9-9*
The 3rd year
Side:氷雨
結局のところルナにとってシルヴァは何なのか、俺にはさっぱりわからない。
「どうだい?こうして歩いていても誰かが私に気付いた様子はないだろう?」
俺と煌炎の前を歩きながら会心の笑みを浮かべるルナは、確かに堂々と廊下を通りこうして声まで発しているはずだというのに俺達以外の誰にも気づかれていない。
本当はそこまで得意げな気持ちでもない癖にわざとらしいが、俺への当てつけなんだろう。
俺としてはさっきちょっと機嫌を損ねそうになったのでそのあたりは仕方がないと思っている。
「確かにその通りですね……
なかなかどうして、便利ではないですか」
「おい煌炎、急に話し出すなよ。
周りから見たら急に同意し始めた変な奴だぞ?」
「あはは、確かにそうだ」
そういうところは不便だが、確かに便利な術式である。
俺もできれば使いたいが……たぶん無理なんだろうな、まだ。
もうちょい成長すれば扱えるようになるのか、もしくは一生かかっても無理なのか。
ルナはとんでもない技術と知識と力の全てをわりとどうでもよかったり少々ずれた部分に注ぐ奴だからその辺りの判断は曖昧だ。
あと彼女の実力が突き抜けすぎていてよくわからないというのもある。
「さて、あちらに着く前に少しばかり追加で話をしておこうか」
怪しまれるだろうから必要なこと以外は反応を返さなくていいよ、という言葉と共にそんな彼女が口を開く。
内容は勿論これから始まる昇格試験に関してのもの。
ルナ曰く私の元可愛い弟子のためのものなのだから、彼女としても気合が入るのかもしれない。
まあ言ったらヤバそうなので絶対に口にはしないが。
「まずは普通に三人で闘技場に入る。
それで私がシルヴァの実力を測って煌炎と氷雨、どちらを試験の相手役にするか決めさせてもらうから、君達は指示に従ってね」
「わざわざ俺か煌炎か、選ぶ必要あんのか?」
別にどっちでも変わらなさそうなものだが、ルナなりに考えがあるのか。
正直俺としては彼女がシルヴァをランクSSにさせてやりたいのかそれともさせたくないのか、そこから分からない。
どちらを相手にするかをわざわざ決める、と言うからにはそのどちらかの意図がありそうなものだが……
「そりゃあ勿論。
だってシルヴァがランクSSにふさわしくないような実力なら長く相手にするだけ時間の無駄だろう?
翌日には神喰らいの討伐が控えているわけだし。
だから彼が笑っちゃうくらい弱いようなら煌炎をあてる予定」
「俺ですか?」
「だって君は私が発破をかければすぐやる気をだして、そりゃあもう愉快なくらい頑張ってくれるからね」
「ルナって煌炎の扱い方分かってるよな……普段はそういう感じださねぇ癖に」
「何だか癪ですね」
確かに煌炎ならやるだろう。
ルナがどれくらいでシルヴァのことを倒せるだろうね、とか何とか意味深に笑いながら言うだけで絶対に本気でやる。
そうなった場合シルヴァには心から同情するくらい。
竜族はそういうものだ。
「その点逆に氷雨は遊んじゃう可能性があるからね。
弱い相手をいたぶるのが趣味という程でもないけれど、君は他人に対してそこまで誠実であろうという感情はないだろう」
「こちらもよく分かっている様で」
「うっせ。俺はいつだって真剣だろ、たぶん」
「どの口が言うんですか、まったく」
適当に否定を返しはしたが、確かにルナの言葉は真実である。
正直そこまでシルヴァに興味があるわけではない俺としては彼を全力で倒すことはおろか、真剣に相手をするかどうかも現時点では怪しい。
俺としては別にランクSS仲間を増やしたいとも思っていないこともあり、シルヴァの昇格に関しては流れに任せるといった心境だ。
そもそも俺はルナと煌炎、この二人と命を任せ合うという状況に満足しているのだ。
俺は戦いが死ぬほど好きというわけではないが、嫌いというわけでもない。
戦えば血がわき心躍るから、一度戦いを始めればむしろそれを楽しんでいるとも言える。
あの命のやり取りで得られる高揚感が気に入っているし、自分が生きていることを実感できる現場はそうそうないだろう。
そしてそういうものは自分一人で味わうのもいいが、少なくとも俺にとってはそれを誰かと共有する方が更にいいものなのだ。
背を合わせ命をあずけ、相手が死ねば自分も死ぬかもしれないような危険な戦いに身を投じること。
その好さを心から味わえるのは目の前のこいつらといるときだけ。
皆が皆屈指の実力を持ち、そして命のやりとりを楽しんでいる人間だからかもしれない。
初めて三人でひとつの討伐依頼を片付けてそれが異様に楽しくて、その理由にうっすらと気が付いた時から俺にとってこの二人は特別だ。
だから何か高ランクの依頼を任されそうになれば強引に二人を誘うし、時には現行の依頼をわざと送らせてタイミングを見計らったりもしていた。
更に今では二人は育てていた弟子を手放したため、以前のようにまた皆での依頼遂行がしやすくなったと言える。
つまり俺の中ではルナと煌炎、二人がいれば人生が楽しいという風に完結してしまっているため、シルヴァだとかその他のランクSSに上がってきそうな奴らのことは案外どうでもいいと心から思っているのだ。
たぶんそういう奴らがSSになったとしても俺は依頼に誘わないだろう。興味がないし。
だからシルヴァが試験をパスしようがしなかろうがどうでもいい。
ルナがパスして欲しそうなら少しは手加減してやってもいいし、して欲しくなさそうなら全力を出してもいいし。
シルヴァの相手が面白く、半殺し合い状態で楽しめるならそれもいいと思っている。
要はケースバイケースってやつだな。前ルナが言ってたような気がする。
「逆にシルヴァの実力がよくわからなかったら氷雨に頼もうかなと思っているよ。
煌炎と違って魔術が使えるから、いい意味で真っ向勝負ではない小手先技で彼の状態を判断することが出来るしね」
小手先技とかヒデェ。まあ出来るけど。
煌炎は攻撃手段が体術、剣、竜族の炎と、どうしても限られてしまう。
勿論それらは強力なのだが、ある程度力のみの真っ向勝負しかできないというのがこういった場面では難点だ。
そこは冷静に自己分析できているのか彼自身反論する様子もない。
「あと彼がランクSSになれそうな時も氷雨かな」
「そっちも俺かよ?」
「だって程々で止めそうだろう?
煌炎は下位の存在に負けるなんて考えたくもないだろうから、いざとなったら全力まで出してシルヴァを退けそうだけど、それだと明日に響く。
その点君なら明日のことも考えつつ力の温存をして、そのついでにシルヴァを合格にもっていきそうだ」
「………」
悔しいがその通りだったため俺達は何を言い返すこともできなかった。
「あ。最後に試験の内容だけど、私の時と同じギルド証を奪うことでいいかな?」
そしてその言葉に一気に煌炎の表情がゲンナリしたものになった。
よっぽどトラウマと言うか、黒歴史化しているらしい。
「それは嫌です」
「おやどうして?別にいいじゃないか。ね、センパイ?」
そしてルナはそんな黒歴史をおちょくることに一切の躊躇いがない。
煌炎が相手役を務めた昇格試験については俺は話に聞いただけなのでそこまでではないが、センパイ呼びはまた別だ。
ちょっと鳥肌がたった。
過去に経験したわざとらしい、どこまでもこちらを見下した笑みでこちらを見る彼女の昔の姿が脳裏を過るからだ。
煌炎に誘われ二人で挑んだ戦いだったが、見事に俺のトラウマと化している。
それで言ったら煌炎はあえてトラウマを重ねたということだ。
尊敬する。馬鹿すぎて。
「それはヤメロ。試験内容はまあ、あれだ。
俺と煌炎でそれぞれ考えとくからそれでいいだろ?」
あまりにも煌炎が哀れだし、下手したら俺までトラウマを抉られかねない。
そんな恐怖と共にした提案にルナはつまらなさそうに肩を竦めた。
「残念。まあわかったよ。
他は私の指示に従ってもらうのだし、それくらいはね」
丁度闘技場の扉の前に到着したところでルナは足を止め、俺達に道を譲った。
まああのまま彼女が先頭で中に入れば扉がひとりでに開くような状態になってしまうためそれも納得である。
「さて、私の可愛い元弟子は元気かな」
「見ればわかるでしょう」
「しかもちょっと前に俺みかけたけどすげぇやつれてたって言うか、ちょっと全然近寄りたくない感じだったぞ」
「ごはんは食べなさいって、昔に教えたんだけどね…」
シルヴァは本当に憔悴していて、そしてその原因は間違いなく目の前の彼女が消えたこと。
本当はもう少しからかってやろうかと思っていた。
それが出来るくらいにはルナは他人に興味がないやつだったから。
けれどそう言う彼女があまりにも悲しそうに笑ったのが目に映り、だから俺は口を閉ざした。
代わりに彼女が手をかけることの無かった扉に触れそれを開き、彼女と彼女を求める男を同じ空間へと引き入れる。
ほんと、よくわかんねぇ。
扉を開いた先に佇むシルヴァは以前共に依頼をこなした時と比べものにならないような雰囲気を纏っていた。
安堵と悲しみが混ざり合ったような吐息がそっと背後から耳を打ち、自然と俺も眉がよる。
想像していたよりもこの昇格試験は面倒なものになりそうだった。
「―――ギルドランクS【明星】シルヴァ、昇格を申請する」
大して感情を浮かべない黒い瞳が興味もなさそうにこちらを映し、ひび割れた唇が言葉を紡ぐ。
こりゃルナがしおらしくなるわけだ。
正直この状態は病的とまで言っていい。
過ぎた依存は恋愛事を生々しくどす黒く染めるものらしいと嫌な気分にもなった。
「………彼の相手を頼むよ、氷雨」
ルナがよぶ名は俺のもの。確かにそれが妥当だ。
確かに目の前の男はランクSSに相応しい力を持っている。
ただその向かう先が、抱く心がどこまでも暗い方向へ真っ直ぐに向かっているだけで。
「久しぶりですね、明星。
氷雨はこの間貴方を見かけたと言っていましたが、俺とは会うのは二年ぶりでしょうか。
あの当時よりもかなり力をつけたようで……先達としては感心するばかりですよ」
「………昇格試験の相手はどちらだ」
二年という月日にシルヴァの纏う雰囲気が更に尖り禍々しいものとなる。
視線を後ろにやれば煌炎は申し訳なさそうに目を伏せた。
浅慮でしたね、と語るそれは挑戦者である彼に対してではなくルナへのもの。
それにゆるく首をふり、ルナは俺を見詰めた。
「構わない。当然の報いでもあるさ。
けれど氷雨、早めに終わらせて欲しい」
「いいですか、氷雨」
「わかってる。シルヴァ、お前の相手は俺だ」
ルナへの答えが違和感を抱かせるものとならないように付け足された煌炎の台詞に頷いて更に一歩前に出る。
ここでこの男にルナの存在を勘付かれるなど冗談ではない。
明日の討伐がパァになってしまうかもしれないのだ。
「見届け役は煌炎がやる。
試験時間は一時間。内容は――そうだな、俺に攻撃を当てること。
一発でも俺の身体に魔術が当たればお前はもうランクSSでいい」
「……俺を舐めているのか」
地を這う声に思わず肩を竦める。
確かに舐めているのかと言いたくなるような内容ではある。
「お前の実力的にSSは確実だからな。
俺は興味ない事に余計な手間をとられんのは嫌いなんだよ。
だったら俺が楽な内容で試験するに決まってる。
明日は明日でこっちの煌炎とSSの依頼片付けなきゃいけないしな」
「……」
「何だよ、楽にランクが上がれるんだからいいだろ?」
それにこの方が早く済む。
ルナはあまり長くこの元弟子の姿を見ていたくないんだろう。
その割に部屋に入ってから一度たりとも他に目を移すことなくシルヴァを見詰めてるんだから、女心ってやつはわからねぇ。
まあ普通ならそういうところが可愛いってもんだが、何しろルナだからなぁ…
「お前だって余計なことに時間をかけてられねぇのは同じじゃないのか?」
その点男心は分かりやすくていい。
俺の一言が何を指しているかすぐにわかったんだろう、シルヴァは怒りをその瞳に湛えてこちらを睨みつけた。
以前ルナと一緒にいたときは主に正の感情を時折表していた瞳。
彼女の動作、言葉に嬉しそうに表情をゆるめていた。
対して今はどうだろう。鉄面皮はあまり変わっていないものの、少しつつけば負の感情をこれでもかと浮かべてこちらを見据えてくる。
興味はないが愉快ではありもう少しグラつかせようかとも思ったが、ここはルナがいるから我慢だな。
彼女がいない時に色々とちょっかいをかけるとしよう。
こいつにルナが捕まったらまた三人で依頼をこなすのが難しくなりそうだし。
「ほら、剣抜け。煌炎、時間測っといてくれよ?」
「えぇ。それと貴方が死にそうになったら助けてあげますよ」
「おいこらナメんな」
確かにシルヴァの実力はSS相当に成長したが、それでも俺の方がまだ強い。
まあたった二年でここまでということを考えれば案外すぐにぬかされてしまうのかもしれないが、それでも現時点では俺が上なのだ。
なのに嫌味なんか言いやがって、俺はそっちと違って簡単に熱くならないっつうの。
「頑張ってね氷雨」
「……俺にでいいのか?」
その言葉は本来ならばシルヴァに向けたいのではないだろうか。
つい聞き返してしまった俺に、目の前の彼はいぶかしげな顔をした。
それを放置して背後を振り返る。
ルナは唇に指を立て静かに首をふった。
言わない、もしくは言えないという意味だろうが、どちらなのかが案外一番重要だというのに。
……恐らくそれも分かっていて、彼女は口を噤んだのだろうが。
「グズグズしていないで始めますよ氷雨」
「……分かってるって。任せとけ」
仕方がないので疑問は投げ捨て彼女の元可愛い弟子に向き直る。
前から思っていた事だが、正直こいつは今も昔も全く可愛くなんかないんじゃないだろうか。
剣をしっかりと構えいつでも魔術を発動させられるよう魔力を練りこんでいる姿は可愛いとはかけ離れていると思う。
「では、始め」
しかもこちらへ斬りこんでくる動きが早いこと。
持ってる剣も一級品だろ絶対。
避けるついでに位置を入れ替え視界にルナと煌炎が映るようにする。
こうした方がまあ有り得ないとは思うがシルヴァが彼女に気付く可能性が低くなる。
「それにしてもまあ……良い装備持ってんな」
「……」
「無視かよ。お兄さん悲しむぞ?」
「オジサン、の間違いでしょう。年齢のサバ読みは見苦しいですよ氷雨」
「オジイサンに言われたくねぇよ」
表情を凍らせた煌炎は無視して何か知っていそうなルナをそれとなく見詰める。
即行で目をそらしたってことは絶対一枚噛んでるんだろう。
シルヴァではまだここまでの装備をそろえるのは不可能だ。
「大体お前メシ食ってんのか?
食事は大事だぜ?良い魔物の肉紹介するか?」
「……遠慮する。食事もとっている」
「胡散臭い言葉だな。んなガリガリで」
「……」
「……?」
一体何が琴線に触れたのかは知らないが、一瞬シルヴァの黒い感情が和らいだ気がした。
「………装備は、レナードに頼んだ。
知っているか?“王国”に店を構えている職人」
「おお、俺も自分で素材持ち込んで頼むことあるぞ。
まあ俺は基本的に故郷の腕利きに頼むんだが」
「素材を、持ち込む……?」
いぶかしげに眉をよせる姿にピンときた。さてはルナの奴。
「知らないのか?あそこ、ある程度強い装備を頼むなら素材を持ち込むんだぜ?
職人が自分でとってくるにも無理があるしな。
まあお前は店主と親しいみたいだしサービスされたんだろうな」
実際は事前にルナが素材を用意していたんだろうが。
それを知らない、そして思いつきもしないのだろうシルヴァは少しだけ表情を和らげた。
「そう。レナードはいい人」
いい人っていうのは恐らくシルヴァにとってではないと思うが。
あの店の店主はルナの知り合いだったはずだ。
彼があそこまで成功したのも彼女に出会ったことが大きいと、当の本人が公言している。
つまり店主はルナに義理立てする形で彼女の関与に口を噤んだんだろう。
かなりの力を持っているだろう装備はどれも一朝一夕では手に入らないものばかりを使っているはず。
ルナのことだ、一週間ほど目ぼしい魔物を狩りまくりそれらを用立てたのだろうが――――いくらなんでも気を遣い過ぎじゃないか?
そこまでする意味が分からん。
それともこれも彼女からシルヴァへ向かう感情の表れなのか。
本人には知らせずに行うそれは不器用としか言いようがないように感じるが。
「そうか。まあよかったな、いいものが手に入って」
恐らくこうしてこの男はたくさんのものをルナから与えられてきたのだ。
それは降り積もる雪のように彼の中に落ち、けれど決して溶けて消えることはない。
朝も昼も、そして眠りに落ち彼がそれに気付くことの無い夜であってもルナから与えられるものは彼の中に降り続けている。
自分がたくさんのものを手にしていることにシルヴァは気付いている。
けれど同じくらい彼が気付かず与えられているものが大きすぎる。
シルヴァはルナにとってここまでする価値のある存在なのだろうか。
それは彼が弟子だったからなのか。
それは彼女が彼を育てたからなのか。
それは彼が彼女に恋をしたからなのか。
それは彼女が彼を愛したからなのか。
やはり俺にはさっぱりわからない。
ただ分からないなりにこの形で果たして正解なのだろうかと考える。
強すぎる依存は毒だ。どちらにとっても。
取り敢えずはシルヴァをSSへと引き入れよう。
そして見てみるしかない。依存の結末を。
それがいずれは色褪せて消えるのか、それとも更に色を強めるのか。
それが不幸を呼ぶのか、それとも幸福へ繋がるのか。
わからないなら答えが出るのを待てばいいことだ。
そして俺は俺なりにそれがルナにとっていいもので、そして尚且つまた三人で楽しくやれるものであることを祈っている。
シルヴァは興味がないので放置だ。男は好きじゃねぇし。
考えをまとめて改めてシルヴァへ意識を戻す。
問題は解決したし、後はこの昇格試験をどうにかしてしまえばお待ちかねの討伐だ。
それにしても……どのタイミングで負けるのが正解なのか、さっぱりわからん。




