3-8
Side:Luna
シルヴァの説得は思いの外はかどった。
まあはかどったと言っても三十分程の時間を要したし、かなり渋い顔をした状態での如何にも本意ではない、と言いたそうな様子ではあったが。
さて、本来なら絶対に認めなさそうなシルヴァを説得できた要因は何か。
それは交換条件である。
その内容に私は頭を抱えたい気分だった。
「どうしたんだよ、姫さん」
隣を歩くエースが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
元はと言えば仕事に行こうと誘ってきた目の前の彼のせいだというのに。
「何だか納得がいかないと思ってね。
シルヴァもどうしてこんなことを交換条件にしたんだか」
「ルナの近くにいたいから」
「はいはい」
「ククッ、弟子、そんなちまっこい体で言ってもなぁ」
肩を竦めようとして堪える。
私の肩に乗っているシルヴァが落ちたら大変だ。
―――シルヴァが出した交換条件は、自分もその依頼についていくことだった。
「本当に、ギルドで待っていてくれればいいのに」
「それは嫌」
「弟子は心配なんだろ、姫さんが」
「心配って……」
何だか最近毎回心で呟いている気がするけどさ。
私、一番強いんだけど。
「いやいや、強さとかは関係ねぇんだって。
例えば気に食わねぇけど、姫さんだって第二王子が一人でどっかに戦いに行ったら心配だろ?」
「……それは、まあ、そうだけど」
「俺としても気に食わないけど、それと一緒。
だから心配するのは仕方ない」
まったく、いつの間にこの二人はこんなに仲良くなったんだろう。
気が合うのか?
「だからといって……小さくなれば許す、と言ったのは諦めさせるためだったんだけどねぇ」
「小さくなるくらいなんてことない。
ルナとくっついていられるし」
「途中で落としそうだけどな」
「私もそれが心配だ」
今や魔術によって手のひらサイズとなったシルヴァはご機嫌だ。
ご機嫌で私の肩に乗っている。
ただ、そんな彼を歩いているだけでも落としてしまいそうで怖い。
「平気。いざとなったらフードの中に入るし、これも修行の一つ」
「でもねぇ……」
「姫さん、嫌に弟子がついてくることに反対だな。
そんな大きな仕事じゃねぇし、強いやつもいない簡単なヤツなんだからいいじゃねぇか」
そうは言うけど、私としては複雑なのだ。
「今からするのは人殺しだよ?
そんなのを可愛い弟子に見せたい師匠がどこにいるんだい」
「……俺だってそれくらい分かってる。
それに今までも魔物や人を殺してる」
私の言葉にムッとしたように答えるシルヴァ。
それは私も十分わかっているけど、やっぱり正規ギルドと闇ギルドの殺しは違うのだ。
「魔物と人間は違うだろう?
それに正規ギルドでの殺しは言うなれば処刑であり断罪、闇ギルドでの殺しは虐殺だ。
ろくに戦えもしない民間人を殺すんだからね。
そういうの、あまり君には見せたくないし―――そもそも時期尚早なんだよ」
「……案外ちゃんと師匠やってんだな、姫さん」
「どういう意味さ」
まったく失礼な。
五年も師匠をしていればこれくらい板につく。
望みを叶えているということもあり、他人が思っているより私はシルヴァを気にかけながら行動し生活しているのだ。
まあでも、それもつい数週間前から段々変わってきているのだけど。
「シルヴァ」
「……?」
「たぶんこれからする人殺しに、君は嫌悪感を抱くと思う。
要は君を金として扱った人間達のようなことをするんだからね。
私達は正義も信念も悪意もなく、ただ金のために人を殺すんだ。
だから君が抱くであろう嫌悪感は正しい、大切な感覚だよ。
闇ギルドの人間ではない、正規に籍を置く者として、その感覚は忘れないように」
「………」
黙るシルヴァ、隣で口笛を吹くエース。
「……ちょっと、今一応真剣だから、茶化さないでくれるかな…?」
これ殴っていいと思う。
明らかにエースは邪魔だし面白がってるし馬鹿にしてる気がする。
良いこと言っただろ、私。
「いやー、姫さんからそんなご高説が出てくるとは」
「ほう……?
殴られるのと蹴られるのと刺されるのと殺されるの、どれがいい?」
「ちょ、酷ぇ!
しかも段々危なくなってんじゃねぇか!」
当然だ、それだけのことをしたんだから。
鼻を鳴らしそれで?と続きを促す。
たぶん本当に言いたいことはそんなことじゃないんだろう。
エースは何だかんだとアホっぽいが、馬鹿ではない。
何せ私が教育したんだし。
彼は私とそれにつられたシルヴァの目線にヘラリと笑って少し顔を傾けた。
「いや、不思議に思っただけだよ。
なのに弟子を連れてくるって、姫さん弟子から嫌われてぇの?」
「え?別にそういうわけじゃないけど」
わざわざ嫌われにいくなんて面倒なことはしない。
労力の無駄だし。
私は進んで嫌われに行くのではなく――いや、今はそれはいいだろう。
「どうしてエースはそう思う?
それに俺はルナのこと絶対に嫌いにならない」
「あはは、君は可愛らしいことを言ってくれるねぇ」
「うわー、姫さんまったく本気にしてねぇだろ?」
「ルナはいつもこう……」
いやいや、そんなショボくれなくても。
だって先のことは分からないし、他人の……いや、この世界の人間の言う絶対なんてあり得ないと思っているから仕方がないのだ。
むしろ頭ごなしに否定しないだけいいと思う。
この対応は“優しい”と思う。
「それで?エース、続きを」
「ん?あぁ、そうだった。
俺と姫さんがすることを弟子は嫌悪する訳だろ?
なら俺と姫さんを嫌悪するかもしれねぇじゃん。
てか、普通そうなるだろ。
弟子みてぇな純真なやつに姫さんの言うところの虐殺受け止めて、それでも俺らと上手く付き合うなんて出来なさそうだし。
なら交換条件聞くふりして魔術とかで眠らせて騙せばいいじゃねぇか」
「君は相変わらず考えが下種いねぇ……」
「最低な人でなし」
「二人とも酷くね?
俺は姫さんと弟子の良好な関係を思って言ってんのに」
まあそれはそうだよね。
たぶん今までの私ならそうしてただろうし。
あれ?なら私も下種か?
「シルヴァには汚くて下種で狂った私もある程度見せることを望まれているんだ」
「ん。城で約束した。
でもルナは汚くないしエースと違って下種じゃないし、あんまり狂ってない」
「おい俺と違ってってどういう事だ。
しかもあんまり狂ってないってフォローじゃねぇぞ?」
「シルヴァは嘘をつかないからねぇ。
で、そういう私を見てもこの通りシルヴァはここにいる。
いずれは大量虐殺をする私も見せることになっていただろう。
でもさっきも言った通り、今の時点では時期尚早かなって思ったんだ。
まあここまで来たらもう仕方ないし見せちゃうことにするけどね」
“王国”では身勝手で気狂いな私を見せたし、ついこの間の騒動では殺したがりな私の一欠片を見せた。
そしてそのどちらにおいても受け入れているのか受け流しているのかは分からないが、シルヴァは変わらず私の傍にいる。
なら次はかなりのステップアップになってしまうけど、虐殺を行う私だ。
「これでシルヴァが嫌悪によって私の傍にはいられないと感じるならそれでお別れだし、そうでないならまだ共にいることになる。
君にこれからの事を見せるのは少しだけ心配だけど、君の答えがどちらなのか、私は同じくらい楽しみだ。
君が去っても残っても、どちらでもきっと私は愉しい」
にっこりと笑って指先でシルヴァの頭を撫でる。
彼は何とも答えずに(答えようがないだろうし)コクリと頷いた。
そしてエースは……何かを考えるように目を眇めてこちらを見つめている。
「何か気になるのかい、エース?
最近の君は色々と気になることが多いようだけど」
「……いや、珍しいなと思って。
姫さん今まで、俺ら以外の誰にもそんなのしてなかっただろ?
ただ優しい面だけ見せて、時期を見て消えるばっかで」
「そうかな?
でも君が言うならそうなのかもね」
あまり自覚はないのだけど。
それに望まれたことだし。
今まで関わった人達には望まれなかっただけで、シルヴァが特別な訳じゃない。
決して、特別ではないのだ。
「……ルナ、あれが今回の?」
「うん?……あぁ、そうだね。
あの館が今回のターゲットがいる場所だ」
くい、と髪を引かれてシルヴァが示した方向を見れば、暗い闇のなかに一ヶ所だけたくさんの明かりが灯る場所がある。
今回暗殺することになったこの地方を牛耳る領主と、それに賄賂を贈って昇進を望む神官が密会を行っている場所だ。
今日という日、館では贈賄の事実を知る領主の側近や私兵、何も知らないであろう雇われた用心棒だとか召使い、知っているのかいないのかよく分からない領主の家族など、様々な人間が過ごしている。
でもいい人間も悪い人間も普通の人間も、人間も獣人も亜人も精霊も竜族も人外も何もかもが関係ない。
皆殺せばいいんだから。
「取り敢えず、まずはターゲットである神官と領主を殺さないとね。
他をやっている間に逃げられたら困るし」
「だな。忍び込むのは姫さん宜しく」
「だと思ったよ……」
私やキング、クイーン、ジャックなんかはこういう時魔術でターゲットの元へ行くけれど、エースは魔術が使えないからそれが出来ない。
毎回彼は地道に時には見張りの目をかいくぐり、時には素早く始末し、また時には壁と同化しながら(少し気になる。一度目の前でやって欲しい)ターゲットの元へ向かうのだ。
「えっと、シルヴァは本当にどうしようか?」
「俺はこのままでいい」
「うーん、でもなぁ…
かといってフードの中はシルヴァがちゃんといるのかどうか分からないし……あ、いいこと考えた。
シルヴァ、一度手に移ってくれるかい?」
「……?」
不思議そうにしながらも従ってくれるシルヴァに気をよくしながら私は準備を整える。
準備と言ってもそんなに大したことはしないのだけど。
フード付きの上着のボタンを上3つ程外して、亜空間からよさそうな太さと深さの容器を取り出すだけだ。
「この中に入ってもらえる?」
「わかった」
予想通り、シルヴァが中に入ると肩から上が外に出る。
広さも広すぎず狭すぎずで、窮屈ではないけれど私が動いても遠心力で容器の硝子部分に体が打ち付けられる心配はなさそうだ。
「……なあ姫さん、俺なーんか嫌な予感っつーか、半端なく羨ましい予感がするんだが」
「? エースはルナのしようとしている事、分かるのか?」
「くそっ、純真な目が痛ぇ!!」
不思議そうにシルヴァに見上げられたエースはその場に崩れ落ちた。
ざまぁみろ。汚れたオヤジめ。
そんな彼を放置して、私は容器ごとシルヴァを持ち上げる。
「君はここで大人しくしていてね」
そしてその容器を胸元に差し込んだ。
「……!!?」
そう、胸の谷間に挟む方式である。
よかった、無駄に胸が大きくて。
前にこういうのは男のロマンなんだと教えられた事があるし、ここなら私も落とさないしピッタリだ。
最初はシルヴァを直接挟もうかとも思ったんだけど、それだともしかしたら苦しいかもしれないから容器越しにした。
すっぽりと収まったシルヴァはまるで銃口を向けられたように両手をあげ、真っ赤な顔で固まっている。
容器の縁を掴んでいないと私がジャンプした時とか飛ばされてしまうのに。
「シルヴァ、居心地はどうかな?」
「い、居心地!?
う……良いけど、落ち着かない…」
「くっそ弟子羨ましいぞお前!
どうだ!?ガラス越しの姫さんの胸!どうだ!?」
「えっ」
「……シルヴァ、答えなくていいから」
こんなエロ親父に悪い影響を受けたら大変だ。
「俺!俺も挟まれたい!直で!」
「消え去れ下種」
「死ね」
苛々したのでそのまま地に沈めた。
『うーん、にしても無駄に広い屋敷だねぇ』
カーペットの敷かれた、いかにもお金ありますという感じの廊下を歩きながら肩を竦める。
それに対して隣を歩くエースも(さっき軽くボコボコにしたのだが既に復活している)つまらなそうに周囲を見回した。
『趣味わりぃよな、どこもかしこも成金ぽくて』
対して私の胸元におさまるシルヴァは心底微妙な顔をして私達と周囲――時折すれ違う使用人や警護の人間を交互に見つめている。
『……なんだか、潜入らしくない』
『あはは、そうかもしれないね。
でもわざわざ隠れて忍び込むなんて面倒だろう?』
私達三人は今、魔術によって姿を消し堂々と廊下を歩いている。
勿論姿は消すことが出来ても歩く時の靴音だとかは消すことが出来ないから忍び足だし、透過出来る訳ではないので扉があればきちんと開けて通らねばならない。
そういう制約はあるけれど、見張りの目を掻い潜ってとか屋根の上から煙突を通ってとかは大変だから、結構この方法は重宝している。
ちなみに会話は魔術を使ったものだ。
といってもどちらか一方(この場合は術者)が声に出して会話をしなければならない念話と異なり、魔力を糸状に伸ばしそれぞれを繋ぎ、脳からの電流を糸で相手の脳に伝えることによって会話するものだ。
ただ脳からの電流は微弱なもので、脳から体表に伝わるまででもかなり減弱されるため対象が術者の近くにいなければ会話は成立しない。
なので遠方での会話には使えず、便利なのか不便なのか分からない魔術だ。
それにこちらの世界の人間は脳波だとかの知識は無いので、私しか使うことが出来ないというのも少しアレだね。
『……お、あれ、主人の部屋に食事とか運ぶメイドじゃねぇか?』
『ん?』
エースに言われて目を向ければ、なるほど確かにそれらしきカートを押して歩くメイドがいる。
彼女が本当に対象の部屋に食事を運ぶのかは分からないが、まあ確かにそれなりに豪華そうなものが乗っているので無きにしも非ず、と言ったところだろうか。
『ちょうどいいや、案内してもらおうぜ』
『案内って……間違っていたらどうするのさ』
『そしたら違う部屋探せばいいだろ?
んな急ぐモンでもねぇし、いいじゃねぇか』
そう言われると弱い。
それに一応今回の依頼はエースが受けたもので、私はお手伝い的な立場だ。
……ここは彼に従っておくとするか。
それに野生の勘なのかどうなのか知らないが、エースのこういった読みは結構当たる。
わかったと頷いた私の耳に、続いてシルヴァから声がかかる。
『闇ギルドの依頼は、いつもこんな感じ?』
『うん?どうしたんだい、突然』
『気になった。実際闇ギルドは悪いところだと聞いているけど、あまり実感がわかないから』
成程。まあ確かにそうだろう。
なにしろシルヴァが初めて闇ギルドを訪れてから今まで、穏やかに時が経ちすぎている。
あんまり悪い奴等感が出ていなかったかもしれない。
『それに今回の依頼は悪いことをしている人間を殺すものなんだろう?
ならむしろ良い事をしているように感じる』
『良い事、ねぇ』
それはちょっと、と言うかかなり間違った捉え方だな。
『別に良い事ではないと思うよ。
闇ギルドは何でも屋だからね。
頼まれて金を積まれればなんだってやるさ。
例えば今回の依頼だって、依頼主はこの領主と対立関係にある貴族だ。
表面だけ見れば良い事をしているようでも、所詮は誰かと誰かの利害関係を元としたものなんだよ』
『良いも悪いも関係ねぇしな。
俺らはこういう事でしか生きられねぇし、今更生き方を変える気もねぇ。
弟子、お前の言う良い奴と悪い奴が争ってたとして、俺らは先に依頼してきた方につく。
それが他人の命を何とも思ってないイカレた屑野郎でも、神様みたく善良な心をもった聖人君子でもな』
『……何故そうする?
正規ギルドとか、各国も闇ギルドには懸賞金とかをかけてる。
捕まったら殺されるし、危険』
そう言うシルヴァを、エースは呆れたように見つめた。
あ、ため息まで吐いてる。
まだ子供で純粋なんだから仕方がないじゃないか。
『さっきも言ったろ。これしか生きる道がねぇし、生き方は変えられねぇって。
俺なんかは姫さんに会う前から犯罪者だったしな。
それにジョーカーは討ち滅ぼされた魔族で、キングとクイーンはスラムで暮らしてた。
ジャックは……詳しいことは知らねぇが、精霊族の森から追い出されたらしい。
そういう奴等は嫌われんだよ。ろくな仕事にも就けやしねぇ。
野垂れ死ぬか安い金で家畜みたく働かされるかのどっちかなんだぜ?』
『………』
『エースの言う事は嘘じゃないよ。
案外生きにくい世界だからね、ここは』
私の元いた場所とはまるで違う。
いや、比べるところからおかしいのだろうか。
確かに日本でもホームレスや前科者は風当たりが強いけれど、社会福祉がある程度成り立っていたから。
でもこちらにはそういう考え方はまだない。
王族と貴族による政治というところからして、身分をもとにした格差社会が大前提として横たわっているから。
そんな中罪を犯した者、スラムで育った孤児などは身分のピラミッドの最下層にいる。
そんな彼等はどう頑張ってもまともな職に就くことができないのだ。
『野垂れ死ぬことも、家畜も、一生を豚箱に入れられて死ぬことも、死ぬまで誰かに追われながら生きることも……どれも御免だが、姫さんがそういうのの集まりを作ってくれた。
野垂れ死にはしねぇし、ある程度信頼できる仲間――まあ、幹部だけだが、そんな奴らも出来た。
皆一緒なら怖くねぇ、ってな。
だから案外闇ギルドってのは最後の砦なんだよ。
俺らみたいな屑が、安心して帰ることができる家ってわけだ』
『……』
『でもまあ、闇ギルドが犯罪行為をはたらいていることに変わりはない。
悪い奴等だと思えばいいさ。
シルヴァ、変に首をつっこむとこの先君が正規ギルドでやりにくくなるからやめた方がいい』
正規ギルドでは依頼で闇ギルドの人間を捕えたり殺したりすることもある。
その時変に躊躇えば、死ぬのは彼の方だ。
私が前に立てば闇ギルドの人間は交わした約定の通り逃げていくけれど、シルヴァ相手ではそうもいかないから。
恐らく殺す気で襲い掛かってくるだろう。
だからこそ、あまり闇ギルドに深入りすべきではない。
『でも……』
『君は正規ギルドの人間だ。それを忘れてはいけないね。
それに――どうやらお喋りはここまでのようだ』
視線の先、追いかけていたメイドが扉をノックする。
それに応える声がして、彼女が扉を開いた先にいたのは間違いなく今回のターゲットだ。
『な?やっぱ俺の言った通りだったろ?』
『はいはい。野生の勘はすごいね。
さてシルヴァ、今から君に話すことを禁じる。
ここから抜け出すこともだ。
念のため、結界で覆わせてもらうよ』
メイドが食事の支度を室内で整えているであろううちに、素早く準備をしたい。
だからこそ有無を言わさず胸元から肩より上を出しているシルヴァの周囲を取り囲むように、四角く結界を張った。
私の動きでシルヴァがどこかに飛ばされない様にと、彼に返り血がかからないようにだ。
魔力の糸も切り離した。
結界は防音の機能も備えているから、例えシルヴァが何かを言ったとしても外には届かない。
『姫さん、弟子が何か言いたそうだけど?』
『後にしてもらうよ』
『その時には嫌われてるかもしれねぇぜ?』
探るような目つきのエースについ笑いが漏れる。
もしかして彼は、私がシルヴァに嫌われたくないと思っているとでも言いたいのかな。
それはそれで素敵な勘違いだと思いながら、私は懐から仮面を取り出し顔の四分の三を覆った。
オペラ座の怪人の歌劇でよく使われる、片側の頬から下と口許だけが外から見える陶器の仮面だ。
顔を見られたら困る――わけではないけど(だって皆殺しにするから外に漏れる心配がないじゃないか)、万が一ってこともある。
現時点ではまだ、正規ギルドから追い出されるわけにはいかないのだ。
シルヴァの強くなりたいという望みを叶えられなくなってしまうからね。
まあ彼が今回の事で離れる様なら、もう正規ギルドは辞めてもいいかな。
『どちらの結末もとても愉しそうだと、さっきも言っただろう?』
そう言いつつ、私の中でシルヴァが私から離れていくことは既に決定事項のようなものだけど。
きっと真っ直ぐで純粋で穢れを知らない、この世界の人間である彼には虐殺者を受け入れることは出来ない。
私を慕う雛鳥が私の狂気で私を嫌う。
この世界の人間特有の、身勝手さと傲慢さ、そして被害者気取りを彼にも見て取ることができるなんて、これ以上に愉しいことは無いだろう。
『……姫さんがそう言うなら、そうなんだろうけど、な』
曖昧に返事をするエースだけれど、まあ納得してくれたのならいい。
彼にも私の気持ちは分からないし、分かってもらいたくもない。
だって例え闇ギルドの幹部で私が気に入っている存在でも、所詮はこの世界の人間だから。
笑みを深めて彼をターゲットのいる部屋へと誘い、最後に彼と繋がっていた魔力の糸も切り取った。
ターゲットの暗殺(堂々と姿を現して殺したからもう暗殺とは呼べないかもしれないけど)はとても簡単に終わった。
まあその辺の一領主と神官なんてそんなもんだよね。
戦う術を持たず、金に物を言わせて他者を使う人種だから。
ただ面倒だったのは命乞い。
いくらでも払うから自分達につけ、なんて笑ってしまう。
基本的に闇ギルドはよっぽどのことがない限り、一度した契約を破棄して敵側につくことはしない。
一応こんなんでも信用がモノを言う組織だからね。
ただ反対によっぽどのこと……例えば契約者の裏切りだとか、暗殺のターゲットを気に入ったとかがあると裏切ってしまうこともある。
前者は仕方がないけど、後者の場合は……うん、いや、だってさ。考えてみて欲しい。
豚の生まれ変わりか?と思う程肥えたハゲの、指にこれでもかってくらい趣味悪い指輪つけて偉そうに葉巻銜えながらこっちを馬鹿にしきった目で見てくる三流悪役依頼主と、殺しに来た人間に対して慌てる様子もなく堂々とするどころかどこか楽しそうに待ち構えて俺につけ、って言ってくる俺様風チョイ悪(いや、チョイどころか真正の悪人だったけど)イケメン貴族。
どっちにつきたいかって……火を見るより明らかだ(ちなみに実話)。
ただその場合は責任をとるという意味で依頼を担当したギルド員が依頼主を一族郎党皆殺しすることになっている。
だって尻軽女みたくころころ裏切る、とか噂が回ったらギルドとしてはたまったものじゃないからね。
そういう少し面倒な後始末をしなければならないこともあり、最初に依頼を受けてからその依頼主を裏切ることは殆どない例だ。
というわけで、今回のような生まれたての小鹿のように情けなく震えるターゲットからいくら金を積まれたとして、惹かれるものが何もないからサクッと殺ってしまいましたとさ。
「ヒッ……や、やめ、助け、あ、あぁぁぁぁぁああ!!」
ターゲットのいた部屋から出てすぐ、まずはここまで案内してくれたメイドを殺した。
彼女は役に立ってくれたから、感謝の気持ちを示して本人も気づかないうちに一撃。
それからは今しているように基本的には嬲り殺しだ。
だってその方が悪役らしいだろう?
屋敷の周りには決して逃げ出せない様に結界が張られているから、中にいる人間達は屋敷の各所からあがる悲鳴に戦々恐々としながら、それでも逃げ出すことは出来ずにパニックになっていることだろうね。
千切りとった腕を適当に投げ捨て、ショック死してしまったらしい本体はその場に捨て置く。
五月蠅いなあまったく。耳栓しておけばよかった。
「姫さん狡くねぇ?」
背後で同じく使用人を殺していたエースが不満そうに唇を尖らせる。
うん、全然可愛くない。
「狡いって、なにがだい?」
「だって俺のサポートの約束だろ?
姫さんは第二王子の時みたく魔術でやんのかと思ったのに、肉弾戦とか聞いてねぇ」
ああ、そう言えばそんな約束だったっけ。
顔についた血を指で拭いながら肩を竦める。
でもこうやって手でやった方が怯えてくれていいんだけど。
「わかったよ、それじゃあこれからは魔術にしよう。君の望むとおりに、ね」
「それでこそ姫さん」
ニィ、と唇を歪めたエースが壁を駆け上がる。新手、しかも団体客の登場だ。
「貴様達、命が惜しくば止ま――グァッ」
言いかけた先頭の男の首から上が無くなる。
エースのやつ、部位を千切りとるなんて私の真似じゃないか。芸のない。
呆れつつ私も魔術を発動させる。
女の子の悲鳴はまだいいけれど、男の野太い叫び声なんて聞きたくもない。
風の刃で十センチずつの輪切りに刻めば、声なんて出す暇もないよね?
こうやって閉鎖された空間で殺しをするのは好きだ。
人間の汚さが浮き彫りになって、私にきちんと過去の憎しみを思い出させてくれる。
ほら、実際目の前の団体客で最後に生き残った男だって。
「た、頼む、たすけて、何だってする、だから……」
「おや、命乞い?戦わないの?
今ここで私達を倒さなければ、屋敷にいる他の人間も襲われるよ?」
「ほ、他の人間なんて、どうでもいい!!
死にたくない、俺は、まだ…!」
怯えて震えて、可哀想にね。
もしかしたら家に残してきた大切な人でもいるのかな?
なるほどなるほど、それなら確かに絶対に生きて帰らなければいけないよね。
「ック、アハハハハ!
そうだね、君。それが人間というものだ、素晴らしい」
自分勝手。傲慢。自分の為に他人を蹴落として、自分より下のものを見て安堵して、嘲る。
人間の本性であり、普段は隠されている正しい姿。
これが見られるからこの仕事はやめられない。
私をどん底まで堕としたこの世界の人間の、恐怖で箍が外れた心が見られる、この瞬間を。
「君のこと、気に入ったよ」
私の言葉で目の前の男の恐怖の表情の中に、ほんの僅かな一欠の希望が生まれる。
「ほ、本当か……?」
ああ、いい顔だ。
「んふふっ、私は嘘は吐かないさ。
君のことが気に入った。だから―――」
今すぐに、滅茶苦茶にしたくなる。
「とびきり苦しませて、殺してあげるね?」




