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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
光に棲むもの
19/20

17/リザルトⅡ

 病院で起きた戦いの後、上田裕司が意識を取り戻したのはベッドの上だった。

 病院で戦った少年……日月星弥の使った爆発物らしきものによって火だるまとなった上田が、こんな短期間で目覚めたという事実だけでも医者は気絶しかねない。

 実際、全身にまかれている包帯の少なさから軽傷であるのがわかり、これを診察した医者も驚嘆していたのは余談である。

 火災事故のような現場で倒れていた上田を最初に発見したのは警察であり、被害者か関係者かも不明なけが人であった上田は、事情聴取が可能になるまで病院が引き受ける事になるのは自然だっただろう。

 ――ベッド脇にあった時計を確認し一日半ほど経過しているのを確認した上田は、そうして"病院を脱走した"。

 まとめてあった私服を着込み、身なりを確認し、何事もないかのようにポケットに入っていたクラフトカードを握りしめて。

 全身に受けた火傷の痛みはない……それはクラフトの身体強化に伴う副次的な効用である。

『クラフト能力を行使する上で必要な身体能力を付与する』効果のある身体強化は、ランクや適用対象により効果が様々だが、中でも最もシンプルで効果の高い全身の強化を受けている上田にとってこの程度の傷は深手とはならなかった。

 だが、それでも決して小さな傷とはいえない。

 病院を出て少し歩いただけで汗が吹き出て、上田の全身に熱がこもる。

「はぁ、はぁ……」

 なんでだ。

 なんでこうなった。

 上田はそう悪態をつきながらも足を引きずり、壁に肩をあてて一歩ずつ進む。

「ふざけんな……おれはショウジとは違う……!」

 上田はしっかりと手が動くのを確認し、強くそれを握りしめた。

 それでもカラ元気はカラ元気である。また病院に連れ戻されるのを嫌って、上田は中心街から少し外れた裏路地へと逃げ込む事にした。




 ――結果として、それが彼にとって最大の不運となった。



「おっ?」

「……!?」

 裏路地に佇んでいた上田の懐で、突如としてクラフトカードが雄叫びを上げた。

 咄嗟に身構える上田の前からほぼ同時に声があがり、曲がり角の先から男が出てくる。

 鳴り響くブザー音。

 上田とて、ここまで三人のホルダーを倒してきたいわば熟練者の一人である。瞬時にそれがエンカウントによる警告音だとも理解していた。

 だが、動けない。

「おーおー、どーした兄ちゃん。苦しそうだなぁ」

 ぼさぼさの髪に、夏場だというのに暑苦しい黒スーツ。そんな風体の黒い男は、悠々とクラフトカードを取り出して上田とカードを見比べる。

「へー、これがエンカウントか……っつーかうるせえな、途中でとまんねえのかよこれ」

 上田が反応しないのをよそに、ぶつぶつと独り言を続ける男は、少しだけカードをいじってから、音が止まるとすぐに興味を失って空を仰いだ。

「あー……つーかお前、あれだよな。ホルダーだよな……やっべーなぁ、まだ戦闘行為は全面禁止なのに……」

 鬱蒼と茂る頭をかきながら、黒い男はめんどくさそうに上田を見た。


 それがあまりにも殺意に満ちた、人の命を品定めするような視線だったから。


「――紅甲手ガントレッドッ!!」

 その束縛をふりきって、反射的に上田はクラフトを展開した。

 上田の両腕に出現する真紅の篭手。それが装備されると同時に上田は顔をガードするように両腕を構え黒い男に突進した。

 その速度は常軌を逸している。ワールドクラスのプロボクサーですら再現できないであろう瞬発性をもって上田は男に近づき、

「シッ!」

 左足の踏み込みと同時に、折りたたんだ腕の一方、左手を最短距離で撃ちだした。

 ボクシングのジャブに近いその打撃はしかし、もはや赤い残像ですら捉えるのは難しい速度にまで加速する……!

 パン! という乾いた音が路地裏に響き渡る。

 手応えはあった。今までこのスタイル一つでホルダーをぶっ飛ばしてきたんだ。

 例外があったとするなら、あの水晶のでかいやつと、へんなクラフトをつかうガキだけ。

 車椅子のガキは倒した。もうひとりのガキは今から見つけてぶっ倒す。

 だから、こいつは邪魔だ。なんだかしらねえが、これで終わりだ。

 ――宙に浮くようにして吹き飛ばされる黒い男をみて、そう上田は確信した。

 刹那、上田のジャブを受けて男は大の字に倒れこむ。

 秒殺の二文字が上田の脳裏に走る。あまりの呆気なさに、撃ちぬいた腕を元に戻すことさえ忘れていた。

「…………」

 黒い男はピクリとも動かない。手加減なしで、上田からみて完璧にアゴに決まった。普通の人間なら確実に気絶しているはずだ。

「あぶねー。今のはマジでやばかったな……あとちょっと遅かったらもってかれてた」

 だから、当然のように、それが必然であるように男が口を開いた事で、上田は息を呑む。

 黒い男は、黒いスーツについたホコリを払いながら立ち上がり、右手にもった"黒い獲物"を軽く振り下ろした。

 そのあまりの漆黒に、最初それが陰にかくれてよく見えないのだと上田は考えた。

 だが、ほんの僅かに遅れて、その認識を改める。

 それは……木刀だ。見事なまでに黒塗りにされた、光沢がないのに艶やかさを感じさせる、されど無骨な一振りの木刀。

長さは1.5メートル……正しく表現するなら五尺ほどの長物。あまりの長さに木刀であるのかすら疑うそれを片腕で振る男は、更に黒を色濃くしていた。

「いってぇ……がアゴは外れてない、と。それどころか痛みも引いた。これが身体強化ってやつの力か……まるで魔法だな、こりゃ」

「さっきから何ガン無視してんだよ……?」

「ん?」

 自分のアゴをなでて笑みを浮かべる男に、そうして上田は声をあげた。

 気に食わない。とにかくこの男が気に食わない。上田の中に渦巻いているのは、ただそれだけの感情だった。

 自分を歯牙にもかけないその態度、徹底して無視しきった対応。

 なめられている。そんな単純な思考が、上田に闘争心を灯していた。

 だから、黒い男はなんでもないかのように言い放つ。

「ああ、まだいたの?」

「テメエ……!」

 怒りに任せて上田は突進する。

 先程と同速の接近。距離にして10メートル、近づくまでの時間は一秒程だったろう。

「ガードが崩れてんぞ?」

 だから、ゆるやかに振り下ろされた黒い木刀で、上田は頭から叩き潰された。

 ぐしゃりという鈍い音が響いて、軌道がそれた木刀がコンクリートの地面をえぐる。

 その轟音に口笛を吹いて、黒い男……黒乃丈二郎は満足気な笑みを浮かべた。


 *


「――その後、敵ホルダーが停戦要求にも応じず攻勢に出たため、止む無く撃退しました。以上です」

 言葉の堅苦しさに相反する気だるい声色で、丈二郎がそう締めた。

 しばし室内を沈黙が支配する。変わらず寡黙のジャクソン、たいくつそうに頬杖をついているリリィ、そして何の反応も示さないスピーカーの先のクライアント。

 丈二郎は内心、もしかしてどっかで失言すべったか? と不安になったが、すぐにそれはいらぬ心配だったとわかる。

『……いいでしょう。潜伏先から独断で外出、敵性勢力と遭遇した点は全くもって擁護できませんが、結果的には目撃者は潰せているようですしね。その後も無事に帰還できている点からみても、その男はいずれの組織傘下でもない一般人参加者だった、と判断するしか』

「よかったわねジョージ。クライアント様はおゆるしになるそうよ」

「きょうえつしごくにぞんじます」

 リリィの皮肉めいた言い回しに、丈二郎はそっくりそのまま言葉を返した。

「パパ、なにか言ってあげたら? ジョージローもクライアント様も、」

「――丈二郎の状況報告はこれで済んだはずだ。敵性勢力についての情報が欲しい」

 リリィの猫なで声を一刀両断するジャクソンに、リリィは「んもうっ」と怒ったようにしてソファにボスンと座り直す。

 それをにやにやと眺める丈二郎をよそに、スピーカーからはいいでしょう、とクライアントの声が返ってきていた。

『時間もある事ですし、まずは現在このゲームがどのような状況にあるのか、そこからお話しましょう』

「……契約ではゲームに関する一切の情報を秘匿する、という意図のものがあったはずだが」

『極端にいえばそうですが、それが該当するのは主に"我々"に関する情報のみです。現場の人間としても、ある程度はこのゲームの現在を知っておいて損はないと思いますが?』

「敵の情報だけで構わない」

 バッサリと切り捨てるジャクソンに、内心丈二郎はおれごと首を吹き飛ばされないかとひやひやした。

『……わかりました。では敵の情報に絞って簡潔に説明しましょう――』


 ――現在、特に呼称もなく"ゲーム"と呼ばれるその名の通りの謎のゲーム。

 これが不定期に日本国内のいずれかで開催されています。

 過去に何度行われたかは正確には把握できていませんが、"我々"が認知しているだけですでに十度、同じようなゲームが開かれていると考えています。

 これらは我々がゲームの存在を知った当初こそ都市伝説の域を出ない噂でしかありませんでしたが、我々と深い関わりのある人物がゲームに参加し、"莫大な賞金を持ち帰った"ことでゲームの実在性が明らかとなったのです。

 金額にして百億。……普通の人間からすれば中々の大金でしょう。しかもそれは相手の指定した額ではなく、『自分で百億と言ったから百億をもらえた』と言うのです。

 我々が興味をいだいたのはそこでした。言い値の賞金をあっさり渡せるような資金力、ゲームを開催できるだけの展開力。

 我々が知らない巨大な組織、ひいては国家プロジェクト。そういったものではないか。

 そう推測した我々の先代がこのゲームに関して調査を始め、現在に至ります。

 今現在もこのゲームの主催者に関する情報は残念ながらつかめていません。

 そのかわりといってはなんですが、我々と同じようにこのゲームの謎を追う同士であり、敵の存在が浮き彫りになってきました。





「――その代表格ともいうべきあのが、"秘密結社"です」

 園子が口にしたその単語に、鮫島は何度目かのはあ? という声を出した。

「秘密結社ぁ? なんだそりゃ」

「その名の通り、存在が公にならあいよう秘匿された組織の総称ですよ。あたしたちもその存在あ把握していても、実体まであ掴めてあせんから、ただそう呼んでいます」

「……いわゆる、イルミナティ、300人委員会のような存在ですか?」

 口をあけたままの鮫島に対して、亮子の食いつきは良い。詳しいなおい、と内心でつっこみながらも鮫島は話題に入りきれずに一歩下がる。

「あい、そうです。おそらくそれらの陰謀論に類する、相当する組織がこのゲームを主催しているか……もしくあ、あたしたちと同じようにゲームの謎を追いかけているか」

「どちらかまでは把握できていない、と」

「基本的にあこのゲームが開催している時しかニアミスしあせんからね。こちらが団体で動くと、それらしい組織レベルの行動で対応される。そういうケースを何度も確認してあして――」



「んじゃあ、クライアント様も実際に面と向かってやりあったことはないってか?」

 気長だねぇ。丈二郎がそう笑うと、スピーカー越しの音声も笑う。

『そうですね。お互いにセオリーは外さない主義らしく、それらしいと思わせるものはあっても実際にしっぽをつかむ、というところまでは』

「ならば、国家機関というのも憶測か?」

 ジャクソンは右手を口元にあてて、思考するようにして丈二郎に続く。

『その点に関しては、詳しくはお話できませんがほぼ確証は持っています。少なくとも公的機関の動きがあった事は何度か確認していますしね』

「警察や軍が動けば、自ずと国が相手だろう、という事か」

「ま、公僕が国以外の何の為に働くかっつー話だわな」

『まったくもって。ですので、我々も自分たちの手の届く範囲を調べていたわけですが、それでも相手の正体がつかめない。なら、我々の手の外にある組織で、かつこのような事態に率先して首をつっこんできそうな組織……。そう考え思い至ったのが、陰陽局おんみょうきょくという組織でした』



「あたしたちスプロンあもともと魔学協会マジェス・ゲゼルシャフト傘下の退魔事業斡旋組合日本支部、通称『陰陽局』と呼ばれる団体から派生した研究機関あんですが」

「す、すまん、さっぱりわからんかった。なんだって?」

「鮫島さん、あとで私が説明しますから……続けてください」

「あい。その陰陽局の諜報部の一角だったわけですが、先ほどお話した事件以来、目に見えて超自然現象に類する事件が増え、徐々に単独での活動を開始、後に独立するまでに至ったわけあんです」

「そして、ゲームの存在に気づいた?」

「あくまで"おまけ"で気づいただけでしたけどね。公には報道されてあせんが、最近ニュースで流れる『日本にしては治安の悪い事件』のいくつかあ、往々にしてこの手の超能力だあんだってのが絡んでいると思ってもらってかまいあせん」

「はあ!? 何いってんだ、もしもそうならそもそも捜査一課うちが真っ先に」

「そーですよ。だからあたしがちょっと呼び寄せただけで、あなた達二人あ署長さんに直々に送り出されたはずですが」

「…………」

 常識が次々と崩壊していき、ただただ両手で頭を抱える鮫島。

「で、それらの事件に元々周期性あなかったんですが、今回の此咲市のようにやたらときな臭い事件が集中する町が出てくるわけでして、そこを重点的に調べてわかったのがこの"ゲーム"の存在だったんです」



『彼らもまた同じような経緯でゲームの存在に気づいたのか、あるいは調査中に偶然遭遇したのかはわかりません。ですが現に我々の組織的活動に対して妨害が入っており、消去法であらわれたのが彼らだったわけです』

「はー。んなオカルトチックな組織もあるんだなぁ」

「エクソシストのようなものだろう、珍しくはない」

「ジャクソンおっさんの前には陰陽師もエクソシストも一緒だってよ」

 カッカと笑う丈二郎にジャクソンは反応を示さなかったが、かわりにスピーカーとジャクソンの隣から小さな笑い声があがる。

『まあ、変に警戒するよりもそれぐらいの方がいいでしょう。どのみち"やることは変わりませんから"ね』

「そりゃそうだ。おれもジャクソンのおっさんも、武器は違うがいつもやる事は同じだ」

「……そろそろいくとするか」

「えっ、パパ、どこにいくの?」

 リリィの声をあびながら、ジャクソンは音もなく立ち上がる。

「よし、おっさんがやる気になったな。んじゃ、クライアント様は吉報をおまちください」

 それに合わせて丈二郎も立ち上がり、改めて身だしなみを整えてスピーカーに向けて言葉を発した。

「武器が銃じゃないのはちょっとあれですが、なに、生き死にかけた戦いには慣れてますから。そんじょそこらのニッポンジンには遅れを取りませんよ」

『期待していますよ、鷹の目ジャクソン、ジョージ・ブラック』

 ぶつん、とスピーカーの音声が切れるのをよそに、ジャクソンと丈二郎、そしてリリィは穏やかに室内を出た。

 あとに残ったのは電気がついたままの応接室。

 この後、建物への電気供給は断たれ、数日以内にこの建物は元のゴーストビルへと戻っていくのだった。



 *



「……なんだって……?」

 知らず、小さく言葉をこぼしたのは星弥だった。

 クラフトカードに表示された経過報告を途中で止めて、星弥は晶を見遣る。

 晶も同じ心境だったのか、神妙な様子で星弥と目を合わせた。



『九日目を迎えたプレイヤーは八人。八日目のリタイアは一名となりました。▽』



『リタイアされた方のお名前、リタイア原因は以下のとおりです。▽』


『【うえだゆうじ さま】

 ホルダーと遭遇し、1ラウンドでKOとなりました。

 ラッシュを仕掛ける際にはガードが甘くなることに気をつけたいですね▽』


『それでは、ゲームは九日目へと突入します。

 残りの参加者の皆様に、ナイアーラトテップの微笑みがありますように▽』



 ……クラフトカードの経過報告はそこで終わり、元のメニュー画面に戻ってしまう。

 だからこそ、星弥の脳内は混乱していた。

 どういうことだ……!?

 うえだゆうじ……うえだと呼ばれた人間がいたのを星弥は覚えている。病院で倒さなかったあのホルダーの名前だったはずだ。

 彼が倒されたというのなら、それ相応のホルダーに出会ったのかもしれない。

 もしくは、俺との戦闘でうけた怪我で不利だったか。そう思考がずれかけて、星弥は論点を正す。

「……リタイアが一人? 確かなのか? 晶の方でも同じか!?」

「ああ、僕の方でも一人となっている。……"モールでリタイアしたはずのホルダー"が載っていない。これはどういう事だ?」

「…………」


 ――や、だ、しにたく、な――


 晶の疑問に、星弥は脳裏にあの光景をよみがえらせる。

「星弥、君は僕と合流するまでにあのホルダーを見たか?」

「…………」

「……星弥?」

 晶の問いに、星弥はしばし押し黙った。

「……黙っていた事は謝る。見たことをそのまま話すぞ」

 そうして星弥は語った。

 晶が戦っている間に敵ホルダー……東雲という少女を見つけ、追いかけていた事。

 モール内にあの槍が飛んできたあと、痛みを訴えた東雲が黒い粉のようになり跡形もなく消えた事。

 それらを話すうちに徐々に深刻な顔になった晶をよそに、星弥はやっとそれを話すことが出来て少しだけ荷が軽くなった。

「またわからない事が増えたな。確かにクラフトは消滅時に黒い粒子のようになって消える。それがホルダーに起きたという事か?」

「そうなのかもしれない……いや、でも、蜘蛛のクラフトとは別に、分身のようなものを作り出すクラフトだった可能性も」

「それが無いのは君が一番よくわかっているだろう? なにせ"君が彼女を目にした"んだから」

「…………そう、か」

 星弥の顛帯観測がそれをクラフトだと認識したのなら、仮に自分と瓜二つの分身を作り出すようなものでもクラフトと認識するはずだ。

「まあ、その東雲とかいうホルダーのクラフトが、君の顛帯観測を騙すような能力を持っていた可能性は否定できないが」

「それは、確かに」

 顛帯観測のような情報収集に特化したクラフトがあるんだから、逆にそういったものを操作するクラフトだってあるかもしれない。

「結局のところ、推測で語るしかないものがまた増えたというところか。現にリタイアリストに東雲の名前が載っていない以上、彼女がまだゲームに生き残っている可能性は考慮すべきだ」

「そうか……そうだな、その方が」

 その方がまだいい。その考えのほうが気が楽になる。


「――だから、クラフト化したクラフト本体が破壊された場合に、そうなる可能性も考慮しなければならない」


 逃げようとした星弥の思考を、晶は引きずり戻してそう切り捨てる。

「君が気にしているのはそこだろう? 壊された瞬間なのか、ある程度の時間経過か、個人差があるのか。可能性だけならいくらでも口にできる」

「…………」

「だが、そうであると決めつける程の情報も揃っていない。……あまり深く考え過ぎない方がいい。そうであると確信が持てたなら、それから考慮しても遅くはないさ」

 そうしめて、晶は星弥の肩をポンと叩くと立ち上がった。

「なにはともあれ、いよいよ八人。ついにゴールが見えてきた」

「……そうだな」

「君との共闘関係は始まったばかりだが、実質的に残る敵は六人。四分の一の戦力がここにある以上、決して不利ではない」

「だけど、モールの時のように相手が組織で動いてきたら?」

「その時こそ、こちらの本領が発揮されるんだ」

 冷蔵庫に近づき、冷凍庫を開けた晶はそこからソーダ味のアイスバーを取り出す。

 星弥はそれに見覚えがないから晶が買ってきたのだろう。いつの間に買ってきたんだよという突っ込みをする前に、晶が一本を星弥に放り投げる。

「本領発揮って、どういうことだ?」

 袋を開け、シャリッとしたさわやかな甘味を味わいながら、星弥は話を続ける。

「少なくとも残り六人のうちの何人か……もしかしたら大半の可能性もあるが、そいつらが何らかの団体のバックアップを受けている可能性が出てきた。当然、相手は人海戦術で対応してくるかもしれない。戦闘に関してはホルダー同士に一任するのが常套だろうが、特に情報収集では差が出る」

「そうだ。だからモールでの一件、あのホルダーと警察が関係していたら、俺達の身元なんて」

「すぐ割れてしまう。特に星弥、お前は地元の人間だからいずれは捜査網につかまるだろう。僕にしてみても、監視カメラなんかを見られればそこから顔が割れてしまうかもしれない」

「なら……」

「"だからこそ攻め時"なんだよ。相手は躍起になってホルダーを探すはずだ。だけど、そう簡単にはホルダーが発見できない。んっ、ほうひてはほほほふ?」

 アイスバーを一口で半分ほど口に含み、晶はどうしてだと思う? と聞いたと星弥は察する。

「――ホルダーの数があまりにも少なすぎるからだ。此咲市は田舎だけど、それでも十万人ぐらいは住んでいる。その中からある程度生活圏に絞って虱潰しをしても、一日二日で見つかるようなものじゃない」

「……んぐ、そのとおりだ。だから僕達のクラフトカードにはホルダーサーチが備わっているし、当然相手もどれだけ人海戦術を駆使しようと"最終的にはホルダーサーチかエンカウントで相手を確認しなきゃならない"」

「! そうか。こっちは俺が顛帯観測を使って目で探せばいい。だけど相手はカードでサーチをする手間が入る」

「それに加えて、組織で動く以上は指揮系統も存在するはず。規模にもよるが、それでも行動までにワンアクション……ホルダーサーチも含めれば更に動くまでに時間がかかってしまう」

「俺が調べて、お前が戦う」

「僕達は少人数だからこそ機動力がある。調査能力に特化した君のクラフト、戦闘能力に特化した僕のクラフト。役割が決まっているからこそ、それ以外はできないが、"ゆえに早い"。僕らはモールでの戦いと同じ事を繰り返すだけで、相手にとってはそれが電撃戦となるんだ」

 高い機動力を生かした立ち回り。

 星弥が敵を見つけ、晶がそれを叩く。

 実にシンプルだが、それゆえにブレが生じない。

 相手を発見してからの連絡、そこからの行動力。

 敵がもしも組織力をもって動いていたとしても、"攻撃を受けてから救援を呼んでいては遅い"。

 ましてや、星弥の顛帯観測は見ただけで誰がホルダーかを識別できるのだ。

 手に入れた当初こそ星弥にもそこまでの実感はなかったが、最初に考えた以上にこの能力は稀有であり、とても重要な力だ。

「君の顛帯観測は今後の戦局を大きく左右する力だ。ホルダーサーチですら捕捉できない距離からのホルダーサーチ。君の能力と僕のレジェンドさえあれば、僕らが勝つことは決して夢じゃない」

 そう言って笑みを浮かべて、晶は二口目でアイスバーを駆逐する。

 二口目でようやくアイスバー上部が欠けた程度だった星弥は、アイスの味を噛み締めながら晶の力強さに希望にも似た光明を抱いた。

 無理がすぎる行動力は少し考えものだが、その前向きな姿勢は星弥にはないものである。

 こいつとなら、いけるかもしれない



 ……だからこそ、そう実感すると同時に星弥はその先の結末から目をそらした。



 二人ならば、生き残れる。

 勝ち残れる。

 最後の最後まで、共闘できる。

 だから、最後まで勝ち残ったその時。







 日月星弥は――姫乃城晶という光と対峙せねばならないのだ。







 『ナイアーラトテップの微笑み』


  ゲーム続行 九日目




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