9-5
The 2nd year
Side:Luna
シルヴァのもとから離れて二年目。
私は現在闇ギルドに身を置いている。
あの日以来しばらくの間は気ままに一人旅をしていたのだが、それに気づいたジョーカー達が闇ギルドに戻れと声をかけてきたのだ。
それを切欠に私はここに拠点を置き、様々な場所に赴いてそこで出会う人間達の望みを叶え続けていた。
「ルーナー?また見てるの?」
幹部部屋の自分の席でぼんやりしていたところに後ろから声がかかる。
ひょっこりと肩口から顔を覗かせたのはジャックだ。
「何もしていないよ」
「なんだ、また弟子のこと見てるのかと思った」
「……別に、言うほど覗いていないだろう」
こちらに来てから私は三日に一度……いや、五日に一度くらいの(はずだ)頻度でシルヴァの様子を魔術を用いて観察していた。
よく漫画の魔女がやるような、水晶玉に見たいものを映すアレである。
それを幹部の皆にちょくちょく目撃されているので、ジャックの言葉も分からないでも無いのだが。
「嘘だー。だってルナ、事あるごとに水晶玉出してるし」
「……心配だろう、シルヴァと私の行き先がかぶらないかとか」
「心配してるのは弟子が元気かどうかでしょ」
「…………」
確かにジャックの言葉も真実だったから、私は黙ってそっぽを向いた。
むうー、とわざとらしく背後で膨れる声がするが、構うものか。
私はシルヴァが好きらしいのだから仕方がない。
「はぁー、弟子ばっかズルい」
「…あんまり彼の話を出さないでよ」
幹部メンバーには私の過去などの話は避けつつ、シルヴァと賭けをしたことは話してある。
私が彼を好きであること、けれど同時に彼から逃れたいと思っていること。
そしてその上で、彼を自分以外の者が傷つけることが許せないこと。
我ながら身勝手な話だと自覚しているのもあって、あまりシルヴァの話を聞きたくないのだ。
その代わりとでも言うように魔術で様子を窺っているのだけど。
「だって仕方ないじゃん、悔しいんだもん。
最初に話を聞いたときのクイーンの顔、覚えてるでしょ?」
「まあ、ね」
今思い出してもあれは酷かった。
この世の終わりかとでもいうような愕然とした表情に何だか申し訳なく思いもしたし。
今彼女は仕事で闇ギルドを空けているが、私が水晶玉でシルヴァを見ているといつも横の方で悔しそうに歯軋りしているのだ。
あれは正直止めて欲しい。
「……正直、君達には感謝しているんだ。
フラッと戻ってきたかと思ったら少し前までどうでもいい存在だって言っていた相手を好きになったとか、その相手と対峙しても殺すのは止めて欲しいとか勝手なこと言う私の要望を呑んでくれて」
「ルナの頼みなんだから当然だよ。
弟子とか王太子のことはどうでもいいけど、我等がジョーカーのお言葉ならね」
これは私の築いた実力主義社会に感謝すべきか申し訳なく思うべきか。
微妙な心境になりながら微笑めば、でも、とジャックが言葉を続ける。
「やっぱ悔しいなー。
今までは弟子のヤツ、そのへんの雑草だったのに」
「例の草理論の話かい?
……まあ、確かに今では彼はセイと同じ位置にいるね」
「でしょ?僕らは相変わらず草なのに」
「……いや、そうでもないよ」
「え?」
不思議そうにするジャックに息をつく。
少し気まずいな。この状況はどうにかならないものか。
「その草理論で言うなら君達はとっくに花だったみたいだし。
勿論セイやシルヴァは別格で、しかも気づいたのは一年前だけど」
「えっ、ルナそれほんと――」
「まことか!?」
「ちょ、ジョーカー不味いだろ」
ジャックの言葉を遮るように勢いよく扉が開かれジョーカーとエースが雪崩れ込んでくる。
あぁもう、だから嫌だったんだ。
「……君達さぁ、盗み聞きはバレないようにやってよ」
「姫さん相手にそれ不可能だろ…
俺は止めたんだぜ?
けどジョーカーがどうしてもって言うから」
それで同席していたのなら同罪だ。
そう思ってじろりと睨むがエースはそんなものどこ吹く風だ。
そしてこちらに詰め寄ってきたジョーカーは翡翠の瞳をキラキラさせてまことか、と再び私に問いかけた。
「ルナ、もう一度だ」
「ジョーカー、自分で言うのもなんだけどそんなに嬉しい言葉でも無いんじゃないかい…?」
確かにこの世界の人間の中では最上位の括りだけど、それでも雑多な存在であるという見方に違いはないのに。
「何を言う、妾がどれだけその言葉を欲していたか、知らぬのはそなただけだ」
「えぇ?私、君にだけは出会った後に他の人間より気に入っているって言ったじゃないか」
それってつまりは今言ったことと同じ意味だろう。
まああの時もジョーカーはそれをあまり信じていないような感じだったけど。
その予想は当たっていたらしく、彼女は戸惑ったように瞳を瞬かせた。
「………まことか」
「またそれ?本当だってば。
少なくとも君の事はその時からそう思っていたよ。
そしてそれに加えて一年前シルヴァに幹部メンバーもそうなんだと思い知らされたって訳さ」
本当に嫌な弟子を持ったものだ。
彼らの輝いた表情を見ているとなおのことそう思う。
私の憎しみが薄れたらどうしてくれる。
いっそのことそうならないようここにいる者を皆殺しにしてやろうか。
……考えるだけで、実行に移す気はあまり無いのだけど。
「逆に言うと僕らだけが草だったってこと?」
「まあジョーカーとルナは付き合い長いもんな。
俺と会ったときにはもう仲良さそうだったし、知り合ってから結構たってたんじゃねぇの?」
「う、うむ!妾達は仲が良いぞ!」
なにそれジョーカー可愛い。
興奮冷めやらぬ調子で胸を張る彼女だが、チラチラとこちらを気にしている。
「ふふっ。そうだね、仲がいいよ」
求めている言葉を口に出してやれば溢れ出る喜びが目に見えるようだ。
口にできたからこれも私の中の真実という事なのだろう。
本当にどうしたものか。
「………ルナ、出掛けるぞ!」
そう心の中で自問自答していたものだから、突然のジョーカーの言葉に咄嗟に反応できなかった。
いや、この場合集中していてもそうだったに違いない。
「いきなりどうしたのさ?」
「今宵は外食しよう!
そなたが昔言っておっただろう?
良いことがあった日はいいものを食すべきだと」
確かに言った覚えはあるけど、そんなに嬉しいことなのか。
さっきも思ったがそこまでじゃないだろう、普通。
「クイーンとキングが戻ってきてからじゃないと、あの二人盛大に拗ねるんじゃない?」
「だなー。まあ俺も外食は賛成だけど。
たまには幹部全員でパアーッとやろうぜ、姫さん?」
「よし、あの二人には妾から仔細を念話で伝えておく」
「じゃあ僕店の予約とっとくよ」
「んじゃ俺はギルドのやつらに通達しとくか。
幹部全員空けるなんて久々だしな」
え、なにこの急な連携プレー。
ちょっと着いていけないって言うか、本当に出掛けるつもりだろうか。
「君達、本気かい?」
最後の足掻きとして問いかけたけど、返ってきたのは力強い頷きばかりだった。
「当然!」
「いいことあったしな!」
「うむ、取り消さんぞ」
……ああ本当に、困ったことだ。
こうやって私はどんどん情に引き摺られて、望みを叶える化け物ではなくなってしまうのだろうか。
久々に訪れた闇市は相変わらずの賑わいだった。
仕事中のキングとクイーン達とは現地集合する手筈になったらしく、それまで四人で買い物をして暇を潰すらしい。
ジャックは暫く(と言っても一年弱くらいだけど)見ない間に空間魔術の腕を上げたようで、作り出す亜空間の容量はかなりのものになっていた。
「ねえ何する?僕やっぱおやつ食べたい!」
「おや、合流したらすぐに食事なんだろう?」
はしゃぎつつ自然な動作で私の手をさらい自らの腕に組ませるジャックは暫く見ない間にプレイボーイになったと言うか…
成長期か何かなのか、久々に出会ったときには私はすでに身長を超されていた。
今では可愛らしさの少ない甘い顔立ちの美少年(青年と言っても差し支えはないと思うけど)しか見当たらなくて、私としては複雑な気分になる。
これでまた闇ギルドに頭を撫でられるような人間がいなくなったわけだ。
そしてそれなりの身長も得て成長した(と言ってもまだ15歳だけど)彼は色々と、そう色々と楽しんでいるらしい。
彼に夢中になる女性的にはその子供と大人が同居しているようなアンバランスさが堪らないらしい。
ちょっとよく分からない。
「……ルナさぁ、そうやってこういうこと受け流してると男が勘違いするよ?」
そして腕を組ませてきたのはそちらだと言うのに何故私が責められるのか。
「君からのくせに酷い言い草だね。
と言うか私にこういうことをしてくる輩は案外少ないんだよ?」
セイかシルヴァか、闇ギルドのメンバーくらいだろう。
それ以外の人間は私に触れようなどとは思わない。
「それにあっちよりは全然ね」
そう言いながら視線を背後に流す。
それには流石のジャックも確かに、と納得した。
「あっ、姫さんヒデェ。今絶対馬鹿にしたろ?」
「いや、横抱きにされて街を闊歩する気持ちになろうとしてみたけど無理だったんだ」
「ルナ、何事も慣れだ。慣れてしまえばこの程度の事……」
あ、しまったちょっとジョーカーに悪いことした。
彼女はエースと共に出歩くとき大抵横抱きにされるか肩に乗せられる。
彼としてはジョーカーは背が低いからはぐれそうで怖いんだとか。
でもそれ、絶対建前だと思うんだよね…
最初は全力で抵抗していたジョーカーもこの数十年で慣れたと言うか慣れさせられたと言うか、ともかく仕方はなしにでも受け入れてしまって。
これはもう秒読みかな?
何がって、エースがジョーカーに告白するまで。
「まあまあ。でもほら、こうしてるとダブルデートみたいでしょ?」
「うーん、まあそう言えなくもないのかな…?」
エースに気を遣いつつ、けれど恐らく冷静な第三者からは絶対そうは見えないと思えるだけに曖昧に返しておく。
ジャックもそれはわかっているらしく、自分で言ったくせに半笑いだ。
「おっ、いいじゃねぇの、ダブルデート」
エースは冗談めかしてるけど、案外結構満更でもないよね?
「どこがだ。どう見ても年の離れた兄妹であろう」
「道のりは遠いねぇ…」
ジョーカーの言葉にエースは笑いつつも涙目だ。
つい私がそう口に出してしまうのも仕方がないと思う。
「まあ絶対対象外だもんね、ルナと弟子の時みたく」
「ジャック、君の腕を折ってしまってもいいんだよ…?」
「ごめんなさい」
我が闇ギルドのジャックは素直で何よりだ。
「で、本当にどうする?
二人が到着するにはまだもうちょっとかかるんだろう?」
「そう言っておったな。
ルナ、そなたは気になる場所などないのか?
望みを叶えればすぐにその場を去って、最近ではこういった場に来ることも少なかったであろう?」
「まあ確かに。でも気になる所ねぇ…」
元々物欲はあまりない方だし、そう言われると困ったな。
「特にないから君達に任せるよ。
ただやっぱり食事系以外で頼みたいかな」
「んー、また着せ替えごっこでもする?」
「だとしたら次はジョーカーの番だ」
「む、それは納得がいかぬ」
「なんだよそれ、俺がいないときの話だろ?」
ちゃんとした目的もなく時間潰しにぶらぶらしようとすると、どうしてもこうなっちゃうんだよね。
ただまあ話としては盛り上がっているからある意味これでもいいのかな。
こうやって話しながら歩いて、気になる店があった時入ればいいか。
「あ、ルナお菓子買って帰ろうよ。
今食べるやつじゃなくてギルドでつまむ用の」
「君って甘いものが好きだよね」
いつも飴とかなめてる気がする。
あ、そう言えばお菓子。
「ジャック、これあげる」
「何これ?アイス?」
私が亜空間から差し出したそれを受け取ったジャックは不思議そうに首を傾げた。
やっぱり初めて見るんだろうな。
「そう、チョコミント味。
ちょっと香りを嗅いでみて」
「……あれ、これルナの匂いに似てる!」
やっぱり昼の精霊族はチョコミントアイスの匂いらしい。
私の感覚が間違っていなかったことが証明されて何よりだ。
「これ、私の故郷にあるもののひとつなんだ。
私もこの匂いに似ているなと思っていて、君は気に入っていたみたいだから。
味の方はどうかな?結構好き嫌いが分かれるんだけど」
ちなみにセイはチョコミントアイスがあまり好きではないらしい。
私は結構好きなんだけど。
シルヴァにはチョコを含んでいるから食べさせたことはなかった。
「……僕これ好きかも」
どうやらジャックはお気にめしたらしい。
表情を輝かせてこちらを見つめている。
ちなみに渡したのはスプーン一掬い分だったので彼の手にはもうアイスがない。
「そう。ならよかった。
結構作ってあるからギルドで食べるといいよ。
亜空間に入れておけば溶けないからね」
ジャックが気に入らないようだったら一人でちょこちょこ食べていこうと思っていたけれど、この分だとあまり長持ちしそうにないな。
暇さえあれば強請ってきそうな気がする。
「………はぁー。僕、ルナと友人で良かった」
「ふふっ、君は現金な子だね」
「そういうことじゃないって。
……ところでさ、もう少しないの?
僕ももう一口欲しいし、何より後ろからの視線で殺されそうなんだけど」
それは確かに言えていて、私はつい喉の奥で笑った。
腕を解いてくるりと背後を振り返る。
話している最中ずっと感じていた、おどろおどろしい念と言うか視線と言うか殺気と言うか。
その発生源は勿論ジョーカーである。
ちなみにエースは物欲しそうにはしていてもそこまでの感情は抱いていないらしい。
「ジョーカー、君も食べるかい?」
「そう言ってくれなければジャックに罰掃除を言い渡すところであったぞ」
「あはは、罰って、ジャックは特に悪いことはしていないじゃないか」
「何を言う。独り占めは間違いなく罪であろう?」
そんなものかな。アイスくらいでそこまで本気にならなくてもいい気がするけど。
「そもそも妾とてそなたの隣を歩きたいというのに、エースとジャック二人揃って邪魔しおって。
妾達は同じジョーカーの位階を分け合う者なのだ、この並びは納得がいかぬ」
「今更そんなことを言うの?」
と言うかエースが哀れだ。
「機を窺っていたのだから仕方があるまい」
「はいはい。ほら、あーん」
「……う、うむ」
お、照れた。うんうん、ジョーカーのこういうところ、凄く可愛らしくていいと思う。
私相手にだけこんな反応を返してくれるっていうのもいいよね。
これがエースだったら冷めた目で何を巫山戯ておる、ってバッサリだっただろうし。
「ジョーカーって姫さんばっか特別扱いするよな、絶対」
「エースってば何今更なこと言ってんの?
てかルナもジョーカーのことはちょっと特別扱いするよね。
僕が初めて会ったときとか、その後暫く闇ギルドにいたときとかそう思ったよ?」
そうなのだろうか。
言われて考えてみれば……まあ、確かにそうとも言えるかも。
「同じジョーカー同士だしね」
「うむ。何より……ルナは妾の望みを叶えると約束してくれた。
今もこうして交わした言葉を守ってくれている」
告げられた言葉につい笑う。
「そうだね。私はそういう生き物だから。
そして君の望みと私の欲求が重なったから」
「ジョーカーも望みを叶えてもらったの?」
「俺もその話は初めて聞くな」
誰も知らないのは無理もない。
私の身体のことを知っている彼女だからこその望みだ。
その内容を他に語るはずがなかった。
「ジョーカーの望みはまだ叶いきっていないよ。
今は謂わばその途中のようなものだ」
「半分以上叶ったようなものだ」
「おや、ならもう私はいらない?」
「ならぬ。ルナ、約束であろう?」
冗談混じりに告げた言葉に返ってきたのは存外に強い声だった。
確かにこの様子では望みはまだ続いているのだろう。
そしてエースは未だに彼女の真の心の支えになってはいない。
まあ、他人の色恋に口を出すつもりはないけどね。
私は自分のことで精一杯だ。
寧ろ自分のことすら追い付かない。
「そうだね。さて、それじゃあ私と手でも繋ぐかい?
隣を歩くなら私もそれくらいはしたいな」
「………そなた、妾を子供扱いしておるだろう」
「君の見た目がいけないんじゃないか」
「…………」
ジョーカーに横を向かれてしまった。
まあそうなることは予想していたので別にいい。
横でバレないようにホッとしているエースにひっそりと笑ってしまうのはご愛嬌だろう。
全く分かりやすいんだか分かりにくいんだか。
そう思いつつ再びジャックと腕を組んだまま歩き出そうとして――感じ取った気配につい動きを止めてしまった。
「………タイミングが良いと言うべきか悪いと言うべきか」
「ルナ?どうかしたの?」
「何かあったか?……って、これまさか」
「ふむ。いいところで邪魔をしてくれるな、そなたの弟子は」
私は素早く亜空間から取り出した闇ギルドのジョーカーの仮面を被った。
久々に感じる、けれど一年前までは確かに近くにあった気配。
紛れもなくそれはシルヴァのものだ。
あぁ、こんなことなら今日も様子を見ておけば良かった。
そうすればこんな風にばったり同じ場所に行って、その鋭い嗅覚でシルヴァが私に気づくこともなかったのに。
「ルナ、何でわざわざ仮面?」
「必要だからね」
シルヴァのなかになるべく私を残さないでいるために。
今更遅いのだろうけど、記憶はどうしたって薄れるものだ。
それは私自身痛いほど分かっている事だから断言できる。
そして私のように記憶が薄れた分だけ想いが強くなることもあるが、同時に記憶の分だけ当時抱いていた感情も薄く、あやふやになる事の方が現実には多い。
それにジョーカー達と共にいる私は間違いなく“闇ギルドのジョーカー”だから。
「すげえ速さで近づいてきてんな」
「どうするの、ルナ?」
「逃げるよ。そう彼にも伝えてある。
ただ転移術を解析されるだろうから何度もランダムに転移しないといけないけど」
出来るなら今日した食事の予約はキャンセルしたくない。
頷いた時の皆の表情が私の脳裡にまだ残っているから。
だから私はそう言ったけど、それにジョーカーは首を振った。
「いや、ルナはこのまま店まで転移して構わぬ。
妾が弟子の足止めをしよう」
「………君が?どうして?」
「殺しはせぬ。そなたがそう願ったのだから。
だがそうだな――妾も少し、手出しがしたいのだ。
前にそなたが言っておったろう?
らすぼすの前には中ぼすと戦わねばならぬと」
「…………」
さてこれはどう読み取るべきか。
確かにジョーカーにシルヴァへの殺意は無さそうだけど、それとは別に何かしらの思惑があることが透けて見える。
そんな彼女をシルヴァへぶつけていいものか。
ただ同時にあまり悩んでいる時間はない。
彼はかなりのスピードでこちらへ近づいてきているのだから。
「傷つけることはあっても殺しはせぬ。
これだけは必ず約束しよう。
そして徒にあれの心を壊すことも。
……ただ妾は、あれに言ってやりたいことがあるのだ」
のう、駄目か?
そう問いかける表情が正しく幼子が強請るようなそれで、そしてそれにいつかの過去が重なって見えた。
「……わかったよ。なら君に頼もう」
「まことか!」
「君も怪我しないようにね。
今のシルヴァじゃ君を殺すのも重症を負わせるのも絶対無理だけど。
あとここでは暴れないでよ?
いくら私達だって、闇市で問題を起こしたら後が大変なんだから」
「うむ。わかっておる。
エース、ジャック。ルナを頼むぞ」
嬉しそうに頷いたジョーカーはキリリと表情を引き締めてそう言った。
二人はそれに頷いて応えるけど、頼むって、私が一番強いんだけどねぇ…
「別に身の安全の話ではない」
「あれ、顔に出ていた?」
「ルナはよくそのような顔をするからな。
妾が心配しておるのは弟子可愛さにそなたがこちらにやって来てしまう事だ」
「………そんなこと、しないよ」
たぶん。
シルヴァから離れて、彼にこうして対面するのは実はこれが初めてだ。
今まではずっと水晶で覗いてあらかじめ接触を避けていたから。
でもやっぱり直接姿を目にすると違うのかな。
そして彼が強敵と戦っていると、やっぱり心配になってしまうのかな。
「姫さん目ぇそらすなよ……
あーくそ、ジャックじゃねぇけど気に入らねー。
ジョーカー、俺も混ざっちゃ駄目か?」
「ならぬ。これは妾の戦なのだ。
どうしてもと言うならば次の機会にせよ」
「次って、そんな弟子と戦う機会あるの?」
ジャックの言うことも尤もだ。
あまりシルヴァの前に姿を現したくないからそういうのは避けたいんだけど。
「そなたら知らぬのか?
以前ルナが言っておった。
ぼすの前には四天王というものも必要らしい」
「…………君はね、ちょっと色々影響受けすぎ」
教えたの私だけどさぁ。
いつの間にこんなゲーム脳になっちゃったんだか。
なんだか複雑な気分だ。
「何かいまいちよく意味がわかんないけど、ルナ、後で説明してね?」
「…………うん、まあ、そうだね」
「んじゃ転移しようぜ?
早くしないと弟子来るぞ?」
エースの言うことは正しい。
シルヴァの気配はすぐそこまで迫っている。
そして私自身、シルヴァの姿を目に映すべきではないと、そして彼の前に姿を現すべきではないと分かっている。でも同時に。
「いや、その……ちょっと顔を見てから…」
傍にいるのだから、少しくらい彼を見ておきたいのだ。
魔術を用いた映像ではなく、この目で。
「………うん、やっぱ僕も絶対今度戦う」
「奇遇だな、俺も思った」
「そなたら、今回はどうあっても譲らぬからな」
「わかってるって」
あー、居づらい。本当に恥だ。
手で顔をおおってしまいたい気分だけど、今は仮面があるしそうしなくて大丈夫なはずだ。
いたたまれなさに黙っていればじゃあさ、とジャックが悪戯に微笑んだ。
「ルナは僕と腕組んだままね?離しちゃ駄目だよ?」
「えぇー…」
どこの世界に愛していると言った相手の前で別の異性と腕を組む人間がいるだろうか。
いやまあ、シルヴァとセイの存在を考えると何とも言いがたいんだけど。
「いいじゃん、弟子がこれ見て諦めるかもだし」
「うーん……」
それはそうなんだけど良心が咎めるって言うか、いやまあ今まで普通に腕組んでた癖にシルヴァが現れた途端その態度はどうなんだってなるけど。
てか普通に考えて私その辺にいる悪女みたいじゃないか。
でもある程度関わりのある人間からされるとどうにも拒みにくいと言うか、行動だって望みの一部と言えば一部だから私は基本的にされるがままでいるわけだし……
だけどシルヴァに好きと言ったのは望みとかじゃなくて私自身の感情だし…
けど同時に私は彼を諦めさせたい訳だからこうしていても問題はないのかな?
いや、諦めさせたい、というのは違うのだろうか。
だって私だって彼が好きなんだから、彼にずっと好きでいてもらいたいし。
ただ彼が彼の気持ちの変化で私を諦めるなら、或いは私を嫌うならそれも構わないと思っているのだ。
勿論私は悲しく感じるだろうけど、同時にどこか安堵するんだろう。
これで私は変わらずにいられるんだって、きっと安心してしまう。
――ああ本当に、私は面倒な頭をしている。
「……ルナ!!」
そして色々と考え込んでいる間に、どうやら私の愛おしく憎らしい狼は到着してしまったらしい。
「………」
あぁ、水晶ごしにも思っていた事だったが、すっかり痩せてしまった。
元々細身ではあったけど今は心配になるような状態だ。
頬は削げ瞳だけが強い力を発し。
けれどその薄墨がしっかりと私だけを捉え、そしてジャックの腕に絡むそれを見つけて怒りと嫉妬に燃えても、それがどれだけこちらまで焼き付くしてしまいそうな焔であっても、私はつい微笑んでしまうのだ。
だから仮面をしていてよかった。
とは言っても口許は彼に見えてしまうんだけど。
「すっごい顔だね。って、ルナ笑ってるし」
「姫さん鬼だな。まあいいや、顔も見たんだし、もう行こうぜ?」
転移を促す声にただ私は頷いて魔術を発動する。
追ってこようとするシルヴァの身体はジョーカーによっておさえられた。
顔が見られてよかった。
例え元気そうだとは間違っても言えない様子でも、そう思う。
ちゃんとごはんを食べて。ちゃんと眠って。ちゃんと笑って。
私がずっと昔に教えたすべてが彼から消えてしまっていても、それでも。
ただまあ、出来るならそんな風に彼に生きていて欲しいのだけど。
それを今の私がシルヴァに言うことは許されないから。
無邪気に微笑んでいた君がもう遠いけど、それを遠ざけたのは私自身なのだ。
転移の間際にシルヴァに手を振って、私は再び彼の前から姿を消した。
まるで泣き叫ぶように呼ばれる自身の名を痛いほど聞きながら。




