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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
這いよる幕開け
2/20

01/日月星弥

 自分が魔法使いだったら、超能力者だったらと、夢描いたことはあるだろうか?

 そんな奴は、ちょっと冷静になるんだ。

 魔法が使えたとしても、世界も自分も、魔法のように変わるわけではない。

 そりゃ、俺だって魔法が使えたら嬉しいとは思う。

 でも、魔法で夢は満たされても、腹も、財布も、未来も、きっと満たされはしないのだ。

 ……そう、俺は今まで、心のどこかで、そう諦めていた。

 例えば、教室の中でも特に親しく話すメンバーが、放課後を利用して遊ぶとしよう。

 普段から付き合いがあり、何かと一緒に行動していて、学校内で好きな奴を選べといわれたら選択肢に入るような、そんな彼らだ。

 そんな彼らが遊びに誘ってきても断るのが、日月星弥という少年であった。

 この事を踏まえていうのも何だが、星弥は付き合いが悪いというわけではない。

 彼らが食堂に誘えば食事についていくし、逆に誘うこともある。

 学校内での施設移動は大抵一緒に動いているし、何らかの班分けがあるとしたら、間違いなく星弥と彼らはグループとなって活動するだろう。

 しかし逆にいえば、星弥とクラスメイト達は、そうして学内だけの関係であるともいえた。

 特に忙しいわけではないし、前述した通り、彼にとってそのメンバーは好意的な対象であり、親しい間柄でもあるため嫌っているわけでもない。

 だが、放課後の付き合いは徹底的なまでに悪いのが星弥であった。

 学校内では親しい間柄のクラスメイト達も、そうして月日が経つに連れて星弥を下校時に誘う事はなくなる。

 かといって、クラスメイトとしての付き合いが無くなるわけではない。学校内ではいつものように、良好な関係が続く。


 星弥は、環境ごとにきっぱりとコミュニティを分ける、ちょっと変わった考えの少年だった。


 外見は一言でいえば絵にかいたような好青年。

 美少年というと度が過ぎてしまうが、一般的な感性の人間ならば一目みて悪い印象は抱かないだろう。

 話好きでムードメーカー、たまに変な言動もあるが真面目だし面白い、とはある男子生徒談。

 話していて楽しい、物言いがはっきりしていて、堂々としている、というのはある女子生徒談。

 生活態度も良好、話していると聡明さを感じさせる、というのはある教師談。

 特に勉学に励んではいないが、授業は真面目に受けており成績も良好、学年単位では上の下程度には常にいる。

 運動は不足気味で基礎体力や身体能力は人並み以下なものの、ゲーム形式のスポーツではそれなりにセンスを感じさせる。

 学級委員長を中等部二年から今年の高等部二年まで連続して受け持っており、中学時代は生徒会経験もある。

 素行の悪い生徒と正面からぶつかったり、教師に対しても自分が正しいと思ったら頑として譲らない、そんな人間性を評価した生活指導部の顧問が、密かに協力を仰いだりもしていた。

 しかしそんな素行の悪い生徒やらぶつかった教師たちの一部とも付き合いがあり、誰とでも親しくなる才能がある、そんな人間。

 それが日月星弥なのだろうと、学内で彼を知る人間は感じているだろう。


 だから、本人は否定する。


 話すのは確かに好きだが、その分、嘘八百を平然と並べたてる。

 相手を笑わせるのは楽しいが、実は争いごとが大嫌いだから空気を良くすることに専念している。

 男子生徒とはとにかく楽しく。

 友達がいないのは詰まらないし、面白味のない学業の合間に遊べる相手がいるのはいいことだ。気が向けば外で遊びもする。

 女子生徒とはなるべく穏便に。

 異性は苦手だし、彼女を作る気もさらさら無いが、下手に触るとめんどくさい。だから波風立てず、いつも通りに自分らしく会話するだけ、機会があれば関わるだけ。

 先生とは仲良くしておいて損は無い。

 授業でわからない所があれば気軽に聞けるし、親しくなればいい意味で名前を覚えてもらえて、心証も良くなる。いざという時、味方になってくれるだろう。

 だから、俺は人と仲良くするし、頭に来る物言いがあっても、あまり事は荒立てない。

 それでも、腹が立つ事はある。

 それを通じてたまに真正面から人とぶつかりあうが、これもまた正直に言うと終わる度に心臓は破裂しそうになるし、その日の夜は眠れない時間を過ごすはめになる。

 それから、授業態度は良い方がいいに決まっている。

 真面目に授業を聞けばテストが出来る程度の記憶力はあると自覚しているし、何より真面目に授業を受けるだけで学校は生徒を評価してくれる。加えていえば、追試、補修、自宅での勉強など最悪の面倒事だ。

 サッカーやバスケみたいな"ゲーム"は楽しいが、マラソンは最低最悪の運動だと信じて疑わない。ただ疲れる為だけに走るとはどういう了見なのか。同様の理由で、単純に身体能力を競う運動は不得手である。

 学級委員長は定例会が面倒だが、自分の席を最前列右端に固定できるのが良い。一番前に座れるので授業を受けていてもうかつに眠れないから、怠け癖のある自分には良い刺激だ。

 何より、教室からの出入りが最速である。手軽でいいし、先生達の見る目も良くなる。

 誰とでも話す自信はある。でも、嫌いな奴とは話したくない。それに、知らないやつとも積極的には話さない。機会があれば話し、親しくなっておく。交流は広く浅い方が、楽ができていい。


 それが日月星弥であると、学内での自分を振り返り、星弥自身はそう自分を評価している。


 別に自分が特別だと思った事はない。

 心の中を露わにしていたら、他人とコミュニケーションなど出来はしないだろう。

 誰だって、同じようにいろいろな事を考えて、それぞれが思い思いに生きているんだ。


 ……でも、だからこそ、心のどこかで常に思っていた。


 ――ここではないどこかへいきたい。

 ――いまではない非日常にありたい。

 ――自分ではない、誰かになりたい。


 此咲学園というコミュニティから離れて彼がする事はといえば、パソコン、ゲーム、アニメに映画、はては読書。

 とにかくインドアなサブカルチャーへの着手であった。

 彼はいわゆるオタクであり、もっと詳しくいうならば隠れオタクという存在である。

 だが、彼自身がオタクと自らを名乗るかというと、それはない。自分は本物とディープな会話はできない。

 オタクというには知識が広いだけで深くはないと自覚している。かといって、それ以外にこれといった趣味はない。

 学業は苦手ではないが可能ならばやりたくないし、と思えばゲームが極めて得意だとか、スポーツ万能だというわけでもなし。

 ただ平坦に日常は過ぎていき、平凡なままに時は流れて行く。

 惰性だ。惰性が惰性を積み重ねて、堕落した生活へと折り重なっていく。

 思春期の子供たちならば、誰もが願うだろう。

 ある日突然、映画や小説のような、特別な何かがやってこないかと。

 僕を、私を、夢の世界へ連れていってくれないかと。

 星弥もそう願う一人であり、同時に、未だにそう願い続けている一人であった。

 それでも、自ら行動を起こすほどの気力はない。高校生活にして一人暮らしをする星弥にそこまでのモチベーションは溢れてこない。

 だから、惰性のままに、堕生が続いていた。

 ……餌がほしくてたまらないのに、巣から絶対に動かない、ひな鳥。



 そう、ひな鳥だった。俺はひな鳥だったのだ。

 だが、今は違う。星弥はそう感じていた。

 ひな鳥は、一生出られないはずの巣から飛び立つための、分不相応な翼を手に入れたのだから。









 通学用のバスから降りたところで、星弥はふぅ、とため息をつく。

 壁壁壁壁壁壁壁壁壁。

 眼の前には赤レンガの壁が広がっており、少し右手に大きな校門がある。

 門。

 だが、あそこは大学生と教師用の正門だ。高等部の門は別の場所にある。

 ――市営私立しえいわたくしりつ、此咲大学付属総合学園。通称、此咲学園。

 この学園は小中高大と一貫性の学校であり、同じ敷地に全ての校舎や施設があるという大きな学園だ。

 国内でも上位に位置する敷地面積を誇っており、学生数も五万人に達することから"学生の城"などと揶揄される事がある。

 敷地は四角形で長大な赤レンガの壁に囲われており、東西南北それぞれに対応した学部の門が存在している。

 星弥が向かう高等部は何らかの理由がなければ西門から入る決まりであり、西門から敷地内に入ってまっすぐ進むと、目の前に高等部校舎がある仕組みになっている。

 そうしてちょうど田の字の十の部分に門と道があり、その中央周辺に校舎が揃っていて、中央部には巨大な総合グラウンドがある……といったわかりやすい作りがこの学園の特徴だ。

 星弥はいつものように西門へと足を運びながら、辺りを見渡す。

 学生学生学生教師。

 学生学生学生学生。

 学生学生学生……後藤忠則。

 学生たちの波の中で、背の低い少年が一人振り向き、星弥と目が合う。

 途端にその少年はぱぁっと顔をほころばせて、星弥に駆け寄ってきた。

「おっす、日月!」

「おはよ、ごっ! とう……」

 ごっ、の部分で星弥は後藤に背中をバンと叩かれた。

「いやぁ、清々しい朝だねぇ日月。なんたって今日から夏休みだもんな!」

「だな。どうせなら先週の連休から休みにしてくれればよかったんだけど」

「確かに。連休明けに数日授業やって夏休みっていうと、なんか焦らされてる気ィするよなー。ま、それも今日までだけど」

「まあそりゃそうだけど、今日は授業何もねえし、気になるのは」

「宿題くらい」

「ですよね……昨日までにもらったのだけでもありえねーって。感想文五枚とかなんなんだよってな」

 学生学生壁壁。

 学生教師壁壁。

「……? なあ、日月。お前どうかしたのか?」

「え? なにが?」

 そこまで何気なく会話をしていた後藤が、訝しげに日月の顔を覗き込む。

「お前、左目どうかしたの? 痛いのか? 左手で抑えちゃって」

「え? ああ、ちょっとな。バスの中で軽く眠ってる時にぶつけたみたいで」

「っははは! バカクセー!」

「うっせぇ!」

 そうして日月が笑って肘でつくと、後藤は距離をとって走りだす。

「じゃ、俺放送部の方いくから!」

「おう、がんばれよー」

 後藤。

 左手を顔にあてながら、星弥は笑うように呟いた。

「……なるほど」

「なにがなるほどなの?」

「ふぉあ!」

 そんな動作をしていたせいか、背後からの声に後れを取る事になった。

 左月菜月さつきなつき

 星弥が振り向いた先に立っていたのは、白いブラウスに赤いブレザー、それに仕様より短くしているスカート……つまるところ此咲学園の制服に身を包んだ少女。

「ってどこみてんだー」

「いたっ」

 視線が揺らいでいた星弥の頭を小突くように、それでいて親しげに少女は笑うような声をあげる。

 そうしてもらって、ようやく星弥は顔から手を離して、正面の少女を捉えた。

 セミロングの髪から垣間見える表情は笑顔。少し童顔の愛らしい表情で、怒っている素振りもない彼女……左月は、やっとこちらを見た星弥に笑顔を振りまく。

「おはよ、日月君」

「ああ、おはよう、左月さん」

「で、なにが?」

「え?」

「なにがなるほどなの?」

「あー……俺、そんな事言ってたっけ?」

 咄嗟にごまかす。

「えー。いってたでしょー」

「いえ、全く記憶にございません」

「記憶にないのかー」

「はい、滅相もございません」

「へんなのー……あ、変なのはいつものことか」

「なにを?」

「えへへ、何も言ってませーん。記憶にないでーす」

 そういって笑いながら片手をふり、左月もまた星弥から駆けて離れていく。

 どうやら友人の少女を見つけたらしい。その少女に駆け寄って声をかけて合流し、そのまま人並みに飲み込まれていく。

 左月、学生。

「名前がわからない……知らない人間は全て学生で一括りか」

 でも、面白い。異質だ。星弥は左手を顔に添えて、何度も何度も視線を泳がせた。


 ――結論から言おう。日月星弥は、超能力……"クラフト"を手に入れた。

 今から二時間ほど前。参加証であるクラフトカード(星弥はそう呼ぶ事にした)を閲覧して確認できた事がいくつかあった。

 自分のステータス、手に入れたクラフトのデータ、そしてそれらの見方である。

 その中でも特に星弥が目を見張ったのは、やはり手に入れた力、クラフトであった。

 星弥は件のカードを取り出し、クラフトの項目をタッチする。


『名  称  顛帯観測てんたいかんそく

 種  別  魔眼

 能  力  超能力型

 RANK  D(まあ普通)

 【攻撃/G】【防御/G】【敏捷/G】【魔力/C】【視界/B+】

 スキル ≪魔界視≫ ≪身体強化:視力≫

  左目に発現する菱形の瞳。万物を理解しうる全知の魔眼である。

  視界内に捉えた万物を所有者の理解しうる媒体で表示する。

  捜査系能力としては王道の強力なクラフトだが、星弥の適正が低いのかランクはD。

  能力の発現力が低く、発動時に左手で左目周辺に触れている必要がある。     』


 顛帯観測。それが星弥のクラフトだった。

 万物を理解する全知の魔眼。目で見たものを単純な情報として捉え、使用者に認識させる代物だと星弥は理解している。

 ランクはD……分類でいうとまあ普通、とのことだ。

 パーソナルデータやクラフトの【能力値】に表示されるランクには基本的に七段階あり、最高ランクをA、最低ランクがGとなっている。

 +(プラス)や-(マイナー)はランクを細分化したもので、A+、A、A-、B+……といったような序列の認識で間違いない。

 つまり、Dとは真ん中も真ん中、ど真ん中である。

 1ランクごとにどの程度の能力差があるのかはわからなかったが、少なくとも平凡なランクに位置するのは確かだ。

 クラフトには名前、分類、ランクの他にクラフトの機能を明確に示す≪スキル≫と、概要となる解説が記述されていた。

 スキルの欄に表示されていたスキルは二つあり、それぞれをタッチする事で詳細も確認が可能である。


『≪魔界視≫ RANK/C (そこそこ)

 オールドと呼ばれる魔法の領域を視る。直感的に視界内の万物を理解、それらを使用者が知りうる媒体にして視認することが可能になる。

 魔眼というカテゴリーではあるものの、脳そのものの処理能力を拡張する超能力分類のスキルであり、使用すると疲労が溜まりやすい。

 日月星弥の場合、媒体は文字情報。本人が知識として内包する単語にのみ変換可能。                        』


『≪身体強化:視力≫ RANK/B+(いいね!)

 身体能力を強化する。[カテゴリー:視力]は視力のみを強化。効力はスキルランクとクラフトの魔力に影響される。

 RANKB+は中々に優秀。

 数百メートル先の苺でも表面のつぶつぶまで見ることが出来るだろう。ただし、星弥が魔眼を発動している時だけしか適用されない。』


 星弥は、ふと学園の外周へと視線を向ける。

 此咲学園が存在するのは此咲市の中央区、此咲中央と呼ばれる地区だ。

 特にこのあたりは地方都市である此咲市の中でも発展しており、それなりに高いビル群や繁華街、施設などが立ち並んでいる。

 星弥が視線に捉えたのは、少し先に建つオフィスビル。階数にして十階あたりの箇所だろうか。

 "ごく自然に"視界が拡大され、窓際で社員らしき男がタバコを吸っているのがわかる"。

 窓窓窓。

「……見づらいな」

 社員。

 ――バスの中でも何度か試したが、視力強化は左目の顛帯観測だけでなく、右目にも適用されている。

 よって、右目では普通の景色を高性能の望遠鏡を使うかのように視認でき、左目では魔眼の機能を使う形になる。

 だが、これがどうにも切り替えが難しい。理屈としては左目、右目をそれぞれ使う方だけ開けておけばいいのだが、意識せずに使うようになるまでには慣れが必要だろう。

 それに……左目に宿ったクラフトの能力にもまだまだ疑問が残る。

 例えば今見ていた窓際の社員。これを文字情報として認識する時、窓をみると"窓"という文字情報が先に出てしまい、窓の向こうにいる社員が視認できないのだ。

 星弥の顛帯観測は、あくまで物体を文字情報として認識する能力。窓、すなわちガラスなどの透過する物なども関係なくひとつの物体として捉えてしまうらしい。

 だが、そこから意識を外せば窓の向こうのものも認識が可能である。

 ようするに、意識を向けないと認識できないって事か、などと星弥は結論づけつつ、また心が躍る。

 楽しい。

 楽しいと思わないか?

 星弥は誰へのものでもない、その感情を内心で繰り返す。

 未知の力を手に入れた自分。その未知の力を理解していく自分。誰も知らない、誰も経験したことがないであろうこの左目を徐々に理解し、自分のものとしていく快感。

 すごい。すごすぎる。その一言に尽きる!

 信じられない、未だに信じられない。だが、これは、まごうことなき現実なんだ!

「おい、日月! もうすぐホームルームだぞ! なにやってんだ!」

「え!? あ、はい! すみません先生!」



 それからも星弥は、様々な形で能力の"仕様"を確認した。

 望遠鏡のようになった視界は遠くのものを見るのは得意だが、顕微鏡のように極小のものを見るのはできない事。

 文字情報は基本的に一単語でしか表示できないらしく、あくまで名前という形の情報しか得られない事。

 無から有を生み出すような……例えば、問題集に書いてある数式を見ても、数式は数式であり、答えが出てくるわけではない事。

 そして、使用しつづけていると長時間テレビをみたり、パソコンを使っていた時よりも遥かに鈍重な感覚に襲われるという事。

 というか、襲われた。

 終業式終了後のホームルームで、星弥はものの見事にダウンし、教師に初めてどつかれた。

 いわゆる真面目君で通っていた委員長の星弥だったものだから、これは少しばかり笑いの種にされるも、それ以外は特に収穫もなく学校は夏期休校へと突入していく。

 そうしてHRが終わりそれぞれが思い思いに教室から出ていく中で、星弥は一つの問題に直面していた。

「……困ったな。どうやって勝てばいいのか」

 何に勝つのか。

 それはもちろん、この"ゲーム"の話である。

 ゲーム……正式な名称がわからないので手紙にあった通り単にゲームと呼ぶが、このゲームは基本的にバトルロイヤル形式のものであるとみて間違いはない。

 勝利条件は、バトルロイヤルの名の通り、『あなた以外の参加者が全員失格となり、最後の一人となった場合』のみと手紙にはあった。

 そして、失格の条件とは、参加証……クラフトカードが破壊されるか、リタイア宣言、もしくは参加を辞退せざるを得ない状況になった場合のみ。

「日月、じゃあまた始業式でなー」

「おう、またな斎藤」

 星弥は不意にかけられた声にそう返し、荷物をまとめて席を立ち、昇降口へと向かうために教室を出る。

 ……クラフトカードを破壊する。つまり、相手が持っているカードを奪って、その上で壊すというわけだ。理屈の上ではシンプルで、わかりやすい。

 だが、つまりそれが意味するのは間違いなく"戦闘"である。

 ましてや、クラフトなどという力があるのだ。力で相手をねじ伏せるパワーゲームを選ばない方がおかしいと言えるだろう。

 ヘルプを確認して改めてわかった事だが、星弥が舐めた飴、ラヴクラフトにも種類があり、味によりタイプが異なるとあった。

 いちご味、メロン味、レモン味、ぶどう味、コーラ味の五種類は、それぞれ攻撃系、防御系、敏捷系、不思議系、特殊系となっているとヘルプにはある。

 その中でも、特にいちご味。

 これの攻撃系が意味するところは、星弥のクラフトの超常ぶりを見るに、間違いなく文字通り攻撃的な代物になるのだろう。

 例えば炎を纏った剣。

 例えば振ると突風を起こす扇子。

 例えば放った矢が相手を追いかける弓……などと星弥は妄想する。

 ……無理だ……。

 何が無理かというと、勝負になるかどうかの話である。

 星弥の顛帯観測という魔眼は、確かに面白い能力だろう。

 何の味かはわからなかったが、おそらくぶどう味かコーラ味により発現したものと見ていい。

 『戦略に置いては情報が肝心』、などとどこかの小説か何かで軍師が言っていたが、それとは全く別のベクトルで、『戦術に置いては戦力こそが肝心』だろう。

 ……例えばの話、いま目の前に炎の突風を起こす弓使いが現れて参加証をよこせと言われたら、星弥は土下座してカードを差し出さざるをえない。

 なにせ、対抗手段がないのだ。

 情報をいくら手にした所で、それを実行するだけの戦力が星弥にはない。

 実際問題、仮にこの目が相手の長所から短所、弱点までわかるような能力だった所で、相手がクマだったら、人間であり銃も持っていない一般人である星弥には勝ち目がないのだ。

 それが、決定的な戦力差である。

 まだこのゲームがどういうものなのか、実際にどれほどのレベルのクラフトが存在するのかはわからないが、対策を練っておいて間違いはない。

 それこそ、最低限懐に刃物を忍ばせておくなり、スタンガンを持っているだけでも選択肢の幅はガラリと変わるだろう。

「……そういえば、まだ手紙の裏面を読んでないな」

 確か、表の文末に裏面にはクラフトの解説が書いてある、みたいな事が書かれていたはずだ。

 家に帰ったら読んでみるか。そう思いながらも、今日何度試したかもわからない顛帯観測の使用を試みる。

 ――思えば、この左手を左目周辺に添えなければ魔眼を使えない、という仕様。これは間違いなく弱点じゃないか。左手を抑えられたら終わる。もしも事故で怪我して骨折なりしたら、それこそその場でリタイアするしかないだろう。

 星弥は目を走らせる。

 廊下。だめだ。

 床。アバウトすぎる。もっと全体を捉えられるようにならなければ。

 窓学生学生学生壁。

 昇降口へと向かう学生の波に紛れながら、星弥は学生の二文字の大海に溺れていた。

 どこを見ても学生の二文字ばかり。

 学生学生学生、学生学生学生学生学生学生学生学生学生学生学生学生プレイヤー学生学生学生……。

「……?」

 一瞬、目を疑った。

 左手を離して、その違和感の先にある存在を凝視する。

 背後からみたその姿は、どこにでもいる男子生徒だ。

 背は低めで160少しといったところか。上履きの色が赤なので、高等部の一年生である事がわかる。

 左手を添えて、彼を確認する。

 プレイヤー。

 学生ではない。

 プレイヤーと表示されている。

 プレイヤーとはなんだ?

 いや、内心に聞くまでもないだろう。そうとしか考えられない。

 あいつ、"ゲーム"のプレイヤーなのか……!?

 星弥は思考を巡らせる。他に何かプレイヤーに該当する単語はなかったか。

 だがしかし、テニスプレイヤーだの、プレイボーイだの、本来プレイヤーという単語は何かに付け加えられて成り立つ単語だ。

 文字情報で万物を示す顛帯観測がプレイヤーという単語で星弥に理解を促すのならば、直近のプレイヤーはただ一つ。このゲームに参加しているプレイヤーしかない。

「これは……」

 星弥は人知れず鳥肌を立てた。

 侮っていた。何を侮っていたのか、自らのクラフト、顛帯観測をだ。

 まさか他のプレイヤーをその場で認識できる能力があるとは。しかも視界強化も合わせれば、最大射程は数百メートルにも及ぶという。

 これは素晴らしいアドバンテージだ。おそらく他のプレイヤー……特に戦闘に特化したクラフト能力にはない、戦略的な意味での情報収集源となるはずである。

 あとは、この力でプレイヤーを特定した後に、クラフトカードを奪取し破壊するための戦力さえ整えば……。

 そんな思考の矢先、件の男子生徒は人混みに消える。

 まずい。下駄箱か。星弥は慌てて人を押し分けて進み、靴を履いて外に出た。

 波のように流れてくる学生たちを前に、目立たない位置に立ってあの学生を探す。

 ……みつけた。これだけ学生の二文字が流れてくる中で、プレイヤーというカタカナ四文字は逆に見つけやすかった。

「どうする。つけるか……?」

「なにをつけるの?」

「……っ!!」

 正真正銘、心臓を掴まれたかと星弥は思った。

 驚き振り返ると、目の前には立つのはまたもや左月菜月。デジャヴかと疑うも、左目でも左月菜月を視認している。

「? またその反応かぁ。……ところで、顔どうかしたの? 朝からそんな感じだけど」

「え? あ? ああいや、別に……」

 星弥は左手を離しながらも、ちらちらと背後の男子生徒を見る。

 ……幸運にも、昇降口の出先で友人らしき少年と話している。それにひと安心したところで、視線を左月へと向けると、ややふてくされたような表情になっていた。

 幼稚園児が怒っている時の顔だ。星弥はそう思った。

「またー、朝もそうやって挙動不審だったでしょ」

「えぇ? いや、そんな事はないと思うけど……」

 というか、むしろ一日の間に二回も左月と巡り合ったことの方が星弥にとっては驚きだ。

 こうして親しげに話はするが、別段深い交流もなく、お互いに校内での顔見知りといった程度の仲、というのが星弥の認識である。

「そんなんじゃ女の子にモテないよ? 話を聞かない男子とかサイアクだね」

「ああ、そうだな、悪い。ちょっと朝から考え事しててさ」

「考え事……? 何か悩みでもあるの? 進路とか?」

「まあ、んなところかな」

 適当に誤魔化す。

「ふーん。よかったら相談に乗ろっか? カラオケで」

「カラオケでかよ! って、いや、え、カラオケ? どゆこと。誘ってんの?」

「うん、そう! 今から他の子たちとカラオケいくんだけど、一緒にどう?」

 ……そうして目配せをする左月の方を観ると、四人ほどの女子生徒がたむろして、こちらを見ていた。

 星弥と目線が合うなり、きゃっきゃと何かを話し始める。

 女子ばっかじゃねえか、冗談じゃねえ。

「女子ばっかじゃねえか、冗談じゃねえ」

「うわ、ひど……。今日は友達の知り合いの男子たち誘うはずだったんだけど、自分たちだけでどっかいっちゃったみたいなんだよねぇ」

「いや、ていうかそれならそれで俺の事もスルーしてくれよ……。そのまま女子会でいいだろ、一人だけ男混じってどーすんだ」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 ……またも向こうの女子生徒たちに目配せをする左月。首を横に振る仕草をすると、向こうで女子たちが何やら手をわさわさと動かしている。

 こいつら何やってんだ。星弥はそう思いながらも、ふと意識の外にいきかけていた例の男子生徒を見た。

 ――なんというタイミングだろうか。まさに今友人に別れを告げ、歩き出すプレイヤーの男子生徒。

 星弥はそうそうに話を切る算段をつけて、矢継ぎ早に左月にまくし立てる。

「ていうか、俺もこれからダチの方に合流するんだわ。委員長だから先生に捕まってちょっと出遅れてるんだけどさ」

「あ……そうなんだ」

「いや、こっちこそごめんな。まあまたなんか機会があったら言ってくれ。それじゃあな!」

「え、あ、ちょっとー!」

 背後で何か左月がいいかけていたが、それどころではない。

 思わぬ邪魔が入って考えがまとまらなかったが、とりあえずできるだけの監視はしておこう。

 幸いにも、こちらには"眼"がある。常に左手を顔に添えておくのは不審だが、相手に気づかれさえしなければいいのだから、十数メートルの距離感で素人が尾行するよりも、百メートル以上離れた場所から眼で追う方が安全だろう。

 曲がり角などには対応できないだろうからもう少し距離は縮まるだろうが、まず気づかれないはずだ。

 ……西門を出た男子生徒は、正門前までくるがバスには乗らず、そのまま歩き出す。

 徒歩での通学である事に今回は感謝しつつ、星弥は遠くを歩き進む男子生徒の尾行を開始した。



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