18/嵐前
「なんか最近やばくない?」
「やばいってなにが?」
街角に座り込んだ少女の一人が何気なくそう言い出して、隣の少女もスマートフォンをいじりながらそれにならう。
「なんつーか、色々?」
「イロイロってなによ、ウケるー」
「なんかさ、昨日だかも『此咲フラワーモール(コノモー)』でやばい事件あったらしいよ。人も死んだって」
「マジ? ありえなくね?」
「マジマジ。トモダチそこにいたみたいで、めっちゃ写メ送ってきたもん」
「写メとか、ウケる」
そう言ってケラケラと笑う片割れの少女に写メを見せようと自分もスマホを取り出して、ふと目の前を通った二人組に少女は視線を奪われた。
「うわ、やばいやばい、あの二人カッコよくない?」
「え、どれ? あ、あれ!? やばい、チョーイケメン! でもかたほう女じゃね?」
「あれで女はなくない? こっちも二人だし行っちゃう?」
「あー、でもあと一時間したらバイトだわーうぜー」
「げー、まじー? もったいなー!」
「――? どうかしたか?」
「え!? あ、ああ、いや、なんでもない……」
しゃがみ込む少女たちを尻目に、通りすがりの会話が聞こえなかったらしい晶に、星弥は誤魔化すように右手を振った。
昨日の今日ではあったが、晶の提案どおり星弥たちは前回と同じ手法で敵ホルダーの捜索を行った。
ある程度人が集まるところにやってきては、ホルダーサーチを交互行い、一人二回ずつの計四回のサーチ。
これでかからない場合、次の場所へ移動する。
めぼしい場所として此咲市の構造である東西南北の此咲町と中央区の五つを切り分け探索エリアとして、午前中は東南方面をあらかた探索した。
自然の多い南此咲は潜伏先としては優秀で迂闊に探索すればこちらが発見される可能性も高いため、あくまで人通りの多い場所のみ。
東此咲は多くの施設が集中する普遍的な人口密集地帯であるため、メインストリートを主軸にしてサーチをかけたが、これもかからず。
そうして東此咲の中央道を通って此咲中央にやってきた二人だったが、朝八時頃から続いた散策で星弥は疲労を感じ始めていた。
真夏の猛暑は八月の頭へと近づくにつれ、更に猛威を振るっている。
今日の最高気温はついに三十を軽く超えるものになるらしく、星弥は腰にさげていたペットボトルが空になったのを確認して、道端にあったゴミ箱に放り込んだ。
「なあ、晶」
「ん?」
「お前疲れないのか? もう四時間は歩き通しだぞ」
「歩き通しといっても、途中でバスには乗ったじゃないか」
「バスなんてたった十分ぐらいじゃないか。それ以外は楽しいデスマーチだったよ」
「っはは、デスマーチか、大きく出たね」
何がおかしいのか、快活に笑う晶はとても涼しげである。
そこまで堂々とされてしまうと、星弥は男として若干意地を張りたくなってしまうが、そんな出来心は太陽の光で一瞬にして蒸発する。
「どこかで休もう、その辺のどこかで」
「なんだ、冗談じゃなく本当にへばったのか」
「見ての通り俺はインドアなんだよ。昨日までの疲れもロクに抜けきってないし、いくら電撃戦といってもこの調子じゃ体が持たない」
「まあ、それはそうか。星弥は身体強化のスキルも体にはかかっていないみたいだし」
そう小さく呟いて、晶はきびすを返して歩き出す。
「おい、ちょっと待て。まさかその身体強化って、クラフトつけてなくても働くのか?」
「それはそうだ。もちろん、あれをつけていた方が効果は大きいが、クラフトを展開していなくても一部の効果は適用される。だから僕はそこまで疲れてはいないな」
汗一つかかずに炎天下を練り歩く晶の説得力は絶大である。
……そういえば、俺も顛帯観測の眼はクラフトを出さなくても使えるんだった。星弥は今更ながらにそう思い返して、一長一短が身にしみる。
そうして思いついたように左手を左目にそえて顛帯観測を起動させるが、やはり周辺の人通りの中にホルダーを見つける事は出来なかった。
先に歩き出した晶の思うがままについていくと、見えてきたのは街の一角にある喫茶店だった。
「どこに行くのかと思ったら、またオシャレなところを選んだな」
「チェーン店でも良かったのだが、あそこは人混みが多すぎる。いざという時に動きづらいし、こういう静かな所の方が僕は好きだ」
「……まあ、俺もあんまり騒がしいところは好きじゃないし」
だからといって、この手の"雰囲気のある"店に入りたがるかといえば、嘘になるのだが。
そんな出不精根性丸出しの星弥をよそに晶が中へ入っていくものだから、星弥は渋々とその後に続いた。
多少の尻込みはあれど、一度入ってしまえばすぐに平気になるのも星弥であった。
晶と同じ無難にアイスコーヒーを注文して――合間に色々と聞かれたが晶が受け答えした――、星弥はそれにミルクと角砂糖を落とす。
対する晶みると角砂糖を二個入れていて、その後にテーブル脇にあった調味料を手にし……って、ちょっと待て。
「なあ、何それ」
「? 塩だが」
「え……入れるの?」
「ああ。ほんの少しな」
そういって物怖じもせず、ぱさぱさとコーヒーに塩分を追加する晶。
甘みと苦味、酸味が混同するコーヒーに第四の味覚が足される結果を星弥は想像できず、考えるのをやめて自分のコーヒーをすすった。
店内は落ち着いた雰囲気で、いるのは大人ばかり。軽食も用意されているらしく、サンドイッチらしきものを食べている男もいる。
そんな店の一角で、無言でコーヒーを飲む二人組という構図に星弥はやや場違いさを感じた。
「食事はいいのか? 軽食ならあるようだが」
それを知ってか知らずか、店内を見渡していた星弥が腹をすかせていると考えたのか、晶はメニューを星弥の前に提示する。
「あー、じゃあBLTサンドでも頼むかな。晶は?」
「僕も同じものにしよう。午後も動くだろうし、これぐらいが丁度いい」
言うやいなや、控えめながらもはっきりした声で店員を呼び寄せ、またしても晶が注文をあっさりと終わらせてしまう。
「午後はどうする? というか、北此咲にいくかどうかだけど」
「北此咲か。少なくとも、モールは閉鎖だろうな」
「それは間違いなくな。ニュースにもなってたし」
何が事を起こす度にテレビを確認するのが日課になりつつあった星弥だったが、今回の事件は多くのニュース番組で報道されていた。
此咲のショッピングモールでテロか。
爆発物による大規模爆破。
死傷者多数。
そんな単語がテレビでは乱舞しており、ネットの方ではそれらとは別に都市伝説じみたオカルトが出回っていた。
曰く、米軍の新型ロボット兵器だとか。
曰く、特殊部隊のアーマースーツだとか。
SNS系列では現場の写真だと携帯カメラで撮影した画像もアップロードされているが、どれもこれも確たる証拠をうたう代物ではなかった。
だが、目撃者は出てしまっている。
晶も公衆の面前でクラフトを起動させた。もしも記憶力のある目撃者がいたならば、危ないかもしれない。
「あれだけの騒ぎになったんだ、あの場に居合わせずとも何があったかは察しが付く。他のホルダーも下手にあそこには近づかないだろう。もしもいるとしたら、例の槍使いぐらいじゃないだろうか」
「あいつか……いつかあれとも真正面からやり合わないといけないのか」
「そうなるな。出来れば他の奴らと潰し合ってくれればそれが理想だが、無差別に長距離からあの攻撃を繰り返されると厄介だな」
「それこそ、本当に追い詰められた時ぐらいじゃないか? わざわざ客を避難させてたんだ、最低限の自制はあるんじゃないか?」
「そう思いたいが、逆にいえば"避難誘導をある程度すればモールだろうと攻撃を行う連中"、だとも言えるからな」
「警戒はしておくべき、ってところか」
「出来れば、だけどね。……こうも見つからない以上、相手も人混みは避けているのかもしれない」
そう言う晶の表情は涼しげだが、声色がほんの少しだけ低くなったのを星弥は感じ取った。
「実際、今は星弥の眼とホルダーサーチだけが頼りだ。この二つを組み合わせれば強力な探索が可能だが、それでも探索範囲は限られる」
「基本的に、俺の眼が偶然ホルダーを見つけるか、ホルダーサーチに誰かがかかるか、の二択だからな……」
顛帯観測の視力は望遠鏡に匹敵するが、その文字情報を確認するとなると有効距離はホルダーサーチと同じ数百メートルが限度。
ホルダーサーチも広範囲を簡単に調べられるとはいえ、此咲市という巨大な地方都市を簡単に網羅できるほどの力はない。
だから、残る参加者が減れば減るほど、課題となってくるのがホルダーとの遭遇率なのだ。
そこまで考えて、星弥は少し邪推してしまう。
「なあ……これって単純に主催者から参加者への嫌がらせじゃないか?」
「というと?」
「いや、だからさ、人数が減るほど出会いにくくなるんだから、下手すると最後はたった一人の人間をこの街から探すハメになるわけだろ? どう考えても効率が悪いじゃないか」
「……それは、確かに」
考えたこともなかった、といったふうに晶は神妙な顔つきでコーヒーをかき混ぜる。
氷がくずれてカラン、という音が店内に響いた。
「それに、あれだ……えっと、そうだ! 確かゲームの時間制限がどこかに書いてあったはずだ」
クラフトカードを取り出して星弥はメニューをあさり出すが、それを晶が制止する。
「いや、それなら覚えている。確か最初にクラフトカードを手にした時、朝方アナウンスで流れたはずだ。記憶違いでなければ、ゲーム期間は……十四日……」
――1ゲームの開催は十四日間。十四日目の朝六時をもってゲームは終了となりますので、ご注意下さい。
そう晶が告げて、星弥は内心で僅かな焦りを抱いた。
「確か、今日が九日目だったよな……?」
「ああ、そうだ……確かに期限は十四日で、今日で九日目……期限をすぎたらどうなる?」
晶のその問いに、星弥は一瞬返答に詰まった。
晶の指摘で、クラフトカードに表示された全文を思い出したからである。
「……思い出した。十四日目の朝六時をもってゲームは終了、って書いてあった」
「なるほど。それならこのホルダーサーチの仕様も頷ける。これ以上ホルダーサーチの性能が良くても参加者にデメリットが生じるが、それ以上に主催者は"このゲームが終わらない"可能性を高めている、という事か」
主催者側の思惑はわからないが、確かにこのままホルダー同士が出会えなければ、十四日目でゲームは終了してしまう。
その時点で、勝利条件である『他の参加者をリタイアさせ、最後の一人になる』という項目が満たせない。
なら、その場合はもちろん優勝者はなしとなり、事実上の"没収試合"となるはずだ。
「僕もそこまでは考えていなかった。……そもそも、一番最初にカードを手にした時にゲーム期限を提示されても頭の片隅にすら置かないぞ」
「ああ、俺もだよ。今の今まで忘れてた。これはめんど――」
……面倒な事、なのか?
星弥の脳裏に、そんな疑問がよぎる。
そうだ。逆に言えば、十四日目を終えればゲームは終わる。
"十四日目まで逃げ続ければゲームは終わる"のだ。
星弥の心臓が高鳴る。
意識していなかった、突如として出現した逃げ道。
星弥の中の誰かが、そこに駆け込めと叫ぶ。
「……? 星弥、どうかしたか?」
「! ああ、いや、なんでもない。面倒な事になったな、と思って」
晶に声をかけられ、星弥は"その魔"を取り繕った。
……何考えてるんだ、俺は。
確かに、逃げるのは今の状況よりも簡単だろう。
だが、その気になればクラフトカードを晶なりに差し出して、リタイアすればいいだけなんだ。
だから、今俺がここにいるのは……俺の意思だ。
「確かに面倒だ。だが、そうぼやいている暇があったら探すしかないな……他の参加者もおそらく同じ考えだろうし、最終的には挑発的な行動に出るホルダーも出てくるかもしれないな。特に組織的に活動しているホルダーなら――」
晶は半ばぼやくようにして、自分なりの考えを並べ立てていく。
そんな晶を見て、星弥は改めて自分の意志を再確認した。
そうだ、こいつとなら出来ると、そう信じた。
だから、今は恐怖を隠して、晶と同じ道を歩む。その先にこそ……。
そう内心で決意を改め、星弥はアイスコーヒーを口に含んだ。
氷が溶け始めたアイスコーヒーは、少しだけ味が薄くなっていた。
*
「チェック」
「げ、またかよ……えーっと、こうか」
普遍的な総合ビルの二階フロア、ファーストフード店の一角で、初老の男と黒い男がマグネットチェスに熱い視線を注いでいた。
普通のチェスとは異なり、駒はおはじきのような丸い磁石にそれぞれの駒の名前が書かれた代物で、旅先や出かけ先で気軽にチェスが出来る道具である。
そんなマグネットチェスのプレイヤーは、ジャクソン・キングと黒乃丈二郎であった。
彫りの深い外国人と夏場だというのに暑苦しい格好の男の組み合わせは、それなりに周囲の視線を集めている。
ましてや、そこにフリルワンピースの人形のような外国の少女が加わればなおのこと。
あまりにも場違いすぎて、逆に指摘できない。腫れ物を触るような奇異の目に、一人退屈な少女……リリィは不満気な顔をしていた。
「つまんなーい……パパ達ばっかり遊んでるし」
「……チェック」
リリィの不満を意にも介さず、少し思案したジャクソンは再び丈二郎を追い詰める。
「げー、にげらんねぇじゃん!」
「……ふん、よくみろ、筋道はあるぞ。間違えたら終わるがな」
苦い顔をして盤面を睨む丈二郎に、ジャクソンは仏頂面のままそうアドバイスをした。
「えーと? ここにポーンがあってキングがあるから、クイーンでこれを食って……」
「ジョージはへたくそね。本当に『しせんをくぐりぬけてきたもさ』なの?」
「ばーか、おれが下手なんじゃなくて、ジャクソンのおっさんが強すぎんだよ」
そうリリィに向かってぼやきながら、丈二郎はまさに適当といった風にキングを動かした。
「あ、終わりね」
「は?」
「チェックメイト」
リリィのしたり顔と、丈二郎の生返事と、ジャクソンの死刑宣告は同時だった。
「うへ、まじで? あ、マジだ……二連敗だよ、くそが」
「ツーサンで何敗なの?」
「数えるのやめちまったよ。あーあ」
両手を頭の後ろにおいて、丈二郎は露骨に椅子を傾けた。
「キングを動かすのはよかったが、この逃げではキングがクイーンの盾になっているだろう。クイーンはキングを守る優秀な駒だ、使い方を誤るなよ」
「でも、クイーン動かしてもおっさんは詰める自信があるんだろ?」
「当たり前だ」
「でーすよねー」
ばっさり切り捨てられて、丈二郎は少しだけ残っていたジュースをすすりきって空にする。
ジャクソンはといえば注文したコーヒーに少し口にしただけで、ポテトやハンバーガーには全く手をつけていなかった。
「パパはホントにチェスが好きね。ランチもせずにチェスにむちゅうなんて、まるで子供みたい」
「そりゃあ、このおっさんの唯一にして死ぬまで続くだろう趣味だからな」
リリィの言葉に反応したのは、ジャクソンではなく丈二郎。
「チェスってむずかしそうね。ジョージがやれるんだから、コマを動かすくらいなら誰でもできるんでしょうけど」
「おい、ケンカ売ってんのか」
「あら、ありのままを言っただけよ。だってジョージのコマの動かし方、ぜったい守りに入らないんだもの」
ノーガードでキングがとつげきだなんて、自殺行為もいいところよ。リリィはそう言い切って、お澄まししてポテトをかじった。
「こればっかりはゲームだからってかえらんねえよ。やられる前にやる、おれの手で、それができりゃあやったもん勝ちよ」
「チェスのコマはお前じゃないんだ。全体を見て指揮する能力がなければ、いつまで経っても下っ端止まりだぞ」
ジャクソンの叱責じみた指摘に、丈二郎は内心で反吐を吐く。
「おれはコマ遊びになんて興味ねえよ。だからジャクソンのおっさんについてきてんだろうが。俺は突っ込む、おっさんが後先を考える、いつものことだろ」
「いつも命令を無視して突っ走っているだけだろう、この暴れ馬め」
容赦のない切り返しに、日本に来てもおっさんはかわらねえなと丈二郎は笑った。
それからジャクソンが手をつけていなかったポテトを数本奪いとって口に含むと、丈二郎は立ち上がる。
「さーて。そろそろ動いたほうがよくねぇか? "司令官"どの」
「……そうだな、次は隣のビルに移動するぞ」
「えー、またー?」
一言一言の応酬で即決する男二人に対して、少女はやはり不満気だ。
何を隠そう、こうして建物から建物へ、店から店へ、隣の建築物に入る時もあれば対角線上、対面、はては一階から最上階へ行ってまた一階。
そんな風な、リリィの目には不毛にしかみえない細かい移動を彼らは繰り返してここまで来ていた。
「ぼやくなよ、お姫様。こういう時はおれらに任せとけ。なーに、ゴーストタウンでスナイパーの眼から隠れて動くのに比べれば、遊園地みたいなもんだよ」
「そのたとえ、ぜんぜんわかんない」
「……まぁ、おとなしくついてきとけ。ジャクソンのおっさんは"これに関しては天才"だ」
ぽん、とリリィの頭を軽く叩いて、いつの間にか店外へと歩き出してしまっていたジャクソンに丈二郎は続く。
それでようやく置いていかれているのに気づいたリリィも、慌てて二人を追いかけた。
エレベーターの客に紛れて、三人はビルを出て隣のビルへと入る。
そのビルの一階はファンシーショップになっているらしく、ぬいぐるみやカラフルな雑貨が多数揃えられていた。
「わぁ……!」
リリィがそれを見て目を輝かせ、一目散に走っていく。
「あー、あいつがいて助かったなぁ、おっさん」
「なぜだ?」
「あのな、おれら二人でこんなところに居座ってみろよ。周りの親子連れや女どもからブーイングの嵐だぜ?」
「……日本人はそうも口うるさいのか? ただいるだけならば構わんだろう」
「いや、そりゃあまあ、おれとあんたの二人組じゃ向こうから声をかけようって度胸のあるやつはいないだろうけどな……」
気分の問題だよ、気分の。そう内心で呟いてから、丈二郎はリリィを目で追う。
軽やかに駆けていった姫君はぬいぐるみのコーナーがお気に召したらしく、巨大なくまのぬいぐるみを前に彼らとにらめっこを始めていた。
それはそれは微笑ましい光景なのだが、丈二郎からすればひどく滑稽で縁遠い代物である。
他にもカップルや子連れ、幸せそうな顔の客ばかりで、一分一秒でも早くここを出たいと考えた。
だから、懐からクラフトカードを取り出して、店の外へと向ける。
「おっさん、サーチするぞ」
「ああ」
そう言いながら丈二郎は店の端……壁ぎりぎりのところでホルダーサーチをしかけた。
一瞬の間の後、すぐに結果がかえってくる。
『ホルダーを発見しました。
前方約五百メートル。高低差0メートルの位置。
発見されたホルダーは二名です。 』
「ふん」
それを確認して鼻で笑い、丈二郎は踵を返してジャクソンに近づく。
「まだあの喫茶店にいるな。距離はジャスト五百だ、この位置……いや、念のためリリィのいるあの辺だな。あそこまでいけば"ホルダーサーチの射程外"だ」
「わかった。七分半後に次のサーチをかける」
「了解っと」
そう確認作業だけをして、店内から店の出入口を見張るジャクソンをよそに丈二郎はリリィの所へと歩み寄った。
「どうだった?」
振り向きもせず、少女は丈二郎に問いかける。
「まだ店からは出てない。このままサーチ範囲ギリギリから追跡し続ければ、仕掛けやすい場所か、うまくすれば奴らの拠点がわかる」
「そんなにケーカイする相手なの? "子供が二人"なんでしょ?」
「お前に言われちゃおしまいだろ」
素の突っ込みだったが、リリィはその問いかけにも振り返らず、じっとぬいぐるみを観察している。
それに後ろ頭を少しかいて、丈二郎は話を続けた。
「念の為だ。向こうも二人組だった場合はこうすると事前に決めていた。それに、腐ってもここまで残ったやつらだ。そいつらが徒党を組んでいる以上、気をつけるに越したことはない」
「ちゅういぶかいのね」
「生きるための知恵だよ」
そう言って、丈二郎はぬいぐるみから目を離さないリリィに興味をなくした。
少しぐらいは"喜ぶ"と思ってたんだが、まるで期待はずれだ。そう内心でぼやいて、丈二郎はジャクソンとは反対の方向……店舗奥の階段近くに陣取り、"念の為"を続ける。
敵は十代半ばのガキ二人。
今のところおれ達には気づいていない。
向こうもホルダーサーチをしているようだが、こちらが発見された様子は今のところなく、他のホルダーを発見した様子もなし。
このままならあの二人組はいずれ拠点に引き返すだろう。
最も良い状況は、別々の拠点へ戻る可能性。これならそれぞれの拠点を確認した後に奇襲をかけられる。
最も悪い状況は、既にこちらの存在が発覚しており、向こうは演技をしているという事。
だが、これだけの距離を移動して探索している以上、かなり好戦的なホルダーのはずである。
幾度か強襲をかけられる場所もあったがそこで仕掛けてはこなかったし、"ホルダー以外からの妨害行為"も無かった。
かなりの確率で、ただの一般人から勝ち残ったホルダーと見ていい。
だから、ジャクソンも丈二郎も、確実に詰める。
時間は十分にある。
このまま夜まで探索を続けられても、あの二人組に見つからない自信も十二分にある。
あとは不確定要素である第三のホルダーとの遭遇さえ起こらなければ、まずは"二人仕留める事が出来る"。
……自然と、表情が緩むのを丈二郎は感じた。
それを見たとりすがりの客が、丈二郎の笑み……そう呼ぶにはあまりにも場違いがニタニタとした笑いに奇異の目を向ける。
それでも、丈二郎は抑え切れない。
こんな平和な街で。
こんな平和ボケした町で。
こんなのんきな世界で、派手に戦えるのだ。
ドンパチが出来ないのが残念でならないが、新しい獲物も気に入った。
さあ、早く。
状況よ整え。
戦う場所を。
戦場をくれ……!
「――ホント、これだからバトルマニアは」
ねー? 抑え切れない殺気を放つ丈二郎を尻目に、リリィはそうしてぬいぐるみに微笑んだ。