3-11
Side:Luna
さて、ようやく着いた。
思いきり伸びをしようとして手の重さに気づく。
そう言えば手、繋いでたんだっけ。
仕方なく肩をくるりと回して慣らし、待っていてくれた三人に微笑んだ。
「お待たせ。それじゃあ適当に回ろうか」
こんな風に闇ギルドのメンバーと買い物に来ると大体そんな感じだ。
まあ全員でというのはギルドの運営や防衛面から不可能なことだけど、個々では結構一緒に買い物をする。
相手がジョーカーなら事務用品を買いつつ自分達の日用品だとかを互いに選びあったり、クイーンなら服や小物を物色。
エースだと露天をひやかして食い歩きして、キングとは本屋巡りでひたすら立ち読みとか。
ジャックとはまだ経験がないけど、今回は女子主体の買い物だしいいだろう。
勿論シルヴァとジャックに見たいものがあればそちらにも付き合うつもりだ。
「いえ、ルナ様」
いつもの通りふらりと歩き出そうとした私を止めたのは、いつになく真剣な様子のクイーンだった。
激しく嫌な予感がする。何故だ。
「……何かな?」
「今日はあたくし、ルナ様をコーディネートしたいと思いますの!」
「……ちなみに、そのココロは?」
「駄犬にできてあたくしに出来ないなんて事、ありえませんもの!」
やっぱりか。
何でこうも張り合おうとするかな…
けれどビシッとシルヴァを指差した彼女は引く気配がない。
ここは従っておくか。
「わかったよ、君の望んだ通りに。
でも他の皆はどうするんだい?」
「それがね、ルナが来るまで皆で話してたんだけど、どうせなら勝負しようってなったんだ」
ジャックは機嫌良さそうに言うけれど、たぶんそれ提案したの君だよね?
この面子でそんなことを言い出しそうなのは彼しかいない。
「勝負……?」
「あ、弟子も参加する?
ここにいる皆でルナに自分が着せたい服選んで、誰のが一番気に入ってもらえるか。
選ばれた人にはルナと二人っきりで食事の権利が!」
「やる」
「シルヴァ、君、即答かい…?」
しかもなんだそれ。
滅茶苦茶責任重大というか、選ばなかった人に対してちょっと気まずい。
思わずジョーカーを見てしまう。
止められるのは彼女だけのはずなのに、見捨てるなんて酷くないかな。
身に覚えがあるのか視線はすぐにそらされた。
「……すまぬとは思っておる。だが妾も必死だったのだ」
「……はぁ。わかったよ。きせかえ人形になればいいんだろう。
それで?服はどこで選んでくるつもりかな?」
今いるこの場所はいくつもの店が密集して建っている。
服を扱う店をすべて回るとか、そんな面倒そうなことは嫌だ。
「そこは僕らも考えたから平気。
1つの店で全員が選ぶことにしたから」
「一人が選んでいる間、他の者と近くの店で休んでいて下さいな。
全員が選び終えたら店に向かって頂き、どれが誰のものかわからない状態で試着して選んでいただきます」
やっぱり試着はしないと駄目か…
「なるほどね…
それじゃあその店とやらに行こうか。
どこにするかは決めてあるんだろう?」
「うむ。ジャック、案内せよ」
「はーい」
スキップしながら先頭を歩くジャックに続いて、私達もそれぞれ歩き出す。
左右には建ち並ぶ建物、その隙間を埋めるように所狭しと屋台が並ぶ。
今日もかなりの人出のようだ。
初めて来る場所だから、シルヴァは歩きながらキョロキョロと周囲を見回している。
何だかその様子が可愛らしくてつい笑みが漏れた。
「……ルナ?」
「あぁ、すまないね。
この場所の事がとても気になっているようだから。
でも前を見ないと人にぶつかってしまうよ?」
「気を付ける…」
「ふふっ、冗談だよ。
少なくともここでは、君が誰かにぶつかる可能性は殆ど無いと言っていい」
「?」
きっ、と顔を引き締め、続く私の言葉にポカンとする姿が(まあ端から見たら表情など殆ど変わっていないのだが)また笑いを誘う。
恨みがましげに見つめられたけれど、こればかりは仕方がない。
それにこういったシルヴァの子供らしい一面を久しぶりに見て、どこか安堵した自分がいたから。
自分の予想とは違った結果。もたらされた回答。触れる熱の温度。
そのどれもが私を惑わせ動揺させたけれど、彼はまだ子供だ。
子供が突拍子もない事をして大人を戸惑わせるのは当然の事で、私が焦ることはないのだと余裕を持つことができる。
――よかった。やっぱり違った。
私は私のまま、ずっとあの時のままだ。
「ここは“教国”の闇市だよ。
お尋ね者だとか、闇ギルドのような少し世間と関わるわけにはいかないような人間が店を開いて、同じ様な人間がここで買い物をするんだ」
似たようなものはどの国にもあるけれど、ここが一番規模が大きい。
詳しい位置までは流石に教えられないが、これくらいの解説は許されるだろう。
「それで他人にぶつかる心配だけど、皆道を開けてくれているだろう?」
「確かに、そう。それにすごく見られてる」
「まあこれくらいは仕方がないさ。ジョーカー達がいるからね。
ここでは彼らは大きな力を持っているから、こんな風に一目おかれているんだ。
そしてそんな彼らと一緒にいる私達も絡まれたり財布をスられたり恐喝されたりいいカモにされたりは無い。
あとここは無法地帯だから、闇ギルドの彼らと正規の私達が一緒にいても何も言われないのさ」
胡散臭い仮面をつける必要もないし、私としては万々歳だ。
皆どこかしら後ろ暗い所があるから、密告とか出来ないんだよね。
私だけなら密告されて正規ギルド辞めてもいいけど、シルヴァは流石にそういうわけにはいかないから注意しなければいけない。
「便利」
「そうだね。それに品揃えもいいんだ。……まあ、訳アリ商品だけど」
ちなみに訳、というのはその入手経路だとかにそこはかとなく犯罪臭がするためである。
「上手く値切ればいいものも安く手に入るよ。ほら、あんな風に」
ちょうどいい例があったので、授業に使わせてもらった。
指先で示した店では、店主の大男と客の中年男性が値段交渉をしているところだ。
「…………あれが、値切り?」
あ、シルヴァが滅茶苦茶微妙そうな顔をしている。
「俺には強盗をしているようにしか、見えない」
「あはははは」
だってここ闇市だし。
ただ口先だけの交渉じゃなくて、体を使わないとね。
店主の喉元にナイフの先を突きつけているのはまぁ、自分はこれだけ強いのだという示威行為だ。
「でも殺しはしないよ?
ここで殺しはご法度だからね。
せいぜいがああして少しの実力行使くらいだ。
後で私もお手本にやって見せてあげよう」
「………楽しみ…?、にしてる」
うーん、これでいいのかと思いつつもそう言うところがこれまたピュアだ。
「ついたよー!」
説明が終わったところで、タイミングよくジャックが振り返る。
彼の背後に建っているのはかなりの大きさの建物だ。三階建て、かな?
「ルナは知らんか。
数年前に出来た店でな、なかなか良いものが揃っておる」
「ここで君達が服を選んでくれる訳だね?で、誰から行くんだい?」
さっさと終わらせたいし、サクサク進めていこう。
「そりゃ勿論言い出しっぺの」
「あたくしですわ!」
「…なるほど」
燃え上がる闘志と言うか、強く拳を握り締め仁王立ちする姿はいい感じに女王様だ。
この姿、世のドM男性は喜ぶだろう。
あ、でもクイーンはドSに見せかけたMだからそういう人とは上手く行かなそう。
「制限時間は一人一時間。
その間ルナは残ってる面子と好きなことしようね」
「わかったわかった。
それじゃあクイーン、いってらっしゃい」
「頑張ってきますわ!」
ひらひらと手をふって彼女を見送れば、可愛らしい笑顔でやる気満々に去っていく。
あの情熱の一欠片でも彼氏をゲットすることに向ければいいのに…
嫁ぎ先(?)とかのことでキングがハゲたりしないか実はちょっと心配なのだ。
「さて、私達はどうしよう?」
「妾は事務用品を買わねばならぬ」
「僕は特に欲しいものないなー。
強いて言えば美味しいおやつを食べたいくらい」
「俺はルナとここを回ってみたい」
………何とも協調性があるんだかないんだか。
でも一時間ずつ人が入れ替わる訳だから、少しは考えないといけないな。
「二手に別れて一時間後にまた集合しようか。
次に誰が行くのか分からないけど、事務用品を買い忘れる訳にもいかないし、だったらぶらぶら回るつもりの私がいても邪魔だろうし…」
「む、邪魔ではないぞ?
そもそも一緒に来たときにはそのようにして買っておるだろう」
「そう?じゃあ四人で事務用品扱ってる店を中心に回ろうかな」
幸いここはどんな品物を扱っているかで店の建つ位置が決まっている。
事務用品に狙いを定めたのなら1つの区画にまとまってあるいくつかの店に入れば事足りるのだ。
「やっぱりルナがいないと来た意味無いもんね!弟子は残念そうだけど」
「別に、普通」
「またまたー」
やっぱり仲が良くなっている気がする。
こうやって関わる人間が増えていくのはいいことだ。
二人を観察していれば、少しの呆れ顔で同じくシルヴァ達を見つめるジョーカーと目があった。
互いに肩を竦めて苦笑いする。
「行こうか」
「そうだな。ジャック、いつまで弟子をからかっておる。
そなたは今回、妾達の荷物持ちであろう?」
「シルヴァもほら、色々見て回りたいんだろう?」
まったく保護者は大変だ。
取り合えず最初に私達が向かったのはこの闇市で一番大きな店だ。
基本的に何でも屋で、ジョーカーの求める事務用品も大抵の場合この一店で事足りるので重宝している。
それだけじゃなくて本だとか雑貨だとかも置いてあるから他のメンバーも個人的に足を運ぶことが多い。
「いらっしゃぁい!フェルムの何でも店へようこそぉ!
……って、闇ギルドご一行様じゃないですかぁ!お久しぶりですぅ」
少し語尾が独特な声で迎えてくれたのは……うん、知らない少女だな。
たぶん私が表中心に動いている間、新しく入ったバイトか正社員だろう。
ちなみにこの店はフェルムの何でも店と言い、フェルムというのが店主の名だったはずだ。
本名かどうかは知らないけど。
「うむ、また寄らせてもらった。
紙とインクと羽ペンが欲しいのだが」
「はぁい。量はどのくらいですかぁ?」
「紙はあるだけ、インクと羽ペンはセットで十程もらおうか」
「……結構な量ですけどぉ、大丈夫ですかぁ?」
少女の心配もわからなくもない。
今まで私のいない間は亜空間が使えないから、ちょっとずつこまめに買うか大量にギルド員を引き連れて彼らに運ばせていたんだろうし。
闇ギルドにも亜空間につながるバッグとか皮袋とか、あげとけばよかった。
昔は結構入り浸っていたからそんなこと思い付かなかったんだよね。
「大丈夫!俺、空間魔法覚えたから!ね、ルナ?」
「そうだね。今の君なら容量的に300キロまでなら亜空間に収納できる筈だよ」
一回の買い物では流石にそこまでの重さのものも買わないだろうし、これからたくさん空間魔法を使っていくにつれて容量も大きくなっていくだろう。
買い物での荷物持ちが修行の一貫というのもあながち間違いではない。
そして少女はジャックの言葉でようやく切欠を得たとばかりに、興味津々で私達を窺った。
「所であのぅ、そちらのお二人様は?」
「え?あぁー…」
ジャックがちらちらと私とシルヴァを交互に見つめる。
言っていいのか迷ってるんだろうな。
でも私としてもこの少女がアルバイトなのか正社員なのかによって話が変わってくる。
「君はこの店のバイトさんかな?」
「いえいえ、私は正社員ですよぅ。
と言うか、これでも跡継ぎ候補なんですぅ」
「え、店主孫がいたの?」
「はいぃ、隠し孫ですぅ」
ならいいかな。隠し孫っていうのはともかく。
でも問題はシルヴァだ。
くい、と手を引いて頭の位置を下げてもらい、耳元で内緒話をする。
「君、どうする?正規ギルドの身分は隠しておくかい?」
「俺はどっちでもいい。でも隠しておいた方が安全?」
「いや、闇市自体はたまに正規の人間も利用するんだ。
情報を集めたりとかで結構役立つからね。
それにこの店はしっかりしてるから、情報漏洩はまず心配しなくていい」
「なら構わない」
「じゃあ言っちゃうね」
「ん」
話がまとまったところで再び少女に目を向ける。
話の最中嫌な顔をしたり口を挟まないのは店主の教育が行き届いている証拠だろう。
これならまあまあ信用できる。
それに次期店主とはいい関係でいたいし。
「まあ簡単に言うと、私は宵闇という名前で正規ギルドに所属している闇ギルドのジョーカーだよ。
店主から何か聞いていないかな?
彼となら顔見知りなんだけど」
「あらぁ、それなら貴女が噂の第一の位階の姫様ですねぇ。
よくおじいちゃんが話してくれましたぁ」
…………。
「その呼び方、何とかならない?」
「それではおじいちゃんみたく一位様でぇ。
お初にお目にかかりますぅ。
次期店主候補、ミルカですぅ」
「よろしく。たぶん名前は覚えないと思うけど」
我ながら失礼な発言だが、少女はへろりと笑ってわかってますぅ、と頷く。
「おじいちゃんが言ってましたぁ。
一位様は人に興味がないからぁ、よっぽど深く関わらない限りは名前を覚えないってぇ」
「あぁ、当たっているね。
それでこっちは私の正規の方での弟子。
ランクA+の明星という子なんだけど」
「あらぁ、有名人に一日でこんなに会えるなんてぇ。
闇市でもたまに噂が流れてますよぉ?
正規に強い新人が現れたからぁ、裏の人間は警戒した方がいいってぇ」
「おや、人気者だね君は」
「そんな人気は嬉しくない」
もっともだ。
取り合えず紹介はこんなところだろうか。
少女もそれを察して商品の準備をしてくると言い、奥へと消えていく。
さて、私も店の中を一周したいな。
基本的に買い物では全部を見たい派だし。
事務用品はまぁ、旅では使わないし……あ、そういえばタイツないんだっけ。
ここ売ってたかな……それにこれからもっと寒い地方にいくし、他の防寒具もいるのだろうか。
亜空間に全部突っ込んでいると何が足りないのかいまいち分からないって言うのが不便だよね。
お、あの便箋可愛い。
でも小さいものの方が使い勝手がいいし、手紙としては使わないからなぁ…メモ帳、かな。セイへのちょっとした贈り物に添えることか、シルヴァに対する書置きとかにしか使わないんだし。
あ、あの小物入れお洒落……って、家もないのにいらないか。
でもちょっとしたポーチとかそういうのに纏めとくっていうのも……
「ルナ、ほんっとに自由に動くんだね」
「ん?………あ」
ジャックに言われて気づいたけど、シルヴァと手繋いでたんだっけ。
ずっと無言で縦横無尽に店内歩き回ってたけど、手を引かれたり引っ掛かったりしないから普通に自然に一人の気持ちだった。
「つい……」
「別に俺は構わない。
物を選んでいるルナを見ていれば退屈しない」
「弟子、それもどうなのさ…」
ジャックの言う事も尤もだ。
何より隣に立つ彼は見上げれば不思議そうに首を傾げるけれど、買いたいものとかがきっとあるだろう。
「君も見たいものがあるんじゃないかい?」
「見たいものは……あ、ひとつだけある」
「そうなの?それじゃあ……」
「でもルナがいないと駄目」
別行動にしようと思って手の力を緩めたのだが、シルヴァは逆に力を強めて私の手を引き店内のある一画に向かった。
髪飾りなどの装飾品をあつかっている場所である。
「さっき少し見て気になってた」
並べられた髪飾りから銀のリボンを手にとって、私の髪にあてる。
「……やっぱり、似合う」
ふ、と微笑んだ彼はそのままレジへ向かった。
当然私も手を繋いでいるので後に続く。
って、え、あれ?
「えっと、シルヴァ?」
「“王国”の城で、俺もルナにリボンを贈るって言った。
ルナも楽しみにしてるって。だから、いい?」
そう言えばそんな話もした気がする。
「セイが金だったから、君は銀かい?」
「そう。俺の髪の色。それに今日の服にも似合う。つけてくれる?」
「……そう、だね。
と言うか、もしかして最初からそのつもりでこの服を選んだのかい?」
「そう。この色には金より銀」
うーん、いつの間にか我が弟子は計画性のある子に育ったみたいだ。
普通そんなことまで考えるかな?
弟子の成長が喜ばしいようなそうでないような。
「おや、一位様じゃないですか。お久しぶりでございます」
そしてレジ担当はこの店の店主だった。
くそう、なんてタイミングだ。
礼儀正しく一礼して、彼は興味深そうに私の隣のシルヴァを見つめる。
「そちらは……一位様の恋人、ですかな?」
「あはは、違うよ店主。
彼は私の弟子。正規の明星だ」
ん?何だかシルヴァが肩を落としたような。
「それはそれは……
では明星様、そちらをお買い上げに?
一位様のお弟子様ですので、言い値で売らせていただきます」
店主は何だか意味深な眼差しを投げつつもそう言うが、シルヴァは首を横にふった。
あれ、もったいない。
「これはルナへの贈り物だから、値段交渉はいらない。元々の値段で買って贈りたい」
「いやはや、これは失礼を。
ではお言葉の通りこちらの提示金額で商売させて頂きます。
少々値段がはりますが…」
「構わない。ルナがつけるんだから」
…………私の弟子はいつの間にか、計画性だけでなく異性の上手い扱いも覚えたみたいだ。
なにこれ、すごく恥ずかしい。
シルヴァってこういうこと結構言うけど、それが私にではなく他者へ向けた言葉の中に含まれているとかなり恥ずかしくなる。
滅茶苦茶この場にいずらいんだけど。
店主は儲けられてホクホク顔だが。
「後、出来れば鏡を借りたい」
「こちらでお付けに?」
「そう」
「ではこちらへどうぞ。
少し狭くはありますが、椅子もありますのでお使いください。
こちらが商品になります」
「代金。釣りはいらない。部屋を借りる分とでも」
「ありがとうございます。次の機会にもぜひ」
あれよあれよという間に連行されて、気づいたら鏡の前に座らされていて、後ろにはリボンと借りた櫛を持ったシルヴァ……って、え?
「シルヴァ、君、しばれるの?」
「得意」
何故だ。
疑問が顔に出ていたのか、彼は少し困ったように目を伏せる。
「昔、買われた先の女貴族でそういうことをやらせたがる奴がいた」
「あぁ、なるほど」
シルヴァはこの容姿だし、きっと綺麗な物好きの貴族によく買われたんだろう。
そういう人間は奴隷も着飾らせて自分に侍らせ、色々と世話をさせると聞いたことがある。
そう言えば髪を乾かすのも上手かったな。
私の長すぎる髪に最初は戸惑っていたけど、どうすればいいかが分からない、という感じじゃなかったし。
そういうことも奴隷だった頃教育されたんだろう。
「最初に髪をしばるのがルナじゃなかったのは、すごく残念。
でも髪を結える事自体は感謝してる。
もうこんな事ルナにしかしないし」
「うーん、私にしかしないのはどうかと思うけど、それじゃあ髪型も君にお任せするよ。複雑なものもできそうだ」
「……難しいのをやるなら、ピンも買えばよかった。今から持ってくる」
おや、余計な一言を言ってしまっただろうか。
でも確かピンなら持っていたような…
立ち去ろうとするシルヴァの服の裾を引いて立ち止まらせ、亜空間を探る。
うん、やっぱり。
「ピンならあるよ。
じゃあこれを使ってしばってくれる?」
「ん。任せて」
ピンを受け取ったシルヴァは迷いなく髪に手を伸ばし、簡単に櫛でといて髪を纏めていく。
え、うま。
……何と言うか、想像以上だ。
私より上手いし、あれ、私の女子力が危ない。
編み込みまで出来てるし、ピン一本で上手く留めるし、え、嘘。
「出来た。あまり時間をかけられないから、簡単なのだけど」
「………いや、すごいよ。シルヴァすごい」
カチューシャのように編まれた髪を上半分と一緒にくるりと後ろでお団子にして(しかも何だかお洒落なのだ。あえてゆるめた一房とか、後れ毛とか)、その周囲をくるりと銀のリボンが包んでいる。
下半分の髪も所々みつあみにされていたり、うん、器用。
半分を下ろしたままなのは寒がりの私に対する配慮なんだろう。
その辺りも気遣いがさりげない。
ちょっと驚きすぎて簡単な誉め言葉しか口に出すことが出来ないくらい、シルヴァは上手かった。
まさか彼にこんな特技があるとは。
これからは毎日髪をしばってもらってもいいかもしれないと、つい思ってしまうくらい可愛らしく仕上がっている。
それにやっぱり私も女だから、こういうことをすると浮かれてしまって持ち上がる口角を隠せない。
鏡越しに見たシルヴァは嬉しそうにはにかんでいた。
これは珍しい表情だ。
振り向いた私の髪を整えながら、彼がきゅ、と抱きつく。
「ルナ、可愛い」
「そ、そうかな……」
「ん。やっぱり似合う。
また今度、次はもっと凝ったのにする。……やってもいい?」
「うん。ぜひお願いするよ」
だってすごく上手いのだ。
彼はプロのヘアスタイリストか?
あ、しかも服装もリボンのために合わせたみたいだし、全体的にコーディネートが上手いと言うか……うん、たぶんセンスがいいんだろう。
それに技術が伴ってすごいレベル、みたいな。
そして満足げに離れて私を見下ろしていたシルヴァはそうだ、という顔でひとつの提案をした。
「ルナ、セイルートに見せてやって」
「え?セイに?今?」
「そう。映像の魔術で」
映像の魔術というのは言うなれば3Dの立体ホログラムのようなものだ。
魔法陣を紙に書いて魔術を込めれば紙を見たときにそれが展開される。
何故セイに?と思わなくもないけど、初めての髪型を誰かに見せびらかしたい気持ちがあるのも確か。
「えーっと、じゃあ、送ろうかな…?」
「ん。俺もセイルートに手紙を書く」
「君が?」
「そう。一緒に送って欲しい」
「わかったよ。それじゃあ準備してしまおうか」
了承すれば、シルヴァはいそいそとバッグから便箋とペンを取りだし文字を書き始めた。
よっぽど伝えたいことでもあるのだろう。
さて、私は魔法陣は魔力ですぐ写せるし、どうしたものか…
「シルヴァにやってもらった、とでも書いておくかな」
一文だからすぐに終わる。
そのまま魔法陣も描いて、シルヴァを振り向くと彼も書き終えたところだった。
この時間的に彼の文面もあまり長くは無さそうだ。
「いいのかい?」
「ん。お願い」
「じゃあ【転送】」
シルヴァから受け取った分と、私の手紙が吸い込まれて消えていく。
うん、無事に届いたみたいだ。
「じゃあ次は、あの二人に見せびらかす」
「ふふっ、君の作品を?」
「違う。ルナの可愛さ」
「………君は本当、とても恥ずかしいことをさらっと言うよね」
「本当の事」
「はいはい」
オマケ:そして彼は
うららかな午後。
執務室で真面目に仕事をしていた俺の手元に、ひらひらと空中から紙が二枚降ってくる。
「ん?……月から?」
珍しい。次こっちに来るまでもう連絡はないと思っていたのに。
もう一通はどうやらシルヴァ君からみたいだ。
……何だか嫌な予感。
だってジークにじゃなく、俺に手紙って。
ともかくまずは月からの方を……と、折り畳まれた紙を丁寧に開き――そこに浮かび上がった彼女の姿に驚いた。
冬らしいワインレッドのワンピースと、ふわふわでモコモコのケープ。
ルナは結構綺麗系の服装が多いけど、これは珍しく可愛い系だ。
でも凝った髪型が大人っぽさを演出しているから、ただ可愛いというだけじゃない。
なんだろう、大人かわいい?
にしても髪がすごい。
似合っていないのではなく、その逆だ。
月に似合うものをしっかり分かっているし、月の事も理解できてる感じ。
大人と子供の中間みたいな、そんな雰囲気を上手く醸し出している。
月は自分ではこんなことしないだろうし、一体誰が――と思いかけて、紙に書かれた魔法陣以外の文字に思わず呻いた。
“シルヴァに髪を結んでもらったんだ。意外な特技があって驚きだよね。
まあ実は髪だけじゃなくて服もそうなんだけど、似合っているかな?”
――確かに、似合ってる。すごく可愛い。でも。
「………待てよ?」
特大級の嫌な予感と共に、もうひとつの紙を見る。
これは、シルヴァ君が、俺に、あてた手紙。
開きたくない。でもそれはそれで負けた気分。
こんなところで彼に負けるなんて真っ平ごめんだ。
恐る恐る開いた紙には、ただ一言。
“ざまあみろ”
グシャッ、と紙がひしゃげた。
その時ちょうどジークが部屋に入ってきて、俺を一目見てすぐにまた廊下へ戻り扉を閉める。
ちょっと、どういう対応だよソレ。
素早く扉に寄ってそれを開けば、嫌そうな顔をした彼と再びご対面。
「……何かあったんですか?すごい顔ですが」
「ちょっと犬に噛まれた」
「……は?」
「ストレス発散に騎士団全部倒してくる!」
「は!?ちょ、セイル様、貴方がそんなことをしたら冗談では済まないでしょう!城の防衛を全滅させる気ですか!?」
「大丈夫だって!何かあっても俺がいるんだから!あ、あと!!」
「何ですか!?」
「腕のいい女性用のヘアスタイリスト今度城に呼んで!弟子入りする!!」
「はぁ!?」
くそ生意気な段ボール入りの犬に勝たないといけないからね!!




