4-3
Side:Luna
結局あれから、私達は夕食まで一緒に食べてしまった。
普段ガイオスは後宮に大勢いる妃たちの誰かと食べるんだけど、昨日だけはそれをキャンセルして私達と夜遅くまで語り合ったのだ。
一年半というのは案外長い期間だったようで、話題は尽きなかった。
特に私達はここ最近、色々と新しい経験が多かったから。
と言ってもその殆どはガイオスに内緒なのだけど。
そして一晩たって出発の日。
無事にガイオスから茶葉と茶菓子も受け取って、シルヴァは機嫌よさそうに私の背後に立っている。
鏡越しでも十分わかるくらい醸す空気も穏やかだ。
こうして私の事ばかりで気分が上がったり下がったりするんだから、本当に不思議な子だと思う。
普通は自分の事でそうなるはずなのに。
「ルナ、これでいい?」
きゅっと最後に彼の贈ってくれたリボンで髪の根元を結び、シルヴァは手を離した。
私の長い髪は一体どうやったのか、今では彼の手によって腰程度までのポニーテールになっている。
……魔法かと思うような出来栄えだ。なんだこの女子力。
「うん、これなら馬に乗る時も邪魔にならない。
ありがとうシルヴァ。君は本当に器用だね」
「そうでもない。たぶん普通」
「いいや、私には絶対に出来ないことだから私からしたらすごいんだよ。
私はこういうのが苦手だからねぇ…」
別に特別不器用という程ではないけれど、凝ったものとかは出来ない。
それに髪の長さも問題だ。
足首くらいまであるから私程度の力量だととても扱いきれない。
と言っても切る気は全くないのだけれど。
「俺が結ぶから、ルナはむしろ苦手でいい。
ルナの髪を結ぶのはとても好き」
「普通面倒と感じると思うけれど。
長すぎてやりにくいだろう?」
「確かに少し難しいけど、その分やりがいがある」
うーん、職人気質な子だ。
まあ本人がそう言ってくれるのならありがたいからいいけれど。
「そう。そう言ってもらえると嬉しいよ。
……さて、それじゃあそろそろ外に出ようか。もうすぐ時間だ」
そう告げて立ち上がり、私はシルヴァを伴って部屋を出た。
今回私が彼に髪を縛ってもらったのにはきちんとした理由がある。
依頼である護衛の移動の道程で半分以上を馬に頼るからだ。
“帝国”は北と南でその気候に大きな差があり、北に行けば行くほど寒さが厳しくなる。
当然雪も深く積もり、北への馬車での移動は距離や目的地にもよるが殆ど不可能と言っていい。
かと言って地方の情勢を知るという目的も同時に果たすためには魔術での転移も出来れば避けたく、そうなると自然に移動手段は徒歩か馬になる。
あまりにも雪が積もっている場所ではそのどちらも難しくなるが、首都から道のりの三分の二程度までは十分可能な範囲。
従って今回の移動は馬でということになっていた。
けれど乗馬をする上で問題なのが、私の長すぎる髪。
馬も感触を気にするだろうし、歩いている状態と違ってどこかに引っ掛かったらとても痛い。
なので邪魔にならないようシルヴァに結ってもらったのだ。
厩の前には既に煌炎とレン、そしてガイオスまでいる。
焔火は……あぁ、こっちか。
勢いよく陰から飛び出した彼がこちらへ飛びかかり、けれど昨日のようにシルヴァに阻まれた。
……朝からよくやるよね。私だったらそんなにやる気でない。若いってすごいなぁ。
「焔火、君ねぇ、馬が怯えてしまうだろう。
これから乗るというのに最初から警戒されるなんて御免だよ」
「俺もやめろと言ったんですが、どうも聞かないんですよ。
宵闇の言う通りです。焔火、貴方はただでさえ動物に嫌われているんですから今日の所はもう止めておきなさい」
私に続けて煌炎も注意する。今更感がぬぐえないけれど。
にしてもシルヴァも成長したなぁ。
たぶん闇ギルドでの経験が大きいのだろう。
あそこには肉弾戦はエース、魔術兼攪乱や奇襲はジャックと、いい修行相手がたくさんいたから。
もしも彼等との手合せを経験していなかったらこうはいかなかったんじゃないだろうか。
「チッ、仕方ねぇ。今日はこれで終わりにしてやる」
「ふふっ、はいはい、助かるよ」
にしても面白いなぁ。
ここまで嫌悪の感情を私に対して露にするなんて。
普通は私の異常性を感じ取ったとして、同時に私のそれこそ化け物染みた力も垣間見ることになるからこんな風にはしない。
皆何も言わずに近くから去るか、恐れをひた隠しにして私と共にいるのに。
シルヴァやセイはその枠組みから外れてしまうからどうとも言えないけれど。
ともかくそういう点で、焔火のような存在は珍しい。
こんな風にして殺されると思わないのかなと、いつも不思議になる。
まあ殺さないけれどね。昨日シルヴァにも言った通り気に入っているから。
「……ルナ、焔火に甘い。もっと怒ればいい」
「うん?とは言っても私に実害はないからね」
「………」
「まあその分君に感謝もしているよ。
君が私が動く前に対処してくれているから実害がないのだし」
拗ねてしまった彼を元通りにするのには、頭を撫でるのが一番早い。
その証拠にすぐにシルヴァのぶすくれた(いつものように無表情だが)顔は元通りになった。
反対にそれを見ていたレンは舌打ちし、あからさまに顔をしかめたけれど。
何か彼女の気に障ったのかな。
私としては彼女に対して何かをした覚えもないんだけど。
「……自分ではなく他人に相手をさせるなど、武人の風上にもおけない。
本当に貴女はランクSSか?何かの間違いでは?」
「おいレン、ルナにあまり喧嘩を売るな。シルヴァに買われたらどうする」
「ガイオス、その発言がいささか問題だよ。
シルヴァはこれくらい流せるさ。これでもうA+だ。
対人スキルだって成長しているんだよ?ねぇシルヴァ?」
「……う、ん」
レンに向けていた視線をシルヴァへと流し殊更にっこり微笑めば、彼はうろうろと視線を彷徨わせつつ曖昧に答えた。
やっぱりか。釘を刺しておいてよかった。
シルヴァは案外怒りっぽいと言うか、大変師匠思いすぎて私を馬鹿にされると頭に血が上りやすい。
だから出来れば焔火は勿論、レンにも私にあまり構わないでいて欲しいんだけどそうもいかなそうだし。
「やっぱりか」
私の心の声と全く同じことを呟き、ガイオスはため息を吐いた。
彼はこの場で唯一の常識人だと思う。
煌炎はこういうこと、あまり関与してこないし。
というか煌炎、レンのことあまり好きじゃないと思うんだよね。
勿論最低限身内としての感情は持っているんだけど、彼はレンのような人間(竜族だけど)は一番好きじゃないと思う。
彼はまず相手が自分より上位か下位か、そこから見極めていく人間だ(竜族だけど)。
竜族は上位者に従う生き物だから。
そして相手が上位でも下位でも、その者がどの程度の物事に対する柔軟性を持っているかに重きを置く面があるのだ。
彼は王族だけどその身分を捨てギルドに所属した身。
本来ならその行為はあまりいい顔をされない。
王族というものは国と民の為にあるものとされているからだ。
ギルド員は民のためにはなるかもしれないけれど、国のためには働けない。
だから彼は“帝国”内の一部の貴族からあまりよく思われてはいないのだ。
そんな状況にいるから、煌炎は自分の行為を否定しない、ひいては型にはまらない行為を否定しない人間が好きだ。
まあそう言っても彼だって人には誰しも譲れないものがあるということも分かっているから、それを覆してまで自分やその他の行為を認めて欲しいとは思っていないけれど。
彼にとって譲れないものは自由。
それを覆して何かを認めろと言われるのも彼はやはり嫌っているから、それは理解しているみたい。
さて、それでいくとカッチリした性格で軍人なら軍人、王族なら王族、そして先程本人(竜族だけ…以下略)が言ったように武人なら武人と、何でも自分の物差しで考えるレンは彼にとって嫌悪の対象となる。
……いや、流石に身内に対して嫌悪とまでは言い過ぎかな。
苦手とか、あまり関わり合いにはなりたくないとか、そんな感じだろうか。
それにレンのような性格の相手って動かしにくいんだよね。
頭が固いから緊急の事態に対処できないし、これをしろと指示を出しても自分がそれに納得がいかないと動きそうにない。
後半は指示をする者が皇帝であるガイオスとか、彼女と同じく軍人で、かつ彼女よりも高い地位にいる人ならまた違ってくるんだろうけれど煌炎はそのどちらでもないただの血縁者(それもかなり遠い)だからそれも期待できそうにないし。
以上のことから少なくとも私の中で煌炎がレンを嫌いなことはほぼ決定事項だ。
「いいかレン。ルナは間違いなくギルドランクSSの、最強の人間だ。
頼むからあまり怒らせるなよ。こいつは普段は温和だが、何がきっかけで機嫌を損ねるか分からないからな」
「確かにそうかもしれませんね。
以前ギルドの馬鹿な新人が彼女の長い髪を笑ったところ、半殺しにされていましたから」
「………本当に、気をつけろよ。
怒らせたら国家の危機なんだからな?
俺は仲がいいと言っても“王国”の王太子程じゃないんだ。
煌炎、ちゃんとフォローだとかしろよ」
「いえいえ、宵闇の相手など俺にはとてもつとまりませんよ」
おいこら、さっきからその会話は何だ。
特に煌炎。もう一度その綺麗な顔を地に伏せさせてやろうか。
口許をひくつかせる私の背後でシルヴァがおろおろしている気配を感じるけれど、これ、怒って良い事だと思うんだよね。
焔火は興味なさげにただ鼻を鳴らし、レンは二人の話を全く信じていなさそうな胡乱気な表情でこちらを見つめている。
こんなガキ相手に私が怒るとか、有り得ないと思う。
「君達が私をどういう目で見ているのかよく分かったよ。
少し話し合う必要がありそうだけど――残念ながら時間がおしてる。
そろそろ出発しよう」
この寒い中で、出来るなら野宿は避けたい。私は寒がりなのだ。
今だってマフラーを全力で巻いているし(全力って?という質問はご遠慮いただきたい)。
やっぱり眠るなら暖炉のある温かい部屋に限る。
シルヴァという湯たんぽもあるしね。
そしてそれにはここを早い時間に出て、出来る限り素早く最初の街まで辿り着かなければいけない。
「そういえば宵闇は極度の寒がりでしたね。
魔術でも使えばいいのではと思いますが」
「そういうのはあまり好きじゃないんだ。
魔術は、あたたかくないし」
「?そんなものですか?」
「うん」
魔術で体が温まっても、ちっともあたたかくない。
寒いのはこの世界にいるからで、そして一人きりだからだ。
それが雪国である“聖国”にいた頃の記憶と重なって酷く寒く感じるだけ。
――本当は、こんな冬の時期はセイと一緒にいるのが一番あたたかい。
でもそれをしたら私は憎しみを忘れてしまうかもしれないし、そうやって互いに依存してしまうのはよくないことだから、そうしたらいけないんだ。
「さて、それじゃあ馬を選ばせてもらうよ。
シルヴァは焔火と同じで馬には乗れないから必要ないけれど、私は自分で走るのは面倒だからね」
「別に俺が抱えてもいいのに」
真顔で我が弟子は何を言っているのか。
「君ね……流石に恥ずかしいし、そもそも両手がふさがるだろう」
「足だけでも殆ど何とかなる」
「流石はシルヴァだな。相変わらずぶれない態度だ」
ガイオスはいっそ感心したように言うけれど、それはそれでどうなんだ。
「……さて、俺は残念だが仕事が溜まっていてな。
見送りはここまでしか出来ない。お前達気を付けて行って来いよ。
あとルナとシルヴァは“帝国”に来たらちゃんと俺を訪ねろよ?」
「まあ考えておくよ」
「ルナが行くと言ったら行く」
「……お前らは本当に相変わらずだよな。
そしてそういうところが気に入っているからあまり文句を言えないところがまたアレだ。
……まあ、いざとなったら依頼と称して呼び寄せるから。またな」
私達の答えに肩を落とし、ガイオスは去って行った。
心なしかその背中は年相応の哀愁が漂っている。
「別にシルヴァは一人で彼の所を訪ねてもいいんだよ?
私に付き合う必要はないと思うし」
「……嫌。ルナと一緒じゃないと意味がない」
うーん、そんなものかな。
まあガイオスは私を介して知り合ったのだし、まだ二人っきりというのは気まずいのかもしれない。
「そう言えば君は案外人見知りだったっけ。ならしょうがない。
それで話を戻すけれど、煌炎、厩を案内してくれるかい?」
「明星がかなりふくれていますが……こればかりは仕方がありませんね。
こっちです。レンも自分の馬を用意しなさい」
「分かっています」
煌炎は苦笑しながら厩へと私を先導してくれた。ついでにレンも。
にしてもシルヴァの表情の変化が分かるなんて、流石は相手を観察しまくるだけのことはある。
その分一度好き嫌いを判断するとそれがなかなか覆らないのが問題だけれどね。
と言うか、何にふくれたのだろう。
あ、皆の前で人見知りだとバラしたことか?
さて、シルヴァと焔火は馬に乗ることができない。
二人に共通しているのは獣人という種族だということだけで、確かに獣人であることが馬に乗れない要因であると言えなくもないのだけど――別に全ての獣人が馬に乗れない訳ではない。
彼等が狼と獅子の獣人だということが問題なのだ。
お察しの通り、狼も獅子も馬にとってはただの自分を襲う捕食者だ。
なので彼等に近づかれると、馬は揃って酷く怯えて使い物にならなくなってしまう。
これが例えば鳥とか他の草食動物系の獣人なら馬に乗ることも問題なく出来るんだけど、まあそういう種族に産まれたのだから仕方がない。
それに彼等としても自分達にとって圧倒的弱者の背に乗って走るよりも自分の足で駆けた方がよっぽど気分もいいし速いし自由も利くから好ましいそうだ。
ちなみに竜族という圧倒的上位の種族である煌炎やレンが馬に乗れるのは、竜族が基本的には穏やかな気性で相手が手を出してこなければ何もしてこないということを馬が本能的に察しているかららしい。
……煌炎はともかくレンを見ているとあんまりそういう感じはしないけれど。
厩にいた中から比較的物怖じしない性格の一頭を選んで共に外に出る。
私の傍にはシルヴァがよくいることになるから、気弱な馬を選ぶと酷い事になるのだ。
出来るなら一番の暴れ馬を選びたいような心境だけど残念ながらそんな馬はいなかったので諦めた。
「さて、君はシルヴァが来ても平気かな?」
首を撫でながら話しかければ、馬は一度ぶるんと鼻を鳴らした。
うーん、当然だが何と言っているのか分からない。
「ルナ、近くに行っていい?」
「うーん、たぶん…?
取りあえずゆっくり少しずつおいで。
馬を極力怯えさせないようにね」
いまかいまかと近づきたそうにしているシルヴァを呼び寄せれば、彼は嬉しそうに、けれど私の指示通りゆっくりとこちらに近づいた。
馬は少し落ち着かなそうに蹄を鳴らしたが、まあ許容範囲か。どうやらいい子を選べたようだ。
「平気そうだね。君は賢いらしい」
「まあマシな方だと思う」
「前から思っていたけれど、君は案外馬に対して厳しいよね。
やっぱり狼の性というやつなのかな?」
彼は私の乗る馬をじろじろ眺めて目を眇めている。
こういった行動は毎回見られるものだ。
やっぱり肉食獣(人)である彼にとって草食動物は下の存在なんだろうか。
「……何だかこいつらを見ていると気に入らない気分になる。
それにルナが乗るんだから、使えないやつは駄目」
「後半はともかく、やっぱりそういうものなんだね。
焔火もそうなのかい?」
話を向ければ彼は不機嫌そうに眉をよせた。
嫌だな、そんなにあからさまに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか。
楽しくてもっと話しかけたくなってしまう。
「うるせぇ。……だがまあ、確かにそれはそこの狼と同意見だな。
こんな奴らと一緒に行動するなんざ俺だったら絶対に御免だ」
「まあ獅子や狼にとっては食べ物のようなものだろうし…そんなものなのかな」
「焔火はそれに加えて気性も激しいですからね。
馬が怯えてしまってかないませんよ。
さて、そろそろ出発しましょう。話は馬を走らせながらでも出来ます」
準備をすべて終えたらしい煌炎が厩から出てくる。
“帝国”の宮殿の馬を使うのは初めてだから、轡がどこに置いてあるのかとか分からなくて私の準備は全て彼にやってもらったんだよね。
そのせいで煌炎は少し遅れての登場となった。
ちなみにレンは私と一緒に出ることが嫌だったのか、無言で私より後、煌炎よりも前に外に出ている。
「あぁ、そうだったね」
いけないいけない。つい会話を楽しみ過ぎてしまった。
別に一人で出来るのだけど、手を貸してくれるシルヴァに甘えて馬の背に跨る。
私が普段着にしているチャイナ服は元々乗馬のための服装だから乗りやすくて助かるな。
「俺はルナの横を走る。
俺とルナはあくまで助手と監視だから、基本的には動かない」
「分かりました。では二人は自分に向かってきた敵だけを相手にしつつ、俺達で手が足りなくなってしまった場合には助力をお願いします。
先頭は俺、その後にレン、レンの隣を焔火が走ってください。
宵闇と明星は最後尾で構いませんね?」
「別に、私が先頭でも構いませんが」
ぼそりと反論したレンに対して、煌炎はいっそ輝かしいばかりの笑みで返した。
「貴女は一応俺達の護衛対象ですから、許可できません」
「……」
「私達はそれでいいよ。もしも背後からなにか来たときには気が向いたらどうにかしよう」
そういう意味でのこの隊形なのだろうし。
レンが煌炎よりも後ろにいる以上、後ろから敵が来た場合には彼よりレンが先に敵とぶつかることになる。
この性格だ、何か問題を起こしそうで煌炎としてはそれを避けたいのだろう。
私を最後尾に置いておけば敵の攻撃はひとまず一番後ろにいて弱そうな女である私に向かいやすい。
そしてそうなればシルヴァが反撃しない訳がなく、私もそれを宥めたりといった色々と面倒な行為を避けるために一気に殲滅に走る傾向にあると言える。
私の予測が当たっている証拠に、煌炎はにんまりと(私にそう見えるだけかもしれないけど)笑った。
「宵闇は色々と能力が素晴らしく助かりますよ」
それはアレか。戦闘能力の事だけじゃなく空気を読むスキルとかそういうことか。
色々と言いたいことはあるけれど仕方がない。
現代社会を生きる日本人には必要不可欠なものだったのだから。
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
帝都から北の要塞に向かうには、馬で四日程かかる。
元々帝都は北寄りに位置しているから案外近いのだ。
そしてその道のりの合間にこれまたいい感じに小さな町や村が点在しているので、余程大きなトラブルがあって時間をとられない限り夜には宿で眠ることが出来るはずである。
「ルナ、気づいでいる?」
「うん?先程から私達を窺っている目線の事かい?
それともここから少し離れたところにいる魔物の群れの事かな?
あぁ、数キロ先には野生のドラゴンもいるね。ただあれは害がなさそうだけれど。
それより遠くとなると五十キロ圏内に群れが四つ、個体が十一、十二……十五くらいか」
あれ、話しているうちにシルヴァが少し落ち込んでしまった。
おかしいな、何かしただろうか。
「……ドラゴンから後のことは気づかなかった」
「そう?まあそれでも前の二つには気づいていたのだから成長したね。
煌炎はたぶん全部気づいているから、ランクSSになるにはあと三歩というところかな」
「焔火と護衛対象は?」
「うーん、焔火も君と同じで群れの事は分かっていそうだ。
接近してきているようだしね。レンはよく分からないな。
何分彼女の実力を知らないから」
焔火とある程度は手合せできて直系竜族で煌炎が認めているのだから最低限視線には気づいているのだろうが、実際どの程度のレベルなのかは分からない。
まあこれから襲撃があるようだし、その時に実力を見極めさせてもらうつもりだ。
「俺より強い?弱い?」
「ふふっ、君はどう思う?」
シルヴァはレンの実力をどう判断しているのか。
相手の力を戦わずにある程度まで見極めることは戦闘において必要不可欠な能力だ。
だって敵わない相手に戦いを挑んでも無駄死にだし。
自分では勝てないと思ったら逃げることが一番大事。
変な自信とかプライドでそれが出来ないような者は屑と同じだ。
さて、シルヴァにはその見極めを拾ってすぐの頃からこれでも重点的に教えたのだけど、結果はどうだろう。
「……俺よりは弱い。確かに種族的な地力は高いけど、それでも俺が勝つと思う」
「へぇ、どうしてそう思うの?」
「冷静さがあまり見られないし、意地が強そう。
たぶん最後まで自分の負けを認められないタイプ」
……危ない、ふき出すところだった。
「うん、君の読みは正解だよ。よくできたね」
ともかくシルヴァの答えは合格だ。
とてもいい判断だし、的を射ている。
彼女はこの中で一番弱いだろう。
あ、ちなみにこの話は本人に聞かれると今以上に恨まれそうなのできちんと小声でしている。
だって相手をするの面倒だしね。
「ん。ルナが最初に俺に教えてくれたことだから」
「そうやって教えたことをきちんと出来るようになるのはすごい事だよ。
さて、まあそういう訳だし彼女は護衛対象でもあるから、きちんと守らなければいけないのだけど……まあ私達への依頼ではないしね。
ここは黙って見守っておこうか。他の人の戦いを見ることもいい勉強だよ」
「わかった。こっちに来たのは俺が倒していい?」
「構わないさ。君に甘えて私はのんびり見物でもしていよう。
煌炎や焔火が今どれくらいの力なのかも少し気になるところだし、ね」
煌炎はまだまだ現役だし、最後に一緒に依頼をした時から成長していることだろう。
その弟子で当時はランクBだった焔火は言わずもがな。
ちらりと目線を前に向ければ、接近する魔物の気配に気づいたのだろうレンが目を眇めて腰のレイピアに手を伸ばしている。
その横にいる焔火は面倒そうな顔、更に前方を走る煌炎は呆れた表情で彼女を見つめていた。
煌炎と目が合い、苦笑いを受ける。
やれやれ、保護者役は大変そうだ。かといって代わる気もないけれど。
聞こえてくる足音が段々大きくなってくる。
先頭の煌炎が馬を止めたことにより、私達も手綱を引いてその場に留まった。
さて、面白いものが見れるといいのだけど。




