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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
這いよる幕開け
5/20

04/邂逅



 昼前に起床した星弥は、ニュースで佐藤が死んだことを知った。

『被害者の佐藤一さんは、西此咲の公園で、全身を刃物で刺され血を流して倒れているところを通行人に発見され、病院に搬送されましたが、間もなく死亡が確認されました』

 ニュースでは詳しいことはわからなかった。

 一度全国放送のニュースで確認したあと、地方チャンネルのニュースでもそれを確認したが、内容は変わらない。

 地面にこびりついた黒い血痕の映像と、第一発見者らしい近所の住人の証言が流れる。

『そうなんですよー。朝起きたら公園に人が倒れてて、あたり一面真っ赤でー』

 ……テレビを消す。

 腹が減って、星弥は冷蔵庫を開けた。中には昨日……。買ってきたおにぎりが入っていたので、それを食べる。

 ペットボトルの茶で米とシーチキンを流し込み、一息ついて、パソコンの電源を入れた。

 馴染みの検索エンジンを使って、ググる。

 ニュースサイトで同様の事件を調べる。そこにあった記事も同じような内容で、まだそこまで情報が開示されていない事だけ確認できた。

 次に総合掲示板に行き、キーワードで検索する。

 ニュース速報のトピックスは立っていたが、ニュースに対して怖い、マジキチ、だのといった感想がつけられているだけだった。

 頭を掻く。

 ため息をついて、またテレビをつける。

 ニュース番組がおわり、真昼のバラエティがチャンネルを占拠していた。

 頭を掻く、掻く、掻く。

 ドアの前までいって、郵便物を確認する。電気料金の請求はがきがきていた。

 ガシガシ。

 水道の締め方がゆるかったようで、蛇口から水がぽたぽたとこぼれていた。しめる。

 ガシガシ。

 なんでだ。

 落ち着かない。

 なんで落ち着かない……!

 星弥は焦燥感に似たものを覚え、何度も何度も室内を往復した。

 ――オレには叶えたい夢があります。

 なんでだ。

 ――二十年かけても、五十年かけても、かなわないかもしれない夢がある。

 落ち着かない。

 ――だから、オレは叔父の言葉を信じてゲームを待ち望み、そして、今日という日が来ました。

「……なんで、なんで死んでんだよ。バカじゃねえのか……」

 それが、星弥の率直な思いだった。


 落ち着かないのは、佐藤と話したのがさっきの事のように思い出せるから。


 落ち着かないのは、まだ佐藤が死んだという事実を認めたくない自分がいるから。


 落ち着かないのは、佐藤が、こんなにもあっさりと……なんで、死んで……。


 死んだのは、ゲームに負けたからに決まってる。……納得できない。

 この世は弱肉強食、上には上がいるという事だ。……できるわけがない。

 刃物を突きつけられた時には恐怖を刻み込まれた。……だけど。

 見ず知らずの男を殺したと言った時には怒りすら覚えた。……今は。

 今は……日をおいて改めて思い返した佐藤一は、かつて後輩だった少年だ。

 再会した時こそよく思い出せなかったし、ほんのわずかの間ではあったが、親しげに話しかけられた記憶がおぼろげながらに蘇る。

 今更というのはあまりに手遅れなほどに、星弥は佐藤一を思い出している。

 ――佐藤の、事の顛末を知りたい。そう思い、星弥は考えた。

「……学校、に聞くか。そうすれば、家の住所くらいは」

 星弥はそう思い立ち、携帯で学校に連絡を入れた。

 自分の学籍と名前を告げ、担任の山中を呼び出してもらい、佐藤一の自宅住所について聞く。

 ……山中は嫌そうな反応をしていた。

 マスコミが何人か佐藤一に関して電話してきているらしく、その事を星弥に愚痴る。

 それでも山中は住所と連絡先を確認してくれ、星弥に教えてくれた。個人情報を口頭で教えてしまうのもどうかとは思うが、有事だし日頃の行いもあるしな、と山中が付け加えたので、星弥は愛想笑いをしてから礼を述べて電話を切った。

 そうして手に入れた住所は意外にも近く、徒歩で二十分もしないところにある一軒家だった。


 佐藤の自宅に連絡してみると、親戚の叔母を名乗る人物が電話に出る。

 朝から準備をしていて、今日通夜を行うという事だったので、星弥はそれに合わせて佐藤の家へ足を運ぶ事になった。

 ……制服でよかったよな。付け焼刃の知識で準備をし制服に身を包んだ星弥は、そうして目的地である家の前までやってくる。

 途中、通夜の案内をする人を見つけて会釈をしながら進んだ先では、予想以上に人が集まっていた。

 佐藤の自宅は結構大きなものだった。家そのものも二階建てながらに立派な代物だが、家の敷地と同じ広さの庭があり、そこに通夜の参列者たちが集まっている。

 星弥はその集団を見つめながら、静かにクラフトカードを取り出し、ホルダーサーチを仕掛けた。

『ホルダー反応はありませんでした』

「…………ふぅ」

 小さく息を吐いて、星弥は敷地内へと足を踏み出した。 

 全く、嫌になる。星弥はそう思いながらも、ホルダーサーチを欠かす事はできない。

 部屋を出る前にも進路上に対して一度。その後大体の到着時間を計算して、着いてすぐにサーチが出来るようにここまでやってきた。

 ……当たり前といえば、当たり前だ。佐藤は十中八九、ゲームで殺されたんだ。

 人が死んでいる……なら、俺も死ぬかもしれない。

 だから、死にたくないなら、入念にサーチを繰り返すしか無い。

 敷地内へと星弥は入った。

 中では親族であろう大人たちがちらほらと見られたが、制服を着た……つまるところ此高の生徒が大多数を占めていた。

 泣いている生徒や顔見知りで集まっている集団を避けて進み、星弥は受付と香典の受け渡しを済ませる。

「この度は御愁傷さまです」

 一言二言、受け付けの人間と言葉をかわしてから、星弥は踵を返した。

 どうやら会場となるのは一階の広いリビングのようで、特に親しい人達が席に着いているがわかる。

 ……あの席に着く気は星弥にはなかった。

 晴れているのもあってか、屋根付きのテントの下に参列者用の席があったので、星弥はそこへと足を運ぶ。

「え、じゃあここって佐藤君の自宅ってわけじゃないの?」

 不意に湧いてきた言葉に足を止め、耳を傾けた。

「うん、佐藤くんは一人暮らししてて、アパートに住んでたみたいだよ。ほら……受付近くに立ってた化粧厚いおばさんいたじゃん。あの人と仲悪かったみたいでさー」

 振り向いて声の発信源を見ると、女子生徒二人が堂々と内緒話をしているのが目に入った。

 もう少しボリューム下げろよ。

 そうは思いながらも、その話題への興味が尽きなかった星弥は、目をつむり、一息ついて、意識を切り替えて二人に近づいた。

 学校にいる時のように、話しかける。

「あの、ちょっといいかな」

 高等部一年の証である赤いリボンを確認してから、星弥はフランクに声をかける。

 二人は一瞬ぎょっとしたような反応しめしたが、片方が星弥の顔をまじまじと見て、別の形で驚いた。

「あ、え、日月先輩ですか……!?」

「? あれ、どっかで会ったっけ?」

 全く記憶にない。ないが、星弥は佐藤の事もあったので少し逡巡する。

「あ、いえ、初対面です! でもあの、せーと会とかの活動でよく目にしていたので……」

「……ああ、なるほど」

 手をふりながら顔を赤らめてそう言う女子生徒の言葉に納得する。

 ……ということは、往々にして中等部からのエスカレーター組か。まあ名前が知られているなら話が早い。

「さっきの話なんだけどさ、佐藤とこの家のおばさんが仲悪いって話……まじ?」

 未だに状況が掴めていないもう一人の少女も込みで、やや身を寄せ合った形で話す事になった。

 彼女たちは佐藤のクラスメイトだった。

 何でも、佐藤が此咲市に引っ越してきてからの監督役がこの家に住む叔母なのだが、最後まで反りが合わなかったと漏らしていたとか。

 ……女子生徒たちは知らなかったようだが、監督役とは名ばかりで、実際に援助をしてくれていたのは佐藤の言う叔父という存在のはずだ。

 星弥の中で色々と想像が進む中、星弥を知っていた女子生徒は更に饒舌になる。

「ああ、でも見張り役ってだけで身元ほしょー人とかじゃなかったみたいです。おばさんとそういう関係なのは妹さんみたいでー」

「……? 佐藤、妹いるの?」

「はい、いるみたいですよ。いっつも一日置きにびょーいん行ってましたから。私も帰りのバス、そっち方面なんで! 此咲中央病院なんですけど、何かすごく悪いらしくて、手術もアメリカかなんかじゃないとできないみたいで」

 ――オレには叶えたい夢があります。

「かわいそーですよね。両親も死んじゃったのに、お兄ちゃんも死んじゃって……今日も佐藤君の顔見れないんでしょ? 死体がひどいみたいで」

 ――百億。前回の優勝者が獲得した金額です。

「妹さん、名前由美ちゃんだったでしょ? なんかそれわたしも聞いた事ある! 本人じゃなくて、男子の誰かだったと思うけど……結構噂になってたよね、絵に書いたような悲劇の主人公みたいで」

 ――人としての夢を叶える……それ相応の金額だと思いませんか?

 いけない。

 その想像は、いけない。

 それ以上踏み込むと、溺れてしまう。


 ――二十年かけても、五十年かけても、かなわないかもしれない夢が――


「……そっか、なんかいきなりごめんな、突然話しかけちゃって。ありがとな」

「あれ、先輩は通夜最後までいないんですか?」

「ちょっと用事があってな。それじゃあ……」

 思考の海から逃れるように、急ぎ早にその場を後にする。

 勢いのままに、式場を離れ、ただ黙々と歩いた。

 歩き続けた。

 足を止めることはなかった。

 どこをどう歩いているか、どうして歩いているのか、そういう考えが星弥には浮かんでこない。

 ただただ、ただただ……歩き続ける。

 忘れようとして、その思いを運動量で消化する。

 足りない。

 まだ、足りない。

 ……その内、星弥は抑えきれずに駆け出した。走る。

 夜も深まってきた住宅街は閑静で、ただ革靴がコンクリートを踏みつける音と、荒い息だけが世界を包む。

 すぐに限界がきた。運動不足がたたる。体が酸素を求めて、足はもつれ、動かなくなった。

「はぁ、はぁ……」

 呼吸を整える。酸素を吸収して、全身に行き渡らせる。


 これ以上、踏み込むな。


 心のどこかで、そんな声が聞こえる。


 お前は正義のヒーローじゃない。


 そんな自己犠牲の精神は、お前には備わっていない。


 生き延びろ。ただそれだけを考えろ。


 死にたくない。死にたくないだろう?


 もうこんなのは嫌だ。嫌だろう?


 でも……。やめろ、もう考えるな。


 馬鹿だ。

 お前が今考えている事は、馬鹿が考える事だ。

 愚か者と言ってもいい。愚者だ。全てを捨てて……命を捨ててゼロになる勇気など、お前には存在しない。

 ……そうだ、俺にはそんな勇気はない。そうだ、そんな勇気はない。

 でも……もう少しだけ、佐藤一という人間に関わりたいという、そういう思いがある。

 それは正義でも、怒りでも、復讐でもない。

 単なる好奇心だ。

「――そうだ。そもそも、このゲームに参加したのだって」

 好奇心は身を滅ぼす。そう言ったのは誰だったか。

 君子危うきに近寄らず、虎穴に入らずんば虎児を得ず、ミイラ取りがミイラになる……。

 しっくりくる言葉が、今はない。

 だが、今自分が考えている事は、とても愚かな事だ。

「……佐藤の妹に、会ってみよう」

 そう決心して、自宅に戻った星弥は、静かに日付変更線を迎えた。

 二日目が、終わる。



『二日目が終了しました。経過報告を開始します。▽』


 きた。経過報告だ。星弥は読み進める。


『今日の一言:三はとてもいい数字ですね。ゲームを本格的に始めるのにも丁度いいでしょう。

       引きこもり気味の皆さんは、ホルダーサーチで自宅がバレてしまう危険性、考えていますか?▽』


 余計なお世話だ……とは言い切れない。

 そうして意識してみると、自宅だけでなく、普段利用するような施設に長時間滞在するのはあまりよくない。

 ましてや自宅が見つかれば、それこそ今後居住区にいる事ができなくなる。

 ……そういう意味で、この今日の一言というのは強烈なメッセージだ。

 ここまで静観を決め込んでいたホルダーも、これで何人か動き出すかもしれない。


 次に、現在のプレイヤー人数が表示される。


『二日目を迎えたプレイヤーは十三人。二日目のリタイアは七名となりました。▽』


「……!」

 七人もリタイアしたのか。

 なにが嵐の前だ。二日目からやる気のあるやつばかりじゃないか。


『リタイアされた方のお名前、リタイア原因は以下のとおりです。▽』



『【うえのまさと さま】

 ホルダーと遭遇し、為す術もなくカードを破壊されました。

 完全に力負けです。残念、アンラッキー。相手が悪かったですね。▽』


 ……力負けか。俺がホルダーに見つかって瞬殺されたら、こんな風に表示されるのだろうか。


『【おおのひろこ さま】

 ホルダーと遭遇し、為す術もなくカードを破壊されました。

 完全に力負けです。残念、アンラッキー。相手が悪かったですね。▽』


 ……?


『【おおつかとしゆき さま】

 ホルダーと遭遇し、為す術もなくカードを破壊されました。

 完全に力負けです。残念、アンラッキー。相手が悪かったですね。▽』


 ……おいおい。

 星弥はメッセージを送る。


 完全に力負けです。

 完全に力負けです。

 完全に力負けです。


『【おおひらゆうじ さま】

 ホルダーと遭遇し、為す術もなくカードを破壊されました。

 完全に力負けです。残念、アンラッキー。相手が悪かったですね。▽』


「なんだこれ。全部力負けじゃないか」

 ……未知の敵に、星弥は背筋が寒くなるのを感じていた。

 もしかして、この七人は全て……同じホルダーに倒されたのか?

 いやむしろ、まるで敵わないような強力なクラフトを持つホルダーが複数人いるという可能性も……。

「……くそ」

 気持ちがぐらつく自分自身に、小さく毒を吐く。

 正直に言えば、何の決意もできていないし、一つの覚悟もしていない。

 だが、それでも……まだ出せない答えを出すために、星弥は明日に備えて寝る事にした。




『それでは、ゲームは三日目へと突入します。

 残りの参加者の皆様に、ナイアーラトテップの微笑みがありますように▽』








 『ナイアーラトテップの微笑み』


  ゲーム続行 三日目









 朝早く起床して朝食をとり、制服に身を包んでから星弥は此咲中央病院へと足を運んだ。

 実際に会えるかはわからなかったし、夏休みに入ったのに制服で動きまわるのはあまり避けたい。

 だが、佐藤の妹に会ってからの事を考えると制服が一番都合が良かった。

 その制服姿のまま、人通りが集中する大通りを選びながらも、バスなどの緊急時に動き回れないようなものを避けて昼前には病院にやってくる。

「……あしいてー」

 昨日の佐藤宅への徒歩といい、今日の此咲中央までの徒歩といい、全くもって良い運動だ。

 筋肉痛になったらどうするかなどと悩んだが、病院の前で筋肉痛の心配をしているのも馬鹿らしくなったのでさっさと病院に入る事にする。

 此咲中央病院は、此咲中央区の施設レベルの高さに漏れず、救命救急センターや救命ヘリ用のヘリポートまで備えた大きな病院だ。

 ただ、大きな病院というのが今回の場合はネックでもあった。

 この手の大病院で、受付で病室を聞けるかどうかが、というのが不安だったのである。

「佐藤由美さんね……あなた此高の生徒でしょ? 病室は322よ」

 ……だが、ダメ元で聞いてみたところあっさりと教えてもらえて、星弥は拍子抜けをした。

「ホントはいけないんだけど、今回は特別だからね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 小声でそういう看護師の女性に対して、星弥はお礼を告げた。

 制服姿だったのがよかったのだろうか? 女性はくすくすと笑っていたが、星弥は特に気にせずその病室へと足を向ける。

 ……見舞いの品をもって来なかったな、と一瞬考えがよぎるが、初対面の相手に何を持ってくればいいかもわからないので諦めた。

 病棟の三階にある一番端の個室が、佐藤一の妹……佐藤由美の病室だった。

 目的の部屋のすぐ脇にある階段から上ってきた看護師がすぎるのを待ってから、星弥はドアへと近づく。

 コンコン、とノックをすると、数秒遅れて控えめな声が聞こえてきた。

「――はい」

 星弥はスライド式のドアを開けながら、小さく息を吐いて、意識を切り替える。

「失礼します」

「……?」

 入った先で、ベッドから起き上がっていたパジャマの少女と目が合った。

 第一印象は、日本人形のような少女だった。

 外見からして年齢は中学生ぐらいだろうか。

 黒いショートカットの髪に、小さな作りのパーツ。それに色白い肌。

 顔立ちのそれに佐藤一に似たものを感じて、それが太めの眉に由来するものだと気付き星弥は妙な親近感を抱いた。

 ……佐藤とも、別に長い付き合いじゃないくせに。

「……あの」

 ドアの前で突っ立ったままの星弥に不信感を抱いたらしく、眉をひそめて少女……由美が声をかけてくる。

 ハッとして、慌てて星弥は声を出しながらベッドの手前まで移動した。

「……! ああ、いや、すみません。佐藤によく似ているなと思って……ってそうじゃないな、あの、俺は」

「あ、えと……お兄ちゃんの、友達ですか?」

 お兄ちゃん、という言葉にすれていない印象を抱きつつ、星弥は頷く。

「あの、俺、日月星弥って言います。佐藤の一年上で、昔ちょっと生徒会で付き合いがあって」

「――日月先輩? 生徒会の?」

 生徒会の。昨日に続いてまたその単語が出てきた。

「……あの、それはもしかして、佐藤から?」

「あはは、そうです。お兄ちゃんがちょっと前に話してくれた事があって、それで」

「ああ、そうなんだ……」

 佐藤……久しぶりに再会した時にも俺の事を覚えていたし、忘れていたのは俺だけだったのか。

 なんだかバツが悪くなって、星弥は後頭部を掻く。

「それで、えっと……日月さん? 日月さんは、今日は何か? お兄ちゃんならまだ来ないと思いますけど」

「……? 来ない?」

 何を言っているんだ?

「はい。えっと……いつもは大体お昼過ぎに来ますね。午後一時くらいでしょうか。まだ午前中ですから、どこかでお食事をとってもらえれば丁度いい感じになると思いますけど」

「…………」

 星弥は病室の中を見渡す。

 テレビはない。この部屋には置いていないのだろう。

 ベッドの脇の棚には本が置いてあるだけで、新聞の類もない。この年頃の少女なら読むものではないのだろうか。

 他にあるのは、よくわからない医療機械らしきもので、白い管が伸びて由美のベッドの中へと消えている。

 …………知らない、のか?

 星弥の動悸が早まる。肉親が死んだというのに、その知らせを伝えないものなのだろうか?

 ましてや、佐藤の死体は病院に搬送されたはずだ。看護師たちが耳に入れて、連絡してもいいはず。

 それとも、耳に入るとまずい事なのだろうか。

 昨晩の女子生徒たちが話していた、アメリカの手術云々という言葉で、様々に憶測を立てる。

 ……病は気からとも言うし、あえて伝えていないのかもしれない。星弥は意を決する。

「――ああ、そうなんですか。まあ佐藤に会えるかな、とも思って来たんですけど、それとなく妹さんの事も耳にしたので、お見舞いに行こうかなと」

「そうだったんですか。わざわざすみません」

 そう言って、ゆっくりと由美は頭を下げる。

「いやいや。気にしないでください。見舞いの品も持って来てない思いつきのものですし」

 そもそも、本当のことを伝えていない自分に、頭を下げる必要もない。

「…………」

「…………」

 一瞬、会話が止まる。

 星弥は踏み込む。

「あの、病気っていうのは聞いていたんですけど……。失礼ですけど、入院して長いんですか?」

「……ああ、はい。そうですね、もう二年くらいでしょうか」

「二年、ですか」

「はい。昔から体は弱かったんですけど、こんなに長く入院するのは初めてで」

 困ったように笑顔を浮かべる由美に、星弥は人柄の良さを感じた。可愛らしい女の子だ。

「佐藤のやつ、一言もこんな可愛い妹がいるなんて言ってなかったんですけどね」

 思わず星弥も笑みがこぼれて、冗談交じりにそんな事を言ってしまう。

 色白い顔を真っ赤にしてうつむき黙る由美をみて、星弥は軽口を叩いたのを後悔した。

 ごまかす。

「まあ、もしかしたら妹が入院しているっていうの、俺に教えたくなかっただけなのかもしれませんけど」

「あ、あはは……そ、そうですね。そうかもしれません。日月さん、かっこいいですし」

 苦笑して言い放った由美の言動に、今度は星弥の思考がフリーズした。

 それに気付いてか、由美が言葉を続ける。

「! あ、あの、お兄ちゃんがよくイケメンイケメンって言ってたので、本当にそうだったのに驚いたっていうか」

「ああ、いや……俺が悪かったんで、もう勘弁してください」

 顔が熱くなるのを感じて、星弥は左手で顔を押さえながら言う。

「ええ、いや、そうじゃなくて、かっこいいと思ったのは本当でして……」

 由美という単語についた、手という文字が二つ、空中で左右に揺れる。

 ……左手を離して顛帯観測を解除すると、困ったような顔をして由美が弁解していた。

 どうやら星弥が「カッコイイってそれ皮肉か」といった趣旨の捻くれた発言をしたと勘違いしたらしく、由美は的はずれな弁解を続ける。

「日月星弥ってアイドルみたいな名前で、見た目もすごくさわやかって聞いてたので! 名前も個性的で覚えやすかったので、言われてすぐ見てわかったっていうか」

「いや、いや! もう! もうわかったから! わかったんで、その話はもうなしで!」

「あ、あの、ごめんなさい!」

「いや、こちらこそ……!」


 結局、落ち着くのに数分の時間を要した。

 日月は大きく息をついて調子を整えたが、初対面の相手になれていないらしく、由美は少しあたふたとしたままである。

 まあ、最初の頃の他人行儀な反応よりは少しは砕けた方が年下らしい、と星弥は思った。

 ――それでも、まだ星弥は踏み込む。

「……えーと、実は今日は、佐藤に会いに来たわけじゃないんだ」

「え?」

 不意に切り出した言葉に、由美は顔を上げる。

「実はちょっと、由美さんに聞きたい事があって」

「はあ……なんでしょう?」

「あいつ……って佐藤、君のお兄さんなんだけどさ。あいつ、金を貯めてどうしても叶えたい夢がある、って言ってたんだよね」

「…………」

「どうしてもそれが何か教えてくれなくてさ。それで、ちょっと意地が悪いかなとは思ったんだけど、妹さんが入院してるっていうから、もしかしてって思って……」

「…………。そう、ですね。多分、日月さんの想像通りだと、思います」

 由美の表情が暗くなり、そうして彼女は肯定の意を述べた。

 想像通り。その言葉に対して、それ以上追求する気持ちが消えていく。

 ……正直いって、嘘をついてここまで言っただけでも我ながらに星弥は罪悪感がある。

 なので、次にどう言葉を付け加えるかと言い訳を考えている内に、由美に先んじて口を開かれてしまった。

「私、実は心臓の方を患ってしまって。……今、機械でそれを補ってるんです」

 そういって目配せをしたのは、先程星弥が目につけた四角形の機械だった。

 その機械のチューブはベッドの中へと消えており、それはおそらく由美と繋がっているのだろう。

 ……人工心臓、というやつだろうか。星弥は詳しくもない知識を頭の中から引き出す。

「あ、でも、最初の頃は動けなかったんですけれど、リハビリをして食事をして、今は結構元気になったんです!」

 星弥が無言だったのを察してか、少し明るい調子で由美はそう言う。

「……でも、やっぱり手術とかが必要なんですよね?」

 星弥の率直な返しに、由美は一瞬言葉を失うが、すぐにこくりと頷く。

「そうですね、お医者さんにも、出来れば心臓の移植手術が望ましいと説明されました。でも……」

 ……金、か。

 星弥は佐藤が語った言葉と、由美の語る移植手術とをつなぎあわせていた。

 実際の心臓移植がどのような代物なのかは詳しくないが、よく手術費を集める為の募金活動などを耳にする。

 その手術費は、到底普通の家庭では支払えない額だというのはわかった。

 なら、佐藤の叔父に資金を出してもらえばいいんじゃないか?

 そうも思ったが、叔父の会社が倒産していたのを思い出す。

 ……それに、今の今まで手術できなかったのは金のせいだけとも限らない。確か心臓移植には、ドナー登録者の存在や、他にも色々面倒な手続きや法律があったはずだ。


 ――だから、お前はゲームへの参加を望んだのか?


 今はいない佐藤に内心でそう問い、星弥はいたたまれなくなった。

 会話を打ち切るべく、星弥は切りだす。

「……すみません。押しかけてきていきなりこんな事を聞いて」

「あ、いえ。それはいいんです。それに、わざわざこんな所まで来てお兄ちゃんの事聞こうとしてくれる人がいるのも、結構うれしいので」

「…………。それじゃあ俺、そろそろ行きますね」

「もう大丈夫なんですか?」

「はい。……すみません、最初、佐藤に会いに来たとか嘘をついて」

 佐藤がどうなっているかを、黙っていて。

「いえ、そんな。……そんなに畏まらないで下さい。よろしければまた……っていうのはあれですけれど、お兄ちゃんの事でまた何かあったら、お気軽にどうぞ」

「ええ、そうします」

「ああ、でも」

「はい?」

「出来れば次来る時は、敬語はもう少し控えて下さい。年上の人にあんまり敬語使われるの、居心地悪いので」

 何度目だろうか。彼女はそうして困ったように笑い、星弥に会釈のようなお辞儀をした。




 ……病室を後にする。

 ドアを閉めて、窓際まで足を運んで、星弥は改めて動悸を落ち着けるのに時間をかけた。

 あそこまで話し込んでおいてなんだが、星弥は女子の相手が得意ではない。

 昨日の通夜の時もそうだったが、少し気合を入れておかないと話疲れる、というのが星弥の言である。

 まさか、二日つづけて見知らぬ女子に話しかける事になろうとは。

 その精神的な疲労を打ち消そうと窓からの景色を眺めていると、パタパタと星弥に駆け寄ってくる足音がした。

「ねえねえ、ちょっと」

 反応して視線を向けると、近づいてきたのはナース服の女性だった。

 一瞬疑問に思うが、すぐに星弥は答えに行き着く。確か受付で病室を教えてくれた人だ。

「はい、どうかしましたか?」

「あ、ごめん、病室の前だからもう少し静かに……あのね、もう由美ちゃんと会った?」

「? はい、会いましたけど」

「……由美ちゃんのお兄さんの事、知ってる?」

「――はい、知ってます。でも、言ってませんよ」

 なんだ、その事か。

 星弥は内心でため息をついた。やはりまだ彼女には伝えたくないようだ。

 病室を教えてくれたのは感謝したいが、今頃になって慌てて追いかけてくるあたり、少し間の抜けた感じを思わせる女性である。

「佐藤の事は残念でしたけど、ちょっと話をふって知らない感じだったんで、その事については触れてません」

「そっかーよかったー。言っちゃってたらどうしようかと 警報が鳴る。

 制服のポケットから強烈な電子音が放たれていた。

 一瞬、星弥は思考が停止し、体が固まる。

「警報警報だったからさ、警報警報警報警報をまだ由美ちゃ警報警報警報警報て警報警報……? どうか警報警報? ねえ、大丈夫?」

 ……警報が収まった。

 目の前の彼女を真っ先に疑う。違う、それならもっと前にエンカウントが反応するはずだ。

 気遣ってくる看護師の女性を無視して、星弥はポケットからクラフトカードを取り出した。

 『ホルダーとエンカウントしました。』

 間違いない。三十メートル以内にホルダーがいる……!

「ねえ、どうしたの? 気分が悪いの?」

 肩に手をおかれて、星弥は心臓がはねた。勢いで顔をあげると、看護師の女性が驚いたように目を見開く。

「ど、どうしたの……? ホントに大丈夫? どこか痛い?」

「いえ、大丈夫なんで! あの、ちょっと急ぎの用事が出来たのでこれで!」

 そう言って肩に置かれた手を振りほどき、星弥は階段まで駆け寄る。

「あ、ねえ、ちょっキョッ――」

 壁際に張り付く。ここが病棟の端だったのが幸いだ。あとは振り向いて、ホルダーサーチをかけて相手の場所を突き止める!

 星弥は振り返った。

 看護師の女性が、鋭利なトゲのようなもので串刺しになっていた。

 あまりにも唐突な出来事に、反応が遅れるが、目ではそれを冷静に観察する。

 彼女は、足元から伸びた長いトゲで膝から首元にかけてを貫かれていた。……あまりにも長く大きく、トゲというよりはもはや槍に近い大きさだ。

 槍は床から直に伸びていて、まるで床が変形してその形をなしたかのように感じられる。

 血がびちゃびちゃと床に広がっていく。看護師の女性の反応はない。死んでいるのかもしれない。

 星弥は腰が抜けそうになった。

 それをこらえるために足元をみて、足元の床がぐにゃりと歪んでいるような違和感を抱いた瞬間に、咄嗟に階段の方へ転がる。

 それこそ転がり落ちるような勢いで倒れこんで振り返ると、先程まで立っていた場所に音もなく槍が突き出ていた。

 あそこにいたら俺はどうなっていた。

 いや待てそんな事を考えている暇はない。

 まず動け。

 足元から槍がくる。

 出てきたら終わりだ。

 瞬時に貫かれる。

 足元を見ろ。

 逃げろ。

 逃げろ逃げろ。

 死にたくない。

 死にたくない……!!!

 やめておけばよかったんだ、こんな最悪のタイミングで、敵に出会うなんて。

 そうだ。リタイアすればよかったんだ。

 あいつが言っていたように、諦めればよかった。

 そうだ、それが一番、利口な……。



 ――先輩なら、"あたまがいー"から、わかるはずです。



 どこかで誰かが言った、人を小馬鹿にしたような言葉が脳裏をよぎった。

 なぜか、腹立たしさと共に星弥は落ち着きを取り戻す。

 いや、落ち着いたが、落ち着いてはいられない。

 飛び引くように階段を駆け下りる。先ほどまでいた階段のところに槍が出た。

 間違いない。原理はよくわからないが、エンカウント警報が出た後にこのよくわからない現象がある以上、これはクラフトによるもので、相手はホルダーだ。

 つまりホルダーは敵であり、俺を殺しに来ている!

 足元をみて、床がぐにゃりと動く様をみてからそこから動いた。床から長い槍が出てくる。

 なぜもっと早く槍を出さない? 素早く出せないのかもしれない。

 もっと素早く槍が出れば俺はとうに死んでいるぞ? 発動までにタイムラグがあるのかもしれない。

 なぜ床から槍が出てくるんだ? 床の材質はコンクリートのはずだ。それを変形させているのだろうか。

 なぜ俺の位置がわかる? ホルダーサーチ……ではない。ホルダーサーチは連続使用できない。つまり相手はこちらの位置を把握する力を持っている。

 どうやって位置を把握している? わからない。だがクラフトの能力である可能性は大だ。

 床が歪んだのに反応して、星弥はまた移動する。

 そのまま階段を駆け降りて、二階のフロアに出た。病室がずらっと並ぶ廊下は、向こうの方まで誰もいない。

 壁際によって、星弥はクラフトカードを前方に向けてサーチを使った。

 急げ、急げ。早る気持ちを抑えきれず、結果が出る前に動く。槍が飛び出してくる。

 クラフトカードがピロリロリン、という間の抜けた電子音を鳴らした。

『ホルダーを発見しました。

 前方約十メートル。高低差、約プラス二十メートルの位置』

 プラス二十メートル……斜め上……上の階にいるのか!?

 星弥は場所を移しながら、階段でフロアの数を確認した。

 この病棟は七階建てだ。ここは二階。二十メートル上って事は……。

「六階か七階か、それか屋上だろ……!」

 星弥は階段を駆け上がりはじめた。

 槍の後は既に階段からは消えている。三階の踊り場に出た時、血まみれで崩れ落ちている看護師を見た。

 更に階段を駆け上がる。槍が目の前に伸びてくる事はない。ふと後ろを振り返ると、すぐ眼の前で槍が飛び出していた。

 息が切れそうになる。それでも階段を駆け上がる。

 五階へ来た。あと一階、二階……!


 ……星弥は、自分が重大な事を失念しているのに気づかない。


 星弥の顛帯観測は、自分で立てた結論では、戦闘能力がないという事。


 それを踏まえた上で、まずは階段を登るのではなく、降りる事で建物から一刻も早く離れるべきだった事。


 そして、何よりも、生き延びたい、逃げたいという思いで自分はいっぱいだったという事。


 それでも、星弥は階段を駆け上がる。


 がむしゃらに、駆け上がる。


 あまりに急な出来事に対応できず、正常な判断ができていないのか。


 逆上して、周りが見えなくなっているのか。


 それとも……誰かの言葉を思い出し、内面に僅かに変化があったからなのか。


 明確な理由は、星弥の中にすら存在しなかった。







 だが、今まさにこの時から、星弥の長い長い戦いが、始まった。






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