4-12
Side:Luna
そのあとは取り敢えず食事をと言うことでギルド内の食堂に。
実は案外、食堂の料理って美味しいんだよね。
それに端と言えど“帝国”領内だからメニューに米がある。
そこは私にとってかなりの重要ポイントだ。
決戦前はやっぱり白米だよね。
「そうまで米が好きならば“帝国”を主な拠点にすればいいでしょうに」
そう呆れ混じりに煌炎に告げられてハタと我に返る。
おっといけない、夢中になっていた。
「ルナ、おかわり食べる?」
ほぼ空になった椀を覗き込んでそう首を傾げたシルヴァには否定を返しておく。
一応食いしん坊キャラじゃないつもりだし。
それで、拠点の話だっけ。
「“帝国”には一応君がいるからね。
私までこの国に入り浸ったら、パワーバランスが崩れて総代に怒られそうじゃないか」
「お?ルナも案外考えてんのか」
「というのは建前で、私は端っこでもいいからセイのいる国にいたいのさ。
それにオルドはどの国とも近い。
いつでも、どの国にも望みを叶えに行けるだろう?」
それにヒルルクともまあまあ良好な関係だ。
そういう点でもオルドというのは、私にとって結構条件のいい場所だったりする。
「結局のところはそっちですか」
「ルナだもんな。
一瞬感動した俺が馬鹿だった」
「何でこんなに残念がられているのか甚だ疑問だね」
あと何で隣のシルヴァは不機嫌そうにおかずをつついているんだろう。
食べないなら欲しいな、漬物。
「……ルナ、食べる?」
「君がいらないなら」
流石は我が弟子、目敏い。
感心しつつ目の前に差し出されるきゅうり(っぽいモノ)の浅漬け(だと思われるモノ)を咀嚼する。
うん、浅漬けっぽい味。
梅干しはダメだけどこういうのは好きだ。
ご飯前じゃなくてご飯後に食べるのが一番気に入っている。
自分のもあるけど、それは全部食べ終わってから用だから途中では食べられないんだよね。
「餌付け…ですね」
「餌付け……だな、ルナ相手に」
目の前の男二人は恐ろしいものを見るような顔でこちらを見ていた。
餌付けって。私をなんだと思ってるんだか。
「ねぇルナちゃん、この後は夕方まで暇でしょん?
久し振りに会ったんだしお買い物とかしましょうよ」
そこへ別テーブルで食べていた剛毅が背後から顔を覗かせる。
その後ろには焔火とレンに絡む風音がいた。
大変だな、あっちの二人も。
「また君の着せ替え人形ごっこかい?」
それよりも目下の私に降りかかる問題はこっちか。
どうにも剛毅ってクイーンと同じ臭いがするんだよね。
本人も可愛いものが大好き!って言って憚らないし、そのまま可愛い男も女も入れ食い状態。
爛れてるなぁ。まあ別に私は関係ないからいいけど。
「いいじゃなぁい。今日は大事な決戦よ?
大切なときにはそれ相応の格好をしないとねん」
「夕方まであと数時間だけど」
「四時間もあれば十分よぉ!」
「君、そう言ってこの間も丸一日かけたじゃないか」
あれは数年前の出来事だったけど、なかなか忘れ難い過去だ。
試着室の横にあんなに服の山があったの、店員も初体験だっただろうな。
「だってルナちゃんなんでも似合うんですもの。
ついノッちゃうのも無理はないわぁ。
それに、ルナちゃん連れてたらシルヴァちゃんも来るでしょん?」
「……あぁ、なるほど。
目的はシルヴァなわけか。
なら構わないよ、色々見て回ろうか」
「やった!それでこそルナちゃんよぉ!」
キャー、と野太い黄色い悲鳴を上げるイケメン、これ何事?
いやまあ慣れっこだけど。
「る、ルナ……?」
若干こちらから距離をとっている気がするシルヴァを見つめてにっこり笑う。
彼はたじろいだように体を揺らした。
「シルヴァ、一緒に買い物に行こうか?」
「…………」
彼は私と、私の背後の剛毅を交互に見つめた。
何かと何かが彼の中でせめぎあっているようだ。
つまりそれって、あと一押しということで。
「ダメかなシルヴァ?」
「………行く」
よし、剛毅の標的は捕まえた。
「でも風音はいいのかな?」
「風音ちゃんはあっちの二人に夢中だもの。
ルナちゃんにまたフラれたから拗ねてるのよん」
「私のせいかい?でも仕方ないじゃないか」
趣味も性格も性癖も人それぞれなんだし。
「うふふ、ルナちゃんのそういう、全然悪びれないとこ好きよ。
それにアタシ達を否定しないところも」
「それはどうもありがとう。
さて、買い物をするならそろそろ行こうか。
煌炎と氷雨はどうするんだい?」
「俺は少し休みます。それと食事ですね」
確かにそれは必要かもしれない。
何しろこれから戦いだし、昨日食べたと言ってもまだまだ必要量には及ばないはずだ。
大方少しだけこっちで仮眠をとって店を三、四件潰し……いや、店の食料を食い尽くすんだろう。
「貴女が後で眠るための部屋もとっておきましょう」
「流石煌炎、気が利くね。お願いするよ」
たぶん丸一日くらい寝ることになりそうだし。
「俺はナンパしてくるわ。折角この体だしな」
「君は相変わらずだな…まあ楽しむといいよ」
氷雨については何も言うまい。
もし街で会っても他人のふりをしよう。
……煌炎の場合も他人のふりしたいな。
「じゃあ夕刻……そうだね、四時にでも集合しようか。
場所は北要塞を囲む壁の上で」
「どこのだよ」
「あ、そっか…じゃあその時一番群れと近いところにしよう。
直線距離で換算してね」
やっぱり近さが大事だよね。
急がば回れとも言うけど、時は金なりとも言うし。
話がまとまったところでこれを風音たち三人にも伝えるよう頼み、私達はギルドを出た。あー……寒い。
「ルナ、マフラー」
ぶるりと大きく震えた私の首にシルヴァがいそいそとマフラーを巻いてくれる。
有り難い事だ。
私の弟子は本当に気の利くいい子に育ったなぁ。
「うふふ、相変わらず寒がりなのねん。
アタシがあっためてあげましょうか?」
「道で下ネタ禁止。頼むなら部屋で寒い時にするよ」
「……その辺りも相変わらずよねん。
女の子なんだからもうちょっと慎みを持たなきゃ駄目よ?」
「どっちなのさ」
あたためてやると言ったり慎みを持てと言ったり。
意見は一つに統一して欲しいものだ。
それとシルヴァはいつまでマフラーをいじっているんだろうか。
「シルヴァ?」
「ちょっと待って。…………ん。できた」
「あら可愛い」
「???」
全く分からない。
首を傾げる私を、急ににこにこし出した剛毅が手を引いてガラス張りの店の前に立たせる。
「ほら見てルナちゃん、すっごく可愛いわよん」
「………うわ、すごい」
なんだこのラッピングみたいなの。
…………いや、ちょっと伝わらない気がするけど。
でも他に私はいい言い方を知らないのだ。
オシャレレベルが低いから仕方ないと思う。
まあ簡単に言えば、シルヴァが私のマフラーの先をすごく器用で凝ったつくりに結んだということである。
ラッピングみたいなのって言うのはほら、あれだよね、プレゼント用のリボンとかってすごく凝った感じで結ばれてるからさ。
「前にルナが俺のマフラーを同じように結んでくれた」
「……いや、全然同じじゃないと思うよ。
絶対君の方がすごいよ」
たぶんそれは闇ギルドのみんなと買い物に行った時の話だろう。
あの時私は簡単な誰にでも出来るリボン結びをしたのであって、こんな職人技の披露なんてしていない。
「シルヴァちゃん器用なのね。吃驚したわ」
「こういうのは得意。でもルナにしかやらない」
「あら残念」
別にやってあげればいいのに。
そう思いつつも彼がそうしたいのなら私にそれをとやかく言う権利はないので黙っておく。
にしても髪もしばれてこういうアレンジも出来るって、シルヴァの女子力に涙が出そうになる。
どうしてって、私の女子力の低さが対比によって更に滲み出るからだ。
………まあ、可愛いから嬉しいんだけど。
私じゃ絶対こんなことできないし。
「でもいいわん。アタシがシルヴァちゃんをコーディネートしちゃうんだから」
「……ルナを飾ればいい。その方が俺も嬉しい」
「おや、逃げようとしてもそうはいかないよ。
やっぱりシルヴァの着せ替え……じゃない、服を選んであげないと。
それに最近君は新しく服を買ったりしていないじゃないか」
私があまり服の脱ぎ着をしたくない理由からの反論だけど、シルヴァが全然服を買っていないのも本当だ。
やっぱりそういうのはよくないと思うんだよね。
私ばっかり散財しているような気分にもなるし。
「ほら、ルナちゃんもこう言ってることだし」
「う……」
「ねぇルナちゃん、あの店なんてどう?
色んなジャンルの服が売ってるのよん」
「詳しいね」
「事前調査は抜かりなくする派だもの」
それは確かにそうかもしれない。
こんなだけど剛毅は慎重な戦いを好むのだ。
たぶん今回の討伐にあたってこの北要塞の隅々まで道だとかの確認したんだろうなぁ。
剛毅と風音の担当はここの守護だから、地の利を活かすことも必要だし。
さて、そうと決まれば話は早い。
あまり長話をしていると私まで巻き込まれてしまいそうだし、剛毅がシルヴァに標的を定めている今がチャンスなのだ。
「ほらシルヴァ、行こう?」
彼の腕を両手で掴んで引っ張る。
そうすれば大体ついて来てくれるのだ。
やはり困った顔をしながらも逆らわずに引っ張られてくれるシルヴァの背後を歩く剛毅はしみじみと呟いている。
「微笑ましいわぁ」
何がなんだろう。
さて、そして現在シルヴァは着せかれ人形役の真っ最中なんだけど……うん、同情する。
次から次へと剛毅が服を持ってくるから終わらないんだよね。
それに店員(ちなみに女だ)の方もイケメンの客が二人も(一人はオネエキャラだが)来てくれて、更にそのうちの一人が次から次へと服を変えてくれるんだからそりゃもうやる気を出してしまっている。
それに何故か話題になっているらしく他の客も増えてきて、試着室の前は人だかりが出来ているんだけどどういうこと。
買い物ってこういう感じだっけ?
「ねえルナちゃん、これはどう思う?」
「いいんじゃないかい?」
「もう、さっきからそればっかりよん?」
そう言われても。
現在私は試着室の横に席を作って(勝手に椅子出しちゃったけどいいよね。立ってるの疲れるし)遊ばれるシルヴァを観察中だ。
繰り返す程に彼の表情がぐったりしているのは決して気のせいではないだろう。
「大体こういうものは本人に聞くべきなんじゃないかい?
私に聞いたって仕方ないだろう」
さっきから私にばかりどうだろうかと質問して、もう少し本人の意見も取り入れてやればいいものを。
それか私などよりよっぽどこだわりが強そうな、試着室傍から離れない店員さんとか人だかりの中の誰かとかに意見を求めればいいのだ。
「だってシルヴァちゃん何でもいいって言うんだもの。
だったらルナちゃんの意見を聞くのが一番でしょ?
ルナちゃんが良いって言えばきっとシルヴァちゃんはどんな服でも着るに決まってるわん」
「私も何でもいいと思うよ……
シルヴァは顔がいいから、何を着ても似合う」
「!!……あ、りが、とう」
おや、照れた。……何だか罪悪感。だって。
「ルナちゃんそれ、事実も入ってるけどめんどくさいから言ってるでしょ?」
じっとりと睨まれそっと目をそらす。
その通りだった。
「そんなんじゃ駄目よん!
もう、ルナちゃんてば男の子のコーディネートしたことないの?」
「そんな事ないよ。シルヴァの服は何着か選んでるし、他にも一人いる」
セイとかセイとかセイとか。
あれ、つまりシルヴァとセイしかしてないってことか?
同じことを思ったのか剛毅の表情は胡乱気だ。
「二人じゃない」
「そうみたいだね。でも流石にもうすこしくらい………あぁ、いや、違うな」
そうだ、二人だけじゃない。
もう一人だけ、いた。
「もう一人、それこそ毎回のように服を選びあった人がいたよ」
彼の服を私が、私の服を彼が。お互い夢中でやったっけ。
あまりにも遥かな過去の記憶で、もう薄れかけてしまった思い出だけど。
「なら期待できるはずじゃない。
もうちょっと真剣に見てあげてん。
シルヴァちゃんの元気もなくなってきたし」
それは恐らく剛毅がしつこいからだろう。
などとは口にせず私は立ち上がった。
「そんなに言うなら何か見繕ってくるよ。
君達はもう少しこの催しを続けていて」
「あら、やる気出してくれた?
よかったわねん、シルヴァちゃん」
「……ルナ、早く戻ってきて欲しい」
シルヴァの表情は切実だ。
実際のところちょっとこの場から逃げ出したかっただけの口実なのだけど、あまり長く離れていると彼があまりに可哀想なので程々で戻ってこよう。
二人に手を振りつつ人垣をかきわけ店内を散策する。
服を選ぶ、か。
よく今まで思い出さなかったものだ。
今更のように不意打ちで思い出させられることになるなんて。
………こうやって、何もかも最後には忘れてしまうのだろうか。
でもそれでも、きっと彼を想う気持ちだけはずっと忘れないだろう。
彼との日々を忘れても、彼の温度を忘れても、彼の声を忘れても、彼の顔を忘れても。
何もかも忘れて、私の記憶の全てがこの世界に埋め尽くされたとして、それだけは忘れない。
「あらやだシルヴァちゃん、こっちも似合うわー。はいポーズ」
「もう嫌だ……それにルナがいない」
「ルナちゃんは店内を回り始めたばっかりじゃない。
もうちょっとしたらこっちに戻ってくるだろうから、それまで付き合ってちょうだいねん」
遠くから(店内はかなり広いのだ)そんな声が届いてつい苦笑した。
忘れたくなくても、今は思い出すべきではない。
おかしな弱さを見せてしまうことになるかもしれないのだから。
シルヴァも、私がいないくらい別にどうだっていいだろうに。
同じ空間内にいるのだ、彼だってそれはわかっているはず。
そんなに嫌なのかな、試着。
まあ既に数時間がたっているから、無理もないけれど。
―――月がいないんじゃ、意味がないだろう?
聞きなれた声が響いた。
……わかっている。空耳だ。
もしくは私の馬鹿な頭が作り出した幻影。
―――同じものを買うか?俺と、お前で。
そうすればお前が望んだ“同じ”だ。
どうしてこうも、思い出すんだか。
本当にやめてほしい。
忌々しいけれど、先程の会話とシルヴァの言葉、神喰らいの気配、そしてこの低い気温によって誘発されたのだろう。
相変わらず私は救いようのない馬鹿だ。
「痛っ」
私を過去から呼び戻すように、高い声が響く。
今度は現実のものだ。
とても小さな声だったけれど。
でもその主が店の外にいたとして、特殊になった私の耳には届く。
「…………」
つい、足がそちらへ向かった。
服屋にこれ以上いたらよくない気がして。
ガラスの扉を開けて道へ出る。
ゆるく視線を巡らせばすぐに声の主が目に入った。
小さな女の子。
転んだらしく地に手をついている。
露出している両膝からは血が滲んでいた。
そしてその傍にしゃがみこむ同じ年頃の男の子。
「……まったく、私はとことんこの世界の神に呪われている」
忌まわしいことだ。
逃げた先でこんな光景を見せられるなんて。
でももう見てしまった。悟ってしまった。
なら店内に戻ることなんて出来やしない。
ゆっくり二人の子供のもとへ向かい、その横にしゃがみこむ。
「……転んだのかい?」
「……!」
泣いていた女の子が目を見開き、男の子が警戒したようにこちらを睨み付ける。
その様につい笑みが漏れた。
「転んだなら傷を治さなければいけない。
ごめんね。勝手かもしれないけれど、そうさせて」
指を鳴らして治癒の術をかける。
そして少しの守護も。そちらは男の子の方にもだ。
「すごい、痛くない!!」
「すげぇ、魔法だ!」
「………」
直ぐ様術が効いて、恐らく間近で見るのは初めてだったのだろう、二人は驚きや警戒を忘れ顔を輝かせた。
それでいい。女の子は泣いたらいけないし、男の子は自分を責めたらいけないんだ。
「ありがとうお姉さん!」
「……いいんだ、私がそうしたかっただけだから」
「でも母さんが何かしてもらったらお礼言えって言ってたぞ!」
「いいんだよ、本当に。
君達がそうやって喜んでくれたならいいんだ。
私が勝手にそうしただけなんだから。
……二人で遊んでいたのかい?」
「うん、そうだよ!」
「俺達仲良しだもんな!」
そうだろう。
転ぶ直前もきっと、手を繋いでいたに決まってる。
けれど男の子が少し早く走ったから、女の子が転んでしまった。
女の子は怪我が痛くて、転んでしまった自分が情けなくて。
男の子は怪我をさせてしまった自分が不甲斐なくて。
だから二人とも、あんな顔をしていたんだろう。
「……なら、手を繋がないとね」
私の言葉に、二人はお互いを窺うように見つめた。
その手をとって少し強引に握らせ、にっこりと微笑んで見せる。
そんな顔をしないで。
君達は二人、一緒にいるべきだ。
誰に遠慮することもない、お互いにだってそれは不要だ。
それくらいの、強い繋がりだから。
「ずっと、手を繋いでいて。
この手を離したらいけないよ。……絶対に、傍にいて」
いつどこで何が起こるかなんて、ちっぽけな人の身じゃ分からないから。
来るかも分からない別離に怯えるなんて馬鹿みたいだけれど、でも、それでも。
ほんの少し手を離したその瞬間に道は別たれてしまうかもしれないんだ。
だから、せめて。
「……君達は、仲良しなんだろう?
この人混みだ。手を繋いでいないと、はぐれてしまうよ。
離ればなれになったら大変だから、ね?」
「……」
「……」
二人はしばらくそのまま戸惑ったように相手を見つめていたけれど、やがて同時に強く手を絡め合わせた。
その光景が私に哀しみと憎しみと憧憬を呼び起こして、堪らない。
今すぐ二人を殺してしまいたいような、誰にも傷つけられないように守っておきたいような。
そんな相反する感情は表情の下に隠して、私は笑みを深めた。
どちらにしろ嬉しかったのは本当だから。
「……君達は、お互いを離さないでね」
「?」
「どういうこと?」
「いいや、こっちの話だよ。
気にしなくて構わない。
それじゃ、もう転ばないよう気を付けてね」
「うん!」
「ばいばーい!!」
大きく手を振る二人に同じく手を振り返しながら、私も立ち上がった。
馬鹿だな。あれらはこの世界の人間なのに。
ちょっと自分と重なったからって、あんな風に。
「……もう、いないのに」
私の手を引いてくれる彼は、もう傍にはいない。
それはあの日一瞬でも手を離してしまった私のせいで、でも手を離していなければ彼もここへ来ていたかもしれないということで、そうなれば彼だって殺されていたかもしれなくて。
だから、ある意味私の現在の孤独は、彼を守れたことの証明と言えるかもしれなくて。
馬鹿らしくなって首を振る。
もしもの話で希望を持とうとしたって、結局のところ私の心の穴は埋まらない。
もう何度この“もしもの話”を繰り返したんだか。
じっと右の手のひらを見つめる。
残り少ない、辛うじて残る確かな私の体。
でもこれで掴める手なんてありはしないのだ。
「―――ルナ!」
でも突然視界に私のものではないそれが映り込んで、そして私の手を攫うように掴んで、私は本気で驚いた。
全く周囲に注意を向けていなかったから、接近に気付かなかったのだ。
私の手を握りしめ目の前で不安そうな顔をする弟子を見つめ、私は努めて笑みを浮かべた。
「……どうしたんだい、シルヴァ」
「…ルナが、店の中から出ていったから、何かあったのかと思って、それで………」
それは真実だろうし、同時に嘘でもあるのだろう。
彼が真っ先に恐れたのは置いていかれること。
きっと慌てて出てきたに違いない。
服は試着中の店のものだし、ボタンも完全には閉まっていなかった。
「そう。心配かけてすまないね。
少しそこで、子供が転んでしまったんだ。
丁度それが見えて、傷を治してあげていたんだよ」
「……なら、よかった」
あからさまにホッとする彼に微笑みを深くして、その手の中から自分の右手を抜き取る。
今はあまり、この世界の人間に触れられたくはない。
彼は一瞬戸惑ったように首を傾げた。
―――何か、おかしなことをしてしまっただろうか。
「どうかした?
君もまだ試着の最中だろう?早く店内へ戻ろう」
「……ルナ」
じっと顔を見つめられても、私の表情は揺らがない。
一分の隙無く微笑んでみせよう。
「うん?何かな?」
「……何でもない。たぶん、気のせい」
「そうかい?ふふ、君は相変わらずよく分からない子だねぇ」
聡い子供だ。
薄っすらとでも異変を察知できるようになっているなんて。
それでもまだまだ遠く及ばないけれど。
恐らくここにいたのが煌炎か氷雨ならば私が神経を尖らせていることを察しただろうし、セイなら何もかも悟って悲しそうに微笑む。
でも、それでいい。何も知らない仔狼だからこそ可愛らしいというものだ。




