4-6
Side:Luna
「あーぁ、仕方ない子達だね」
「全くですよ。特にレンと焔火はもう少し厳しく教育すべきでしたね。
二人とも我が強く物怖じしないことが戦闘面での長所でもあるので好きにさせていましたが、こうも邪魔をしてくるとなると今までの指導の仕方も考え物です」
「あはは、君も年のせいで丸くなってきたってことかい?」
「違います。俺はまだまだ現役ですから」
「それ、ヒルルクも似たようなこと言っていたな」
「……」
ギルド本部の転移陣の設置された部屋から目的地へと廊下を歩きつつ、私達は軽口を叩き合った。
依然として煌炎のガス抜き真っ最中である。
まあ若干オモチャにしてるけど、そこは気にしない。
こういう時の彼は酷く素直になるのでからかい甲斐があるのだ。
それにしてもさっきから廊下のど真ん中を横に並んで歩いているんだけど、どうにも居心地が悪い。
煌炎なんかはよくギルド本部を利用するから慣れているんだろうけど、私は殆ど支部を回ってばかりで本部には立ち寄らないから苦手なんだよね、このお偉いさん扱い(私命名)。
私達が歩けば向かいから来る人も、立ち止まって話している人も、急いでいそうな人も揃って廊下の端によけ頭を下げる。
いやもう本当、なにこれ状態だよ。
ギルド本部ではランクSSの人間の姿を全職員に覚えさせていて、こういう扱いをするように指導しているらしい。
彼等がこんな風にするのはランクSSに対してだけだから、ギルド職員じゃないただギルドを利用しているだけの冒険者にも私達がSSだと伝わって、彼等からも同じことをされてしまう。
結果的にこの建物内にいる殆ど全ての人間から過剰に敬われることになるのだ。
こういう事をされるんだから、私の足が遠のくのも当然の事だと思う。
今だって外界の様子から目をそらそうと煌炎をからかうのに必死だ。
「でも焔火のことはともかく、レンも君が教育したのかい?」
「あぁ、その通りですよ。と言っても少しの間の事ですが…
依頼説明の際、一応王族で型破りだと言いましたよね?
それに関連するんですが、彼女の場合元は市井にいたんですよ」
「市井?宮殿や貴族の屋敷じゃなくて“帝国”のどこかの街で暮らしていたということ?」
“帝国”の皇帝はそれこそ数十人の妃が後宮にいるし、だからこそ結果的に子だくさんで王族の血筋を引いた人間が多い。
皇帝になるのは前皇帝が息を引き取った時に最も強い力を持った直系竜族と決まっていて、血筋による王位争いが起こらないことからそんな方式がとれるんだけどね。
そういう訳で宮殿に暮らすことが出来るのは皇帝の妃たちとその妃が産んだ子供だけ。
その子供も嫁いだり働き始めたりすると宮殿を出ることになっているし、その代の皇帝が死ねば母である妃と共に実家に戻るか宮殿で働くか出家するかのどれかだ。
どの選択肢をとったとしても市井で暮らすのはありえないだろう。
後宮に入ることの出来る妃は全て直系竜族か、もしくは両親どちらかが直系である女竜族に限られる。
そしてそんな女竜族は貴族でしか有り得ない。
“帝国”の平和と統治のためには、国を統べる皇帝は強い血と力と権力を持った存在でなければならないから。
「その通りです。一代前の皇帝の娘が貴族の子息と婚姻を結び、レンの母が生まれました。
そして彼女はガイオスの後宮に入ったんですが、子――つまりレンを授かってしばらくしてから逃げ出しましてね」
「逃げ出したぁ?“帝国”皇帝の子を孕んだ状態で?」
「えぇ。今思い出しても腸が煮え返る思いですよ」
本当に忌々しく思っているのだろう、煌炎は顔を歪めて吐き捨てた。
まあこれも彼風に言えば下位の者が上位者を煩わせたことにあたるから無理もない。
「まあガイオスを、いや、皇帝をなめているとしか思えない行動だね。
なんでまたそんな馬鹿な真似をしたんだい、その母親は」
「どうにも何人もの妃と皇帝を分かち合う行為を受け入れられなかった様ですよ。
身籠ったまま姿を隠せば関心を独占できると思ったんでしょう」
それはまた……ドン引きだ。
というか馬鹿だろう。そんなことでガイオスは動揺しない。
「貴女も想像している通り、ガイオスは彼女を探そうともしませんでした。
元々彼女の腹に宿っていたレンの力が次代の皇帝に相応しいものではないという事は分かっていたので、本人のしたいようにさせた様です。
それで勝手に死んだとして逃げ出したのはあちらですから自業自得ですし」
「でも今この時点でレンが王族と認められているということは、母親は宮殿に戻って来たのかい?」
だとしたら面の皮が厚すぎないだろうか。
「その通りですよ。あの女、レンが成長するにしたがって生活が困窮したらしく宮殿にのこのこと顔を出してきました。
自分が間違っていた、反省している。だから子供と共にまた宮殿で暮らしたいとね」
「うわぁ……」
何と言うか、第三者の私でもそれはイラつく。
ガイオスの事をなめているとしか思えないし、自分がどれだけ偉いと思っているんだ。
そもそも妃に逃げられた時点でガイオスにとってみれば顔に泥を塗られたも同然なのに、兵を差し向けて処刑することもせず放っておいたのは温情だ。
それすら無視してまた皇帝を頼るなんて、貴族の風上にもおけない。
私は各国の王族と親しいから、その分貴族間のしきたりや負うべき責任もいくらかは分かっているつもりだ。
王族に例え後宮の一妃としてでも嫁いだのならそれに見合った振る舞いを求められるというのに。
「当然母親はその場で処刑しました。
元より実家の方からもそうして欲しいと申し入れがありましたから」
「流石は皇帝の娘と言うところか。
祖父母の方は生粋の竜貴族のようだね」
“帝国”の、竜族の頂点に立つ皇帝に刃向うなど竜族に生まれた者なら考えることもしない。
それだけ力に惹かれる種族なのだ、竜族というものは。
そして貴族としてしっかりした教育を施されているならば“帝国”に対する忠誠心も相当のものだろう。
「本当は一家断絶を望まれたのですが、それはガイオス自身が反対しました」
「うん、そうだろうね」
そんな者達を娘の犯した愚かな行動だけで殺してしまうのは“帝国”の損失だ。
きっと彼等は娘にも同じものを求めようと必死に教育を施したのだろうとわかる。
そうでなければそんな嘆願をするはずがないし。
つまりは全てレンの母親だけの罪なのだ。
「ですが問題はレンでしてね。
どうにも彼女は実の母親が目の前で処刑されたのを見たせいか、父親であるガイオスにも祖父母にも懐かず、一人で部屋に閉じこもってばかりで。
何故か俺まで騒動に巻き込まれまして、一時期世話をしていたことがあるんです。
俺を含め数人の王族で入れ替わり立ち代わり面倒を見ましたが、結局誰にも心を開くことはなかったように思えます」
「それでああいう態度なわけか。武術も各王族で?」
「はい、そうですね。おかげで実力はつきましたが対人関係はサッパリで。
軍の他の部隊長とも対立することが多いと聞きますし、周囲も生まれや育ちがアレなので倦厭しているらしいです」
「アレって」
つい苦笑が浮かぶ。
まあ皇帝を馬鹿にした行為の末生まれた子供であること、目の前で母親を殺されたという本人には自業自得でも子供にとっては辛いだろう経験をしていることがそう言わせるのだろうけど。
「まあ事情は分かったけれど、それでも私から言わせれば駄目だね。
だって母親は自業自得だし、周囲もそのことを教えたはずだ。
それに何より竜族の本能がそれを知らせるはずだろう」
「ええ、俺もそう思いますよ。
教育は失敗してしまいましたが」
それはドンマイとしか言いようがない。
「ちなみに世話してたって、どれくらいの時?」
「そうですね……母親が宮殿に戻ったのがレンが十七の時ですから、俺が世話したのは十八から二、三年の間の話でしょう」
うわ、多感な年頃まっさかり。
そんな時期を相手取らなければいけないなんて煌炎も不憫と言うか。
ガイオスからの頼みだと、煌炎断れないからなぁ。
竜族の本能が皇帝に絶対服従を示すし(もうどんだけ本能に従って生きてんだよ、という突っ込みはなしにしてもらえると嬉しい)、煌炎自身が茶化して誤魔化すけど紛れもなく従兄を尊敬しているから。
「うん、君が案外苦労していることは分かったよ。
それに弟子は弟子であの焔火だし。
その点シルヴァは手のかからない子だったからねぇ。私は運がいい」
「そう言えば明星は貴女が幼い頃から弟子として育ててきたんでしたね」
「そうだよ。確かシルヴァが八歳の時からだから、かれこれ五年だね」
「尊敬しますよ、明星をね」
「ちょっとどういう意味かな?」
まったく、さっきまでは素直だったくせにもう回復して腹黒成分が戻って来てしまった。
ニヤリと笑う顔は全く可愛くもなんともない。
「いえ、そのままの意味ですよ。
貴女のような人が師匠で育て親では、明星は苦労が多かっただろうと」
「失礼だねまったく。私の方が大変だったさ」
変な競い合いみたいな感じになってしまったけど、別に私だって苦労しなかったわけじゃない。
そもそも私はあちらの世界では扶養される存在の、成人にも満たないただの女子高生だったのだ。
こっちに来て色々な経験をしたと言ってもその中に子育てまでは流石に含まれてはいなかった。
それに獣人とかあっちにはいないし。
「おや、例えばどんな苦労を?」
「うーん、そうだねぇ。なかなか我儘を言わなくて困った」
「……我儘、ですか」
「そうだよ。我儘というのは欲求に基づく大切な行動だ。特に子供のうちには。
それが足りないと自分というものが無い大人に育ってしまうし、無気力な人間になってしまう。
だから上手く我儘を引き出してやらないといけないんだ。
まぁあまりに非常識なものはきちんとそれを教えて躾けないといけないけれど」
これ、あちらの世界にいた頃何かの本で読んだんだよね。
この知識を利用してあの人や両親に甘えていたのもいい思い出だ。
……そんなものを使わなくても、三人は私をいつだって慈しんでくれていたけれど。
「何と言うか、意外でした。
宵闇でもその様にきちんと考えるんですね」
「……さっきからさ、凄く失礼じゃないかい?」
「いえ、貴女は他人の望みにしか興味が無いと思っていたので」
「あ、それは間違ってないよ。
と言うか、我儘って要は望みだろう?
子供の頃から我儘を言えるようじゃないと、大きくなってから望みを言わない人間になってしまうからね」
だから特にシルヴァのためを思っての行動ではなくて、最終的に私のために繋がる行為だ。
私は望みを叶えるために生きている存在。
この世界に住む人間全てが望みを叶える対象だけれど、その中でも特に薄くとも黒を持つ彼の望みを叶えることは私にとても大きな充足感をくれる。
例えそれが仮初めで、ふとした瞬間に憎しみを呼び起こすものでしかなかったとしても。
そんな内心を口には出さずに留めて煌炎を見れば、彼は微妙な面持ちでこちらを見つめていた。
「……貴女は、不快に思うかもしれませんが」
「?何だい、藪から棒に」
「俺にはそちらの方が言い訳のように聞こえます。
明星を正しく年相応に育てることが目的で、先々の望みのためというのが…それを正当化するための、付け足しの理由のような……
いえ、すみません。俺の個人的な意見です。
要らぬ言葉という事を自覚しておきながら、気分を害させてしまって」
「……いや、別にいいよ」
恐らく少し苛立ったのを察知されたのだろう。
彼はまだ成長している。
まあ竜族としては今が最盛期と言っていい時期だから当然か。
にしても、望みのためというのが建前、ね……
「逆に感謝したい気分だ。
他から見て、聞いて、そう感じるという何よりの証拠だからね」
そう言えばジョーカーも、嫌にシルヴァにこだわっていた。
それにセイだって彼を私の傍に置こうかと一度は考えた。
それはつまり、他人は私がシルヴァを大切に思っていると、そう感じるということだ。
私の言葉、行動、態度からそう感じるという事。
その勘違いは正直不愉快で堪らない。
私がこの世界の人間を大切に感じるって?
勘違いも甚だしい。
でもそうさせているのは紛れもなく私自身なのだろう。
――何か、対策をとらなければいけないな。
「宵闇?」
そう脳内に考えを留め、私は訝しげにこちらを覗き込む煌炎に微笑んだ。
「なんでもないよ。それよりそろそろ着くようだね」
「……そうですね」
そうしてきちんと話を終わらせたいという私の意思を汲んでくれるところがとても助かる。
煌炎に感謝しながら私は正面を向いた。
長話をしていたおかげか、目的地は目の前だ。
ギルド本部の中央に位置する部屋。
ギルドの全指揮をとる総代と、その補佐をする二人の幹部がいる場所だ。
ギルドを表す紋章が彫られた扉を開いて中に入ればしゃがれた声が私達を迎えた。
「よう来た、宵闇に煌炎」
「やあ総代。相変わらずいい髭してるね」
「お久しぶりですね総代。面倒ですが来ましたよ」
私も煌炎も返しとしてどうなんだと突っ込まれて当然の言葉を投げるけれど、総代は怒った様子も見せず席に座るよう促した。
まあランクSSなんてものを持ってる人間は良くも悪くも癖が強くて自由人だから仕方がない。
逆にこうして何事も無かったかのように流せる度量があるからこそ総代の地位を持っていると言えるだろう。
ヒルルクなんかはここでイラッときて怒鳴るわけだし、うーん、器が違うね。
さて、総代とその両脇に立つ男女一人ずつの幹部の正面に用意された席には先客がいる。
入る前から気づいていたけど、私も煌炎もそこはスルーだ。
だって彼のせいで私達は寝不足なんだから。
「よう、二人とも。聞いたぜ?
昨日の夜は大活躍だったんだってな?」
煌炎と目を見合わせ、椅子に腰かけ片手をあげるランクSS、“氷雨”の通り名を持つ男の背後に立つ。
そのまま二人で勢いよく椅子を蹴り倒した。
「……っだ!ちょ、何すんだお前ら!!」
「はぁ?何すんだ、だって?それはこちらの台詞だよ」
「いつまでもトロトロトロトロ仕事を片付けて……いい御身分ですね、氷雨」
地べたに這いつくばる結果となった氷雨を見下ろし言えば、彼は名前の示す通り顔を蒼くした。
謝罪もなしに顔を見せ大活躍とぬかすなど、いい度胸じゃないか。
こっちはお荷物三人を抱えての大移動だというのに暢気な顔しやがって。
「はははははは……いや、それは、な?
ほら俺人魚の亜人だし、やっぱ水無いと力出ないし?」
「関係あるか、この魚が」
「焼き魚にしてやりましょうか?」
「ヒデェ!!」
氷雨は魚――と言うより、人魚の亜人だ。
従って寿命はまあまあ普通の人間よりは長く、容姿も美しい。オヤジだけど。
そして人魚と言うだけあって美声で、水と氷の魔術を得意とする。
そんな彼は確かに暑さが苦手で南国などでは弱ってしまうのだが、それは今回の事と関係ないはずだ。
彼の今回の依頼は“教国”の海に現れる魔物の大群の討伐だと既に聞いている。海など彼の支配下だろう。
人魚だけあって彼は泳ぎが得意だし、魔術を使わずとも水中で呼吸が出来るのだから(エラ呼吸)。
「まあ座せ。話が進まぬ」
「分かっているよ。ほら氷雨、君は正座しろ」
「そうですね。すみませんがこの椅子は片付けてもらえますか?」
「かしこまりました」
「えー何で本当に片付けられるんだよ…」
それはまあ、いじられキャラだからだろう。
それは言わずに私は用意された椅子に座り、足を組んで頬杖をつき総代を見つめた。
自分でも偉そうと思うけど、まあ容認してくれているからいいのだ。
煌炎とか氷雨もリラックスして緊張とは程遠い状態だしね。
「では話を」
「はい。今回皆様を召還致しましたのはランクSSに相当する依頼の遂行のためです」
総代に促され手に持つ書類を読み上げるのは私達に(と言うか煌炎にだけど)念話をかけてきた女秘書だ。
きっちりまとめられた髪に赤い眼鏡がそれっぽさを増長している。
「今回の討伐対象は“帝国”国境、北の要塞付近に出現した魔物の群れ。
総勢千にも及ぶと推察されます。
主な構成としてはドラゴン、ゴーレム、悪魔種、アンデットとなっており、ランクA以上に相当する魔物が群れの大半を占める模様です」
「これは主等にしか相手取れん。行け」
そんな簡単に言うけどさ、色々こちらとしても意見というものがある。
「だったら氷雨一人に向かわせてよ。
私と煌炎は依頼の最中なんだ。とっても忙しい」
「おいこら、お前らの方が現場に近いだろ」
「転移の魔術があるではありませんか。怠惰は褒められた行為ではありませんよ?」
そうそう、その通りだ。
千くらいなら氷雨一人でもどうにかなるだろう。
ただ数が多いから少し苦戦して一日中戦い通しとかも有り得るけどね。
何にしろ私達SSを全員集めるには小さな案件だ。
「氷雨では足りぬ。皆だ」
「……どういう事です?」
総代の言葉に私達はじゃれ合いをやめ、一斉に目を細めた。
秘書とは反対側、次官である男が変わらない表情で口だけを動かし告げる。
「群れのリーダーである魔物に異常性が見られます。
我々ギルド内でも確認したことのない種であることは間違いありません」
――未確認個体、か。
確かにそうなると例えSSと言えども単独で向かわせるわけにはいかないだろう。
それに群れの構成を聞く限り、魔物の種類が多い。
群れのリーダーはその中で最も強い個体がなるものだ。
群れにいくつもの種族がいるといるのは、リーダーに個体としての弱点が少ないという事を示している。
魔物は種族によって得意とする攻撃が異なるから、それらの上に立てるというのはそういうこと。
「特に―――宵闇様」
「うん?」
「宵闇様は以前、“王国”で神喰らいを討伐なされましたね」
「!」
「おいおい、冗談はやめてくれよ?」
隣の煌炎と氷雨も、その言葉には流石に動揺を露にした。
まったく、いよいよふざけてもいられなくなってきた。
確認の意味は、つまり―――
「群れを率いる魔物は神喰らいである可能性があります」
やっぱりか。自然と口の端がつり上がる。
それが真実だとして、その神喰らいはどうやって現れたのか。
考えられる可能性は三つ。
一つ目、私の倒した神喰らいに分裂の能力が備わっていて、私が倒す前に分裂を行っていた。
二つ目、神喰らいは一体ではなく、大昔に何体も造られていた。
そして最後に三つ目、新しく誰かが神喰らいを創造した。
「私が昔渡したデータとの照合は済ませたのかい?」
「はい。その結果近しい存在であるとの答えが出ました」
「神喰らいは食事で形態や能力を変えていくからねぇ。
ハッキリと答えが出ないのも無理はない」
だがこうして実際に言葉にしていること、私達三人を呼び出したことからそれが神喰らいである可能性が高いことが窺える。
念話でもSS相当の依頼があるから至急来るようにと言われただけだし、有り得ないにしても他人に聞かれることを恐れたのだろう。
確かに本当にその魔物が神喰らいならば事態はなかなかに深刻だ。
「分かったか。ならば行け」
「おいおい総代、ガラにもなく焦るなよ。
俺は依頼を済ませたばかりだし、ルナと煌炎は依頼の最中だ。
そっちをどうにかする時間ぐらい用意してくれ」
「……まあ、良い」
おや、今すぐ現場に向かわせられるかと思ったけれど、どうやらそれは勘弁してもらえるらしい。
確かに助かるな。何も言わずに帰りが遅くなったらあの三人は煩そうだ。
「ではいつの決行に致しますか?」
「明後日とか?」
「……それでいいんですか?」
煌炎にジトリとした目で見られた。
まあ群れがいるのは“帝国”だし、彼としてはやっぱり心配になるんだろう。
「いえ、実際それが頃合いかと。
未だ群れは“聖国”側に存在しております。
かの国は中立であるギルドとしても手をつけにくい場所。
ならば数日待って、群れが国境を越えた瞬間を叩く方がこちらも十分な対応が可能です」
「なんだ、私の意見でいいんじゃないか。
それに明後日なら私達の依頼も終える頃合いだ。
余計な心配や心労が減るだろう?」
「まあ、それはそうですが」
微妙な顔で煌炎も頷く。
まあそこは後でフォローしておこう。
後は氷雨と総代か。
「で、氷雨としては?」
「いいと思うぞ?俺は今フリーだから、このままお前らと合流する。
寒冷地に慣れた方がいいだろうしな」
「へぇ、君にしてはやる気だね」
「まあ神喰らいなら仕方ないだろ。
少し興味あるしな。なにしろ伝説級だ。
出来れば食いたいが、どうだろうなぁ」
あぁ、そう言えば彼にはそんな趣味があったんだった。
氷雨はゲテモノ好きで、自分が倒した魔物を食べるのが討伐の楽しみらしい。
普通逆の立場だと思うけどなぁ。
だってよくあるよね?人魚の肉を食べると不老不死になれる話。
それにしても二日間とは言えランクSS全員に護衛されるなんて、レンへのVIP扱いに腹が捩れそうだ。
「はいはい、じゃあ倒す時には綺麗に切らないとね。
焼くのは煌炎がいるから不自由しないし、食器も私が用意しよう。
皆でバーベキューは久しぶりだから楽しみだ」
「俺を調理道具扱いするのはやめてもらえませんか……?」
「ふふっ、いいじゃないか。
君は炎の扱いが上手いから、焼き加減がいつも絶妙で助かっているんだ」
「そうだな、ルナに頼むと焼きすぎるし。
俺はミディアムで食うのが好きなんだ」
「仕方ないじゃないか、私は力が強すぎるんだ」
それに生焼けってあんまり好きじゃない。
食中毒とか気になっちゃって、駄目なんだよね。
「……主等、黙らんか」
「あぁごめん、忘れてた。総代もいいよね、明後日で」
「良いだろう。失敗は許さぬ」
「誰に言ってんだか」
「そうですね。不要な一言です」
まあ確かにそうだろう。私達にはそれはいらない。
だって曲がりなりにもギルド内最強だし?
「ふむ、良い。ではこの話は終いだ。して、宵闇」
「……ん?まだ何かあるの?」
しかも名指しとか、何事だ。
わざとらしく驚きを示して片眉をあげれば、予想外に真剣な眼差しがこちらを見ていた。
「“王国”の王太子に、公の式典で祝福を授けたと聞いた」
「あぁ、セイの事。うん、確かにしたね」
瞬間、ピリリと室内に緊張が走る。
勿論それは私以外から発されるものだ。
総代は長い髭を撫でつけながら再び問う。
「それは何を意味する?」
「決まってる。セイへの唯一絶対の守護を」
次には、目の前に二振りの刃が迫っていた。
それはピタリと首筋に触れる寸前で止まり、私を傷つけることは無く留まっている。
「おや驚いた」
「全部目で追っておいて何をわざとらしく言っているんですか」
「それもわざと挑発するような言葉でな。
性格の悪さが滲み出てると言うか」
「ちょっと、失礼じゃないかい?」
確かにまあ全部その通りだけどさ。
左右に立つ秘書と次官を見上げにっこり微笑んでやる。
けれど彼等はピクリとも表情を変えずに私を見下ろすのみだ。
「んふふふ。ねぇ、このままでいいの?
あまり私に攻撃の意思を示すようなら、考えがあるけれど」
「……宵闇。あまりからかうものではありません」
「おっといけない。少し調子に乗ってしまった。
分かっているよ、もう終わりにしよう」
指を鳴らして剣を腐敗させる。
酸化と還元の法則を使えば簡単だよね、こんなこと。
動揺することなくすぐに次の得物を用意することはいいけれど、その間無防備なんじゃない?
「【止まれ】。私は君達に行動を許してはいない」
こうして簡単に、言霊で縛れる。
「で?総代は何が言いたいのかな?」
わざとらしく立ち上がり近づいて彼の横で微笑めば、食えない笑いが返ってきた。
うん、すぐに熱くなる若者たちよりはよっぽどいいね。
「“王国”のためギルドを裏切る、もしくは不利益になることをしうるか否か」
「その問いには否を返そう。
私が祝福したのはセイだけだ。“王国”はどうでもいい」
「では王太子のためにギルドを敵に回すか?」
「彼がそれを望むのなら、いいや、望まなくとも私が必要と思えばそうするね」
「ほう」
再び幹部二人から殺気が発せられるけど、彼ら程度じゃその術は破れないな。
さて、そろそろ十分かい?
「でも今はそんなつもりはないよ。
私が今日この場でこう言ったのは、それだけ私にとってセイが大切だって知らせようと思っただけのことだ。
君達がこれで私を排除しようとしても殺せばいいし、そもそも出来ないだろう?
だって目下のところは神喰らいらしき魔物の討伐があるし、私がこの中で一番強いし、って言うか私、この世界で最強だし。
だから無理って分かっていてこうしてるんだ。
私を怒らせると怖いよって、こうして時々示しておかないといけないだろう?
人というものは忘れる生き物だからね」
「ふむ、今は敵対の意思はないと?」
「その通りだ。忠告は一つだけ」
これは総代だけじゃない、この部屋にいる全ての人間に対してのもの。
「“王国”のセイルートに手を出したら、殺すからね?
ギルドに所属する人間の誰か一人でも彼を害するなら、私はギルドに所属するすべての命を狩るよ。
冗談なんて思わせない。こう見えて私、有言実行だから」
「すげぇ殺気」
「宵闇、そろそろおさえて下さい。二人が倒れます」
「だって先に刃を向けたのは二人じゃないか」
まあ殺気はおさめるけれどね。
介抱にさく人員が勿体ないだろうし。
ついでに魔術も解除してやろう。
もうどうせあの二人は恐怖で動けない。
「良かろう。だが忘れるな、主は宵闇。
ギルドに位置する漆黒の闇。光の見えぬ無明」
「ふふっ、知っているよ」
通り名をあえて紐解きこうして告げるのは、私がギルドに所属する人間だと示すためだろう。
実際その文言は微かな魔力を孕んでいる。
こうして少しずつ、通り名を呼ぶことで魔力を絡ませギルドへの忠誠を強めていくのだ。
ただそれはあまり私に対して効力を発揮しない。
だって私はこの世界の誰よりも、何よりも強いんだから。
そんな脆弱な鎖で私を繋げるはずがない。
それに彼等は私の名前の意味を知らないから、自分達が可笑しなことを言っているって分からないんだろうな。
私は月だ。私自身が月なんだから、その通り名の矛盾に気づかない。
面白い事だよね。でもまあ、文面の上では矛盾していても内容は間違っていないのかもしれない。
私は私の太陽を失ってしまったから。
あの唯一の光がなければ、月は輝くことすら出来やしない。
・氷雨 男 (80)
ランクSS、人魚の亜人。
人魚の亜人は人よりは寿命が長く、けれど不老不死ではない。
せいぜいが寿命200年程。
人間年齢に換算する時は2で割ればいいお手軽さ。
また人魚なので滅茶苦茶美声。そして顔もいい。中性的な美貌。
だが氷雨はダメ人間よりなので草臥れたオヤジと化している。
種族柄泳ぎが得意で、空気中は肺呼吸、水中ではエラ呼吸(=両生類?)。
水と氷の魔術が得意だが、魔術に特化した種族なので肉弾戦は苦手。
後暑い場所も苦手。身体中の水分が蒸発する気がするんだとか。
同じ理由で乾燥地帯もあまり好きではない。
・総代 男 (??)
たぶん人間。よくわからない謎な人。チャームポイントは胸下くらいまで届く長い白いお髭。
いつも木でできた杖を持っている。
何かを企んでいそうな顔がとても食えない奴だとルナは思っている(と言うかむしろ皆)。
昔はランクSSでそりゃもう無双していたともっぱらの噂。
・幹部二人組
どちらも総代に忠誠を誓う優秀な人材。
ただまあルナに言わせればすぐに熱くなる実力の伴わない飼い犬程度の扱いになる。




