い出すだけで忌々しい。

あんなに集まって、一体何を見ていたのだか。

でもだから、店のすぐ外、道の端に立つ彼女の姿を認めた時には心底安堵した。

ルナが俺を置いて消えていないこと、彼女の身に何も起こっていなかったこと。

じっと自らの手のひらを見つめるルナの手をそのまま取った時、浅ましい俺は真実など告げられなかった。

だって俺の恐怖はルナを信じていないことと同じだ。

だから真実の一部を隠して、もう一つの心配だけを口に出した。

それに彼女は笑って応えてくれたけど、やっぱり俺は最低だ。


そしてだからこそ、その後の彼女の行動に疑問を持った。

さりげなく――本当に何でもないように抜き取られた手。

いつものルナならそんな事はしないはずだった。

彼女はとてもおおらかで、一度捉えてしまえば手を使うような動作を必要としない限りそれを拒むことはしない。

なのに、素早く離された手。

一瞬、俺の汚い本心や嘘が分かったのかと思ったけど、すぐにそれは違うと分かった。

だってルナはそういうことは口に出して、きっぱりと否定する。

それに俺のそういった部分が気に入らなければあの場で俺のもとから去っただろう。

だからルナが手を離した要因は、彼女の心の中にあるということで。

それを見極めたくて彼女の顔を覗き込んだけれど、結局笑顔に阻まれ出来なかった。


「………!」


「始まったか」


距離があっても結界があっても明確に感じ取ることが出来る力に、思考が一時的に止まる。

俺と同じ様に進む足を止め振り返った焔火も目を眇めそう言った。

感じる主な力は煌炎と氷雨のもの。

ルナのそれは感じない。


「化け物女はまだか…」


「……だから、それを言うなと言ってる」


本当に気に食わない男だ。

今はルナが傍にいなくて、自分でも少し不安定になっていることは自覚している。

でもだからこそ言わずにはいられないのだ。

目の前の男はただ面倒そうに鼻を鳴らしたが。


「一々うるせぇ奴だな。事実を言って何が悪い。

それよりさっさと行くぞ。

一応命じられている事だからな」


「分かっている」


その時丁度、ルナの大きな力を感じた。

けれどすぐに途切れてしまったから、恐らく周囲に結界か何かを張ったのだろう。

――でも、そんなことをしなければいけないような敵とは一体何なのだろうか。


「本格的に始まったな」


不愉快そうに顔をしかめる焔火の心情としては分かる。

強すぎる力の奔流が肌を刺して、神経を逆撫でするのだ。


「ルナが向こうでも結界を張った。一体何が…」


「知るかよ」


「………」


つい舌打ちする。

だがこの男に聞いたことが間違いなのだから仕方がない。

さっさと歩き始めた焔火の後ろを少し離れて歩きつつ、中断していた考え事へ思考を移す。

こんなのの相手をして苛々するより、ルナの事を考えていた方がずっと有意義だ。


「………?」


その時ふと、本当に微かにだがルナの魔力の残滓を感じて俺はそちらを向いた。

気配は俺達の目的地である軍の施設に存在している。

つい気になって、俺は焔火に最低限の断りを入れ気配のもとへ向かった。

駆けた先にあったのは人の群れ。

北要塞の人口の約半数が集まっているのだから当然の事だが、やはり多すぎる人の気配が邪魔に感じる。


「……あれか」


けれど俺がルナの気配を見失うはずがない。

見つけ出した先にいたのは同い年くらいの男女の子供だった。

そう言えばあの時ルナは子供が転んでいたから助けたと言っていたっけ。

あれがそうなのかもしれない。

仲良くしっかりと手を繋いでいる子供たちを遠目から見ていると、視線を感じたのか目が合った。


「………」


どうしたらいいか分からずに首を傾げる。

そうすれば何故か子供二人はこちらへ寄ってきた。


「お兄さん何か用?」


小首を傾げながら問われても、どうしていいか分からない。

あまり自分より年下の相手と接したことがなかったのが原因だろうか。

ルナはこういう時、どうしていただろう。


「……その、とても髪の長い女の人に、会ったりした、だろうか?」


取りあえずルナが出会ったばかりの頃、小さかった俺にそうしていたようにしゃがみこんで目線を合わせる。

出来る限りキツくならないよう注意しながら問いかけてみた。

そうすれば二人は顔を輝かせ大きく頷く。


「魔法使いさんだ!」


「会ったよ!俺達の事助けてくれたんだ!」


やはりルナが助けたという子供たちだったらしい。

……でも、少し不思議だ。

ただ怪我を治しただけならこうして魔力の残滓が残ることは無いはずなのに。

近づけば先程よりもはっきりと感じ取ることが出来る。

これは――――守護?


「お兄さん、魔法使いさんの知り合い?」


「そう。弟子をしている」


「魔法使いの弟子なんだ!すげー!!」


きらきらとした目を向けられると少し照れくさい。


「魔法使いさんね、すごいんだよ。

私が転んで痛がってたら横に来て、ぱって治しちゃったの!」


「それにお礼言ってもそうしたかったからいいんだって」


「確かに、優しい。望めば大体叶えてくれる」


叶えてくれないこともあるけど。

昨日の夜を思い出しつつつい愚痴のように言ってしまった言葉。

けれど子供たちは不思議そうに揃って首を傾げた。


「えー?魔法使いさんは何も言わなくても魔法してくれたよ?」


「そうだぞ。なのに勝手にごめんって謝ったんだ。変なの」


「え………?」


つい、言葉を失った。

だってルナが望まれてもいないのに魔術を使って、誰かを助けたなんて。

彼女は優しい人だから、相手が困っているなら助けようとその手を伸ばす。

でもそれには大抵必ず望みはあるかと、そう問う動作が挟まれる。

勿論それに該当しない場合もあるけれどそれは大概魔法や武力を用いないものばかりで、そうでなかったとしても緊急を要する場合だとかだ。

けれど今回は時間がたっぷりあって、治癒の魔術を使う内容で、なのに。

問いかけもしないで、ルナ本人すら自分がしているのは望まれているからではない、自らの意思による勝手な行動なのだと認めている。

それがどれだけ大きな意味を持つか。

分からなくて、分かりたくなくて思考が停止する。

けれど幼さ故にそれに気づかない子供たちはそれからもどこか得意げにルナの言葉を語った。


「それに私達に、ずっと手を握っててって」


「絶対離しちゃダメなんだって言ってたよな!」


でも、何だか悲しそうな顔をしていた。

そう言う子供の声をどうにか頭に入れながら、俺は散り散りになりそうになる思考をかき集めた。

俺が見つけたあの時、ルナは自分の手を見ていた。

その姿は今にも消えてしまいそうで、じゃあ、その時ルナは。


一月ほど前、闇ギルドで僅かに彼女の口から語られた“ルナの唯一”のことを思い出す。

―――その相手を、思い出していたのだろうか。

唯一に手を繋いで欲しくて、でも離れ離れになってしまったから、もうそれは出来ない。

俺の手を避けたのも、俺が唯一では無かったから。

そう考えれば全ての辻褄が合って泣きそうになる。


「お兄さん?」


「……いや、何でもない。話してくれてありがとう」


けれどそれを悲しんだとしてどうしようもない事だ。

それに悲しむと同時に俺の中の汚くて狡い部分が囁くから。

――今ルナの傍にいるのは俺だと。

ルナの唯一はもう傍にはいないのだと。

こんな考えを知ったらきっと、ルナは俺のことを嫌う。

だから絶対に知られるわけにはいかないけど、でも、確かにそう思ってしまうのだ。


一度大きく頭を振り立ち上がる。

気になった魔力の残滓は確認できた。

ここにいても仕方がないし、軍の人間のいるところにでも行って何かすることでもないか聞こう。

気配を感じるから焔火ももう到着しているはずだ。

子供たちに別れを告げその場を立ち去る―――その、途中で。


「……!!」


残滓などではない、確かなルナの魔力。

目の前に展開された輝く転移の魔法陣。

そこから現れたのはひらりと舞う真っ赤な紙。

そして鼻をつく鉄錆びの香り。―――血の、香り。


「式、神……?」


俺の声に応えるようにそれは人の形をとり、完全にルナを模した彼女そのままの姿になる。

初めて見る、幼子でも現在より年月の経った姿でもない、今のルナの姿を持つ式神。

閉じていた瞳を開いた彼女は俺を認め微笑んだ。


「やあシルヴァ、さっきぶり。

挨拶もそこそこだけれど、私は用があるから行くよ」


「待っ……」


ただそれだけを言い残してすぐさま転移する彼女。

一体どういうことだ。

あの匂いは間違いなく血で、ルナが以前語った内容によれば式神の術は特殊な式を編み込んだ紙に転写させる者の血を染み込ませることで成立するものだったはず。

なら、あの赤は間違いなくルナのもので。

彼女がそれほどまでの傷を負ったということで。


「………っ、【転移】!」


居ても立ってもいられずに、式神の転移の術の残滓を解析して目的地を探り、そのままそこへ転移する。

目的地は壁。剛毅と風音がいるであろう、街で最も群れに近い場所。

そこに何が。そして、ルナ、貴女は約束を守ってくれると、信じていいのだろうか。


「……ルナっ!」


「私は式神だよ。分かっているくせに、うっかり屋だね、君は」


転移してすぐに叫んだ俺に返ってきたのはそんな言葉だった。

こちらに背を向けたままじっと結界の外を見つめる式神に、すぐ傍にいる剛毅は戸惑いを露にしている。

風音の姿は見当たらなかった。


「剛毅、話の続きだ。風音にすぐ戻るように言って。可能な限りの全力でね」


「式神ちゃん、それは伝えたわ。

ここじゃないけど壁の上にいるって。

でもどうしたって言うのよ、急に」


「あはは、実は少ししくじってね。

ルナ(わたし)の血をべっとりつけた敵がこっちに向かっててさ。―――あぁ、来たね」


その言葉と同時に俺と剛毅の周囲を五重の結界が包む。

けれど式神の周囲はなにもないまま。

そしてこちらへ、恐ろしい速さで“何か”が向かってきた。


「っ……!ほんと、君は触手の先に目でもついているのかい?

確かに片目を潰したはずなのに、きっちり二人を狙うところがなんとも言えないよね」


一瞬で俺と剛毅のすぐ傍まで転移した彼女はいつの間にか抜き放った剣で触手を受け止めた。

ギリギリと力がせめぎ合うのを結界越しにでも感じ、背を冷や汗が伝う。


「式神ちゃん、まさか、それが……神喰らいの一部だって言うの…?」


「あ、こら剛毅。何てこと言うんだい」


「神、喰らい…?」


呆然と呟いた俺に剛毅は今更のように口をおさえ、式神は仕方なさそうに肩を竦めた。

同時に触手が剣を弾き、それを制するように彼女の魔術が閃く。


「何で、神喰らいって、ルナは前に討伐を…」


「それとは別個体なのさ。

もう、秘密にしておくつもりだったのにまさかこんなタイミングでネタバレなんて。剛毅、後で覚えてなよ」


「ごめんなさい、つい…」


「それに一部って、じゃあ、ルナが今戦っているのは…」


「君の想像の通り神喰らい本体だよ。

そりゃそうだろう?私が一番の適任なんだからね」


目の奥に白磁の肌に刻まれた大きな傷跡が浮かんだ。

それなら納得がいく。

あの血の染み込んだ真っ赤な紙も、しくじったと語る式神も。


「もう、しつこいな…!」


執拗に俺達を囲う結界を破壊しようとする触手に悪態を吐く式神はこちらへ視線を送った。

その意図は容易に察することが出来る。

庇いながらでは彼女とて戦いにくいのは当然だ。

だから本当なら俺は今すぐにでも転移してこの場を去らなければいけない。

―――でもそんな事、俺は出来ない。


「式神ちゃん、加勢させて」


「駄目に決まってるだろう。

神喰らいは今、君達を喰らおうとしているんだよ。

ルナ(わたし)が色々としたからね。栄養不足らしい。

これで下手に君達を出してしまって喰われたら厄介だから、さっさと転移して欲しい限りだ」


「でも」


「逆らう気かい?」


「……」


反論できずに剛毅が黙る。


「シルヴァも、早く転移を。

追いかけてきていいだなんて私は言っていない。

結界もそろそろキツいんだ。

私の魔力を常時供給するタイプじゃなくて、前もって貯めた魔力の分だけしか機能しないものだからね。

破れるのも時間の問題。そうなるとたぶん神喰らいは君を狙うよ。

君はこの中で一番弱いけど、種族としての潜在能力は人族の剛毅よりも高い。

結界があるから私も対応できているんだ、それが解ければ私も君を確実に守れるとは言い難いな」


優しさと労りに満ちた言葉。

それが悔しくて唇を噛んだ。

きっとここにいたのが煌炎や氷雨なら、そんな事は言わない。

彼等ならば最低限自分を守る実力があるから、式神は助力を許すだろう。

そうではないとして、こうまで一方的に立ち去れと指示することはないだろう。

でも俺は弱いから、だから彼女はこう言うのだ。


「でも、俺は…!」


「反論は聞きたくないね。さっさと行きなよ」


彼女の語調が段々と荒くなってくる。

それは動かない俺に対する困惑と、向かってくる触手に対する苛立ちによるものだ。

それすら分かっているのに、でも俺は動けなかった。

―――そして、その結果。

スッと、溶けるように結界が消え去る。

それを計っていたいたようにこちらに目にも留まらぬ速度で迫る触手。


結界を間に挟まない、剥き出しのその異物から発せられる圧力に身体を動かすことすら出来ずにいた俺の前で黒が揺れた。

次いで何か形容しがたい、独特のものを貫く鈍い音が耳に届き。

瞬きすら出来ずに事態を見つめるだけだった俺は、その全てを見ていた。

彼女が俺の前にその身を晒し、黒髪に包まれる華奢な背から触手が生えるその瞬間を。


「……な…に、してるんだよ、このクソ餓鬼…!!」


初めて向けられる遠慮なしの罵声。

でもそんなもの殆ど耳に入らない。


「ルナちゃん!!」


「五月蝿い、式神だって言ってるだろ…!」


胸を貫通した触手をそのまま逃さないとでも言うようにしっかり両手で握りしめ、ルナは――ルナの姿をした式神は皮肉に笑って遥か彼方を見やった。


「残念だったね神喰らい。私はただの分身だ。

喰えるようなモノじゃない。

――それに、捕らえたよ」


式神に触れている部分から、触手の表面にヒビのようなものが生じ始める。

それは恐ろしい勢いで少なくとも俺に見える範囲全てを覆い、最後には式神を貫いた先端部分から砂となって崩れていく。

だが胸を貫かれたのだ、式神も無事でいられるはずがなかった。


「式神ちゃん、体が…!」


「ん?あぁ…もう流石に無理だね。

剛毅、風音はきちんと結界の内側にいるかい?」


自らの状態に大した動揺も見せずに式神は冷静に状況を確認した。

――体が、炎に包まれているのに。

でも俺は知ってる。

役目を終えるか倒されるかした式神はこうして消えていくのだ。

本体はルナの血をつけた紙だから、こうして燃やすことで痕跡を残さず完璧に存在を消さなければいけないのだと彼女は言っていた。

でも、少なくとも今まではこうして傷口から灰になるように炎が燃え広がる凄惨なものではなくて、ルナの形から元の紙に戻っていた。

この光景はまるでルナ本人が炎に焼かれているようで、それが俺を恐ろしくさせる。


「そりゃ、いるけど、それより……」


「【なら結界を張りなおしておこう。

ルナ(わたし)が術を解くか死ぬまで、誰一人として通過が叶わないものに】」


高らかに宣言される言の葉と共に魔力が広がり街を包む。

でもその言葉の意味は。


「ちょっと、どういうつもりなのん!?

アタシ達はこの街の守護を任された筈じゃない!」


「五月蝿いよ、状況が変わったんだ。

君達が同時に何体も相手にできるようなレベルの魔物があまりいない。

殆どは煌炎達が倒してしまったからね。

あと残っているのは神喰らいの血肉の一部を喰った魔物達だ。

――煌炎達が苦戦するような強さの、ね」


ルナの知識と意志、そして感情を持つ式神。

だからその分析は確かなものなのだろう。

それでも納得がいかなそうな剛毅に対して、苦笑した式神はもう一度口を開く。


「それに本体の――ルナが相手にしている神喰らいはなかなかの強敵だ。

こうして一部とは言えこちらに手を伸ばすことを許してしまうくらいには。

またこんなことがあったら困る。

食事による回復を阻止するために式神(わたし)を飛ばすのはもう御免だからね。

異論は受け付けないよ。

SSの宵闇が決定したことだ、君達は従うだろう?」


これは元々SSである三人に対して出されたもので、剛毅と風音はただの補助要員。

すべての決定権はSSが持っていることになる。

従ってルナのこの言葉に反論できるのは同じSSの煌炎か氷雨だけ。

剛毅は納得がいかなそうにしながらも渋々頷き、これを風音に伝えるためだろう、下がって念話を始めた。

それを仕方がなさそうに眺めてから式神は俺に目を向ける。

眉が困ったように下がって、彼女の顔に苦笑が浮かんだ。


「シルヴァ、酷い顔をしている。

そんなに色々と気にすることは無いよ」


「だっ、て……」


最早所々が焼け焦げ穴だらけになった体。

中でもそれが大きいのは左胸だ。

――俺を、庇ったことで出来た傷。


「そんな顔をするものじゃない。

私は式神だ。ルナじゃないのだから。

私の消滅はルナの死と同義ではないんだよ?」


それは頭では分かっていた。

でもこの式神の姿はルナそのもので、そして恐らく神喰らいに対抗するため、この街を完璧に結界で覆うため彼女と同等の力を与えられたのだろう。

なら現実のルナだって、もし今のような状態になれば死んでしまうということだ。

そしてその恐怖を助長するように真っ赤に染まった、今は彼女の形をとっている紙が脳裡をチラついて恐ろしい。


「……君は心配性だね」


式神は穏やかに微笑んでこちらへ手を伸ばした。

俺の髪を撫でるような動作をして、でも触れてはくれない。


「ただ(ルナ)を待っておいでと、言っただろう?

それに君は望んだ。

自分のところに帰ってきて欲しいと。

(ルナ)が君の望みを叶えられないとでも?」


「それは、でも……」


「帰ってくるよ、ちゃんとね。

血のことも心配しなくていい。

逆にあっちはあれでスイッチが入ったはずだから」


彼女は俺の心配事すら言い当てて、そっと手を引いた。

穏やかな表情が一瞬歪んで、複雑そうに彼方を見つめる。


「ルナは化け物だから、何の心配もいらない」


「……違う。ルナは、そんなんじゃない」


どうせまた笑ってかわされてしまうと分かってはいても、それでも俺はその言葉を看過することは出来ない。

だから何時ものようにそう言った。

――けれど返ってきたのはいつも通りの笑顔と言葉ではなくて。


「ありがとう」


哀しそうに瞳を伏せるそれは、初めて見る、いっそ今にも泣き出しそうなそれで。


どうしてそんな顔をする?

その貴女の悲しみはどこからくるのか。

まだその二つ名の通り闇に包まれたままの過去?

それとも俺には開かれないその心の中?

貴女の憂いを晴らすためなら、きっと俺は何だってするのに。


「……ふふ、相変わらず、可笑しな子だね」


俺の動揺に気づいたのだろう、彼女は哀しみの表情をすぐに消し去っておかしそうにころころと笑った。


「君はそのままでいて。

そのまま、(ルナ)を待っていてあげて。

………じゃあね、シルヴァ」


そして最期にそう言って、その身を全て灰にした。








Side:???



本当に、変な子。

己に与えられた力が段々と消えていくのを感じながらそう思う。

だってさ、おかしいよ。

そんな風に今にも泣きそうに顔を歪めて、彼は傷なんて負ってないのに。

ついいつもの癖で頭を撫でそうになったけど、そう言えば今私は燃えているんだっけ。

危ないな。折角守ったのに、傷つけてしまうところだった。


―――きっと、一番変なのは私だ。

どうしてあの時シルヴァを庇ったのか。

別に庇う必要はなかったはずなのだ。

だって彼はルナ(わたし)の弟子で望みを叶えている最中だとして、それでもやっぱり憎いこの世界の人間だ。

神喰らいが回復するのを防ぐためだという言い訳も使えない。

一番確実に攻撃を通しやすいのは獲物を捕らえ喰らう時。

だから触手がシルヴァを貫き、それを喰らおうとした瞬間に私が攻撃すればそれでいいはずだった。

実際そういう展開に持ち込むようならそうするつもりだったのだ。

なのに気づいたら身体が勝手に動いていたのだから、笑ってしまう。


いつだったか、セイが言っていたっけ。

ルナ(わたし)は分かりたくないだけなんだって。

それは真実だったという事だ。

流石はセイ、と言ったところかな。

ルナ(わたし)よりルナ(わたし)の事を分かってるなんて、さ。

ルナはまだだけれど、私は分かってしまった。気づいてしまった。


セイがこれを知ったら、何て言うかな。

笑うかな、泣くかな、喜ぶかな、怒るかな。

それは私には、いいや、きっとルナにだって分からないことだけど、少しだけ怖かった。


ルナから私へ、感情や意志、知識は随時伝わって更新されていくが、私からはそれは行われない。

だから今この瞬間も、ルナはたくさんのことに気づかないまま。

私はルナをそのまま写した存在だから、ルナだって私のようにいつか気づくのだろうけど。

でも、少しだけ心配だ。だってルナは。


「ルナは化け物だから、何の心配もいらない」


化け物だからこその心配もあるけれど、現実のシルヴァの不安を取り払うためにそう告げる。

だけど、どうにも難しいな。

彼の表情は更に曇ってしまった。

やっぱり私はこういったことが苦手らしい。

そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。


「……違う。ルナは、そんなんじゃない」


そうだったら、どんなにか良かっただろうね。

そうしたらきっとルナ(わたし)はこんなんじゃなかった。

こんな歪な存在じゃなくて、普通に君と出会って、親しくなって、そうしてもっと簡単に気づけた。

君にもどかしい思いや切なさを与えることだってなかっただろう。


化け物でごめんね。

君の一生懸命で真っ直ぐであたたかな想いが届かない、人でないいきものでごめん。

溢れる感情につい涙が零れそうになって、それでもその言葉が嬉しかったのを伝えたくて。


「ありがとう」


そう告げれば、彼は驚いたように目を見開いた。

本当はね、いつだって君がそう言ってくれることが嬉しかったはずなんだ。

でもルナは天邪鬼で皮肉屋で、そんな自分を決して認めたくなくて。

だからいつもその喜びに必死で気づかないふりをする。

でも私は気づいてしまったから、そうすることがもう出来なくなってしまった。

ねぇ、この言葉の意味、ちゃんと君に伝わってるかな?


「……ふふ、相変わらず、可笑しな子だね」


そして困った子だ。

私をルナ(わたし)の中の真実に気づかせた。

それはルナ(わたし)にとって忌まわしいことでもあるけれど、同時にとてつもなく幸いなことでもあるんだ。

そんなルナ(わたし)は君以上に困ったやつだけど、出来れば、私は。


「君はそのままでいて。

そのまま、(ルナ)を待っていてあげて」


そしてルナの傍にいてあげて。

たぶんルナがこの真実に気づくためには時間がかかる。

それに私はもう消滅の間際だからこそ真実を抗うことなく受け入れられたけど、きっとルナはそうではないだろう。

もしかしたら君を拒絶するかもしれない。

ううん、式神で、ルナをそのまま写した私だから分かる。

きっとルナは君を拒絶して、傷つけてしまう。


――でもね、それでも、傍にいて。

きっと最後には私のように気が付くはずだから、だから、離れないで。

それだけを私は望むよ。

君には口に出来ない願いだけれど。


あぁ、名残惜しいけれどもう時間だ。

結局君の笑顔は見れなかった。

最期に見るのが泣きそうなそれなんて、あんまりだと思う。

シルヴァも少しは私に気を遣ってくれてもいいのに。


「………じゃあね、シルヴァ」


さよなら。

私はルナでもあるから、きっとまた会える。

でもまた気づかないままの状態に戻ってしまうから、私は別れを告げよう。

私の――で、―――な君に。



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