2-12
Side:Luna
うーん、もしも視線で人を殺せていたら私は何回殺されていることになっているんだろう。
まあここにいる人間達に殺される程弱くないけど。
「ルナ?疲れたか?」
「大変。何か食べる?
あぁ、それより飲み物の方がいいか。
今用意するから、ちょっと待ってて?」
「……ご心配なく。少し人混みに酔っただけですから」
左右からかけられる声にわざと媚びるように微笑めば、向けられる視線が多くなった。
なにこれすごく疲れる。
フレイとともに会場へと入って、その時点から向けられる嫉妬の目が痛いったらないね。
そしてそれは後から入ってきたセイがフレイとは反対側に立ったことで(つまり二人に私が挟まれる状態だ)更に倍増。
駄目押しのようにシルヴァまでやって来るから私は針の筵だよ。
狙い通りだけど。
「フレオール殿下、セイルート殿下、私の娘の――」
「ああ、すまないがまたにしてくれ」
「俺達は彼女に夢中だから。
他の女性を目に映したくないんだ。
だから紹介は遠慮してもらっていいかな?」
ああもう、ここぞとばかりに私を前に出さないで欲しい。
しかも何だそのセイの猫かぶりは。
そんな歯の浮くような台詞、キャラじゃないくせによくやるね。
あとフレイは私の腰に手を当てているけれどルシルはいいのかな。
ヤキモチ焼かせたいとかふざけた理由なら後で呪っておこう。
そしてシルヴァは私の護衛じゃないんだから、そんな背後に付き従ったら駄目じゃないか。
―――文句が言いたいのに言えない。
くそ、これだから公の畏まった場は嫌いだよ。
「殿下方、私、少しつまむものをとって参ります。
お二人は何かお召し上がりになりますか?」
「いや、すまないが私はこの辺りで下がらせてもらおう」
………そんなにイチャつきたいか、この残念男。
ひくりと戦慄く唇をどうにか笑みの形に保ちフレイを見上げる。
いや、むしろ怒った表情でも問題ないか。
一応今の私は恋人に先に帰られてしまう女なのだからね。
「もう行ってしまいますの?私寂しいです……」
最後にふきだしそうになったので慌てて下を向く。
そうすれば男にしては細い指が頤にかかり、顔をあげるように導かれた。
「そんな顔をするな。またいつでも会えるだろう?」
「フレイ様……本当に?」
はい。眉を寄せて、切なげに。
まあ私も馬鹿ではないから、こういう演技はできるよ。
例え目の前のフレイが今にもふきだしそうにしていたってね。
「ああ、本当だ。いつでも私の傍に来てくれ」
「はい。貴方がそう言ってくださるなら」
にっこり愛想よく笑えば、今度は反対側から手が伸びて視線を浚う。
まったく、一度に二人相手するのは大変だって言うのに。
「るーな。俺もいるんだけど、忘れてない?」
「セイ様」
「………セイルに貴女を任せるのは不満だが、ここに一人残していくよりはいいだろう。どうか楽しんでいってくれ」
微笑むフレイは余程ルシルの元へ行けるのが嬉しいのか、最早演技の欠片もない。
そんな嬉しそうな顔をしてどうするんだい、まったく。
「兄上はどうぞお先に。
俺とルナで楽しませてもらうから、さ」
不貞腐れる私の頬に、セイが軽く口づける。
こら、演技。
逆にフレイはそれを上から拭うように親指でなぞり、私の耳元へ唇をよせた。
「……セイルの相手は苦労するだろうが、頼む」
他の者達には睦言を囁いているようにも見えるだろうそれに、思わず表情がゆるむ。
本当に、兄というものは。
「ふふっ、お任せくださいフレイ様。
また次の機会を楽しみにしております」
立ち去るフレイを見送り、私は手のかかる彼の弟へ体ごと振り向いた。
「セイ様、先程のようなことは困ります」
わざと拗ねたように言えば、彼はへらりと笑った。
「ん、ごめんね?
ルナと二人っきりが嬉しくて」
「セイ様……そんな、恥ずかしいです。
そういうことを言われるなんて……狡い方ですね」
「照れてるの?可愛いね、ルナ」
拭われてしまったそれを再び刻むようにキスが降ってくる。
……本当に、演技が過剰すぎるよ。
やっぱりまだセイも反動がおさまらないのかな。
何だかボディタッチが多いし、歯の浮くような台詞もたくさん向けられるし、何より目が。
―――やめて欲しい。
そんな風に甘くて何でも包み込むような色を宿した漆黒の瞳。
それが私の心をザワつかせる。
決して悪い意味ではなくて、むしろその逆なのだけど。
でも今は他の人間がたくさんいて、セイに甘えることなど出来なくて。
それが何だか酷くもどかしくて嫌になる。
……早く、この仕事を済ませたいな。
それは同時に彼とのしばしの別れを意味するのだけど。
どうにかセイへと傾く気持ちを抑えてちらりと目的の人物を横目で窺えば、かなりお怒りの様子だ。
目に殺意が籠ってる。まあ痛くも痒くもないけれど。
「ねぇセイ様、外に出られませんか?
少し新鮮な空気が吸いたくて…」
「あぁ、そっか。
さっきも人に酔ったっていってたしね。
わかった、それじゃあ庭園に行こうか。
今は花も盛りだから、ルナも楽しめると思うんだ」
「楽しみです。それでは行きましょう?」
「ルナの言う通りに。
あ、二人っきりになりたいから、シルヴァ君はここで待ってて。
城からは出ないし問題ないでしょ?」
にこにこと邪気なく笑うセイの言葉に、背後に立つシルヴァは悩むように眉を寄せる。
「少し、だけなら」
「やった、ありがとね。それじゃあ行こ、ルナ」
私はセイに手を引かれ、夜会の会場を出て庭園へと向かったのだった。
……ふぅ。
ようやく騒がしい場所から抜け出せた。
やっぱり、人が多いああいう場所は苦手だ。
「……疲れた?」
その私が抱える苦手意識は彼も分かっているものだったから、セイが労るように私の頬を撫でてくれる。
苦手だけど、でも、彼とこういう場に出られたのは少しだけ嬉しかったな。
甘えるように手にすりよれば、そのまま抱き締められた。
「少しだけ。でも、君が隣にいてくれたから」
「そっか」
「ずっと、こうしていたいな。何もかも全部忘れて、君と」
「ルナ…」
「その願い、叶えて差し上げてよ」
穏やかな夜の空気を裂くように耳障りな声が響く。
素早く身を離し声のした方向を窺えば、そこには見覚えのある姿。
「……フレイの部屋にいた」
そう、あの時フレイに婚約者だと言い寄っていた貴族の娘だ。
「憎い女。わたくしこそが、フレオール様の婚約者だというのに」
彼女はそう言って顔を憎しみに歪ませる。
相当私の行動や存在が癪にさわったらしい。
そしてそんな殺意を孕んだ視線から私を守るようにしてセイが一歩前に出る。
「確か……公爵家の長女だったね。一体、何するつもり?」
公爵令嬢はその動作に更に苛立ったように舌打ちした。
「第二王子……貴方もそこの女と同じ、邪魔な存在だわ」
「俺が兄上を差し置いて王位を継ぐから?
でもそれに兄上は賛成しているよ」
「そんなの嘘に決まっているじゃない!」
冷静なセイと反比例するように感情を露にした彼女は、けれど次の瞬間一転して夢見るように虚空を見つめた。
その様子に自然と私達の眉間にしわがよる。
「フレオール様は王になるの。
貴方のような卑しい生まれの人間などではなく、真に尊い血をもつあの方こそが。
そしてそんなあの方の隣に立つことが許されるのはわたくししかいないわ。
わたくしこそがこの国で最も高貴な、王家ともゆかりのある公爵家の血をもつ娘ですもの。
そしてわたくしは王妃になるの。
この城の女主人として皆から傅かれ敬われて、あのお方と幸せに過ごすのだわ…」
「公爵はアンタを兄上の嫁にするつもりは無さそうだったけど」
「お父様は分からず屋ですもの。
ずっと反対ばかりして、全然わたくしのことを認めてくださらない…
フレオール様に釣り合うのはわたくししかいないというのに」
「俺に今まで刺客を放ったのもアンタ?
その口ぶりからいって公爵本人は関与してなさそうだね」
「勿論。お父様は臆病者ですから、こんな事出来っこありませんわ。
どうしても貴方が邪魔だったんですの。
フレオール様が王になるため、わたくしが王妃になるためには。
フレオール様だって、本当は口に出されないだけで王になりたいの。
でもお優しい方だから遠慮してしまっているのよ。
わたくしのことを見てくださらないのもそのせい。
王になれない自分はわたくしに相応しくないと思っていらっしゃるのだわ……
だからきっと、第二王子を殺せばわたくしのことを誉めてくださる。
そしてそこの女も殺して、今までは騙されていただけなのだと、勘違いしていたのだと、ようやくわたくしへの愛に気づいてくださる……あぁ、待ちきれない」
うっとりと身悶えるその姿は常軌を逸している。
私はセイと目を見合わせ、ひとつ頷いた。
「いいのかい、ここでそんな風にすべてをバラしても。
ここは城だ。兵を呼べばすぐに人が集まり、君は捕らえられる」
「馬鹿じゃありませんの?
そんなことにはなりませんわ。
あなた達にはこれから死んでもらうんですもの」
心底愚かなものを見るように鼻で笑った公爵令嬢はひとつ手を叩く。
そうすれば直ぐ様私達の足元に魔法陣が展開された。
――これは、転移の陣か。
「あなた達をきちんと始末できるように、方々に手を伸ばしましたのよ?
時間はかかりましたがその甲斐あっていい暗殺者が雇えましたわ。
ここでは確かにあなた達が言うように手を下すことは難しいですから、ここではない場所で、息絶えてくださいませ?」
狂気の滲む笑みを向けられたその瞬間には魔術が完成し、私達の体は強制的にその場から移される。
転移の瞬間、相変わらず耳障りな笑い声が耳に響いた。
「………ふぅ、疲れた」
きちんと転移が完了して、もう目の前にあのうるさい公爵令嬢がいないことを確認する。
本当に、とんだ目にあったものだ。
「やー、イッちゃってたね」
「本当だよ。途中で何度笑いそうになったことか」
「確かに下手な劇みたいで暇つぶしにはなったかも。
まあ今頃はもう現行犯で城の兵に捕まってるけどね」
彼女があそこで何かしら仕掛けてくることは分かっていた。
というか、そうなるように私達がもっていったのだ。
彼女――公爵令嬢は侯爵が挙げた通り、セイの命を狙う黒幕の正体だ。
確認のため公爵家へ侵入し家捜しした時点でそれはもう確定している。
けれどそこで彼女を捕えるわけにはいかなかった。
それでは彼女だけでなく、公爵家自体にも咎が及んでしまうから。
今回の件に公爵本人やその妻などは一切関与していない。
真実彼女と彼女に付き従う何人かの召使いの犯行だ。
けれど公爵家で得た証拠物品ではそれを証明するには不十分だった。
彼女の父である公爵は長年王家に仕えた重鎮。
そして国王の従兄にあたる。
そんな彼が力を失えば貴族間のパワーバランスが崩れてしまうだろう。
そういった理由から、彼に徒に罪を負わせ位を落とすことをセイも国王もよしとはしなかった。
そこで出来るだけ公爵家への責が及ばない方法を考えた結果が今回の策である。
まずは公爵一家を夜会に招待し、私達もそれに出席することで公爵令嬢の嫉妬心を煽る。
そして頃合いを見てこれから二人きりになることを彼女に聞こえるように話して兵士が潜む庭園へと誘導し、そのまま自分の犯行を喋らせる。
――まったく、面白いくらいこちらの思惑通りに動いてくれた。
今頃彼女は潜んでいた兵達によって捕らえられているだろう。
公爵の関与もしっかりと本人の口から否定させたし、ここまででミスはひとつもない。
「シルヴァ、ジーク【おいで】」
待ちわびているであろう二人を魔術で呼び寄せる。
あらかじめ待機場所を指定してあるのでここまで転移させるのは簡単だ。
すぐに魔法陣とそれに包まれる二つの人影が現れて、そのうちの一つがこちらへ駆け寄ってくる。
「ルナ、怪我は?」
「ふふっ、そんなものあるわけがないよ」
「怪我するような場面皆無だったじゃん。
どうせジークの魔術で覗き見してたんでしょ?」
呆れたように言うセイに、シルヴァから少し遅れてこちらにやって来たジークは目を細めた。
不穏なものを感じてか、セイはサッと私の背後に身を隠そうとする。
私を盾にするな。
「覗き見とは心外ですね。
私達は何かあればすぐに暴走する主を見守っていただけですが?
――それとも、セイル様にはこれを覗き見と捉えられるような疚しいことがあるのでしょうか」
「ははは、やだなジーク、別にそんなことないって」
「なんでもいい。さっさと離れろ」
誤魔化すように乾いた笑いを溢すセイや彼に迫るジーク、そして私をセイから引き離そうとするシルヴァは放置して、ともかく現場確認といこうかな。
実際のところ転移ですぐにでも戻れるが、ここには公爵令嬢が依頼した暗殺者がいるのだ。
それをどうにかしてからでなければ後々の禍根になるし、もしかしたら城まで暗殺者が追ってくるかもしれない。
国王やフレイ達も心配しているだろうから、ささっと刺客を倒して城へ戻らないと。
「どうやら建物の跡のようだけど……何だか見覚えがあるような」
転移の魔法陣に書かれていた座標からして、王都の端の方の場所のようだけど……何か懐かしいと言うか。
「見覚え?ルナはここに来たことがある?」
「うーん……でも私としてもこんな荒れ果てた所に用事なんてないはず………あ」
思い出した。
「ルナ?」
キョトンと不思議そうにこちらを窺うシルヴァに笑って、未だ私を盾がわりにしているセイを横目でみやる。
「ここ、私とセイで壊した離宮だね。
通りで懐かしいと思ったよ」
「え。………あ、言われてみればそうかも」
セイの表情が苦いものになる。
まあ、国王から結構怒られたからね。
「あぁ、あの国宝の。確かルナ様はこの謝罪としてかなりの額を王家に支払っておられましたね」
「うん、あれは痛い出費だったよ。
おかげで大事にとっておいた素材とか作った武器とかを粗方売らなければならなかった。
しかも売る時どこのギルドもそんな大金すぐには換金できないとか言うから仕方なく脅……根気よく話し合ってようやく換金してもらったんだ」
「今脅してって言いかけたよね?
ルナまたそんなことしてたの?」
「それはそれは。大変だったことでしょう。
それに比べてうちの馬鹿は共犯だというのに王家に払わせて……お恥ずかしい限りです」
「ルナ、大変だった。セイルートのせいで」
「え?スルー?しかも俺責められてる?」
これが普段の行いの差というやつだ。
ふっと鼻で笑えば、セイは不満そうに唇を尖らせる。
だから可愛くないというのに。
「でもまあ、今はもう廃墟だ。
この離宮に代わるものは私からの慰謝料で別の場所に建てたと聞いているし、これからどんなに暴れても怒られはしないはずだよ」
そうだろう?と暗闇の奥へ向けて微笑む。
それに答えるように打ち捨てられた瓦礫の奥からたくさんの男達が姿を現した。
うーん。気配で人数とかは分かっていたけど、何て言うか、セイじゃないがテンプレ感が否めない。
まあ王道通り、まずは数が頼りの雑魚が相手ということなのだろう。
「それじゃあセイ、久しぶりに一緒に戦うとしようか」
「やった、楽しみ。ジークはシルヴァ君といけそう?」
「問題ありません。――ですが、あまり羽目を外し過ぎませんように」
「わかってるって」
暢気に話す主従を横目に、シルヴァは心配そうに私を見つめた。
いや、私は君より強いんだけど…
「ルナ、気を付けて」
「ふふっ、わかっているよ。君もね」
「ん」
さて、どんな風に片付けようかな。
見たところ相手はざっと百人程。
別に私とセイだけでもいけるけれど、それだけでは残りの二人は納得しなさそうだ。
「二つに分けようか。私達はあちら側から攻めよう」
カツッと高いヒールを打ち鳴らせばすぐに魔術が発動し、私とセイを反対側――つまりシルヴァ達との間に刺客を挟んだ位置へと運ぶ。
セイは私の意図がわかったのか、驚く様子もなく向こう側の二人へ声を張り上げた。
「二人とも、どっちが多く倒せるか競争ね!
まあ絶対俺らが勝つけど」
「……向こうの二人、呆れているよ?」
「酷い……返事もしてくれないなんて」
まあ二人とも大声で叫ぶキャラでもないから当然の反応だ。
むしろ返してくれると思ったのが凄い。
「けれど勝負というのはいい考えだね。
シルヴァ達もやる気を出したみたいだし、私も楽しくていいと思うよ」
音もなく近寄ってきていた男を魔術で吹き飛ばす。
その軌道は他の敵へ向かい、彼だけでなく別の数人も鈍い音を立てて瓦礫へと打ち付けられた。
「んじゃ勝たないとね。
だって弟子と臣下のペアに負けたら俺達の名が廃っちゃうし?」
悪戯っぽく言うセイも相手を見もせずに剣を突き刺してその場に斬って捨てる。
「とりあえず、ここからシルヴァ達の方に向かってゆっくり歩いていこうか」
「あ、それいいかも。途中で全部倒せるし一石二鳥だね」
よし、そうと決まれば後は簡単だ。
本当はこの場ごと広範囲魔術で攻撃すれば一瞬で済むけれど、それではつまらないしね。
怯む様子もなく自分達の方へゆっくり歩いてくる私達に刺客は狼狽えた様だけど、この数ならば勝てるとでも思ったのか雄々しい叫び声をあげて塊で押し寄せてくる。
お気楽な頭だ。人数で攻めるなら百じゃ足りない。
この世界の人間全員で束になってこないと。
一も百も千も万も、皆変わらないよ。
向かってくる魔術は全て弾き、その倍の量と威力で返してやる。
女で魔術師だから接近戦には弱いはずとでも思ったらしい私へと向かってくる者達はセイの剣の前に一秒も立ってはいられない。
つまらないなぁ、本当に。
余りにもつまらなかったから私も直接攻撃しようかとも思ったのだけど。
「月はだーめ。せっかく俺が贈った綺麗なドレス着てるんだから、血で汚すなんて言わないよね?」
そう言われては出来ることも出来なくなってしまうじゃないか。
「別に、服を汚さずに相手を殺すくらい私なら簡単にできるよ…」
「却下。ちょっとでも血が付いたら俺悲しみますー。
いいじゃん、俺がいるんだから魔術担当だってさ。
それとも俺の腕信じてくれてないの?」
一応抵抗してみたものの、まあ結果は見事に惨敗だ。
確かにね、君の剣の腕は私と大差ないし、魔術なしの戦いじゃたぶん勝敗はつかないけれど。
「……わかったよ」
まったく、我儘王子め。
「あは、ほっぺ膨らましちゃって月ってば拗ねてる。可愛い」
「うるさい!」
ちなみにこんな会話の最中も戦闘は続いている。
何と言うか、弱い相手と戦っている最中はどうも真剣な空気を出せないのだ。
こちらとしても気がゆるんでしまうから。弱すぎて。
あ、しかも終わってしまった。なんて張り合いのない。
「ルナ」
「お二人とも、お疲れ様でした」
「そっちの二人もね」
最後の一人を斬り捨てたシルヴァが剣の血を払ってこちらに近づいてくる。
どうやら彼等の連携もなかなか上手くいったようだ。
さて、これからどうしようか。
「うーん、終わっちゃったね」
「そうだねぇ」
雑魚は、だが。
私とセイは顔を見合わせた。
だがシルヴァとジークは気づいていないのか今にも帰ろうとしている。
二人ともまだまだ修行不足ということだろう。
「ルナ、帰ろう?」
「うん?……うーん」
さて、どうするか。
このまま何もしてこないなら城に帰ってもいい。
粗方片付けたし、残った刺客もこちらの実力が分かって手を出してこないということだし。
けれど攻撃する機会を窺っているのならそうもいかないからなぁ。
対処に困って、私が首を傾げた時だった。
「残念だけど、アンタ達は帰れないよ」
私達以外立つものがいなくなった廃墟に高い少年特有の声が響く。
それと同時に私達四人それぞれの足元に魔法陣が輝いて、行動を縛ろうと魔力が絡みついてきた。
あ、こういうのはあんまり好きじゃないな。
それに今は髪をしばるリボンが緩くなってしまってきていたから、しっかり結び目を固くしたいし。
そういう訳で、はい、この魔術無効ね。
そして何でもないように髪を結びなおせば(実際私からしたら歩いてて蜘蛛の糸が体についた程度の感覚だし)、相手は僅かに動揺したようだ。
うん、でもそういう風にすぐにそれをおさめるのは良いんじゃないかな。
なかなか見所があると思う。
「姿を現したらどうだい?
私以外は動けなくなってしまったみたいだし、私も髪を縛り終えたから」
「ルナさぁ、俺達の事助けようとか思わないの?」
「自業自得だろう。というか、セイは喋れるんだね。
まあ必要になったら助けてあげるさ」
魔法陣を見たところ対象のほぼ全ての行動を制限するもののようだから、誰も話せないと思っていたのだけど。
その証拠にシルヴァとジークは目しか動いていない。
うーん、彼等も言いたいことがありそうだけど、残念ながら私も目だけで考えを察してあげることは出来ないな。
「ふん、それが出来ればいいけどね」
ふてぶてしい言葉と共に目の前に降り立ったのは、声の通り年端もいかない少年だった。
年端もいかない、というのは少し違うかもしれないけれど。
見たところシルヴァと同い年くらいに思うしね。
けれど私の傍にいる十三歳というものがシルヴァだから、どうにも彼が特別幼いように思えてしまう。
彼は桃色の髪をかきあげて(桃っぽくて美味しそうだ。なんて言うか、甘い匂いがしそう)やはりふてぶてしく私を見つめた。
「僕は闇ギルドジャックの位。
依頼を受けたから、恨みはないけど抹殺させてもらうよ」
―――ん?闇ギルド?
闇ギルドとは正規のギルドからあぶれた犯罪者が主に所属している、簡単な頼み事から暗殺などの犯罪行為まで請け負う何でも屋のこと。
まあ所属しているのはなにも犯罪者だけという訳ではないけれど。
入るために必要なものは至ってシンプルで、強さだけ。
その辺りがきちんとした身元や前科がないかなどを確認する正規ギルドとの大きな違いと言える。
弱者は強者に従えという弱肉強食のルールに則って上位四名の幹部それぞれには位階が授けられており、下からジャック、クイーン、キング、エース。
そしてギルドマスターをジョーカーと呼ぶ。
つまりはトランプだ。
そして彼の言葉が本当ならば、彼は闇ギルドでも五番目に強い人間ということになる。
――にしても闇ギルドのジャック、ねぇ。
「君さ、本当にジャック?
あ、もしかしてなりたてホヤホヤ?」
「はぁ!?」
私の呆れ混じりの言葉に少年――ジャックは目を剥いた。だって、ねぇ。
「なんなんだよ、アンタ。
僕が闇ギルドの名を騙ってる二流だって言いたいわけ?」
「そういう訳ではないけれど。
私の名前はルナと言うんだ。あ、宵闇と言った方がいい?」
「はぁ?」
「あー、やっぱり君、なりたてか」
「っ!!」
「ちょっとルナ」
顔を赤くして拳を震わせるジャックを見つめていれば、隣にいるセイが呆れたように声をかけてくる。
他の動けないシルヴァとジークも戸惑っているようだ。
「なんだい?」
「なんだい?じゃなくて。怒らせてどうすんの。
今俺達ルナ以外動けないんだからさ、話してないでパパッと片付けてよ」
「そう言われてもねぇ…」
こちらにも事情があるというか、闇ギルドの者に対して攻撃することはいくつかの条件を満たさなければやってはいけないことなのだ。
「………なら」
頬に手をあてわざとらしく困ったなのポーズをしていれば、ポツリと呟く声が聞こえた。ジャックだ。
「アンタを殺して、僕が強いってわからせてあげるよ!!」
彼はそう叫ぶと同時に魔術を発動させた。
やれやれ、話の通じない子供だ。
もう攻撃してもいいかな?
でも一応“彼女”との約束があるし、うーん……
そうこうしている間にジャックの周囲から漆黒の闇がわきだし私達を包む。
「精神破壊系かい?」
ドーム状に一人一人を閉じ込めたそれは、どうやら精神系の魔術。
『これが僕の魔術、ナイトメア。
アンタ達にはここで悪夢を見て、僕の操り人形となって殺しあってもらう』
ナイトメア――悪夢、ね。
自然と眉間にしわがよる。
私はこういう、精神系の魔術が好きではない。
ずかずかと人の中を踏み荒らされる感覚がとても不快だ。
“――月”
ドーム内に懐かしい声が響き、グニャリと一部の闇が人の形をとり始める。
「……あぁ、なるほど。
人の一番幸せだった瞬間を見せて、それをぶち壊そうって?」
それはそれは。
ああ、困ったな。少し、苛々してしまう。
一応約束があるし、何より闇ギルドの人間だから穏便に済ませたかったのだけど。
ねぇジャック、君の魔術はさ。
――とっても反吐が出る手法じゃないか。
ドン、と瞬間的に魔力を全開にして爆発させる。
それだけで周囲の闇は弾けとんだ。
もう約束もいいだろう。
あの子供は間違いなく私を攻撃し、敵意を示して見せたのだから。
それに他の人間が彼の人を模造するなんて、到底許すことの出来ない愚行だ。
「そんな……なんで、僕の闇が」
「闇?あれが?んふふ、君は面白いことを言うね」
くつりと歪む口許、それと共にジャックを目に映せば彼の体がビクリと震えた。
「あれ、怖がっているのかな?
そんなはずはないよね。この程度の威圧、何てことないだろう?」
「……っ、あ、」
「何とか言いなよ、ほら。
ねぇ、私はさ、今とても苛々しているんだ」
「っ、うるさいうるさいうるさい!
アンタ一人が抜け出ても、他の三人はもう僕の支配下だ!!
アンタに仲間を攻撃することが出来るかな!?」
かぶりを振って恐怖を払いのけたらしいジャックがそう言えば、私以外を閉じ込めていた三つのドームが弾ける。
中にいた三人は皆、顔を俯けて生気のない様子で立っていた。
――あぁ、癪にさわるなぁ。
セイが三人の中で一番の実力者であると先程の戦いを見て分かっているのだろう。
一番に彼がこちらへ向かってくる。
速度が全く本気のものじゃないから、彼がどうにか魔術に抵抗しようとしているのは分かる。分かるけど、ね。
「セイ、何を遊んでいるんだい…?
今の私は君に付き合えるほど優しくないよ」
薙ぐように大きく振られた剣を右手で、対側から飛んでくる拳は左手でそれぞれ受け止める。
「私にそんな程度で向かってくるなんて、随分だね。頭を冷やすといい」
言葉の通り頭上から大量の聖水を(私が調合したものだ)かけてやれば、彼はしばらくの後犬のようにブルリと頭をふった。
その迷惑行為のおかげでこちらにまで水が飛んできたじゃないか。
「うえー、ルナ酷くない?
俺魔術苦手だからちょーっと影響受けるのも納得じゃん」
その言葉に私は手を離し鼻を鳴らした。
まあ確かにそうだろう。
けれどセイは紛れもなくチートなのだからこれくらい一人でどうにかしてもらいたいものだ。
まあチートだからこそ魔術に抵抗することができ、尚且つ聖水を頭からかぶった程度で元に戻っているのだが。
シルヴァとジークは完全に意識をのっとられているようなので聖水をかけても意味は無い。
「私は苛々しているんだ」
「あぁ……あの魔術じゃ仕方ないよね。
俺もわかるよ、その気持ちは」
セイの声も一段低くなった。怒っている証拠だ。
喪ったものは取り戻せない。
たった一時の夢であってもそれをまざまざと思い知らされる事は、私達にとって苦痛であり身を灼く程の憎しみを呼び起こす行為だから。
「それで、君」
ジャックを見つめ、私はいっそ慈悲深く微笑んだ。
「殺していいかな?」
そのまま一息で彼の喉元に手を伸ばし―――
「待ってくれ、ルナ」
それを一つの声が聞こえたことで仕方なく止める。
あぁ、あと少しだったのにな。
ほんの数ミリにまで迫ったジャックの首、そこから手を引き彼の背後に立つ少女を見つめる。
「やあ、久しぶりだねジョーカー。
今日はそこの彼に随分不快な思いをさせられたよ」
私がわざとらしく微笑めば、彼女――闇ギルドのマスターで最高位に立つジョーカーは困ったように翡翠色の目を伏せ金の髪を揺らして頭を下げた。
「すまぬ。妾のミスだ。
この者は幹部になって間もない。
教育が行き届いておらなんだ」
「ジョーカー、何でこんなやつに!!」
なんだこの子供。反省の色が全く見えないな。
「本当に教育がなってないね。
強者が絶対のルールだった気がしたけど。
教育のやり直しをおすすめするよ。
何なら私がやってあげようか?―――こんな風に、さ」
背後に迫っていたシルヴァの腹に蹴りを入れる。
衝撃で吹っ飛んだ彼は数度地面を転がり、瓦礫でようやく止まって咳き込んだ。
それを見ていたジャックが動揺したように息を呑む。
一体何に驚いているんだか。
「セイ、こっちは立て込んでるんだから来させないでくれないかい?」
「無茶言う!」
ちらりと振り返って見れば、彼はジークと交戦中。
そこに今までシルヴァも加わっていたのだろう。
「何かジークはともかく、シルヴァ君前やったときと全然動きが違うから面倒なんだよ!
てか、闇ギルドのマスターと知り合いとか今初めて知ったんだけど!?」
「そりゃ言ってないしね。詳しくはまた説明するよ。
話はあと数分で終わるからそれまで頑張って。
怪我させても治せるし、殺さない程度でいいよ」
「うっわ、鬼畜」
操られる方が悪いのだ。
それにしてもシルヴァが強くなっているとはどういうことだろう。
セイがそういう事で勘違いするとは思えないし
「ルナ、この者の処遇は妾に任せて貰えぬか?
これで将来有望な幹部だ、頼む。
それに今回、そなたが相手方におるとは聞いておらなんだ。
聞いていれば受けなかったものを。
――この依頼、闇ギルドは手を引く。
そなたの要望も妾に出来る限り聞こう。
それで許してくれぬか?」
「……君がそこまで言うなら。
それに私の行動の結果だけれど、君とは数年ぶりの再会だ。
久しぶりに会って言う事がこんな文句ばかりというのも嫌だし、それで構わない」
ジョーカーの言葉で意識が切り替わる。
そうそう、今はこの子供の話をしていたんだった。
別に彼女の事は嫌いじゃない。
怒っているのはその子供に対してであって、彼女にではないし。
だからまあ、ジョーカーがそんなに言うなら許してあげなくもないけど………
「ただあの操られてる二人、どうにかならないのかな? 」
「………すまぬ。
ジャックの力はまだ未熟で、自分で解くことは出来ぬのだ」
「へぇ………チッ、自分のケツも拭けないガキが意気がってんな屑、殺すぞ」
「ルナ言葉遣い!すっごい事聞こえた今!そして全力の威圧やめて!」
「気のせいじゃないかい?」
いけないいけない、つい本音が。
真っ青になってガタガタ震えているジャックはいいけれど、可愛いジョーカーがシュンとしているのはいけない。
本当の年齢はいくつであれ、彼女の見た目は金髪ツインテールのロリッ娘なのだから。
「で、じゃあどうすればいいんだい?
まさか殺すしかないとは言わないだろう?」
「ジャック」
ジョーカーが促すが、ジャックは震えたまま答えない。
どうやら過呼吸になっているようだ。
なにこれめんどくさい。
「……本当にすまぬな。
あの者達はジャックの魔術によって心の闇を刺激され、自分にしか見えない架空の敵と戦っている状態。
ゆえに敵であるルナとそこの第二王子が倒れるか、その者の心の闇を払うか息の根を止めるかしか方法はない」
見かねたのか代わりにジョーカーが答えてくれた。
なんだかんだ彼女も面倒見がいいと言うか何と言うか。
「ふーん。あと、シルヴァ――あの銀髪の彼がいつもより強くなっているみたいなんだけど、それは?」
「ふむ……ジャックの魔術にかかっている間は、その者の潜在能力が解放される。
あの者はそなたが昔色々と聞いてきた銀狼か?」
「その通りだよ」
シルヴァを拾った後、彼の言う銀狼とはどんな種族なのかを調べる時に彼女の力を借りた。
公の文献にはただ滅ぼされたとしか書かれていなかったから。
彼女経由で獣人全般に詳しいキングから話を聞いて、やっといくつかの情報を得ることが出来たのだ。
「最近キングが銀狼について新たな情報を得たと言っておった。
もしやこれと関係があるかもしれん」
「新しい情報、か………
それじゃあ今回のお詫びとしてこの件が片付いたらキングを借りてもいいかい?」
「それだけでよいのか?」
ぱちくり、と瞬くジョーカーはとても可愛らしい。
可愛いは正義だ。なんだか色々許される気がする。
「いいよ。私もまあ、怒りすぎたしね」
「そうか……感謝する、ルナ」
「それほどでもないよ。
じゃあしばらくしたらそっちに行くから。
……それまでに君も、もう少しマシになっていてね?」
「……ひっ、」
悲鳴を上げるだなんて失礼な。
肩を竦める私にジョーカーは苦笑した。
「ルナ、もう少し優しくしてやってくれ。
そなたの後輩でもあるのだから」
「次会ったとき次第かな。まあ考えておくよ。
それじゃあ、私も弟子の再教育といこうか」
「妾も再教育に力を入れよう。
ではな、そなたの戻りを楽しみにしている。ゆくぞジャック」
ジャックの首根っこを掴んで転移するジョーカーを手を振って見送り、私はため息を吐いて振り返った。
「セイ、終わった。シルヴァは私が預かろう。
弟子の不始末は私の不始末だからね」
「……なんか不安だなー
ルナ、まだちょっと怒ってるでしょ?
それに連戦に次ぐ連戦だし、大丈夫?」
「まだいけるよ。それに殺しはしないさ」
「その発言がすでに不安。
でもま、俺もジークだけのが楽だし、最近かまってあげてなかったから丁度いい機会かもね。お願いするよ」
その言葉とともにシルヴァがセイの剣圧で飛ばされ私に近づく。
私をきちんと認識することも出来ていないのだろう、虚ろな目が虚空を彷徨った。
「ふーん……これは相当なようだね」
鍛え方が甘かったのか、シルヴァが油断していたのか、それともその両方か。
ともかく再教育といこうじゃないか。
「おいで、シルヴァ。久しぶりに君を叱ってあげよう」
その薄墨の瞳に刻み付けるように、私は紅をぬって赤く染まった唇をつり上げた。
オマケ:そう言えば…
「このドレスといい靴といい、採寸なんか一度もしていないのにサイズがピッタリだね」
「何言ってんの、靴のサイズなんてこの年じゃ殆ど変わるはずないからレナードの店の記録見ればいいし、服なんて見れば分かるにきまってるじゃん」
「………セイ、君ってよく言う見ただけでスリーサイズが分かるっていう、アレかい?」
「ん?まあ何となくなら。後はほら、抱き締めるじゃん?その時の感触とかで細かい数字わかるでしょ?」
「……そう言われてみれば、私も君のサイズわかる気がする。肩幅とか腰回りとか、いつも触ってるし何となく」
「……セイル様?」
「……ルナ?」
「うん?どうしたんだい、二人とも」
「あはは、やだな、二人とも目がマジだよ?さっきの発言は何て言うか、ほら、ね?」
そしてセイルートはフルボッコ