表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒と銀の日常
2/178

1-2*

*本文の内容を少し変更させていただきました

Side:Silva






俺の師匠はとても強くて、綺麗で、優しくて、いつまでたってもなかなか追いつくことができない、遥かな高みにいる人だ。






「シルヴァ?

いつまで剣の手入れをしているのかな?

寝ないのかい?」


他のパーティーメンバー達が野営している場所から少し離れた位置で、俺の師匠であるルナは寝転びながらそう首を傾げた。

俺はと言えば、彼女の言葉通り地面に腰を下ろして剣の手入れをしている。

今日の護衛中は二度も戦闘があったし、そのうちの一方はギルドでもSランクの依頼に相当するドラゴンが相手だった。

結局最後にはルナを頼ってしまったが、戦ったことに変わりはないからきちんと武器の手入れをしておかなければならない。

魔術で一瞬にしてそのドラゴンを倒した彼女には必要のない作業だが。


「もう少し。ルナは先に寝ていて構わない」


「……ならその言葉に甘えるとしようかな。

おやすみ、シルヴァ」


「おやすみ」


短いやり取りを済ませると、元々眠たげに欠伸を漏らしていた彼女はすぐに夢の世界へと旅立っていった。

ルナは寝付きがいい方だが、今夜はいつにも増して寝入るのが早い。

やはり久々の戦闘は疲れるのだろうか。

普段は俺の戦わないでほしいという望みを叶えてくれているから、彼女にしてみれば今日は実のところ約一年ぶりの戦いだった。

その望みは彼女を守れる男でいたいという、どこまでも自分本意な感情からくるただの我儘だから、より申し訳なさは募る。

取り敢えず明日は彼女の様子に気をつけようと心に決めながら、俺は剣を置いて横たわるルナの傍へよった。

もう少し、だなんて嘘だ。

ルナにこんな風に何も気にすることなく近づけるのは、彼女が寝ている時だけだから。

勿論普段もできる限り傍にいるようにしているし、彼女は俺を撫でてくれたりするから触れられない訳じゃない。

でも、最近の俺はどうも我慢が出来なくなってきている。


「……ルナ」


そっと呼びかけても返事はない。

ルナはいつでも、どんな状況でも俺の声に答えてくれるから、返事がないのは本当に眠っている証拠だ。

狸寝入りなんてことはしないし、俺に嘘をついたりもしないから。

―――隠し事は、するけれど。


そしてだからこそ今この時だけは、俺は我慢しなくていい。


「ルナ、好き。好きだ……

俺の、一番で、唯一の、大切な人」


そっと夜空のように広がる艶やかな黒髪をすくいとって口づけを落とせば、それだけで心が満たされるような気がした。






***






ルナに初めて出会ったのは、俺が奴隷商に拐われそこから隙を見て逃げ出した時だった。

俺は銀狼という、獣人のなかでも珍しい絶滅したとも言われている種族で、物心つく前から色々なものに狙われていたから、その手の事は日常茶飯事ではあった。

ただその時だけは首に奴隷が必ずつけられる隷属の首輪をつけられてしまっていて、どこにいても首輪により術者に居場所を知られてしまうために、俺は逃げ切ることを諦めかけていた。


「ねえ君、生きているのかな?」


そんな声が聞こえるまでは。

力尽きボロボロの状態で倒れている子供に対してかけるには、あまりに暢気な言葉。

顔を上げたそこには、今まで見たことがないくらい美しい人がいた。


深い色をした紫の瞳。

珍しい、地に引きずるのではないかと思う程長い漆黒の髪。

肌は髪と反対に真っ白で、心底不思議そうに首を傾げている。

なんて、綺麗な人間だろう。

俺は一瞬状況も忘れ彼女に見とれた。


彼女は俺に水と食料を与え、術者以外に外すことが出来ないはずの隷属の首輪をいとも容易く外してみせた。

何がどうしてそうなったのか。

状況に理解が追いつかずに呆然とする俺に彼女はからかいの言葉を投げて、それを慌てて否定すれば声をあげて笑った。


――その笑みに、響く澄んだ声に、俺は心を奪われたんだと思う。


「君の望みを叶えてあげるよ。

さあ、望みはないかい?」


そんなことを言ってくれる人なんて、俺の周りにはいなかった。

同情はされた。

憐れまれたし、時には施しさえ受けた。

けれどこんな風に、明確に俺のために行動を起こしてあまつさえ救ってくれた人は、今まで一人だっていなかった。


――この人の傍にいたい。


自由になりたいだとか、助かりたいだとか、そんな望みだって勿論あった。

けれどそんなものより余程強く、俺の心にはただ彼女という存在への渇望が生まれていた。

だから彼女が奴隷商やその仲間を全て倒したときも、俺以外の拐われていた子供達を救いだしてギルドへ全員一気に転移したときも、子供達のそれぞれの処遇を決めていたときも、俺は彼女の腕に掴まったまま離れはしなかった。

そんな俺に彼女は不思議そうな顔をするだけで、俺の縋る手を振りほどこうとはしなかったというのも、俺の行動を後押ししていたと思う。

けれど流石に全ての後処理がすむ頃には、彼女も困ったように俺を見下ろした。


「君ね、いい加減離してくれないかな?」


離せと言われるのが怖かった。

それに抗って、彼女に嫌われてしまうことも。

だが同時に、ここで手を離せば二度と彼女と出会うことはないような、そんな確信じみた感覚が俺にはあったから必死で追い縋った。

その末に考えたのが恩返しという建前だ。

そこから弟子にしてもらうことも思い付いた。

彼女はいくら説得しても頷いてはくれなかったし、結局俺が望んで、それを彼女が叶えることができるというこじつけのような理由でしか彼女の足を止めることは出来なかったけれど、その時はそれでよかったのだ。

ただ、彼女と共にいられる。

それだけで俺の心は幸福感に満たされたから。

そしてこれだけでも十分すぎる程だったのに、彼女は更に俺に最高の贈り物をくれた。


「名前が無いならつければいいだろう」


そう言って、名前のなかった俺に“シルヴァ”というこの世に一つだけの音をくれたのだ。


「気に入ったならそれを名前として使うといい。

私の故郷の言葉で、銀という意味だよ」


「私はルナ。ルナと呼んでくれると嬉しいな」


その時から、俺はシルヴァになった。

ギルドの最高位であるSSランク、“宵闇”の名を冠するルナという女性の、ただ一人の弟子に。






***






あの時は彼女の傍にいたいという思いだけで弟子という立場を選んだけれど、本音を言えば今は少しだけそれを後悔している。

ルナはいつまでたっても俺を子供扱いし、弟子としてしか見てくれないから。

確かに俺はまだ十三になったばかりで、ルナの年齢は知らないが間違いなく彼女よりも年下だ。

それに剣技だって魔術だって、未だ彼女の足元にも及ばない。

でも。


「俺はもう、ルナより背が高い。

いつだって抱き上げられるし、きっと抱き締めて、貴女を腕の中に閉じ込めることだってできる」


出会った頃にはあんなに大きかったはずの彼女を、見下ろせるようになったのはいつからだっただろう。

人拐いに狙われる原因にしかならなかった銀狼という種族に生まれたことに、たぶん俺は初めて感謝した。

銀狼は成長が早く、十歳を越えると日毎に体が変化していき、逆に老いるのはゆるやかだ。

眠る前には確実に俺の方が低かった背丈が、朝起きると変わらないくらいになっていた時には本当に驚いた。

ルナは大して動揺することもなく興味深そうに笑っていたけれど。






***

3 years ago






「流石にそろそろ、子供服では間に合わないね。

ちょうどいい、君のための服と武器を手配しに行こうか」


「服と、武器を……?

でもルナ、俺はまだ修行中だし、服も用意してくれたもので問題ない。

それに街におりるのは手間が」


出会って二年がたち、俺もランクがCに上がり(ギルドランクはSSからEまでの七段階だ)、彼女の弟子として本格的な修行に入っていた。

木々の生い茂る深い山中に籠り、殆ど人との接触を断つ生活である。


「そうはいかないさ。

君もなかなか強くなってきたし、次の春にはこの山を下りるからね。

そうしたらギルドの依頼をこなしていって、君のランクをもっと上げるつもりだよ。

その前にきちんとした武器が必要だし、服は防具なんだから体に合ったものを用意した方がいい。

それに、人に慣れないとね」


「…………」


ルナ以外の人間は嫌いだ。

信用できないし、俺の姿が珍しいのか(この頃の俺は耳と尾の出し入れが自由にできず、常時それらを出した状態だった)じろじろと見てくる。

山に籠る前も俺は極力人と関わろうとはしなかったし、そんな俺に彼女も何も言わなかったから安心していたというのに。


「ギルドの依頼は見ず知らずの人間から出されるものだ。

依頼主ときちんとコミュニケーションをとれないと、依頼達成出来ないこともある。

今までは私が主体で簡単な依頼を受けてきたから何も言わなかったけど、これからは君が主体で頑張る必要があるだろう?」



彼女の言うことは正論で、俺はただ黙って地面を見つめることしかできなかった。

そんな俺に息をついて、ルナは少し屈んでこちらの顔を覗き込んでくる。


「そんな顔をするものじゃないよ。

シルヴァ、私は人間を信用しろと言っているわけじゃない」


「……?」


「信じたふりでもいいんだよ。

ただそれを、相手に気づかせないようにした方がいいと言っているだけさ。

君が誰を信じるかなんて、君の自由だ。

私のことだって信用も信頼もしなくて構わない。

周囲の人間を利用すればいいんだよ」


「……っ、俺は、ルナを信用してる!

ルナしか、信じてない……」


どうして、そんなことを言うんだ。

俺には貴女だけのに。

偽善と猜疑に満ちた世界で、ただ貴女だけが、俺の光なのに。

悲しくて張り上げた声に、ルナは穏やかに微笑んだ。


「おや、嬉しいことを言ってくれるね。

さて、なら街へ行こうか」


「え……?」


思わず口から間抜けな声がこぼれ落ちた。

どうしてそうなったのか全く分からない。

そんな思いが通じたのか、ルナは微笑んだまま再び口を開く。


「だって、君は私を信用してくれているんだろう?

なら私の言葉も信じていてくれているはず。

なのに街へ行ってくれないなんて、私は悲しいな」


「それは………」


「武器と服を買うのは、きっと君のためになる。

……私の言葉を信じてくれないのかな?」


「……!」


悲しげに寄せられた眉に、俺は気づけば慌てて首を横に振っていた。

自分の事とは言え無条件に動く体にため息が出るが、ルナを悲しませるのは本意ではない。

実際今の彼女は先程の表情が嘘のように輝かしい笑顔を浮かべているから、結果的にはよかったのだろう。


「決まりだね。

それじゃあ行こう、【転移】」


「ルナ、まだ心の準備が……!」


だからと言って、こうもいきなりだと流石に慌てるしかないのだが。







「無事着いたみたいだね」


「ルナ、いきなりすぎる…」


どこかの国のどこかの一都市。

全く現在地が分からない、大通りから一歩外れた路地で俺は耳を伏せた。

だがそれもルナに頭を撫でられてすぐにピンと立ち上がる。

単純だとは思っているが、耳と尻尾は感情と直結しているから仕方がない。


「ふふ、ごめん。

私も気分が高揚していたみたいだ。

久しぶりに旧友に会うし、君のことも紹介できるから」


「旧友……?

オルドのギルドマスターのこと?」


オルドは俺とルナが出会った、奴隷売買を行う組織があった地方の名前だ。

そのギルドマスターは彼女の友人らしく、俺が弟子になることを認めてもらったその日のうちに顔を会わせていた。

ついでに俺のギルドへの登録も請け負ってくれた老人である。

ただ、始終肩を震わせ度々ふき出していたことが気になるが(そのたびルナは物凄いプレッシャーを放っていた)。

ならばここはオルドなのだろうか。


「いや、ヒルルクのことじゃない。また別の相手だよ。

前にこの辺りに店を開いたと言っていたから、どうせだしと思って」


「別の……」


それは男だろうか、それとも女だろうか。


「うん?どうかしたかい?」


「……何でもない」


「ならいいけれど。

さ、行こうか。案内しよう」


小首を傾げつつ歩き始めた彼女に、俺は出かけた言葉を呑み込んで着いていった。


「ここは“王国”の中心地、王都だ。

あの尖った建物が見えるかな?あれが城なのだけど」


現在大陸には“王国”、“教国”、“帝国”、“聖国”の四国が存在している。


「今のところ“聖国”以外の国との関係は良好だから、自国の政治に力を入れていてね。

……まあ、それは“教国”も“帝国”も一緒だけれど。

ただその分、貴族の力が強い。

君はこの街では気を付けた方がいいかもしれないな」


「……?」


「貴族という者のなかには、君のような存在を欲しがる人間がいるからね」


答えに息をのむ。

欲しがるというのは奴隷として、自身の富を示す飾りとして、という事なのだろう。

知らず震えた俺を、ルナはそっと撫でた。


「とは言っても、君は強くなった。

その辺のゴロツキには負けないだろうし、私もいるからね。

一応、自分の弟子を助けないような冷たい師匠ではないと思うんだけど」


「……ありがとう、ルナ」


「気にすることはないよ。

私も必要以上におどかしてしまったかな。

――さ、着いた。ここだよ」


離れる手に感じる寂しさを振り払いながら彼女の視線の先を追った俺は、そのまま固まった。


「うん?どうかしたかい?」


「………店、ここが?」


目の前に聳える建物は言葉を失う程大きい。

首都ということもあってか大通りにある店はどれもなかなかの大きさを誇っていたが、ここに比べればそれほどでもないと思ってしまう。

建物の装飾も品よくまとまっており、今では近くに見える城よりも高級感があった。


正直に言えば、入りずらい。

こんな店に自分のような者が入っていいのか、それにここで買い物をするなんてどれだけの金額がかかるのか。

だがルナはそんな俺の気持ちに気づいているのかいないのか、相変わらず飄々とした様子で躊躇することなく店の中へ入っていく。


「る、ルナ……!」


「そんなに緊張することはないよ」


クスクス笑う彼女と慌てる俺は、なかなかおかしな客だ。

そんな俺達を迎えた店員は不審そうにしながらも頭を下げた。


「いらっしゃいませ。

ルーンへようこそ。本日は何をお求めでしょう」


「うん、武器と防具が欲しいんだ」


「それでしたらこちらへ――」


「いや、彼の体にしっかり合ったものが欲しいから、オーダーメイドにして欲しい」


「ルナ!?」


こんな店でオーダーメイドなんて、一体どれだけの値段になるか。

考えることも出来ずに悲鳴じみた声を上げるが、彼女は聞いていない。


「色々付加効果もつけて欲しいんだ。

確かそういうことも請け負っていると言っていたんだけど」


「はい。承っております。

しかし、その分金額が上がりますが」


「問題ないよ。

それじゃあレナードを呼んでくれるかい?」


もう駄目だ。

こういう時のルナはよほどのことがない限り考えを変えたりしないから、装備に対しては諦めるしかない。

それにしても、レナードという人が彼女の旧友なのだろうか。


「え、師匠をですか……?

失礼ですが、予約の方は」


「し、師匠……!

レナードが、師匠っふふっ…………、あぁ、すまないね。

彼が弟子をとっているのが少し意外で。

残念だけど予約はとっていないんだ。

ここに来ることも今日決めたから」


耐え切れないというように肩を震わせていたルナは胡乱気に彼女を見つめる店員の目線に気が付いて誤魔化すように微笑んだ。

そんな彼女をどう思ったのか、店員は先程よりもつっけどんな態度で首をふる。


「……でしたら、残念ながら本日レナードは王家からの仕事が入っていますので手が空きません」


「え、王家……?」


「ええ。わたくしどもの店は王侯貴族からも大変人気が高く、予約が詰まっておりますので」


露骨に嫌な顔をするルナに気づかず(彼女は権力が嫌いだ)、どこか自慢げに語る店員。


「……ちなみに、その予約って何時からかな?」


「そうですね……あと三十分程でしょうか」


「レナード!来てあげたよ!

あと十秒以内に店に出てこなかったら私は帰るからね!!」


「お客様!?」


三十分、という言葉を聞いた瞬間、ルナは大声でレナードを呼んだ。

しかも十秒だなんて、なかなか難しい事だと思う。

ギョッとしている店員に構わず、彼女はゆっくりと声に出して数を数え始める。


「いーち、にーい、さーん」


「お客様、申し訳ありませんが迷惑ですので外の方に…」


「よーん、ごー、ろーく」


「お客様!!」


「ななはちきゅうじゅう、っと。来ないか。残念。

君の言う通り、もう帰ることにするよ。

シルヴァ、君の装備は私が作ろう。

物を作るのは久しぶりだから少し手間どるかもしれないけれど、我慢してくれるかな?」


「……ん。俺は構わない、けど」


七から速すぎではないだろうか。

そう思いつつ、早々に立ち去ろうとしているルナの後を追う。

店員はあからさまにホッとした顔をしていた。

まあ店で大声で叫んだり数を数えられれば無理もない。

だがそれでも入り口で丁寧に頭を下げて見送ろうとするのは流石と言うところか。


「ありがとうございまし―――


「待て!まてまてまてまて!!」


だが店員の声を遮るように野太い声がして、一人の男が現れる。

壮年の、けれど鍛え上げられた肉体をもったその男はルナを目にした瞬間目を見開いて固まった。


「あ、レナード、久しぶり。

君の手紙の通り来てみたんだけど、もう帰るよ」


「待てって!帰らないでくれ!!」


「えー、十秒で来なかったら帰るって言ったじゃないか」


「る、ルナ………」


男の瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

ガタイのいい男が大泣きする様は驚きの光景だった。

それにルナは苦笑すると、彼に近づいてよく俺にするように頭を一撫でする。


「泣き虫は相変わらずだね。

ほら、君の弟子が見ているよ。

どうやら意地悪をし過ぎてしまったようだ。

さ、店を案内してくれるかい?」


「ルナ……あ、あぁ、そうだな!

おいお前ら、今日はもう店仕舞いだ!」


ぐい、と勢いよく涙を拭って、彼は店にいる全ての店員に指示を飛ばす。

そうすれば彼らは戸惑ったようにレナードを見つめた。


「で、ですが師匠、今日は王家から予約が…」


「そんなモンいつだって良いだろうが!

あとアレだ、いつも俺の仕事場の引き出しに入ってる茶と菓子出せ!」


「は、はい!」


あまりの迫力に慌てて動き出す男達と、それを鼻を鳴らして監視するレナード。

と言うか、王家からの予約は本当にいいのか。


「ルナ……」


「うん?どうかしたかな、シルヴァ」


「ここは、結局何?」


「さっきも言ったろう?

私の旧友、レナードの店だよ。

レナードは手先が器用でね。

服も武器も防具も、果ては食器や家具まで作れるんだ。

どれも性能はいいし耐久性も高い。

弟子の店員も言っていたけれど、あの様子だと“王国”でも人気があるみたいだね」


「よせよルナ」


「ふふ、照れているのかい?

素直に受け取ればいいのに」


微笑むルナから顔を背ける彼の耳は真っ赤だ。

そして説明を受けている間に準備も整ったらしく、俺達は店の中に通された。


「さっき入った時も思ったけれど、中も綺麗だよね。

君は昔からセンスがいい。

外見からは全然想像できないけれど」


「うるせぇ」


言葉を失う俺の隣で、ルナはからかうようにレナードを見つめた。

彼は眉間にシワをよせてそっぽを向く。

ルナの言う通り、店内は今まで俺が買われてきた貴族の館など目ではないくらいの出来映えだ。

そして中央に誂えられた席へと導かれ、ルナと並んでソファーに腰かける。

正面のレナードと、彼の背後に立つ弟子達、そしてこんな状況にも普段通りのルナに、何だか場違いのような落ち着かない気分になり俺はそわそわと尾を揺らした。


「おや、このお菓子……」


横でルナが目を瞬かせる。

そして正面に座るレナードを見あげた。


「私が昔気に入って、甘いものが嫌いな君に散々無理矢理食べさせたものじゃないか。

お茶も私が好きだったものだし…」


「……いつ来るかわかんねぇから、ずっと置いといただけだ」


「ふふ、君は相変わらず馬鹿な子だね。

私の事をそんな風に待つ必要なんてないというのに。

でもありがとう、早速頂こうかな。

シルヴァも食べるといいよ。君は甘いものは好きだろう?」


「ん」


差し出された菓子に口を開けば、白い指が咥内へとそれを運ぶ。

甘いものは好きだ。

ルナが俺に、名前の次にくれたものだから。

あの日、ギルドからの帰り道に食べた飴の味を、俺はきっとずっと忘れない。


「美味しいかい?」


問いにこくりと頷けば嬉しそうな笑顔が返ってきて、俺の頬も自然とゆるんでしまう。

それが再び引き締まったのは、正面からかかった声によってのことだ。


「なあ、さっきからずっと気になってたんだが……ソイツ、何だ?」


「あぁ、今日はそのために来たんだったね。

彼はシルヴァ。君のように、私も弟子をとったんだ。

それで今日は彼の服と武器を――」


「ルナが弟子ぃ!?」


「………」


ルナの言葉を遮って上がった大声に、彼女は口を閉じる。

俺は困ったように彼女を窺った。何だか、機嫌が……


「じょ、冗談だろ?

あのルナが弟子って……あぁ、ドッキリか!」


「……帰る」


す、と立ち上がったルナに、慌てて俺も立ち上がった。

レナードはギョッとしている。


「君に頼みがあったんだけど、やっぱり止めておくよ。

このまま王家の相手でもしているといい。

それじゃ、もう会うこともないだろうから、さよなら」


「ちょ、ま、待て!俺が悪かった!

弟子だろ?良いじゃねぇか!」


「…………ふん、分かればいいよ。

さて、シルヴァの話の途中だったね」


まだ少し不満げな表情を見せつつもルナが再び席についたため、俺も同じくソファーに戻る。

オルドのギルドマスターの時にも思ったが、どうやらルナは弟子をとったことについて周囲から何か言われるのが嫌らしい。


「君にはシルヴァの服と武器を作ってもらいたいんだ。

勿論代金ははずむよ」


「何言ってんだよ、金なんざいらねぇ。

ソイツの武器と服か………よし、今日から取りかかって一月後には済ませる」


ニヤリと笑んだレナードの一言に、背後に立っていた弟子が悲鳴をあげた。


「師匠!?何言ってるんですか、もう予約はいっぱいで…」


「あぁ?ルナの頼みだぞ?」


「その前に王公貴族が……」


「別に無理はしなくていいよ。

春までに作ってくれればいいから」


目の前で揉める相手に呑気にルナが声をかければ、両者から全く違う理由で鋭い眼光が向く。


「何言ってんだ、ルナを待たすわけにいくか」


「さっきから偉そうに……!一体あんた何なんだ!!」


「まあまあ、落ち着いて。

それとシルヴァ、そんなに怒るものじゃないよ。

折角の尻尾の毛が逆立ってしまっているじゃないか」


ルナへと向けられる敵意に自然と喉の奥から唸り声が漏れる。

だがそれも撫でられては抑えるしかなかった。


「まあ、材料の手配については問題ないから。

実は作ってほしいものは決めているんだ。

これで出来るはずなんだけど」


ルナは簡単な動作で目の前の空間を裂くと、そこに腕を突っ込む。

そして次々と材料をテーブルに並べた。


「えーっと、光竜の牙、不死鳥の羽、あ、後ドラゴンの心臓が5つ……で、オリハルコンに魔導結石。

シルヴァは魔法剣士にするつもりだから、剣を媒介にして魔術を使いやすくしたいんだ。

服は防具をつけさせるつもりはないから、耐久重視にしてくれるかな?

アラクニーの糸と、グリフォンの毛皮、不死鳥の羽毛と……うん、一通り使えそうなものは狩ってきたから、好きなだけ使って構わない。

と言うか、全部あげるから余ったら商品にして売るといいよ。

お金を受け取ってくれないなら尚更ね」


最終的に面倒になったらしいルナは異空間の中に収納されていた素材を全て広げ(この時点でかなり大きなテーブルの上は殆ど埋まった)、満足げにレナードを見つめる。

彼はため息を吐いてそれに頷いた。


「相変わらずなんつうか、大雑把だよな……

これ、全部売ったら死ぬまで豪遊しても有り余るレベルだぜ?」


「別に必要になればいつでも取りに行けるからね。

それに、君の役に立てるなら嬉しいさ」


「………バーカ。おい、これで分かっただろ?

ルナはそこらのどうでもいい金持ちとは違うんだ。

俺の恩人で、“宵闇”の称号を持ってるランクSSの冒険者だからな」


「“宵闇”!?」


一気にざわつく店内に、ルナは困ったように苦笑した。

彼女は宵闇という称号で呼ばれることを嫌っているから。

でも俺はそんな彼女が誇らしいから、その名前を気に入っている。

勿論、ルナとしか呼びはしないけれど。


「さて、シルヴァ。

後は君のことだから、君が好きに注文をつけるといい。

希望があればきっとレナードは頑張ってくれるだろうからね」


「別に、特には…」


「駄目だよ、きちんと言わなければ。

武器や防具は持ち主に合わせた方がいいんだ。

その方が生存率もぐっと上がる。

だからちゃんと言いなさい。

私はここで待っているから、工房を見せてもらうといいよ」


そう言われても、どうしてもルナと離れることに不安は残った。

今までの二年間、殆ど離れることはなく付きっきりで俺の世話を焼いてくれて、面倒を見てくれたルナ。

彼女が俺を置いてどこかへ行くだなんて欠片も思ってはいないが、それでも心に巣喰う不安は消し去ることが出来ない。


「……ふふ、君は人見知りで寂しがり屋だね。

わかったよ、ならこうしようか」


仕方がない、と微笑んで、ルナは軽く指をふった。

その軌跡を追うようにして魔力の糸が紡がれ、俺の左手と彼女の右手を繋ぐ。


「ほら、これで君はどこにいても私の居場所がわかるし、私も君を見失わない。

魔力を込めれば会話も出来るから、問題ないだろう?

伸び縮みも自在だしね」


「…!」


その優しさが胸をうつ。

ルナはいつだって俺の弱いところを分かって、そして包んでくれる。


「ほら、いっておいで。

これが終わったら久しぶりにちゃんとした店で夕飯を食べよう」


「いって、くる」


「うん、いってらっしゃい。

レナード、私の可愛い弟子を頼んだよ」


「あぁ。おいお前ら!

お前らはこの素材を工房に運び込め。

ルナは自由にしててくれ。

店のものは好きに使って構わねぇから。

シルヴァ、だったか。行くぞ」


立ち上がるレナードに頷いて、その後に続く。

振り返れば、ルナは微笑んでいた。

そしてまるで耳元で囁かれるように魔力で伝わる彼女の声が鼓膜を震わせる。


『大丈夫、ちゃんと待っているよ。

君が望んでいるんだからね』


その声に背中を押されるような気がして、俺は先程よりも確かな足取りでレナードを追った。






工房の中はむわっとした熱気に包まれ、方々から作業の音が聞こえてくる。

その全てが物珍しく、ついキョロキョロと周囲を見回す俺にレナードは小さく笑った。


「何だ、こういう場所に来るのは初めてか」


「………ん」


「それで?お前はどんな武器が欲しい?」


小さな返事にも気分を害した様子もなく、レナードは傍にあった椅子にドカリと腰掛けた。

目で促され、俺もその向かい側に座る。


「……ルナからは、剣が合うと言われた」


「あぁ、確かにそう言ってたな。魔法剣士だったか。

だが剣と言っても色々ある。

お前、今いくつだ?」


「十…」


「……デカくねぇか?」


「そういう種族だから」


「ふーん、んじゃまだまだ成長する、と。

ならでかい剣の方が良いだろうな。

重さと太さを選んでもらうから、ちょっとこっち来い」


レナードに導かれ、剣の並べられた棚の前に立つ。

本当に重さと太さを決めるためだけの物のようで、無駄な装飾の一切ない、鉄でできた剣だった。

いくつかを手にとって試していると、レナードは困ったように頭を掻いた。


「………あー、その、なんだ」


「……?」


何だと言うのか。

動きを止めてそちらを見れば、彼はそのままでいいと動作を促す。

納得はいかないものの取り敢えず剣選びを続ければ、再び歯切れのよくない言葉が耳に届いた。


「ルナ、元気だったか」


「……?

さっき、会っただろう」


別に俺に問う必要はないはずだ。

実際に会ってその姿を見ているのだから


「ちげぇよ。最後にルナに会ってからもう十年だからな。

その間殆ど音沙汰ねぇし、大体アイツに店開いたから来いって手紙出したのは五年前だぜ!?

ったく、信じらんねぇ。ともかく、その間元気にしてたのか気になってな」


「………」


十年ぶり。

ルナが旧友、と言っていたのも納得だった。

だがそんなに長い間彼女と離れるなんて、俺には耐えられない。


「……俺が、ルナに会ったのは二年前だから、詳しくは。

でも、ルナは強いし、元気だと思う」


「へぇ、二年前か。

……まぁ、あの様子を見る限り一応元気だったんだろうな。

ところで、お前もやっぱり望みをかなえてもらったクチか?」


「!」


ぴくり、と思わず耳が動く。

そうすればレナードはしたり顔で頷いた。


「やっぱりか。ルナだもんなぁ」


「……捕まりそうなところを、助けてもらった。

それで恩返しするのに弟子にしてもらってる」


「恩返しねぇ……」


「決まった。これがいい」


意味深に呟くレナードに一本の剣を渡す。

別に、他人の言葉にそれほどの興味はなかった。

ただほんの少し、俺の知らないルナのことを聞いてみたいと思いはしたけれど。


「おう。で、後は服か。

何か希望はあるか?デザインとか」


「別に」


「んだよ、やりがいのねぇ客だな」


「………」


そう言われても、あまり服装に興味はないのだ。


「……いい服着れば、女にモテるぞ?

お前、ツラはいいみてぇだし」


「興味がない」


「……ルナも誉めてくれんじゃねぇの?

格好いいじゃないか、ってな」


「!」


ルナに誉められる。

確かに、そうかもしれない。

そして彼女に誉めてもらったら、俺はとても嬉しい。


「お、やる気出てきたか」


「でも、そういうのはよく分からない」


「あー、確かに見るからに興味なさそうだな。

つか逆にその飾り気の無さがいいのか…?」


ぶつぶつと呟くレナードに最早全て任せる気持ちで黙る。

そうしていれば考えが纏まったのか、彼は勢いよく自分の膝を叩いた。


「よし、俺に任せとけ!」


「ん」


そして俺が頷いたちょうどいいタイミングで、再びルナの声が響く。


『シルヴァ、ちょっといいかな?』


「ルナ」


「何だ、魔術か?」


レナードに頷きを返し、俺はルナとの会話に集中した。

こっちから連絡をとるまで話しかけてはこないと思っていたのに、何かあったのだろうか。


『すまないね、実は店の方に王家の使いが来てしまって困っているんだ。

レナードを呼んでくれるかな?』


「わかった。もう終わったから、すぐに行く」


『そう、よかった。

ありがとう、待っているよ』


ぷつりと切れた魔力にレナードを見る。

ルナは困っていると言っていた。

早く戻らねばならない。


「店に客が来たらしい。

王家の使いで困ってるからレナードを呼んでくれとルナが」


「王家で、困ってる……?

だがあそこは確か……………まあ、考えても仕方ねぇか。わかった、行くぞ」






店内に戻れば、そこには異様な光景が広がっていた。

先程までと変わらずにソファーで寛ぐルナの周囲に跪く三人の人間。

服装からいって、執事とメイドと兵士だろうか。

だが何よりもルナの困ったような表情が嫌で、俺は素早く彼女の傍へ戻った。


「ルナ」


彼女はすぐに口許に微笑みを浮かべると、そのまま俺の手をとって立ち上がる。


「おかえり、シルヴァ。

レナードもありがとう。

それじゃあ用も済んだし、私は帰るとしようか」


「お待ちください、宵闇のお方」


まるで逃げるように身を翻したルナを止めたのは執事だった。

同時に兵士が行く手を遮り邪魔をする。

足止めのつもりだろうか。

――ならば、容赦はしない。


「あー、シルヴァ、いいよ。

君もね、私がそう呼ばれるの嫌いだって知ってるくせに、止めてくれないかな」


「貴女様は我が主の、いいえ、我が国の恩人です。

それを私などのような者が軽々しくその名を呼ぶなど、」


「わかったわかった」


仰々しく流れるように続く言葉を遮って、ルナは心底嫌そうに顔をしかめた。

彼女は過剰に敬われるのも嫌いだ。

前にもこんな態度の依頼主に顔をしかめていた。

それにしても、この人間達とルナはどんな関係なのだろうか。


「前に少し縁があってね。

ちょっと国王の頼み事を聞いてあげたらこの態度さ。

堅苦しくてかなわない」


俺の心に浮かんだ疑問がまるで聞こえているかのようにそう答えるルナ。

彼女は本当に不思議だ。

こんな風に大きな店を持つレナードの恩人で、しかも一国の王とも知り合いだなんて。


そして執事はそこで初めて俺の存在に目を向け、それを細める。


「宵闇のお方、こちらは?」


「私の弟子だよ。

ともかく、今私は彼の修行で忙しいんだ。

王に会う気もないし、城に招かれる気もないよ。面倒だしね。

君達はレナードも戻ってきたんだから、ここに来た本来の目的を果たせばいい」


「お弟子さん、ですか……

かしこまりました。

ですが我が主にこのことは伝えさせて頂きます」


執事とメイドが深く一礼し、兵士は脇に避けて道を作る。

そこを悠然と歩きながら、ルナはひらひらと振り返りもせずに手をふった。


「好きにするといいよ。どうせ無駄だからね。

それじゃあレナード、春にまたここに頼んだ品を取りに来るから」


「あぁ、分かった。

………ルナ、たまには会いに来いよ。

用事がなくても、顔を見せてくれ」


「気が向いたらね。

さ、帰ろうシルヴァ」


「ん。……レナード、ありがとう」


一度振り返りレナードへ礼を言ってルナを追う。

“ありがとう”と言うのは大切なことだと、ルナはよく俺に語っていた。

そうすれば自分にいいことが返ってくるから、と。


そしてレナードはそんな俺に笑って片手を上げてくれた。

――けれどただひとつだけ、ほんの少し彼の瞳が寂しそうに翳っていたことが、俺の胸にも小さく影を落とした。







ルナとの約束通り、王都にある酒場で少し早めの夕食をとったその帰り道、俺は気になっていたことを恐る恐る彼女に尋ねた。


「……ルナ」


「うん?どうしたんだい?」


「ルナは、レナードと十年ぶりに会ったと聞いた」


「あぁ、そう言われればそれくらいかもしれないね。

あまり年月に興味が無いから、きちんとした年数は数えていないけれど」


やはり、そうなのだ。


「……どうして?」


「うん?」


「どうして、会わない?

恩人で、レナードは今日泣いていた。

ルナもレナードの事を嫌いじゃない」


嫌い合っている訳ではない。

むしろその反対であると、俺にも分かるほどだと言うのに。

なのに何故、彼女は音信不通状態で十年間も過ごしていたのだろうか。

問いにルナは小さく笑ってそうだね、と呟いた。


「確かに私は彼の事を嫌っていないよ。

それどころか数少ない旧友だ。

けれどまあ、私もよくわからないんだ」


「………?」


「ふふ、私が分からないんだから、君はもっと分からないよね」


くしゃりと頭を撫でられて心地よさに目を細める。


「私はどうも、ひとつところに留まることができなくてね。

それは場所もそうだし、人もそうだ。

まあもちろん何人か例外もいるけれど……その話は今するとややこしいからやめておこう」


「……?」


「それに何より、私はたくさんの望みを叶えなければいけないから。

なら新たな人間と出会わなければいけないだろう?

そのためにはずっと同じ人間とばかり一緒にはいられない」


彼女の答えは彼女自身の考えや思想も伴っているせいか複雑で、俺には少し理解しきれない部分も、納得できない部分もあった。

けれどそれらは一気に噴き出した不安に押し流されるようにして頭の隅に追いやられ、俺の心にはただ恐怖が広がる。


なら、いつか貴女は俺の前からも消えてしまうと言うのか。

十年、二十年、下手をしたら一生再びまみえることも出来ずに、彼女の存在は記憶の中だけのものとなってゆくゆくは擦り切れていってしまうのか。


―――それはなんて、残酷なことなのだろう。


けれど、行かないで。そう口に出すことは出来ずに、代わりに縋るように彼女の手を掴む。

ルナは一瞬目を瞬かせ、そして相変わらず俺の心を見透かしているかのように綺麗に微笑んだ。


「……大丈夫。今はまだ、君の望みを叶えている最中だ。

勝手に消えたりはしないよ。

だから、そんな顔をするものじゃない」


「………ん」


ならば、望みが叶えられたその後は?

零れかけた言葉を呑み込んで、俺は小さく頷いた。






***






「きっと、俺がもっと強くなればルナは行ってしまうんだろう」


眠る彼女に語りかけるようにして呟く。

あの時、俺は初めてルナが傍にいる毎日が永遠のものではないと知り、そして己の彼女へ向かう思いも自覚した。


聞くことが出来なかった問いの答えは、もう分かっている。

今回のことがいい例だ。

もしも今日、ドラゴンが現れなければルナは俺を置いていっただろう。

タイムリミットは迫っている。

――ルナが、俺の前からいなくなる前に。


「……ルナ、頑張るから。

強くなって、貴女の隣に立てるようになって、貴女を守れるようになってみせるから」


貴女は知っているだろうか。

俺の本当の望みは、強くなることでも、金を稼げるようになることでも、恩返しをすることでも、弟子になることでもなくて。


「だから、きっと俺を好きになって」


ずっと前、出会ったときから、ただそれだけだったということを。




・ヒルルク 男 (76)

オルド(“王国”の西部にある地方)のギルドマスターで、ルナの旧友の一人。

ルナと出会った当時はギルドの受付係だったが、ちょくちょく訪れる彼女と世間話を出来るような仲になっていき、ある日ヒルルクがルナに誰も受けない面倒な依頼を頼み、それを達成したことで彼女のランクが二つほどアップ。

将来有望な冒険者を見つけたとしてヒルルクの地位も上がり、それ以来は同じようなパターンを繰り返していった結果、ギルドマスターに。

かといってルナにおんぶにだっこ、というような関係ではなく(そんな人間ならばルナは縁を切っている)、彼女の情報を規制したり、彼女に群がる他の冒険者だとか何でもかんでも依頼を申し込む貴族だとかから上手く彼女を庇っており、持ちつ持たれつの関係。

シルヴァも彼の事はまあまあ信用している。

ルナとシルヴァに寄ってたかって二つ名をつけた一人でもある。


・レナード 男 (43)

“王国”でも有名な武器屋兼防具屋兼服屋兼家具屋兼生活雑貨店(いわゆるなんでも屋)。

ルナの旧友の一人。

十年間音信不通で放置されていた(ヒルルクはギルドでの仕事上定期的にルナに会っている)。

出会いは厳しい親にウンザリして家出していた時、道で魔物に襲われているところをルナと遭遇、助けを求めたことがきっかけ。

その当時いかにもというような不良少年だった彼だが、一週間ルナと生活を共にすることでいつの間にか更生、実家の武器屋を継ぐ決意をする。

その頃ルナは長期間の依頼を受けていたため度々レナードの世話を焼き、結果的に彼は父をも超える職人へと成長した。

涙もろく人情深いので結構よく泣く。


・王国

主権は国王、それに次いで貴族による議会の存在がある。

国王の願いをルナは一度成り行きで叶えており、国王、王妃、宰相、将軍、彼等付きの使用人の間では知られた存在。

この後国王は急いでルナとおまけでシルヴァを城へ招待しようとするのだが、ルナはそれを分かったうえでさっさと帰ったので結局会えていない。

王妃にはこのことでかなり叱られたらしい。

国民は人間と獣人が多い。


・教国

独自の宗教観念を持つ国で、教主が絶対的な権限を持つ。

ルナはそういった宗教にあまり興味が無いので自然と敬遠しがち。

でも知り合いはいるので全く訪れないわけではないし、今の教主は人間が出来ているので結構気に入っている。

国民は人間と亜人が多い。


・帝国

皇帝が支配する国。

ちょっと和風感が漂うお国柄なので、ルナはよくここを訪れる。

特にお米が食べたくなると出没するため、皇帝は帝都の米を出す料理屋や米を売る店に諜報員を置いているとかいないとか。

皇帝とは茶飲み友達で、堅苦しいことを嫌うルナのことをよく分かっており、大々的に城に招待したりはしないので、定期的に会っている。

亜人(竜族や精霊族など)が多く暮らしている。


・聖国

聖王と呼ばれる王が権力をもっており、ある出来事によって今はそうでもないが大陸一の力を持っていたため、他の三国に対して強気の強硬姿勢を貫いていて関係は最悪。

人間を高位の種族としており、他の種族に対する迫害や弾圧が多い。

従って獣人や亜人、精霊の奴隷は存在するが国民は人間のみ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ