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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
光に棲むもの
14/20

12/姫乃城晶、中

 あまりの光景に、周囲の人間は驚く事すらも忘れ、一瞬の静寂が訪れた。

 白亜の人型、鋼鉄の蜘蛛女。

 突如としてモール街の只中に出現したそれを目にした通行人の中で、今何が起きているのかを正確に理解できた者は殆どいなかっただろう。

「なにこれ、特撮? すっげー」

 店の近くにいた男が、店内から現れた蜘蛛女を携帯のカメラでパシャリと撮る。

 蜘蛛の体のようなものの上に生えた女の青い瞳が、男をとらえる。

 へらへらと笑う男を入れたその瞳が赤く染まり、刹那、血しぶきと共にグシャリと男は貫かれた。

 ただの一挙動、蜘蛛の足一本が男へと伸び、突き立っただけで、男は絶命しコンクリートの地面がえぐられる。

「う、うわぁああああああ!!」

 絶叫したのはそれを間近で見ていた男だった。続いて女の悲鳴、広がる声、音、喧騒。

 それらの只中で、白亜の人型……晶のみが冷静に敵を観察していた。

「――――!」

 背後で轟音と悲鳴が次々とあがったのを星弥は聞き逃さなかった。

 あれだけ自信たっぷりに言っておいて……!

 そう思いはしたが、同時にそう簡単にいくわけがないとも考えていた星弥は、その為の別行動だと内心で一人気を鎮める。

 辺りはまだ事の始まりに気づいていない。それどころか、何か騒ぎがあったのを聞いてそちらに足を向ける者、気にもとめず買い物を続ける者、壁に寄りかかって誰かとの電話を楽しむ者と様々だ。

 ……一瞬、この場の全員に避難を呼びかける自分を想像して、その選択を否定する。

 ダメだ。いきなり俺一人が騒いだところでどうにかなるものじゃない。そんな事をするくらいなら、その辺にある火災報知機でも鳴らした方が確実に避難してくれるだろう。

 でも、まずは……。

「――え、あれ、日月君?」

 化粧室から左月菜月が出てきたのを確認して、星弥は彼女の前に姿を現した。

「や、やあ、左月さん……」

 我ながら信じられないほどわざとらしい挨拶だと頭を殴りたくなる。

 だが、何とかして左月をこの場から連れ出させばならない。なぜなら、"向こうには彼女の友人がいる"からだ。

「やあって……どうしたの、気が変わって一緒したくなった?」

「え? 気が変わって……?」

「……私がモールに行こうって誘ったけど、断ったでしょー?」

 非難するような視線に、星弥は今日の会話を思い返す。

 ……いや、誘われていない。左月はショッピングモールに行くから、という事実を俺に伝えただけだ。

 間違いなく誘われていない。口をついて出そうになった言葉を飲み込んで、星弥は頭の中で嘘八百を紡ぎだす。

「――ああ、俺もちょっと用事が出来てな。それで左月さんのこと見かけたから」

「声かけようと思ったの?」

 ふーん、といった感じの左月の表情は何とも読みづらい顔だった。元々笑顔を絶やさないタイプだから、余計にそんな顔は珍しい。

「いや、そうじゃなくて、さっきそっちで騒ぎがあったから――!」

 そう言いきる寸前に、モール街に非常ベルの音が鳴り響いた。

 誰が鳴らした? いや、意図的に鳴らしたものかはわからないが、今このタイミングで鳴るとしたら、原因はあっちしかありえない。

 途端にざわつきの色が変わる周囲をみて、左月も辺りを見渡す。

「なに、火事?」

 そう口にするわりには左月は冷静だった。周囲の客が呆然と立っているのをよそに、一人歩き出す。

「そう、なんかわかんないけど向こうで騒ぎになってるんだ。だから避難しないと!」

 星弥がそれを追いかけながら声を上げると、その声を聞いた周囲の客にそれが伝播する。

 騒ぎ? 火事? 火事だって。次々と口にして、通行人の流れは一気に動き出した。

 ざわめいた歩きから、徐々に騒がしい早歩きへ。走りだすような人間こそいなかったが、明らかに周囲は一旦ここから離れようという集団意識に飲み込まれていた。

 よし、これなら左月を外まで誘導でき……そう思ったところで、星弥は一つ重要な事を見逃していたのに気付く。

 まずい、どうすればいい!? そう考えたのもつかの間、先を行く左月が振り返る。

「日月君、火事ってどこっ、私たちも早めに避難しよ!?」

「!? ……あ、ああ、そうしよう!」

 ――いや、そうか? どのみちこの騒ぎだ。誰もが動き始めているし、取り残されるという事もないと考えるのが普通か。

 携帯などで連絡も可能だ、まずは自分の安全を確保してからでなければどちらも危険、ということなのだろう。

 とにかく、左月はこの場から離れてくれる。なら……

 そう思考した星弥の背後から、今までで最も大きな破壊音が響き渡った。

 いや、もはやそれは振動であり、空気の揺れを肌で感じ取れるような衝撃だった。

 それに立ち止まったのは星弥で、一瞬目を離した隙に左月は足を早めた通行人の波に飲み込まれていく。さっきの轟音で避難の勢いは明らかに加速しており、雪崩れるようにして人々が駆けていく。

 その中を、星弥は流れに逆らうようにして走り抜けた。

 一度だけホルダーサーチをかける……場所はさほど動いていない。ホルダーの反応は二つだけ。それを確認して、星弥は先程の店先へと歩を進めた。

 徐々に徐々に、喧騒が遠のいていく。

 日月とすれ違っていく避難客も大きく減り、これより先にいる人間ならばむしろ反対側の出口へと逃げているだろう。

 だから、避難が完了したというよりは、蜘蛛の子を散らすように人がいなくなっただけなのか。


 星弥が戻ってきたそこには、既に通行人らしい人影は"ほぼ"いなくなっていた。


「……っ」

 息を呑む。砕かれた地面、破損した柱。それらにまじり、数人の人間だったものを確認して、黒手クラフトを開放する。

 一般客らしい私服の人間の他に、警備員らしき人間、……子供までいる。

 結局、巻き込んでしまった。これだけは避けたかったのに……!!

 星弥は胸中に灯る暗い感情をよそに、頭でそれを振り払い、考え、目で辺りを見渡す。


 一瞬、ゴーストタウンか何かのように感じられるほどの静寂があった。


 だが、音はある。

 ――ガラスの砕ける音。

 人のいないモール街には避難する客が落とした荷物が散乱し、祭りの後のような有様だ。

 ――何かが破裂する音。

 200メートル規模の長さをもつメインストリームにはしかし、異常なまでに人影が見当たらない。

 ――甲高い金属音。

 それこそ、店員やこの警報を聞きつけた警備員もいない。……いや、流石にそれは"出来すぎ"じゃないか?

 ――コンクリートが砕けるような轟音。

 星弥が左月を見つけ、ここに来るまでの時間は僅か五分ほどの事だ。この規模の施設、この規模の設備だからこそ、こういう時の対策は取られているはず。

 ――徐々に近づいてくる。

 少なくとも、現場の状況を確認すべき店員すらいないというのはあまりにも不自然である。

 ――もうそこまで迫っている。

 だから、星弥は周辺を索敵する。動くものはない。しかし、だからこそ、この場は――



 ――たった二つの影、だがこの場の何よりも早く駆ける、一人と一体のみに許された戦場と化していた。



 星弥の右手で何らかの破壊音がしたのと同時に、星弥が右へと振り向くのに必要な時間は僅か一秒。

 その刹那の間に、星弥の頭上を飛び越える人影があった。

 クラフトによって強化された星弥の視力は、事も無げにその白亜の人型……『レジェンド・カレイド・カルサイト』を捉える。

 伝説などというふざけた銘を持つクラフト、そのスーツは天窓から降り注ぐ日光を反射し銀に輝き、後頭部から伸びる髪のようなケーブル郡もまた金色の反射光を放ち、美しく舞い散らばっていく。

 コンマの時間で星弥の頭上を超え、左手……体の向きをかえた結果真後ろとなった方向へと晶は飛び去り、続いて正面に現れた巨体に今度こそ星弥は全ての意識を奪われた。

 星弥の視界を埋め尽くしたのは鉄で出来た巨大な蜘蛛女。まさにありのままモンスターを連想させる2メートル大のそれが、レジェンドを追うように真正面から星弥に突進してきたのである。

 完全に不意打ちだった。

 星弥の視力に思考が追いつかない。

 目だけが事実を捕らえ、時間を遅延させ、このままでは轢かれるか弾き飛ばされるという結果を算出している。

 問題は、その事実を星弥が理解するにはほんの少し時間が足りないという事。

 まるで思考は追いついていないのに、既に結論は見えている。


 ゴミクズのように轢かれる星弥じぶん


 ボーリングのピンのように吹き飛ぶ星弥じぶん


 なぜかその蜘蛛女は鋼鉄製だから、あの足に貫かれて全身穴だらけになるかもしれない。


 対抗策は? 思考が追いついてくる。

 そんな物は無い。既に星弥と蜘蛛女の距離間は1メートルを切った。

 ならせめて防御ぐらいは。時速約四十キロで駆けてくる鉄の怪物に何の冗談だ?

 なら、諦めるか。対抗手段がない。思考が結論に到達する。そうして視界が蜘蛛女にうめつくされ、


『ボサッと――するなッッ!!』


 その直前、背後から凄まじい力で引き寄せられた星弥は、文字通り宙を舞った。

 衝撃と振動にシェイクされて目が回った星弥は、自覚を取り戻すのに実に十秒をかける。

 そうして自分がどうなっているのかを理解した直後に、"晶は星弥を抱えたまま地面に着地した"。

「……っ!?」

 凄まじい振動とほぼ同時に、半ば放り投げられるように星弥は地面に転がる。

 しかし身体は反応してくれたようで、転がった勢いのままに星弥は体勢を立て直し、膝を立てて起き上がる事が出来た。

「姫乃城?!」

『バカか君は! 戻ってくるならもう少し考えて戻って来い……!』

 電子音のような声で罵倒しながら、晶は右腕を顔の脇で固める。

 次の瞬間、その防御姿勢に鋼鉄の刃が降りかかった。

 ガキン、という刃と刃が噛みあい、軋む金属音。

 星弥の顛帯観測が、それが晶の腕から展開された刃と、対面する蜘蛛女の"鉄の糸で編まれた刃"によって生まれた音である事を教える。

 二つの刃が衝突したのは一瞬の出来事だ。次の瞬間には反対側から再び刃が飛び、また別の方向から刃が繰り出され、それとほぼ等速の反応をもって晶が迎撃していく。

 目の前で繰り広げられる斬撃の応酬に気圧されて、星弥は転がるようにして後ろに飛び退いた。

 それに合わせて、蜘蛛女の攻撃圏内から紙一重で逃れて、晶は両腕を縦に構える。

 二本の腕……その内側にある突起部から格納された銀色の拳銃が一丁ずつ射出されて宙を舞う。

 映画か何かで見たことのある造形の拳銃を二丁構え、晶は後退しながらの射撃を開始した。

 火薬が炸裂する音と、金属に銃弾がぶつかる音が辺りに広がる。

 パン、カン、パン、カン。リズミカルに軽い音が数回続いて、晶が舌打ちをしながら両手の拳銃を放り捨てた。

 蜘蛛女は"豆鉄砲"など気にも止めず、再び突進して距離を詰めようと晶に迫る。

 鋼鉄の細い腕……その指の一本一本から、鉄の糸が垂れ流されるのを星弥は見逃さない。それを蜘蛛女は束ねて器用に振り回し、高速で回転させ、空気を切り裂く音を奏でる。

 肉薄から鉄糸による横薙ぎ。晶はそれを横宙返りで回避しながら膝に両手を置く。

 空中で回転しながら、今度は膝の格納部から取り出される巨大な拳銃が二丁。

 回避運動からの着地、そして大型拳銃の乱射。先程の軽い破裂音とは全く異なる、重いドンという音と、ガンという着弾音。

 蜘蛛のような下半身、女性の上半身にそれらが次々と着弾し、特に人間の部分にぶつかると蜘蛛女は衝撃で僅かに怯む。

 だが、損傷には至らない。身体が鋼鉄だからなのか、それとも"そもそもあの体に銃弾は効かない"のかは定かではなかったが、1マガジン撃ち切ったところで晶はその拳銃を捨てずに膝の格納部へと戻した。



 ……その段階でかなり離れた位置に逃げ延びていた星弥は、ただただその光景に目を奪われた。

 冗談だろ。あれがデザートイーグルなのか何なのかは知らないが、あんな大型の銃で無傷のヤツをどうすればいいんだ!?

 晶のレジェンドも"かなりやる"ようだが、それもあの蜘蛛女のようなクラフトと比べればスピードに特化しているように感じられる。

 実際、蜘蛛女は銃弾を全て体で受け止めているのに対して、晶は蜘蛛女の繰り出す一撃一撃をしっかりと受け、流し、回避している。

 それはきっと、直撃はまずいとわかっているからだ。真実、晶が受け流した鉄糸の刃は、すでに"晶の周りの柱や地面をスライスしている"。

 あの鋼鉄製の体も、鉄糸の刃も、今の攻防を見るに見た目通りの鉄という金属ではない。もっと別の何かで出来た、「そういうもの」のはずだ。

 だが、顛帯観測が捉える文字情報はやはり「鉄」や「鉄糸」「刃」である。

 この魔眼が鉄という以上、あれは鉄で出来たクラフトなのだろうが、それ以上の何かが内包されているのは間違いない。

 そして何よりも星弥を混乱させているのは、あれを「クラフト」だと示す顛帯観測の属性情報だ。

 似たタイプとして思い出すのは病院で対峙した水晶の巨人だが、あれはそれそのものを「クリスタルゴーレム」と顛帯観測は表示した。

 それに対して、今回はあの蜘蛛女そのものが「クラフト」であると魔眼は言う。

 ……なら、あれは間違いなくクラフト、いや、"クラフトの本体"だ。


 クラフト能力の副産物ではなく、それそのものが自律稼働し戦闘を行うクラフト。


 あの蜘蛛女の中にホルダーがいるのか、ホルダーが変身して蜘蛛女になっているのかは星弥にはわからないが、とにもかくにも、このゲームのルール上、こちらが勝利するには"あのクラフトを破壊しなければならない"。

 ……脳内で何度シミュレートしても、星弥はあの蜘蛛女に近づく前段階ですでに十回は切り刻まれている。とてもじゃないが、星弥が体を張って戦うにはあれはあまりにも怪物だ。

 ……だからこそ、晶に全てがかかっていると言ってもいい。

 今になってこの共闘がどれだけ星弥にとっても有益なものかを星弥本人が実感する。

 正面切っての戦闘など出来ない星弥に対して、晶は"荒事担当"として十二分に立ち回ってくれている。

 なら、星弥に出来る事は何か。

 ……もしもあれが自律的に行動可能なクラフトではなく、遠隔操作するタイプのホルダーだったとしたら……そうでなくても、このモール街のどこかに彼女あのホルダーがいるはずだ。

 あまつさえ、こちらは相手ホルダーがどんな人間かを把握している。顔も思い出せる。

 ならば、今の星弥に出来る事はあのクラフトのホルダーを発見し、それを打倒する事……!

 星弥はメインストリートから近くの店へと飛び込み、更にそこからレジの奥……裏口へと出る。

 入った先は細長い通路。搬入口をかねた各店舗やモール街の外へと通じる通りのようで、モール街を裏から自由に行き来できる構造のようだった。

 星弥は細心の注意を払ってそこを駆け抜け、階段をあがる。

 ……二階からなら比較的安全に眼を使ってホルダーを探すことが出来るはずだ。ホルダーサーチがクラフトにしか反応しなのなら、今の敵ホルダーはサーチにかからない安全な状態なのだろう。


 ――だからこそ、星弥の顛帯観測が見逃さない。


 万物を識別する目をもってして、敵ホルダーを探し出す。

 それに成功すれば、星弥が相手をするのは"クラフトを持たない少女"ただ一人だ。

 ――「君の力は昨日見せてもらったからね、今日は僕が君に力を見せるとしよう」

 君の力だって?

 そんなものを見せた覚えはない。星弥は思いを募らせる。

 そうだ、俺にだって出来る事はある。それをまだ見せていない状態で、あいつの力だけ見せつけられるわけにはいかない……!

 だからこれは、星弥が勝手に始める戦いだ。

 晶があの蜘蛛女を倒すのが先か、星弥がホルダーを見つけて無力化するのが先か。

 これはそういう勝負ゲームなのだと、星弥はそう戒めてモール街の二階フロアへと躍り出た。





 ……二つのクラフトによる戦いは尚も加速する。


【>脚部ハンドガン、リロード完了】


 そのシステムメッセージが表示された瞬間、晶は再び両膝の収納部から拳銃を取り出して射撃を再開する。

 だが、これが有効打ではないのは頭で理解している。あくまで牽制、それも上半身の人間の部分の動きを鈍らせる程度しか効果は期待できない。

 それでも、時間稼ぎにはなる。晶はそう思考して、次の一手を練った。


 ――レジェンド・カレイド・カルサイトは、白兵万能型の戦闘に特化したクラフトである。

 このパワードスーツが本体であり、これを身につけ身体能力を高めるのが基本的な性能だが、その他にいくつかの武装を展開する事が可能だ。

 各部に収納されている……というよりは、様々な部位から"出現"する武器を駆使して敵に立ち向かう、ある意味もっともシンプルな攻撃型のクラフトである。

 ゆえに、晶とレジェンドの戦いは常にシンプルで、勝敗も簡潔だ。


 目の前の敵を、力でねじ伏せるか、ねじ伏せられるか。


 弱肉強食、それは自然の摂理だ。

 最も原点に近い領域で、晶は実に八人のプレイヤーを倒してきた。……星弥を数えるならば九人だが、これは余談だろう。

 しかし、それらのことごとくは晶が入念に敵ホルダーを調査した上での戦いだったのも大きい。

 星弥にはレジェンドは調査能力に乏しいと言っているが、ホルダーサーチとこのレジェンドの機動力を持ってすれば、ホルダーの発見自体はそう難しい事ではない。

 その上での追跡から強襲を行うという基本的な戦術で、晶は多くのプレイヤーを倒してきたのである。

 だからこそ、目の前にいる蜘蛛型のクラフトは晶が対峙する中で最も得意でありながら、最も苦手とする敵なのだ。


 ……レジェンドは純粋な力だ。だからこそ、"力が拮抗する相手"にどこまで通用するか。


 別に今が晶とレジェンドの全開ではないし、限界でもない。

 だが、あの金属で出来た蜘蛛女の耐久性、防御能力は本物だ。

 立て続けに放たれる銃弾が、"着弾する前にはじかれる"。

 あろうことか、先程まで攻撃に使っていた鉄糸の刃……それを振り回すことで、あの蜘蛛女は銃弾を"たたき落としている"のだ。

 ただでさえ時間稼ぎにしかならないというのに、この拳銃はレジェンドの遠距離武器の中ではかなり威力が高い代物だ。

 それをこの至近距離で迎撃されていては、射撃戦ではお話にならない。

『――なら接近して、まずは足を止める』


【>フォトンブレード展開準備完了、稼働時間に注意して下さい】


 右腕の甲部分から金属製の刃が飛び出し、そこに光の粒子が収束する。

 熱を伴う光の刃。これであの鋼鉄の体を切り裂けなければ、いよいよ関節技にでも挑戦しなければならない。

 ハンドガンの残弾がなくなる。無くなればその時点で蜘蛛女は防御姿勢を解きこちらに突進してくるだろう。

 だから晶……レジェンドは疾駆した。残りの弾丸を全て叩き込みながら、左手の拳銃のみ残して銃を捨て、右手は蜘蛛型の左前足に狙いを定める。

 どれほどの知性がこのクラフトにあるのかはわからなかったが、それに合わせて蜘蛛女も片腕の鉄糸刃をレジェンドへと向ける。

 目で追えない、高速で回転しその遠心力だけで対象を斬る刃。右手から迫るそれの軌道を読み、光の刃を合わせた。刃は円の機動を行うそれの動きを妨げ、いとも容易く切断する。

 中途で切れた鉄糸が行き場をなくしてレジェンドの頬をかすめる。装甲に傷はついたが、それは晶にとっては無傷も同然。

 既に距離は詰まっていた。左手の銃が弾切れを起こしたので、最後の一発にと上半身の女めがけて拳銃を投げつける。

 あっさりと輪切りにされる銃を尻目に、レジェンドは目標を捉え、光の刃を脚の一本、その根元に押さえつけた。

 同時に上から来るであろう蜘蛛女の刃に注視しながら、蜘蛛の真下に滑りこむ。これで刃は届かない。なおも足の根元に執拗に光刃を押し付けると、ついに火花が立ち、ゆっくりと……しかし確実に刃に手応えが生まれた。


 瞬間、力任せに右腕を振り切る。


 もしも蜘蛛女に声帯があったなら、もっともらしい雄叫びをあげていただろう。

 ガランガランと音を立てて転がる鉄の脚。

 同時に、下に潜り込んでいたレジェンドを覆っていた影が遠のく。

 見上げると、蜘蛛女はその場から高く跳躍し柱に脚を突き立てる形で空中に居座った。

 だが、自身の重さゆえか、それとも脚が一本足りないからか……おそらく後者だろう、蜘蛛女はその姿勢を維持しきれずに再び飛び、レジェンドと距離をとる形で着地した。


 いける。晶は確信する。

 何も変わらない。レジェンドが構える。


 ――目の前に立ちはだかる敵を、己が力で妥当する。


 レジェンドに許された戦い方は、それしかないのだから。





 *





「……だいぶ、避難してきた客はさばけたな」

 モール街へと続くエントランスホールの出入口で、数十人規模の警察官が一般客を外へと誘導していく。

 それを遠巻きに眺める形で、無精髭の男……鮫島利和さめじま・としかずは顎のひげを撫でた。

「はい。反対側のエントランスも避難してきた客を外に出すことが出来たようです」

 その脇に控える形で、黒い長髪の女性……小境亮子こさかい・りょうこもまたその光景を一瞥した。

「しっかし、とんだ厄日続きだな。病院で気絶してあわや入院かってところを叩き起こされたと思ったら、今度はこんな大型モールにまで呼び出しかけやがって」

「怪我は打撲だけだったんですよね? ……まあそれでも、よくそうピンピンしていられるな、とは思いますけれど」

「年寄り扱いすんじゃねぇよ。お前みたいな小娘とは年季が違うんだ」

「だから心配してるんですよ。ただでさえ"こんな事例は初めて"なのに」

「……そこに関しちゃ、新人もベテランも関係ねえわな」

「ええ。しかし、まだ信じられません。鮫島さんのいう篭手のような武器をもった青年、突然壁を創りだした少年……」

 鮫島が目を覚ましたのは、病院での爆発騒ぎの犯人と思しき青年に"ぶっ飛ばれて"気絶してから数時間後の事。

 起きた当初は腹部の痛みでまともに動けなかったが、相手が手加減したのか結果的にはほとんど無傷で済んでいた。

 深夜に行われたそんな鮫島の証言――というにはあまりにもお粗末な――を警察に進言し、上層部から返答が来たのが今日の朝の事。

「これよりこの事件は専門家主導のもと対策が行われる。鮫島君はこれに参加、また重要参考人としても協力を惜しまないようにね」

 此咲市の警察署長直々の抜擢と、専門家とやらの"お守り"。朝一番で頭痛の種を大量投入されながら鮫島は病院の再調査に向かったのだが、その矢先で"件の専門家"からモール街に呼び出しがかかったのが三十分程前の事だった。


『事件の重要参考人と思われる集団がモール街に向かったらしいんですよ。もしも何か起きたら、それにあわせて警察で避難誘導して、モール街を封鎖してほしいんですよねー』


 ここ最近で一番驚いたテロ予測だったと、鮫島は数時間前の電話を思い出す。

 なにせその友達にでも教えるかのような軽い口調もさることながら、その声の主は……。


「ああ、ちょっとちょっと。中身こぼさないでよー? はい、オーライオーライ!」


 甲高い女性の声が響き、小型トラックがバックしますという女性の声を連呼しながらホール内に入ってくる。

 トラックが積んでいるのは巨大な水槽。何に使うのかは知らないが、あまりにも緊張感のないその白衣の女性に鮫島は近づいた。

「……この水槽、何に使うんです、小野原さん」

「あい? 何って、このモール街にいる犯人相手に使うんですが。……あ、ちょっと、美幸みゆきはどこ!? 連れてきて! はよ!!」

 一瞬振り返ったのは、そばかすが印象的丸メガネの女性……小野原園子おのはら・そのこである。

 場違いな白衣を着込んで、一心不乱にトラックが運んできた"海水入りの水槽"を自らガイドするこの女性こそ、まごうことなき専門家集団のトップである。

「『スプロン』……信用できるんでしょうか」

 亮子が小声で鮫島に囁く。

「"超研"ってのがお国のどっかにあるってのは聞いてたが、まさかそのトップが出張ってきて、しかもそのお守りとはな」

 スーパーナチュなんとかパワー……正式名称を思い出そうとして、三秒で鮫島は挫折する。

 超能力研究機関、通称スプロン。

 上層部の決定とはいえ、こんなインチキくさいオカルト集団と警察が手を組むようじゃ世も末だと鮫島は思った。

「世も末ですね、声を大にはしませんが、こんなオカルト集団と警察が手を組むとは」

「……まあ、なあ」

 亮子が自身と全く同じことを口にしたのに苦笑いしながら、そうして他人から出たその言葉に素直に同意できないでいる自分を鮫島は感じていた。

 ここ最近の奇妙な傷害事件、殺人事件、爆破騒ぎ、そして今回のモール街のぼや騒動。

 それに合わせて出てきた超研なる研究機関。

 前々から感じていた嫌な予感は、物の見事に的中しつつある。

 そして、相も変わらず鮫嶋は経験則で知っている。

 もう巻き込まれちまった。

 もう逃げられない。

 どうあがいても俺や亮子は、この大きなうねりに飲まれていく。

 そんな直感めいたものが鮫島の脳裏を走る中で、彼が睨みをきかせていた白衣のメガネ女は、振り返って満面の笑みで声を上げた。




「準備ができあした! それじゃあ、ちゃっちゃと中にいる"ホルダー"を何とかしちゃいましょう!」






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