3-13
Side:Luna
それから数日間、再び特に何をするでもなく適度に全員を相手にしていく日々が過ぎていった。
今日もまた同じ様に幹部部屋に集まり怠惰に一日を過ごしている(勿論手合せや修行は行っているが)。
丁度この日は幹部は誰も仕事が無いようで、皆思い思いに午後(と言っても夜だけど)の一時を楽しんでいた。
ジョーカーは自室ではなくこちらで書類を読みながらコーヒーを啜り、エースはジャックとたまにシルヴァをからかって。
クイーンとキングは親子のように優しい表情で語り合っている。
闇ギルドにあるまじき長閑な光景だが、私はここのこういうところも気に入っていた。
「……平和だねぇ」
だからつい欠伸混じりに呟いてしまったのも無理はないと思う。
それに私が思っていたよりも多くの人が……と言うよりその場に居た全員が反応するとは予想もしていなかったのだ。
「ルナ、退屈?」
「まぁ、それはいけませんわ!」
「んじゃ何かすっか?
姫さんの退屈を紛らわすためにも」
「楽しそうじゃん!僕賛成」
「主は相変わらず突然だな…」
「だがいいのではないか?
妾もこの書類で今日の仕事は終いになる」
え?あれ、何この展開。
「あの、君達?何か誤解してない?
私は平和でいいなぁっていう思いでさっきの言葉を言ったのであって、決して退屈だったという訳じゃないんだけど」
「だが嬢、先程から見ていたが主は特にすることもなしにボンヤリと辺りを眺めてばかりだったぞ?」
「そう。俺も話しかけようか迷ったけど、考え事してたら邪魔すると思って我慢してた。
でもそうじゃないなら言ってくれればいいのに」
そんな無茶な。と言うかいつの間に見ていたのだろう。
二人ともそれぞれ誰かと話していたし、こちらに注意を払っているとは思わなかったな。
「あたくしもお茶のおかわりを注ごうかどうか、少し思案していましたわ」
「僕もいつくっつこうかなーって窺ってたよ?」
「ジャックお前……この二人の前でよくそんな事言えんな…
まあ俺も姫さんと話す切欠探してたけど」
皆から言われ、なんだか居心地悪い。
ぽりぽりと頬を掻けば、隣に座るジョーカーがくすりと笑い声を立てた。
また他人事だと思って笑っているな。
「だそうだぞ、ルナ。
ここはあやつらの望みを叶えてやらなければなるまい?
皆、そなたに構って欲しいと望んでおる。勿論妾もな」
ぽすりと軽い音を立てて私の体に寄りかかってきたジョーカーは手に持っていた書類を放り、唇の端を上げた。
幼女の体なのに悪女っぽいって、どういうこと。
これが体は子供、頭脳は大人と言う事か……!
――などと考えている暇もなく、後ろから腕がまわってきて耳にシルヴァの銀髪がこすれる。
「ずるい。ジョーカーだけじゃなく、俺も」
あ、これは拗ねている。
たぶん一番じゃなかったのが気に入らないんだろうなぁ。
「……この、駄犬が!軽々しく触れるなと、何度言えば分かるんですの!?」
「うわー巻き添えだけは食らいたくねぇ」
「儂も同感だ」
そしてそんなシルヴァの行動が気に入らなかったクイーンが音を立ててスツールから立ち上がり、状況を素早く読んだエースとキングがサッと距離をとる。
いや、止めるか落ち着かせるかしてよ。
「あはは!やっぱりルナ最高!!
すごく面白いし、いい匂いだし、言う事なしじゃん!
てなわけで僕も仲間にはーいろっと」
更に結構何でも楽しめるという特性を持つ夜の精霊族ジャックが私に正面から飛びつき、状況は更にカオスになった。
さっきまであった平和で穏やかな時間どこいった。
「………あぁ、もう、落ち着かないか君達!
分かった分かった、皆で何かしよう、ほら、だからクイーンは威嚇しない、シルヴァは呻らない。
ジョーカーは書類拾って片付けなよ、まったく」
何がどうなってこうなったのはさっぱりだが、先程までの空気を壊してしまったのは私の一言なようだし仕方がない。
もう少し怠惰な時間を過ごしていたかったが、逆にいい機会だ。
すぐにこことはまた暫くの間お別れだし、いなくなる前に皆でなにかやるのもいいだろう。
私の言葉にすぐに従ってくれた(こういう所ばかり素直と言うか、従順と言うか)皆を眺め、さて、言ってみたはいいものの何をしようか。
「皆はしたい事とかあるのかい?
……あ、皆でできるものだからね?」
一言目で勢いよく挙がったたくさんの手は、二言目ですぐに下がった。
……ここの面子は基本いい子達なんだけど、少し自分本位で困る。
「のうルナ、妾はまたそなたと戦いたいのだが」
「あ、ジョーカーずりぃ。皆でって姫さん言ったじゃねぇか」
「だからこそだ。個人戦ではなく団体はどうかと思ってな」
「団体?」
意味深に微笑むジョーカーの顔を見つめながら思わず首を傾げる。
それはここにいる皆で二手に分かれて戦うという事だろうか。
「そこの弟子も、最近のそなたとエースの教育によりジャックと同程度の実力を身につけたのであろう?
ならば問題はないのではないか?」
確かにまあ、そうだ。
この一月の間に色々とあったせいか、シルヴァの成長は著しい。
今ではジャックと対等に戦うことが出来る。
これでまだ儀式を行っておらず本来の力が出せていない状態なのだから、その最終的な実力はどこまでいくのか。
私としても今後が楽しみではある。
「でもこの大人数で乱闘とか、訓練室は平気なのかい?」
「恐らく持ちませんわ。
全員の魔力による圧や武術での傷で崩壊か爆発が起きてしまいますもの」
「じゃあ外でやればいいんじゃない?」
「それこそ儂等のせいでこの一帯を更地に変える気か」
皆からぽんぽんと意見が出て、あれ、案外乗り気なようだ。
エースはわくわくと顔を輝かせているし、背後から抱きついてくるシルヴァも何も言わないから異論は無いんだろう。
「そなたら、妾とルナがおるのだぞ?
そなたら程度の力に耐えられぬような結界しか張れぬと思うか」
「え、君そんなこと考えていたのかい?」
「妾とルナの魔力を繋ぎ合わせれば簡単な事であろう?
どうせだ、今宵ギルドに残っている下っ端共も歩兵として参加させるか?」
まるで国取りのような話だ。
でも下っ端かぁ。ジョーカーが幹部以外をこういう時に関わらせようとしてくるなんて、なんだか違和感を感じる。
もしそれらを参加させるなら、私とジョーカーが違う組というのはよくないと思う。
例え遊びだとしてもトップが下を率いて戦うなんて、内部分裂を誘発させる切欠になりかねない。
そういうのは彼女だって慎重すぎるくらい気を付けていたはずなんだけど……ん?まさか…
「いいじゃねえか、楽しそうだな、それ!」
はしゃいだ戦闘馬鹿の声にニィッとジョーカーの唇が弧を描いた。
エース、君の上司はかなりの策士だよ。
そして策にまんまと嵌った君はもう少し考えてから発言しなさい。
「では組合わせは妾とルナ対、幹部含むその他大勢で決まりだ」
「……え?」
「な、ジョ、ジョーカー?
その、どうしてその様なお話になったんですの?」
「ぬう……謀られたか」
「えー?ルナと同じチームじゃないとかヤだ」
「………」
真っ青になるエース(いつかのトラウマが発動したらしい)、状況に追いつけないクイーン、気づいたキングに平常運転のジャック。
シルヴァに至っては背後で硬直していた。
そんな面々を得意げに見回し、ふふん、と彼女は気分がよさそうに笑う。
「当然であろう?妾とルナは二人で“ジョーカー”の位を分ける者。
そんな妾達がそなたらはともかく詳しい事情を知りもせん部下の前で遊戯と言えど争えば余計な火種となる。
結果的に妾とルナが同じチームになるのは当然のことよ」
「でもそうなると問題はパワーバランスの傾きだ。
私かジョーカー、どちらか一人ですら幹部誰一人として歯が立たないのに、そんなのが手を組んだら相手チームの敗北は決定的。
なら自然と組合わせはそういう形に持っていくしかなくなる……そうだろう?」
後をついだ私の言葉に、ジョーカーは満足げに頷いた。
「結界も妾達で張ってやろうと言うのだ、よいハンデであろう?
それに先だっての買い物で、ちょうどジャックと“ジョーカー”の位階について話したところだ。
いい機会なのだからそなたら総出で“ジョーカー”に反乱を起こしてみればよい」
「わぉ、これがホントの下剋上ってやつかい?
いいね、これで私達が負けたら位階を譲るか」
「ふふ、それもよい。どうだ、なかなか趣があろう?」
なんだか話している間に段々私も楽しくなってきてしまった。
くつくつと笑む私達を幹部組は少し遠巻きに見ている。
あれ、顔色真っ青なんだけど。
「る、ルナ」
「ん?どうしたんだいシルヴァ」
背後からの声に怪しい笑みを消し振り返れば、彼は困ったように、縋るように私を潤んだ目で見つめた。
あれ、デジャブ。雨に濡れたミカン箱の中にいる子犬の映像が脳裏に浮かぶんだけどどういうこと。
「俺は?俺は闇ギルドの人間じゃないから、ルナのチームがいい」
「あ、弟子テメ、ずりぃぞ!
お前も当然こっちに決まってんだろうが!!
お前だけこの恐怖から逃げるなんていいわけあるか!」
騒ぐエースを(どうやらこの間のことが相当堪えているようだ。いいじゃないか、教育的指導だよ)完全に無視してシルヴァは上目づかいまでしてくる。
彼の方が顔が上にあるはずなのにどうしてそんな芸当ができる。
「ルナ、知らない人間は怖い。ルナと一緒がいい」
「はぁ!?何かわい子ぶってるのさ弟子!
そんな殊勝なとこ僕見たことないんだけど!?」
「それに俺は正規の人間だから、正体がばれたら一斉攻撃されるかもしれない」
「ジャックと変わらない実力ならば主も下っ端程度問題なく倒せるだろうが……」
「俺はまだ弱いから、こんな風にルナに頼らなくちゃいけない…」
「嘘おっしゃい!そんなわざとらしい言葉、思ってもいないくせによく言えますわね!!」
「ルナ、だめ……?」
外野のヤジをものともせずに駄目押しのように小首を傾げるシルヴァ。
……うっ。こ、子犬が…子犬が濡れた体を震わせながらこちらを見上げる映像が…
私のミジンコ程度になった良心がまたガリガリ削られる音が聞こえる(幻聴)。
チラと隣のジョーカーを窺えば、彼女は呆れた顔でシルヴァと私を見ていた。
どうやら呆れてはいるが所々正論でもあるため好きにしていいと言いたいらしい。
「……うん、そ、う…だね」
「……!ルナ、ありがとう!!
嬉しい。ジョーカーも、感謝する」
瞬時に耳と尻尾をはやしスリスリとすり寄る彼を撫でてしまうのは、彼が可愛い弟子であると同時に私が可愛いもの好きだからだ。
脳内の子犬はまたも私の手により連れ帰られることになる。
同時に背後で騒ぐ皆に対して、そっと心の中で謝っておいた。
***Side:Jack***
ギルドにいた全員を皆で手分けして外に出して、最後の奴を蹴りながら出た外は文字通り別世界だった。
ついこの僕が少しの間固まっちゃうぐらい。
暗くおどろおどろしい雰囲気の森に包まれていたはずの僕らのギルドは、何故か空にはピンクの綿雲、ふざけた真っ赤な太陽が僕らを照らして、空の色は真っ青だ。
地面はふかふかの草となんだか赤地に白の斑点を持った牙のある、いかにも人食べますよといった雰囲気の花が丸い穴から顔を出している。
そして空中には“?”と書かれた――なんだろう、四角い箱?が浮いている。
魔術で辺りに充満する濃すぎるルナとジョーカーの魔力をどうにか解析してみれば…
「……ルナ、有り得なさすぎ」
これ全部、ルナの空間魔法だ。
それを覆うようにジョーカーが補強もかねて結界を張っていて、たぶんこれ、よっぽどのことがないと破れない。
それこそ世界が崩壊するくらいの衝撃とかさ、ハハハ…
それに変な条件付けを空間魔法にかけたみたいな跡があるし……たぶんあの浮いている箱とか凶暴そうな花とかがその産物なんだろうなぁ。
「よ、流石にお前も驚いただろ、ジャック」
「……エース」
改めて戦わなければならない相手のレベルの違いに頭を抱えていると、すぐ傍にエースがやってきた。
「“ハート”はこれで全部か?」
「そう。“スペード”はもう全員出てきたの?」
僕達闇ギルドは力が全てで、互いに協力体制をとったりは殆どしない。
けれどギルドである以上ある程度の規律も必要なのは真実だ。
そこでルナとジョーカーはギルドの人員を大きく四つに分けた(らしい。僕は新参者だから又聞きだけど)。
“エース”率いる“スペード”。
“キング”率いる“クラブ”。
“クイーン”率いる“ダイヤ”。
“ジャック”率いる“ハート”。
その四つで例えば正規ギルドが攻めて来たとか、大群の魔物を相手取る時に戦うことになっている。
また率いる者である僕達四人の幹部は自らの絵柄のメンバーがギルドにとって害となったとき、それを粛正する義務が与えられているのだ。
後は同じ絵柄の者達が同じ食堂でご飯を食べるし、同じ階で寝るし、一緒にギルドの掃除をするってことがあるかな。
「エースはいいよね。魔力無いからこれがどれだけ規格外な事かも分かんないんだもん」
「おま……あのなぁ、俺一回姫さんとジョーカーにしめられてんだぜ?
そこらの奴よりよっぽど恐怖が身に染みてるっつーの。
……あ、それで言えばお前も立派なトラウマか」
その言葉に本気で鳥肌がたった。
せっかく忘れられてたっていうのに!!
「止めてくれない?僕ほんとあの時の事思い出したくないんだよね。
冗談じゃなく死ぬかと思ったしあーもう何で僕あっちのチームじゃないんだろう。
弟子みたく多少狡くてせこくてあざとくてウザったいことしてでもルナと同じチームになればよかった…」
「……悪い、案外お前いっぱいいっぱいだったんだな」
「――ちょっと貴方達、何を遊んでいますの?」
あ、クイーンとキングだ。
二人の登場で一応過去の恐怖から思考が逸れた。
「もうすぐ始まりますわよ?貴方達の隊は何人おりますの?」
「スペードは七十二」
「僕のところは二十九かな。結構依頼入って外出ちゃったみたいで」
「ふむ……なるほど。少し待て。陣形を組む」
僕達の中で参謀役はもっぱらキングだ。
エースは戦闘馬鹿だし、クイーンも僕もそういう役割には向かない。
ジョーカーは作戦なんて必要としないくらいに強いし。
「ジャック隊長!」
「……ん?」
キングの考えを黙って待っていれば、ハートの……名前は忘れたけど、とりあえず隊員達数名が話しかけてきた。
僕の事をチビだとかガキだとか馬鹿にしない(まあ馬鹿にした奴は皆フルボッコにしたけど)まあまあ良い奴等。
「それに他の隊長方も……あの、これは一体どういう状況なんでしょう?」
あ、そう言えば何の説明もなしにただ戦闘準備だけして外に出ろって脅しつけたんだっけ。
他の近くにいた奴らも耳を欹ててるみたいだし、後の三人も自分の隊に何の説明もしなかったんだろうなぁ。
「あー……何ていうか」
ちら、と隣に立つエースを見上げてみる。
先輩でしょ、何とかしてよ、という意味をこめて。
あ、顔そらした!
「ま、まあ、ひ、暇つぶし……?」
暇つぶしで僕達アリンコみたくプチッと潰されちゃうんだ。
とまでは流石に言えなかったけど、たぶん僕ら幹部組はうっすら同じような思いを抱いていると思う。
いや、途中までは賛成だったよ?
いい感じに力の配分考えてチーム組めば白熱した戦い出来ると思ってたもん。
それがまさかこんなチーム分けになるなんて思わなかったからさぁ……
「へ?暇つぶし…?」
分かんないよね、ごめん。
流石の僕でも申し訳なくなって(だってちゃんと説明しないとこいつらは状況を理解すら出来ないうちにプチッとやられちゃうわけでしょ?理解ぐらい最低限の権利だよね?)言葉を付け足そうとした時、ぶわりと辺りにルナの魔力が集まって、思わず僕は反射的に魔力を集中させた。
それはエース達も同じだったみたいだ。
ポカンと固まっている隊員たちを余所に、冷や汗を垂らしながらそれぞれの得物に手をかけている。
『――あー、てすてす。マイクテストだよー』
響いたのはいつも通りの声音だったけど、警戒を解くなんてできない。
だってここ、もう戦場なんでしょ?
くすりと笑い声が魔力を介してその場に伝わって、僕達はびくりと体を震わせた。
『あはは、そんなに怯えないでよ。
まるで私が弱い者いじめをしているみたいだ。
攻撃はしないから、警戒態勢はやめなって』
『ふむ……無理なことではないか?
あやつらはあれで戦いというものを分かっておる。
恐らく得物を放せんよ』
『えー、今からそんなんじゃ疲れちゃうよ?
……まあ、いいか。ともかく姿も見せずに会話するのは失礼だし、一応顔を出そうかな』
その瞬間青空に大きくルナとジョーカーの姿が映し出された。
すでにルナは“ジョーカー”として仮面を纏っている。
『やあ皆、こんにちは。いいや、こんばんは、かな?』
『ルナ……』
『分かっているよジョーカー。ふざけ過ぎには気をつけよう』
じとりとルナを睨んでいたジョーカーはまあよい、と気を取り直したように僕達の方へ視線を向ける。
翡翠色の瞳に射すくめられて、彼女は何もしていないのに背筋が粟立った。
『皆の者、聞け。久方ぶりに妾の――“ジョーカー”の片割れが戻った。
古参の者は覚えもあるかもしれぬが、この者が妾と同じくこのギルドの創始者、第一の位階を持つ者。
此度はそれを祝い遊戯をしようと思うてな』
『君達が今いるここは、私とジョーカーで創った幻想世界だ。
でもしっかり実体があるから気を付けてね?
私は久しぶりにここに戻ったから、今の闇ギルドの実力とやらがいまいち分からない。
それを確かめるためにこの場を用意してもらったんだ』
嘘つけ、暇つぶしのはずだっただろう、と僕達四人全員が思った。
それが伝わったようで、しばらくした後に顔で唯一露出している唇を微妙な感じに歪めてルナは言葉を変える。
『あはは、ごめん、嘘。
つい暇だったからゲームでもしようと思って』
『妾達“ジョーカー”がそなたらの対戦相手だ。
ルールは至極簡単、妾達の片方でいい、どちらかを倒せばそなたらの勝ち』
『君達全員を倒せば私達の勝ち。すっごくシンプルだよね?』
『それにただ働きではそなたらが哀れと思うてな、褒美を用意した。
そなたらのうち、どんな手を使っても構わぬ、妾達のどちらか一人でも倒せればその者が次の“ジョーカー”だ』
ざわ、と下っ端達がどよめく。
あ、あれ本気だったんだ。
『後、色々と君達にハンデと罠を用意しておいたよ。
宙に浮かんでいる箱や変な花が確認できているよね?
クエスチョンマークがついている箱はハテナボックスと言って、まあ簡単に言えばびっくり箱かな。
それに攻撃すると――うん、出来れば頭突きがいいんだけど、高望みはしないよ。
…ともかく攻撃すると、ボックスから何かが出てくる。
例えばキノコとかね。
キノコには赤と緑があって、赤を食べれば巨人化、緑は回復だよ。
後、花や羽、狸の着ぐるみなんかが出てくる場合もあるかな。
花だと炎を出せるようになるし、羽だと空を飛べるようになる。
狸の着ぐるみは――着てからのお楽しみだね。
で、赤地に白ドットのキュートなお花は……パッ君とでも呼んでくれるかい?
パッ君は案外シャイでね。近づくと勢いよく攻撃してくるんだ。
今生えている土管の中に隠れていることもあるから、土管の上を通る時は気を付けてね。
そしてそして実は、ハテナボックスからはもう一つ出てくるものがある。何だと思う?
……ふふっ、ドラゴンだよ!』
あ、詰んだ。
たぶん僕ら全員が思った。
『あぁ心配しないで。出てくるドラゴンは皆温厚なんだ。
きっと君達を乗せて運んでくれる。
でもヨッ…ドラゴンが出てくる確率は低いから、そこは運次第かな。
他にもパッ君同様君達を阻む敵としてボムとかクリとかいるから、まあ会って戦ってみてよ』
『ルナ、ひとつ説明を忘れている』
『え?……あ、そっか。
ワンワンの紹介がまだだったね』
ワンワン……?
『君達を阻む敵の一人、可愛い番犬のワンワンさ』
す、とルナの横に立った姿を見て、僕達は四人でふき出した。
真っ黒な目深にかぶられたフードから生える同色に染められた耳。
のぞく首元には首輪代わりにシックなリボン。
全身黒ずくめになった彼は、うん、弟子だ。
にしてもワンワンって……!
あれだけ犬と呼ばれるのを嫌がっていたくせに、少し嬉しそうにしているのが何とも言えない。
まあたぶんパッ君とかボムとかクリとか、ルナなりにちゃんと意味のあるネーミングなんだろうけどさ。
『彼も君達を阻む壁になるから、まあ頑張って』
『妾達はそなたらのいる位置から北へ向かった先の古城におる。
道が続いておるのだから迷うことはなかろうが、それではそなたらの攻め手に欠けるからな。
空に地図を描いておく。それで策でも組めばよい。
せいぜい妾達の血を熱くさせてくれ』
『それじゃ、まってるよー。……愉しませて、ね?』
最後にひらひらとこちらに手を振るルナを映して、映像は途切れた。
しばしその場を沈黙が襲い―――ワッ、と歓声が上がった。
「おい聞いたか、ジョーカーの地位だってよ!」
「これだけの人数がいるんだ、いくらジョーカーでも…」
「ああ、いけるぞ」
「手前、抜け駆けは許さねぇからな!」
「バーカ、お前こそだろ!」
「勝てるに決まってる、幹部四人だってこっちにはいるんだぜ?」
「幹部の誰かがジョーカーになれば、その位置、空くよな…?」
どうやら下っ端達は相手がたった三人であること、それに対しこちらが百を越し、且つ僕達幹部組がいることで簡単に勝てると思っているらしい。
わいわいと勝利を疑いもしないで騒ぐ下っ端達に対して、僕達は通夜会場にいるみたいな空気で真っ青になっていた。
「……ルナ、愉しませて、って、言ったよね…?」
「ば、ばばば、馬鹿じゃねぇの、聞き間違いだろ、空耳だ、きっと、幻聴だぜ?」
「ジョーカーも、血を、熱くさせろ、と…」
「……終わったな」
そのまま何も言えず黙った僕らは、一瞬の後自分達に出来る全力でその場を離れた。
直後空を裂く轟音とともに雷が大地を焼き、僕達と違ってそれを察知できなかったやつらが攻撃をもろに受ける。
『……言い忘れてたよ』
酷く平坦な声が全体に響き渡って、僕の手は情けないくらいに震えた。
冷や汗も止まらない。
なんだよ、馬鹿じゃないの?落ち着けよ自分。
避けられただろ?この場にルナはいないんだぞ?
『あんまりご褒美やハンデが過ぎて、君達がキングの指示に従わなければそれこそ簡単に私達が勝ってしまう。
そんなのつまらないだろう?私は愉しませろと言ったんだ。
……だからさ、そういう無駄にテンションあげるの、止めてくれない?』
シン、と先程までの馬鹿騒ぎが嘘のように静まり返った場。
それを睥睨してルナはにっこりと笑った。
『あはは、なーんてね。
言い忘れたっていうのはさ、今みたいにやられちゃった場合。
ちょっと死んだみたいに思ったかもしれないけど、死んでないから。
致命傷になると判定される傷を負ったら問答無用でその場から離脱するんだ。
というわけでさっき私の雷に当たった彼等は本当のギルドの周囲に広がる森に転送されているし、君達もそうなるから。
……後、幹部の皆はさ。私達、特に期待しているから』
そしてまた一気に冷えた声音に、僕達は息を呑んだ。
『失望させないでね?』
「……っ!」
圧倒的な上位者の、支配者の視線、声、威圧。
これに逆らえる人間がいたら、それはただの同種だ。
ルナとジョーカーが見ているかも分からない、いいや、きっと見ているんだろう。
その状況下で僕達四人は即座に片膝をつき頭を垂れた。
震える唇をぎこちなく動かして、乾ききった咥内をどうにか唾液で潤してその命に従うしか、僕達には許されない。
「……我等が“ジョーカー”の、命じるままに」
******
魔術を切って、私はそこにある長椅子に勢いよく寝転んだ。
その瞬間座っていたシルヴァに体を引かれ、その膝を枕にする体勢に持ち込まれてしまう。
でもまあいいか、快適だし。
ついでに邪魔な仮面はその辺に放っておいた。
「ふふっ、少しおどかしすぎたかな」
「……よく言う。随分と楽しそうであったぞ?」
けれど私の顔を上から覗き込んで言うジョーカーだって楽しそうな表情を隠せていないから同罪だ。
「こんな大掛かりな遊びを初めてしたから、随分はしゃいでしまったよ」
「であろうな。魔術を使い過ぎではないか?」
「全体の量としてはまだ四分の三くらい余っているよ?」
「ならばよいが……
にしても弟子、そなた案外似合っておるな」
しげしげと改めてシルヴァの全身を眺める彼女にならって、私も彼を見つめてみた。
確かに、瞳が薄墨だからか黒に違和感がない。
でもいくらワンワンらしさを出したかったからって、やっぱり髪まで黒く染めることは無かったかもしれない。
あぁでもシルヴァは銀髪が有名だし…
何とも言えない、表現しづらい思いが渦巻く。
その姿に違和感がないから、変な風に懐かしく悲しくなってしまいそうになるんだ。
「なら嬉しい。ルナとお揃い」
「……私は、銀髪の君の方が好きだ」
「……………」
あれ?シルヴァが真っ赤になってる。
そんなに恥ずかしい事を言ったつもりはないんだけど。
おかげで変な感傷が吹き飛んだからいいけどね。
「ルナ、そなた少しは弟子を気遣ってやれ」
「え?私気遣えてないのかな?」
結構色々気遣っているつもりなんだけど。
そういう意味を持たせて問い返せば、はぁ、とこれ見よがしなため息を吐かれた。
そのまま彼女は付き合ってられないとばかりにこちらに背を向ける。
「ルナはしばしの間寝ておるとよい。
暫くは様子見になるのだし、あやつらがここへ辿りつくのは数時間後。
それにその方が弟子の動きもよくなりそうだ」
妾はあやつらの様子を監視しつつちょっかいをかけて楽しもう。
そう言って部屋を出ていってしまった。
何だったんだろ、一体。
シルヴァはと再び彼を見上げようとすれば、目蓋に手がかかって視界が塞がれた。
「こら、シルヴァ?」
「駄目。俺は今、たぶんすごく情けない顔をしている」
「意味が分からないのだけど」
「ルナはジョーカーの言った通り寝る。
この後戦うんだから、また眠くなるんだろうけど…」
そこでシルヴァの声が気遣わしげに小さくなった。
そういう風にされると何だか罪悪感がわいてしまう。
別に、自分でそうしていることなのに。
「私は戦いを楽しいと思っているから、この状況は喜ばしいものなんだよ?」
「でも自分で自分を強制的に眠らせるのは、良い事じゃない」
「流石に分かってはいるけど……いや、この話はやめよう。
わかった、君の言う通り大人しく寝るよ。
一時間程経ったら起こしてくれるかい?」
「ん」
ここで問答を始めても無意味だろう。
私はそういう生き物で、シルヴァはそんな私を何故か心配する変な子だからきっと仕方がないのだ。
今はもうすぐ始まる戦いのために体を休めるのも悪いことではない。
それに、やわらかく髪をなでるこの手も、悪いものではないから。




