2-2
Side:Luna
ヒルルクから依頼を受けて二日、私とシルヴァの姿は“王国”王城にあった。
第二王子の警護をするにあたって、差し当たり必要なものは城に出入りしても違和感のない衣服だ。
帯刀は許可が下りるらしいから問題ないし、実際問題私とシルヴァがそこらの暗殺者程度に負ける心配はない。
従って追加の武器や何かしらの道具は一切必要とせず、私達はギルドを出た後即座に服屋へ向かったのだった。
「ふふっ、似合っているよシルヴァ」
謁見の間へ続く廊下で、隣を歩くシルヴァの姿についつい笑みが漏れる。
黒の燕尾服に(流石に蝶ネクタイは外させた。何だか似合わなかったし)いつもより細身の剣を持つ今の彼は正しく“王子様”か“騎士”だろう。
本人は動きにくいと不満顔ではあるが。
「………ありがとう。ルナもすごく似合ってる」
「そうかい?些か古いデザインだからどうだろうと思っていたけれど、君がそう言ってくれるなら安心かな」
淡い菫色のローブ・デコルテは少し前に誕生日の祝いにとプレゼントされたものだ。
瞳の色と合わせてくれたらしいが、いまいち皮肉を感じさせなくもない。
たぶんこれが他の人からのものなら素直に受けとることが出来たんだろう。
ただ相手が彼だったから私は―――
「こちらで皆様がお待ちです」
案内の侍従長の言葉に意識を戻す。
まあ、文句は本人に言えばいい。
これから会うんだから。
「開けてくれて構わないよ。
気を遣うような相手でもない」
「かしこまりました」
皮肉のつもりだったのだけど、侍従長は何故か少し嬉しそうにさえ見える顔で扉を開けるよう警備の騎士二人に指示する。
彼もよくわからない人間だ。
ともかく謁見の間への扉は開き、私達はある種独特の空気を纏ったその中へ足を踏み入れた。
内部はあまり変わっておらず、魔術による照明で真っ白な大理石の壁や床は輝いていた。
ちなみに大理石と言いはしたが、それは私の予想である。
高級そうな石の名前をそれしか知らないので言っているだけだ。
そしてその白い床に敷かれた真っ赤な絨毯、所謂レッドカーペット。
最初にここを訪れたときは、金持ちは本当にレッドカーペットを敷いているのかと思わず遠い目になったものだ。
そして部屋の最奥、階段状に高さをつけてあるその場所で、国王と王妃は私達を待ち構えていた。
「よく来たな、宵闇とその弟子」
国王の口からこぼれ落ちる少し刺々しさを伴った言葉に思わず息をつく。
只でさえ緊張しているシルヴァがもっと固くなるじゃないか。
「なんだ、もしかして三年ほど前に顔を出さずにトンズラしたことをまだ根にもっているのかい?君は子供か。
それと、彼はシルヴァ……この場合“明星”と言った方が正しいのかな?
君のことだ、ちゃんと調べたんだろうにわざわざ弟子呼ばわりなんて陰険だね」
「お前が逃げたせいでわしが妃に叱られたんだぞ!」
「いいじゃないか、尻に敷かれているようで」
心底そう思って言えば、国王は悔しそうに地団駄を踏んだ。
なんと言うか、そういう所が子供っぽいんだよなぁ。
にしても、どうやらここには国王と妃しかいないらしい。
護衛対象である彼もいると思っていたのだが、そこまで警戒しなければいけないほど危ない状況なのか、それともきちんとした場を面倒臭がっただけなのか。
………限りなく後者な気がする。
こっちは雇われた身だから仕方なくこんな面倒な謁見なんてものをしているのに、相変わらず憎らしい限りだ。
「陛下、宵闇は聞いておりませんわよ」
色々と思考を巡らせている間にも国王は何か言っていたらしい。
王妃の言葉でここが謁見の間だったことを思い出した。
横でシルヴァが本当に困った顔をしているから、国王の文句は彼にも飛んだんだろう。
私のせいだけど、不憫なことだ。
「それにしても、宵闇の弟子は随分な美男子ですのね」
「妃、もしや浮気か!?」
「そうだろう?自慢の弟子だよ。
でもまだこう見えて十三歳なんだ」
「まあ!私の息子と変わらないように見えますのに」
「妃!?」
ちなみに“王国”は一夫一妻制だが、彼女は第一王子を産んですぐに亡くなった先の王妃の後に国王の妻となったため、息子と言えば第二王子を指す。
他にも彼女は王女を産んでいる二児の母だ。
とてもそうは見えないけれど。
そして二人で国王の存在を無視しながら会話を続けていれば、空気に耐えきれなかったのか同じ男として国王が不憫に思えてきたのか、シルヴァがそっと声をかけてくる。
「ルナ、王様の話を聞いた方がいいんじゃ…」
「声もいいんですのね」
「王妃、シルヴァがすごい戸惑ってる」
こんな風に騒がれるのは彼にとって慣れっこだが(どうかイケメン爆発しろと言わないでやってもらいたい)、相手が王妃ともなると普段のように冷たくあしらう事も出来ず困ってしまうのだろう。
キョロキョロと落ち着きなく目を彷徨わせているのがその証拠だ。
まあ顔合わせも済んだし、そろそろ護衛対象の方に行ってもいいかな。
「それじゃ国王、王妃。
私達は彼の方に行くから、ないと思うけどまたね」
「もう行ってしまいますの?
仕方ないですわね」
「宵闇、話を聞け!あ、こら!」
国王は未だうるさく喚いていたけれど、王妃が納得したようだから問題ないと判断して謁見の間を出る。
外で待っていた侍従長に第二王子の所へ行きたいと告げれば、彼は扉越しに聞こえる主の声に気づかないふりをして了承してくれた。
うーん、相変わらず国王はリアクションが大きいからからかいがいがあるね。
「ルナは国王が嫌い?」
そう思っていた所にシルヴァにそう問われ、思わず笑った。
確かに素直な彼には私のあの態度は嫌っているように見えたことだろう。
「別に嫌いじゃないよ。
ただ面白いからついからかいたくなってしまうんだ。
その点では王妃も同じ気持ちなんだろうね」
彼女は夫をからかうことを生き甲斐のように感じているらしいし。
「………よくわからない」
「そうだねぇ、君はそうだろう。
好きだから苛めたくなるという気持ちは、君にはなさそうだ」
「ん。好きな人は喜ばせたい」
あれ、何だかシルヴァが眩しい。
ちょっと汚れた大人の私には直視できない。
「いいことだと思うよ。私には出来ないことだ」
「ルナは好きな人を苛める?」
「人によるかな。
苛めたくなるような相手なら苛めるし、甘やかしたくなる相手なら甘やかすさ。
ただ私はあまり好きな人を作りたくないから、そういう対象はあまりいないかな」
「………?」
シルヴァの戸惑いが感じられて、つい苦笑する。
これもきっと、彼には理解しがたい感情なんだろう。
それはとてもいいことだ。
「気にしなくていい。
君のことは可愛いと思っているよ」
「……ん」
話をしているうちに、第二王子の私室へ着いたようだ。
侍従長が軽くノックすれば中から本人の声で入室を許可される。
どうやら側近はいないらしい。
どうせ私が来ると分かっていて席を外させたんだろう。
「それでは私はこれで失礼いたします。
何かあればお呼びください」
「うん、世話になったね」
今まで案内してくれた侍従長が立ち去ったのを確認して、私は扉を開けた。
中で待っていた彼は仕事中なのか、私が贈った万年筆を忙しなく動かしている。
もう少しで終わりそうなので、その間に私は彼のことを簡単にシルヴァに説明した。
「シルヴァ、彼が“王国”の第二王子セイルートだ。
私はセイと呼んでいるけれど、大抵の人はセイルと呼んでいるから君も好きに呼ぶといい。
基本的に猫みたいに色んな物に興味をもって、城からの脱走癖もあるから護衛中は見失わないようにね。
まあその点は君だし、心配はしていないけれど。
周りからは“神童”とかいって崇められているけど、ただの変人だと思って接して構わないから」
「……黙って聞いてれば、酷い言い草じゃん」
そこで漸く仕事が片付いたのか、セイが音を立てて万年筆を置きこちらを半眼で見つめる。
本当のことだし仕方がないじゃないか。
「自分の行いを振り返ってみたらどうだい?」
「そっちこそ。
弟子をとったのは電話……じゃない念話で聞いてたけど、こういう感じとはね。
なに、ルナさんてばショタ萌えなわけ?」
「へぇ、君とは深く話し合う必要がありそうだね……」
「る、ルナ……!」
取り敢えず挨拶のような感じでお互いに毒を吐けば、シルヴァが焦ったように声を上げた。
今日一番の戸惑い様だ。
「うん?どうしたのかな?」
「その………ルナは、第二王子と親しい?」
ああ、そう言えばそこの説明は省いていたのだった。
「まあ……腐れ縁、かな。
セイとは彼が三歳の頃からの付き合いでね」
「念話もしてると……」
「うん。不定期だけど、大体月に一度くらいの頻度で話しているよ」
「………」
「ふーん」
沈黙したシルヴァに、黙って話を聞いていたセイはニヤニヤしながら頬杖をついた。
「成る程ね、何となくわかったわ。
要は意図しないフラグってことか。
ルナさん鈍そうだし」
「意味が分からないね」
「……苦労するね、弟子君は。
俺同情するわー。
かといって何かするわけでも無いけど。
あ、むしろ俺って敵ルート?
恋敵の王子とか……うわ、テンプレ」
「私でも意味がわからないことを言うのはやめて欲しいな」
「わかりたくないだけの癖に」
私は全ての言葉を黙殺した。
最早黙ったまま、私達の間で交わされる言葉を聞くしかない(どの言葉も彼にとっては意味不明だろう)シルヴァに目を向ける。
「シルヴァ、君は先に用意された部屋に行っていてもらえるかい?
ちょっと話し合いたいことがあるんだ」
「なら俺も」
「大丈夫だよ。
――私情もあるし、あまり聞かれたくない話なんだ」
「その言い方良くないんじゃない?
新たなフラグ立っちゃうかもよ?」
一々茶化してくるこの男の口を塞いでやりたい。
ヒクつく唇をどうにか笑みの形に保ちながら私はシルヴァを見つめれば、彼は何故だか泣きそうな顔をしていた。
「……シルヴァ?
何か誤解してる気がしなくも無いけれど……君を置いてどこかへ行ったりしないし、勿論捨てたりもしないよ?」
「…」
「何をそんなに不安そうにしているんだい?
言ってくれなければ私には分からないな」
「………」
どうやら何も話す気はないようだ。
仕方がない、ここは私が譲歩しよう。
「……わかったよ。
なら部屋の外でいいなら、そこで私を待っていてくれるかい?」
「……それなら」
「ありがとう」
相変わらず暗い表情でとぼとぼと部屋を出ていくシルヴァに少し罪悪感がわくが、彼に話を聞かれたくはない。
きちんと扉が閉まったことを確認して、念には念を入れて結界を張る。
獣人は耳がいいから、扉一枚ではいまいち安心できないのだ。
ただ扉は開くようになっているから、シルヴァが何かあればすぐにこちらに入れるようにはなっている。
彼には一通り魔術を教えてあるし、扉が開くことはきちんと感じ取れるだろう。
「あーあ、ショボくれちゃって。本当にミカン箱だね」
「変な略し方しないでくれないかい?
それじゃあただの段ボールじゃないか」
「いいんだよ、ここには分かる人なんて俺か貴女しかいないんだから。
………そうだよね、月さん?」
本当に目の前の男は性格が悪い。
外見は人畜無害そうな人のいい好青年のくせに、腹の中は真っ黒だ。
他人がいなくなってからようやく、きちんと私の名前を呼ぶのだから。
「そうとも、誠。本当に、忌々しいことにね」
私は何年も前に、この世界に召喚された存在だ。
そして私が謂わば召喚者であるのに対し、“王国”第二王子セイルートは転生者である。
こことは別の世界、地球の日本で【草薙誠司】として生きていた彼は十七歳の時下校中にトラックに轢かれ命をおとした。
そしてそのまま、この世界にセイルートとして転生したのだ。
彼と出会った切欠は、私がとある街で聞いた噂。
『“王国”の第二王子は神童だ。三歳で農地改革を行い税制を改め、戸籍という制度を作った』
この世界に戸籍という概念はない。
だからこそ貧困に喘ぐ僻地の民は口減らしとして子供を簡単に殺すことができるし、貴族も身分の低いものを自分と同じ人とも思わずに生きている。
そんなところへ、戸籍ときた。
農地改革も新たな税制も、歴史の授業で習ったそのままだ。
私以外にも、この世界には日本人がいる。
そこからの私の行動は自分らしくないほど迅速だった。
その場で転移し、“王国”の王城へ飛んだ。
不審者を捕えようと襲い掛かってくる兵士は全て薙ぎ倒し、それは私を知っている国王付きの使用人が兵士たちを止めるまで続いた。
もっともその頃には第二王子の私室へ辿り着いていたから、いささか遅すぎた気がしなくもないが。
そして部屋に入りセイの金の髪とそれに不釣り合いな――国王とも王妃とも重ならない確かな自我を宿した黒の瞳を見つけた時、私はこの世界で唯一の理解者に出会ったのだ。
「それで、君が私を頼るなんてそれ程のことなのかい?」
「いや、俺としてはそうでもないんだけどさ……親父とか周りの貴族連中がどうも心配してるみたいで。
俺が気づいた時にはそっちに依頼いってた。
ごめん、迷惑かけることになると思う」
「別にそれは構わないよ。
――私が、君に会いたかった。
君のその漆黒の瞳に、自分を映したかったから」
私の瞳は、召喚時に元の色を失ってしまった。
だから彼の黒が羨ましくて懐かしくて、愛おしくてたまらない。
そしてそれはセイも同様らしかった。
「……会いたかった、なんて酷いなぁ。
城に五年も来てくれなかったのは月さんの方なのに。
俺も、月さんの髪が懐かしかった。
こっちはホント、目がチカチカするような髪色しかないし」
「……色で思い出したよ。
君ね、このドレスの色は皮肉かい?
見た時は破り捨ててやろうかと思った」
黒を持っている彼が紫になってしまった私の色を贈る。
下手にセイからプレゼントを受け取ったことがすごく嬉しかっただけに、中に入っていたこれを見た時は本当に苛々した。
……まあ彼からのものを捨てることも着ないということも出来なくて、今日だって実際着てしまっているんだけど。
「あはは……やっぱ怒った?
でも“宵闇”っていう通り名までもらっちゃってるんだし、いいかなって思ったんだよ。
他のやつらもこの色がいいって言って譲らなかったし」
「ふん、君こそ“神童”とか“奇跡の御子”って呼ばれてるくせに。
ただの歴史オタクが神のように崇められて、世も末だね」
「うるさいな、歴史上の事柄には学ぶべきところが多いんだよ。
この国の潤いがその証だろ?」
彼が打ち出す政策は全てが現実の日本で歴史上に行われてきたものだ。
もちろん“王国”に合わせていくらか修正も施しているようだが……やっぱりセコイ。
「そのせいで命を狙われていれば世話はないね。
……で、犯人に心当たりは?」
軽口を流して本題に入れば、セイもすぐに真剣な表情になった。
「たぶん兄貴の一派だろうな。
どうも御しきれてないみたいだし」
外で色々と騒がれてはいるが、なんだかんだ彼と第一王子は仲のいい兄弟だ。
第一王子は王位を継ぐ気はさらさらなく、セイの助けになれるよう宰相の役割に就きたいのだとか。
ただ彼を取り囲む貴族たちは全くそうは思っておらず、セイを目の敵にしている。
元々の病弱さもあってか第一王子はよく病に伏せるため、そんな彼らを上手く宥めることが出来ずにいるらしい。
「ふーん、じゃあ依頼としては第一王子を失脚させることなく暗殺者を差し向けている者だけを拘束、始末しろってことか」
「始末って。普通にそれはこっちでやるし、捕まえるだけでいいよ」
「なんだ、残念」
半ば本気でそう言えば、セイは困ったように苦笑した。
「月さんが俺の前でそういう風に思ってること晒してくれるのは嬉しいけど、やっぱ複雑。
俺と一緒にいる時ぐらいはそういう気持ち、少しでも忘れてよ」
その言葉に私もつい苦笑した。
そうだった。君は、そういう人だったね。
「――ごめん、ありがとう。
五年ぶりだからかな、なんだか難しいね。
……ねえセイ、君は、国王になるのかい?」
「……なるよ」
「そうか」
“王国”に暮らす人々を守り、育てる国王。
君は、それになるんだね。
嬉しいような悲しいような、どこか複雑な気持ちで微笑めば、セイはそれから逃げるように話を切ろうとする。
「それじゃ、今日はこれで重い話は終わり。
そろそろうるさい奴も来るしね」
その口ぶりに笑みが零れる。
ああ、そう言えば側近の彼も懐かしい顔のひとつだ。
きっと会わなかった五年の間に、しっかりしたのだろう。
「確か、ジークだったね。
まだ君の所にいるだなんて、よく愛想を尽かされないものだ」
「そりゃ俺が素晴らしい主だからだろ。どう考えても」
「うん?ああごめん、よく聞こえなかった」
「うわー性格悪。
まあゆっくりしていって。
護衛っていう面倒事つきだけど、そのぶんいい待遇するし。
部屋とかちゃんとバスタブつき」
その言葉に私は俄然反応した。
ここでは基本的に皆シャワー(っぽいもの)だから、湯船に浸かってゆっくりするという習慣が無いのだ。
これからしばらくの間半身浴を楽しめるとあれば依頼に対するやる気も上がる。
「ほんっと、その辺は出来た子だよね君って。
私の喜ぶツボをよくおさえてるよ」
「そりゃ同じ日本人ですから。
湯船浸かれないとかまじ無いわ」
風呂があるならこうしてはいられない。
早く部屋に行ってとりあえずの一番風呂を楽しまなければ。
夕食はセイや彼の側近と摂るんだろうし、その後にもう一度入って今度は半身浴をしよう。
「それじゃあ私はお風呂に行ってくる。
一時間は放っておいてもらうからね」
「わかってる。女の風呂って長いもん」
「失礼な、必要な時間さ。
女というものは手がかかる生き物なんだからね」
これは各国共通の真理だ。
それが分からないだなんて、まだまだ経験が足りない。
セイはふーん、と呟きながら私を上から下までしげしげと見つめ、鼻で笑った。
失礼極まりない。
「月さんに言われてもなー……
今日もドレス着ただけで装飾とか皆無だし、髪もしばってないし」
「私は君の護衛だよ?着飾ってどうするのさ。
戦う時に邪魔になるだろう」
「まあそうだけどね。俺もゴテゴテした女は嫌いだし。
でもちゃんとした服着ただけで俺が見たどの女より綺麗って超腹立つ」
「そんな金髪に真っ白の服着ていかにも白馬の王子様やってる君に言われたくはないよ。
大体私が美人なのはチートなんだから当然だろう」
たぶん彼が今の姿で日本の街を歩けば絶対に言われる。
イケメン爆ぜろって。爆発しろでも可。
「あぁ、召喚の時のやつ?
でももらったチートは魔力と身体能力と知識と言語機能だけじゃん。
顔は目の色以外変わってないって自分で言ってたし」
「なんだい、じゃあ君は私に
元々美人なんだから当然だろう?他の有象無象とはスタートラインが違うんだよ
とでも言って欲しかったのかい?」
「そこまでは言ってない。
普通に照れたらって言ってるんだよ」
「今更不可能だね」
なんだ、照れるって。
セイ相手に(と言うか誰が相手でもだけれど)照れるとか、無い。
大体見た目がいいからってどうなると言うのだ。
「ざーんねん。でもま、それもそうか。
じゃ、そろそろあのミカン箱が限界かもだし行きなよ。
俺歩いてて背後から刺されるとか嫌だし」
「背後から襲われるなんて慣れているだろう。
と言うかシルヴァがそんな事するわけないじゃないか」
「うわー酷い言い草。しかも何その確信。
そうやってあのミカン箱の事いつまでも子ども扱いしてると痛い目みるよ?
わかりたくないって気持ちも俺は分かるけど、このままだとミカン箱可哀想だし」
この男の言うことはいちいち分かりにくい。
だって現にシルヴァは子供だ。
まだ十三歳の、成人すらしていない庇護しなければならない存在。
何も知らずに一心に私を慕う、小さな仔狼。
「ミカン箱の前ではあんなこと言ったけど、やっぱ男は男の味方だし?」
「……意味が分からないね。
と言うか、まさか本人の前でもミカン箱呼ばわりしないだろうね?」
「そうやってすぐ話そらす。まあいいけどさ。
結局は月さんの人生だし、月さんにはそうやって自分を守る権利があるしね。
心配しなくてもちゃんと名前で呼ぶよ。シルヴァ君、でしょ?」
自分を守る、だなんて可笑しな言い草だ。
今の私は最強とも言える力を手にして、いつかのあの頃のように私を害することが出来る者は誰一人存在しないのに。
「出来るんじゃないか。
じゃあ、夕食の時間になったら知らせてくれるかな」
「わかった。部屋に動きやすめなドレスとかワンピとか色々用意してあるから、ここにいる間はそれ着て。
シルヴァ君のもサイズ分かんなかったから合うかどうか微妙だけど一応あるし」
「それは助かる。それじゃ、また夜にね」
簡単に礼を言って部屋を出る。
お互い気の置けない仲だから、特に気遣いなどは必要ないのがいいところだ。
魔術を解いて廊下に出れば待ちかねたようにシルヴァが駆け寄ってきた。
傍にはセイの側近であるジークもいて、どうやら立ち話をしていたらしい。
「ルナ、話は終わった?」
「うん、待たせてすまなかったねシルヴァ。それに、君も」
シルヴァの頭を一撫でして傍に控えるジークに目を向ければ、彼は深く頭を下げ目を細めた。
相変わらず色素の薄い水色の髪と眼鏡が冷たそうな印象である。
シルヴァを拾う前は年に数回セイの元を訪れていたため、彼とも顔なじみだ。
「いえ、お久しぶりの訪問でしたから、積もる話もあったのでしょう。
私もお弟子さんと話をする機会ができたのでむしろ丁度良かったといえます」
「そう。我が弟子のことは当人の好きなように呼んでやってくれるかな。
彼には年の離れた知人しかいないから、君やセイのような同世代の人間は珍しいんだ」
そうは言っても彼もセイも十八歳で、シルヴァとは五つの差があるのだが。
「ええ。話していても感じましたが、うちのバ……セイル様に比べてとても素直でいらして。
私も心が洗われるようでした」
あ、今バカって言いかけた。
だが私も大人だ。
それには触れずににこやかに微笑みを返す。
「気に入ってくれたなら何よりだよ。
それじゃあ、政務の邪魔をして悪かったね。
これから夕食まで用意された部屋に籠っているから、馬車馬のように働かせてやってくれ」
「心得ております。
それではルナ様、シルヴァ様、夕食でまたお会いしましょう」
再度深く一礼して、ジークはセイの私室へ入っていく。
それからも私はその場から動かず、シルヴァは不思議そうにこちらを見つめた。
「ルナ?部屋に戻らない?」
「シッ。いいかいシルヴァ、耳を澄ませておいで」
小声で指示すればすぐに彼の頭に耳がはえる。
ふさふさとした毛におおわれたそれはピクピクと動き、私の言うように微かな音でも拾おうとしている様だ。
本当に素直な子である。
そして待つこと約十秒、部屋の中からスパーンと小気味いい音が聞こえてくる。
たぶんあの感じだと、ジークが持っていた書類の束でセイの頭を叩いたのだろう。
「私が席を外している間に溜まっていた書類を片付けるはずでは?」
「いや、だってルナさん達が来たし……」
「何を人のせいにしているんですこの馬鹿が。
無駄口を叩くならその口を物理的に消しますよ」
「物理的に!?」
……今日も二人は平常運転だ。
城を訪れるたびに目にしていた光景がまざまざと浮かび上がってきて、私はなんだか懐かしくなった。
たぶん初対面のシルヴァがいたのでジークも遠慮していたのだろう。
いつもより会話に毒がなかった。
そして初めてこういった状況に直面したシルヴァは目を白黒させている。
まあ確かに、あの礼儀正しく落ち着いた様子のジークがこうなったのだ、戸惑う気持ちもわかる。
なので私はこの城で生活する上で最も大切なルールを彼に教えてやることにした。
「わかったかい?ジークを怒らせたらいけないんだ」
「……頑張る」
素直で何よりである。
盗み聞きがバレると私まで怒られそうだったので早々にあの場を立ち去り、今は用意された部屋の中。
どうやら二人一緒の部屋を用意してくれたらしく、リビング的な部屋が一つ、寝室が一つの言うなれば1Lである。
荷物はいつも通り亜空間に入っているため、荷物整理の必要もない。
――つまり、お風呂に入り放題と言うことだ。
「それじゃあシルヴァ、私はお風呂に入ってくるよ。
たぶん長くなるからくつろいでいるといい」
「………?長く?」
そう言えばシルヴァもシャワーだけで満足できる人間だった。
「ここは湯船……お湯に浸かれるらしくてね。長湯したいんだ」
「浸かる?」
「覚えていないかな、君を弟子にした日に入れてあげただろう?」
彼を拾った時、あまりに泥だらけだったためシャワーだけでは足りないだろうと、その当時持っていた大きなタライ(のようなもの)にお湯を張って入れてあげたのだ。
まあ、かなり彼は嫌がっていたけれど。
今現在のシルヴァもかなり微妙な顔をしている。
気持ちがいいのに、やっぱりこちらの人は慣れないようだ。
「覚えてる。耳に水が入った」
「それは君が暴れるからじゃないか。
あんなに嫌がられるとは思っていなかったから私も驚いたよ」
「それは………いや、何でもない。
その風呂は、第二王子が用意した?」
「そうだよ。彼もお風呂が好きだから、自分の部屋にも用意させているんじゃないかな」
私を含め、風呂は日本人の心だからね。
久々の風呂に嬉しくなってにこやかに頷けば、シルヴァは気に入らなさそうに顔をしかめた。
彼がこんな風に分かりやすく表情を出すのは珍しい。
「俺の好きなものをルナは知っているけれど、俺はルナの好きなものを知らない…
あの第二王子は知っているのに」
「うん?」
「俺も、ルナの事を知りたいのに……ルナはなかなか俺に自分の事を話してくれない」
「えーっと……」
確かにそうかもしれない。
けれど私に起きたことは正直他人に語りたい内容でもない。
私の過去を知っているのは当事者とセイだけだ。
「俺は弱いから」
「シルヴァ?」
「それに第二王子の方が付き合いが長いみたいだし」
シルヴァの様子がおかしい。
なんだか拗ねているというか、怒っているというか。
今まで彼がこんな態度をとったことはなかったのに、どうしたのだろうか。
それとも表に出さなかっただけで、ずっと我慢していたのか。
「でもこれだけ言ってもルナは話してくれないんだろう?」
「………」
「………知らない。
ルナは風呂に入ってくるといい」
ふいっとそっぽを向いてしまったシルヴァに戸惑う。
初めてのことにどうしていいかわからず、結局私は黙ったまま浴室に逃げてしまった。
・セイルート 男 (18)
草薙 誠司
“王国”第二王子。
次期王位継承者で、只今絶賛命を狙われ中。
転生者であり、こちらに生を受ける前には地球の日本で草薙誠司として生きていた。
歴史オタク(基本的には雑食で特に日本・中国・西洋を古代から近代まで網羅している)で、彼が幼い頃から打ち出す政策は日本で学んだものを所々こちらの文化レベルに合わせて変えたもの。
転生時にチートをもらえたらしく武芸にも秀でているが、唯一魔力だけが一般人レベル。
転生者であることはルナしか知らない。
一時期(大体3~10歳くらい)は転生しチートをもらったことで色々と中二的なことをやらかしていたが、とある事件か起きたことで考えを改める。
それ以来はきちんと自分がこの世界に生きていること、そして王子という立場にあることを自覚し、自己研鑽に努めている。
普段はまさに理想の王子を演じているが、信頼のおける者や家族の前では少し面倒臭がりな面も。
ルナの事は自分の恩人であり理解者であるため一番の信頼を置いており大切な存在だが、同時に自分では彼女を完全には理解してあげられないこともわかっているため少しの負い目も感じている。
・ジーク 男 (18)
“王国”第二王子付側近。
セイルートとは乳兄弟で気心の知れた仲。
ルナとの出会いの場にも同席しており、当時は彼女の事を警戒していたが一度セイルートが彼女に縋って泣いているところを見て以来、彼女には敵わないと態度を一変。
今では頼れる存在としてルナの事を慕っており、自分も何かできないかと色々模索中。
・久遠 月
ルナの地球、日本での名前。
発音の問題上、きちんと彼女の名前を呼べるのはセイルート(誠司)のみ。
この世界に召喚され、以来ルナとして生きる。