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1 プロローグ

 中学二年生というのは、とても中途半端な年頃だと思う。

 まだ中学生活に慣れない一年生ほどの初々しさはなく、高校受験に向けて慌ただしく急かされる三年生ほど切羽詰まってもいない。ある程度の余裕はあるけれど、かといって完全に自由でもない。

 親や教師の説教や保護者面が鬱陶しくて放っておいてほしいと思うのに、自分一人の手で何かしようとしてもなかなか上手くいかなくて、誰かの力を借りなければ結局は何もできないということを思い知る。『子供』という枠の中で監視され保護されている自分と、そこから抜け出して早く大人になりたいと願う自我のズレがもどかしくて、理想と現実の間でどうしようもなく歯がゆい気分になる。

 上手く処理しきれずにもてあました気持ちは、知らず知らずのうちに体の外まであふれ出て、ささいなことでもふさぎこんだり、イライラすることが多くなっていた。あまり認めたくないけれど、たぶん、これが世間一般で言う“反抗期”ってやつなんだろう。


 そんなことをつらつらと考えながら、青々と茂る木々に囲まれた校門をくぐろうとしたところで、後ろから「おはよう」とかけられた声に、思わず少し顔をしかめた。振り向かなくても分かる、聞きなれたこの明るいトーンの持ち主は――


「……豊夏ゆたか


 早足で俺の隣に並び、屈託のない笑顔を向けてくる幼なじみを、少し苦い気持ちで見つめる。あまり顔を合わせたくないから、わざわざ時間をずらして出てきたのに。


「おばさんからもう出かけたって聞いて、急いで追いかけてきたんだ。どうしたの? 今日は水泳部の朝練ないって言ってたのに」

「別に……たまには朝から自主学習とかするのもいいかと思って」


 口から出まかせの適当な理由にも、「偉いねぇ」と素直に感心するその馬鹿正直さに、思わずため息をつきたくなる。


 最近、俺はこの幼なじみが苦手だ。苦手というより、一緒にいるとなぜかイライラしてしまう。

 はっきりとした理由は自分でもよくわからない。ただ、中学生になってもいまだに小柄な体で、一点の曇りもない無邪気な笑顔を向けられると、幼い頃からのあまりの“変わらなさ”に複雑な気分にさせられる。大人になりたいという悩みなんて縁遠そうな様子が腹立だしい一方で、なんのてらいもないまっすぐな瞳で見つめられると、どこか居心地が悪くなった。そして、その分かりやすすぎる子供らしさが、どうにも鬱陶しく思えてしまうのだ。


「……あのさ、俺、これからも早く家出るから。追いかけてこなくていいし、明日からはお前一人で学校行けよ」


 乱される思考を断ち切るように、そっけなく告げて会話を切り上げようとすると、驚いた声で引き止められる。


「えっ、なんで? いっしょに行こうよ! 今までだってずっといっしょに来てたんだし」


 その『いっしょ』が嫌なんだよ、と言いかけてぐっと飲みこむ。まがりなりにも幼稚園時代からの長い付き合いだし、あまり冷たくするのも悪いという気持ちも一応は自分の中にある。

 ただ、今までみたいにベタベタされても、気持ちを掻き乱されて対応に困るだけだ。あまり近寄らないでほしい。というか、放っておいてほしい。


「行けない。色々と忙しいし、明日からまた朝練も始まるし」

「朝練って、だって、毎日あるわけじゃないじゃん。それなら朝練ない日だけでもいっしょに……」

「毎日あるんだよ。だから無理」

「――こうちゃんっ!」


 面倒くさくなってなげやりに答えると、非難するような目を向けられた。なかなか納得しない頑固さに苛立ちがつのり、自然と口調が冷たくなる。


「別にいいだろ、ガキじゃあるまいし一人で学校来るくらい。それとも、一人じゃ来れないのか? 『いっしょ』じゃなきゃなんにも出来ないのかよ?」

「そんな、そういうわけじゃないけど……、でも……」


 きつい言葉に、初めて豊夏が少しひるんだ。それでもまだ何か言おうとするのを遮り、駄目押しのように言い捨てる。


「だったら問題ないだろ? ……いつまでも子供じゃないんだし、少しくらい一人にさせてくれよ」


 立ちすくむ豊夏を置きざりにして、ひとり昇降口に向かう。俺の言葉にショックを受けたのか、横目に映った顔は心なしか瞳が潤み、悲しげに歪んでいた。少しきつく言いすぎたかとも思ったが、あれくらいはっきり言わないと伝わらないと自分に言い聞かせ、振り返りたくなる気持ちを抑えて足を進める。

 下駄箱で靴を上履きに履き替え、廊下を教室に向けて進んでも、もう豊夏は追ってはこなかった。

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