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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の本当
10/178

2-8

Side:Luna




朝を知らせる鳥の鳴き声で目が覚めて、早々に私はため息を吐いた。

だが目の前の綺麗な顔が小さく歪んだので慌てて息を潜める。

ため息の元凶は彼だというのに。


シルヴァを起こさないように柔らかく、けれど確かに私を拘束する腕から抜け出して伸びをする。

数週間前からずっと採用されているこの睡眠時の体勢はとても温かくて寝心地がいいけれど、同時にこれでいいのかと思わなくもないので毎朝微妙な心境になるのだ。


「シルヴァ、朝だよ。

今日は議会があるから早く起きないと」


未だ眠る弟子を軽く揺さぶれば、その黒の瞳がうっすら開かれて私を認める。

そしてふわりと細められた。


「おはよう、ルナ」


「うん、おはようシルヴァ。

ほら、着替えて準備するといい。

今日から私は出席しないからね」


シルヴァも何度か議会に護衛として出席し、その空気に慣れてきた今日は初めて私抜きであそこへ行くことになっている。

議会に出る日は準備に時間がかかるのだ。

仮にも貴族達が集まる場所なので、きちんとした服装でなければならないから。


「顔を洗っておいで。服は私が見繕っておこう」


「ん。ありがとう」


くあ、と欠伸をする姿はとても犬っぽい。

拗ねるから、彼に言いはしないけれど。

シルヴァを浴室に追いやって、私は用意されている服から良さそうなものを選んでいった。











シルヴァ、セイ、ジークの全員が議会へ行っている間、私は基本的に暇だ。

勿論会場となる部屋の外(この場合の“外”は、本当に屋外だ。廊下に立っていると出席する一部の貴族が怯えるから)で暗殺者への警戒は続けているが、最近はその数も減ってきていてあまり張り合いがない。

まあ相手方も暗殺者すべてを殺すか捕らえるかされれば出方を変えるしか無いだろうが。


「にしても、暇だ」


窓の向こうでは真剣な顔の人々が熱く論議を交わして――いや、不真面目なのがいた。

セイがこっちを見てニヤニヤしている。

仕事をしろ、仕事を。

ジークがゴミを見るような目で見てる。

セイにつられてシルヴァまでこっちを見ているじゃないか。

あ、尻尾ふってる。

ほらほらほら、横の人が凝視して……あぁ、見られたからって威嚇するものじゃない。


「……何をやってるんだ君達は」


つい頭を抱えたくなる私の気持ちを誰か分かって欲しい。

どうしてこう、普段はきちんと出来るというのに残念感が拭えない人間が多いんだ。


「……そこにいるのはルナか?」


「うん?」


名前を呼ばれ、下を見る。

議会は三階の部屋でやっているから、警備のために私は幽霊よろしくふよふよと浮いているのだ。


「誰かと思ったらフレイじゃないか。

議会には……あぁ、もしかして強制的に休まされたのかい?」


「その通りだ。貴女は護衛の最中か?」


フレイは頑張りすぎるきらいがあるから、時々こうして周りから強制的に休みを入れられる。

今日も暇をもてあまして散歩していたのだろう。

なんだか同じ暇仲間ということに共感を覚え、私は彼に魔術をかけた。


「うん、その通りだよ。君も見るかい?

こうして議会を第三者の目線から見るのも良いことだろう」


ふわりと浮き上がったフレイの体。

すぐにそれは私と同じ目線にまで上ってきて、私は一度指を鳴らし豪奢な長椅子を同じく宙に浮かべた。

そしてそこへ彼を座らせ、周囲にわざと蒼白く輝く半透明の膜を張る。

これで私が彼を守っていることが敵にも味方にも伝わるだろう。


「……なんと言うか、相変わらず突然だな。

そしてそのわりに至れり尽くせりだ」


「それはもちろん。

何しろ第一王子殿下を迎えるのだからね」


からかうように胸に手をあて膝をおれば、愉快そうな笑い声が響いた。


「全く私の地位に興味を持っていない人間がよく言う。

貴女にとって重要なのは、私がセイルの兄だと言うことだけだろうに」


「ふふっ、それもそうか。

ただひとつ付け加えるなら、君が私の友人だということも重要なポイントだ」


「まったく貴女は……」


呆れたように困ったように、それでも嬉しそうに笑う彼はそうだと呟いて懐を漁った。

そして簡素な包みを寄越してくる。一体何だろう。


「同じ城にいると言ってもお互い仕事でいつ会えるか分からなかったからな。

持ち歩いていて正解だった。それは約束の品だ」


包みをほどけば甘い香り。

フレイに要求した、彼女からのクッキーだ。

中には手紙も同封されていて、迷惑をかけて申し訳ないという謝罪、そして感謝の気持ちが綴られている。

できた婚約者をもって、まったく彼は幸運だ。


「いつ見ても美味しそうだね」


「当然だろう、ルシルが作ったのだから」


真横で甘ったるい声で言う彼はこの際無視だ。

こんな状態の時迂闊に声をかけると、ルシルルシルと壊れたように惚気話を聞かせてくる。

彼も普段はまともなのに、どうして残念な部分が激しいのだろう。


そうそう、そう言えばルシルというのがフレイの婚約者の“愛称”である。

本名はシルファーナ。

だがフレイは自分以外の誰かに彼女の名を呼ばれるのがとても癪にさわるようで、周囲の人間にはルシルと呼ぶよう厳命している。

要は独占欲過多の残念な俺様溺愛系人間だ。

そしてそんな彼の被害者、もとい婚約者であるルシルと私は、実は文通したりたまに一緒にお茶を飲んだりする結構親しい仲である。

それに心配性(束縛とも言う)なフレイは自分がいないときにルシルが外出することをとても嫌っているが、私とならば外出の許可も下りる(同性であるため恋愛対象にならないこと、そして戦闘能力を評価しての判断だ)ため彼女は私という存在にとても感謝してくれているのだ。

フレイという男は本当に残念な(以下略)

何より彼女との時間は存外楽しく、女友達との時間はこういうものだったなと私を穏やかな気持ちにしてくれる。


「おいルナ、聞いているのか?」


「いや、全然聞いてなかった。

それより君も食べよう。お茶を用意するから」


どうやら私が物思いに耽っている間ずっとルシルとの愛の逸話(長くてどうでもいい話)を話していたらしい。

彼に怒る隙を与えずに(ルシルのクッキー)をぶら下げれば、途端に彼の顔はやに下がった。

あぁ、本当になんて残ね(以下略)


「さて、お茶はどこにあったかな…ああ、テーブルと皿も必要だね」


ひょいひょいと手を亜空間に突っ込んでは出し、突っ込んでは出し。

ものの一分程で全ての準備が整った。


「一体貴女はどこでこれだけの物を集めてくるんだ?

どれも最高級品ばかりじゃないか。ここをどこだと思ってる?」


確かにここは城と言ってもその庭で、更に私達はそこにぷかぷか浮いている状態だ。

そんな場所でお茶をしようなどと考える人間はまあ、私くらいなものだろう。

端から見れば優雅なのか阿呆なのか、判別つけにくい光景だろうしね。


「使うものにはこだわりたい派なんだ。

お金は自慢じゃないが腐る程あるしね。

お金を持っている人間はそれを貯め込まずに使うのが経済のためにもなるのだし、気に入ったものは買うよ。

それにさっきも言ったけれど、仮にも君は王子だからね。

一応窓の向こうには他の貴族もいる」


「窓の向こう……聞きようによってはあちらが外にいるような感覚だな。実際はまるで逆だが。

そしてルナ、我が弟が泣きそうな顔でこちらを見ているが?」


「うん?」


言われて見てみれば、なるほど確かに泣きそうである。

若干おふざけが入ってオーバーアクションな気がしなくもないが。

それにしてもさっきまではニヤニヤと楽しそうにしていたのに、目を離していたたった数分で何があったのだろうか。


「何だろう。何かあったのかな?」


「私には特に問題が起こったようには見えないが。

ん?セイルが何か合図しているぞ」


「本当だ」


親指と小指を立てて、拳を耳元にあてて……電話のポーズ?

念話がしたいということだろうか。

彼に魔力で回線を繋ぐと(フレイにも声が聞こえるように、こちら側の声の受け取りはスピーカータイプにした)、すぐに慌てた声が聞こえてくる。


『ルナさん、兄貴も!何てことしてるのさ!!』


ちなみにこの念話、かける方は声に出さなければいけないが、かけられた方は頭で思うだけで声が伝わるという便利なんだか不便なんだか分からない構造である。

ただ一人でぶつぶつ言っている様子はとても怪しいため、いつか絶対に改良しようと私は勝手に心に決めている。


「なんだい、藪から棒に。

フレイをこちらに誘ったのはまずかったのかな?」


『まずいよ!』


「体に負担をかけないように、色々気にかけたつもりなんだけど」


「あぁ。実際かなり快適だ」


その言葉にどうだ、と笑みがもれる。

家具は一流の品だし、この結界、実は防御だけじゃなくUVカット、空調もバッチリなのだ。


『その気遣いが逆に不味いって言うかさぁ…

二人ともこっちの部屋に流れてるこの空気わかってないでしょ!?』


「空気?いつも通りに見えるがな…

そう言えばルナ、貴女の弟子だという少年はどこにいる?」


『この鈍感兄貴!!刺されるぞ!』


「少年………年齢的に間違ってはいないけど、なんだかシルヴァの外見にそぐわない呼び方だね」


『それは俺も思う』


セイは突っ込むのか普通に会話に参加するのか、どちらかにしてもらえないだろうか。


「えっと、セイの斜め後ろにいる………うん、こっちをすごい勢いで見ている彼だよ」


『そんな言葉で済ませるの、ルナさんくらいだから。

しかも何でこんなに見られてるのか全然わかってないでしょ』


何故わかった。


「あぁ………何だか睨まれてないか?」


「うーん。…あ、シルヴァは君に会ったことがないし、警戒しているのかもしれないね。

彼は案外人見知りするタチだから」


『――ツッコミがいない!!

そして二人とも、ど!ん!か!ん!

違うから!それ間違った見解だから!

何なの!?普段は鋭いくせにさ、こういう面に対してのその鈍さ、ほんと何なの!!?』


セイは脳内で話しているだけのはずなのに、ぜいぜいと肩で息をしている。

一体何にそんなに興奮しているのか。

取り敢えず私達は目を見合わせて、紅茶を啜った。


『二人とも聞いてる!?』


「聞いてはいたよ」


「あぁ。それでお前は一体何が悪くて、どうしろと言うんだ?」


『え、何なのこの俺が正しいのにまるで駄々っ子宥めるみたいな感じ』


実際そんなものだろう。

私とフレイは半眼で生ぬるくセイを見つめた。


『もういいよ……

取り敢えずルナさんはシルヴァ君に笑いかけてあげてよ。

それで少しはマシになるから』


「たまに君は意味の分からない要求をするね」


『ルナさんにはそうだろうね。

でも今の俺ほどこの状況で的確な判断を下せるやついないと思う』


「急な自画自賛、やめてもらっていいかな?」


思わずゴミを見るような目で見てしまったではないか。


『酷っ!あと兄貴はもう少しルナさんから離れて』


更に付け加える要求に私達は揃って首を傾げた。


「何故だ?」


「私がフレイの恋人役をつとめる話、君にもしたじゃないか」


フレイとルシルの関係を知っているのは王族一家、第一王子の親衛隊とルシルの侍女仲間だけなので、騙す対象は貴族の殆ど全員だ。

だから今だって同じ長椅子にくっついて座っている。

こういう所から仲の良さを見せつけないと。

なんならそれっぽい演技をしてもいいくらいだ。

例えば腰に手をまわすとか、肩にもたれかかるとか、腕を組むとか。


『それは、まあ、さ。

でもほら、時と場所を選んでほしいっていうか、出来ればシルヴァ君の目に映らない場所で……あ、でもそれはそれで駄目そう』


「結局何が言いたいんだ?」


『兄貴のどんかんんんんー

そんなだから日頃からルシルさんに煙たがられてるんだよ』


「何故急に弟から鈍感呼ばわりされなければいけないんだ。

しかも別に煙たがられてなどいない。

あれは恥ずかしがり屋な彼女の癖のようなものだ」


「いや、あれは単にウザがられてるだけだと私も思う」


おっといけない、つい本音が出てしまった。

そんな幸せな妄そ……じゃない、勘違いをしているなんて残念な男だ。

フレイのことまで道端の小石を見るような目で見てしまったではないか。


それにしても、残念な二人と違って私の弟子は(少し難も癖もあるが)純粋で可愛い。

こんなドロドロした大人にだけはなってもらいたくないものだ。

癒しを求めてシルヴァをつい見つめれば、彼は鋭い目付きと眉間のシワを消してこちらを見つめ返してくる。

うん、ピュアだ。

どんな風にって、それはやっぱりミカン箱の中の仔犬みたいな。


「ふふっ」


つい嬉しい気分になって満面の笑みで手をふれば、彼は真っ赤になって目をそらした。

頬や耳はおろか、首まで赤い。

あれ?どうしたんだろう。

やっぱり手をふるなんて子供扱いしているみたいで恥ずかしかったのだろうか。

でも現れた尻尾は確かに揺れて、これでもかと喜びを示している。

うーん、難しい年頃ってこういうことを言うのかな。


『………ありえない。

何なの?なんでこれには照れるわけ?

こんなのより恥ずかしいこともっとしてるでしょ。

いやまあ、室内はすごい過ごしやすい空気になったけどさぁ。

ん?でも逆にほのぼのし過ぎて議会の空気じゃないような………

と言うか大体なんでルナさんも兄貴も…


ぶつぶつうるさかったのでセイとの回線を切る。


「結局セイは何がしたかったんだろうね」


「さあ。我が弟は変わり者だからな。

それより貴女の弟子はなかなか素直でいい少年のようだ」


「いや、うん、まあそうなんだけど……やっぱり違和感」


もう呼び方は気にしないことにして、私達はそれからも紅茶を啜りつつクッキーを味わい、続けられる議会を見守った。





ようやく議会が終わったのがそれから約一時間後。

国王が退出し貴族達が次々と立ち上がり部屋を去るなか(本来は位の高い者から去るのだが、セイは最後まで残ると伝えてあるので無視である)、シルヴァはすぐに窓を開けてこちらへ飛んできた。

彼は戦う時もそんなに魔術を使わないから忘れそうになるが、魔力がかなり多い種族なのでこのくらいお手の物だ。


「ルナ、終わった。早く中に入ろう?」


「うん?そうだねぇ……

フレイはどうする?何なら送っていくけど」


「いいのか?」


「もちろん」


仲の良さを見せつけるには小さなことからコツコツと、だ。

フレイもそれが分かっているのだろう。

頼む、と微笑んでこちらを見つめる。

さて、そうなると申し訳ないが他の三人には先に戻っていて貰わねば。

少し時間がかかるだろうし。


「と言うわけだから、悪いけど先にセイの部屋へ行っていてくれるかい?

私もフレイを送ったらすぐに戻るから」


「…………」


耳が垂れてしまっている。

分かりやすい落ち込み方だ。

あ、そう言えばお互いに紹介がまだだった。


「言い忘れていたけど、シルヴァ、ここにいる彼が第一王子でセイの兄のフレイだよ。

今二十歳だから……君よりも七歳年上だね」


「よろしくシルヴァ。フレイと呼んでくれ。

ルナの弟子なら身分は気にしなくていい」


「よろしく……」


なんだか元気がない。どうしたのだろう。

取り敢えず彼の肩を叩き、顔をあげた瞬間その口に余っていたクッキーを突っ込む。

シルヴァは目を白黒させながらもそれを咀嚼した。


「美味しいかい?」


「……ん」


「そう。よかった。

それはフレイの婚約者のルシルが作ったんだよ」


「彼女は料理が上手いからな。

まあルシルが得意なことはそれだけではないし、なんと言っても彼女の素晴らしさは


「すまないねシルヴァ。

フレイは彼女のこととなると少し残念なんだ」


「………」


あぁ、シルヴァがドン引きしてしまっている。

これ以上は教育上よろしくない気がしたので、魔術で強制的にフレイを地に下ろし距離をとらせた。


「それじゃあ送ってくるから、護衛をもうしばらく頼むよ」


私も口早に告げて着地する。

そしてそれからも止まらないフレイの惚気話に適当な相槌をうちながら彼の自室を目指した。

私が言い出したことだけど、もう帰りたい。砂を吐きそうだ。


そう言えば立ち去る私の耳にセイの「ほらね、ヤキモキするだけ無駄だろ?兄貴はある意味君と同類なんだ」という声と、それに疲れたように「…色々と分かったし納得した」と答えるシルヴァの声が聞こえたけれど、何だったんだろう。











そしてどうにか溢れる惚気話を延々ノンストップで語られるという試練に耐え、ボロボロの精神状態で戻ってきたわけだが………これはどういう状況だろう。


「ねえほら、膝にのせて」


「………」


「駄目なの?」


シルヴァがイチャイチャ(たぶん)している。

女の子が横に座って腕に縋りついてその膝の上にのせて欲しいとねだられている。

………一体私のいない間に何が起こったんだろう。

それによく見ればあの子は“王国”唯一の姫であるベイルーシェ(通称ベル)じゃないか。


「あ、ルナさんお帰りー」


「……ただいま。あれはどうしたんだい?」


皆は私を糖分過多で殺す気だろうか。

なにそれ帰りたい。

そんな疑いを抱きつつセイに問えば、苦笑が返ってきた。


「あはは……よく分かんないけどなんか、ベルがシルヴァ君のこと気に入ったみたいで」


事が起こったのは私がフレイを送っている間のこと。

セイの部屋へ戻る途中にベルと行き合った彼等は、取り敢えずシルヴァを紹介した。

彼女は最初はそこまで興味がなさそうだったのだが、私の弟子だということ、狼の獣人だということにいたく興味を抱き、何故か部屋まで着いてきた。

そしてそれ以来べったりシルヴァにはりつき離れないらしい。

通りで廊下で使用人達がオロオロしてると思った。


「ふーん、シルヴァをねぇ。

まあ彼はモテるし、納得と言えば納得か」


「うわー、ルナさん超ドライ」


「どういう意味だい?」


「そこはさ、ほら、私以外の人と一緒にいて苛々する、とか、何だかいつも一緒にいたシルヴァが隣にいないと少し寂しいな、とか、色々とるべきリアクションあるじゃん」


何を言っているんだこの男は。


「ジーク、これを何とかしてくれないかい?」


「申し訳ありません、お耳汚しでしたね。

今すぐ口を開けなくしますので」


「ちょ、俺主人!それにジークだってうっすらそう思ってる癖に」


そうなのだろうか。

チラリとジークを見つめれば、彼は恥じ入ったように目をそらした。図星らしい。


「申し訳ありません。ですがあまりにもシルヴァ様が不憫で…」


「うっわジークそれ本音すぎ」


「結局何なんだ。君達は私に怒ったり悲しんだりしてもらいたいって?」


「………」


「まあその通りだよ。実際ルナさん嫉妬とかしないの?

一応ずっと一緒にいるわけだし、少しは独占欲とか持ちそうじゃん」


独占欲、か。

私のそういった欲望はずっと昔、ただ一人に全部あげているからそんなもの殆どありはしないのに無茶を言う。

残った少ないそれだってもう、一人に向かっているから他人に向かうような余りはないのに。

セイだってそれを分かっているくせにそんな質問をしてくるなんて、会わなかった五年の間に意地が悪くなったものだ。

いや、これはちょっとした彼からの仕返しなのかな。


「……そうだね、まあ少し寂しいかもしれないな。

私もできた人間ではないし。

ずっと私の後をついてまわっていた彼が段々離れていく訳だからね」


別に嘘ではない。

ただまあ、こう言えば満足かと皮肉な思いがありはするけれど。

そんな私をジークは嬉しそうな、セイは何とも形容しがたい表情で見つめた。


「………ふーん。あ、シルヴァ君がついにベルを膝にのせた」


「頑張るね、ベルは」


あの人見知りにそこまで接近するとは。

その辺の女冒険者でも出来なかったことだ。


「あーあ、耳に触ることまでねだっちゃって」


「………ん?」


耳に触る?

私は慌ててシルヴァとベルの元へ近づく。

確かに彼女は手を伸ばしてシルヴァの頭部に触れようとしていた。

頼まれて断りきれなかったのか、普段は自分の意思で出すことのない耳がふたつ顔を出している。

私の接近に気がついたベルは頬を膨らませ、シルヴァは困り顔を和らげた。


「ルナ」


「お疲れさま、シルヴァ。

さてベル姫。獣人にとって耳と尾は大切な急所。

そこに触れることは相応の関係でなければ許されないよ」


「……なによ、これはわたくしとシルヴァの問題ですわ!

ルナね……ルナは引っ込んでて!」


「それは出来ない。私は彼の師だからね。さあ、手を戻して」


それでも手を伸ばし続けるベルに、ため息を吐けばびくりとその肩がゆれる。

全く、いつの間にこの子はツンデレになったのか。


「一の姫。いい加減にしないと私にも考えがあるよ?」


「し、知らないわ!」


「そう。それじゃあ君は退出するしかないね」


指を鳴らせばベルの体が浮かび上がり、そのまま扉の外へと向かっていく。

空中でじたばた暴れても無駄だ。


「それじゃあね、一の姫」


「うっ、放して!放しなさいよ!」


「そこの君。姫にはこのまま部屋に戻ってもらうから、着いていってあげて」


魔術で扉を開き、外にいたメイドに声をかければ彼女はあからさまにホッとした顔をした。

この後ベルには色々と予定がつまっていたに違いない。

前はあんなに我儘じゃなかったと思うんだけど、やっぱり難しい年頃というやつだろうか。

年も十歳でシルヴァと近いし。


「大丈夫かいシルヴァ?」


「助かった」


「嫌なら嫌とちゃんと言わなければ駄目だよ?

それくらいで君を処罰するほどこの国の王は馬鹿じゃない。

まあ、もしもそうなったらそうなったで私がどうにかしてあげられるしね」


銀の髪を撫でてやれば、気持ち良さそうに尾がゆるりと揺れた。

そこへ騒ぎを見守っていたセイとジークがようやく近づいてくる。


「いやー、流石ルナさん」


「君の妹だろう」


「あはは、ごめんごめん。

シルヴァ君もごめんね、ベルが無理言って。

それにしても獣人って耳と尻尾が急所なんだ?」


ヘラヘラ笑うセイに思わずいらっとくるのは私だけじゃないはずだ。

それにしても急所のことは案外皆知らない話なのだろうか。

確認のためジークを見れば、私は知っていますよと微笑まれた。


「セイル様の側にはあまり獣人の方がいらっしゃらないので無理はありませんね。

それに基本的に皆さん耳と尾を隠しているので、タイミングが無いのかと」


「なるほどね。

獣人の耳と尾は少しでも触られると気持ちよすぎて力が抜けてしまうんだ。

だから絶対に触ってはいけないんだよ」


「え、なにそのエロゲ仕様」


それは私も思ったけれど、普通口に出すだろうか。


「「えろげ?」」


幸い二人にはわからない言葉なので助かった。

ただセイの足は踏んでおこう。


「いった!酷いルナさん!!」


「自業自得だよ。妄想してんなこの中二男子が」


「俺のヒットポイントはもうゼロだよ…

でもじゃあ、ルナさんも触ったことないの?」


「勿論だよ」


だって好奇心で触られて自分はヘロヘロになるとか、ただの嫌がらせじゃないか。


「俺も嫌という訳ではないけど、ルナにもあまり触られたくはない」


「ほら、本人もこう言ってるし」


「それってさー…」


ごにょごにょとセイが耳元で囁けば、シルヴァは顔を紅くして目を泳がせ、ぎこちなく頷いた。

うーん、流石に聞き耳を立てるのはまずいと思って我慢したが、何だか気になる。

セイは納得したようにうんうん頷いていた。


「やっぱりシルヴァ君だって男だもんね!

差し詰めロールキャベツ男子って事か」


「……?」


「ロールキャベツ?」


また現代語を引っ張り出して二人を混乱させている。

にしてもロールキャベツ男子か。

………シルヴァはたぶん肉食系じゃないかなと思うのだが。

顔も草食系という訳でもないし、なんと言っても狼だし。


「ほらほら、無駄話はいいからセイは仕事をしなよ。溜まっているんだろう?

そしてそっちの二人、ロールキャベツ男子という言葉が気になるのもわかるけど、そうなるとまずキャベツから始まって草食系、肉食系、果てはフライパンで作るか圧力鍋で作るかまで議論になるから、説明はまた今度機会があったらね」


「いや、鍋のくだりはどう考えてもいらないでしょ」


「黙っててくれるかい?」


まったく、一々口煩い。細かい男は嫌われるぞ。


「そういうわけだから、皆仕事に戻るように。

シルヴァは護衛を代わるから、部屋で寝ていてもいいしここにいてもいいし、外に出てきても構わないよ。どうしたい?」


「ルナがここにいるなら俺もここにいる」


「それじゃあそうするといい」


微笑み合う私達をよそに、“王国”の主従はひそひそと内緒話を始めている。


「何あの自然な甘い言葉とスルースキル。

てかあれなの?あの二人にとってはああいう会話が日常なの?」


「恐らくそうではないかと。

これでは進展のしようがありませんね」


「まあルナさんだしね」


「耳に触れることをお止めになった時にはいけるかと思ったのですが…」


「うーん、シルヴァ君は苦労しそう」


一体彼等は何がしたいんだ。






・シルファーナ 女 (22)

伯爵令嬢で、今は王妃の侍女。

元々城へは行儀見習い兼婿探しという親の方針でやって来ていたのだが、つり上げたのはまさかの王族で本人も親も大慌て。

とにかくフレオールに押されて押されて押されまくった結果流されてしまった人。

でもちゃんと好きです。

ただ毎日甘い言葉を吐かれているとどうしてもウザ………面倒くさ………照れてしまうため、彼に対する扱いは結構雑。

ルナとはいい友達。

お互い色々と愚痴を言ったり、ルナから昔のフレオールの恥ずかしい話を聞いて彼が知らないうちに弱味を握っている。

実はフレオールより年上。




・ベイルーシェ 女 (10)

ツンデレな末姫。

基本的に甘やかされて育ったが、根はいいこ。


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