3-15*
Side:Silva
ひくりと耳が、騒々しい複数の足音を捉えた。
どうやら来たみたいだ。
ルナがたぶん後少しで来ると思うから準備をしておくといいと言っていたけど、その通りだった。
やっぱりルナはすごい。
そしてそんなルナのために、俺は頑張らないといけない。
彼女からゲームの戦略的な形式としてであれ頼られたのだから、俺の調子はいつになく良かった。
それにルナの寝顔をすごく近くで見られたし、少し違う意味だけど好きって言ってもらえた。
こんなに良いことが続くなんて、今日は何て素晴らしい日だろう。
――だからその終わりを勝利という形でおさめて、もっと今日という一日を良いものにしなくては。
「くっそ、どうやったら開くんだよこの城門。
おーい、姫さーん?どうせ見てんだろ?開けてくれよー」
暢気なエースの声が聞こえる。
それにどうせ見ているだろう、なんて自意識過剰だ。
ルナはそんなに暇じゃない。
「エース、五月蝿い。
どうせ聞こえないだろうけど、ルナの邪魔になる」
レバーを引いて城門をゆっくりと開きながらその外に集まる者達をじっと見回せば、ざっと二百程だろうか。
顔も名前も知らない雑魚は開いた門と俺の姿に驚き、幹部四人はさっと辺りを警戒した。
「ルナもジョーカーも城の中だからいない。ここは俺だけ」
あまり俺に対して警戒されていない感じが苛つくが、分からないでもないから教えてやった。
彼らは気を抜かないまま(嘘という可能性を考えての事だろう)俺と、俺の後方に聳える城を見つめる。
変態……ではなく、キングがしかめ面で一歩前に進み出た。
「主の言葉を信じるとして、ではここでは主が儂らの相手をすると言うのか?
途中も中ボス、などという題目で嬢とジョーカーの写し身がやって来たが……」
「似たようなもの。ルナとジョーカーから伝言を預かってる」
そう言えば分かりやすく目の前の全員が姿勢を正した。
……ルナは本当に、あの時遊びすぎたらしい。
「二人は城の最上階にいるから、まずはそこに辿り着くこと。
城の中もトラップがある。ドスン…?…というのがいるって」
「おい待て全然分からねぇぞ」
「ルナが言ってた。
後定番?の床が抜ける仕様と、ただマグマから飛び出してくる火の玉を立ち止まらずに避ける簡単なお仕事もあるって」
「弟子、それ余計わからないから」
そう言われても、俺も直接目にした訳じゃないから仕方がない。
「伝言はこれで終わり。
ちゃんとやり遂げた。ルナに誉めてもらう」
きっと良くできたねと言って頭を撫でてくれるはずだ。
一人悦に入っていれば、フードを目深に被っているから見えるはずなどないのに今度は五月蝿い女から罵声が飛んでくる。
「駄犬の分際で何をニヤニヤと気色悪く笑っていますの?
分不相応でしてよ!?」
「五月蝿い。俺とルナは同じチーム。何の問題がある?」
「……ふ、ふふふ、よろしくてよ。
ならルナ様から誉められる前にあたくしが貴方を倒してあげますわ。
そうすればきっとルナ様もこの駄犬がいかに弱くて使えない存在か、わかるはずですものねぇ?」
………かん高い声で五月蝿い年増だ。ここで殺るか。
いや、駄目だ。ルナから言われていることがあったんだった。
ルナの言葉を無視なんて、そんなことしたら自分で自分を許せなくなる。
「落ち着けってクイーン。
でも実際よ、弟子はここで一発ドンパチ始めるつもりなんだろ?
……俺ら全員と対等にやれると思ってんのか?ガキの分際で」
「自分がもう年のいった身だと分かっている様だな。
自覚があって何よりだと思う」
「なっ、弟子てめぇ!」
「あはは、確かにエースは僕らぐらいから見たらオジサンかもー」
「そしてジャック、同調すんな!」
くわっ、と横を向き笑い転げるジャックを睨む中年を鼻で笑い、俺はちらりと彼等の背後にいる雑魚達を見つめた。
いい感じに気も弛んでいるようだし、丁度いい。
それにいち早く気づいたキングが訝しげに眉を潜め、直ぐ様声をあげたが。
「油断するな、来るぞ!」
もう遅い。
俺は獣人でもその速さ、身体能力の高さは他の追随を許さない種族。
今はまだ本来の力は出せていないらしいけど、それでもやはり他の有象無象と比べればその力は歴然としている。
そんな俺の出せるほぼ最高速度で炎を纏いながら突っ込んだのだ、常人には避けられない。
現に俺の走った後にいたはずの人間は全てその姿を消していた。
この空間から強制排除されたのだろう。
スピードを一切緩めることなくそのまま方向を変え、俺は再び人だかりに突っ込んでいく。
また何人かが消え、それを止めようと向かってきたエースには攻撃せずに他へ向かえば文句を言われた。
「お前、逃げんのかこら!」
別に逃げている訳じゃない。
「五月蝿い。俺は今、ルナからの頼まれごとで忙しい」
止まることなくそうありのままを返せば、ルナの言葉を思い返し嬉しくなる。
――君にお願いがあるんだ。
実はもうすぐギルドの皆が到着しそうなんだけど、数が多くてね。
戦う分には問題ないんだけど、最終決戦のために用意した最上階に全員入れるかと言ったら微妙な所で…
だから少し人数を減らしてきてもらっても構わないかな?
君にこんな雑用みたいなことをさせるのは申し訳ないんだけど……
そう言って困ったように眉を下げつつ俺を見上げるルナは、とても可愛かった。
それに加えて遠慮したような言い方が、全然そんな風に感じる必要なんてないのに優しい彼女の性格を表していて堪らない。
きっと俺じゃなくても役に立ちたいと思うはずだ。
他人にこの役目を譲る気は更々ないが。
「……こんなものか」
時折繰り出される幹部やそれに及ばないながらもいくらか実力のある奴からの攻撃を避けながら走り続けること数分。
大体選り分けは終わった。
俺の攻撃を耐えることも出来ないような雑魚はルナの前に立つ資格もない。
俺は速いから避けることは難しいかもしれないけど、纏っていた炎の魔術はそこまで強力なものではないのだ。
それを単純に耐えるなり、魔術などで防御しきれないなんて問題外だ。
それにルナから百人くらいになれば十分だから戻っておいで、と言われている。
今は丁度それくらいだ。
もう少し減らしてもいいくらいだけど、あまり少ないとたぶんルナはつまらないと感じると思うから我慢しないといけない。
「頼まれごとが終わったから、俺はルナのところに帰る」
ようやく立ち止まってそう言えば、幹部組の顔がひきつった。
「主、ただ数を減らすためだけに来たのか」
「そう。ルナから頼まれたから。
すごく可愛かった。嬉しい。
これで帰ってからまた誉められるし、最高」
「……クイーンもやべぇけど、お前もなかなか末期だよな。
そんな顔してムッツリかよ」
「意味がわからない」
「嘘つけ」
確かに嘘だが、別に俺はムッツリじゃない。
むしろ凄く分かりやすいと自覚しているし、自分自身隠してもいない。
「……あたくし達が、黙って帰すとでも?
敵の数を減らしたいのはそちらだけではなくってよ?」
「お前達は戦力的にそうしたいんだろう。
ルナは違う。ただ場所が狭くて全員は入れそうにないから減らしたがってただけ」
その言葉に生き残った雑魚はぶるりと震え、幹部は少し疲れたような顔をした。
それで、逃げられると思っているのか、だったか。
ルナの用意してくれた真っ黒な服(恐ろしいくらい肌触りがよく、出来心で端を剣で刺してみたが全くほつれなかった。素材は値段と労力を考えると絶対に聞けない)のポケットをあさり、手のひら大の黒い玉を取り出す。
そしてそれをエースに向かって投げつけた。
「……っ、くそ、斬るぞ!」
避けるか斬るか、俺としてはどちらでもよかったが斬る方を選んだらしい。
そしてそのままの勢いで俺に向かってこようとして――透明な壁にぶつかった。
こちらから見るとまるで阿呆だ。
「……ってぇ…。
なんだよこれ、結界か!?
クイーン、破壊してくれ」
「……今すぐには無理ですわ。
これ、弟子ではなくルナ様の作品ですもの」
「そう。ルナが、俺のために、わざわざ、作ってくれた」
使うのが勿体ないけど、ルナは使うために作ってくれたのだから使わなければ意味がない。
使わずとっておくのはルナの心遣いを無駄にするのと一緒だ。
透明な結界に閉じ込められた中で、ジャックが珍しく苛立たしげに舌打ちした。
「弟子ちょっとやめてくれない?
そのいちいちわざとらしい強調。
なんかクイーンじゃないけど僕もいらっとする」
いい気味。
「それは少ししたら自然と解ける。確か五分くらいと言っていた。
転移は俺達三人しか使えないようにジョーカーがこの世界一帯に魔術をかけているから、お前達は頑張って地道に最上階までのぼってくるといい」
「くっそムカつく……!なんだこの敗北感!」
「後、ルナがそろそろ待つことに飽き始めているから、あまり時間がかかると全範囲魔術で皆灰になると思う。俺は優しいから、これは助言」
一日一回良いことをすると、それは自分に返ってくるんだよとルナが言っていたことがあった。
ん。いいことした。これも誉めてもらおう。
けれどそんな俺と反対に、敵は真っ青だった。
「冗談じゃないっていうのが分かって怖い……」
「嬢ならやりかねん」
「これくらいの人数なら可能ですものね……詠唱を止めるものもいませんし、そもそも詠唱自体必要があるのかどうか」
「ジョーカーが止めてくれたり……しねぇか。しねぇよな」
こんな鬱屈した奴らといると、折角のいい気分が台無しになりそうだ。
こういうときは早く帰るに限る。
ぶつぶつと呟く彼らを放置して、俺はルナの待つ城の中へ転移した。
転移してすぐに少し先の床へ座り込んで何か作業していたルナの元へ走る。
どうやらジョーカーはいないみたいだ。
魔術の気配を感じていたのか、ルナは動揺することなく立ち上がって振り返り俺を迎えてくれた。
「お疲れ様、シルヴァ。
お願いを聞いてくれてありがとう」
感謝の言葉なんて必要ない。
その微笑みをくれるだけで嬉しいのだ。
でもできるなら、もうひとつ欲しいものがある。
「ん、頑張った。誉めて」
「ふふっ、君はしっかりしているのに甘えただよね。うん、よくできました」
ルナにこうやって撫でてもらうのがとても気持ちよくて幸せなんだから仕方がない。
今日は特別に出しっぱなしにしている尻尾が千切れんばかりに揺れるのが自分で分かった。
「む、戻っていたか」
しばらくたって満足したので離れたとき、丁度ジョーカーがやって来た。
その手には重そうな大きな袋を持っている。
「うん、さっきね。
だからギルドの皆は今城に入った頃かな。君の準備はどう?」
「問題ない。元々準備という程のものでもないからな」
「あいつらは後三十分くらいで来ると思う。
少し助言しておいた。ルナが退屈しそうって」
ジョーカーが感心したように何度か頷きルナを見る。
「ルナ、そなたいい弟子をもったな」
誉められた。それもルナの弟子として。
「あはははは……
本当に君は私のことを案外分かっていると言うか…」
「駄目だった?」
「いいや、嬉しいよ。
準備ももうすぐ終わってしまいそうだったしね」
ルナの準備というのは床に魔法陣を描くことだ。
この作業で手が離せなかったから俺が数を減らしに行ったし、その様子を魔術で見ることもしていない。
何のための魔法陣なのかはまだ教えてもらっていないけど、絶対に攻撃や防御系のものでないことはわかっていた。
だってそんなことをしなくてもルナは強い。
「ジョーカー、その袋は何だ?」
「む?あぁ、これか。これは妾の武器のようなものだ」
ジョーカーは袋の口を開いて中を見せてくれた。
中身は――小石?
「言っておくが、魔術などはかかっておらぬ何の変鉄もない小石だ」
「……これは、ちなみにどうやって武器にするんだ?」
「投げるに決まっておろう」
「……そう、か」
そういうものなのだろうか。
魔族の正統な武器は道端の小石……
きっとどの歴史書にも載っていない斬新な新事実だ。
俺の種族も俺を除いて滅んだけれど、もし自分の種族がそんな風に見られていたら恥ずかしさで消えることが出来ると思う。
そう思うと逆にジョーカーはすごい。
普通は恥ずかしくてそんなことを周囲に話せない。
……いや、逆に当たり前すぎて恥ずかしいという感情を抱いていないのかもしれない。
そう考えれば種族ごとの古くからの伝統というものは恐ろしいものだ。
もしかしたら俺達銀狼にも周囲から見たら奇妙な伝統があって、それに俺は気づいていなかったりするかもしれない。
後で色々、ルナに確認をとってみよう。
「弟子、そなた今失礼なことを考えておるな?」
「……?少しガッカリしていただけ」
「それが失礼だと言っておるのだ」
でもそれは仕方がないと思う。
だって本当にガッカリしたのだ。
そして自分も同類だったらどうしようと薄っすら恐怖まで覚えてしまった。
「……ぷっ、あはは!
シルヴァ、君の勘違いは可愛らしいけれど、別に魔族が皆小石を武器にするわけではないよ?
これはジョーカーの趣味なんだ。
彼女は小石投げが得意でね。
私が初めて会ったときも池に向かってひたすら石を投げていて、それが全て沈まずに対岸に行くものだから対岸には小石の山ができていた。
それくらい彼女は小石を愛していて、その投げる技術は凄いんだ」
「……」
そうなのか。
世の中には俺のよくわからない事を至上とする者が案外たくさんいるらしい。
変人はキングだけで十分だったのに、一番の常識人に見えるジョーカーまでそんな変な奴だったとは。
そんな彼女は自分の秘密が暴露されたことが恥ずかしいのか、ふるふると全身を震わせていた。
「………弟子よ。言っておくが、今のルナの言葉は魔族が皆小石を武器にするわけではない、というもの以外全てルナの冗談だぞ?
まさか信じたわけではあるまいな?」
「!」
「あーあ。シルヴァ信じてたのに」
「そのような馬鹿者として見られてたまるか!」
冗談だったらしい。
ホッとしたような少し残念なような、何とも言えない心境だった。
それから少しして、思っていたよりも早く事態が動いた。
その頃には作業も終えてのんびり床でごろごろしていたルナが突然起き上がったのだ。
「……もうこの一つ下の階まで来ているね。
そろそろ少し体裁を整えようか」
どこにやっただろうかと周囲を見回すルナに仮面を差し出す。
寝る前に棚の上に放置していたから回収しておいたのだ。
ルナは驚いた顔をしながら受け取って、ありがとうとお礼を言ってくれた。
そして俺にフードを被せ直してくれる。
「君も、顔を隠さないとね。
ジョーカー、いいかい?」
「構わぬ」
ルナが指を鳴らす。
床に描かれた魔法陣が光ってこの空間が膨張、床は不安定な吊るされた一枚の鉄板に、そしてその下は真っ赤なマグマの海。
暑さは感じないけれど、見るからに熱そうだ。
「やっぱりラスボス戦だからね。
これくらいの演出は重要だ。
さて、私達も格好つけて彼らを待つとしようか」
宙に浮かぶ真っ赤な椅子。
それに腰掛け足を組むルナは、確かにそれらしい迫力に満ちていた。
下のマグマからの光が照明がわりになって、顔の陰影がすごい。
「ふむ、案外ルナもやる気ではないか。
ならば妾ものっておくか」
ジョーカーはルナが頬杖をついていない方の肘掛けに腰を下ろし、やはりそれらしく笑む。
………ふたりとも、とても悪役っぽかった。
「シルヴァはどうしようか」
「……俺は二人の後ろに立ってる。それだけで構わない」
「そう?」
あそこまでの迫力は出せないと思うし。
魔術で飛んでそのまま斜め後ろに陣取れば、ルナは楽しそうに俺を見つめた。
「最近は君の、戦わないで欲しいという望みを反故にしてばかりいるね。
そんな私を嫌いになったりしないかい?」
「……しない。元は俺の勝手な望みだし、こんな風にルナは気にしてくれてるから」
俺の返答はルナの予想していたものとほぼ変わらなかったらしい。
呆れられた気配がするけど、本当のことだから仕方がない。
でもここでそんな事を聞かれるのは意外だった。
口調こそ冗談混じりでも、本当にルナが望みを叶えられないことを気にしているのがわかる。
……そんなに望みのことばかり言って。
どうせならもっと俺の事を気にしてくれればいいのに。
「君は本当に変な子だ」
「……普通だと思う」
「本当に変な人は自分が変だということを自覚していないものだよ」
「………」
「安心せよ。そなたらは二人とも十分変だ。
……来るぞ、せめて真剣に相手をしてやれ」
呆れ返ったとでも言いたげなジョーカーの声に慌てて気持ちを引き締める。
だって本当なのに。
いや、だからムキになるのは子供の証拠だ。
もっと何でも受け止められるようなどっしりした感じになりたい。
と言うか、ならないと。
「…や、やっと、着いた……姫さん、飽きてねぇな!?」
闇ギルドの奴らも来たみたいだし、本当に気を引き締めよう。
例えそいつらが全員かなり疲れた顔をしていても。
扉を蹴飛ばして開いたエースは額の汗を拭いながらギッ、と空中に浮かんだ状態の俺達――特にルナを見つめる。
その後ろには何だかうねうねした巨大植物らしきものの蔓(たぶん。何だか蔦っぽい植物だ。大きいけど)にぐったり座るクイーンとジャック。
そして捕まっているんじゃないかと疑いたくなる雑魚達。
キングは器用に車椅子をその蔦に押させているから、たぶんあれはキングの武器(…?)なのだろう。
「あっははは!君達キングの操術まで使って…すごいすごい、頑張ったんだね」
「そのようだな。差し詰めそれとエースで強行突破でもしたのだろう。ご苦労な事だ」
「そうさせたの二人だろうが!」
再びルナが爆笑した。
「いや、いっそ感心するよ。
そんなに本気で来てくれるとね」
『シルヴァ、聞こえている?』
「……!」
耳から聞こえる声と頭の中に直接響く声。
どちらもルナのものだ。
ちらりと見れば、魔力の糸が彼女から俺の手に伸びていた。
……同時に話すなんて器用すぎる。
『……聞こえてる』
『そう、よかった。
これから戦闘が始まるけど、君はジャックの相手をしておいで』
「じゃあさっさとそこから下りてきてくれよ。
流石に座ってる相手に手は出しにくいんだが?」
「おや、言うようになったねぇ。
素直にここからの魔術攻撃が怖いと言えば下りてあげなくもないよ」
ルナがわざとらしく肩を竦めてみせる。
かなり気合が入っていると言うか……演技が上手い。新しいルナの一面だ。
『下っ端は手を出さなくていい。
私とジョーカーで相手をして力の差を直接示しておかないといけないからね』
「ごめんなさい怖いです」
「エース、流石に正直すぎますわ……同感ですけれど」
「ふふっ、そこまで言うなら下りてあげよう。仕方ないなぁ」
『闇ギルドを出る前の最後の修行だ。ジャックに勝っておいで』
修行――そう言われて身が引き締まる。
これでジャックに勝たない訳にはいかなくなった。
今までのお互い本気ではない模擬戦ではどちらかが勝ったり負けたり(最初の頃は俺が圧倒的に負けていたが)で、ルナが判断した実力ではほぼ拮抗していると言う。
なら今日少なくともあいつに勝って、ルナに追いつく第一歩にしよう。
最後の相手は悔しいがセイルートだ。でも最終的にボコボコにする。
『頑張る』
「ルナ、そなた楽しんでおるな」
「まあね」
ふつりと糸が切れた。
丁度よく会話も終わり、ルナが立ち上がる。
ジョーカーも今までどこに隠していたのか、先程の山ほど小石の入った袋を片手に引きずり、もう片方の手で幾つかの石を弾ませる。
「じゃあ私は下りるけど、ジョーカー、君はどうする?」
「妾は上から石投げを楽しむとしよう。
何せ妾の趣味だそうだからのう?」
「あはは、案外根に持ってる?」
ルナは本当に楽しそうに笑う。
……正規ギルドでは見せない顔で。
「まあいいや、じゃあ君が空担当、私が地上担当ね。
シルヴァにはもう指示を出してあるから、攻撃を当てない様にだけはしてやって」
「うむ、心得た」
「じゃ、また後で」
重みを感じさせない動きでルナが椅子から飛び降りた。
俺はそれに続き、彼女とは進路を変えてジャックを目指す。
ちらりと見たジョーカーもとりあえずは椅子から立ち上がっていて、魔術で浮かび上がりながら手の小石を弄んでいた。
「っ、俺は姫さんをやる。とべねぇしな!
クイーンとキングはジョーカーで、ジャックは――」
「弟子の相手みたいだね」
目前に迫ったが、感知されていたようで振るった刃は避けられた。
余波は誰とも知れない雑魚共に行ったらしく、何人かが吹き飛ぶ。
「お前を倒してルナにたくさん褒めてもらう」
「そう?じゃあ僕はそれを返り討ちにして、ルナに僕が正真正銘ジャックだって認めてもらおーっと」
無表情な俺に対していつも食えない笑みを浮かべるジャックは今この時も同じ顔をしていた。
ルナが前に感情を出さないのは強い証拠だと言っていたのは真実だ。
感情に任せて戦えば必ず隙が生まれてしまう。
「おおっと、ちょっとごめんねー」
だが一瞬即発の空気に包まれた俺と彼の間を横切るものがあった。
………ルナが投げた雑魚。
彼女は猛スピードで突進してくるエースを軽々片手で受け止め、逆にそれを投げ返して(着地点にいた雑魚はやはり潰され脱落した)こちらを見る。
「少し言い忘れていたことがあった。
ジャック、君はナイトメアは使用禁止だよ。面倒なことになるからね。
破ったら私直々に処刑しちゃうから、そのつもりで」
それだけ言うと、再び身を翻し楽しそうに走り去って行ってしまう。
「姫さん人を武器にすんじゃねーっ!」
「あはは、やだなぁゴミ掃除だよ」
その背を追うエースに、少し同情した。
「……仕切り直しだね」
「そうだな。とりあえず、行く」
気持ちを切り替えなければ。
ああいうテンションのルナと話すとどうしても気が抜けてしまうが、逆に真剣なルナが既に出ていれば瞬殺だし気圧されてしまうので今はいいのだろう。
剣を握り込み再びジャックへと向かい――斬った筈のその姿が掻き消えた。
「幻惑か」
だが俺にとっては問題はない。獣人は鼻がいいのだ。
匂いの通りに進み切りつければ、結界に当たる固い感触がした。
「その嗅覚の事忘れてた。というか今後の課題だね。
どうやって匂いも消していくか」
すぐに現れたジャックは首を捻った。
ともかく攻撃の手をゆるめずに魔術や剣を向けるが、かわされたり同じく魔術で相殺されたり。
最終的に周囲にいた雑魚がその余波を受け倒れていくだけだ。
それもやはり力の差があまりないことが原因なのだろう。
お互いに表面的な実力やよく使う技を既に知っているから。
「匂いを消すのは無理。
それに獣人が鋭いのは嗅覚だけじゃない。
微妙な空気の流れとか、気配とか、そういうのも感じながら探している」
「え、そうなの?じゃあそれも考えに入れないとなー」
しまった、結果的に助言してしまった。
「あはは、弟子しまったって顔してる。
…んじゃそろそろ僕からもいくよ!」
言うが早いかジャックは空間を裂き、その中へと姿をくらました。
……これは、本当にしまった。
「あはは、こっちこっち」
「!」
背後の微妙な衣擦れの音と空気、そしてそれより少し遅く届く声に反応してすんでで向かってくる短剣を防いだ。
ニヤリとあくどく笑うジャックは再び亜空間内に姿を消してしまう。
模擬戦でも、これをやられ始めると殆ど勝てなくなってしまう。
空間魔法を使うことが出来るのはジャックとルナだけ。
だから亜空間に身を隠したジャックを俺は追えない。
しかも亜空間は術者が望む座標、どこへでも繋ぐことができる。
つまり俺の周囲三百六十度どこからでも彼は攻撃が可能なのだ。
それに対し俺は直前までその攻撃を予測することが出来ず、今は反応できているがこのまま長期戦にもつれ込むと流石に疲れて動きも鈍る。
「あは、万事休す?」
「……まだ、わからない」
今度は魔術。だが反論してみたものの、どうにか活路を見つけなければ敗北は避けられない。
ルナに、褒めてもらいたいのに。




