4-5
Side:Luna
眠い。どうにも眠くていけないな。
欠伸を噛み殺す。
あぁもう本当にタイミングが悪いって言うか、どうしてSSの討伐なんか舞い込むんだか。
いやまあ、必要な事だったんだけど。
弱い三人を連れて討伐とか冗談じゃないし、じゃあ魔物避けるルートとろうとしてもたぶん気づくだろうし、ぶっちゃけ三人がいても私と煌炎が文字通り一瞬で全部殺せばいいんだけど、その場合お互いにまあまあの本気出さなきゃいけないから威圧で三人が大変な事になりそうだし(シルヴァと焔火は怯えるだけで済むだろうけど、レンがねぇ…)。
つまりはまぁ、昨日の夜のうちに片付けるのが最善だったわけだ。
ただ問題は、そのせいで睡眠時間が削られたことだよねぇ。
実際のところ討伐自体にはそれほどかかってないし、予想通り二時間ぐらいでまた宿に帰ってくることが出来た。
その時の時刻は午前1時半。
帰ってすぐ布団に入ったし平気かと思ってたんだけど、今日の出発が6時だったんだよね。
そんなに早く出なくてもいいと思うのに、そこは護衛対象の我儘――あぁいや、意見?でそう決まってしまっていた。
そうなると朝食を食べたりするから4時半には起きなきゃいけなくて、結果的に私の睡眠時間は3時間になる。
睡眠を1日6時間は必要とする私にとってこれは死活問題だ。お肌にも悪いし。
それにSS相当の依頼だったから相手がなかなか大物で、変にスイッチ入りかけちゃったんだよね。
お陰で体内の術式まで働いて、更に眠いったらない。
「宵闇、起きていますか?」
再びどうにか欠伸を堪えていると、見かねたのか煌炎が更に馬を寄せてきた。
彼も理由はともかく私が戦った後酷く眠くなることは知っているから心配してくれたんだろう。
「うんまぁ、平気だよ。
馬に乗っている途中で寝たりはしないから安心して」
「姪がすみませんね…
それに明星にも迷惑をかけているようで」
「いや、シルヴァの場合は彼にとっても良いことなんじゃないかな?
男女の出会いは多い方がいいし、彼の人見知り解消にも役立ちそうだし」
「………貴女は、本当にそう思っているんでしょうね」
思ったことを言っただけなのに、煌炎にため息を吐かれた。何故。
黙って並走しながら話を聞いていた焔火も鼻を鳴らす。
「煌炎、化け物に人の気持ちが分かるはずもないだろうが」
「失礼だなぁ。まあ本当のことだからいいけれど」
にしても焔火が私の近くにいるなんて珍しい。
普段なら絶対一定の距離を保った位置にいるのにどうして――あぁ、巻き込まれたくないからか。
ちらりと背後を振り返って苦笑する。
私も確かに巻き込まれたくはない。
だから今もこうして煌炎達の傍にいるのだし。
見つめた視界の中ではレンはあれこれとシルヴァに語りかけ、そんな彼女に彼は顔すら向けず最低限の返事だけで済ませるという何とも言えない光景が繰り広げられていた。
――どうやら我が弟子は、護衛対象に惚れられたらしい。
たぶん切欠は昨日の勝負だったんだと思う。
竜族は案外野性的な本能が強い種族でもあって、彼らの殆どは強い力を持つ相手に惹かれる傾向にある。
その感情の種類が親愛から友愛、そして恋愛、果ては憎悪と様々だという面はあるけれど。
さて、そんな竜族であるレンが自分よりも強いシルヴァに対して持った感情は恋愛だったらしい。
彼女が勝負して勝てないのはシルヴァだけじゃなく焔火や煌炎、それこそ他の軍の部隊長まで何人もいただろうに、彼に対してだけ恋愛感情を持ったのはすごく不思議だけれど、恋というものは唐突に始まるものだと聞いたこともあるしいいんだろう。
思えば手合わせの後、彼女は顔を真っ赤にしていた。
それは負けた悔しさからくるものだと私も煌炎も判断していたけれど、あながちそれだけではなくその時から既に彼女の心には変化が起こっていたのかもしれない。
そしてそこから夕食の時間まで一人で過ごし、自分の感情や現実と向き合うチャンスを得た。
今回のレンの変化の切欠にはそれが大きいと思う。
そして見事恋心を自覚したレンは昨日の夕食の席から今日この時まで、それはもう一心にシルヴァへアタックを続けていた。
今だって昨日とはうって変わって、まあ上から目線な所は変わらないけど少しはシルヴァへの当たりがやわらかくなっているし、煌炎にこれまた我儘――いいや、そう、意見。意見だった。ともかく意見して最後尾をシルヴァと並走している。
結果的に私は昨日の彼女の位置におさまり、横に焔火前に煌炎というあれ?私が守られてる?的な状態になった。
けれど走り出して暫くしてからは私が後ろなら前を走る意味はないと判断し、煌炎も焔火と反対側の私の隣を走るようになっている。
この方が後方から魔物が来たときに素早く護衛対象のもとに行けるし、私も合理的だと思う。
「貴女は空気は読めますが、自分に向けられる感情には疎いですからね」
「おや、煌炎まで失礼だな。
私は今だって背後から向けられている敵意を敏感に感じ取っているけれど?」
私の言葉に煌炎は苦笑し、焔火はせせら笑った。
おいこら、他人事だと思って。
レンがシルヴァに惚れたことに関して私は思うところは何もないけれど、唯一私に対して嫉妬の感情を向けるのだけは止めていただきたい。
どうして私は何もしていないのに睨まれるかなぁ。
そう言えば以前パーティーを組んだ時もそうだった。
シルヴァを尊敬する剣士とか、彼に一目惚れした女魔術師と弓使いとかから凄く敵視されたっけ。
そう言えば彼等は元気だろうか。
あの後結局ランクを落とさせたりはしなかったけれど、ランクが上がったりしてるのかな?
「宵闇、他のことを考えていますね?」
「あはははは、どうして分かったのかな?
これでも表情を変えないことには自信があるんだけど」
「まあこれで一応SSですから。
ギルド内では最も貴女に近い力を持っている以上、何となくなら察することが出来ます」
「ふふっ、君のその、きちんと自分の実力を分かって“ギルド内では”と付け足すところにとても好感を持てるな。ねぇセンパイ?」
ギルドでは確かに彼が私の次に強いけれど、“世界で”となると話は別だ。
私の次に強いのはセイだし、その次はジョーカー。
彼女と実力は恐らく変わらないだろうガイオスがいて、その後に煌炎となるのかな。
全員の存在は知らないとして、自分が決して全てで強いわけではないと分かっていることはとても良いことだ。
昔はそんなこと無かったのに、人(竜族だけど)って変わるものだねぇ。
けれど煌炎は嫌そうに顔をしかめた。
誉めたんだけど。
「その呼び方は止めてください。
昔のことを思い出して嫌なんですよ。
あとあまり好感が持てるなどという言葉は使わないように。
後で面倒な思いをするのは俺なんですから」
「うーん、よく分からないけれど分かったよ。
これからは気を付けるね、センパイ」
「………宵闇」
「ふふっ。ごめんごめん、怒らないでよ煌炎。
ちっとも怒ってないの、知ってるけどね」
いいじゃないか、少しからかうくらい。
眠いのだから娯楽がないときちんと意識を保てない。
まあそれを分かって彼も怒らないのだろうけどね。
それにしても―――チラリと、煌炎とは反対側を再び黙って走る焔火に目を向ける。
視線で気づいたらしく、彼はすぐに嫌悪の表情を浮かべながらこちらを見た。
つれないなぁ、相変わらず。
「焔火、今日は攻撃してこないのかい?」
今日の彼はとても大人しい。
散々悪態を吐かれつつその物言いはどうなのかと自分でも思うけれど、まあそこはスルーだ。
いつもなら大体朝食後とか、こういう昼間にここぞとばかりに襲いかかってくるんだけどな。
「……俺はそこまで馬鹿じゃねぇ。
自分から死にに行く程落ちぶれてねぇからな」
「んー?………あぁ、そういうこと。
すごいね焔火、野生の勘かい?」
たぶん彼が言いたいのは私の眠気だ。
うんうん、通りで今までも朝一では攻撃されたことがないと思った。
普通は相手の体調が悪い時とかに戦いを挑んだ方がいいと考えるかもしれないけれど、私と焔火の場合その選択は最悪だ。
普段私は彼を殺さないように、きちんと自分の力を抑えて彼の相手をしている。
シルヴァにも言ったように彼のことを気に入っているからね。
でも私が眠いというのは、その力の抑えが緩くなってしまうということだ。
たぶん焔火も自分が決して私には敵わないと分かっているのだろう。
それでも彼なりの信念から攻撃は止まることがない。
けれどそれによって自分が死ぬことのないよう、きちんと私の状態を見極めながら戦いを挑んでいるのだ。
特に今日などは単純な眠気だけでなくスイッチが入りかけている状態。
彼からの些細なちょっかいで私の理性が本能に負けてしまう可能性もゼロではない。
それを明確に肌で感じ取っているのだろう。
うーん、彼はとても獣人らしい獣人のようだ。
獣の性がシルヴァなどより余程強いんだろう。
シルヴァがその感覚を持っていれば始終私にひっついていることも無かっただろうし、焔火もそれがなければもう少し私への当たりが緩和されていたかもしれないのに、うーん、上手くいかないな。
でもまあ私は今の焔火を気に入っているし、シルヴァに対してもそんなに不満はないから今の状態で十分なのだけどね。
「うるせぇ」
「誉めたのに」
「少なくとも俺から見てもそれは誉め言葉ではありませんね。
にしても……宵闇、後で明星を頼みますよ」
煌炎の言葉に、私は思わず瞬いた。
うん?頼むって、何を?
「今日一日だけでどれだけストレスが溜まることか……旅の途中で爆発されてはたまったものじゃありません」
「あぁなるほど。
うーん、でもストレス解消はどんな風にすればいいのさ。
私は宥めることは出来てもそういうことは苦手だよ」
そもそも本人に聞こえる距離で言うか、普通。
背後を少しだけ確認。
ほら、バッチリ目が合ってしまった。
獣人は耳がいいから、このくらいの距離なら会話だって難なく聞き取れる。
その状態で巻き込まれたくないとかストレス溜まるとか爆発困るとか、本人に対して申し訳なくないのだろうか。
……いやまあ、私も似たようなことしてるけどさ。
こうして声を出すことで本人への注意にもなるしね。
うん、悪いことじゃないよ、たぶん。
気まずくなって苦笑いで視線をそらし再び前を向く。
何だか背中に視線が突き刺さってくるような気がした。
なにこれこわい。
「貴女がよくやったと頭を撫でればそれで済むことです。
いいですか?忘れないで下さいよ?」
「そんなお手軽な…
煌炎、いくらなんでもそれはどうなのさ」
「では自分で考えてください」
「いや、やっぱりそれにしよう」
そんなもの考え付くはずが無いし。
何だか刺さってくる視線がじっとりしたものに変わった気がするけど、まあ気のせいだよね。
さて、それにしても予想通り今日は魔物が全く出てこないな。
気配はあるけど全く近づいてこないし、すごく早く次の町に着いてしまいそうだ。
まあ寝れるから助かるけど。
ただそのせいで焔火は不満げだ。彼は戦うことが好きだから。
魔物が出てこないのは私と煌炎が昨日の夜(今日の朝?)大型の群れを狩ったからだけどね。
それで数が減ったこともそうだけど、狩ったときの私達の様子に怯えているんだろう。
あの群れがこの付近のボス的な位置になっていたんだろうし。
あぁでも困ったことに刺激のない旅は眠くて仕方がない。
「……おい化け物女、こっちに近づくな」
「ん……?あぁ、ごめんごめん。
わざとじゃないんだけど」
しまった、眠すぎて体が傾いた。
そしてそれを察知した馬が少し斜めに走ってしまい、結果としてよりにもよって焔火との距離が近くなってしまったらしい。
にしてもこんなに近づいても怯えないなんて、この馬は肝が据わってるなぁ。
『宵闇、限界ですか?』
煌炎が距離をつめ、焔火にもシルヴァにも会話の内容が気づかれないよう口の動きだけでそう伝えてくる。
限界、というわけではたぶんないけど――たぶんこれは、動かないと寝る。
歩いている最中に寝るほどではないと思うんだ。
ただ馬上でじっとしているとどうにも、ね。
『……うん、寝るよ。
着いたら起こしてほしいな』
『わかりました。三人へは何と説明を?』
『昨日夜更かししたから眠いとでも言えばいいさ。嘘ではないしね』
こうなったら寝てしまうのが一番早い。
まあ私の体は睡眠中でも攻撃を受ければ敵を排除するようになっているから、もしもこれから魔物が襲ってきたとしても足手まといにはならないだろう。
後は寝ている最中、先程のように体が傾き最終的に落馬してしまう心配だけど、そこは魔力の糸で馬に体を固定してしまえばいい。
そうと決まればさっさと寝てしまおう。
体から魔力を這わせ、馬具に貼り付けていく。
馬にやると気に障るだろうし。
よし、準備完了だ。寝よう。
背後から何だか戸惑ったような視線と声が聞こえたような気がするけど、うん、気にしない。
肩を叩かれて目が覚めた時、私達は既に今夜泊まる予定の街に到着していた。
……うーん、ふかふかの布団じゃないのは不満だったけど、馬の上で寝るのは通学中のバスの中で眠るときのような感覚がして少し懐かしくて好きかもしれない。
ただやっぱり寄りかかるものが欲しいよね。
私はバスも電車も座って寄りかかりながら寝る派だ。
寝ても彼が絶対に傍にいて起こしてくれたから、降り過ごすことなんてなかった。
「宵闇?寝ぼけていますか?」
「……いや、少しね。
起こしてくれてありがとう煌炎」
まったく、どうしようもないな。
些細なことが懐かしく思えてしまうんだから。
魔力の糸を解いて体を慣らすため首を動かせば、コキリと小さく音が鳴った。
やっぱり体を固定して寝ると凝ってしまう。
「いえ。道中は大した問題もありませんでしたよ。
ただ貴女が寝ていると気づいたレンが騒いだくらいです」
「そう」
なら本当に大したことはなさそうだ。
お陰ですっかり眠気も覚めた。
昨日の夜は高く強固な壁で見えなかったけれど、今回の街は昨日のものより少し栄えているらしい。
ギルド支部もありそうだし、昨日の働きの分を換金してこようかな…
あぁでも宵闇と名乗ると面倒なことになりそうだ。
「……煌炎、ここってギルド支部ある?」
「えぇ、確かあったと思いますよ。換金ですか?」
「うん。あまり完遂依頼をため込み過ぎてオルドでばかり換金するとヒルルクが煩いんだ。
怒られる前にここでしてしまおうかと思ってね。
幸い大きな街のようだし、きっと換金することは出来るだろう」
シルヴァ達もいるから何の換金なのかは口に出さない。
たぶん昨日のだと金貨百枚相当かな。
ちなみに金貨が一万円札、銀貨が千円札、銅貨が百円玉と考えるとお金の換算も簡単だ。
物々交換を行う地方も多いから、あまり細かいあちらの世界で言う一円とか十円という概念が無いんだよね。
だから物の値段は全て百円きざみ。分かりやすくていいけれど、その分完成度に対して割高な金額になっていることもよくあるから微妙なところだ。
「では明星を連れて行きますか?」
「え。うーん……」
それは、ちょっと……
だって見た限りまだレンがべったりくっついているし、面倒な恋愛に巻き込まれたくないし、それにシルヴァにこのお金は何の依頼の換金なのか聞かれたら答えられる自信ないし…
「煌炎、一緒に行かないかい?」
「………宵闇、俺の立場を上げたいんですか、下げたいんですか」
何故か疲れた笑顔でそう問われるけれど、まず質問の意味が分からない。
そして壁門をくぐり街に入ったことで既に護衛対象に対する危険はないと判断したのか、背後からシルヴァもやって来た。
……彼を追って、護衛対象もこっちに来たのだけどね。
「ルナ、別に俺が付き合う!煌炎はいらない!!」
まさかのいらない発言。
「いいや、叔父上と行ってくるといい。
護衛は明星と焔火だけで事足りる。共に街を回ろうと話していた」
そしてレンの方はここにきていきなり護衛の話を持ち出してきた。
護衛いらないとか言ってたのに。
まあ彼女にとってはウザったい私と目の上のたんこぶのような叔父を一気に遠ざけることが出来る機会だ、願ったりだろう。
「そんな約束していない。これが勝手に話していただけ」
「……シルヴァ。コレなどと言っては駄目だよ。
女の子には優しくするものなのだからね」
「………でも」
「ゴチャゴチャうるせぇな……宿に着いたぞ」
助かった。今ばかりは面倒そうにでも声をかけてくれた焔火に盛大に感謝したい。
何この空気。超居心地悪いんだけど。
でもまぁ後二日の辛抱だし、それが終わればレンとは完全に別行動だ。
なら今はこの理不尽な嫉妬その他諸々も流そう。
宿はなかなかに高級な場所らしく、従業員がわざわざお出迎えしてくれていた。
馬も任せておけば馬具を外したり餌をあげたりしてくれるらしい。至れり尽くせりだね。
――そしてここで忘れてはいけないことがひとつ。
「煌炎、煌炎」
彼の傍に近づき、獣人にも聞き取れない様小さく結界を張る。
こうすれば声が空気を伝わって彼等の耳に届くことも無いのだ。
「分かっていますよ、風呂でしょう」
「そうそう。忘れていない様で何よりだ。
本当にもう、煌炎様様だね」
「……そう思っているならレンと明星の件、もう少しどうにかしたらどうです?
俺としても姪が更に我儘放題で扱いにくくなり、迷惑極まりないんですが」
うわ、迷惑とか言った。まあ事実だけど。
でも何でそれを私に言うかなぁ。
「どうにかって、どうしろと言うのさ。
ある意味私だって被害者だと思わないかい?
君の姪にこんな害意をむけられてさ。
いつか私がストレスのため込み過ぎで爆発してしまうかもしれないよ?」
「貴女に限ってそれはないでしょう。
あの娘が相当なことをしない限り、攻撃を受けたり睨まれたり罵倒されるくらいなら顔色も変えないはずです」
「うーん、バレてるか。
わかったわかった、どうすればいいのか何となく教えてよ。
代わりにギルドへは付き合ってくれるだろう、センパイ?」
それくらいいいはずだ。
それにきちんと二人だけの時間をとらないと三人に聞かれる。
いやまあ、シルヴァとレンに関することだから焔火には聞かれてもいいんだけどさ。
「……背に腹は代えられません。いいでしょう。
ですが今晩は明星がストレスを溜めないよう色々としてもらいますよ…?」
「私がどうこうしてストレスが解消されるとは思えないけどねぇ」
「そう思っているのは貴女だけです」
酷いなぁ。まるで私が間違っているみたいじゃないか。
でもまぁ、一人で高ランク専用受付に行く事態は避けられたし、よしとしよう。
それじゃあ早速このことをあっちにいる三人に伝えて―――うん、まだ止めておいた方がいいらしい。
体の向きを元に戻して煌炎を見上げる。
彼も私と同じ、訝しげな顔をしてこちらを見つめていた。
本当に今回の依頼は間が悪いと言うか運が悪いと言うか。
呪われているとしか思えない。
感じた独特の魔力。煌炎に向けて伸ばされたのだろうそれは、念話のためのものだ。
そしてそれを用いたのは間違いなくギルド職員。
ギルド職員から冒険者にかける念話は少し普通のそれと違っていて、まあ普通の念話が個人に対してかけるものならギルドのそれはギルド証に対してかけるものだ。
ギルド証はただの薄っぺらい四角い板に見えて、これで色々機能を取り揃えているからそういったことも出来る。
もう少し詳しく説明することも出来るけれど、それは一般人にどうして携帯って遠くの人と話が出来るの?と聞かれて説明することくらい難しいので割愛。
まあ煌炎にギルドから連絡が来たことだけ分かればいいのだ。
そしてその内容が気になるので少し強引だけどちょっと混ぜさせてもらおう。
『……ですから、俺達には無理でしょう』
『いえ、お二方が最も近い距離にいらっしゃるのです。
何より他の者では力不足。徒に人員を減らすことに繋がります』
『それは分かっていますよ。氷雨がいるでしょうが』
『氷雨様は…』
うわー、こんなにSSの名前が出るなんてやな予感。
『えぇーっと?何の話なんだい?』
『……そちらは、宵闇様ですか?』
『宵闇……貴女は本当に有り得ないと言うか規格外と言うか…他者の念話に割って入るなど』
『良いじゃないか。煌炎としてもギルド側としても、後々の説明をせずに済むだろう?それで一体何事?』
『……では、こちらから説明させて頂きます。実は――
………聞かされた内容は、なかなかに頭の痛くなる話だった。
一度念話を切って同じく頭痛に悩まされているであろう煌炎に笑いかけてみる。
あぁうん、お互い疲れた笑いしか出てこないね。
「ルナ」
「おい煌炎」
しかも面倒なの……あ、いけないいけない、私達の可愛い弟子がこちらにやって来てしまったではないか。
たぶん私達がギルドと念話しているのを察知したんだろう。
魔力を持たない竜族であるレンは訝しげにその後ろでこちらを睨んでいるけれど。
「何かあった?念話、ギルドから」
「誤魔化せると思うなよ。何だ、討伐の依頼か?」
しかもその二人の台詞でレンも顔を輝かせる始末。
「討伐!?ならば叔父上、私も…」
「……はぁ。なんでもありませんよ。
俺と宵闇は本部に呼ばれました。
このまま彼女の転移で行ってきますから、護衛は焔火と明星に任せます。
レンはこの街から出ないこと。二人にあまり我儘を言わない様に」
「おい、それはねぇだろ」
「叔父上、依頼なのでしょう?それも強い魔物の」
わぉ、案外粘るなぁ。よくやるね、全く。
私だったら絶対しない。怒られたくないし。
さて、私は私で不満そうな彼を説得しないといけないか。
「シルヴァ、聞いていたね?
そういう訳だから頼むよ。
たぶん夕食も本部で食べてくる。
夜には必ず戻るから、他の二人と上手くやってくれると嬉しいな」
「……ルナ、ギルドからは何て?」
「それは教えられないな」
「教えられないということはSSの依頼ということ。危険」
うーん、相変わらず我が弟子は頭がいい。
ランクSSに当たる依頼は秘匿性が高く、いくつかの場合を除いて他者に教えてはいけない決まりだ。
でもそうと分かっているのならそれ以上質問を重ねないでくれると嬉しいのだけれど。
相変わらずあっちはあっちで焔火とレンが煌炎に食い下がっているし、あ、煌炎が苛々してる。
「――黙りなさい、というのが分かりませんか?」
……あーあ、怒っちゃった。
炎の名を持っているというのに絶対零度の視線と声、そして威圧が宿の一室を包む。
普段は温和を気取ってるけど、煌炎の気性は案外荒い。
竜族が一度怒ると手が付けられなくなるというのを如実に表すくらいね。
彼の二つ名は彼自身が竜族で炎を操ることもそうだけど、それ以上に彼の普段とは正反対な戦闘中の態度からつけられたから。
「お前達は弱い。SSではない。
そんな存在が勝手に口を利くなと言っているんです。
誰が発言を許しました?
矮小な存在は黙って上位者の言葉に従っていればいい。
お前達程度が上位者を煩わせるなと、口に出さねば理解も出来ませんか」
毒舌だねぇ。まあ考えとしては似たようなものだからフォローはしないけど。
三人は煌炎の気にあてられてしまったらしい。
シルヴァと焔火は少し顔色が悪くなり、レンに至っては呼吸すらしにくそうだった。
彼等の事はどうでもいいけれど、ここは宿と言う公共の場。
他の何の罪もないお客さん達の体調に何か悪影響を及ぼすのは流石の私も申し訳ない。
「煌炎。ここ宿だから。迷惑かかるよ。
彼等はもう色々分かったようだし、そろそろ行こう。
相手方を待たせているだろうしね」
「……」
肩を叩けば一応怒気と威圧をおさめる彼は正しく有言実行だろう。
普段はともかく、こういった面で彼が私の言葉に逆らうことはあまり無い。
それは真実私が彼より上位の存在だからだ。
彼は先程自身が言ったように、上位者を煩わせることをよしとしない。
竜族の本能でもあるし、昔から王族として厳しく教育を施された結果でもあるそれは彼というやはり強大な力を持つ存在を縛る鎖であると同時にストッパーだ。
力に溺れ、暴走しないための。
「失礼しました、宵闇」
「私は気にしていないよ。
むしろ思っていたことだから助かったとも言える」
そんな彼は私が現れるまで、ギルドでは最上位の存在だった。
そういった面からも以前の彼の、相手をなめたようなものの見方が形成されたんだろう。
上位者がいないということは即ち、彼のストッパーがいないということなのだから。
ガイオスは煌炎よりも強いけれどギルドに所属している訳ではないし、皇帝業務で忙しくあまり顔を合わせることはなかったと聞いている。
そして同じSSである氷雨の場合は上位者と言うよりも同格の者という括りになってしまうためやはり駄目だった。
だから私という存在が現れたことで彼はきちんと自らを律することが出来るようになったのだ。
そしてやはり力ある者に惹かれる竜族の本能に抗わず、彼は私という強すぎる力に怯え、同時にこれ以上ない程引き寄せられている。
だからこういうガス抜きは大抵私の役目だ。
「そうですか…ありがとうございます」
……いつも思うけど、こういう時の彼は少し可愛い。
力ある上位者に褒められ喜ぶ表情は普段とは一風変わった感覚を私にもたらすものだ。
普段は猫っぽいのに、腹黒さだとかが一気に抜けて飼い主に褒められて誇らしそうにする犬みたいな顔をするから。
私は犬派というわけではないけれど、やはり可愛いものは可愛い。
それにこういう時に思う可愛いという感情は昨夜煌炎に語ったような相手をどこまでも下に見るそれではなくて、本当にただ純粋に感じたものだ。
「じゃあ本部へ行こう。
三人とも、留守番をよろしく」
これ以上ここにいても無駄だ。
それに先程の念話では簡単な概要しか説明されていない。
時間があるのなら本部で直接、と言われてしまったから。
こうなってくると説明自体が終わってもギルドのお偉いさんと会食とか、そういうことさせられそうだ。
ご飯美味しいからいいけどね。
ともかく私は面倒すぎるパーティーから一時でも抜け出したい。
抜け出した先が更なる厄介事を引き寄せる場でも、話の長いオッサン共と無駄話をする場でもこの際構わないからともかく息抜きしたいのだ。
ほら、私って我慢強いけど出来れば我慢とかしたくない面倒くさがりな性格だし?
オマケ:昨日のカオスな夕食
「みょ、明星、これを食べないだろうか?なかなか美味しいと思うのだが(竜という種族は思いを伝えるために異性に食べ物を贈る性質あり)」
「いらない(バッサリ)。それよりルナ、これ食べて。きっと気に入ると思う。ルナが好きなベリーを使ったソースがかかっているから」
「うーん、そうだね、頂くよ…(え、何この空気)」
「……(何をしているんだこの姪は………、まさか。いや、まさか、な)」
「ルナ、それいらない?なら俺が食べる。確かその葉は苦手だったはず」
「え、いいよ別に。出されたものを残すのはとても贅沢なことだ。具合が悪いわけでもないし、好き嫌いはよくないし」
「……じゃあ、諦める(ガッカリ)」
「明星、それが食べたいのか?私はまだ手をつけていない。欲しいなら分けるが?(ドキドキ)」
「いらない」
「……(ギロッ)」
「(うわー、睨まれたー。どうしろって言うのさ。……あ、こういうことか?)…焔火、これ食べるかい?(フォークに肉を刺して差し出す)」
「(宵闇恐らく貴女の考えは些かズレています隣の明星がすごい顔してますよって気づいてないですね流石です宵闇)」
「あぁ?お前からのモンなんて受け取るかよ」
「いいじゃないか、ほら、まだ口をつけていないし(更に肉をよせる)」
「……ふん、仕方ねぇな」
「ふふっ、食べさせてあげようか?(で、デレた、だと…!?)」
「駄目勿体ない有り得ない俺が食べる(横取り)」
「あ」
「ハッ、別に欲しかねぇよそんな化け物女のモンなんざ」
「(やはり、そうなりましたか…)」
「美味しい。お礼に俺も一口あげる。ルナ、あーん(キラキラギラギラ)」
「(笑ってますが目は一切笑ってませんね。宵闇も厄介な相手に惚れられたと言うか。いや、それは明星にも言えますが)」
「(おかしい、どうしてこうなったんだ…?)……あー、ん?」
「美味しい?」
「うん、ありがとう……?(チラッ)」
「………宵闇と明星は、師弟仲がいいようだな…?(負のオーラ)」
「(ですよねー)」




