3-10
Side:Luna
あれから、何日か経って。
「………納得がいきませんわ!」
気持ちよく目覚めた朝(正確には昼だけど)、皆が集まり食後のティータイムを楽しんでいる中で、その声は存外大きく響いた。
「……納得がいかないって、何かあったのかいクイーン?」
何となく予想はつくけれど。
そんな余計な言葉は口に出さず手に持っていたカップを宙に浮かべ聞く体勢を整えれば、数日前に長期の仕事から帰ってきたばかりの彼女は若干頬を膨らませつつこちらに迫る。
勢いがすごい。ちょっとのけぞってしまった。
「ルナ様がいらしてからこの二週間、キングは部屋でお話、ジョーカーとエースは手合わせと合同の依頼遂行、ジャックと駄犬は修行………あたくしとはまだ何もしていません!」
あー。まあ、確かに。
闇ギルドに来て既に二週間、要は滞在期間の半分をきった訳だけれど、その間ずっと今言った人達(キングは除くが)をぐるぐるローテーションしながら相手をしていたんだっけ。
「でもクイーン毎日仕事だったじゃん」
「自業自得。ルナは悪くない」
「お黙りなさい!
殆どつきっきりで過ごすあなた達には何も言われたくありせんわ!」
「俺はルナの弟子なんだから、いつも傍にいるのは当然」
「僕仕事ないし、ルナとは友達になったし。
それに空間魔法もまだまだ全然教わりきってないしね」
忌々しそうに顔をしかめた彼女に対して、シルヴァとジャックはどこ吹く風だ。
まったく、クイーンもそうムキにならなくていいと思うんだけど。
「でも君がそういう風に言うということは、今日は仕事がないのかな?」
「そうなんですの!」
「じゃあ私の相手をしてくれる?」
「っ、よろこんでご一緒させていただきますわ!!」
顔を輝かせて子供のように喜ぶ様はとても可愛らしい。
外見が女王様なだけにすごくギャップだ。
「……ふむ、ならば妾と共に外に出ぬか?
久々に買い物というのもよかろう」
興味を引かれたのか、隣で黙ってこちらを見守っていたジョーカーも口を挟んでくる。
買い物か………いいかもしれない。
「それがいいですわ!
ふふっ、女だけでショッピングにいたしましょう」
クイーンも更にテンションが上がったようで、何を着ていこうかと今からソワソワしている。
彼女はこういうところがとても女の子らしいんだよね。
だがそこで待ったがかかった。
「女だけなんて却下。ルナ、俺も行く」
「なら僕も!」
「お前ら勇気あんな……」
女子の塊に入ろうとする二人に、空気を察して黙っていたエースは引き気味だ。
まあ確かに男が女の買い物に付き合っても楽しくないと思う。
ちなみにキングは食事が終わってすぐに研究室に籠ったのでこの場にはいない。
「何を考えていますの?それこそ却下ですわ。
あたくしたちは女同士で買い物を楽しむと言ったのが聞こえなくて?」
「女だけなんて危険。
変な虫がついたらどう責任をとるつもりだ」
「あたくしがルナ様にそこらの羽虫を近づけるとでも?」
「どうだか」
「まあ、確かに既に駄犬がうろちょろしていますものね。
その点心配ですわ。またその様なことがあるとも限りませんもの」
「俺も心配。こんなのにルナを任せるなんて、恐ろしくて出来るはずがない」
繰り広げられる舌戦。
お互い私のことを心配しすぎじゃないだろうか。
一応この中で一番強いんだけど。
そんな二人をおいてジャックは軽い足取りで私とジョーカーの座るソファーの背後にまわり、私達の間の隙間から顔を覗かせる。
「うーん、僕の喋る暇ないねー。
ねールナ、ジョーカー、僕らついてっちゃダメ?
いい荷物持ちになるよ?」
「亜空間があるから荷物持ちは必要ないけれどね」
「じゃあ僕の修行の一環として。
ね?いいでしょ?」
可愛らしくおねだりする様は自分の外見の与える効果をきちんと自覚しているのだろう。
うーん、あざと可愛い。
「妾は別に構わぬ。
ルナも弟子を一人でここにおくのは何かと心配が絶えぬだろう?
ならば女ばかりの中に男一人をおくのもおかしな話」
「初めから結果は決まっているということか。
ごめんね、女だけの買い物はまた今度」
「やった!」
はしゃぐジャックに気づいた二人がこちらを向いて、同時に彼の襟首をつかみそちらへ引っ張っていった。
近づきすぎ、だかなんだかと文句を言っているけど、普通じゃないかなぁ。
「それじゃあすぐにでも出ようか?
昼も外で食べてしまえば楽だし」
「え。姫さん、俺とキングは?」
「たまには自分で作ったらどうだい?
“ジョーカー”として、“エース”に二人分の昼食を作ることを命じておこう」
なかなかいい案かもしれない。
彼のせいで色々苦労させられたし、いい気味だ。
目の前で情けない顔をする男を見ていれば溜飲も下がる。
「ワカリマシタ…」
「ならあたくし、早速着替えて来ますわ!
それにジョーカーもルナ様も、たまには特別お洒落をしてもいいと思いますの」
相変わらずハイテンションなクイーンに言われ(シルヴァとジャックのことはもう無視するらしい)、私達は互いを見つめた。
確かにいつも大体同じものだけど…
「そこまで気にせずともよかろう?何より面倒で敵わぬ」
「だよねぇ」
「いけません!」
再びズイッとクイーンが迫る。
今度はジョーカーも同時に仰け反った。
「お二人とも素材が極上なのですから、こういう時こそ着飾らなければ意味がありません!よろしくて?」
「う、うむ……」
「あはははは…」
ここで反論すればまだ彼女の言葉が続くのは分かっている。
あーあ、着替えか。何を着よう。
「なら、三十分後に転移門の前に集合致しましょう。
楽しみにしていますわ」
言うが早いかクイーンは素早く部屋へと戻っていく。
ああ言われては従う他ないので、私もノロノロと立ち上がった。
それにシルヴァも続く。
「ルナ、俺も行く」
「え……あ、うん…」
さりげない仕草で手をとられ道を先導されて、居心地が悪いったらない。
手を繋ぐ必要、絶対にないと思うんだよね。
――それに、エースとの仕事にシルヴァを連れていった日から、何だか彼といるのが落ち着かないのだ。
段々元の通りになってきてはいるんだけど……
次の日なんて我ながら酷かった。
モヤモヤして落ち着かなくて挙動不審だったし、修行で手加減をミスって少し怪我までさせてしまったから。
早く元通りになればいいけれど、これは私がいけないんだとも思っている。
勿論原因は私を拒まなかったシルヴァにあるけれど(それもちょっと言いがかりかもしれないが)、それに動揺しすぎなのだ。
……でも、動揺とも、少し違うのかな。
拒絶されなかったとして、今までみたいに変わらず接していればいいんだ。
彼が拒まなくても、私はなんでもないような顔をしてもっと酷い、残酷な面を見せればそれで問題ないはずなのに。
なのに、変な風に意識をしてしまうから。
些細なことで彼は私を拒絶していないんだと、実感してしまう。
それはこんな風に手を繋いでいる時だったり、一緒に眠った後の朝だったり、普段の何気ない会話だったり。
そしてそんな事を感じる自分自身に戸惑ってしまうのだ。
――馬鹿な私。この世界の人間にこんな風に簡単にほだされて、過去を忘れでもしたのか。
いいや、私は変わらずに世界を憎んでいる。
忘れたことなんて一度もない。
……きっとこれは、シルヴァが私から離れなかったことに本当に驚いたせいだ。
そのなかなか壊れにくい彼の純真さが私にとって物珍しいだけ。
ただの一時の感情で、だから大丈夫だ。
今はそういう風に、気に入った玩具を思う存分弄べばいい。
きっとすぐに飽きるか向こうが壊れるかして、何かしらの結末が訪れるに決まってるんだから。
「ルナ?」
「……っ、あぁ、どうかした?」
ぐるぐる自問自答していたせいで反応が遅れた。
もう部屋についているし、本当に調子が狂う。
そしてそれをそこまで嫌だと思っていないのが、一番最悪だ。
「着替えない?」
「そう、だね。でも何を着ようかな…」
全く別のことを考えていたせいで何も決まっていない。
「……決まってないなら、あれを着て欲しい」
「あれ?」
あれって、何だろう。
シルヴァがこんな風に服装について何か言ってくるのは珍しい。
まあ私がそんなに服を持っていないからというのもあるけど。
「あの赤いワンピース」
「赤のワンピース……あ、これ?」
亜空間の服部門から取り出したのは、ワインレッドの膝上丈ワンピースだ。
よそ行き用にしていて、私には珍しく気に入っている。
色や質感も冬らしいし、いいかもしれない。
ただ寒そうだからロングブーツとか必要そうだけど。
「じゃあこれにするよ。よく覚えていたね、この服」
何しろ私本人も忘れていたくらいだ。
ここ数年は着ていないと思うけど。
「これで前、一緒に買い物をした」
「……よくそんなこと、覚えているね。
私は着ていた服なんて忘れているのに」
「ルナにとって俺との買い物がそれくらい日常のことになってるなら嬉しい」
普通は、覚えていないことに対して少しくらい寂しく感じるはずなのに。
……こういう、変にしなやかな純粋さとかが、きっと私を惑わせるんだ。
「……君は、着替えないの?」
「俺はこのままでいい。
隣にいるから、終わったら言って」
「わかった」
思わずため息が出る。
気遣いも出来て、素直で、そういうのが本当に困る。
人のいい部分を見せないで欲しい。
でもそれをシルヴァに言うのは違うのだ。
だってそれは、私を身勝手にも化け物にしたこちらの人間達がしたのと同じ身勝手だから。
私はあんな人間達と一緒にはならない。
だから絶対に、他人の本質を否定したりはしない。
それを恨み憎み嫌悪することはあったとしても、絶対に、それだけは、しない。
それにそれでは意味がないのだ。
私はこの世界の人間のそのままの姿を嫌悪しているのだから、シルヴァ自身のそのままの姿を否定してそれを変えさせて、それによって彼を遠ざけることは違う。
そんな風にしなくても、私はこの世界の人間がどんなに善良でも害悪でも等しく嫌悪するはずで。
だから彼がどんなに素直で真っ直ぐで純真で私を拒まない存在だとして、私は心の奥底、この世界の人間の誰一人として見せたことのない深い深い場所でシルヴァを、彼を含めた全てのこちらの人間を憎悪しているはずなのだ。
「今まで通り、あれは憎いこの世界の人間で、私の可愛い弟子だ」
それを忘れなければきっと、間違えることなんてないんだ。
「……さて。これでいいかな」
手早く着替えを済ませてシルヴァを呼ぶ。
すぐにやって来た彼は私を見て少し眉をよせた。
「ルナ、それは寒い」
「……そうかな?」
一度自分の格好を見下ろす。
足は脹ら脛を全て覆う黒のブーツだし、ワンピースの上にはモコモコしたケープを着るし…
「室内は温度調節の魔術が効いているけど、外は違う。膝とふともも、寒そう。」
「そうかな。じゃあタイツでも……」
まあ寒いのは嫌いだから否やはない。
シルヴァは寒い国の生まれみたいだし、私より寒さに強いから、そんな彼の助言には従っておいた方がいいかもしれない。
あ、でもタイツないや。
去年伝線させてそのままだ。
ニーハイ……と言うか、ガーターストッキングかな?それしかないけど、あの薄さは防寒の意味があるのだろうか。
「このままとストッキング、どっちが暖かいと思う?」
「ストッキング……もしかして、あの途中までしかない?」
「そうそう、これだよ」
取り出してシルヴァに見せれば、彼は顔を赤くした後顔を手で覆った。
逆効果……とかなんとか聞こえる。
え、むしろ寒くなると言うことか?
「………なら、いらない」
「そう。じゃあやめておくね。
そうそう、君もそのままだと寒いと思うんだ」
「? 俺は別に…」
そう言うシルヴァは無視だ。
亜空間から真っ白なマフラーを取り出して、少し背伸びをして巻いてやる。
後ろでリボン結びをして可愛くしてやった。
決して嫌がらせではない。似合っているし。
こんなことが出来るという事は、少しは私にもいつもの調子が戻ってきたということだ。
「はい、できた。端が邪魔にならないように結んでおいたよ。
苦しかったりはしないかい?」
「……しない。ありがとう」
「うん、気にすることはないよ。それじゃあもう行こうか。
皆早めの行動をするから、少し早いけれど待っているかもしれない」
「ん」
再び手が握られる。
……やっぱり必要ないと思うんだけど。
そう言えば彼からは虫除け、という言葉が返ってきた。
意味がわからない。
「おや、ジャック。早いね」
集合場所には既にジャックの姿があった。
時計を見る限りまだ十五分前だ。
「僕は特に用意とかいらないしね。
ルナ可愛いね、その格好」
「ありがとう。やっぱり誉められるのは嬉しいね」
素直な気持ちでそう言えば、彼はニヤリと笑みを浮かべシルヴァを見つめた。
「あれ?てことは弟子、誉めてないの?」
「シルヴァからは足が寒そうと言われてしまったな。
何か履こうと思ったんだけど、いいものが無くてね」
「へぇー?僕は今のルナが可愛いと思うよ?」
そんなわざとらしく“可愛い”を連呼しなくていい。
呆れながら未だニヤニヤ顔のジャックを見ていれば、繋がれたままの手をゆるく引かれた。
こっちを見ろ、ということらしい。
「……俺だって、可愛いって思う」
「はいはい、君もありがとうね」
別に気を遣わなくてもいいのに。
そんな思いが顔に出ていたのか、シルヴァは納得がいかなさそうに口の端を下げる。ジャックは爆笑した。
「ぷっ、あははっ!
先に文句言うからだよ、弟子。
可愛いって思った瞬間に言わないと意味ないって!」
「……お前が変な風に話をするから」
「えー、僕のせいにするつもり?」
何だかこういう場面を見ると、闇ギルドのメンバーではジャックが一番シルヴァと仲が良くなったように思う。
やっぱり年が近いというのが一番の要因なのかな。
それに最近は修行の一環として彼との手合わせも行っているから、よきライバル関係みたいなものが築けているのかもしれない。
そのまま男子二人を放置してボーッとすること数分。
ジョーカーとクイーンもやって来た。
「すまぬ、遅れた」
「申し訳ありません」
開口一番に謝る二人に気にするなと首をふる。
定めた集合時間はまだまだだし、私達が早すぎたのだ。
「そんなことより二人とも可愛いね。
久し振りに君達が着飾っているところを見たよ」
ジョーカーはゴスロリチックな黒のワンピース、クイーンは大人っぽい胸元の大きく開いた上衣に長いスリットスカートを合わせている。
自分の顔に合うものをきちんと理解している服装だ。
「それはそなたも同様であろう」
「その通りですわ。
でもお褒めの言葉、とっても嬉しいです。
ジョーカーの服もあたくしが選びましたのよ」
「クイーンは相変わらずジョーカーの服を選んであげるのが好きなんだね。
シルヴァも私の服を選んでくれたし、やっぱり似た者同士ということかな」
となると喧嘩をするのは同族嫌悪のようなものなのか?
と、考えている間に再びその二人の言い合いが勃発する。
私の言葉で柳眉を寄せたクイーンは繋がれた手を目にして口許をひくつかせシルヴァを睨み付けた。
「ちょっと、駄犬の分際で何をしていますの?
己の分を弁えた方がよろしくてよ」
「何の事を言っているのか訳がわからない」
「決まっているでしょう。服も勿論ですけど、その手ですわ。
すぐにはぐれる子供でもあるまいし、繋ぐ必要がどこにありますの?」
「どこに行くかは知らないが、どうせ人が多いんだろう。
ルナは結構急に立ち止まって店のものを見たり、ふらっと裏路地に入ろうとしたりする。はぐれやすい」
「ふん、そんなことあたくしだって十分知っていますとも。
あたくしがきちんとルナ様を見ていますから、犬の手は必要ありませんわ」
「何年も会っていなかった人間がよく言う。
俺はずっとルナといたから、俺の方が慣れてる。
それにルナも手を繋ぐことを嫌がってない」
「優しさにつけこんで、最低ですわね。
大体下着の店にでも入るときはどうしますの?
男の貴方には入りづらいのではなくて?
その点あたくしならルナ様の行くところ、どこでも共に行けますわ」
「どうってことない。どうせただの布。
どこが入りづらいのか、理解できない」
「貴方、恥じらいはありませんの!?
こんな犬が近くにいるなんて……ルナ様の身が心配でなりませんわ」
「勿論ルナが着ているなら別。
でも店に飾ってあるだけなら何の価値もない布。
そんなことも分からないのか」
「女性はそのテのものを選ぶとき、男がそばにいるとやりにくいんですのよ?
……まあ、気遣いの欠片もない駄犬には理解できない感情かもしれませんが」
「ルナは普通に選んでる。その他大勢と一緒にするな」
………これ、私が一方的にダメージ受けるだけなんじゃ。
いやまあ、確かに歩いてて目に入ったものがあったら急に立ち止まるけど。
そのまま結構動かずに突っ立ってることあるけど。
この裏どうなってるのかなーって裏路地入ることもよくあるけど。
それにシルヴァと一緒でも普通にそういう店入ってたけど、あれ普通は恥じらわなきゃいけないところだったのか。
何だか大人としても女としてもダメダメと言われているようで切ない。
遠い目になる私に、ジョーカーとジャックから同情の目線が送られた。
「……そろそろ止めよ。
折角の日なのだから、口喧嘩は聞きたくはない」
「そうそう。もう行こうよ、集まったんだし」
「………」
「………」
二人に宥められて、シルヴァ達は納得がいかなそうな顔をしながらもようやく口をつぐんだ。
やっと出発できる。もう既に気持ちは疲れてるけど。
「それじゃあ転移門を起動しようか。皆環の中に入って」
私の言葉に手を繋いでいるシルヴァ以外の全員が床に描かれた魔法陣の中に入った。
ギルドが建っているのは山奥だから、仕事だとか買い出しだとかで外に出るとき転移の魔術を使わないとかなり時間がかかる。
でも皆が魔術を使えるわけではないし、魔力があったとして転移術を覚えていない人間もいるのでこれを作った。
スイッチを押せば誰でも転移が使える門(便宜上そう呼んでいる)だ。
私かジョーカーが年に一度大量の魔力を魔法陣に溜め込んでおき、それを利用することで誰でも転移ができる優れものである(自画自賛)。
私としてはどこ○もドアと呼びたかったけれど、元ネタが誰にも通じないので結果的に転移門という名前になった。
「ついでに魔力を注いでおくよ。
ここ数年ジョーカーにやってもらいっぱなしだったしね」
「助かる。では先に行って待っているぞ」
「うん。それじゃあ【転移】」
私の言葉に合わせて三人の姿が消える。
ついでに魔力も込め終わったので、後は三人のように魔法陣の上に乗るだけだ。
でもその前にシルヴァに手を引かれ、足を踏み出す前にそちらを見上げる。
「ルナ、これはどういう仕組み?」
「うん?そうだねぇ…君のバッグとやっていることは変わらないかな」
シルヴァに与えたバッグには空間魔法の一つである亜空間を構成する魔法陣が刺繍で描いてある。
内容が細かいから案外頑張った。
何度か投げ出しそうになったのは秘密である。
そしてそれにやはり魔術がずっと持続するだけの魔力を込めておいて使うのだ(魔力を電池として考えると簡単かもしれない)。
「バッグでいう刺繍がこの床に彫り込まれた魔法陣で、君が数ヵ月に一度それに魔力を込めて使っているように、これにも年に一度魔力をたくさん込めておくのさ。
そうすると誰でも転移が使えるようになるんだよ」
「……でも、年に一度で足りる?」
「あはは、それは量の問題だな。
年に一度というのは私かジョーカーが魔力を注ぐときの基準だよ。
魔力の無いエースはともかく、キングやクイーン、ジャックなら一か月に一度くらいの頻度で溜めなければいけない。君もそのくらいかな」
私はチートだし、ジョーカーも種族的な点で魔力量が馬鹿みたいに多いから一年間の連続使用が可能なのだ。
まあまあ魔力が多い(私基準でだけど)くらいじゃせいぜいが一か月くらいになってしまう。
「そんなに魔力を使って大丈夫?」
「平気だよ。まだ半分くらい残っているからね。
さて、もう行こうか。三人が待ちくたびれてしまう」
「半分……」
シルヴァがガックリ項垂れているけれど、何がショックだったのだろうか。
不思議に思いながらもこれ以上のんびりしていてはクイーンが迎えに来そうな気がしたので、さっきとは逆に今度は私が彼の手を引きながら目的地へと転移した。
オマケ:それぞれの反応
事例その1.下着専門店
・シルヴァの場合
「うーん、どれがいいかな……すまないね、少し時間がかかるかもしれない」
そう言ってルナは申し訳なさそうに眉を下げた。
普段彼女は即断即決が多いが、こういう衣服やインテリアの類いには結構こだわりを見せるので選ぶときに時間がかかることが多い。
でも俺は色々考えながら選ぶ彼女を見るのが好きだから、不満に思うことは何もなかった。
それに………
「ねぇシルヴァ、こっちとこっち、どちらがいいと思う?」
「……右側の、薄い色の方。ルナは肌が白いから、こういうものは淡い色の方がたぶん似合う」
「じゃあこっちにするね。やっぱり他の人の意見が聞けると決めやすくていいな」
「役に立てるなら嬉しい」
「ふふっ、君にはつまらない思いをさせているけれどね。この後は君の服を見に行こう。この前確か裾がほつれてしまっていたし、そろそろ衣替えの季節でもあるし」
「全然つまらなくない。……でもじゃあ、俺の服はルナに選んで欲しい」
「私なんかで良ければ」
「なんか、じゃない」
「はいはい」
こんな風にご褒美のような笑顔と言葉をもらえるし、何より俺の選んだものをルナが身に付けてくれるのが、とても嬉しいから。
ルナとの買い物は大好きだ。
・セイルートの場合
「……セイ、君、挙動不審過ぎるんだけど」
「誰のせいだと思ってんの」
ああもう、気まずいったら無い。
今俺達がいるのは女性下着専門店。
そう、女性下着専門店だ(大事だから二回言いました)。
当然お客は女の人ばっかり。
ちょっとこれ俺どういう目で見られてんだろ。
ちがいます、付き添いです。いやまあその心配はむしろどういう目で見られてると思ってんだよって話だけど。
あーもう恥ずかしい。
外で待ってようとも思ったんだけど、月が手繋いだまま普通に入ってくからタイミング思いっきり逃した。
店内には数組カップルもいて、いちゃいちゃしながら選んでたりもするけど……無理。俺には出来ません。レベル高すぎる。
そりゃまあ俺が選んだの着て俺色に染まった(死語)月を美味しくいただくとか何その俺得って話だけど。
でもやっぱり恥ずかしい。ディスプレイされてるやつを注視できない。
くそっ、ヘタレと笑いたければ笑うがいいさ(もうヤケ)!
あー………外出てていいかな。
でも折角手繋いでるし、いや、でもやっぱ気まずいし…うーん。
どうしたものかと頭を抱えていると、ルナから更なる爆弾がぶっこまれた。
「ねぇセイ、こっちとこっち、どちらがいいと思う?」
「……勘弁してください」
「え?」
いやもう、今なら俺、顔から火出せるわ。
事例その2.着替え現場
・シルヴァの場合
「ルナ、そう言えばさっきの……!!!?」
宿の受付で所用を済ませて来て、今晩泊まる部屋に入った瞬間。
俺の頭は真っ白になった。
だって、ルナが、服、着てな……いや、下着は身に纏ってはいるけど、でも。
「あ、すまないね。飲み物を溢してしまったから着替えようと思って」
どうすればいい、でもとりあえず見たらだめだ、肌が、白っ、違う!そうじゃなくて、だから、……って、いつまで俺はここにいるつもりだ!!
「~~~っ!う、あの……ごめん、なさい!!」
もう一度廊下に出て、勢いよく扉を閉める。そのままずるずると座り込んだ。
顔が熱い。いや、顔どころか身体中。
馬鹿か。何でノックをしなかった。
ノックしていればこんなことにはならなかったのに。
どうしよう、ルナは平気そうだったけど、怒ってはいないだろうか。
いや、ルナは優しいから大丈夫だ。
それにしても服の上からでも思っていたが彼女の肌は真っ白で特に太ももがやわらかそうな感じがして甘噛み程度に噛みつきた……ちがう!!
俺は盛りのついた犬か!
何度も頭をふって脳裏に短時間で焼き付いてしまった映像を振り払う。
ああでも駄目だ、どうしよう。
「……シルヴァ?大丈夫?」
「!!」
扉が開き(内開きなので俺の体は何の障害にもならなかった。何故外開きじゃないんだ。だって心の準備がまだ全然…)、心配そうな顔をしたルナが俺を覗き込む。
近い。いつもは全然平気で、嬉しい距離だけど、今は絶対駄目だ。
逃げるように距離をとり立ち上がって、俺はたぶん依然として赤いままであろう顔を背けルナから目をそらす。
とにかくどうにかして落ち着かないといけない。
今は駄目だ。絶対駄目だ。何がって、もう、全部。
「……俺、修行、してくる!」
「え?ちょ、シルヴァ!?」
珍しい本気で戸惑ったルナの声を背に受けながら、ともかく平常心を取り戻し煩悩を打ち消すため、俺は体を動かしに宿の外へと逃走した。
・セイルートの場合
「はぁー、疲れた。こんな夜中に呼び出しとか嫌がらせ以外の何物でもないよね…って、月、何してんの?」
月が遊びに来てくれたというのに突然議会に呼び出しをくらって(しかも至極どうでもいい話だった。それくらい自分達で何とかしろ。折角の久し振りの月の訪問なのに無駄な時間を使わせるとか喧嘩売ってるのか)それを片付けて月の待つ自室へ戻ってくれば、彼女は何故か下着姿だった。
と言うか、脱ぎかけ?
扉の開いた音に気づいてこちらをチラリと見た月はまた視線を自分へと戻して完全に下着姿になる。
え、誘ってんの?
「さっき飲み物を溢してしまったんだ。幸い床は濡らさなかったけど服がやられてね。着替えようと思ってたら君が来た」
「なーんだ、情熱的なお誘いかと思ったのに。あ、ならこれ着る?」
確かルナが来たときのために何着か服を用意しといたんだよね。
クローゼットから簡素なワンピースを出して広げる。
もう寝るんだし、こんなもんでいいでしょ。
「ありがとう。………ちょっと、早く渡してくれないかな?」
「まあまあ。目の保養だよ」
手を伸ばすルナをスルーして鑑賞。
相変わらずエッロイ体してるなー。
鎖骨から胸へのラインとかなにこれ最高なんですけど。
「君には恥じらいだとか、そういう感情は無いのかな?」
「あっはっは、勿論あるよ?でもそれ言ったら月だってもう少し恥ずかしそうにしてみせてよ」
「……」
「ほら出来ないんじゃん」
月ってこういうことには全然羞恥心持ってないからなぁ。
お陰で苦労させられることもあるんだけど、まあ眼福だし良しとしよう。
ただこれ、俺の前だけならともかく他の奴が相手でもそうなんだよね…
そこはちょっとさぁ。
大体無防備過ぎない?こんな格好で普通に過ごしちゃって。
ちゃんと注意しとかないと。
そうやってあんまり無防備でいると、俺みたいなのに食われちゃうよ?
結論。
シルヴァはルナが身に付けてなければ総スルー。たぶん知らない人が下着一枚でもなんだ?みたいな訝しげな顔する。ルナだと頭がパンク。もうどうしていいかわからず数秒は思考が停止します。
逆にセイルートはルナならどんな格好でも全然平気。欲情するけど焦らない、動じない。逆に他の女の人には紳士的な対応。うわ、失礼しました、パタン(扉閉める)みたいな。なので下着店なんて入れません。
そしてお察しの通りシルヴァは足フェチ、セイルートは胸フェチ。




