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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
光に棲むもの
18/20

16/リザルトⅠ

 星弥が風呂からあがってくると、晶はクローゼットから取り出したらしいTシャツと自前のジーパンを身に着けていた。

 その格好でベッドに座り込みテレビにかじりついているので、星弥はひとまず冷蔵庫を開ける。

「晶、飲み物いるか? 緑茶しかないけど」

「ああ、頼む」

 何を真剣に見てるんだ? そう思って近づいてみると、子供向けのアニメ映画始まっていた。

「それ、観るのか?」

「どうせ0時までは暇だろう? アニメは苦手か?」

「いや、むしろ好きだ。しかもそれは前から気になってた奴」

「なら僕も見るから静かにしてくれ」

 ぴしゃりとそう言い切った晶に無言で了承して、星弥もテレビに見入ることにした。


 ……映画が終わり、スタッフロールが早送りで流れだしたところで、星弥は立ち上がり時間を確認する。

 ノーカット放送だったようで、終わってみれば時刻はすでに日付変更線までやってきていた。

「そろそろ経過報告だな」

 映画の感想でも出てくるのかと思ったが、晶の方は既にスイッチを切り替えたようでクラフトカードをしきりに確認している。

 星弥はそれを内心で残念がりながら――今日見た映画には突っ込みどころが多すぎた――、すっかりヌルくなっていたペットボトルを冷蔵庫にしまう。

 その他、コップを洗ったりして微妙なあまり時間を過ごしたところで、日付かわりけたたましい電子音が鳴り響いた。



『八日目が終了しました。経過報告を開始します。▽』


『今日の一言:ホルダーサーチにはクールタイムがありますが、長い目で見ればごく短い待機時間です。

       重箱の隅をつつくようにサーチを続ければ、おのずと敵を見つける事ができるでしょう。▽』



 いつも通りのメッセージに、ちょっと気の抜けたアドバイス。

 お互いに無言で自分のカードを読み進める二人は、次のページ、次のページと順繰りしてそれらを読んでいった。



「――つまり、超能力者同士によるバトルロアイヤルー、みたいな?」

 へらっと笑った白衣の女……園子のあっけらかんとした告白に、鮫島は苦虫をよく噛み潰してから飲み込んでくそまずい、と叫んだ時のような顔をした。

「はぁ?」

 それから改めて、なんだそりゃふざけてんのか、という言葉の集合体である反応を二文字にこめて放つ。


 ――ショッピングモールでの一件の後、鮫島たちが招かれたのは深夜の此咲市市役所。その一角にある会議室だった。

 『超研此咲支部』と張り紙が貼られたそこには、情報機器各種や様々な資料、鮫島にはよくわからない設備も含めて様々な物資が詰め込まれ積み上げられそびえ立っていた。

 そんなIT機器ジャングルの中に申し訳程度に設置されたパイプ椅子と長方形の会議テーブル。

 そこに詰める形で席についた鮫島、部下の『小境亮子』、超研・SPRONスプロンのリーダーである『小野原園子』、そして"モールの惨劇の張本人"である『大野美幸』らは改めて面通しと相成った。



 そうして笑いながら紙コップのインスタントコーヒーをすすめてくる園子が語り出したのは、鮫島にとって夢物語にも近い荒唐無稽なゲームの話だった。



 ある日突然送られてくる招待状。

 舐めると超能力に目覚める飴。

 高性能多機能なインターフェースを持ったカード端末。


 にわかには信じがたい、都市伝説じみた話が続く。

 しかし、それを馬鹿らしいと足蹴にできる鮫島もすでに消えかけていた。

 この数日間で幾度と無く出会った異常、脅威、非日常。

 その全てが経験値となり、鮫島に訴えかけてくる。


「……本当にそんなものが……あるってのか……?」

 それでも、鮫島はそう問わずにはいられなかった。

 捜査一課の刑事とて異常な事件には関わるが、それでもそれは人の子が起こした事件。

 人智を超えたものを受け入れるために、その問いは必要な工程だったのである。

「ええ、そりゃあもう。ばっちりありあす」

 だからこそ、快活な園子の肯定は鮫島の骨身にしみた。

「……実際、そちらの研究施設ではこのゲームをどうお考えなのですか?」

 亮子がやや控えめながらに、鮫島よりも先に反応を示す。

 モールでの一件からしばらくは嫌悪的な態度を崩さなかった亮子だが、自分の中でそれなりに整理はついたのか、鮫島よりも落ち着いた佇まいである。

「うーん? どうとあ?」

「"Supernaturalスーパーナチュラル Powerパワー Researchリサーチ Organizationオルガナイゼーション japaNジャパン"……超能力研究機関である貴方たちの見解を聞きたいのです」

 亮子の堅苦しい聞き方に、園子はふーむと考えるような仕草をして、紙コップのコーヒーをすする。

「にが。美幸、角砂糖ちょーだい」

「五個ですか?」

「うんー」

 角砂糖がぼとぼとと入れられるのを、鮫島はオエ、というような顔で見届ける。

 それを知ってか知らずか上機嫌でコーヒーをすすり満足した園子は、ここまで眉一つ動かさずに園子を見つめたままの亮子に視線を合わせた。

「……実際、現象として確認できるものが超能力以外の何物でもないですからねぇ。あたし達の間では、"C2(シーツー)"と呼んでるんですけど」

「シーツー?」

「あい。Cの2と書いて、C2です。ここ十年ぐらいでそこそこ表に出てきた超能力とか、異能力とか、そういうものの総称ですね」

 亮子の質問に快活に応える園子。それを興味深げに聞き入る亮子に対して、鮫島は早くも睡眠導入効果を得られたらしく、無言でブラックコーヒーをすする。

「もともとスプロンであその名の通りの超能力研究とその開発……いわゆる透視の訓練だとか、座禅組ませて浮かさせようとか、そういうのを科学的に検証しながらやってきてたんですよね。三十年前までは」

「……すると、三十年前に何かがあったんですか?」

「ええ、ありあしたとも。国家機密ですけど」

 笑顔で国家機密をうたう園子に、亮子は顔を訝しめる。

「いあいあ、国家機密といっても現場レベルでは普通に周知の話ですから、お話できあすよ」

「……いいですか? 鮫島さん」

「いいですかって……あのな亮子、好奇心旺盛も良いが、俺ぁ国家機密を知って命を狙われるとか映画みたいなのは御免だぞ」

「大丈夫ですって。公然の秘密というかあんというか、ぶっちゃけこれを言いふらしたところで"意味ない"ですから」

 そう前置きをして、園子は語りだす。

 深夜の会議室に彼女のどこか舌っ足らずな声だけが乗り、鮫島と亮子はそれに自然と聞く体勢に入った。

「……まずはじめにC2。これ、元々は語源が二つありあして。……鮫島さん、中二病って知ってます?」

「ちゅうにびょ……なんだそりゃ。病気か?」

「思春期、特に中学二年生ぐらいの年頃の子供が、コンプレックスから自分に特別な力があるって思い込んだりするようなもの……でしたよね?」

「亮子、しってんのか」

「ある種のスラングみたいなものですが。元々はラジオ番組のコーナーの名前だったはずですが」

「へー……」

 亮子の解説に鮫島が感心したところで、園子がぴっと指を立てる。

「その中二病です。あんていうんでしょう、盗んだバイクで走りだすレベルのものから、自分はある組織のエージェントあんだ、という演技をはじめたり、超能力を持っているんだと思い込んだり、そういう思春期に見られる独特な行動についた名前ですね。別に本当の精神疾患というわけじゃあいです」

「で、その中二病ってのが?」

「ええ。三十一年前、東北の田舎町にある中学校に、かなーりレベルの高い中二病の子がいあして。仮にAくんとしましょう」



 『我は炎の神クトゥグア。全ての炎熱を司る者なり……』

  Aくんが実際にどういったのかは定かじゃないんですが、中学校の一年生、初めてのクラスの自己紹介で彼はそう名乗りをあげたそうです。

  ま、これが想像するだにかなり痛々しい出来事だったのは間違いないんですが、もっと痛々しかったのはその後のいじめだったわけでして。

  当然のように、鮮烈な中学校デビューを飾ったAくんは嘲笑の対象となり、一部の生徒からいじめが始まったそうです。

  いじめの内容については管轄外なので資料に目を通してませんが、まあ想像できる範囲のものは大体されたそうで。

  ……ここで注目すべきは、Aくん自身の態度あんですけどね。彼、そんないじめを受け続けても全く改心せず、ずっと炎の神を名乗ってた。

  だから教師としても彼の態度の改善がみられず、保護者にも話を通して休学をすすめてもいたわけですが、Aくんは学校に通い続けた。

  もう、この時点でかなりの異常性があった事を確認すべきだったのかもしれあせんね。

  そうこうしているうちに学年がかわり、二年生。

  すっかり有名人になっていたAくんもクラスが替わるという事で、心機一転、ターニングポイント、元担任もまじえて必死の説得がなされた。

  そして、クラスでの自己紹介。そこで、彼は初めて"公式に記録された"患者となりました。

  Center2Syndromeセンターツーシンドローム。中二病症候群と名付けられたこれの初めての患者。

  この日、彼は教室一つをまるごと火の海にして、忽然と姿を消した。



「教室一つを火の海に? 放火じゃねえのか?」

「公にあそーなってあすけどね。その火災で教室内にいた生徒の多くが焼死、生き残ったのは教師一名、女子生徒二名」

「……おかしいですよね、それ?」

 園子の言葉に、亮子が小さくそう呟く。

 そう指摘をうけて、鮫島もその疑問に行き当たる。

「……ああ、おかしい。"火災で焼死"っていうのは不自然だ。それをいうなら"爆発による即死"とかじゃないのか?」

「いえ、これがね。隣の教室でもこの騒ぎのあとに目撃者がいたんですが……彼らが全て同じ証言をしてるんです」


 騒ぎを聞きつけて駆けつけたら、教室内が炎に飲み込まれてみんなが燃えていたと。


「教室内が炎に……? 爆発ではなく?」

「可燃性のある液体……例えばガソリンを撒いたにしても炎が教室を包み込む程なんてありえない。そのレベルでガソリンがまかれれば匂いで気付くし、逆にただ放火しただけなら逃げ出す時間なんていくらでもあったはずなのに……」

「ですから、教室内を炎が包み込んでいた、ただそれだけなんです。彼が炎の神になったのか、"炎の神そのもの"だったのかあしりあせんが、とにもかくにもこれが正式にC2……ChaosControl(ケイオスコントロール)能力によるものと思われる最初の事件だったわけです」

「けいお、こんとろ……? まぁた難しい単語がでてきたな……」

「まあ、C2に関しては色々雑学がありますが細かいところは省きあしょう……とにかく、三十年前のこの事件以来、日本国内で不可解な事件が公に多発するようになってきた」

「公に、とは?」

「そのままの意味ですよ、亮子さん。ぶっちゃけた話、非公式には"そういう出来事"はたくさんあったわけで、例えば平安時代の陰陽師とか、どこぞの国の魔女狩りとか」

「おいおい……また話がとびやがったな……」

「今のあたとえですけどね。ようするにそういう勢力が少なからず現代まで細々と生き長らえてきている、という事だけ認識していただければ」

「……いわゆるオカルト集団ってやつか」

「あい。そのオカルト集団であるところの彼らが、あたしたちスプロンに接触してきたのが二十年前でした。超能力の存在を認めてやるから、最近起きている事件について調査をしてほしい、ってね」

 あたしたち、二十年前でしたって……こいつ何歳だ? 鮫島がその疑問を口にしようとしたところで、

「わっ!?」

「きゃっ」

 そこまで横に控えていただけだった少女……大野美幸が大きな声をあげた。

 それにつられたのか、小さなかわいらしい悲鳴が隣から聞こえた気がして鮫島は亮子をみた。亮子は我関せず、といわんばかりに前を向いている。

「おー? あーもう0時か。美幸、経過報告きたん?」

「はい、きました。……全く、音だけ無駄にでかいんだから。ボリューム調節機能ぐらいつけなさいよ……」

 美幸は何かをぶつくさいいながら、例の黒いカード――大槍に変身した謎のカード――を取り出していじりだす。

「なんだ、その経過報告ってのは?」

「あー、ようするにゲームの一日置きのリザルトっていうか、戦績っていうか、そんあんです。残りプレイヤーの数とかね」

「残りプレイヤー……そんなもんがわかるのか? 本当にゲームのようなもんじゃねえか」

「ええ、そりゃあもう。これだけ手の込んだ仕組みを、いったい誰が考えたんだか」

「園子さん、出ました」

 美幸の声に、園子の表情がすっと消える。

 それに薄ら寒いものを感じたのは鮫島だけだったようで、特に流れは止まらずに美幸は経過報告を語り出した。

「それじゃあ、順番に。まず、今日までのプレイヤーの数から……」





『九日目を迎えたプレイヤーは八人。八日目のリタイアは一名となりました。▽』




「ようやく今日ので八人か。てことはいよいよ"秒読み"だ、待ちかねたぜ」


 ――その室内で一時間ぶりに発せられたのは、そんな低い男の声だった。


 時刻は0時過ぎ。

 日付が変わったばかりの室内は白灯で照らされ、観葉植物、黒いソファが二つ、豪奢なテーブルなど、デザインから応接室のような場所である事がわかる。

 その室内のソファの一方に座る黒い男……彼がその声の主だった。

 ぼさぼさの髪の毛は肩まで届くような鬱蒼とした茂り具合。

 180近い身長に対して体つきは細く、夜とはいえ蒸し暑いこの季節に黒のスーツにコートといった出で立ちだ。

 季節の変わり目にジャングルでうっかり遭難して、数ヶ月後に帰ってきた中年サラリーマンみたい……と評したのは、彼の"対面に座っている少女"なのだが、そんな彼女も男に釣られて一時間ぶりに口を開いた。

「……びょう読みも何も、先走って人数をへらしたのはあなたでしょ、ジョージロー?」

 長い金髪に碧眼、雪のような白い肌。そこに白のフリルワンピースとまできて、絵に描いたような深窓令嬢を思わせる少女がそこにいた。

 白と黒のコントラストがはっきりとしている男と少女は、そうして一時間ぶりに言葉をかわす。

「あれは突発的な遭遇だったから仕方なかったんだよ。まさかその辺を散歩してたら見つかるなんて思わねえだろ」

「そんなの、"ジョージ・ブラック"なら回避するぐらいわけないじゃない。『リスクかんりもコントラクターの仕事』よ」

「リリィは手厳しぃなぁ……おれだって逃げられるもんなら逃げたかったけどさ……な?」

 そう言って男……黒乃丈二郎くろの・じょうじろうは、相対する少女にフレンドリーな笑みを浮かべた。

 無精髭のむさ苦しい親父に微笑まれて、リリィと呼ばれた少女はあからさまに嫌そうな顔をする。

「……であった時からそーだとは思ってたけど、あなたって単なるバトルマニアよね。今日のもわざとでしょ?」

「それに関しては否定も肯定しないが、バトルマニアってんならジャクソンのおっさんも同じだろうが」

「あら、パパは紳士だからいいのよ。ね、パパ?」

 そう言ってリリィは、"左隣に座っている初老の男"に抱きついた。

 ああ、そういえばそこにいたな。そんなふうに丈二郎が感じた白髪混じりの金髪の男……ジャクソン・キングは、彫りの深い顔をぴくりとも動かさず、寡黙にソファに座りこんでいる。

 全身黒尽くめ、全身白尽くめの丈二郎やリリィに対して、ジャクソンはあくまで"普通"だ。

 半袖のトレーナーにジーンズという格好は、ここが日本の応接室でなければ、良くあるファミリーライクな北米人を思わせる容姿である。


 ……もっとも、そう思わせるにはジャクソンが抱きついてきたリリィを撫で、笑顔で抱きしめでもしなければならないのだが。


 結果として、ジャクソンはポンとリリィの頭に手を置きそれ以上の反応は示さなかった。

 ふてくされたようにリリィが頬をふくらませるが、そもそもリリィに目線を向けていないジャクソンはそれに気づかない。

「ブリーフィングの開始時刻から七分が過ぎた。クライアントはおやすみかね?」

 しわがれた尊厳ある声が、ぴしゃりと応接室の空気を引き締める。

 知らねえよ? と丈二郎は目線を斜め上にもっていき、リリィはむすっとした様子でぽすんとソファの上に座り直す。

 そうして十数秒間の沈黙が続いた後、ジャクソンの疑問に応えるように室内に声が響き渡った。

『……いえいえ、聞いておりますとも。ただ、少しはゆとりを持った方が貴方がたも緊張がほぐれるかと思いまして』

 機械を通したモザイク混じりの音声は、男のものとも女のものとも判別がつかない。

 それが応接室の上部に取り付けられたスピーカーから発せられたことで、ようやくジャクソンが促した"ブリーフィング"が開始と相成った。

『まずは状況説明を。えー、ジョージ・ブラック?』

「俺かよ……」

 めんどくさそうにソファに身を沈めて、丈二郎は取り出した端末……"クラフトカード"に目を通し、簡潔に経過報告を説明していく。

「……作戦開始から九日目に突入。現時点で残ったプレイヤーは八名。晴れてクライアント様のご希望通り、ごく少人数のプレイヤー同士での戦闘状況になったわけであります」

 クライアントと呼ぶにもかかわらず、丈二郎はふざけ倒した口調のまま、スピーカーの声の主にそう説明を垂れ流す。

「我々はゲーム開始から現時点までの潜伏を無事遂行、被害はなし。"突発的な戦闘"はありましたがこれを退け、ゲーム参加者の25%にあたる勢力を確保している事になります、はい」

 それに対して暫くの間が空き、三十秒ほどして再びスピーカーから声がふってくる。

『いいでしょう、丈二郎。貴方の"今日の責"は問いません。この状態になるまで待って頂いたわけですから、それぐらいの融通はきかせます』

「……きかせてくれて感謝しますよっと。ま、散々ひとをこの年中有休の無人ビルに閉じ込めておいて、"今更これをドン"、っていうほど生真面目な依頼主じゃなくてよかったよ」

 トントン、と丈二郎は首にあるそれを人差し指で小突く。

 丈二郎の太い首に巻きつけられているのは、彼に似つかわしくないシンプルな首輪だ。やや機械的な雰囲気をもっているが、特別高価な代物にもみえず、よくも悪くも無機質な一品である。

『わざわざ中東に出張っていたコントラクターの君たちを呼び寄せたのですから、このような些細なことで"それを爆発させる"つもりはないですよ』

「PMC(民間軍事会社)の名指しならありますが、そこで働く戦闘要員コントラクターを名指し、っていうのはね。まさか地元から声がかかるとは夢にも思いませんでしたよ」

『日本人のコントラクターは貴重ですからね。今回の依頼には適任だと思いまして。来てくださって感謝していますよ』

「ははっ、なにせおれの月給の十倍を日当だからな。退職願を出してでも食いついたぜ」

『サラリーマンよりも安いのでしょう? PMCの月給は』

「ああ、やすいなんてもんじゃねえ。不況だ何だって言っても日本でレジでも打ってる方が金になるぜ」

『それでも、貴方は傭兵を選ぶのでしょうけどね』

「そりゃ、まあな」

「無駄話はそこまでにしたらどうだ」

 たしなめるという言葉が裸足で逃げ出すような低い声が、丈二郎とクライアントの会話を一刀両断する。

 シン、と会話が途切れたところに、リリィが小さく笑う声がはっきりと広がった。

「……ジャクソンの旦那がお怒りだ、クライアント様。おれの保護者のためにも、そろそろ三者面談をはじめてくれ」

 世間話は日本人の悪い癖ですね。そう自虐するスピーカー越しのモザイクボイスを丈二郎が鼻で笑うと、それで与太話は終了した。

『……では、本題に入りましょう。"ゲーム"も中盤をすぎ、最終段階に突入しました。これより貴方達の待機命令は解除、各自自由に戦闘行為を行なってください。事前に申し上げました通り、銃火器などの法的規制のあるものは一切禁止、配給されたゲームの武器のみで戦う事』

「"敵"の生死は問わないんだったな?」

『わざわざ聞くことですか? このような形式ですから一般人も参加していますが、彼らの大半は既にリタイアしたと見ていい。今残っているプレイヤーは、間違いなく実力者であり、"何らかの組織の息がかかっているはずだ"』

 モザイク越しにも、声色が冷ややかになるのを丈二郎は感じた。

『目下"我々"の敵となるのはその企業や組織のオーダーで参加しているプレイヤーです。一般人が残っていてもこれらは雑魚と考えて構いません。組織力、資金力、そして何よりもこのゲームへの事前知識の量。これらが潤沢に揃っているプレイヤーこそが厄介です』

「おたくもその組織の一つに入ってるわけだけどな」

『ええ、"我々"もこのゲームには執着がありますからね。このゲームの存在をしっているグループならば誰もが優勝したい、優勝賞品を手にしたい』

 その優勝賞品ってのをあんたらは何に使うんだ? そう質問しようとして、ゲームルール以外のゲームに関する質問は一切禁止、という項目を丈二郎は思い出していた。

『今まではあくまで参加意思のある"我々"の仲間が参加していましたが、結果は芳しくなかった。だからこそ、今回は戦闘のプロである貴方がたに来ていただいたのです』

「特に俺は、日本人だから都合がいいと」

『その通りです。ですから、本日からの戦闘行為に関しては指示以外のものは一任しますが、なるべく穏便に、騒ぎ立てずに、それを踏まえた上での依頼だと思っていただきたい、ジョージ・ブラック殿』

「へい、へい」

 お前までそのあだ名で呼ぶなや。そう返そうかとも丈二郎は考えたが、そんなブラックジョークでジョージ・ブラックの首が吹き飛ぶのもいただけないな、とそれを飲み下す。

「敵勢力の情報はないのかね?」

 不意に声を出したかと思えば、簡潔な質問を飛ばすのはジャクソン・キングである。

「パパの言うとおりよ。そういうぷれいやーがいるなら、どんなかいしゃがぷれいやーに息をふきかけてるのか、わかるんじゃない?」

 簡潔な質問に言葉を次々と足したのはリリィ。

 ……実際、丈二郎にしてみてもそのあたりの情報は欲しいところだった。

 今回のクライアントはあくまでさる筋から、という形で現場にはその正体が明かされない怪しいこと極まりない仕事だが、その情報収集力はその辺の情報屋にはかなわない部分があると丈二郎は認めている。

 パスポートなどの各種手続き、都心だというのに全く汚れのない潜伏先の確保、どこから持ちだしたのか契約条件である高性能な『首輪爆弾』。

 丈二郎としては銃がないのは寂しかったが、場所が日本だけに仕方ないとは考えていた。

 だからこそ、普段よりもはるかに、情報源は必須、相手の爪の先から足の先まで調べあげたようなデータがほしいのだが……。

『もちろん、こちらである程度のリサーチはしています。ですが……』

「……ですが?」

 丈二郎が生返事をしたところで、スピーカーから軽々しく転がり落ちてきたのは、笑えない爆弾発言だった。



『どうやら、相手は国ぐるみみたいでして。敵はかなり強大ですよ』



 丈二郎が。

 ジャクソンが。

 リリィが。

 その一言で、狂気を感じるほどの満面の笑みを浮かべた。










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