9-11*
The 4th year
Side:Silva
翌日になって、予定通り魔物達が昨日仕掛けた術や道具によってこの場所に誘い込まれるのを待つ。
既に俺が円状に足場を安定させた地面にはそれぞれ事前の計画通りに人が配置されていた。
魔物が入ってくる“入口”となる場所の傍には、それを除いた全面にあらかじめ結界を張った帷が。
そこから均等に距離をとって俺と氷雨、煌炎の三人が立つ。
治癒や補助を主とする彩花は氷雨の横だ。
「どうだ、明星」
「……近い。足音が聞こえる」
「私も気配を感じますね。帷、準備をお願いします」
「はい」
俺が耳、煌炎が気配で討伐対象である魔物達の接近を知らせる。
緊張感が漂い始め、指示を受けた帷は魔力を練り込み始めた。
シャッターのように“入口”の扉が上部に現れる。
「彩花、補助魔術を。
後、お前は回復要員だ。怪我をすることは防げ」
「はい、いきます!
【付加、水属性】【付加、氷属性】
【全体付加、速度上昇、確率上昇、防御上昇】」
最初の二つで氷雨に、後の全体魔法で俺達全員に付加の魔術が降り注ぐ。
昨日の一件以来彩花とは話していない。
時折目線を感じるが実害はないので放置していた。
ただ氷雨に面白そうにこちらの様子を見られるのは不愉快だったが。
「明星、危なそうなら守ってやれよ」
おちょくるような言葉は一体何を目的としているのか。
正直彩花のためを思ってではないだろう。
彼はそんな善人ではない。
力を持つ者は良くも悪くも自分のことしか考えていないような面があるのだ。
恐らく何かしらの思惑があるのだろうが…
「ここに来るのなら、それなりの力は持っているんだろう。
それにそんな義理もない」
「なんだっけ?アイツがよく言ってた台詞。
確か女の子には優しく、だったか?」
「………氷雨。俺はいつまでも我慢ができる訳じゃない」
彼女のことを話に持ち出されるのは我慢がならなかった。
しかし地を這う低い声は氷雨よりも煌炎の注意を引いたらしい。
彼は仕方ないものを見るような顔で氷雨、そして俺を見やる。
「氷雨、貴方はちょっかいをかけすぎです。
依頼の最中だというのに新人を焚き付けて、しかもその相手が人嫌いの明星。
貴方なりに思うところがあっての行為なのかもしれませんが、以前と今の俺達の力関係は逆転しているんですよ?
このままでは殺されても文句は言えません。
そして明星も、あまり他人を拒んでばかりではこの先やりにくくなります。
少しは注意してください」
まあ今回悪いのは氷雨の方ですがね、と締め括った彼はやはり年長者だけあって言葉に重みを持っていた。
少なくとも、最低限耳をかそうと思う位には。
「さあ、来ますよ。帷、頼みます」
話している間に、最早目で確認できる程近づいた魔物達。
帷が術の行使のためのタイミングを見計らう。
そして魔物の全てが結界内に入った瞬間。
「【閉鎖】!」
“入口”は閉ざされ、密室が完成した。
それにようやく気づいたか、それとも目の前の人間に食欲と闘争本能を刺激されたのか。
魔物達は揃って雄叫びをあげる。
何かの切欠があればすぐにでも戦闘が始まるだろう。
―――けれど、その直前に。
空が輝き、雷が轟いた。
確かに快晴だというのに、響く雷鳴、押し潰されそうな圧迫感。
強者だけが持つその圧力は、慣れた気配は、風が運ぶ香りは、まさか。
「【突き刺せ、百雷】」
空から結界さえも貫き降り注ぐ光の槍、地に縫い止められた魔物達の絶叫と迸る真っ赤な血の飛沫。
術者はそれと共にまるで羽のようにふわりとこの場に降り立って、フードを取り払い地につく程の黒髪を靡かせ振り返る。
――嗚呼、彼女だ。求めてやまない、俺の、唯一。
「……ッ、ルナ!!」
馬鹿だと、自分でも思う。
どうかしてる。
前回見つけ出してから、数ヵ月しかたっていない。
なのに泣きたいくらい切なくなるなんて。
ずっと口にすることを、想うことを禁じていた貴女の名前も、ただ一度貴女の前に立てば簡単に崩れてしまうなんて、俺はどこか狂ってしまっているのだろう。
他人のつけた名前が依存だとしても、そんなことどうだっていい。
ただ貴女を求めるこの想いが、俺にとっての真実。
この感情を、俺自身が愛だと呼ぶから。
「………シルヴァ」
別れた時と何一つ変わらないルナの姿、その微笑み、声が纏う温度。
確かに俺へと向けられたそれらにどんな気持ちになるかなんて、きっとルナは分からないだろう。
三年だ。三年間、声を聴くことすら許されなかった。
その表情だっていつだってジョーカーの仮面に隠されて、いつしかルナの顔すら忘れてしまうんじゃないかと恐れていた。
そうして欠片すら俺に触れさせようとしない貴女なのに、恋しさは募るばかりで。
「ルナ……」
「おい!何を感動の再会してるんだ」
溢れる思いとそれを紡ぐはずの言葉は氷雨によって遮られた。
その声に彼女の目が俺から他のモノへと移り、それを認識した途端胸のうちにドロリとした黒い思いが渦巻く。
こいつらも邪魔をするのだろうか。
闇ギルドの面々のように、彼女へと繋がるものを阻むのか。
「やあ氷雨。それに煌炎もいるなんて、今のギルドは人員不足のようだね」
「どっかの誰かが急にギルド辞めっからだろうが」
「そうですね。お陰で毎日身を粉にして働かされている状態です。
それに見なさい、この明星の様子。
貴女がおかしなことをするからこんな事になるんです」
「ふふっ、それは仕方がない。
だって私がそうしたかったんだから。
どれだけ口で文句を言ったとしても、結局君達はため息を吐いて状況を呑み込んでくれるだろう?
何しろ私が一番強い。そこにいるシルヴァが君達を凌いだとして、それでも君達は最終的に私の言葉に頷くよね?」
「………うっせ」
「反論できないところが本当に癪ですね」
親しみのこもる会話が憎らしい。
俺よりも大切じゃない存在のくせに。
俺と同じ、彼女が憎むこの世界の人間のくせに。
それは同じランクの者として過ごしてきた年数や強者に抗えない種族の血が為すことだったとして、けれど俺には酷く厭わしかった。
「突然ギルドを脱退したことは確かに悪かったとは思っているよ。
けれど私も私なりにある程度の義理は果たしている。
それに私が抜けた穴は我が元弟子が埋めてくれているしね。
加えて最近はどうやら低ランクの教育もしているみたいだ……今一つ心許ない様子だけれど」
ルナは初めて見る顔であろう二人のギルド員は、急な人物の登場に戸惑いを隠せないでいた。
「宵闇、って、あの……!?」
「明星様の、師……あの人、が」
「ふふっ、まあギルド員の現状なんて今の私には関係のないことだね」
くるりと再び全員を見回した彼女が俺に目を留める。
とん、と一跳びですぐ目の前まで近づいて、その細い指で俺の胸元にかかるギルド証をつまみ上げた。
すぐ傍にルナがいる。
なのに動きに全く反応できず、いつの間にか魔術での拘束までされていた。
恐らく他の者も同様。
自分から触れることさえ出来ないなんて、まだ一向に追いつける予感すらない圧倒的な実力差に打ちのめされる。
「これ、私のだね。今までは気づかなかったけど……ヒルルクじゃなく、君が持っているの?」
心底不思議そうにする彼女。
わかっているくせに。
縛ろうと強制力を増す魔力をどうにか振り払い口を開く。
貴女は、狡い。こうやって俺の言葉も聞かずにただ自分のそれだけを俺の胸に残していくなんて、させるものか。
「……俺の、想いも、ぜんぶ、分かってる癖に……
こうやって、過去の持ち物に縋るのも、ずっと探し続けるのも。
ぜんぶぜんぶ、俺が、ルナを好きだからだって、ルナは、分かって………」
言葉にならない。だから貴女は、酷いんだ。
「……君は、喋れるんだ?
本当に強くなったみたいだね」
そんな顔をするものじゃないよ。
そう言って眦に伸ばされる指先はほんの僅かに肌を滑った。
切なそうに微笑んだ表情のままするりと指先が動き、まるでルナが俺の前から姿を消したことが嘘であるかのように、いつも通りの仕草で。
髪を撫でられて、以前のように耳と尾を表に出されてしまう。
本当に、俺は馬鹿だ。
こんな簡単に喜んで、夢中になって、いっぱいいっぱいになる。
抱き締められたわけでもなんでもない、ただ微かに手が触れただけなのに。
昨夜の不快な出来事がそれだけでルナの全てに塗り替えられていく。
「ごめんね。確かに意地悪をした。
私が悪いということも分かっているよ。
……ねぇ、でももっと笑っていてよ、シルヴァ。
私が告げるにはあまりに愚かで残酷な言葉だとしても」
「………、っ、そ、んな……酷い、ことばっかり、ルナは…」
貴女が俺を捨てなければ、俺はずっと笑っていることが出来たのに。
「うん。ごめんね。けれど君もいけない。
言われたことを全然実行しないのだから、私も我慢の限界だ。
もっとちゃんと眠ってちゃんとご飯を食べなさい。
そうすれば君はもっともっと強くなるよ」
きっとエースのことだろう。
二年前のあの時、確かに彼はそんなことを言っていた。
あまりルナに心配をかけさせるなと。
一年前、氷雨にも同じようなことを言われた気がする。
でも貴女がこうして言葉をかけてくれるなら――そう思ってしまう自分は止められない。
それを見越しているのだろう、ルナは周囲に聞き取られない小さな声で囁いた。
「あまり度が過ぎるようならば、悲しいけれど君の記憶を消してしまうよ」
「………っ!!」
ある種の脅しだった。きっと彼女は本気だろう。
瞳がそれを物語っているし、そう口にしたのだからそれは絶対だった。
ルナに関する記憶の消去を恐れ息を呑んだ俺に微笑みはすぐに温かなものに変わり、手は宥めるように髪を梳く。
「無理をしてはいけないけれど、できる事なら私の言葉を守っておくれ。
私は身勝手な存在だ。だから私の勝手で君にそう告げる。
君がそれに反発したり、怒ってしまってもね」
「それを言うために、ルナは…?」
こうして今日という日に俺に顔を晒し、そして言葉をかけたのだろうか。
問いかければそうだね、と頷く彼女。
それに、と更に言葉が付け加えられる。
「――それに、女心というものは複雑なんだ」
彼女からもらったリボンで結ばれた長く伸びた髪に少しだけ微笑みを苦くしたルナは、魔術まで使って浮かび上がり俺の獣の耳に唇をよせて囁いた。
「昨日の夜。見ていたよ?」
「……!」
「恋人をつくったのかと思ったけれど、君の言葉を聞く限り、私の思い違いだったのかな」
ほら、また。貴女の言葉ひとつでこんなに簡単に俺は。
「ち、がう。ルナ、誤解。そうじゃない。
あれは、俺じゃなくて、アレが勝手に……!」
くすくすと彼女が笑う。
必死に弁明する俺はまるで子供のようで情けなくて、でもそれはルナのせいで、ルナだからだ。
「その様だね。あぁそれと、もう一つ」
「……?」
「セイのことは祝ったのに、君には何もないなんて不公平かなって。
―――ランクSS、おめでとうシルヴァ」
「!」
確かにルナはセイルートの即位式に参列した。
ただ今回は国民に紛れ込んでいたようで、俺が彼女の魔力に気づいて駆けつけた時には人ごみに紛れてその場を後にしていたのだ。
「何かをあげようか、セイのように花吹雪でも降らせようかと色々考えたけれど、どっちもやめた。
君を私に縛ってしまいそうだし、そのギルド証をもらったならいいよね?ただまあ………」
ルナの指が俺の下唇をなぞる。
あぁ、何故俺は動けないのだろう。
今この瞬間、彼女を抱きしめることができたなら。
「こうやって自分で自分を傷つけるのは感心しないな。
だから簡単なものだけど、この治療をプレゼント代わりにしておこう」
その言葉で気づく。
そう言えば昨日唇を噛んだ。
たぶん瘡蓋になっていたのだろう。
そしてそれをいつかの時のように治癒の魔術で治療してくれたのだ。
――こんな風に、気にかけてくれる。
“この世界の人間”という一括りのモノではなく、俺を俺として見てくれている。
なのに、どうして。
「君と久方ぶりに話すと止まらなくなってしまいそうで困ったな。
……さて、恋人を作ったのでないなら、私はまだ君から逃げなければね。
君がこんな私を愛しいと思ってくれて、私も君をそう思っている限り。
若しくは、君が私を捕まえるまで」
俺を愛しいと、そして殺したいと言うのなら。
離れないで、傍にいて、ルナ。
けれどそんな俺の望みとは裏腹に彼女は行ってしまう。
甘いものを含んだ瞳をすぐに硝子玉のようにして、望まれ叶える存在として。
「悪いけれど、この魔物達は殺させてね?
実はとある商人に望まれてしまったんだ。
この岩山を通って“王国”に行った方が早いからよく使っていたのに、魔物のせいで交通規制がかかって通れなくなってしまったからどうにかして欲しいって。
あ、でも悪いとは思っているから一匹は残しておくよ。
君達に私を追い回されても困ってしまうし」
言うが早いか彼女は高らかにカウントした。
「3、2、1、さぁ終わりだ」
トン、とあまりに呆気なく全ての――ただ一頭のドラゴンを除いた全ての魔物の首が落ちる。
地面に転がるいくつもの首、そしてそれを失った胴体。
溢れた大量の血が、茶の地面を赤黒く染める。
それを満足そうに眺めてから彼女は消え去って、同時に俺達と最後のドラゴンを拘束する力も消失した。
「ったく、相変わらずかよアイツ」
「まあ俺達としては元気なようで何より、と言ったところですが……明星は違いますよね」
二人から離れて、俺は残る一頭に近づいた。
やれやれ、と肩を竦める二人と未だ呆然としたままの残りに言い放つ。
「コレは俺がやる。手を出すな」
「分かりました、俺は帰り支度をしておきましょう。
氷雨、残りの二人と素材の収集を頼みますよ。
彼女の狩った品はとんでもなく高く売り付けられますから」
「お前、俺はともかく他の二人もって鬼か。
……明星、ちゃんと一回でストレス発散しろよ。
ぐっちゃぐちゃな死体とか俺は見たくないからな」
「その言葉は覚えておく」
これで邪魔は入らない。
まだ何事かを話す彼等を放って剣を抜き放った。
まずは、無駄に抵抗されないように足だ。
どうして彼女を捕えきれないのだろう。
あんな目をして欲しくない。
あんな、全てを等しく平等に憎み愛する目。
彼女を捕えて離さない、過去と元の世界がそうさせるのだろうか。
――だとしたらそんなモノ、ひとつ残らず壊してしまいたい。
足を切り落とされて絶叫をあげるドラゴンが煩わしく、その喉を潰した。
不快だ。噴き出る血も、響く音も。
弱者をなぶり殺したとして、この苛立ちはおさまらないのだろう。
オルドに戻ってすぐに王城へ行こう。弱者が駄目なら強者だ。
まだまだ俺は強くならなければならない。
今回まともにルナと相対したことでわかった。
ランクSSで満足しているようでは生温い。
なにしろまだセイルートに勝つことはおろか、引き分けることすら出来ていないのだから。
まずはセイルートに勝つこと。
そしてそれと同時進行的に、どうすればルナをきちんと捕まえることが出来るのかを考えなければならない。
何となく、分かってはいたのだ。
たぶん単純に彼女を捕まえるだけではその心は完全には俺に向かない。
勿論彼女の言葉を疑っている訳ではないから、きちんと俺を愛して、傍にいてくれるだろう。
けれど同時に今でも彼女の心は過去に――あちらの世界に囚われているから。
とても傲慢で身勝手かもしれないけれど、俺は彼女の全てで彼女から想われたい。
俺が彼女を想うのと寸分違わず同じ大きさで、深さで。
それにはただ彼女を捕まえるだけでは駄目なのだ。
今の時点ではいい案は何も浮かばないけれど、時間はたっぷりある。
失敗するわけにはいかないのだから、しっかりと考えなければ。
考えがある程度纏まったところで首を斬り落とす。
所々に夥しい血を溢れさせる裂傷を負った獲物はどうやら少し前から絶命していたらしい。
考え事に夢中で気づかなかった。
大切な剣が錆び付く事のないように丁寧についた血を払い、鞘におさめる。
死体は焼いておけばいいだろう。
素材には困っていないし、ルナの狩ったものがある。
いつだったか同じ様にルナがドラゴンを狩って、その肉を食べたことがあった。
ルナ以外の人間がいたのは少し不快だったけれど、懐かしい思い出だ。
いつもよりも穏やかな気持ちで過去を振り返ることが出来るのは、きっと彼女のおかげ。
今日声をかけてくれたのは、名前を呼んでくれたのは、彼女の言葉通りの意味もあったのだろうけど。
他にも―――そう、彼女なりに嫉妬したからではないか。
本当に単純に、心配事と祝いの言葉をかけたかっただけかもしれないけれど、それだけでもきちんと彼女の心に俺という存在が棲んでいるということが証明されている。
何より、もしかしたらルナは気づかれていないと思ったかもしれないが。
今日彼女の髪を彩っていたのは、確かに俺が贈った、銀色のそれだったのだから。
とても切なく、そして幸せなことに、ルナは俺のことを間違いなく愛してくれているのだ。
だから笑って
Side:Luna
煌炎達が演技をしてくれて助かった。
それは言葉での会話もそうだし、身体の動きを縛る魔術をシルヴァ達に使った時も。
本当はあの時、魔術をかけたのはシルヴァと見知らぬ顔のギルド員二人だけだった。
シルヴァは想像以上に成長していて、かなり力をこめたものでなければ動きを制限することも不可能だったから魔力温存のためにあの二人には魔術をかけなかったのだ。
けれど私の読みは少しばかり外れていたらしく、全力でかけた魔術も言葉までは封じることが出来なかったらしい。
ランクA+の二人は呼吸すら制限されそうなほどだったというのに。
そうまでして彼に近づいたのは、触れたかったから。
自分勝手だと思う。
つい嫉妬したのだ。彼に抱きつく女の姿に。
シルヴァが心変わりしたとして、仕方がないようなことを私はしている。
その時が来たとして私が彼に何かを言う権利はない。
だけど似たような状況が目の前に呈示されて、私は動揺した。
たぶん、シルヴァに全くその気がないことが分かったというのも嫉妬の要因なのだろう。
普通は逆かもしれないが、シルヴァがあの抱擁を望んでいれば私は仕方がないと自分をおさえることが出来たのだ。
けれど彼は女を突き放した。
その様子から、まだ彼が私を想ってくれていることがありありと伝わってきて、私は嬉しかった。
そして同時にそんな私は彼に触れられず、対して想われてもいない女が彼に触れられる状況に嫉妬した。
恋人をつくったのかと思った、というのは自分でも嫌な言葉だと思う。
けれどそう言わなければ自分の嫉妬心が彼に伝わってしまいそうで恐ろしかったのだ。
この感情をシルヴァに知られれば、それが更なる鎖となって彼を私への想いに繋ぐだろう。
それは私の本意ではない。もしかしたら、変にこういうことには察しのいい彼は気付いてしまったかもしれないが。
「君は、強くなるよ」
いつか彼に告げた言葉。それが今や私を追い詰める。
どんどん彼は私に近づいてくる。その心はもとより、持つ力すら。
今はいい。彼の姿は魔術によっていつでも水晶に映し出すことができ、私は彼を見守ることができる。
けれど、いつかそれが出来なくなってしまったら。
私はもう君に会えなくなってしまうのかな。
ずっとずっと仮面で顔を隠して、君と話すこともできなくなってしまうのかな。
そうなってしまうのは仕方のない事だった。
でも、そうなる前にどうか。
「もう一度、君の笑顔が見たい……」




