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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
銀色の喪失
102/178

9-7

The 3rd year

Side:Luna



シルヴァのもとから離れて三年目。

私は今も変わらない毎日を送っている。




目の前に迫る影を剣の一閃で両断する。

ぼとりと血を撒き散らしながら落ちた身体を拾い上げ、私は頬についた血潮を拭った。

太陽の位置から考えるに既に目的の時間まであと僅かだ。

どうやら思っていたよりも時間がかかってしまったらしい。

さて、少し急がなければ。

そう思いすぐに転移して移動した先、“王国”の王都はまさにお祭り騒ぎだった。

街中が色とりどりの花で飾られ、広場にはたくさんの露店が並んでいる。

道行く人々は揃いも揃って楽しげだ。

煩わしいことだと心の中で悪態をついて素早く目的の店へと入る。

そうすればすぐにこちらを出迎えた店員はいつかのように全身で驚きを表した。


「いらっしゃいま………宵闇様!?」


やれやれだ。息をつきながら微笑んで小首を傾げてみせる。

さて、今日は怪我をしていたりお偉いさんの予約が入っていたりしないといいのだけど。


「やあ、お邪魔するよ。レナードはいるかな?」











「だーかーら、事前に連絡してくれよ」


いつものごとく向かい合った席で、ルーンの店主で私の旧友たるレナードはそう言った。

相変わらず彼の背後には彼の弟子である店員達がズラリと並んでいる。

こっちに構ってばかりいないで他の作業をすればいいのに。


「事前連絡って苦手なんだよね。

それにいつ来たって君は歓迎してくれるじゃないか」


今まで訪れた三回、そのすべてで私の好む茶や菓子が用意されているのがその証拠だ。

今日は元々休業だったけれど、私が来ればすぐに店を臨時休業にしてくれるし。

それらの事実から思った通りのことを口にすればレナードはぶすりと黙り込んだ。

どうやら図星をさされて拗ねているらしい。


「と、ところで宵闇様は本日はどのような御用向きで?」


気を遣ったのか彼の弟子の一人が問いかけてくる。

ああ、そう言えば用があって来たんだった。


「うん、少しレナードに頼み事をね」


「頼み?ルナが俺にか?」


余程予想外だったのか、ぶすくれていたレナードはすぐに反応を返してきた。

相変わらず単純と言うか、まあそこが彼の美徳でもあるのだけど。


「まずひとつは今日の式典に連れていって欲しいということ。

君の店は王室御用達だから、以前の立太子式の時のように特別席が用意されているんだろう?」


「それはそうだが……ルナはそんなことしなくてももっといい席手に入るだろ。

それか前みたいに祝福役の魔術師でもいい。

今日は大事な王太子の即位式だぜ?

なるべく近くで見たくないのか?」


「まあ、ね……」


そう、今日はセイの即位式だ。

二年前王太子として同じ舞台に立った彼は、これまでに例のない僅か二年という年月で正真正銘の王となることになった。

それはセイ自身の意向でもあるのだけど、私としては複雑だ。

だって彼のその行為は間違いなく私のためだから。


セイがいつか言った、私のために“王国”を遺したいという言葉を忘れたことはない。

彼は言葉通り私のためにより良い国を作ろうとしている。

その最初の一歩が国王になること。

だから彼は二年間、今までよりも更に力を入れて王に相応しくなるよう努力してきた。

それが私には面映ゆくもあり同時に苦しくもあり。


――だって、秒読みみたいじゃないか。

彼の努力、それに伴う結果すべてが、彼が私の目の前から消えてしまうまでのあまりに短いカウントダウンのようで。

時折無理をしすぎて疲れ果てた精神状態で情けなく笑うセイを見るたび、そんな思いが私の心に澱のように凝った。


「確かに一番近くでセイを祝福したい。

でも、私の抱えている事情のせいでそうもいかないんだよ」


彼のその姿が苦しかったとして、祝福したいのは私の本心だ。

けれど私は元々正規ギルドにてランクSSを冠していた身。

今はギルドから脱退していたとして、いいや、脱退していたからこそそれは避けなければならない。


「私にはもう、ギルドという周囲に分かるような抑止力が存在しない。

そんな中でセイの傍に表立って立てば彼を徒に周囲の国から孤立させてしまうかもしれないからね」


例えギルドというのが私にとって何の鎖にもならなくたって、周囲からはそうとは分からない。

何人かの実力者はともかく大抵の権力者は騙される。

私がギルドに所属している時なら良かった。

周囲の人間は私がセイに、ひいては“王国”に肩入れすることを恐れ彼に色々と便宜を図った。

けれど同時に彼らには少しの慢心もあった。

結局のところ宵闇はギルドに縛られる人間で、いざとなればギルドが私を抑えるだろうと。

だからこそ私と、私の庇護があるとされるセイや“王国”に対する恐れは非常にいいバランスを保っていたのだ。

過剰に恐れず、けれど僅かな警戒を。

それがセイの行動をよりすべらかにし、彼へ力が集いやすくした。

だがギルド員ではなくなった私に、そしてそんな私がセイを祝福する事に対し、周囲が抱くのは強烈な危惧だ。

それはいらぬ混乱を招き、そして同時に“王国”の中枢に余計な慢心を与える。

そんなの、セイの作ろうとする国にはあってはならないものだから。


「そんなもんなのか?

まあ、お前が言うならそうなんだろうけどな」


「ふふっ、君は相変わらず頭を使うことが苦手みたいだね」


「余計なお世話だ!

……なあ、そういやシルヴァはどうしたんだ?」


心底不思議そうに問いかける声につい笑いが止まる。

そう言えば、ここへ来るときはいつもシルヴァと一緒だったんだっけ。

久しぶりに他人から彼の名前を聞いて少し動揺してしまった。

闇ギルドのメンバーは揃って彼の事を銀狼と呼ぶようになったから、最近はあまり聞くことがなかったのだ。


「……うん、彼とはもうさよならしたんだ」


「は?さよならって……」


「君に頼みたいことは2つある。

ひとつはさっき言った即位式のこと。

もうひとつはシルヴァに関わることだ」


言い切って傍の空間を裂き目的のものを全て取り出す。

一週間程前から様々な場所を訪れ手に入れた素材達。

数えて百にも及ぶそれら全てをテーブルだけでは足りずに床にまで並べながら、なるべくレナードの方を見ないようにして私は頼み事を口に出した。


「シルヴァがもしも装備の変更のためにここに来たら、どうかこれで彼に一番必要なものを誂えてあげて欲しいんだ。

全部私が必要と思う処置はしてあるし、どれも一番いい個体を集めた。

彼のために使わないものは君が他の商品として使ってもいい」


「ちょ、ちょっと待てよ!

一体どういう事なんだ?」


「……シルヴァは一人立ちしたんだ。

けれど私は彼の元師匠として私に許される限りのことがしたい。

だからこのことは内緒にして、ただ彼に装備を作ってやって。

私のことは口にしてはいけないよ。頼めるかな、レナード?」


どうしてか私の言葉にレナードは泣きそうな顔をした。

何故そんな表情を浮かべるのか分からずに首を傾げれば更にその瞳は潤む。


「シルヴァも、駄目だったのか……?」


「駄目だった?」


「……お前ら、席外せ」


何となく普段とは違うレナード様子から何かを察したのか、弟子たちはその言葉に何を言うことも無く工房の方へとさがっていった。

静かな店内に私と彼だけが残され、どうにも居心地が悪く目を伏せる。


「シルヴァに対して君にまで何か思惑があったとは思わなかったな」


私と彼に関わった人間すべてが彼に何かしらの期待を抱き、そして彼を介して私へ変化を与えようとする。

これも神の思惑なのか、それともあるかもわからないこの世界の意志がそうさせでもするのか。

どちらにしろ私にとっては苦い感情を呼び起こさせる。


「その言い方だと他の奴らにも何か言われたってことか?

まあ………そうだろうな…」


「その通りだよ。それで?君は彼に何を思ったんだい?

よければ聞かせてくれるかな?

そのつもりで君も弟子たちを他へやったんだろう?」


そうだろうとあっさり納得するレナードに笑みを苦くしながら促せば、彼は恐れるように口を開く。


「……ルナは、絶対最後は離れるだろ。

俺だってそうだし、他の奴等だって。

セイルート殿下のとこだってろくに長居しようともしねぇ。

けどあいつだけはずっとルナの隣にいた。

だから俺は、ほんとは期待してたんだ」


「期待、ね」


「気づいてたか?お前、結構シルヴァのこと特別扱いしてたんだぜ?

それこそセイルート殿下にするのと同じくらいな。

シルヴァだってよく懐いて……いや、あれは懐くなんてレベルじゃないが…」


「…………そう」


結局のところ分かっていなかったのは私だけだったんだろう。

周囲の人間達はずっと前からシルヴァから私に向かう気持ちと、そして同時に私からシルヴァへ向かう気持ちを察していたのだ。

本当に、ずっと知らないふりを続けていた私の愚かしいこと。


「ともかくこれが君に頼みたいことだ。

聞き届けてくれるかな、レナード?」


ただ頷いて答えもせず話を打ち切るのは逃げと同じことだが、今の私は逃亡者なのだからそれでいい。

例え目の前の旧友が切なそうに顔を歪めたとして、そして思い出が心の中で音を立てたとして。


「あぁ、わかった。任せろ」


「ありがとう。

さて、なら一緒に式典に行こうか。

君と一緒に外出するなんて十数年ぶりだからね」


「……そうだな」


きっと言いたいことや聞きたいこともあっただろうに、そう頷いてくれる彼は大人になったんだろう。

初めて出会ったとき生意気な不良青年だったのに、それだけ年月が経ったということか。

本当に嫌になるな。

流れる時の速さを感じて切なくなるなんて、まるで年寄りじゃないか。

それにこの世界の人間に迫り来る死の時を厭うなんてどうかしてる。

渦巻く感情をため息のひとつでおさえつけ、私はレナードと共に即位式の会場となる神殿へと向かった。











式典で王室御用達店であるルーンのために用意されていた席はふたつ。

元々は店主であるレナードとその一番弟子のためのものだったらしいが、快くかレナードからのプレッシャーにおされてかは分からないが一番弟子は今回は遠慮して一般席から他の弟子たちと式典を眺めることとなった。

そうして私へと譲られた席に腰掛けた私は隣で真面目な顔をするレナードを見詰める。


「なんで君が緊張しているの?」


「してねぇよ!!た、ただちょっとあれだ、お前と並んで座ってるとこを色んなやつに見られたらと思うと…」


何だかその言いぐさは失礼じゃないだろうか。

まあ彼の言いたいことは分かるけど。


「大丈夫だよ、ここはただの特別席だろう?

貴賓席からは遠いし、事前に調べたら教主も皇帝も来ないみたいだから。

あの二人以外だったら私には近づいてこないよ」


「その発言が恐ろしいもんだな…」


「安心させてあげようと思ったのに、失礼な事だね」


「脅されてるように感じたぞ?」


うーん、認識の差異というのは恐ろしいものだ。


「それは気のせいだろうね。

さて………すまないねレナード、少し席を外すよ。

式典の開始までには戻るから」


「おい、どこ行く気だ?」


「うん、ちょっとね。このままだと盛大に拗ねられそうだから」


まだ不思議そうに頭上にクエスチョンマークを浮かべる(もちろん本当にそんなことになっているわけはないが)レナードに手を振ってその場を離れる。

まだ特別席にはいくつか空席があるから式が始まるまで時間もあるだろう。

何より主役がいないと始められるはずがないし。

神殿から少し距離のある城の中庭に移動して魔術で位置を探れば、どうやら彼は自室に籠っているらしい。

突然転移してまずい面子と顔を合わせても嫌なので(ジークはシルヴァの味方らしいとセイから報告を受けているので顔を合わせると面倒なのだ)ゆっくりと自分の足で歩いてそこまで向かえば、どうやらセイを説得しているのは国王と侍従長だけのようだった。

ジークは追い払われたかまだ式典の準備に追われているかのどちらかだろう。

私に気付いた侍従長は安心したように表情をゆるませた。


「宵闇の御方、お待ちしておりました」


「ん?……おお、宵闇ではないか!」


侍従長の言葉に振り返った国王も助かったとばかりにこちらを見る。

それにやれやれと思いつつ彼らのいる扉のすぐそばまで行けば、その向こうで少し気配が動くのを感じた。

けれど変わらず扉は固く閉ざされ、あろうことか私の結界まで張られているようだ。

これでは誰も手出しは出来ないだろう。

まるで日本神話の天岩戸のような状況に、いけないと思いつつつい笑いが漏れた。


「やあ二人とも、随分楽しそうだね。

それにしてもその呼び方はやめてくれないかい?

私はもうギルドの人間ではないのだからね」


「そうは言われましても、貴女様ほどのお方をおいそれと私のような者が軽々しくお呼びするわけにはまいりません」


「君は堅苦しすぎるよ」


「ではこれからルナと呼ぶか!」


「国王、君は逆にそんな簡単でどうするんだい。

そんなんだから阿呆っぽいって言われるんだよ」


「お前は無礼すぎると思わんのか?」


「陛下、おいたわしい…」


侍従長は目元をおさえているが、それは間違いなく彼自身に同情してのものではないと思う。

どちらかと言えば国王の残念さに対してだろう。


「それでは僭越ですがルナ様とお呼びしましてもよろしいでしょうか…?」


「うん、どうぞどうぞ」


「―――ルナ、いつまで油売ってるの!!」


我ながらヘラヘラと愛想よく話していれば、ようやく天岩戸は開いたらしい。

僅かに扉が開き、そこからにゅっと腕が伸びてきて私の腕を掴む。

そのまま引っ張られたので加えられる力に従い抵抗せずにいればすぐに室内へと引き込まれた。

扉が再び閉ざされる前に確認した二人の顔は心底安心したようなそれだったのでもう扉の前から移動しようとしているだろう。

あの二人はおそらく最初から私がここへやって来てセイを説得すると予想していた。

そしてセイが私を必ず自分のもとへと呼び寄せるためにこんな大切な日に部屋に閉じこもったことも。

ジークがいなかったのは、もしかしたら二人の方で私に気をきかせてくれたのかな。

私がギルドを脱退したことも、シルヴァが私を探していることも恐らく彼らはギルドからの通達と独自の情報網から知っているだろうし。

さて、それにしても私を部屋に引き入れて以来ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるセイはどうしたものか。


「ほんと何なの、俺の気持ちも知らないで。

すごい寂しかったんですけど。なのに月はさっきみたいにさぁ…」


これはどこからどう見ても完全に拗ねている。

最近私が忙しくて彼のところに来ていなかったのもそうだし、扉の前にいたのに声をかけもせず他の人間と楽しく会話していたのもその要因だろう。

まあ前者はともかく後者はそれによって扉を開かせることが目的だったのでいいのだが。


「そんなに拗ねないでよ、セイ。ひさしぶり」


「久しぶりとか、嫌味?」


「そんなことはない。

ねぇセイ、おめでとうって言わせてくれる?」


私の問いに彼は少し沈黙して、そして大きくため息を吐いた。

思い切り体重をかけられて一緒に床に座り込む。

別に頑張ればそれを支えることは出来たけれど、たぶんセイは望んでいないだろうからされるがままにした。


「言ってくれる?そしたら俺、ちゃんと頑張れるよ」


「それで君が無理をするなら言いたくないと思ってしまうのだけれどね」


「ううん、無理なんてしないよ。無茶もしない。

だって俺は長生きしないといけないからね」


「その言葉が信用できないから私は、おめでとうと言わせてくれるかと確認したのだけどね」


セイは私のために簡単に無理も無茶も通そうとする。

私は彼が笑って生きて、その傍に少しの間だけいられればそれでいいのに、彼はどうにかそれ以上のものを与えようとしてくれるから。

でもそれで彼自身が身を削るような結果になって、瞬きのような時間で私の前から消えてしまったら意味がないのだ。


「君は私と違って嘘を吐くから。

無理も無茶もしないという言葉がこれほど胡散臭く感じられるのは久しぶりだ」


「胡散臭いって、ひど。月に言われたくありませんー」


「おや失礼な」


「ジョーカーの仮面かぶってる時の月の胡散臭さったらないよ?」


「………それは言わないでよ」


私だってイタいことは自覚している。

でも他に顔を隠す手段なんてないじゃないか。

魔術や神から与えられた力で顔を変えることは出来るけど、自分の顔は陽の面影を持っている。

例え一時のことだとしてもそれをこの世界の力で上書きするなんて考えるだけでおぞましいことだった。

その代案として考えたのがあの仮面なのだから、これでも苦渋の決断なのだ。


「しかもシルヴァ君と会うときは必ずあれつけちゃって。

この城に来るとき、アイツいつもぶすくれててマジウケる」


「そう言えば君はシルヴァに剣の手ほどきと言うか……模擬戦をよくしているよね」


放つ言葉にはどうしても裏切り者、という気持ちが混ざった。

だって傍観を決め込んでいるくせにシルヴァにそんなことをするなんて。

彼が力をつければ私が捕まる可能性が高くなる。

まるで私の味方かのように目の前に立つセイは、実際のところどちらなのか。

そう拗ねたくなりもするけれど、同時にそれに安堵している自分もいるから何も言えなかった。


「ん?だって月は心配でしょ、シルヴァ君のこと」


「………」


そう、結局のところ私はあの狼が心配なのだ。

過分な力を手に入れその力に振り回されはしないか。

その真っ直ぐな性根が知らぬ誰かに曲げられてはいないか。

彼の心を身体を、誰かが徒に傷つけてはいないか。

セイは正しく私のそんな感情を読み取り、だからシルヴァに付き合うことにした。

勿論最初はジーク越しにでも彼の近状を聞こうとか、そんな風に考えていたんだろう。

けれどシルヴァがこの城を、それもジークではなくセイを訪ね剣の相手になって欲しいと言った時、セイはその考えを改めた。


「それにやっぱり俺の月の傍に立とうって言うなら俺くらい強くないとね。

あんなひ弱な獣程度には月はあげられないなぁって思ってたしある意味丁度良かったよ。

俺もちょっとしたストレス発散になるしね」


互いの持つ刃――真剣で戦い、シルヴァを打ち負かす。

今の彼ではセイ相手に互角に張りあうことも不可能だろう。

だが戦いの経験は、それも猛者とのそれはシルヴァの飛躍的な成長を促す。

最近ギルドで持ち上がっている話がその証拠だろう。


「あまり無理しないでね。君も、シルヴァも」


「勿論。心配してくれてありがとね。

シルヴァ君にもこの言葉、伝えとく?」


「セイ」


そんなこと許されるはずがない。

軽く目の前の漆黒をねめつければごめんね、と上機嫌に唇がふってきた。


「あぁもう、可愛いね」


「ふざけないでくれるかな……?」


「怒んないでよ。別にふざけてるわけじゃないって。

本心からそう思ったことを口にして何が悪いの?」


色々悪いに決まってる。

それに私の心臓にも悪い。


「やっぱりまだまだあのダンボールには高嶺の花だね」


「……私からしたら、セイやシルヴァの方がそれこそ高嶺の花だよ」


「そう?じゃあ高嶺の花同士お似合いかな」


「またそうやって……」


ため息を吐いて肩口に顔をうずめればその体が笑いで揺れる。

心地良い振動に、私は自然と目を閉じた。


「月。俺は無理も無茶もしないよ。

少しでも長く貴女の傍にいたいから、貴女に関わること以外を頑張ったりしない。

でも王様になると色々と面倒事が増えてすぐ放り出しちゃいそうなんだよね。

俺は貴女の傍で、同じく隣に来ようとしているシルヴァ君を見ていたい。

何より貴女のことを少しでも長く目に映していたい。

そして同じくらい貴女のためにこの国を残しておきたいから、俺はこの仕事を放り投げちゃダメなんだ」


知っている。君の抱いてくれている気持ちも、そのための決意も。

全ては十年前のあの晩、私がすべてを明かした時から変わらない事。

それがセイにとって、きっと必ずしも正解というわけではないだろうに。

もしかしたら彼にはもっと別の選択肢が最良で、けれどそれが私という存在で歪められているかもしれないのに。

けれど彼はこうして変わらず私に、彼の持つすべてを与えてくれるのだ。


「だからおめでとうって、言って?

そうしたら俺は何だってできるよ。

笑ってそう言ってくれるだけでいい。

俺はずっとそれを忘れないでいられるから、そしたら全部上手くやれるから。

月。月がそう言ってくれるのを、俺はずっと待ってるんだよ?」


強請るように告げられたそれはどこまでも私のためのものだった。


「………なら、おめでとうって言ったら、君は笑ってくれる?」


「もちろんだよ」


「悲しい笑顔は嫌だ。君の一番の笑顔がいい。

切なく眉をよせるのも嫌。瞳を心の痛みに潤ませるのも見たくない。

本当にうれしいって、幸せだって笑ってくれる?

そうじゃなきゃ私はおめでとうなんて、そんな言葉言えないよ…」


一歩間違えればセイを暗闇へと放り出す言葉。

永遠にそこから離さないための呪詛になりかわる音だ。

だから私は問いかけた。

おめでとうって、言わせてくれる?

彼が幸せに笑うならいい。

私のための選択だったとして、そこに苦さが含まれなければ私が出来るすべてを彼に返して、それで彼だけを削らせはしないから。

不幸が訪れそうになっても私がそれを払えばいい。

王が等しく持つ孤独だって私が寄り添おう。


でも僅かでも、セイが自身の選択に後悔を持っているのなら。

ならば私は何に代えても彼をその選択肢から引き離し、私が思う彼の幸福を押し付ける。

身勝手に私が思うに、本当はそれは王などという立場ではなくて。

何の変哲もない普通の家で、たまの休みには市場に出て買い物をして、それで夜は素朴だけれどあたたかなご飯を食べて、夜は一緒に静かに眠って――――


「……笑えるよ。そう言ってくれる貴女がいるだけで。

だからおめでとうって言って、月も笑って」


けれど結局のところそれは私が考えた結果でしかなくて、実現はしないのだ。

彼がそう望み、そして笑うから。

ならば私は私の思いを置き、そして微笑みたい。

セイに私が返せるようなものは、それくらいしか持っていないから。


さあ、顔をあげて。

求めた私が同じものを与えられなくてどうする。

笑え。悲しみは覆い隠し、切なさには知らないふりを。

瞳が潤むのは痛みにではない。幸福を思え。


「おめでとう、セイ。私のセイルート」


「………ありがとう、月」


ねぇ、きっと君も同じことをしたね。

返る微笑みは幸せそうだった。私も同じ顔が出来たかな?

くちづけに零れた涙は、きっと君には見えなかった。

同じく君の頬を伝った滴もまた、私は見えてはいないのだ。











“王国”国王となった彼の姿に歓声が沸き起こる。

空から降るのは薄桃の花弁。

立太子式の時と同様、空を覆うのは極光。

例えもう表立って彼の隣に立つことは叶わずとも、想いだけは。

この感情と、告げた言葉を証明するためのこれくらいは、許されるだろう?





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