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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
光に棲むもの
16/20

14/アウトサイダー

 白亜の人型と、女性を模した蜘蛛の戦いは、そうして決着した。

 三本目の脚が飛び、地面に転がり甲高い音を立てる。

 それを合図とするように飛び退いた人型……晶は、戦いの結末を見守るように悠然と佇む。

 対する蜘蛛女……クラフト『レディ=ナチャ』は、崩れるようにして地面に体を預ける事になった。

 ナチャの胴体に赤く残る切断面が、ゆっくりと冷却され鉛色へと戻っていく。

 胴体左側にあった三本の脚を切り落とされたナチャに、もはや自立する術はなかった。




 星弥がこの場を去ってから十分弱。

 軽車両並の体躯で高い敏捷性を持つレディ=ナチャは、ゆっくりとだが確実に、晶によってその性能を削ぎ落とされていった。

 ……驚嘆するべきは、実に三度の特攻劇。

 一度目だけならいざしらず。二度目の成功によりナチャの動きも鈍ったとはいえ、晶は三度、鉄糸の刃による斬撃をくぐり抜けて彼女の身動きを完全に封じた。

 それにどれほどの勇猛さと緻密さが求められるかは、晶自身にしかわからないだろう。

『……ふぅぅ』

 小さく長く息を吐く。晶はそれで"少しだけ乱れていた"呼吸を整え、そうして最後の攻撃動作に入った。

『フォトンブレードの残弾』

【>フォトンブレード:展開可能時間 2分32秒】

 想定していたよりは消耗しなかった。だが、目の前の『デカブツ』を料理するには少し足りないか。

 そもそも、このクラフトがどういう理屈で動いているかがわからないから、何をすればとどめになるかもわからない。

 女性部分の心臓を貫く? 首を跳ねる? それとも蜘蛛の胴体にそれに類するものがあるのか?

 晶……否、レジェンドのバイザーが、目の前に横たわり、身動きをしようとするもその場で揺れ動くだけのレディ=ナチャを認識する。

 バイザー越しに表示されるインターフェースは実にシンプルで、光学のような文字で距離、高度、そして先程から流れているシステムメッセージがその都度、視認しやすい位置に表示される。

 だが、それだけだ。

 [ENEMY]と断定し目の前の蜘蛛女をマークするが、それ以上の能力はレジェンドには備わっていない。

 音や視界内に対する反応は可能だが、遠くを見たりそれを調べたり、というような能力はないのだ。

 手間だが、徹底的に破壊するしかないだろう。少なくとも、ロクに身動きできないこの状態ならば問題は――


【>後方で破砕音を確認】


 システムメッセージが表示されたとほぼ同時に、晶は遠くから響く音を耳にして後方を見た。

 正面から何かが――土煙、破片、轟音を撒き散らして何かがくる――ッ!!

『シールドッ!!』

 反射的に左手にある店舗内へと背中から飛び込み、両腕の甲でガードの姿勢を作る。

 ショーケースを突き破り、マネキンや服にからまりながらも店内に滑り込んだ晶。その両腕から透き通った膜のようなものが広がり盾となったのに僅かに遅れて、"それ"が晶に襲いかかった。

 黒い弾丸の雨。

 晶の視界が捉えたのは無数の黒い何かがあらゆるものを貫き食い破るかのように襲い来る光景だった。

 星弥のように視力が超強化されているわけではない晶には、それが虫の群体のようにも、石つぶての雨のようにも思えた。

 装甲レジェンドが悲鳴を上げる。警告音が鳴り響き、全身の装甲を通してそれらがレジェンドにダメージを与えるのを肌で感じた。

 半透明の膜……シールドは正面からくるその黒い何かを逸らし防ぐが、それでもシールドで補えない箇所から弾丸が飛来する。

 膝に一瞬の激痛。装甲を貫通したのか。だが痛みはすぐに収まる。

 五感よりも肉体そのものの強化に長があるレジェンドの『身体強化』が、晶本来の痛覚を大丈夫だと鈍らせる。

 ――永遠よりも長い一瞬の台風が過ぎ去る。

 背中を打ち付けるようにして着地した晶は、ほんの数秒思考を白くするだけに留めて、脳の機能を回復させた。


【>装甲各部にダメー――

【>シールドの展開終――

【>警告、関節部に異――


 視界がぼやけるのを、頭を振って晶は立ち上がる。

 ……同時に、右足がぐらつくのを感じた。砕けた装甲板には風穴が空いている。中が見えそうだったが、今はそれを確認している暇はない。

 何かが起きた。

 何かが起きたが、正確な状況は把握できない。

 再び店の外に飛び出すと、その光景に晶は葉を失った。

 台風などではない。これは竜巻、嵐の類のものだ。

 えぐり削られたようにめくれ上がった道路、全てが蜂の巣にされた店舗街。

 何が起きたのかは未だにわからないが、少なくともこのモールを対象にした"制圧"が行われたのだと晶は断じた。

 それと同時に、一度レジェンドをクラフトカードに戻し、壁によりかかりながら何かが来た方向……南口へ向けてサーチをかける。

 もしもさっきの攻撃がクラフトによるものだとするのなら、この先にホルダーの反応がある可能性はある。

 ……もっとも、"今過ぎ去ったものがクラフト"だったとしたら話は別だ。その場合は――。

 サーチに結果が反映される。

 反応があったのは、ここより上……二階フロアの数百メートル先に一つ。それのみだ。

 これはおそらく星弥だろう。晶はそう推察すると同時に、今この場を蹂躙していったものがクラフトに類するものである事も強く意識した。

 射出型のクラフト、それとも乗り物のような何かか?

 それは突進するだけか? 放たれた後に回収しなければならないもの? 勝手に戻ってくる?

 脳内でいくつかの可能性を並べて、それら全てを追いやって晶は『撤退』を選んだ。

 元々、ここに訪れたのもホルダーを倒すという目的のためだ。

 その目的が果たされた以上、もうこの場に用はない。今はあまりにも、この状況は不利だ。


 ……一瞬だけ、晶は後ろにあるものを見遣る。

 昔観た、未来からやってきた水銀ロボットが敵の映画を思い出した。

 大きく穿たれ、大穴を空けるように歪んだ鋼鉄のオブジェ……レディ=ナチャだったものは、そうして徐々に塵と化していく。

 それを確認して、晶は再びレジェンドを身に纏い、二階フロアへと跳躍する。

 晶が星弥を見つけるまでにかかった時間は僅か一分程で、そのまま二階フロアで座り込んでいる星弥に駆け寄った。




 それとほぼ同時に、星弥も左手から駆け寄ってくる晶を見つけて、座ったままながらに幾らかの視線を向けた。


 あれは……晶? という事は、やはり"東雲のクラフトを倒した"のか……?

 呆然としていた星弥は、駆け寄ってくる晶がクラフトを解除していないのを見て、徐々に思考を回し始める。

「あき、ら……晶! 東雲のクラフトを倒したのか!?」

 開口一番にそう叫ぶ星弥に、晶は歩幅を緩めながら近づく。

 東雲、という単語に一瞬疑問を浮かべながらも、それが例の少女である事を理解して晶はこくりと頷く。

『ああ、倒した……というよりは、正確には追い詰めたところで"横槍"があったというべきか』

「横槍?」

『君も見たんだろう? いや、視認していたのなら、僕よりも君の方がはっきりと"見えた"はずだ』

「…………」

 僅か数分前の出来事を、星弥は明確に再生しきれない。

 だが、一階フロアを貫いた暴風は、確かに何らかの武器であり、この状況でそれが可能なものといえば、クラフト以外に思い当たらない。 

「あれは、槍だ……勝手に飛んでたのか、投げられたのかはわからない。骨みたいな大きな槍が水平に飛行して、柄の部分から刺みたいなものを周りにばらまいてた……」

『文字通りの投槍という事か。なら、これ以上この場に留まるのも危険だ。さっきサーチをかけた限りでは相手はホルダー一人のはずだが、ここはあまりにも"場所が悪い"』

「お前のレジェンドでもか?」

『前にも説明した通りだ。レジェンドは白兵戦には長けているが、君のような動体視力も、遠目も効かない。少なくとも真正面からやってくるあの槍を掴む、なんて芸当は不可能だ』

「多分、ホルダーがいるのは南口のエントランスホールだ。ただ……」

『ただ?』

「このショッピングモールを警察が囲んでいる。もしかしたら……『グル』かもしれない」

 確証はない。だが、星弥が目にした情報を整理した結果導き出せる答えはそれしかない。

 ショッピングモールを警察が包囲、客を避難させて封鎖。その後に、一本道となったこの"射的場"を、あの槍で面制圧する。

 そんな馬鹿げた作戦行動ができるのか? そう疑問がよぎりもしたが、実際にこの状況になっている以上は間違いないのだ。

 星弥の真に迫る言葉に、晶は数秒沈黙してから、すぐに背を向けた。

『なるほど、公的機関か。いつかは来るだろうとは思っていたが、折り返しを過ぎてようやく腰を上げたか』

「……なんだって?」

『おかしいとは思わないか? ここ数日だけで犯罪紛いのゲームで暴力事件になるような出来事が何件も発生しているのに、ニュースでは殆ど取り上げられない。話題になったのも殺人と病院の一件だけだ』

「……それは」

 それは、確かにそうだが。

『君とはまだこのゲームに関してあまり情報共有していないが、少なくとも"このゲームに国が関わってるかもしれない"という推測には至ったのだろう? なら、その認識は僕も正しいと考えている』

「じゃあ、南口にいるホルダーは」

『そこまではわからない。だが、何らかの意思をもってゲームに参加したホルダーが、"誰かの意思によって参加した"可能性は否定できないという事だ』

「…………」

 どれだけ言葉をかわしても、出てくるのは推測、想像、憶測ばかり。二人の間に沈黙が生まれる。

 それを合図にするように、晶が再び口を開いた。

『この件に関しては後にしよう。とにかく今は、ここから脱出しなければ』

「そうだな。だけど、どうやって出る? 北口に逃げるか?」

『当然、そっちも封鎖されているだろうね。だが、警察とはいえ所詮は人間だ。ホルダーが他にいないとは断言しきれないが、ただの警官相手ならば力ずくで逃げる事もできるだろう』

「だけど最悪、顔を見られる」

『ああ。それに、僕はともかく君が危険だ。数で来られたらまず対処できないだろう? 顔を見られる心配があるのも生身のままの君だ』

 ずけずけと指摘する晶に、星弥はうんざりしながらなげやりに言葉を返した。

「……ああ、全くだよ! こんな所で足手まといにはなりたくなかったが、何とかできるなら何とかしてくれ!」

 星弥の開き直った態度に晶は背を向けたままだったが、そうして帰ってきた晶の声は場違いに明るいものだった。

『フフッ、口が減ってないなら大丈夫だ。安心しろ、君を見捨てるつもりはない』

「おい、今笑ったな?」

『何、横腹をつねられた程度さ。……脱出の算段はついた、いい加減追撃がくるかもしれない。すぐにでも逃げるぞ、一分で仕度してくれ』

「仕度って……何を?」

『顔を隠すぐらいの事はしておけという事だ。多少埃っぽいだろうがそこの店に何かあるだろう、それで顔を隠したらすぐに出るぞ』

「だから、どこからだよ!」

 自身に満ちた力強くも透き通った声。

 それにあてられた星弥が勢い任せに聞き返すと、晶は改めて星弥へと振り返った。

 その顔はフルフェイスに覆われてわからなかったが、星弥は確かに、晶が笑っているのを感じ取った。


『何てことはないさ。北と南が封鎖されているなら、空いている出口からでていこう。堂々と二人揃ってね』




 *





「――さーん、にー、いーち、ハッシャ!!」



 とぼけたような園子の掛け声と裏腹に、鮫島が見たのは"人類を超越した投げ槍"だった。

 数メートルの深さをもつ水槽には波々と水が注がれていて、それが海水である事は事前に説明を受けていた。

 だが、それに何の意味があるのかがわからなかった。

 今、その用途を目の前にしても、全く意味がわからない。

 水槽に飛び込んだ大槍を持った少女……大野美幸は、不自然なほどに長時間、呼吸もせずに水に浸かっていた。


 そうして数分間海水に沈んでいた彼女が、園子のカウントダウンに合わせて、海水から飛び上がるほどに跳躍したのである。

 脳裏をよぎったのはドルフィンジャンプ。人間にそんな芸当ができるのかはわからないが、美幸という少女は"キック力だけで"水中から飛び上がった。

 そして、ありのままの言葉になるが。

 空中に躍り出た彼女は、文字通り、園子の説明に一語一句違わず、槍を投げたのである。

 耳栓をもらっていて、つけていて正解だった。

 放たれた槍のせいなのかわからないが、投げた瞬間、凄まじい風圧と衝撃がエントランスホールを襲った。

 腹の底から震えるような轟音と風で亮子がよろめいたのを、転ばないように腕を掴む。

 吹きすさぶ暴風に何人かのスプロンの連中も尻もちをついていて、園子はその中でも大笑いをしているのが印象的だった。


 ――僅か数秒の静止の後、その発射台であった少女は再び水槽に落ちる。


 水が弾け飛ぶ音だとばかり思っていた鮫島は、エントランスホールの奥……ショッピングモールから発生した破壊音を認識して息を呑んだ。

「お、おい! お前ら! 今、いま、何しやがったッ!?」

 冷め時は亮子の腕を離し、園子に駆け寄り、詰め寄る。

「え――? だ――、な―――で―よ」

 園子がそれに気づき悪びれた様子もなく口を開くが、耳栓をしていた為に聞き取れず、鮫島は耳栓を放り捨てる。

「ああ、まだダメですよ。第二射の予定もあるんですから!」

 そう言って耳栓を拾おうとする園子の肩をつかみ、鮫島は無理やり彼女と顔を合わせた。

「やだ、なんですか突然、でもごめんなさい、アタシおじさん趣味はなくて……」

 それでも園子は"おふざけをやめない"。それに怒りを覚えた鮫島の額から冷や汗が滴るのを盗み見て、園子は笑顔のまま冷めた目を向ける。

「……いいか。お前らが今何をしたのか、俺にはサッパリわからねえ」

「ま、そーでしょーね」

「だがな、何がどうなったのかわからなくても、"何をやらかしたか"ぐらいは理解できるんだよ……!!」

「ま、見りゃわかりあすからねー」

「今のは何だ!? 見ろ、ショッピングモールを! "アーケード街が一瞬で廃墟になっちまった"ぞ!!」


 ――そう叫ぶ鮫島にため息をついてから、園子は件のモール街、そのメインストリートを見やった。


 そこに広がるのは、徹底的に破壊されたショッピングモール。

 災害の直後かと見紛う程の破壊を、あの一投がもたらしたのだ。

 ……最も『そんな事は想定済み』といわんばかりに、園子の表情はピクリとも動かなかったのだが。

「あー、これあまずいですねー。たぶん復旧にあ年単位でかかりあすよ。ある程度の営業を再開できても、客足が戻るかどうか」

「ふざけやがって……!」

 鮫島が園子の方を掴む手に力を入れる直前、その腕をたしなめるように掴む手があった。

「すみません。園子さんはこういう方ですが、それなりに考えては行動してる人です。態度が悪いのは承知ですが……手はさげてもらえませんか」

 それは、この破壊の張本人……美幸という少女だった。

 水を滴らせる彼女はまさに海からあがってきたかのような様相だが、その表情には疲れも焦りも一切ない。

 だが、敵意はある。肩に手をおいたままの腕が徐々に強く締め付けられていくのを感じて、鮫島は悪態をついて手を振りほどいた。

 それを咎めるわけでも褒めるわけでもなく、白衣の襟元を直した園子は何事もなかったかのように美幸に顔を向ける。

「美幸、"ガーエヴォルグ"は?」

「投げてから二分ぐらいだから、そろそろ戻ってくると思いますけど」

「え、じゃあ離れてないと危ないじゃん! ほら、警察関係者ケガさせたらシャレならんから! シッシッ!」

「何言ってんですか、それぐらいは操作できますよ、ほら――」

 手で追い払う動作をする園子に対して、美幸は右手を後ろの方……誰もいない空間に向ける。

 鮫島はそれに首を傾げたが、園子はそれを見た瞬間にヒイ! と軽く悲鳴を上げて飛び引いた。

 同時に、それがやってくる。

 放たれた時とは全く逆に、その槍は無音で主のもとに帰還した。

 L字を描くように破れた天窓から床へ、そのままスムーズに美幸の手元にたどり着くと、飼い犬が主に擦り寄るようにゆるやかに手に収まる。

 この間に産まれた突風で、鮫島と園子が尻もちをついたが、美幸はどうだと言わんばかりの笑顔だ。

「いつでも第二射いけますよ、園子さん」

「……その前に、ホルダーサーチをしあさい。相手のホルダーが"生きてるかどうか"、確認しないと」

 その物言いに戦慄したのは、やはり鮫島だった。

 至極当然ではあるが、こいつらがどんな魔法を使ってこれをやっているかはともかく、それが"破壊活動"なのはまごうことなき事実。

 わかってはいた。わかってはいたが……署長は、俺と亮子に人殺しを手伝えってのか……!?

「な、お前……!」



「――何なんだこの茶番は! ふざけるのも大概にしろッ!!」


 鮫島が声を上げる直前、それを塗りつぶすような怒号が鮫島の背後から上がった。

 腹の底から湧き上がるような怒りを伴ったその声に、鮫島は聞き覚えが……いや、半ば確信をもって振り返る。

 毅然とした凛々しい表情の、鮫島の後輩がその立っていた。

 ……小境亮子。鮫島の部下であり、若輩ながらに捜査一課の女刑事。

 刑事にしておくには、鮫島の部下にしておくにはもったいない美人だと何人かに言われた事もあったが、改めてその顔をみて、否定する。

 こいつほど刑事って職業に……警察の"本来あるべき姿"が似合う奴も少ないだろうと。


 ――突然の声に、スプロンのメンバーも一斉に動きを止め、視線を亮子に集める。


 それに物怖じもせず、小さく息を吐いた亮子は園子の前に勇み、立つ。

「今何て言った!? 生きているかどうか確認しろ?! これだけの警官を呼び集めてショッピングモールを包囲させて! その上"あんなわけのわからない奴ら"に客の避難までさせて、それでやっているのが殺人だと?! 貴方は仮にも組織のトップだろう、スプロンは治外法権の一種だとでも言うのか!?」

「あ、あんたねぇ……!」

 先にその言葉攻めに耐え切れなくなったのは美幸だった。彼女もまた園子と亮子の間に割ってはいろうと動くか、そうする前に園子が口を開く。

「美幸、ホルダーサーチをしあさい」

「で、でも」

「ホルダーサーチをしろっていったの。……逃げられたらどーすんだ」

「……はい、わかりました」

 念を押す園子に、美幸は渋々とモールのメインストリートへと歩いて行く。

 それを流し目で見届けて、園子は失礼、と断って懐から一本のタバコを取り出す。

「こんな時に喫煙か?」

「いあ、これはチョコレート。煙草なんてもん吸あないよ」

「なら、糖分を摂取した頭で考えるのね。今この場に居合わせた法の番人に、どんな釈明をするのか」

「別に、しあせんよ? うちがやってるのは殺しそのものですし、この"ゲーム"あそういうものです」

「ゲーム……? ゲームだってのか!? こんなふざけたテロ行為が?!」

 鮫島からも声が上がり、園子はうるさそうにあーはいはい落ち着いて、といった風に手で声を遮る。

「ゲームってのは言葉のアヤです。何の臆面もなく正真正銘に、これあ"ふざけたゲーム"あんですよ」

 タバコチョコの包装紙を解いて口に加えながら、園子は不敵な笑みを浮かべて、至極他人事のようにそうボヤく。

「鮫島さん、あーた、もしも願いが叶うなら何を願いあすか?」

「何だ、いきなり」

「この"ゲーム"っていうのにあね、優勝賞品に"それ"が賭けられてるんですよ。何の臆面もなく正真正銘に、"優勝者は願いを叶えられる"んです」

「何を馬鹿な……そんな世迷言を、誰が」

「信じるんですよ。なにせ、過去何度にもわたって、"実際に願いが叶ってきた"んですからね」

 園子の表情は崩れない。

 いっそ、なーんてうそでーす、などと笑って誤魔化してくれれば、もっと簡単に事の正否がつけられるのに。

 鮫島は言葉を失い、嘘か真か、そんな絵空事のような説明の真偽を追求するべく、続く言葉を口にしようとして、

「――園子さん! まだ反応が二つある! やばい、逃げられるよこれ!」

「なにぃ!? モール周りのポリスと特遺とくいあサボってんのか?!」

 美幸の大声につられて園子がそちらに駆け出した為、張り詰めた空気が打ち砕かれた。

 突然の慌てぶりに呆然とする鮫島と、睨むような目線をようやく解いた亮子が顔を合わせる。

「違う、あいつら! いや! カード見せてられない、すぐに追撃する!」

 そう言った美幸の手には黒塗りのカードがあり、それを放り上げると、手品のようにどこからともなく巨大な槍……ガーエヴォルグが現出する。

「美幸、それでホルダーはどこに!? 北口!? それとも二階のテラスから飛び降りた!?」

「違う、とんでもない、抜けてたのはこっち! "エヴォルグがそう"なのに、全く想定してなかった!」

「な、まさか、そいつら……」

 園子がタバコチョコをポロリと落として、上を見上げる。


「そうよ、ホルダー二人の位置は、"上空三十メートル"……空から逃げられる!!」










【>ウィングブースター、展開完了。起動、上昇します】










「う、おっわあああああああああああああああ!!?」

 星弥の悲鳴と共に、晶……レジェンドが展開された背部機構から発光と噴煙を放ち、飛翔する。

 お姫様抱っこという格好の悪い状態で抱えられた星弥は、急激に上へ飛び上がる衝撃に背筋が凍り、目を瞑って叫ぶことしかできない。

『あまり叫ぶな、舌を噛むぞ!』

「無理だろおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

『さっきは飛ぶと言ったが、正確にはこれは跳躍の"跳ぶ"だ。こいつは一定時間の噴射後は滑空しか出来ない、だからなるべく邪魔をするなよ、しっかりつかまってろ!』

「言われなくてもわかってるっ!!!」

 星弥は、晶がそのプランを提示した際に『実は高所恐怖症なんだ』と言わなかった事を後悔した。

 後悔したが、し続ける事すらかなわない。飛翔感、浮遊感が全身を飲み込み、恐怖に染まった星弥はレジェンドにしがみつく事しかできない。

『その状態なら肩越しに裏が見えるだろう! 何か飛んできたら教えろ! どうなるかはわからないが出来る限りの事はする!』

「無理、無理! 目なんてあけられねえよ!」

『そんな事を言ってる場合か! もしもまたあれが飛んできたら、今度こそ僕達は空中で木っ端微塵だ!』

「くっ、うう……!」

 過呼吸になりながらも、星弥はもう何がなんだかわからなくなって、薄目ながらに肩越しの景色を見た。


 ……その高さはちょっとしたマンションを超えている。

 ヘリで上空からこのショッピングモールを撮影した映像を目にした事があるが、寸分違わずその光景のままの大型モールが眼下に広がっていた。


 恐怖心には影響されないのか、それでもエントランス方面を見ようとした星弥の思考に合わせて顛帯観測は南口エントランスを自然と拡大する。

 そこに、複数人の白衣の集団が見える。

 細かい姿までは認識できる余裕が星弥にはなかったが、その中にただ二つ、ホルダー、クラフトという文字情報を見つけて、星弥は叫ぶ。

「いる! ホルダーも、クラフトもだ! またあれが来るぞ!」

『相手はこちらに気づいているかわかるか!?』

「わからない! けど、槍を女が手にしてる! また投げるのかも!」

『なら、もうバレているかもしれない! あの槍に追尾性能がない事を信じて、君が投げられたタイミングを言って、それに合わせて僕が回避するしかない!』

「な、そんなのむ……りっげえ!?」

 無理、と言おうとした星弥は、今度は横噴射による衝撃でレジェンドにめり込む形になり首がしまる。

『すまない、言い忘れた!』

「ふざけんな! 首がもげるぞ?!」

『なるべく早くここから離れたいんだ! このまま海沿いの山の方へ跳ぶぞ、敵ホルダーはどうした!?』

「そんな、の――――」


 ――再び回復した視界に、一瞬だけ痛みで恐怖を忘れた視界に、それが映る。


 大きな骨の槍を構えた少女。なぜ水槽の中にいて、スクール水着を着ているのかはわからない。


 だが、その様子はあまりにも不自然であったが、それ以上に、確固たる雰囲気が、空気が、全てを教えている。


 ――投げる。


「……くる……」


 ――水槽から飛び上がった、槍を振りかぶった。


「――っ!? 槍がくるぞ、晶あああああああ!!!!」


『任せろ……ッ!』


 その言葉と共に全身に襲いかかった風圧と衝撃で、星弥は全ての思考を薙ぎ払われた。

 晶の、レジェンドによる全力での空中噴射。

 前面へ加速し、それから背部のブースターが僅かに傾いて、右斜め前へ。そして僅かに落ちかけた高度を維持するように再び前へと体を"ぶっ飛ばし"、体を水平にする。

 それで、星弥は今度という今度こそ恐怖に脳みそを噛み砕かれた。

 まるでスーパーマンだ。レジェンドが。

 レジェンドがスーパーマンのような水平な飛行姿勢をとっているのだから、両腕で抱えられた俺が下へ来るのは当然だ。

 ……星弥は脇の下に腕を通され羽交い絞めのような状態で自分がこんな高いところにいる事を、にわかに信じられなかった。

 信じられなかったが、涙は出る。幼稚園の頃、友達の悪ふざけでジャングルジムから落ちて芽生えたトラウマは、こうして新たに上書きされた。

『振り落とされるな、よ……っ!?』

 そんな声と同時に、空気の振動が晶を、そして星弥を襲った。


 レジェンドによる力技の飛行をもってしても生まれない、暴力的な衝撃波。

 星弥の位置からは見えず、晶もまた正確には捕捉できなかったが、斜め上に向けて飛び"雲を突き破った"それがショッピングモールから放たれたのは明白だった。


『回避した……! 全力で逃げるぞ、星弥!』


 そういって更にレジェンドは加速する。晶は残りの噴射剤を全て使い、最大限の加速を行った。

 そこに星弥への考慮は一切含まれていなかった。

 元よりこんな堂々とした飛行、逃げる方角まで晒しての脱出である。生きているだけで結果的には行幸だろうと晶が踏んだ上での判断だった。

 だが、星弥がその衝撃に意識を奪われるのは当然の帰結であり、また時間の問題でしかなかった。


 吹き荒れる強風と衝撃の中で、星弥は全身に感じる重い疲労と共に、その意識を失った。



 その直後、想定通りの速力を得たレジェンドの背部に、機械的な翼が現れる。

 それが空力を得て、レジェンドの体を支え、持ち上げ、飛行させる。

 ……そうして二人のホルダーが飛び去り、彼の地での騒ぎは一旦の終息を見せた。




 ……ショッピングモール上空に突如として現れ、海の方へと飛び去る何か。


 それを地上にいる人々が目にした時、彼らはそれを何と捉えたか。


 それは、鳥か、飛行機か。




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