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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
光に棲むもの
15/20

13/インサイド:ストライダー

「あい、準備完了! 配置についてー!」

 メガネの女性……園子の一声で、トラック周辺に控えていた私服の人間たちがせわしなく動き出す。

 彼らは統一性のない格好をしていたが、それぞれが白衣を身につけ、『S.P.R.O.N』というネームプレートを胸元に提げていた。

 規模にして僅かに十数人ほどの集団だが、警察関係者以外が立ち退いた閑散としたモール街においては、彼らの存在はあまりにも異質である。

「……なんだ、ありゃ?」

 鮫嶋利和は無精ひげに当てていた手をおろして、ただただそれを見守る事しか出来なかった。

 ここ最近は『普通の殺し』なんて目じゃない、奇想天外な現場に何度も訪れた。

 重機が入れるわけもない病院のエレベーターがぶち破られているのを見たり、わけのわからん篭手をつけた若造にぶん殴られたりもした。

 もうこれ以上なにで驚くことがあるというのか。そう思っていたのだが。

「……鮫島さん、"あれ"、なんだと思います?」

 脇で質問をなげかけてきた亮子に反応しようとするがも、鮫島が口にできたのもまた、どこの誰へとも知れない疑問の声。

「なんだって、そりゃあ、お前……"槍"、なのか?」


「うは! 美幸! なにそのダサい水着! 中学生か!」

「はあ!? 何言ってんの、これ用意したの園子さんでしょ!?」

「いあ、違う違う! それは田中に用意させたの!」

「え、嘘?! じゃあこの学生水着って田中さんの趣味!? きもちわるい!」

 ――園子と大声で喚きながらやってきたのは、背中まで届くポニーテールを跳ね回らせる少女だった。

 目鼻立ちが力強く、その紺色の水着姿もあってか『スポーツ少女』という言葉がしっくりくる。

 鮫島から見てパッと歳はわからないが、少なくとも成人はしてない。そんな彼女がこんな場所で、しかもスクール水着あんなものを着て何をしているというのか。


 あまつさえ、その手にあるのは――槍、だ。


 巨大な魚骨のような歪な柄。そのままではまごうことなき骨だが、その先方に巨大な生物の骨を荒く削りだしたような大刃がある事で、ギリギリの所で人間の武器として踏みとどまる、3メートル超の大槍。

 それを片腕で軽々と担いで持ってきて、当たり前のように数メートルの高さの水槽に"飛び越えて入水する"彼女を、二人は呆けるようにして見届けた。

 それがあまりにも曲芸じみていたから、鮫島は俯いて眉間の皺をもむ。

 そうしてもう一度顔を上げた時、それを見計らうように鮫島の前に園子がやってきた。

「鮫島さん、これをどうぞ」

 あい、と園子はポンポン、と鮫島、続けて亮子にそれを手渡す。

 独特な形状のゴム製の突起物……というか、耳栓だった。

「耳栓……ですか?」

 思わず鮫島は園子に確認する。

「あい、耳栓ですよー」

「耳栓……ですね」

 園子が答えるのと、亮子が同意したのはほぼ同時。

「まあ、テストみたいなものですから、気軽に気軽に。準備できたら声かけるんで、その時にあ絶対に耳栓をしてください。しなくて耳も塞がなかったら、"何が起きても知りあせんよ"」

 そう言って即座に踵を返す。

 まくしたてられて反応が遅れた鮫島は、そんな彼女に追いすがるように声をかけた。

「な、なあ、あんた……これから、何をやろうってんだ?」

「え? これから何を? そりゃあ、あんた」

 振り返らず、背中を向けたままの園子が笑っているのを、鮫島は直感的に理解した。

「なんてことはない、ただの"槍投げ"ですよ」




 *




 小気味よく呼吸をし、星弥は二階フロアを駆ける。

 レンガ風のタイル貼りがなされた一階フロアと違い、二階の道行きはワックスの光沢が残る赤茶色のフローリングだ。

 ファッション関係の店がずらりと並ぶ一階と違い、二階にはレストランや雑貨などの店が立ち並ぶ。

 星弥が通りすぎる店の数々も、普段のこの時間ならかなりの客がいたはずだ。

 相も変わらず猫一匹通らない静かな景色の中で、自分の体が起こす音だけに埋め尽くされる。


 ――人っ子ひとりいないとはまさにこの事。いくらなんでも出来過ぎじゃないか?


 一つ、違和感を感じたのはその一点。

 星弥がいた近辺には多数の客がいた。それらが十分前ぐらいに避難したのだから、"当然二階もそうなっていたはずだろう"?

 避難訓練なんて過去の栄光。小学校中学校、よくて高校生ぐらいまで、一年に一度経験できればいいようなイベント。

 ましてやこんな大規模な施設、それなりの出入口があるからこそ、統率の効きにくい公共の場に置いて、ましてやこの短時間で……。


 ――避難が、あまりにもスムーズすぎないか?


 一瞬、その疑問と非常ベルを結びつけて、あらぬ想像が脳裏を走る。

 それを振り払うようにして、星弥は息を切らして速度を緩めた。

 ……駄目だ、こう連日走ってばかりじゃ体力が持たない。おまけに顛帯観測こいつ自体だって普通にしているよりも疲れるんだ、なるべくゆっくりいこう。それに……。

 モールに入って間もない所だったからこその立地条件。星弥の目前に見えてきたのは、二階から外へと続く出入口。

 そのテラスへと、なるべく音を立てないようにドアを開けた。

 風がモール内へと入り込む音だけが辺りに響き、すぐにドアは閉まる。

 静寂は遠い彼方の存在となり、外界の騒がしさが星弥の耳を刺激した。

 蝉の鳴き声、車の走行音、どこからともなく聞こえる機械音、人が出す喧騒。

 とりわけ大きかったのは最後の音で、ざわめきに近いものが遠巻きに聞こえるのを星弥は"視認"した。

 テラスの壁際から、少しだけ顔をのぞかせる。その先は駐車場にあたるスペースがあり、そこはこれでもかと並べられた車と、多くの避難客で溢れかえっていた。

 彼らもまたモールから吐き出された人間たちなのだろうか。

 行く宛もなくその場にたむろする者、厄介事はゴメンだと避難するもの、それに習い車をだそうとするが混雑して出られないもの……それに、

「警察……?」

 思わず声が出た。駐車場をぐるりと囲むようにパトカーが何台も止まっていて、青い制服を着た警官たちが外に出た客たちを何とか暴動になる一歩手前でおさえこんでいるのがわかる。

 まさか、ショッピングモールごと全部包囲された?

 先ほどの想像が、現実味を帯びてくる。

 避難がなぜスムーズに進んだのか。何者かの……警察の手引きがあったから?

 ならあの時、非常ベルを鳴らしたのは誰だったのか。警察の関係者?

 なぜこのタイミングでそんな事が出来たのか。


 ――だから、もしも国がこのゲームに関わっているのだとしたら――


 それは、誰の言葉だったか。

 しかし、それを推測し最悪の事態を想定させるには、この状況はあまりにも出来すぎていた。

 だが、今は頭の中で風呂敷を広げている場合ではない。星弥は思考を切り替えて、今すべき事を整理する。

 まず、敵ホルダーである少女の発見。これはもしもモールの外に逃げられていたなら絶望的だ。

 人数の規模など星弥には見当もつかないが、少なく見積もっても駐車場だけで数千、全体では万は下らない人間が居るのだろう。それをここから一人ひとり当たるぐらいなら素直に味方あきらの戦果を待つべきだ。

 次に、今現在ショッピングモールが包囲されているこの状況の打開。

 これはあまり難しく考える必要はない。ようは逃げれば良く、どう転がろうと最悪は"被害者のふりをして保護してもらう"程度の事だ。

 多少の行き違いと取り調べがあるにせよ、それで普通の警察ならば釈放してくれるだろう。

 普通の警察ならば、なのだが。

 ……何はともあれ、ここからは外の状況を観察する事しか出来ない。

 外に件の少女が逃げた可能性を切り捨てるのは得策とは言い難いが、探すならばモールの中だ。そう思い返し、いざ戻ろうとドアへ近づく。

「――え?」

「え?」

 僅かな行き違い。ありえない偶然にして、あまりにも強烈な悪運。

 外を覗き見ようとした星弥がたまたま死角に隠れていただけ。

 それを知ってか知らずか、同じように外の様子を見ようとでも思ったのか。

 ショートポニーの茶髪が、モールとの温度差で流れこむ風に揺れる。

 ホットパンツに白いキャミ、そこまで認識して……認識しないと星弥は判断できなかった。

 な、こいつ、左月と一緒にいた、敵ホルダー……ッッ!!!

 一方は目を見張り、一方は息を呑む。

 ドアが閉まる。少女が手を離しただけに過ぎず、モール内へ逃げ込むのだからそのドアの動きは必然だ。

 そこに、エアガンを慌てて抜き取った星弥が手を滑り込ませ、閉じる寸前のドアを改めてこじ開けて建物内へと滑り込んだ。

 星弥の中の思考は三つ。見つけた、逃げられた、なんで逃げた。

 見つけたのは良い。こんな形での発見もあるだろう。だが、逃げた、なぜ逃げたのかが腑に落ちない。

 単純な恐怖心ならまだいい。だが、あの逃げ方はあまりにも"スムーズ"で、突拍子もなかった。

 こちらの思惑がバレてる? 星弥は自分の中の自分の知名度を見なおして、学園内ではそこそこ顔が知れているのを思い出す。

 だが、それなら顔見知りを見つけた程度ですむはずだ。だが、彼女は逃げた。

 まさかとは思いたいが……俺が危害を加える、敵対している人間だと知っていた……!?

 再び膨らむ想像を押さえつけて、目の前を走る少女に意識を向ける。当たらないだろうとは思いながらも、走りながらエアガンを撃つ。

 病院で使った時と同じ、放電する弾を発射するエアガンはしかし、そう易々と命中することはない。

 星弥も長時間の運動で疲労が溜まっている。その中で走りながらの射撃なんかで、そう簡単に弾が当たるはずもなし。

 それに加えて、目の前を行く少女が星弥の想像をはるかに超えて"速い"。星弥の眼は彼女が裸足なのを見逃さない。

 彼女が履いていたのはサンダルか何かだったから、逃げるためだけに脱いだのか、それとも何か別の理由か。憶測が憶測を呼ぶ中で受け入れるべき純然たる事実は、彼女が星弥よりも足が速いという、なんとも間抜けな力の差だった。

 体力が持たないというのは、つまりそういう事。

 いざこうして少女を見つけたところで、拘束力がなければ何の意味もなさない。元より星弥は彼女と相対するべきではなく、発見して不意をつくべきだったのだ。

 まさかこんな形でそれが失敗に終わるとは思わなかったが、徐々に徐々に差は開いていく。

 星弥はすぐに諦めた。走るのをやめ、一気に離れていく少女を見届けもせずに足元をみて息をする。

「はぁ、はぁ……!」

 ここで無駄に体力を使ったら後々に響く。女子に身体能力で負ける自分を棚に上げて、星弥は呼吸を整えてゆっくりと歩き出した。

 このショッピングモールは直線に伸びる道に店舗が一列に並ぶ立地だ。出入口こそ多いが、建物内だけに限れば"自ずと先が見えてくる"。

 ましてやここは南エントランス付近だ。あの少女が逃げたのも南方面。そう、もう目と鼻の先に終わりはある。

 だから、星弥の魔眼はその驚異的な視力をもって、少女がエントランスまでたどり着いたのを目にした。

 二階テラスからエントランスホールを覗き見て、何を見つけたのか慌てふためいたように彼女は近くの店に飛び込んでいく。

 ……エントランスホールはその名の通り円形のホールとなっていて、施設案内所の他に待合室などの休憩所、出入りする客の受け入れ口として機能している。

 その開けている立地上、外に警察がいるならそこにもいるはずだ。彼女あのホルダーがエントランスまで逃げられなかったのはそのせいだろう。

 ……避難客を装えばいいのだろうが、後ろめたい人間は必然的に怯んでしまうのが公の組織というもの。

 星弥自身も例外ではないが、突発的に逃げるはめになった彼女も似たようなものだと想像した。


「――残念だったな、もう逃げられないぞ」


 ありきたりな台詞と共に、星弥は少女が逃げ込んだ店内へと入る。

 女性服の専門店らしい店内にはマネキンを含め服類が整然と陳列されている。

 服、服、服。溢れかえる服という情報郡の中にホルダーの文字はない。

 ハッとしてレジの奥……その先にあるドアに目をつけた。裏口から逃げた?

 ドアに駆け寄り裏口に出る。左右を見渡すが、人影らしいものは無い。

 まかれた? 一瞬そう思いながら振り替えった瞬間、視界の端に映ったのは少女だった。


 本来なら、星弥はその場で"殴り倒されていた"。


 どこから持ちだしたのか。工具のハンマーを右手で思い切り振り上げている少女をてんたいかんそくがスローモーションで捉える。

 振り下ろされる鉄槌を予測して、星弥は振り向きざまにそのまま地面に倒れ込んだ。同時に頭上でガン、という鈍い音が響く。

「……っ!?」

 倒れこんだ衝撃で視界が明滅するも、ここ数日で培った経験がそこで止まる事を許さない。

 横倒しになった体をそのまま転がせて搬入通路へと逃げると、避けた床にハンマーが振り下ろされる。

 転がった勢いで星弥は姿勢を立て直す。目の前にはやはり、先程まで逃げ惑っていた少女がいた。髪を振り乱して涙目になっていて、かなり興奮しているのがわかった。

「な、何するんだ!?」

 星弥は反射的に声を上げる。何をしてるんだって、そりゃ殴りかかってるに決まってるだろ。

 自分で自分を罵倒しながらも、そうしてしまったせいで少女と目が合う事になった。だがそのおかげか、彼女の反応に変化があった。

「……!? 日月、くん?」

 少女が小さく漏らした声は、静寂の中で簡単に耳に届いた。

「……俺を知ってるのか?!」

 思わず声を返した星弥に、しどろもどろになりながら少女は応える。

「え、えっと、わたし、左月ちゃんのクラスメイトで、東雲しののめ……」

 自分の名前を告げたあたりで、彼女……東雲と名乗った少女は徐々に声が小さくなり、何を言っているのかわからなくなる。

「東雲、さん……? ごめん、知らない」

「う、うん、それはわかってる……ます。わたしが勝手に知っていただけ、です、から……ご、ごめんなさい、いきなりこんな事して……び、びっくりして"間違えちゃって"……」

 間違えた――何と間違えたんだ?

 取り繕うように言葉を続ける少女は、戸惑うような笑みを浮かべていて、まさしく挙動不審だ。

 ……そうか。今この子にはクラフトカードがない。

 だから、こっちがホルダーかどうか以前に、"ホルダーサーチすら出来ていない"のか。

 なら、俺の名前を出して攻撃をやめたという事は、知っている人間だから安全だ、と判断したという事か?

 さっき俺と鉢合わせた時に顔を見られたはずだったが、それも思い過ごし……心配のしすぎだった?

 ――今はそれを考える必要はない、か。星弥は慎重に言葉を選び、東雲に話しかける。

「……いや、それは、大丈夫……それより、東雲さんも避難した方がいいんじゃないか? 火事だっていってるけど、どうしてこんなところに」

 立ち上がりそう告げると、東雲は少し渋るような態度をみせて、辺りを見渡す。

 ――そうだ、理由はどうあれ、彼女は警戒を解いた。

「えっと、それは……」

 言いよどんだ東雲が、背中を向けて店内へと足を運ぶのをみて、星弥は一気に彼女の背後に近づいた。

「それは、ホルダーだからだよね?」

 ――なら、今はこれが最速の一手だ。

「!?」

 星弥の一言で、東雲の身がすくむ。

「動かないで。月並みだけど、手荒な真似はしたくない。今から背中につけるのはスタンガンだから」

 言いながら、星弥はエアガン……放電現象を起こすBB弾がこめられたそれを東雲に一度だけコツリとぶつけて、改めて首筋にあてる。

「え、な、なに?」

「君がホルダーなのはもうわかってる。君が違うと言っても、わかってるから手は止めない」

「な、なんで……っ!?」

「クラフトカードを持ってないのに、わかったのか?」

 図星だったのか、東雲が硬直する。

 ……まさか、あのまま知らぬ素振りをすればバレないとでも思ったのか?

 東雲の行動がいまいち理解しきれていなかったが、だからといってそんな瑣末に時間を割く暇はない。

 ここからでは聞こえないが、間違いなく今もあいつが戦っているはずだ。

「もうお前のクラフトもわかってる。今すぐあの蜘蛛女を止めろ。クラフトカードに戻せばそれでいい、それで終わりだ」

 最大の譲歩、降伏勧告。一秒が惜しいが、これが星弥にとって最大の譲歩……晶に対しての譲歩だ。

「む、むり、無理! ナッちゃんはそんなんじゃ……!」

 困惑しながらも、東雲はそう口にする。

「……ナッちゃん? ナッちゃんってのは?」

「そ、それに、レディ=ナチャは勝手に出てきてっ! 勝手に戦うの! だからっ……!」

 ――ナッちゃん……レディ=ナチャ……それがクラフトの名前か?

「つまり、そのレディナチャっていうのは敵の攻撃か何かに反応して、自動で戦闘を行うクラフトって事か?」

「そう、そうなの! ナッちゃんがもう良いって判断するか、クラフトが敵を倒すか、逆にこっちがやられちゃうかしないと止まらないの! だ、だから!」

「なら、弱点とか、そういうのは!?」

「わかんない! 何も知らない!!」

 明らかに声が上ずり、悲鳴に近いものになる東雲に星弥は苛立ちを覚える。

 だが、それが自身の焦りから来ているのもまた自覚していた。

 最後に見た様子では、晶はあのクラフトにあまり有効な攻撃を見いだせていなかった。下手をすればあのままジリ貧になっているかもしれない。

 なら、撃つか? 無力化するなら早いに越したことはない。

 甘えを捨てろ、ここまでだろう。顔が割れている相手にあまり手荒な真似をしたくはないが、やるんだ……!

「なら、ごめん――!」

 首元に当てた引き金を、一瞬躊躇しながらも星弥は引き絞った。

 乾いた発射音が耳に届いたのと、外れたBB弾が奥の陳列棚にぶつかりカツンという音を立てたのはほぼ同時。

 東雲はしゃがみ込むようにして、結果的にそれを回避していた。殆ど無意識に崩れ落ちたようなものだったが、星弥が"引き金にしか意識を向けていなかった"から、それだけで簡単に狙いがブレる。

「な、くそ!」

「いや、いや!!!」

 そのまま這うように今度はモール内、店先の通路へと逃げる東雲を目にして、星弥は苦虫を噛み潰す。

 早く追え! 内心で誰かが叫ぶ。

 気絶させるだけでいい! でも、と口答えをする自分を押さえつける。

 協力するといった以上、中途半端な罪悪感で……晶一人を戦わせるわけにはいかない。

 星弥は東雲の後を追う。二階通路に出た東雲はしかし、腰が抜けたのか立ち上がれずあっさりと星弥に追いつかれた。

 もう声も出ないのか、ただ慄くようにして東雲は地面に倒れ伏すようにして、二階廊下の端で怯えている。

 ……罪悪感など消えない。今彼女を怯えさせているのは、俺自身だ。

 星弥はエアガンの銃口をしっかりと彼女に向けて、確実に当たる目の前で構えた。

「痛いかもしれない。というか、痛い。ごめん、今こうして声をかけるのも自己満足だから」

「……っ、う、く……や、やだ、しにたくない……」

 大丈夫、死なない。そう言うのもためらわれて、星弥はただ無心で引き金を再び引く――寸前。



 どこか遠くから、何かが張り裂けるような音がした。

 低い唸り、地響きのような轟音。何かが弾け飛ぶような音。

 それで星弥はそちらに気を取られ、東雲はその音で糸が切れたように悲鳴を上げた。

 同時に、星弥の顛帯観測が急稼働し、右前方からやってくるそれを目視した。



 ……それは、嵐という名の暴力だった。



 二階フロアからまず確認できたのは衝撃。

 南エントランス側からやってきた"それ"は、何か小さな物体……刺のようなものを大量にばらまきながら、飛ばしたそれで全てを粉砕しやってくる。

 次いで視界に入ったのは、一階フロアを駆け抜ける……一本の槍。

 星弥にとってそれは元来信じられない光景だったが、ここ数日の経験がその事象をそのままに噛み砕かせる。


 巨大な魚の骨を模した槍が、空気を切り裂いて飛んできていた。


 それが一体、どうやって空力を突破してソニックブームなんかを起こしているのかはわからなかったが、同時にそれは柄の部分から無数の刺……数千単位の弾丸を横軸全体に飛び散らせながら駆け抜けていく。


 星弥が想像したのは、クラスター爆弾という軍事兵器だった。

 容器となる大型の弾に無数の小型爆弾を搭載し、作動すると満載した小型爆弾を撒き散らして、徹底的に周辺を破壊しつくす悪魔の兵器。

 それとは決して似ても似つかないその巨大な骨槍は、だがしかし、その結果をもってしてクラスター爆弾を彷彿とさせる力を持っていた。

 一日……いや、一時間の内に二度。

 一度目の死線に出会っていなければ決して反応できなかった死地に、星弥の身体は奇跡的に反応し、彼の身体はごく自然に地面に倒れ転がり出来うる限り距離をとって"それ"に備えた。



 コンマ数秒後、あらゆるものを粉砕する刺の嵐が二階フロアに襲いかかった。

 地面に伏せた星弥は、結果として一階フロアから放たれる刺の射線からは外れていた。

 砕かれたのはモール街の天井、一部店舗の看板上部。

 それが無数の刺によって突きえぐられ粉砕され、跡形もなく粉々になっていく。

 降り注ぐガラス、コンクリート、様々な破片。

 その数秒後に、轟音とともに吹き荒れる風。

 それが粉砕され落ちてくるはずだった破片と着弾した刺を巻き込み吹きすさび、新たな傷を周辺に作り出す。



 時間にして僅か五秒たらずの惨劇はしかし、次に目を開けた星弥の景色を全く別のものへと変貌させていた。

 文字通り、蜂の巣にされたようなモール街。

 磨き上げられたフローリングの廊下には塵芥となったモール街だったものが降り積もり、むせ返るような埃を周囲にまき散らしている。

「げほっ、げほっ……! っ、東雲!?」

 自分自身の身を守るので精一杯だった星弥は、そこでようやく彼女の存在を思い出した。

「う、ぐ、あ、あああッ!!」

 その声で、彼女が砂のように降り積もった破片にうもれて倒れているのを見つけた。

 思わず駆け寄り、助け起こす。

「おい、大丈夫か!? どこか怪我を……!」

 星弥は息を呑む。

 それが何なのかを、一瞬理解できなかったからだ。

 怪我ではない。血は出ておらず、振りかぶったガラス片やコンクリート片も彼女を傷つけてはいなかった。

 だが、彼女は明らかに苦しんでいて、その体には……"黒い霧"がまとわりついていた。

 黒い霧が、東雲の体を包み、彼女の体を"黒い粉"へと変えていく。

 何が起きたのか、何が起こったのか。星弥の中で様々な思考が錯綜する。

「いや、いやぁ! やだ、痛い、痛い……!!」

「お、おい、しっかりしろ! どうしたんだよ!!」

 手足、肩、頭、様々な場所から産まれた黒い霧が、ほんの十秒ほどで東雲を包み、

「や、だ、しにたく、な」

 不意に、手の中にあった存在が消えてなくなった。

「は……?」

 星弥は両手の感覚を確認して、両手のひらを見やる。

 いない……"い無い"。

 さっきまでそこにあった感触が、跡形もなく消え去った。

 消えた?

 なにが?

 ひとが?

 なんで?

 星弥の意識がフリーズする。だが、その思考は止まらない。

 ――知っている。

 いっそ、その衝撃で気絶出来ればよかった。むしろ、これが何らかのクラフトによる能力で、彼女は何処かにテレポートでもしたのかと考えればマシだった。

 ――知っている。



 俺は、あの黒い粉を、知っている。



「クラフトを、壊した時……」

 壊されたクラフトカードは、割れた先から粉々に……黒い粉のようになる。

 背筋が凍る。

 確定したわけではない。

 だが、否定しきれる材料もない。

 なぜなら、星弥は一度たりとも"リタイアしたホルダーがどうなったのか"を、見届けた事などなかったのだから。




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