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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の本当
3/178

2-1

Side:Luna




シルヴァと今後についての取り決めをした夜から一夜明けて、私達は昨晩と同じくドラゴンの肉を使った朝食を摂っていた。

ここで気になるのはいつもより多めに盛られている私の皿だ。

基本的に給仕役は私とシルヴァと依頼主以外の、四人のうちの誰か一人と決まっているのだが(私に給仕させようとするとシルヴァが動くので、四人は私を使うことを旅の早々に諦めたのだ)、普段の私に配られる料理はもっと少ない。

まあ元々それほど食べる訳でもないし、その状況に不満もなかった(シルヴァとしてはまた違うようだが)。

ところが一転、今のこの状況はどういうことだろう。


「なんだか私の皿、多くないかい?

私は朝からこんなに食べられる自信はないのだけれど」


確か、今日の給仕は剣士だったはずだ。

視線を送れば、彼はあからさまにビクついて私から目をそらした。


「き、気のせいじゃない……ですか」


「別に今更そんな風にかしこまらなくてもいいよ。

今まで通りにしていればいいさ」


「そうはいくか…いきません。

自分よりも上位のランクを持つ人に対して、なめたクチはきけませんから」


まあ、そうかもしれないけれどねぇ。

これはどうしようもないと剣士から目をそらして、私は横に立つシルヴァを見上げた。


「シルヴァ、君はもう少し食べられるかい?」


「問題ない」


「なら少し手伝ってもらおうかな」


彼は未だ成長期だから、きっと沢山食べた方がいいだろう。

そう言い訳しつつ、皿にのった料理の実に半分を移す。

決して厄介払いではない。

続いて依頼主を見れば、彼は彼でチラチラとこちらを窺っており意識しているのがみえみえだ。

依頼主は“王国”の貴族という身分も持つし、国王から何か話を聞いているのかもしれないが。


ともかく、現状は私にとって過ごしにくいことこの上ない。

それに弟子もパーティーを抜けるため早く依頼を済ませたがっているようだし、ここは裏技でも使おうかな。


「それで、確か依頼内容はオルドまでの護衛でしたね?」


「あ、あぁ、そうだが」


突然話をふってきた私に、依頼主は戸惑ったようだがともかく頷く。

別に私だって依頼主には敬語を使うさ。

大体これまでだってそうだっただろうに。


「この場所からオルドまでで、寄りたいところなどは?」


「別にないが」


これは、チャンスではなかろうか。

チラリと黙って肉を咀嚼しているシルヴァを見る。

彼からなるべく戦わないで欲しいという望みは聞いている。

だから、戦わなければ何をしてもいいということだ。

案の定彼は微かに渋面を作りながらも反論はしなかった。

本当に、相当気に入らないことでもあったのだろうか。

それとも女魔術師にもらった果物がかなり不味かったとか。


「ルナ」


「ん?……おっと、ボンヤリしていたよ」


シルヴァに呼びかけられて、半ば放置していた他の面々の存在を思い出す。

そうそう、今は何故彼がこんなにこのパーティーから抜けたいのかを考えるのではなく、どうすれば私にとって息苦しさが過ぎるこの現状から抜け出せるかだ。


「それでは食事が済み次第出発ですね。

私はもう食べ終わったし、先に準備をしているよ。

何かあれば呼んでくれて構わないから」


そして裏技を使うのならそれ相応の準備をしなければならない。

私は残りの肉を胃につめこむと、心持ち軽い足取りでその場を立ち去った。

周囲に誰もいないことを確認して魔術を発動させる。

今からやることは端から見れば怪しい一人言だから、あまり見られたくはない。


「やあもしもし、聞こえているかなヒルルク」


『………あぁ、ルナか。聞こえておるわい。

にしても相変わらずなんだその気の抜けた言葉は』


長距離の会話を可能にする魔術である念話の相手は、今回の護衛依頼の目的地であるオルドに設置されたギルドのマスターであるヒルルクだ。

私の昔からの付き合いのある友人でもある。


「もしもし、のことかい?

遠距離で話して連絡をとるときに使う私の故郷での伝統的な言葉だって、前にも話したじゃないか」


全く、気の抜けたなんて失礼な話だ。

私の故郷では使わない人なんていないって言うのに。


『聞いたような気もするのぅ…』


「もうボケたのかい?

退職をお勧めするよ」


『わしは生涯現役じゃ!

――それより、どうした。

今は護衛の依頼中じゃなかったか』


低くなった声音に苦笑する。

心配してくれているようだけれど、まったく、彼は素直じゃない。

まあこれくらいのツンデレ、私にはバレバレだけれどね。


「いや、そうなんだけど。

ちょっとランクを教えたら鬱陶しい対応をされてね」


『なんだ、隠すんじゃなかったのか』


「ドラゴンが出てきちゃってさ。

ちょっとシルヴァの望みをきいてサクッと倒したら、どういうことかと聞かれてね」


『ドラゴンじゃと!?』


あ、ドラゴンで思い出した。


「それで、鱗と牙と心臓と角をそっちで換金しようと思うから用意しておいて欲しいな。

あと三十分くらいで着くから」


『急に言うんでない!

そんな大金、用意するのも一苦労じゃぞ!』


「だから前もって言ったじゃないか」


怒らなくてもいいだろうに。

高血圧になるんじゃないだろうか。


『三十分は前もってに入らん!

大体まだそんなに進んでおらんだろう』


「うん、本当は後二日くらいかかると思うけど、さっき言ったように私が居づらいし、何故だかシルヴァが早く依頼を終わらせたがっているんだ。

それでパーティーを抜けたいらしいよ」


『何だ、パーティーは早々に解散のようじゃな。

まあ、元々長続きするとも思っておらんかったが。

にしても坊主がな………お前、何かしたんじゃろう』


ヒルルクは考えるように唸って、すぐにそう言った。

断定って酷いと思う。

にしてもあんなに大きくなった(まあ確かに体だけだけど)シルヴァを坊主呼ばわりって、ヒルルクだから出来ることだ。

外見的な意味で。

私とシルヴァは外見だけなら同じくらいの年頃に見えてしまうから、そんないかにも子供にするような呼び方は出来ない。


「失礼だな、別になにもしていないさ。

まあそういうことだから、これからそっちに行くよ。

ギルドの前、空けておいて欲しいな。馬車があるからね」


『そんな簡単に……』


「いいじゃないか。

代わりに何か依頼があれば片付けるよ。

また気楽な二人旅の始まりのようだから」


『ふん、気楽にできるのはお前だけじゃろうて……』


「どういう意味かな?」


『自分で考えろ。

金と場所は用意しておく。

その分の働きはしてもらうぞ』


「うん、シルヴァがね」


『お前もじゃ!!

………くっ、これだからお前と話すのは疲れる…』


「年だね。やっぱり退職をお勧めしておくよ。それじゃ、また後で」


『余計なお世


怒鳴り声がうるさかったので適当に切り上げる。

この魔術は音量の調節が難しいのが難点だ。

利点も多いが、やはり魔法が存在しても故郷の文化レベルには遠く及ばない。


「ルナ」


「……おや、食べ終わったのかい?」


シルヴァの声に意識をこちらへと呼び戻す。

もう取り戻すことが出来ないものを望んだって意味はないというのに、我ながら諦めが悪いのかもしれない。

それにしても、彼はいつもタイミングがいい。

毎度毎度私が昔を思い出すたびに声をかけてきて、まるで頭のなかを覗かれている気分だ。

嫌な気分になりはしないし、むしろ助かっていると言えばそうなのだけれど、やはり不思議に思う。


「皆食べ終わって、準備と片付けも後少しで終わる。

ルナはヒルルクと話していた?」


「そうだよ。

ドラゴンからとった素材の換金と、場所の確保を頼んでおいたんだ。

その代わり、また面倒な依頼を押し付けられそうだけどね」


「ルナと二人なら構わない」


そんなに今のパーティーは嫌なのか。

私も無駄に気を使われたり敬われたりするのは嫌いだからパーティーに長居をしたいとは思わないけれど、彼の嫌がり方はその上をいく気がする。


「君がそこまでこのパーティーを抜けたがっているとはね」


「………間違ってはいないけど、そういうことじゃない」


なんだか感慨深い気持ちになって(彼がここまで自分の意見を私に対して通そうとするのは珍しい)呟けば、シルヴァは不満そうな顔をした。

不貞腐れている、と言うのだろうか。


「違うのかい?」


「………」


「そう言えばヒルルクにお前のせいだろうと言われたよ。

彼には否定したけれど、もしかして本当に私のせいなのかな?」


なら謝った方がいいだろう。


「別に、そういう訳じゃない。…………はぁ」


「ため息をつくと幸せが逃げるよ?」


「……準備もそろそろ終わる。ルナ、行こう」


「私の弟子は流すという会話の妙技を覚えたようだね。

師匠としては嬉しい限りだよ」


結局明確なことは答えようとしなかったシルヴァをからかいつつ、仕方がないので歩き始めた彼に続きパーティーの元へと向かう。

私に手荷物はない。

基本的に全て四次元ポケッ……亜空間にぶちこんでいるので、出発の準備も必要としないのだ。

シルヴァは自分で亜空間を作ることは出来ないので、私が加工した小さめの腰に巻き付けるタイプのバックを使っている。

それは内部が亜空間に繋がっていて、彼も準備は殆ど必要としていない。


「君はどんな依頼がいい?

たぶんヒルルクのことだから、幾つかもってくると思うんだけれど」


「護衛は嫌だ」


「人嫌いはなかなか治らないみたいだね」


私が信頼しなくていい、利用しろといったせいでもあるかもしれないが。


「間違ってはいないけど、そういうことじゃない」


「またその台詞かい?」


「依頼主は俺にばかり敬意を払って、ルナのことは馬鹿にする」


「まあランクさえ教えなければ私のことはバレないし、逆に君の顔や名前は広く知れ渡っているからね」


まさか護衛を嫌がる原因が私への対応だとは。

けれどランクを偽るわけにもいかないし(何故かそれは罰金ものになる)、馬鹿正直にSSだと言えば面倒なことになるからこの状態が最善なのだ。


「……ルナも、怒ればいい」


「うん?何にかな?」


「馬鹿にされること、とか」


「ふふ、私は怒らないよ。

畏まられるより余程いいじゃないか。

それに、不満そうにする君を宥めるのに精一杯でそんな暇はないさ」


大体私が我を忘れるくらい怒ったら大変なことになると自覚している。

災害を起こすくらいなら私が我慢すればいいんだしね。


「ルナは人が良すぎる」


「そうでもないよ。案外私は心が狭い。

私にとって唯一絶対に許せない線引きを越えさえしなければ、後はなんだっていいのさ」


「線引き……?」


「そう。さ、この話は終わりにしよう」


出発の準備が整ったらしい依頼主とパーティーメンバーがこちらを見ている。

どうやらうまい具合に一ヶ所にまとまっているようだし、ちょうどいい。


「待たせてしまったね。

さて、再度確認しますが、オルドまでの道のりで立ち寄る場所はありませんね?」


「あぁ、このまままっすぐ向かうだけだ」


「なら問題ありません。

さ、シルヴァ。君ももう少し近づくといいよ」


隣に立つ彼をパーティーと共に一纏めにし、私は少しだけ距離をとる。

そうすれば剣士が戸惑ったような顔をしてこちらへ進み出た。

うーん、そこだと少し具合が悪いのだけれど。


「あの、一体何をするつもりだ…ですか?」


「うん?オルドに行こうとしているんだよ。

もう少しさがってくれるかい?

そこだと魔法陣に入らないからね」


「ま、まさか転移するつもりじゃないでしょうね!?」


今度は女魔術師だ。

さがれと言っているのに、何故こっちに来るのか。


「その通りだよ」


「その通りって……この人数、一体どれだけの魔力がかかると思って…!」


「五月蝿い。ルナに不可能はない」


うるさく喚く女魔術師と、呆然と立っている剣士の襟首をシルヴァが掴んで引っ張る。

助かるけれど、その扱いはどうなのだろう。


「大丈夫、ギルドマスターには話を通してあるからね。

場所の確保はバッチリさ。

馬車ごと転移するから、荷物を置き忘れる心配もないし。

それじゃあ行ってみようか」


私は術者として後から一人で転移する。

実を言えば一緒に転移することもできるのだが、それをすると向こうで彼らからの質問だとか文句だとかを聞かなければいけなくなりそうなので止めておくことにした。

別に、シルヴァに丸投げしているわけではない、と思いたい。


未だに喚く女魔術師から目を移し、シルヴァを見つめる。

彼は心得たようにひとつ頷いた。

本当に、私の弟子は出来た子だ。


「【転移】」


地面に対象を包み込む大きな魔法陣が広がる。

それが一瞬輝いた後には、私以外の存在はその場から掻き消えていた。

さて、私はどのタイミングでギルドへ行くべきか。


「………もう少しここにいようかな」


けれど脳裏に垂れ下がった獣耳と尻尾が浮かび、なんだか罪悪感でムズムズした。

あれだ、雨の日にミカン箱に捨てられた子犬の前を見ないふりして通りすぎるときみたいな。

今日は晴れているし、ここにミカン箱はないし、彼は犬ではなく狼だけれど。


「……私も行くとするか」


結局トンズラは諦めて、私もすぐにオルドのギルドまで転移する。

脳内の子犬はミカン箱ごと連れ帰ることになった。








で、ギルドに着いたのはいいのだけれど。


「っ、宵闇!パーティーを抜けるなんて嘘だろ!?」


ギルドの中に入った途端、剣士が縋りついてくるのは一体何事だろう。

彼が発した言葉からいって予想はつくけれども、そんなに惜しまれるような関係だったとも思わないし。

どちらかと言えば彼が引き留めるならばシルヴァの方だと思っていたのだが。


「触るな」


そしてそのシルヴァが先程のように剣士の襟首を掴み勢いよく引っ張る。

だが学習したのか剣士は少し後ろによろめいただけでその場からそれ以上動くことはなかった。


「仲が良いね。さて、私は素材の換金をしなければならないし、話は少し待ってくれるかな?」


剣士以外のメンバーと依頼主の姿は見当たらないから、恐らく依頼達成の手続きでもしているんだろう。

取り敢えずドラゴンの素材を預けて鑑定してもらっている間に話をして、パーティーを抜けてから素材の代金を受けとりヒルルクに会う。

うん、この流れでバッチリだ。


「ルナ、抑えているから行ってきて」


「あはははは、わかったよ。

それじゃあ部屋を用意してもらうから、二階に上がっておいで」


ひらひらと手をふれば、シルヴァは剣士の襟首を掴んだまま引き摺るようにして階段へ向かっていった。

どこもそうだが、ギルドには二階に幾つか会議や宿泊用の個室が用意されている。

討伐の依頼などは幾つかのパーティーが合同で行うことも多いし、案外荒くれ者でも話し合いだとか計画を大事にするのだ。

それに宿泊も宿などよりよっぽど安く済むし、私とシルヴァは重宝していた。

今回パーティーを抜けることについても、そこで正式に伝えるつもりである。


それにしても、あの持ち方は私の影響だろうか。

出会った頃の私はよくああして彼を持ち上げていたから、それを覚えているのかもしれない。

ちなみに私はシルヴァを紹介した旧友達に揃ってそれはないだろう、と言われたため最後にはきちんと抱き上げるようにしていた。


「……大きくなったねぇ。ふぅ、換金するか」


彼の成長を(身長的な意味で)感慨深く思いながら、ギルド内に幾つも設置された窓口へ向かう。

私が使うのは一番端にある高ランク専用の窓口だ。

ちなみに私がそこを利用してもシルヴァの使いだと思われているのか、全く周囲からのやっかみは無い。

シルヴァ様様だ。


「やあ、素材の鑑定と換金をお願いできるかな?」


顔馴染みの受付嬢レイラにそう言えば、彼女は心得たように微笑んだ。


「お待ちしておりました宵闇様。

ギルドマスターから話は聞いております。

ドラゴンの素材をお持ちいただいたようですね」


「……そうだよ」


呼び方は本当に納得できないが、これが彼女の、と言うか受付の決まりだから仕方がない。

A+ランク以上の二つ名がついている者はどこまでもそれがついて回るのだ。

まあ実際問題今のギルドにはSSは私含め三人、Sは二人、A+はシルヴァ含め七人が所属しており、私のように二つ名で呼ばれる事を好んでいない者は私の知る限りもう一人しかいないから、皆にとって二つ名は誇らしいものなのかもしれないけれど。


「それでは素材をご提出下さい」


「わかっているよ。今そっち側に落とすから」


言葉と同時にボトボトッと窓口の向こう側、つまり職員のいるスペースの床に何かが落ちた音がする。

言うまでもなく、私が狩った素材だ。

手渡しするには人の目があるため、あまりに他から見て異常さがあからさまなものはこういった受け渡し方法を以前からとっていた。

イメージとしてはあれだ、財布のチャックを開けて口を下に向けて、有り金全部出す感じ。

ただ残念ながらここにチャックなどというものは存在しないためこの感覚に共感してくれる者はゼロである。


「鱗、心臓、牙、角ですね。確かに承りました。

鑑定には少々お時間を頂きますが、よろしいですか?」


「勿論だよ。ただその間に私とシル……明星(みょうじょう)がパーティーを抜ける話を他のメンバーとつけたいから、個室を借りられるかな?」


恥ずかしい。とても恥ずかしい。

けれどこれがルールなのだ、従わなければならない。

恥ずかしいけど。


「はい。それではいつもの場所でよろしいですか?」


「構わないよ。

実を言えばもうメンバーの一人と明星はそっちに行っているんだ。事後報告ですまないね」


「いえ、あそこは宵闇様の専用スペースのようなものですから、お気になさらないで下さい」


「ふふ、そう言ってくれるとありがたい。

それじゃあ話し合いが纏まったらまた来るから。

パーティー脱退の手続きも君にお願いするよ」


「手配しておきます」


いつも思うけれど、レイラは頭も回るし手際もいい。

それに美人だ。

…………………………。


「レイラさ、シルヴァのお嫁さんとかどうかな?」


「……………」


ふと思い付いてそう言えば、彼女からは何ともいえない眼差しが返ってきた。

美男美女でお似合いだと思ったんだけど。


「………宵闇様、明星様が悲しまれますよ。

それに残念ですが私には婚約者がおりますので」


「うーん、確かにシルヴァはまだ親離れが出来なさそうだね。

にしても婚約者がいるのかい?

今度詳しく話を聞かせて欲しいな」


「黙秘権を行使します」


「ふふっ、私相手には効かないよ。

長居して悪かったね。それじゃ、また後で」


彼女が照れるだなんて、随分お熱い仲らしい。

にしても最近の私は何と言うか、オバチャンになってきているような…

そう、知り合いの婚活の手伝いを至上の喜びとするあれだ。

忘れがちだけれどシルヴァはまだ十三歳になったばかりだし、さすがに結婚相手は早すぎるか。


少しだけ自分の行いを反省しつつ、二階へ向かう。

一番突き当たりにある部屋が私とシルヴァでよく利用する場所だ。

扉を開けて中に入れば、相変わらず無表情のシルヴァと(それでも格好よく見えるのだからイケメンは狡い)ぶすくれた様子の剣士が座って私を待っていた。

何だか一気に気分が下がったがここは仕方がない、取り敢えず席につく。


「さて、パーティー解散……と言うか脱退かな?取り敢えず私とシルヴァが抜ける話だったね」


早速本題に入れば、剣士はどこぞの弁護士のように大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

今にも異議あり、という声が聞こえてきそうだ。


「だから、何で抜けるんだ…ですか!」


「何でって……まあ私の理由の一つとしてはやっぱり君達の態度かな」


剣士が一瞬言葉に詰まる。

何だか勘違いしていそうな気がするのだが。


「今までの俺達の態度が原因なら謝ります。

だから抜けるのは……」


「いや、どちらかと言うと今のその仰々しい態度が」


「え!?」


なんだかコントのような会話になってしまった。

気を取り直し、真剣な表情を作る。


「私はね、宵闇と呼ばれるのも嫌いだし変に気を使われたりするのはもっと嫌いなんだ。

それにこの後オルドのギルマスからの依頼を受けなければならないし」


「……なら、これから気を付ければいいだろう!

それに依頼ならこのままのチームで受けたって…」


案外食らいついてくる。

思ったよりも根性はあるようだ。

ただ、それだけでやっていける程この世界は甘くない。

それを正真正銘こちらに生まれた彼が分かっていないだなんて、なんて皮肉だろう。


「君達は弱いから無理だよ」


「…………」


「シルヴァはまあ、合格ラインかな。

もしかしたら危ないかもしれないけれど、彼だけならその時は私が守れる。

でも君達全員をずっと守りながらじゃ、私がシルヴァにできるサポートにも限界があるからね。

一応彼の師匠という身だから、弟子の命の危機は出来るだけ避けたいんだ。

君達は弱すぎ。依頼中ずっと何人もの人間の面倒を見るのはごめんだよ」


厳しいことを言うようだが、これが真実だ。

シルヴァを死なせないようにしながら彼らを守るだなんて私には不可能……ではないけれど、面倒なことこの上ない。

何故わざわざ邪魔な荷物を持って仕事に臨まなければならないのか。

それにシルヴァと彼ら、両方が危険に陥ったとしたらまあ、今はシルヴァの望みを叶えている最中だから彼等を見捨ててシルヴァの方を助けるだろうし。

たぶんだけど将来有望な冒険者達がこんなところでこんな風に散るのは、ギルドとしても損失のはず……たぶん。


「分かっただろう、ルナは頷かない」


「シルヴァさん……」


今まで黙っていたシルヴァが立ち上がり、剣士を見据える。

あの口振りでは、私が来るまでにシルヴァの説得にかかったようだ。

そして彼は、あり得ないだろうけれど私が頷いたなら、とでも言ったんだろう。


「突然のことだから、今回の依頼の報酬は君達四人で山分けするといい。

迷惑料のようなものだ。それじゃ、今まで世話になったね」


項垂れる剣士を置いて、私達は部屋を後にした。

どこか後味の悪い別れだが、長い人生だ。

こんな別れがあってもいいだろう。

……いけない、また年寄り染みた考えになってしまった。

考えを振り払うように軽く頭をふれば、シルヴァが横から窺うように私の顔を覗き込んでくる。


「ルナ、ごめん」


「なんだい、藪から棒に。

君が私に謝らなければならないことは何一つとしてなかったと思うけれど」


シルヴァは私に対して気を遣いすぎる節がある。

そのくせ強い願いは口に出すという(弟子になりたいだとか、置いていかないで欲しいだとか)困った性格なので、私としては顔には出さないけれど困惑するばかりだ。


「酷いことを言わせてしまったから。ルナは優しいのに」


「……ふふっ、君は本当に変わっているねぇ」


私の事を優しいと評するのはシルヴァくらいだ。

どこをどうやって“優しい”と捉えたのか全くわからないが、まあ彼がそう思いたいのなら特に否定をする必要もない。


「謝る必要はないよ。

私はただ思ったことを言っただけさ。

―――そろそろ鑑定も終わった頃だろう。受付に行こうか」


「ん」


素材を換金して脱退の手続きをした後は、いよいよ面倒な依頼を片付けるためにヒルルクの元へ向かわなければならない。

この時間なら三階のギルドマスター用の部屋にいるだろうし、呼び出すよりもこちらから向かった方がいいだろう。

色々便宜を図ってもらったわけだし。

それを簡単にシルヴァに説明しながら、私達は再び一階へ向かった。









ゆっくりとシルヴァの手によって開かれる重厚な扉をくぐり、敷かれた毛足の長い絨毯を踏み室内へ入れば紫煙が私達を出迎える。


「やあ、来てあげたよヒルルク」


その出所は長椅子で煙草を燻らす部屋の主である老人。

彼は鋭い瞳を更に細めると、待っていたとばかりにその灰を落とした。


「ふん、来たか。

このぼったくりめ、あそこまでの良物とは聞いておらんぞ」


恐らくドラゴンの素材のことを言っているのだろう。

勝手知ったるこの部屋、私は特に遠慮することもなくヒルルクの正面の席についた。


「私が狩ったんだからね。当然のことだろう?

お陰で私達の懐はあたたかい。ねぇシルヴァ?」


「ん」


「おい坊主、こいつになんか言ってやれ。

お前はなんでもかんでもこいつばっかり贔屓しおって…」


ぶつくさと紡がれる愚痴混じりの説教にもシルヴァが頷く様子はない。

そこはヒルルクに乗ればいいのにと私自身思うのだが、困ったことにインプリンティングのような物なのか、彼が私に逆らうことは殆どないのだ。


「シルヴァの反抗期は一生来ないんじゃないかって私は不安だよ」


「お前……どう考えても今は思春期じゃろうが」


「え、シルヴァは異性が気になる時期なのかい?」


それは気づかなかった。

反抗の時期じゃなかったのか。

まあ彼は拾う前が全力の反抗期のようなものだったし、ある意味納得である。


「別に、女全部に興味がある訳じゃない」


「でも興味があるんだね?

うんうん、喜ばしい事じゃないか。

今夜はごちそうだね……って、どうして落ち込んでいるんだい?」


がっくりと項垂れるシルヴァ。

どうしたのだろう。

いつもならごちそうと言えば喜ぶのに。


「お前は変わらんな……

まあ、そこは坊主の頑張り次第じゃろう。―――仕事の話をするぞ」


その言葉に、ゆるみきっていた空気が一瞬で張り詰める。

ヒルルクは懐から紙束を取りだし、乱雑に放った。

いつものことながら扱いが雑である。

それを危なげなくキャッチした私達はそれぞれ書類に目を通し、同時に顔をあげた。


「これはまた……面倒そうな依頼だね」


「これだけか?

いつもはいくつか候補を出してきただろう」


依頼主は“王国”国王。

その内容は第二王子の護衛と、暗殺の首謀者の捕獲。

期限は問わないと書かれている。

正直、国のような大きなものが相手だと縛りも多いため気が乗らない。だが――――


「この依頼……要は第二王子に危険が迫っているということかな?」


「あぁ。どうやら近くに第二王子の立太子式が開かれるらしくてな。

“神童”と名高い第二王子じゃ、国外からは勿論のこと、国内からの刺客(・・・・・・・)にも命を狙われておる」


第二王子は母親の身分が低く、何より彼の兄である第一王子の存在がある。

一般的に考えて王位を継ぐのは第一王子だと考えるだろうが、“王国”の次期国王は第二王子だ。

その要因として第一王子は生まれつきの病により体が弱いこと、そして第二王子の資質がある。

ヒルルクの言うように、第二王子は幼い頃から“神童”として国内外の注目を集めていた。

勉学に秀で、武術も一流、何より革新的な政策を次々と打ち出し、昨今の“王国”の飛躍的な国力の成長には彼の存在が不可欠だったと言われているほど。

そんな彼も今年十八歳で成人を迎え、同時に王位継承権を得られる年になった。


「第一王子の一派か、それとも他の貴族か、はたまた他国か……

なるほど、確かに護衛が必要かもね」


私は書類を異空間に放り込んだ。

隣でシルヴァが驚いたように目を見開いている。

それもそうだろう。

私は権力というものをあまり好いていない。それが国ともなれば、より一層。

そんな私が、依頼についての書類を受け取った。


「受けるよ、その依頼」


それは、依頼の受理を意味する。

ヒルルクが唇の端をあげた。

彼には私がこの依頼を受けることが最初から分かっていたのだろう。


「そう言うと思っておった。

お前の第二王子への入れ込み様はらしくない程じゃったからな」


「うるさいよ」


「ふん、第二王子関連と分かればどんな内容の依頼だったとして断ったことは無いくせに、よく言う」


「…私は彼の為に出来ることなら何だってするさ」


彼は特別だ。ただ、詮索はされたくない。

もう話は終わったとばかりに立ち上がり部屋を出掛け―――ぴくりとも動かないシルヴァに気づいて立ち止まる。


「シルヴァ?どうしたんだい?」


「……!」


声をかければ彼はびくりと体を一瞬ゆらし、のろのろとこちらを見つめた。

これは……初めて見る反応だ。

ついつい心配になって傍による。


「具合でも悪いのかい?」


「いや………ルナは、依頼を受ける?」


「うん?私はそのつもりだよ。

でも、君は気が乗らないなら受けなくてもいい。

別に君を縛るつもりはないからね」


「っ、受ける!」


勢いよく立ち上がったシルヴァに思わず体を仰け反らせる。

元気がないと思ったら急に動いて、本当に一体どうしたというのだろう。

どこか必死なその様子に首を傾げつつヒルルクを見る。


「シルヴァも受けるらしいよ。

……ヒルルク、何をそんなにニヤニヤしているんだい?」


「ふん、若者を見守るのも年寄りの楽しみじゃよ。

まあ頑張るんじゃな、坊主」


「五月蝿い」


「今にも死にそうな顔をしながら言っても屁でもないわ。

状況に甘えて油断しておると、思いもよらん所から足元を掬われるぞ?」


「それは今嫌というほど実感している」


二人はいまいち分かりにくい会話をして火花を散らしている。

と言うか散らしているのは主にシルヴァで、ヒルルクはそんな彼を面白がっているだけのようだが。


「ほら、そんな顔をするものじゃないよ。

依頼を受けると決まったなら準備もしなければいけないしね」


書類によれば明後日にでも“王国”の城へ向かわなければならないようだし、時間がない。


「……ルナ、いつもより、張り切っているみたい」


「そうかな?……そうかもしれないね。

でも逆に君はいつもより気が乗らなそうだ。

別に無理をして受けなくてもいいんだよ?」


「駄目。ルナだけ行かせるなんて出来ないし………何より俺が耐えられない」


「君の言うことは時々感覚的すぎてよくわからないな。

ともかくその逆立った尻尾と耳を隠すといいよ」


何がそんなに気にさわったのだろうか。

彼がこのように警戒を露にしているところはここ最近見ていない。

少し不安は残るが、シルヴァ自身が受けると言っているのだから私に否やはなかった。


「って、こら、私を抱き上げるのは何のつもりだい?」


「足元を掬われないように」


「私の足元を気にしてどうするのさ。

君の足元を気にすればいいじゃないか」


「十分気にしてる。その結果」


「残念だけど、私には君の言っている意味がわからない」


………本当に先行き不安だ。






・レイラ 女 (22)

オルド高ランク担当受付嬢。

ルナとシルヴァにとっては馴染みの受付嬢。

実はヒルルクの姪。

現在交際二年の婚約者がおり、時期をみて結婚する予定。

結婚式にはルナとシルヴァにも来て欲しいなと思っている。

普段は冷たい印象を受ける美貌と冷静沈着な行動からオルドの氷姫と呼ばれているが、案外恥ずかしがりや。

ファンが多数存在して、彼女の親しい者だけに見せる微笑みは彼らの癒しである。

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