9-8*
The 3rd year
Side:煌炎
彼女がその姿を消して、すべてが変わった。
状況も、周囲の思惑も、そして俺自身でさえも。
「―――煌炎、やっぱお前も呼ばれたのか?」
声をかけられ歩みを止める。
このギルド本部において俺を気軽に呼び止めることが出来るのは最早たったの二人。
そのうちの一人はこれから向かう部屋から出ることが殆どないのだから、呼びかけてきた者は振り返らずともわかる。
「氷雨、久しぶりですね」
顔を向けた先にある顔は対して記憶と変化がない。
とは言ってもギルドの依頼で顔を合わせることが多いため、こうして会ったのも数ヶ月ぶりという程度なのだが。
「久しぶりって、たった数ヶ月だろ。耄碌したか?」
「喧嘩を売っているつもりならば買いますが」
「冗談だっての。お前喧嘩っ早くなったよなー、元々はそういう奴だったけど。
それに弟子も適当にもう十分だのなんだの言って独り立ちさせやがったし。
まあ俺的には依頼遂行が楽になって万々歳だけど」
「まあ、そうかもしれませんね…」
確かに俺は元々傲慢で、自分より下位の者に対して気に入らなければ簡単に力をふるった。
いくら雑用を任せられるとは言え弟子など間違っても取らなかっただろう。
だからある意味今の状態は昔に戻ったと言って差し支えないものだ。
そしてその原因はただひとつ。
「ま、ルナもいなくなったしな」
宵闇。俺よりも強い力を持ち、俺よりも他者を見下し、俺よりも簡単に全てを切り捨てる絶対の存在。
彼女に打ち負かされ、俺は自らが他者と等しく下位の存在でしかないのだと思い知らされた。
彼女の力に近づき、そして認められようと腕を磨いた。
彼女にとっては俺も他と同じ程度の存在なのだと知り、他者を徒に見下すことをやめた。
彼女がそうしたように俺も弟子となる存在を育てた。
その全ては宵闇の消失と共に泡と消えたけれど。
彼女がいなくなって、俺は再びギルドで最上の位についたと言える。
けれどそれは言い換えれば歯止めがかからなくなったということだ。
弱者は再び無価値なものと成り果てた。
彼女を模倣するためにとった弟子など既に意味を感じず放り出した。
それでもあの頃よりもマシなのは、彼女が記憶に刻まれているから。
「宵闇は……今、どこにいるのでしょうね」
「さあな。シルヴァはまだ諦めねぇで探してるが、ルナ相手に、なぁ…
逆にお前も探してみたらどうだ?
シルヴァよりは見つけられる可能性高いだろ」
「俺の事情で煩わせていいはずがないでしょう。
それに俺は明星と違い、そのような許可を得てもいない」
ならば俺の行動で宵闇を探し出していいはずもない。
告げれば氷雨は呆れたようだ。
「そうかよ……俺にもそれくらい気を遣ってほしいもんだ」
「それは貴方が俺よりも強くならねば無理ですね」
「簡単に言うな。俺より強いわけでもないくせに」
俺と氷雨の力は拮抗している。
それは互いの力の性質のせいもあるだろう。
そのために俺にとって氷雨はどこまでも同格の存在。
見下しはしないが、同時に敬意を抱くわけでもない。
だからこそのこの関係性であった。
――まあ、それが居心地がいいと言えばそうなのですが。
「無駄話はやめておきましょう。総代を待たせていることですし」
「ヒデェ。お前だってノッてきたくせに」
「知りません」
ぶつくさ言い続ける氷雨を放置して歩き出せばやはり文句を言いながらもついてくる。
そもそも俺達がこうしてギルド本部を歩いているのはギルドの長である総代から呼び出しを受けたためである。
その理由はまだ明らかにされてはいないが、同時にいくらか予想がついてもいた。
予想が正しいか否かは話を聞かねばわからないが、ギルドとして俺が考えていること以外に重要な案件は今のところ見当たらない。
氷雨も先ほどやはりと口に出したことから俺と同じ考えを持っているのだろう。
だとして今の自分にはさほど興味がないことだった。
少なくとも今の時点で俺はその内容に欠片も関心を引かれない。
何故なら俺が強者であり上位者であるから。
本部の最深部、総代が待つ室の前に立てば扉はひとりでに開いた。
中に感じるのはふたつの気配。
ひとつは総代のものだが、もうひとつは果たして何者だろうか。
感じるそれは今までに知覚したことのないもの。
総代の側近として働いていた二人の人間は数年前に総代の手により処分され、以後その後任となる人材は見つかっていなかったのだがようやく新しい人間が入ったのだろうか。
氷雨も考えることは同じなのか首を傾げている。
「よくぞ参った」
迎える総代の姿は変わらず、その隣にはすらりとした人影。
揺れる黒を見て、俺は思わず声を失った。
「やあ、ふたりとも。元気にしていたかい?」
「宵、闇……」
総代の腰掛ける豪奢な椅子の肘置きに優雅に不遜に座っていたのは、紛れもなく記憶の通りの彼女だったのだから。
彼女と総代が語るに、今の宵闇の立場は総代の子飼いのようなものらしい。
俺には分からないが魔術を扱う氷雨が見るに、彼女と総代が身に着けている黒い装飾にはかなり強い術がかかっているとのこと。
恐らくそれで契約を結んだのだろうが、どちらもその内容を語る気はないようだった。
「宵闇のことは主らにも秘すつもりであったが……そうもいかぬ理由ができた」
「理由、ですか」
「左様。仔細は宵闇から聞くがよい。仕事がある。辞せ」
詳細は語らずただ億劫そうに手を振り払う総代に疑問は尽きないが、それ以上に意識を向けるべきはこちらだ。
視線を動かし未だ怠惰に肘置きに座る宵闇を捉える。
それに気づいた彼女は意味深に笑み立ち上がった。
「相変わらずせっかちだね。
まあ何にしろ場所を移そうか。部屋は用意してくれているんだろう?」
「上の階層を空けておる」
「はいはい。それじゃあ行こう」
他者の目に触れないようにだろうか、すぐさま転移術を発動させた宵闇に導かれ階層を上がり用意された室内に移動する。
本当に三人だけで話すつもりらしく席は丁度三席、テーブルには飲み物が置かれていた。
「あークソ、おい、結局わけわかんねぇぞ?」
気が抜けたようにどかりとそこへ座った氷雨は乱雑に頭を掻いた。
その様子に宵闇は笑い、同じく席へと腰掛ける。
未だ立ち尽くしたままの俺を目に留めれば当然のように首を傾げた。
「煌炎?座らないのかな?」
「………、失礼しました」
「ふふっ、話に聞いていた通りだね」
それはどういう意味かと座りながら疑問を視線に乗せれば宵闇は紫闇の瞳を細めた。
「いや、私がいなくなってから煌炎がまたやんちゃになって困るって総代が言っていたから」
「………」
ぶは、と横から噴き出す声が聞こえた。
それが更に俺の苛立ちを煽るが、同時に間違いのない事実でもあるため反論することもできない。
「君、もうちょっと学習しなよ。
まあそういうとこ、少し可愛いからいいけどさ」
「ははははっ!ルナ、もっと言ってやれ!」
「氷雨、いい度胸ですね……?」
彼女からの揶揄は甘んじて受けるが、氷雨からのそれは許容範囲外だ。
睨みつけるが彼は堪えた様子もなく表情を崩さない。
それが普段の反応とは違ったもののように感じ眉をよせれば、気付いた彼は未だ笑いながら俺と宵闇を交互に見詰めた。
「やっぱいいな、俺達はこうじゃないとつまんねぇ」
それは紛れもなく氷雨の本心なのだろう。
確かに俺もそうだった。俺と氷雨では足りない。
俺達を凌ぐ圧倒的な強者である宵闇、彼女がいてこそ俺達はこの弱者ばかりが過ごす毎日を退屈することなく過ごすことが出来るのだ。
「久しぶりに会うと熱烈だね。デレ期というやつかな」
氷雨の言葉に宵闇はそう言って愉快そうに笑った。
彼女が俺達にはわからない言葉を使うのはよくあることだから今更それを気にはしない。
こんなやり取りですら久方ぶりで、懐かしい強い力の気配に血が沸き立つのを感じた。
「さて、それで私がどうして今更君達の前に姿を現したかだけど、その理由はいくつかあるんだよね。
そのうちの一つが今言った煌炎、君の事情だ。
私というストッパーが君の前から姿を消したことで周囲に悪影響が出そうだと聞いてね。
それに聞いたよ?焔火のこと捨てたんだって?」
「お前が言うなよ」
「私の場合はいいんだよ。だって私は身勝手で力ある存在だから。
というかシルヴァのことはまた後で話があるから腰を折らないでくれるかな?」
む、と拗ねたように、それでいて確かに気まずさも含んだ声音が耳を打ち、俺はほんの僅か咎めるように氷雨を睨んだ。
彼は彼で悪かったとでも言うように肩を竦めているから、先ほどの言葉がただのからかい程度のもので、決して本気ではないこともわかる。
同じくそれを見詰めていた宵闇も本気で受け取りはしなかったようだ。
「なんというか、余裕ができたようですね」
「うん?………あぁ、シルヴァのこと?」
その通り。俺の中で明星と彼女の関係について徒に触れることはタブーだ。
微かなそれでも宵闇の逆鱗に触れることであり、彼女の気分を害するもの。
それは数年前、ともに依頼を遂行した折に強く俺の記憶に刻まれている。
しかし今の彼女は大してその感情を揺らすでもなく力の片鱗をのぞかせるでもなく、ただ穏やかに構えているのだ。
それに少しの戸惑いを覚えてしまうのは仕方のない事のはずだと主張したい。
そして宵闇は余計な俺の一言にも気分を害した様子を見せることなく、その通りだね、と同意を示してみせた。
「私にとってシルヴァが大切な存在だということを私はもう認めている。
だからそれに知らないふりをしていた昔のように、君達に怒ることはしないよ」
「大切、ですか…」
「うん。“王国”国王セイルートと同じくらい、彼は私にとって大切なひとだ。
―――と言うか、だから話の腰が折れてるって。元は君の話をしようとしていたんだよ、煌炎」
「つってもな。煌炎が焔火を捨てたのは事実だし、こいつのルナへの尊敬っつーか畏怖っつーか、そういう竜族の性は今更どうしようもねぇし」
その通りだった。焔火は俺にとってどこまでも宵闇を模倣するための、彼女に近づくため手段でしかなかったのだ。
だからこそ彼女が明星を捨てた今、俺にとって彼は無価値。
それが分かっているのだろう、宵闇は仕方がなさそうに苦笑した。
「まあね。でも焔火は案外納得いってないみたいで、今も健気に君を追いかけているじゃないか」
「追いかけている、ですか?
別に焔火は明星が貴女にするように俺を追い回したりはしていませんが」
「………そういう意味じゃないって」
気に障りはしていないようだが、明星とのことについて言われるのはうんざりだとでも言うような顔をした宵闇が呟く。
氷雨にまで呆れ顔を向けられているのは何故だ。
「お前、もう少し弟子に興味持てよ。
シルヴァもそうだけど、焔火だってランクSに上がっただろ」
「そう言えばそうでしたね」
「つまりお前に追い付こうと頑張ってるってことだろ」
「まあ焔火の場合は見返してやるって気持ちもあるんだろうけどね」
何にしろ追いかけていることに変わりはない、と笑う宵闇だが、彼女とて他人事ではないだろう。
ただあまり言えばただでは済まないだろうことが分かっていたため口にはしなかったが。
「いいや、煌炎だし仕方がない。
君はなんだかんだどこまでいっても強い人間にしか興味がないしね」
「よくわかっていますね」
「まあね。それで理由の二つ目だけど、最近また神喰らいっぽいのが発見されてさ。
その討伐を私達三人でやることになったんだ。
本当は私一人でやっていいんだけど、戦いの気配に君達が気付いて寄ってきて私とかち合ったら色々説明しないといけないだろう?
そういうの面倒だからバラしちゃおうと思って。
それに君達が補佐してくれれば戦いの最中シルヴァが私のところに来る可能性を低くできるしね」
あまりにさらりと語られた内容だが、神喰らいなど大事ではないだろうか。
だが体内で血がザワリと騒ぐのも事実。
恐怖にではなく歓喜にだ。
それに気づいた宵闇は俺達に苦笑を向けたが。
「あまり興奮しないでよ。討伐は明日。
その前にもうひとつ用事を終わらせないといけない。
それが私が君達の前に現れた最後の理由であり、恐らく君達も予想していたものだ」
「となると、やっぱシルヴァの昇格試験か」
「まさか貴女が相手をするとでも?」
そう、今ではランクS、剛毅や風音を凌ぐ実力をつけた明星。
彼がSSに昇格しようとしているという噂は耳にしていた。
そしてその申請をオルド支部が受理したということも。
今日俺達が呼ばれたのは宵闇の時と同様、昇格試験の相手としてだと予想していたのである。
「それこそまさかだ。私が相手をしたらシルヴァはSSに上がれないよ」
「俺達ならば可能だと?」
「おいおいルナ、煌炎のスイッチ入れるなよ。
お前からのこういうの敏感なんだから」
俺よりも上位の彼女から、実力を試すような物言いをされれば俺は簡単に本気になれる。
力を示し彼女に認められたいがため、そしてより彼女に近づくため。
彼女の元弟子がその足掛かりになるのならば全力で潰すつもりだ。
「あはは、ごめんつい。
煌炎、私は別に君を弱いと言ったわけじゃないさ。
ただ私の元可愛い弟子がどれくらいの実力をつけたか分からないからね」
悩ましげに、そしてわざとらしく艶めいたため息を吐き出した宵闇はその艶を瞳にのせながら俺達を交互にみやる。
「君達のどちらかになら勝つことが出来るのか、両方に負けてしまうのか、はたまたどちらにも勝利をおさめることが出来るのか。
昇格試験は今日この後すぐだ。
私はその場に同席してシルヴァの今の実力を計りたい。
それを総代に話したら、ついでに彼に君達のどちらをあてるか私に判断を任せるって言われたんだ」
「それが最後の理由、ねぇ……
つかお前、昇格試験に同席するとか絶対バレるだろ」
確かに氷雨の言う通り。
彼女は明星から逃げているのだから、いくら彼の実力を知りたいからと言って流石にそれは不味いだろう。
「そこは勿論対応策を考えてあるさ。
さっき君達は私の気配に気づかなかっただろう?
あんな風に認識をずらせばシルヴァはどうにかなる。
ただ彼も実力をつけているから全力で魔術を発動させないといけないけれど」
「魔術?そんなもん聞いたことねぇぞ。
どうやるんだ、それ。俺も出来るか?」
どうやら氷雨は宵闇の語る魔術の内容を知らないらしく、それに俄然反応した。
俺としては魔術を持たないのだからそんなものがあるのか程度の感情だが、やはり魔術師は違うのだろう。ただ問題は。
「宵闇、それをされると氷雨はともかく俺も貴女を認識できなくなるのでは?」
昇格試験では彼女が色々と指示を出すと言っているのだ、それは困る。
きちんと考えていたのだろう、身を乗り出して近づいた氷雨を面倒くさそうに眺めていた宵闇はその言葉にはきちんと反応してくれた。
亜空間から何かを取り出してテーブルの上に並べていく。
「それについては問題ないよ。
ちゃんと君達のために専用の魔導結石を作っておいたから。
これを持っていれば私のことはきちんと認識出来る」
「煌炎はともかく俺にもか?」
「だって全力で隠れるつもりだし。
ちなみに氷雨にはこの魔術は使えない。
原理としては姿隠しの魔術と同じなんだけど、私だけのアレンジを加えているからね」
姿隠しの魔術については俺も何度か世話になっているから知っている。
その名の通り、術をかけた対象の姿を隠す魔術だ。
ただそれは自分がたてる音や気配は消すことができないため、それらには自分で気を付けるしかないというのが難点だったはず。
だが宵闇の話からいって彼女はそれらの問題点を何らかの手段で解決したのだろう。
俺は素直に感嘆したが、氷雨はウンザリした表情を浮かべた。
「またそういう事かよ…」
「氷雨もまあ、出来るならどうにか頑張ってみるといい。
さて、説明も済んだし移動しようか。
実を言うと既にシルヴァはここの闘技場にいるんだ」
「 ギルド本部は相変わらずですか…」
確か宵闇の昇格試験の際も俺は突然呼び出され説明を受けてすぐに闘技場に向かわされた覚えがある。
「いいじゃないか。ほら、早速行ってみよう」
「やけに上機嫌ですね」
「シルヴァに会えるのが嬉しいんじゃねぇの?惚れてんだろ?」
「なるほ………」
納得の声を上げかけた俺はギリギリで口を閉じた。
立ち上がった宵闇が凍えるような目線でこちらを見下ろしているのが見えたからだ。
その体から立ち上る闘気はかなりのもので、今の彼女にはこういったからかいが禁句らしいということが直ぐ様脳に刻み付けられる。
「……氷雨、後で話があるから」
「や、冗談だぞ、ほら、な?」
「逆らったらどうなるか分かっているね?」
「…………」
無言で何度も頷く氷雨に同情したが、残念ながら自業自得だった。




