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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
這いよる幕開け
3/20

02/ゲーム






 星弥の始めた尾行は、予想していたよりも遥かに楽なものになった。

 学園近辺は下校ラッシュでとにかく学生が多い。その中で一人の生徒を追うことになったわけだが、顛帯観測を駆使すればさほど難しい事ではなかった。

 ……とはいえ、顛帯観測も連続で使用すれば疲労する。

 学校では眠気に襲われる程度の疲労感で済んだが、これ以上続けると気絶するのかもしれない。常に左手を顔にそえておくわけにはいかないだろう。

 そこで、周囲に学生がいる内はそれに紛れて歩く方針に変え、確認程度に魔眼を使いその男子生徒の尾行を続けた。

 その後も黙々と追跡は続く。

 夏休み入りたてという事もあり、周辺は学生だらけだ。

 木を隠すなら森の中というが、この状況ではわざわざ隠れるまでもなく星弥は周囲に溶け込んでしまっている。

 特に此咲市では此咲学園が最も大きい教育機関というのもあり、辺りにいる学生はほとんどが此学このがくの生徒である。

 油断するとあっという間に相手を見失いかねないので想定よりも距離をつめるハメになったが、逆にこちらの視線にも気づかれる事もまずないだろう。

 ……いや、小説やマンガの読み過ぎか、と星弥は改める。

 視線を感じて振り返る、などという事は一般人はしない……というか、よほど勘がよくてもありえないだろう。

 俺は素人だが、相手も学生、素人のはずだ。何らかの拍子でバレる事はあっても、こちらの意図を察知して、などという事はほぼないだろう。

 そうして尾行した男子生徒の動向は、ごくごくありふれたものだった。

 学園を出てからはまず繁華街へと向かい、本屋に寄ってマンガ雑誌を立ち読み。ジャンプ。

 次にゲームセンターに入って音ゲーを少々。下手だった。

 それからゲーセンで顔見知りらしい少年たちと少し喋った後に、此咲中央を外れて、住宅が密集する西此咲へ。

 ……ここまで来ると、流石に学生が減ってくる。各々がそれぞれの家に戻っていくのだから、自然と人通りがまばらになってくるのだ。

 "探偵ごっこ"もここまでか。百メートルほど離れた場所から男子生徒を確認しながら、星弥は追跡を打ち切る事を考え始めた。

 その時だった。

 突然、電子音が鳴り響く。警報のような音で、とにかく大きい。

 一瞬驚いて周辺を見渡した星弥だったが、すぐにそれが前方にいる男子生徒から発せられているのがわかった。

 咄嗟に目の前にあった曲がり角の壁に隠れて、顛帯観測を使う。

 ――男子生徒は音に一瞬うろたえるも、右手で内ポケットを漁り、懐から何か……クラフトカードを取り出して、確認する。

 うまいことに、星弥の位置からはカードに表示された内容を確認する事が出来た。

 その一文を見て、星弥の心臓が跳ねる。


『ホルダーとエンカウントしました。』


 なんだ? ホルダー? エンカウント? ホルダーというのはプレイヤーのことか? カードにはそんな機能があるのか?!

 今すぐにでも逃げ出したい気持ちに包まれる……だが、膝が笑ってうまく動かない。

 それに、逃げ出そうものならその場で見つかってしまうかもしれない。どうする……どうする!?

 男子生徒が、その場で構えをとる。

 ……? その場で、構えた? ということは、つまり、そこに……。


 ――小柄な男子生徒が身構える先に立つのは、私服姿の男性だった。

 歳は三十代ぐらいだろうか。男は無造作に立っていて、男子生徒はやや身を低くして後ずさる。

 その雰囲気は、少なくとも知り合いと出会った、などという生やさしい代物ではなかった。


 星弥はそこでようやく体が動くようになり、やや震える手でクラフトカードを取り出す。

 ……カードは、朝みたままのインターフェイスを表示し続けている。

 そうだ。もしもあれがカードの機能なのならば、エンカウントした瞬間に俺のカードも警報がならなくてはおかしい。

 なら、楽観的にいくならば俺はまだ"アイツら"に発見されていない。むしろ、遭遇して対峙しているのは……。


 ……男が左手にあるカードを肩の上までもってきて、見せびらかすように振る。

 それは間違いなく、クラフトカードだった……なら、間違いなく……。

「……くそ、バカか俺は。あの男を左目で見れば……!」

 右目ばかり使っていた自分に焦りを感じつつも、左目で確認する。

 プレイヤー。

 間違いない、既にわかってしまった事ではあったが、あの男もプレイヤーだ。ということはつまり、

「ゲームが、始まるのか……?」

 消え入るような声で、星弥はそうつぶやいた。


 次の瞬間、二人に変化が現れる。

 まず、少年の右手に何かが現れた……いや、それは、刀だ。

 どこからだした? どうみても、瞬きの合間にいきなり出現した。

 日本刀。なんてわかりやすい武器だろうか。一目みた瞬間、殺傷武器のそれであるとわかるデザインだ。

 そして、その一瞬後に男へと目をうつした時、男もまた武器を手にしていた。

 こちらは……ハンドガン……リボルバー? これもかなりシンプルなデザインで、西部劇からそのまま出てきたかのようなものである。

 そうして両者が各々に武器を取り出し、思い思いに構える。

 ――にやり、と笑みを浮かべたのは男だった。

 星弥は男の笑みの理由を理解している。

 銃。発射されればその瞬間、当たりさえすれば男の勝ちがほぼ決まるであろう、現代でも屈指の威力を持つ武器だ。

 対して少年が手にもつのは刀。確かに切れ味はいいだろうし、斬られれば一溜りもないだろうが、そもそもそんな余裕があるかどうかも怪しい。

 加えて、少年が後ずさったせいで結果的に銃をもつ男しか射程に捉えていないというのも致命的だ。

 イニシアチブは確実に男にある。少年の勝ち目は見るからに薄い。

 発砲された瞬間、体のどこかに命中すれば、その瞬間に少年は崩れ落ち、問答無用のまま蜂の巣にされるだろう。

 少年に勝機があるとすれば、相手が撃つ前に動き出し、外れることを願いながら接近するしか――


 次の瞬間、男が引き金を引いた。

 鋼鉄の銃身が吠える。勝負は決したと星弥は悟った。耳に突き刺さるような乾いた音が響いた瞬間、銃弾は少年の目の前に


 接近したところを、真実、少年の刀に"切り伏せられた"。


 コンクリートに穴をあける銃弾。男はその現実を理解できていなかった。

 理解できないまま、最初からそのつもりであったのだろう、立て続けに残りの弾も撃つ。

 二発目、三発目、四発目……ことごとく切って捨てられる。信じられない刀さばきで、銃弾を落とす。

 冗談ぬきで、マンガのような光景だった。

 ――六発目。当然のように少年はそれを退け、男の銃は弾切れをおこす。

 まだ立っている少年を見て、男は首をかしげた。

 少年が肉薄する。目の前まで少年が迫り、男は理解した。銃弾は、カスリ傷一つさえ、この少年に与えられなかったのだと……。

「う、うわ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 悲鳴があがる。この角度からでは見えなかったが、少年は迷うことなく刀を振り下ろしていた。

 男が倒れる。その姿を、少年は刀を振り落とした姿勢で、微動だにせず見届けていた。



 ……一瞬だった。

 一瞬で、勝負が決まった。

 いや、むしろ現実にこのようなやり取りが行われたとしたら、こうもあっけないものなのか?

 ……何いってんだ。現実に? このような? 正真正銘、これは現実だ!

 悪い夢なら覚めてくれ、なんて言葉すらでない!


 ……起こった事実のみで考えよう。

 クラフトと思われる銃と刀による戦闘が起きた。

 銃が勝つと思ったが、少年の刀が銃弾をはたき落とし、勝利した。

 そして、男は……。


「……?」

 いや、まて。

 様子がおかしい。

 崩れ落ちた男が動き出した。よく見ればコンクリートに血が飛び散った後もない……斬られたんじゃないのか?

 少年の先ほどの一閃は脅しだったのか?

 星弥は右目を凝らし、足元を見る。

 黒い煙……いや、塵か? そんなものが風に流され消えていく。その発生源は、クラフトカードだ。

 ――クラフトカードを、斬ったのか。

 先ほど、男は安易にカードを取り出してちらつかせていた。そこから銃をすぐに出して戦闘になったのだから、しまっている暇などなかったのだろう。

 もしかしたら、あの男が最初の脱落者になったのかもしれない。

「とにかく、ここを離れないと……」

 居ても立ってもいられなかった。

 とにかくその場から離れたい一心で、星弥は慎重に、かつ素早く住宅街を駆け抜けた。

 背後から先ほどの少年が追ってこないか?

 曲がり角の先で新たなプレイヤーと遭遇しないか?

 遠距離から狙撃銃のようなものですでに狙われているんじゃないのか?

 様々な恐怖心に包まれて、駆けて駆けて、バスに乗ってからも入る客出る客を確認して。

 そうしてようやく、星弥は自室のあるアパート"ネオロマンス"にたどり着いた。







 星弥は自室に飛び込んで鍵を閉め、上がりこむなりコップに水を注いであおぐ。

 砂漠のようになっていた口の中、喉、体の内が潤い、冷やされ、満たされていく。

「……っ、はぁぁぁぁ……」

 星弥はようやく、そこで一息をつく事が出来た。

 帰り道は、とにかく恐怖心に包まれていた。

 見えない敵。

 見えない攻撃。

 見えない恐怖心。

 一人でお化け屋敷を進む子供のように、星弥ははただ震えながらここまで帰って来た。


 心のなかの星弥が叫ぶ。

 ……こんな事でどうする。あんなすごい出来事を前にして、ただビビってるだけなのか、俺は。


 心のなかの星弥が言う。

 だが、実際問題として、今後しばらくはバス等の公共車両は使えないだろう。バスの中でプレイヤーと出くわす、なんてのは死んでもゴメンだ。学校でさえ怪しい。


 心のなかの星弥が嘆く。

 もう無理だ。辞退した方がいいんじゃないか。なんだあのふざけたサムライは。勝てるわけがない。外出だってしないほうがいい。今すぐ引きこもるべきだ。


「……ふぅぅぅ……」

 震える口で、息を吐く。

 落ち着け、落ち着け。

 気分転換にと、見もしないテレビをつける。バラエティを垂れ流し、音楽プレイヤーが好きなバンド、レインボーリボルヴの曲を大音量でローテーションしていく。

 それでも落ち着かず、部屋中の全ての電気をつけ、ニコ動で笑える動画を見て、何か口に含もうとしたが、買い出しを忘れていたのを思い出した。

 ……午後七時。星弥は体の震えを静めるのに、実に一時間を要した。

 だが、震えはおさまり、星弥は落ち着きを取り戻す。

 大丈夫だ。ここには敵はいない。"まだ"ここは安全だ。

 ……ここに来て始めて、星弥は事の大きさを認識し始めた。

 領域が指定されていない――おそらくは此咲市丸々一つなのだろうが――場所でのオープンワールド的なバトルロイヤル。

 これは詰まるところ、いつ何時に敵と遭遇するかもわからない、かなりのサバイバル性、ゲリラ性をもったルールだ。

 プレイヤーの数は少なく、此咲市の総人口は十一万人。出会う確率は限りなく低い……だが、出会う。今日、あの場所に、プレイヤーが三人揃ってしまったように。

 ……プレイヤーは全部で何人だったか。そう考えた所で、星弥は手紙の件、またエンカウントに関する件も思い出した。

 立ち上がり、勉強机の引き出しにしまってあった手紙を取り出す。

 『ナイアーラトテップに微笑まれたあなたへ』。

 その一文を数秒見つめてから、星弥は裏面を読み始める事にした。

 そこには、今日遭遇した出来事の理解に足る様々な要素が書かれていた。





『さて、表面の最後に書いたとおり、ここではクラフトに関する解説を行います。

 それに関して、まず前述した飴、ラヴクラフトについて説明せねばなりません。


 さあ、耳かっぽじってよく聞いて下さい!


 この飴玉、ラヴクラフトは奇跡のお菓子!

 単刀直入に申しましょう!

 なんと、舐めるだけで超能力が使えるようになります!


 はい、わー! ぱちぱちぱちー!


 ……はい、ええ。手紙で言い表さなくてはならないくらいね、ここで大抵の読み手が死んだ魚のような目をするのはわかっておりますのでね、はい。

 いえ、そこのサラリーマンの男性、大丈夫です。別に毒じゃありません。

 そこの怖いおまわりさん、落ち着いて下さい、いけないオクスリじゃないんです。合法です。


 あと君、そこの中学二年生の男子生徒!


 そう、君! 正解! 大正解だよセンター2君!

 君のご想像通り、これは不思議な力で作られた不思議な飴で、不思議なことに舐めると不思議な効用で不思議な力が不思議と湧いてきて不思議とあっさり手に入っちゃうとっても不思議なものなんだ不思議!


 ……いやね、こればっかりは舐めてもらうしかないんです。

 だからこそ、参加条件に『飴を舐めること』が入っているのです。

 おわかりいただけたでしょうか? 決して、痛い注射で泣く子供を誤魔化す為のアイテムなんかじゃないんです。


 まあ、ここで舐めてもらわなければこのゲーム的にはどうしようもないので、舐めてもらう事を前提で話を進めていきましょう。

 それに、舐めてクラフトを手に入れた後なら、願いが叶うゲームだという事も、多少は信じてくれるでしょうしね。


 ……さて、皆さんに配られたそのラヴクラフトには、五種類の味があります。

 勘のいい方はおわかりになられるでしょう。そうです、飴の種類により、手に入れられる能力の分類が異なるのです。

 こればかりは天運、天命、定め、運命と書いてデスティニー。

 ナイアーラトテップに微笑まれたあなたにおかれましては、あなた好みのラヴクラフトが手元にあることを勝利の女神にお祈りしておきましょう。

 まあ、こまかい事は参加証で説明されるので、ここでは概要をぱぱっと書き連ねてしまいましょう。

 ぶっちゃけめんどくさい、そんな人は別に読まなくても問題ないです。

 ぱぱっとスルーしちゃって下さい。

◆――――――――――――――――――――――◆

【五種類のラヴクラフトによる能力の違いとは?】

 ラヴクラフトは舐めるだけで超能力を手にできる不思議なお菓子!

 では、どのような力を手に入れられるのか? それは味により異なっているのです。それが、以下の五つ。


 いちご味:赤いいちご味は弾ける攻撃系!圧倒的な力で敵を打ち負かしましょう!


 メロン味:緑のメロン味はがっちり防御系!身を守る術をもって負けない戦いのサポートをします!


 レモン味:黄色のレモンはびゅんびゅんスピード系!そのスピードはどのような状況でも活躍するはず!


 ぶどう味:紫ぶどうはしっとり不思議系!いちご、メロン、レモンにはないあれやこれで相手を出し抜きましょう!


 コーラ味:唯一無二のコーラ味は特殊な飴!何が起こるかわからない!当たれば天国、はずれりゃ地獄!

◆――――――――――――――――――――――◆

【ラヴクラフトにより目覚める力、クラフト!】

 ラヴクラフトで手に入れられる超能力のことを、私どもは『クラフト』と呼んでいます。

 クラフトは、大きく五種類に分類されますが、その姿形は様々です。

 舐めた人間の内面に大きく影響を受け、五つの系統の方向性を維持しながらも、その特色の多くをラヴクラフトを舐めた能力者『ホルダー』にゆだねます。

 ラヴクラフトは、あなた方ホルダーから内包する三つの因子『ファクター』を取り込み、クラフトとしての能力を生み出すのです。

 能力の使い方に関しては、参加証をご覧ください。そこに浮かび上がるものが、あなたの現在の力なのです!

◆――――――――――――――――――――――◆

【敵プレイヤーはどうやって見つけるの?】

 ゲームの舞台は丸々この街一つとなっています。

 では、そこからどうやって数十人、いや一人、二人と敵を見つけるのか?

 答えは簡単、参加証を見るだけ!いや、これが本当なんです。見ればわかります。

 具体的には、二つの遭遇方法があります。


≪エンカウント≫

 エンカウントは受動的な発見システム。近づいてきた敵ホルダーとの遭遇を知らせる警報機です。

 クラフトを入手し、ホルダーとなった参加者たちが半径30メートル以内に入ると、[エンカウント]状態となります。

 この状態ではホルダーにのみ聞こえる警報音がおおよそ半径100メートル圏内に響き渡り、周辺のホルダー達にエンカウントを知らせます。

 一般人には聞こえず、突発的ですが確実に作動する、安心の危険察知システムです。

 ただし、エンカウントにはクールタイムがあり、三分に一度しか鳴りません。三分以内に別のプレイヤーに遭遇すると警報は鳴らないのでご注意下さい。


≪ホルダーサーチ≫

 ホルダーサーチは能動的な探知システム。周辺のホルダーの位置を確認し、その方角を知る事ができます。

 [ホルダーサーチ]は参加証によって使用でき、基本的に手に持ってサーチと念じるだけで使用が可能です。

 そうすると、射程500メートル程の扇状のレーダー波のようなものを出します。目には見えないし、音にも聞こえません。

 そのレーダー波がホルダーに接触すると、その瞬間に使用したホルダーの参加証に知らせが届きます(相手には一切わかりません)。

 参加証には、反応があった場所までの距離、方角が表示されるので、これを駆使してホルダーを探しましょう。

 ただし、こちらのホルダーサーチにもクールタイムがあり、十五分に一度と連続使用には向きません。慎重に、かつ大胆に使用しましょう。

◆――――――――――――――――――――――◆

【どうやって戦うの?】

 では、クラフトを用いてどうやって戦うのか?

 これも答えは簡単。問答無用のバトルロイヤル! サバイバルと言ってもいいでしょう。

 その能力を駆使した方法ならば、どんなやり方でもOK! あとは参加証を壊してしまうか、相手をリタイアさせるだけ!

 能力は多種多様ゆえにこれといった例はあげられませんが、しいて言うならば『クラフトを使っていれば問題はない』ということです!

 実際のゲーム中は、クラフト同士による他の格闘技やスポーツでは味わえない爽快感溢れる戦いをお楽しみになれますが、相手もクラフトをもっている、ということをお忘れなく。

◆――――――――――――――――――――――◆

【参加証はどうやって壊すの?】

 手に入れてもらった参加証を見ていただければわかりますが、クラフトという法外な力があれば、簡単に破れたり潰れたり燃えたりバラバラに引き裂かれたりします。

 しかし、逆に言えば参加証は『クラフト以外の力では壊せません』。これは絶対です。ミサイルでもムリです。

 参加証の破壊により対戦相手をリタイアさせる場合には、クラフトの力をご利用ください。

 参加証をご覧になればわかりますが、参加証は常に危険に晒される立場であり、最強の切り札である事をどうかお忘れなく。

◆――――――――――――――――――――――◆

【最後に】

 他にも細かな質問等があるかもしれませんが、それらに関してはあえて情報を伏せています。

 ですが、基本的にこのゲームではこちらが想定している反則、失格等の行為は原則できないようになっている事を自信をもって断言させて頂きます。

 なので、最後にこれから戦うあなたへアドバイスをして締めくくりとさせてもらいましょう。

◆――――――――――――――――――――――◆

【あなたへのアドバイス】

 参加者の中には、自分に強い劣等感を抱く人、天才には勝てないと思っている人、自分は強いから必ず勝てると思いこんでいる人など、様々な方がいるに違いません。

 手に入れたクラフトの力が不満だったり、強すぎてビビッちゃったり、弱すぎてチビッちゃったりしている方もいるでしょう。

 しかしクラフトは、そのような人間間、クラフト間の能力差を埋める糧にもなれば、逆に差を広げてしまうものでもあるのです。

 どんな宝も使い方。

 どれだけ強い武器だろうとお猿さんには使いこなせないように、人間としての知恵、発想、そして勇気やら愛やら根性やらが最終的には力となるのです。

 ですので、最後にこの言葉を送りましょう。

「クラフトは、想いを糧にする力です」


 では、これを手に取ったあなたがゲームに参加し、そして勝利者として最後に立っておられることを祈っております。


 無貌の神が、勝利者となったあなたに微笑みますように。』




「……なにが無貌の神だ」

 ぼやきながらも、星弥は手紙の内容を噛み砕いた。

 飴はプレイヤー……いや、ホルダーの持つ"ファクター"とやらに影響され、五系統の中でも更に能力は細分化される。

 敵ホルダーの探索、察知の為に、エンカウント、ホルダーサーチというシステムがある。

 クラフトカードはクラフト能力でしか破壊できない。

 ……重要なのはこんなところだろうか。

「だけど、クラフトカードが常に危険に晒される、というのはどういう意味だ……?」

 最強の切り札とは?

 確かに、エンカウントにサーチ、データライブラリも搭載されているし、ゲームの生命線なのだから切り札といえばそうなのだろうが。

 なんとなしに、次はクラフトカードを見る。

 すると、メニュー画面に変化があった。

 メンバーとディクショナリの項目に小さく『New!』とポップアップがついているのである。

 メンバーは、今まで全くデータが入っていなかった項目だった。データベースらしいもので、空欄しかなかった事とその項目名から察するに、メンバーというユーザーの存在を記入するものなのだろうとは考えていた。

 ディクショナリはヘルプをデータベース化したようなもので、文字通りの用語辞典である。

 まずディクショナリを確認してみたところ、そこに改めて『エンカウント』『ホルダーサーチ』といった単語が追加されていた。

「まじかよ……」

 思わずそう漏らす。まさか手紙を読まないから更新されなかったとでもいうのか。今時説明書を読まないといけないツールなんて不便すぎる。

 ……愚痴りながらも、一応追加された単語を確認してから、星弥は次にメンバーの項目をチェックした。

「――!」

 メンバーには、新しく二つの情報が追加されていた。

 男性ホルダーA。

 少年ホルダーA。

 それぞれをチェックする。


『名  前  男性ホルダーA  ??歳/♂

 職  業  不明

 能  力 ※推定値

 【筋力/D】【知力/?】【敏捷/G】【魔力/?】【Crft/F】


 星弥が少年ホルダーAを尾行している際に少年ホルダーAと戦闘になったホルダー。

 銃タイプのパワー系クラフトらしきものを所有していたが、少年ホルダーAに敗れる。

 敏捷性の無さは確認できたが、それ以外はよくわからない。クラフトもランクF(残念)だろうが、リタイアしたので関係ない。』



『名  前  少年ホルダーA  16歳/♂

 職  業  高校生・此咲学園高等部このざきがくえんこうとうぶ

 能  力 ※推定値

 【筋力/C】【知力/?】【敏捷/B】【魔力/?】【Crft/C】


 市内に存在する此咲学園高等部に通う学生ホルダー。星弥が偶然発見した。

 超反射的な身体能力と日本刀型のパワー系クラフトを持つと思われる。

 クラフトランクはおそらくC (そこそこ)以上。まだ本気を出しきってはいないだろう。』



「出会った事のあるホルダーの情報が載るのか……」

 だが、推定値とか、おそらくとか、曖昧な部分が多い。能力値も不明になっている項がある。

 どうやって更新しているのかはわからないが、おそらくは自分で見た情報から組み立てられる予測データなのだろう、と星弥は考えた。

 名前の部分にリンクがあり、タッチすると画像が出る。しかし少年ホルダーAとして出た画像は、星弥が見慣れた後ろ姿だけだった。

 これだけの情報ではどうにもならない。どうにもならないが……情報を集める事はできる、か。

 推定値とはいえ、何度か観察すればこのデータはより正確なものに書き換わるのかもしれない。なら、こうして偵察を繰り返せば……。

「……繰り返して、どうなる」

 冷静さを取り戻して、改めて実感した。

 ――このゲーム、俺のクラフトに勝機はないんじゃないか。

 朝から疑問に感じていたことだが、一日目にして、その結論に至る。

 万物を理解する目はあくまで情報収集のための力だ。だというのに、このゲームは『相手のクラフトカードを奪い、破壊する』のが勝利条件に繋がる。

 なら、俺はどうすればいい。顛帯観測をもって、何をすればいい。

 できるわけがない。どう考えても無理だろう。

 ……刃物片手に襲ってくる程度の相手ならずいぶんとマシだと星弥は思った。

 だが、例えばあの少年は違う。

 銃弾を刀でたたき落としてしまうような奴相手に、俺は何ができる?

 星弥はただ意気消沈するばかりだった。"面白いおもちゃ"を手に入れた、その程度だった認識の甘さが露呈し、泥のようなコーヒーが降り注ぐ。


 ――あなたへのアドバイス。


 ふと、手紙をとり、先程読んだばかりの文章の、最後の項目を見る。


 ――参加者の中には、自分に強い劣等感を抱く人、天才には勝てないと思っている人、自分は強いから必ず勝てると思いこんでいる人など、様々な方がいるに違いません。

 ――手に入れたクラフトの力が不満だったり、強すぎてビビッちゃったり、弱すぎてチビッちゃったりしている方もいるでしょう。

 ――しかしクラフトは、そのような人間間、クラフト間の能力差を埋める糧にもなれば、逆に差を広げてしまうものでもあるのです。


「……どんな宝も使い方、か」

 だが、どう使う?


 ――クラフトは、想いを糧にする力です。


 想いを糧にする。それはもしかしたら、重要なキーワードなのではないか?

 例えば……例えばの話だが、ものすごく気合を入れてクラフトを使えば、能力が上がったり、新しい力が手に入ったり……。

「……そう簡単にはいかない、よな」

 仮にそうだとしても、そんな意識した気合の入れ方でどうにかなるとは思えない。

 よく小説の中で主人公が愛や怒りの末にパワーアップを果たすが、あれは物語の主人公だからこそなせる技だ。

 そんじょそこらの一般人程度の気力では、とてもじゃないがあのようにはいかないだろう。

 なら、どうする。

「……考えるしか、ないか」

 ……クラフトカードは、クラフトによってしか破壊できない。このルールがある以上、どんなクラフトであれ、必ず"参加証を破壊する手段"があるはずだ。

 まずは、それを見つけなければ……。


 ――みつけてどうする――。


「……ああ、くそ!」

 思考の迷路から逃げるように飛び上がり、星弥は財布を開いてクラフトカードをしまい、ついでに中身を確認した。

 何か食べよう。財布の中に金はあるが、今からではデパートにいっても閉店時間になってしまう。

 なら、コンビニか。そう結論付けて、星弥は制服もそのままに財布をポケットに突っ込んで外へ出た。

 夏も本番に近づきつつある夜は、蒸せるような潮風がやってくる。

 ……此咲市が海に面しているせいもあるが、高温多湿が苦手な星弥は、首元のボタンをゆるめながらドアを閉め、鍵がかかったのを確認して道路へと足を踏み出す。


 けたたましい警報が鳴り響いた。


 耳をつんざくような電子音。それでいて人間の警戒心を煽るような異音。

 星弥は、ポケットに手を突っ込んだまま三秒動かなかった……いや、動けなかった。

 ゆっくりと。ゆっくりと、財布を取り出し、カードを確認する。

 『ホルダーとエンカウントしました。』

 星弥は、視線を上げる。


 ――"彼"は、正面に佇んでいた。

 星弥がアパートを出た所から30メートル前後の距離だろう。

 まっすぐに見据えられる場所、街灯の下に、彼はいた。

 星弥は思い出していた。

 ここまで誰から逃れるように逃げてきたのか。

 誰の脅威に怯えていたのか。

 そう、それは、彼だ。

 彼という存在そのものが、星弥にとっての、ゲームへの最初の恐怖心だった。






 ……少年ホルダーA。

 未だ名前も素性もわからぬ少年が、ゆっくりと、星弥に向けて一歩を踏み出した。








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