3-16
Side:Luna
既に粗方の雑魚は倒し終えていた。
それは私のエースを使った遊びと、ジョーカーの小石投げの成果。
正直上空から無表情で小石を隕石のように投げまくる彼女には笑ってしまったけれど、その威力は文字通り隕石並みだからそれは秘密だ。
そして残っているのは結局幹部四人と私達三人だけ。
脱落した雑魚たちは恐らく私が現実世界にも用意したこの空間の出来事を映す水鏡で今の状況を見ているだろうから、このまま私達が完膚なきまでに幹部組を倒せばゲームは終了だ。
当初の目的も達成できたしそろそろ――あぁでも、まだシルヴァの修行が終わっていないんだっけ。
「姫さん、余所見すんじゃ、ねぇっ!!」
ちらりと目線を移した先に、攻めあぐねる我が弟子の姿。
同時に大剣が私を襲ったが、体に当たったとして少々痛いだけで致命傷にはなりはしない。
ただ内出血で青なじみが出来るのは嫌だ。
腹に横一直線の大きな痣とか、笑えない。
なのでしばらくエースには動かない様にしてもらった。
「おいこら姫さん卑怯だぞ!戦えって!!」
「はいはいもう少ししたらね。
今私の可愛い弟子が対戦中なんだ。
やっぱり師匠としてはきちんと見守っていないといけないだろう?」
ついでに私の隙を狙ってなのか分からないが向かってくる特大級の氷柱を拳で粉砕する。
寒いのは嫌いだって、クイーンも知ってると思うんだけどな。
「面倒だな……そうだ、君の肩を借りるね」
エースは体が大きい。よって、肩幅も広い。
きっと肩にのっても平気なはずだ。
もしくは少し小さくなってもいいし。
そうして彼の近くにいれば自滅を恐れてクイーンとキングは手を出せなくなるだろうし、私もずっと立ったまま見物するのは疲れるし、つまり一石二鳥。
「だ、か、ら!勝負!!」
「うるさいなぁ。近くで叫ばないで欲しいね。
後でと言ったろう?シルヴァが終わってからね」
「ほんっと酷ぇな姫さん……しかも全然相手にされてなくて俺傷つく…」
ついにはいじけてしまったエースは放置だ。今の彼は椅子なので。
さて、実況生中継するなら只今膠着状態、どちらも決め手に欠ける、と言ったところだろうか。
ジャックはこの一月という短期間で覚えた空間魔法を使ってシルヴァを攪乱、シルヴァは自分の五感をフルに使ってその対応をしている。
ジャックが押してはいるけど、彼の今の攻撃には威力が欠ける。
あまり慣れているとは言い難い空間魔法を使いながらになるから攻撃系の魔術の精度は落ちるし、元々精神操作系の魔術ばかり使って仕事をしていたらしく剣術の心得はあまりない。
だからシルヴァに直前まで気づかれず攻撃できても、致命傷を与えることはできないのだ。
逆にシルヴァはジャックの空間魔法によって彼の方から攻めることができないでいる。
元々シルヴァはアタッカーだ。
俊敏な動きと高い攻撃力から相手の隙をついて攻撃する戦い方なので、相手から隙をつかれる状況に慣れていない。
だからこういう状況には途端に弱くなって、受け身の対応しか出来なくなってしまう。
うん、お互いの欠点だとか課題点がとってもよく分かる状況だ。
とは言っても両方とも勝つための方法はある。
少なくとも私はどちらも考え付くことができた。
ジャックが勝つためには、今の状況を打破されることなくシルヴァに疲労が蓄積されるのをひたすら待たないといけない。
攻撃力を今この瞬間飛躍的に上げるなんて不可能だし、そうなると持久戦だ。
それにこの状況でシルヴァはどこから攻撃がくるか全くわからないのだから、相当な緊張を体に強いている。
だから普段よりも格段に疲れが溜まるのが早いはずだ。
疲れは集中力を低下させ、それが反応速度にも出ていつかはジャックの攻撃に対処しきれなくなる時が来る。
その瞬間勝敗は決するだろう。
対照的にシルヴァの勝ちはどれだけ早くこの状況を打破することができるかにかかっている。
さっき言ったように長引けば負けるのはシルヴァだ。
だからこそ素早く冷静にこの事態に対処し、ジャックの空間魔法にある弱点を推察しなければならない。
……冷静にこの場所とジャックの動きを見ていれば案外簡単に分かることなんだけど、まだシルヴァには荷が重いのだろうか。
だとすると今回の修行内容は私がシルヴァの実力を高く見積もりすぎたことになる。
弟子が負ける戦いをわざわざさせるような最低な師匠ではないつもりだ。
「お、ジャックの攻撃が当たり始めたね。
ねえエース、君はこの勝負、どちらに賭ける?」
「はぁ……いいから俺と戦ってくれよ」
「君もしつこいねぇ」
「仕方ねぇだろ。……まあ俺はジャックだな。
味方だし、今押してるし、今までの模擬戦でもあの空間魔法使われたら弟子絶対負けてたろ?」
エースの言うことはもっともだ。
過去のデータというのは大抵嘘をつかない。
でも時にはデータに反することが起きてもいいんじゃないかと思うだろう?
それに模擬戦と今では、決定的に違うことがある。
それに気づきさえすればシルヴァの勝ちだ。
「姫さんはどっちなんだよ」
「おや、ぶつくさ言っていた割に乗り気じゃないか。
私はシルヴァかな。一応私が手塩にかけて育てた弟子だからね」
「お、賭け成立だな。
んじゃ俺が勝ったら姫さんは俺に負けること」
……言うじゃないか。
「私が勝ったら君は今ここで俺が悪かったですもうしません反省していますと大声で叫んでスライディング土下座だ」
「……言うじゃねえか。言っとくけど、今明らかに勝ちそうなのはジャックだぜ?
あ、手出しする気じゃないだろうな?」
「私がそんな無粋な真似をするとでも?」
手出しなんてしないさ。手出しは、ね。
「シルヴァ!」
大声で名を呼べば、彼の耳がこちらを向いたのが分かった。
うん、顔をこちらに向けないのはいいことだ。
敵から目をそらさないということをきちんと学習しているようで何より。
「君が負けたら私はエースに殺されちゃうから、頑張ってー」
「っておい姫さんなんてこと言うんだよ!
手出しなんて無粋なことはしないんだろ!?」
「だから声援を送っただけじゃないか」
「あれは声援じゃねぇ!!」
何を言う、あんなに効果があるのに。
「今効果があるんだから声援だ、とか思ったろ?
確かに弟子から表情一気に抜け落ちて魔力も鋭くなったし反応も格段に速くなったけどな!」
「じゃあそういうことじゃないか」
「俺への殺気感じてるだろ!?
しかも何かクイーンからも狙われてる気がする、味方なのに!!
後ジャックからの目が痛くてたまらねぇ」
自業自得だ。まあシルヴァの集中が上がったのは何より。
案外応援というのもしてみるものだ。
個人的には耳障りだから嫌いだけど。
「……ん?弟子、避けるの止めたな」
「剣で受けるのもね」
流石エース、こんなんでもいい着眼点だ。
今シルヴァは自身の周囲三百六十度全てを結界で覆い、ジャックの攻撃から身を守っている。
強めに魔力を込めたようで、一回の攻撃では破壊される様子もない。
ジャックは大技のための前準備と判断したようで、結界を壊そうと連続で攻撃を加えていた。
だがそれが罠という可能性もあるため、一か所から攻撃するのではなくいくつもの地点から傷をつけていくのはまあまあいい読みと言える。
あの様子だとシルヴァはジャックの術の弱点に気づいたのかな。
「お、壊れたぜ?」
約十回の攻撃で、結界が破壊された。
ニヤリと笑むジャック、無表情のままのシルヴァ。
再び亜空間の中に入ったジャックは先程までのことを再び続けるつもりらしい。
まあ正面から挑めば負ける可能性が上がるから無理もない事だけどね。
逆にシルヴァはジャックの空間魔法が始まってから今まで一歩もその場を動かなかったというのに、彼が亜空間に入り込んだ瞬間その足を動かしてある地点に向かった。
「あ、勝負ついたね。下りるよ」
私が乗っていたらエースも土下座出来ないだろうし。
「え?どういうことだ……!?」
エースが驚いたように目を見開いた。
それもそのはず、彼の視線の先では今まで彼が勝つと疑っていなかったジャックの体を、シルヴァの剣が捉えていたのだから。
そのままジャックは致命傷を受けたと判断され脱落、勝者は我が弟子だ。
「ふふっ、賭けは私の勝ちだね」
「嘘だろおい、何でどこから出てくるか分かったんだ?
ジャックがどこから現れるかなんて俺にもわかんねぇのに」
「それは本人から聞くといい」
ちょうどこちらに着いたところだ。
「ルナ!俺、勝てた!!」
「うん、そうだね。しっかり見ていたよ。
君が成長しているようで何よりだ。
私の見立てに間違いがなかったことも」
嬉しそうに相好を崩して駆け寄ってきた弟子は、私の言葉に驚いたようにその薄墨の瞳を見開く。
まったく、さっきまでの無表情はどこへいったのやら。
「ルナ、分かってた?ここなら俺が勝てるかもしれないこと」
「勿論さ。そうでなければ君を行かせはしないよ。
わざわざ勝率の低いところで弟子を戦わせるほど、私は酷い師匠ではないつもりだからね」
「ルナは、やっぱりすごい…」
きらきらした目で見られると何だか照れてしまうな。
ともかく労りを込めて頭を撫でてやれば、少し離れた場所から不貞腐れた声が届いた。
「おーい姫さーん。そろそろこの魔術解いてくれてもよくねぇ?」
即座にシルヴァの表情が冷たいものとなってエースを向く。
うーん、分かりやすい子だ。いやまあ、私のせいなんだけど。
「五月蠅い、今ルナは俺と話してる最中。忙しい」
「どこがだよ」
「まあまあ。そうだ、エースにどうしてジャックの出てくる位置が分かったのか教えてあげてくれないかな?
彼は頭が悪いから分からないんだって」
「姫さん酷くね?実は賭けの内容根に持ってるだろ?」
それもある。バレてしまってはしょうがない。
「だって君が私に負けろと言うから。
酷いよねシルヴァ?きちんとした実力勝負じゃなくこんな風に勝とうとするなんて」
「相変わらず考えが下種」
「二人とも本気でヒデェ。
そして姫さん、弟子の上手い使い方を分かってるんだな…」
使い方なんて失礼な。
私はただ思った通りに動いているだけだ。
……おっといけない、話が逸れてしまっている。
早いところ説明を済ませてエースにスライディング土下座させなければ。
目線を送ればそれだけで通じたのかシルヴァは頷いてくれた。
本当によくできた弟子である。
「ジャックの出てくる場所が分かったのはここがギルドの訓練室じゃないから」
「は?どういうことだ?」
「君は魔術の心得というものが皆無だからねぇ。説明も骨が折れる」
「ほっといてくれ」
おや、またいじけてしまった。
「空間魔法というのは、その空間の座標を正確に認識していないといけない。
例えばそこから北を向いたときに見える風景、床の状態、その場に立った時の感覚。
そういう位置情報を把握していなければ、亜空間に入ることはできても亜空間からその場所に出るのは不可能。
だから闇ギルドの訓練室はある意味ジャックにとって空間魔法を使うのに向いていた」
「使い慣れた場所だから位置情報も完璧。
ある意味彼は訓練室内ならどの場所にでも現れることができたんだ」
「でもそれは訓練室の中の話。
ここはルナとジョーカーが今日作ったばかりの空間で、ジャックは位置情報を全然把握していなかった。
一応空間魔法を使う前に何か所か認識したらしいけど、訓練室の時とは程遠い」
つまり訓練室ではそれこそ星の数ほどあった彼の亜空間からの出口は、この場所で片手で数えられるほどに減ってしまったということだ。
「俺があの時結界を張ったのはどこにいくつ出口があるのか見つけるのと、どういう順番でそれを使うのかを見極めるため。
俺が押されていることが分かっていたからジャックの使う出口の順番は単純なローテーションだったし、出口自体五か所しかなかったから気づいてしまえば対処は簡単。
結界が破られた後は次に使う出口のところで待って、タイミングを合わせればいい」
「と言う訳なんだ。分かったかなエース?」
向かってきた馬鹿みたいに太い蔓を握り潰しながら問えば、彼から曖昧な頷きが返ってくる。
……まあ仕方がないか。魔術を使えない彼にとって、こういう事情は分かりにくいものなのだ。
「薄っすらでもまあいいよ。
ともかく勝ったのはシルヴァだ。
賭けの内容は覚えているかな?」
とても楽しみだ。
特に身体能力に優れたエースのスライディングは素晴らしいものに違いない。
「そう言えばエースがルナに突きつけた賭けの内容は教えてもらったけど、ルナの条件は聞いていない。エースは何をする?」
「ふふっ、見てのお楽しみさ」
「……やんなきゃダメか?」
「当然だろう?さっさとやりなよ。
ほら、魔術は解いてあげたから」
完全に見物の姿勢をとろうとして思い至る。
無いとは思うけど、釘は刺しておかねば。
「……言っておくけど、やると見せかけて不意打ちの攻撃でも仕掛けてきたら君を死ぬより辛い目にあわせて嬲るよ」
「絶対にしません」
「ならいいんだ。じゃあどうぞ?」
その後は見事だった。もう本当に、見事としか言いようのないスライディングだった。
途中で空中宙返りもしてくれたし。
「俺が悪かったですもうしません反省しています!!」
「うん、許してあげるよ。じゃあねー」
満足したのでさくっと退場させてやる。
いやほら、所詮エースは私に敵わないんだし、これ以上やるのも時間の無駄だと思うんだ。
土下座のまま元の森に転送なんて可哀想で笑えるけどね。
でもそれで言ったら今までのことも全部映像として流れている訳だし、今更恥も何もないか。
「……さて、ジャックとエースは片付いたし、後は二人を」
「それには及ばぬ」
あれ、終わってたんだ。
ふわりと空中から地上へと着地したジョーカーを認め、私はつい笑ってしまった。
どうやら結局、全員小石で倒したらしい。
袋の中に山ほど入っていたはずのそれは既に空だった。
「……弟子よ、何か言いたいことがありそうだな?」
「尊敬する」
「馬鹿にされている様にしか感じぬのは何故だ…」
うーん、シルヴァは本気でそう思っているようだけど。
まあいいか。落ち込むジョーカーなんてとてもレアだ。
そしてこの勝負は私達の勝ち。
あぁ、終了宣言しておかないと。
『はい、ゲームはこれでお終いだね。
皆私達には敵わないって、身に染みて分かったかな?
これで明日からも私達を敬いつつ仕事に精を出してくれることを願っているよ』
よし、完璧だ。
水鏡の魔術を解いて外界から完全にこの空間を隔絶させてから、私はにっこり微笑んだ。
「それじゃあジョーカー、そろそろ行くよ。
約束の一月もたったし、シルヴァの故郷を探さなくてはいけないからね」
「!!」
ジョーカーに言ったことなのだけど、彼女よりシルヴァの方がよほど驚いている。
まあ言ってなかったからなぁ。
基本的に思った通りに行動する派だから、事前の連絡とか苦手なんだよね。
「……そうか。ルナ、そなたはいつ帰ってくる?」
「どうだろう。もしかしたら一月後かもしれないし、一年後かもしれないし、最悪五十年後とかも有り得るかもしれない。
こればかりは何とも言えないな。
私は望まれて、それを叶えるための生き物だからね」
今のところその主軸はシルヴァだ。
彼が私を師匠にと望む限り、私はそれを叶えなければいけない。
そしていつ彼にとって師匠という役割が必要なくなるのか、今の状況ではまったく予想がつかないのだ。
まあ私が飽きたり彼自身が私を拒絶するようならその瞬間即座に別れることになるけれど。
「む……弟子よ、さっさと独り立ちするのだ」
「……まだまだ無理。俺はルナに敵わない」
「ふん、どうだかな。それに弟子が儀式とやらを受ければ師匠というものも必要なくなるのではないか?」
「それは無い」
うーん、一気に険悪な雰囲気だ。
けどまあ、確かにさっきのジョーカーの提案は無いだろう。
恐らく新しく強くなった力の扱いにシルヴァは苦労することになる。
例え彼が儀式を受けたとして、それで得た力を真実使いこなせるようになるのにたぶん一年はかかるんじゃないかな。
「……まあよい。ルナの帰る場所は正規ギルドではなく、闇ギルドなのだからな」
「ジョーカー、君、今まで何も言ってこなかったのに最後だけ嫌に饒舌になるね」
ジョーカーは私が闇ギルドに長いこと顔を出さなかった事に対しても、シルヴァという弟子をとり彼を育てていることに対してもあまり文句は言わなかった。
けれど別れの間際になってこの発言とは意外だ。
シルヴァを進んで挑発している。
後々大変なの、私なんだけどなぁ。
「妾とてルナの現状に思うところが無いわけではないのだ。
“王国”の第二王子のことも、本当は色々と問い詰めたいところなのだぞ?
あの立太子式のことは妾達とて目にしていたのだから」
「ふふっ、セイとのことか。それに答える気はないよ。
それくらい――そうだな、私の全てに関わる秘密だ。
それに儀式を見たなら話は早いね。
私はセイが害されるのを好まないし許さない。
たぶん君が相手でもセイは負けることは無いだろうけど、手は出さないで。
彼を殺したら相手が君だって私は怒るよ。
少なくともここが、灰になる程度じゃ済まされないくらい」
それくらい私にとって彼が大切だって、ここまで言えば分かるだろう。
ジョーカーも少し驚きながらきちんと頷いてくれた。
「あ、でもだからといって“王国”で仕事をすることを制限するつもりはないんだ。
私はただセイを守りたいだけだから、“王国”が滅びたって別にいいしね」
流石に私の我儘でギルドの不利益が生まれるのは極力避けたい。
一応トップに立つ身だし。
「それは助かる。大きな仕事場の一つだからな。
第二王子に関してはそこまで思うところがあるわけではない。
あれはルナを縛る気はなさそうだし、そなたもあれの元に長居をしようとはせぬからな。
ただ妾は、そなたが妾を見ていてくれさえすればよいのだ。
そなたは、妾の望みを叶えてくれるのだろう?」
「……そうだね。
君の気持ちが確かに私には分かるから。
でも同じくらい、私は自分の孤独を覚えていたいから分からないな」
その点私とジョーカーは似て非なる存在だ。
彼女は過去に対して執着がないし、過去を忘れて幸福な今を生きようとしている。
その生き方を嫌悪する気も非難する気もないけれど、私はそんな生き方をしたくない。
過去に執着して生きて、あまり幸せを感じたくないからセイの所に留まろうとしない。
そして抱える孤独を完全に癒そうとも思わない。
それに癒されれば癒されるほど、喪った後が怖すぎて、そんなこと出来ない。
「……無駄な話をしてしまったね。もう行くよ。
このまま“帝国”にとぶから、ここで一先ずさよならだ」
「わかった。妾はここでそなたの帰りを待っている。
ずっとずっと、妾の命の灯が尽きるその時まで。
そなたはそれを許してくれるのだから」
「……そうだね。
君にならいいのかもしれないと遠い昔に言ったこと、忘れていないよ。
だからまたね、ジョーカー」
指を鳴らして空間を形作る魔術を解除する。
ぐにゃりと景色が解け、こちらを見つめ続けるジョーカーの姿が滲んだ。
さて、新しい旅の始まりか。
その前に、色々とシルヴァに対して説明をしなければいけないみたいだけれど。
私がきちんと覚えている座標は“帝国”の中央、帝都の関所の陰。
無事にそこに着いてしまえば我が弟子にとってはお待ちかねの質問タイムになる。
そして残念ながら私の魔術の腕はいいので、もう着いてしまった。
「……ルナ」
「ふふっ、言いたいことがたくさんありそうな顔だね。
分かっているさ、一先ず宿までの道すがら、君の質問に答えようか」
まあ私に答えられる範囲での話だけれど。
「……」
「おや、不服そうな顔だね」
「俺に色々聞かれるのに、ルナはあまり嫌そうな顔をしない」
「そんな顔をしたらやめてくれるのかい?
別に質問くらい、いくらでも構わないさ」
「そういう所が…」
それきりシルヴァは黙ってしまった。
ふむ、何が言いたいかさっぱりわからない。
そういう所がどうだというのだろうか。
それにさっきまでとても嬉しそうにしていたのに何かあるとこうしてすぐ悲しそうに不安そうに、あるいは怒ったように表情を変えるシルヴァは情緒不安定だとも思う。
私のことなんてそんな細かく気にせずに、ただ強くなるために生きればいいのに。
「……まあいいや。聞きたいことがあれば聞けばいいし、必要ないなら聞かなければいい。君の好きにするといいさ」
深く考えるのはあまり好きではないし、実際戦ったばかりで眠いから。
くあ、と欠伸をもらせば下を見てしかめっ面をしていたシルヴァは慌ててこちらを向き私の手を引いた。
「ルナ、寝た方がいい。眠くなってる」
「質問はいいのかい?」
「それはルナが起きてからでも出来る。早く宿に行こう」
さっきまで拗ねていたのに、本当にころころと感情が変わる子だ。変な子。
だがその気遣いはありがたい。
私も眠いまま彼の質問に答えていたら、いつかのように余計なことまで口を滑らしてしまいそうだ。
「そう。じゃあ君の言葉に甘えるとしよう」
繋がれた手を引きながら、私は早く暖かい布団にくるまれようと関所に向かった。




