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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
這いよる幕開け
11/20

10/終息、夢堕

 生徒会の鬼。誰かが俺をそう呼んだ。

 遠目からガンを飛ばす茶髪の先輩をあしらうのも手慣れたもので、多少の舌打ちなど半年で耳に入らなくなった。

 まあそうして忙しくも充実した日々を過ごした中学ではあったが、高校に入る頃にはそんなものも昔話。


 ――熱が冷め、俺は自分に正直に生きたくなった。


 だから、俺にとって生徒会なんて肩書きは窮屈になり、結果的に離れる事になっただけ。

 生徒会というコミュニティも、あの家と同じものに成り果てた……ただ、それだけだった。


 目が覚めたら、視界が白に包まれていた。

 息苦しくなり、顔にかかっていたそれ……スカーフをどけて、重力に逆らうようにして星弥は起き上がる。

 ……なんで、自分の部屋にいるんだ?

 窓の外から光が差し込む室内で、そんな疑問を星弥は抱いた。

 体を触る。どこも痛い所はない。服装はそのまま。疲れが残っている以外はいたって健康。

 服は……ところどころ汚れているが、まあそれも仕方ない。なぜなら……。

 そう、俺は、昨日、病院で戦い、逃げ延び、そして。

 体中をまさぐる。

 無い。

 どこにも無い。

「クラフトカードが……ない」

 言葉にして、実感する。


 ――『終わりだ』


 あの、白いヤツだ。あいつと戦おうとして、あっという間にやられて、そして。

 そして……カードを破壊された、のか……?

 星弥の顔から生気が抜けていく。

 単純な喪失感。

「終わったのか……」

 純粋な虚無感。

 同時に、なぜここにいるのかとか、あれからどうなったのかとか、そういった事がどうでもよくなる感覚に星弥は陥った。

 ……とりあえず、何か食べよう。

 そう思い立ち、いつもの癖でテレビをつけながらベッドから抜け出す。

『――昨日発生した新凪病院での爆発事件について、警察によりますと、容疑者は依然逃走し行方がわからないとしており、市民から不安の声が上がっています』

 冷蔵庫を開けてロクな食材がないのを確認してから、星弥は部屋の外へと飛び出した。


「ありがとうございましたー」

 店員の声に送り出されて、星弥はコンビニの外へと歩み出た。

 空を見上げると、今日は珍しく冷夏という言葉が似合う天気で、程よい気温の駐車場脇で星弥はおにぎりに口にする。

 海苔の芳ばしい香りと、マヨネーズとシーチキンの味が口の中に広がって、胃の中を満たしていく。

 途端に、星弥は自分が空腹だった事を自覚した。

 シーチキンおにぎりをたいらげて、合わせて購入したコーヒー牛乳を飲み干す。

 満腹には程遠いが、心地良い感覚が全身に行き渡った。

「ふぅ」

 息がこぼれて、静寂の中に消えていく。

 昼過ぎの住宅街は平日の夏休みにしてはやけに静かで、どこか騒いではいけないような空気をもっていた。

 行き交う人々もまばらで学生が多いわけでもなく、此咲中央に対して殺風景なのも原因の一つだろう。

 だが、一つであってそれが本因ではない。

 例えば、最近の治安の悪さ。この付近でも学生が一人……

 食事で出たくずをゴミ箱に放り込んで、星弥は中心街へと足を向けた。

 それだけで、まばらだった人影は徐々に増え、通行人の波に星弥は飲み込まれていく。

 いつもの人混み、いつもの繁華街。道行く人々は思うがままに練り歩き、星弥もそれにならっていつもの道のりをゆく。

「あ」

 ふとしたところで目に止まったのは、ゲームソフトを扱う店の広告だった。

 そういえば、夏休み始めに発売していた欲しいゲームがあったんだ。今の今まで、星弥はそんなインドア趣味をすっかり忘れていた。

 そのまま、星弥はふらりとゲームショップの中に入る。

 妙に久しく感じられる騒がしい店内に、星弥は少しだけ気圧される。

 しかし、それもほんの数秒の話だ。すぐに気を取り直して、陳列棚に近づき目当てのゲームソフトを手にした。

「…………お、これもか」

 夏休み始めはゲームソフトメーカーにとっても商売戦略上重要な期間で、夏休みを機にゲームを遊びたい、という学生たちに向けたタイトルが発売される事はしばしばある。

 よって、目玉商品となるものは往々にして夏休みや冬休み、クリスマスなどの時期に集中し、ゲーム会社間で売上争いが起きる事になる。

 そうしてそれなりにゲーマーである星弥からすれば、欲しいゲームソフトがたくさん並んでいるこの現状はとても魅力的なはずだ。

「…………」

 ゲームソフトを四本、五本と手に取り、レジに向かう。

「三万四千八百円になります」

 店員のてきぱきとした対応に目も向けずに言い値を払うと、ビニール袋に詰められたゲームソフトが星弥の手に渡った。

「ありがとうございました」

 買ってしまった。内心で事も無げにそうつぶやいてから振り返ると、目の前に人がいて思わず引き下がる。

「っと、すみませ」

「うわ、ブルジョワだねー」

「って、あれ、左月?」

 視界に飛び込んできたのは、興味深げに星弥のビニール袋を眺めるボブカットの少女……左月菜月さつき・なつきだった。

 杏色のレースワンピースに茶色いブーツの左月は、星弥の記憶にある制服姿よりも少しだけ身長が高い。

「こんにちは、日月君」

「あ、ああ、こんにちは」

「呼び捨て、久しぶりだね」

 そう言われて、星弥は自分が彼女を左月と呼んだのに気づいた。

「え? ああいや! ご、ごめん」

「……なんであやまるの? 別に良いのに」

 反射的に謝った星弥に、左月は不満気な顔でそう言ってから一歩下がる。

 左月の動きで自分がレジの列を邪魔しているのに気づいた星弥は、客と店員に会釈をしながら店から出ていく左月を追う形で退店した。

「あれ、左月さんは何か買い物じゃないの?」

「……ちがうよ、わたしゲームしないし。知ってるでしょ?」

「あー、そういえばそうか。じゃあなんで?」

「日月君が見えたから声かけようと思ったの! それだけ!」

 率直な疑問をぶつけたら、それが不愉快そうな声で戻ってきて、星弥は気圧されてしまう。

 その間にもつかつかと前を歩く左月。別についていく理由はないのだが、会った手前挨拶もなしに去るわけにもいかず、早足で左月の後を星弥は追う。

「な、なんで怒ってるんだよ……」

「別におこってないよ。わたしは悲しいだけです」

「悲しい?」

「声かけた時の日月君、中学の頃みたいだったのに、すぐ戻っちゃった」

 …………。

「別に、前も今も同じだろ」

「……うーん、まあ、大まかにはそうなんだけどねー」

 そうして裏に続く星弥の様子を伺っていた左月は、ひょいっと星弥に近づいてきて隣に並ぶ。

「日月君、今日はピコピコだけ買いに来たの?」

 それで話は終わってしまったのか、左月が興味を示したのは再び手に下げたビニール袋。

 ピコピコ? と一瞬何を言ってるのかわからなかった星弥だが、すぐにそれがゲームソフトを指しているのだと気づいて言葉を返す。

「いや、これはなんとなく買っただけだよ。衝動買い」

 昔からの習慣というか、なんというか……いつものように買ってしまっただけ。

 だが、それは欲しかったというよりは、"とりあえずゲームでも買ってみるか"というような場当たり的な発想だった。

「そんな何となくで三万円も使っちゃうあたり、お金もちだよねー」

「まあ、実家からの仕送りは相変わらずだからな」

「親御さんとはまだケンカしてるの?」

「喧嘩っていうか、冷戦だよ、あれは」

 高校生で一人暮らし、そこそこの部屋に、多少散財しても困らない程度の額が毎月のように口座に振り込まれてくる。

 それもこれも星弥の育ての親である祖母からの"命令"であり、星弥もそれを甘んじて受け入れている。

「じゃあ、その買い物は八つ当たり?」

「……はは、そうかもな」

 八つ当たりで買い物をした。衝動買いとはまさしくこの事だろう。左月の物言いに妙に納得して、星弥は袋をぶらぶらと揺さぶった。

「あ、やっと笑った」

「ん?」

「日月君、今日の君には笑顔が足りない」

 やたらと偉そうな素振りと口調で左月が星弥を指さす。

「そうか? 別にいつも通りだと思うけど」

「それはー……まあ、いつも通りだけど」

「だろ?」

「でも、いつも通りのふりをしてるのがわかるくらいには、私たちって付き合い長いよ?」

「――だろうな」

「高等部に入ってからはあんまり顔合わせも出来てないけど、中学からの数少ないお友達だからね」

 親しげに話すも、校内の顔見知り程度の仲……というのは星弥の中での認識であり、彼女の言葉に言い換えれば、それは「中学からの男友達」に等しい。

「日月君が女の子苦手なのは知ってるけど、人間なんだから牛みたいに草だけ食べてればいいわけじゃないんだからね?」

「……おい、ちょっと待て。なんで今、女嫌いの草食系男ってレッテルをはられて説教されてんだ?」

「だってもてるのに彼女いないじゃん」

「いやいや、モテてないから……」

 冗談抜きで、異性からそういうアプローチを受けた事は星弥にはない。

 そう否定して、左月はあろうことかそれを頷いて肯定する。

「それはそーだよ。だって日月君、鈍感だもん」

「はぁ?」

「気配りが足りないってこと。女の子の事をよく見てない」

「……例えば?」

「私の髪型が変わってる事とか」

「え?」

 そう言われてみて、星弥は左月のセミのボブカットを確認して、自分の記憶と照らし合わせる。

 ……そういえば、終業式ではストレートのセミロングだった。そうして言われて自覚もしてしまうと、もはや星弥は口をつぐむしかない。

「ほら、わかってないでしょー。中学の頃にやってた服装チェックみたいに、舐め回すように見て違いを見つけないと!」

「んなこと言われたってなぁ」

 見れば見るで怒るくせに。

「見れば見るで怒るくせに」

「いやらしー目で見なければだいじょう、ぶっ」

 思ったことがそのまま口を突いて出てしまい、星弥は左月からチョップを受けた。

「いてっ」

「女の子に限った話じゃないけど、人を見たままで判断しちゃうのは日月君の悪いくせだよ。もっとよく人間観察しなきゃ」

「そんな事、言われたってなぁ」

 人間なんて、多かれ少なかれ誰だって仮面を被っていると星弥は考える。

 自分はもちろんのこと、この左月という少女にしろ、周囲にいる通行人にしろ、誰でも表の顔や裏の顔はあるものだろう。

「大切なのは、本質を見ぬいたとして、それに対してどう接するかだと思うけどなぁ」

「じゃあ、例えば私がわるいひとだったら?」

 顎に指をあてて、左月がそんな事を聞いてくるものだから、その指に目がいく。

 彼女の口元にホクロがあるのに初めて気づいて、それから星弥は舌っ足らずな声で出された「わるいひと」について考えてみた。

「……んー、ショックで立ち直れなそうだ」

「ショックなんだ」

「そりゃそうだろう、裏ではそんな事してたなんて、ってほとんどの人はなると思うけどな」

「だから、人のことはよく見てないと、そーいう時にびっくりするの。わかった?」

「ああ、確かにな」

 思えば、左月とこうして話し込むのも初めてかもしれない。

 中学からの付き合いといっても一言二言かわして終わりというのが多かった彼女との久しぶりの会話は、何が目的なのかよくわからない、そんなとりとめのない会話だった。

「それじゃあ、私はこれからショッピングモールに行くから」

「ああ、気を付けてな」

 星弥はそう言って踵を返す左月に声をかけたが、左月は背中を向けたまま動かず三秒立ち尽くす。

「……どうかしたか?」

「……なんでもないっ」

 振り返って舌を出したかと思うと、左月はそそくさと歩き出して、あっという間に人混みに消えていってしまった。

 なんなんだあれは。星弥はそう思いながら後頭部をかいて、そこで気持ちが少し晴れていた事に気づく。

 ……ありがとうの一言でも言っておけばよかった。そう思ったが、左月の連絡先も知らない星弥にとっては、夏休み明けまでに左月に会えるかどうかは皆目見当もつかなかった。

 今からでも追いかけて言うか?

 それで、そのまま買い物にでも付き合って……。

 そんなありえない妄想をして、星弥は星弥で踵を返して歩き出す。

「――ねえ、日月君!」

 そんな星弥を追いかけて声をかけてきたのは左月だった。

「ん、なんだ?」

 別れたと決め込んだばかりの人間に声をかけられて気圧されながらも、星弥は振り返って左月を見る。

 軽く息を吐いた左月が、ケータイの電話を取り出して星弥に見せる。

「終業式の時は断られちゃったけどさ……八月になったら、どっかいこ?」

 左月からの思わぬ持ちかけと、携帯を取り出した意図の点をむすびあわせて、星弥はそれが連絡先の交換をしようという提案だと察した。

「……ああ。そういうのも、悪くないかもな」

 面を食らったのもほんの僅か。すぐに星弥は、"そういうのもありだな"と頷いて、彼女の提案を受け入れた。



 *



 ――そうして左月と別れ、自宅アパートまで帰ってくる頃には、星弥の中で多少なりにも気持ちの整理が出来ていた。

 まるで、夢の跡のようだ。星弥は内心で、昨日までの出来事を思い描きながら自室のドアを開ける。

 室内から聞こえる人の声に、星弥はテレビを消さずに出かけた事を思い出し、そうして部屋の鍵をかけずに飛び出したことにも気づいた。

 我ながら、細い神経なりにダメージはあったらしい。

 そう心で悪態をついて、軽く息をついて部屋にあがった。

「あら、おかえりなさい、アキナリさん……! あ、アケミさん!?」

「こんばんは、ショーコさん」

「ああ、偶然そこで行き合ってな」

「どうして!?」

 キッチン兼バスルーム入り口兼トイレ前の、T字路のドアの向こう……事実上の生活スペースであるリビングから、ドラマらしきくさいセリフ郡が聞こえてくる。

 それがやけにシュールで、余計に日常生活の平凡さを星弥に改めさせた。

「どうしてって……そりゃあ、ばったり会えば話に花も咲くだろう?」

「だからって、別にこんな日につれてこなくてもいいじゃない」

「なんだその態度は。彼女は共通の友人だろう」

 さて、これからどうするか。

 とりあえず買ってきたゲームでも軽くして……いや、それよりも風呂か。結局、昨日はすっぽかしてしまったし。

「そんな事を言ったって……もう来てしまっているし、何より彼女の前で話す事じゃないだろう。あまりにも失礼だ」

「全くだ。分をわきまえるべきだ、君は」

 まあでも、ひとまずはベッドでもう一眠りもいいか……。

「大体、なんなんだこの女は。自分から亭主を尾行しておいて素知らぬふりを決めたと思えばこの態度。自分のことは棚に上げて少しばかり仲の良い異性に対して理性のかけらもない応対をするなど言語道断じゃないか」

「…………」

「しかも悪いことに本題に入らない。本音を素直にいえばこの亭主ならある程度の理解をもってくれるだろうに、どうして遠まわしに気づいてほしい素振りしかしないんだ……はっきりと面と向かっていえばわかりあえるのが夫婦というものではないのか」

「……………………」

「そもそも――」

 星弥は勢い良くドアを破り、室内に飛び込んだ。


 そこで、星弥はありえないものと出会った。


 ――人形が、自分のベッドに腰を下ろして座っている。

 昼を過ぎると日当たりが悪くなる薄暗い室内で、なおも黒い首元まで伸びた髪。

 対して寒気すらするほどの色白い肌に、横からみてすぐにわかるほどの端正な顔立ち。

 黒いシャツに青いジーパンというラフな身なりではあったが、そんなものが霞むほどの『整った人間』だった。

「ああ、帰ったのか。僕が戻ってきた時には既に君はどこにもいなかったから、ひょっとしたら逃げられたのかとも思ったけれど」

 凛とした声で、星弥を見る。その存在。

「あ、な……」

 事も無げに言葉を紡ぐ異質の存在に対して、星弥は言葉を失った。

 この女……いや、一人称からして男か。こいつはどこから入った? 鍵がかかってなかったから?

 いや、そもそも前提からしてその疑問は破綻している。問題は、こいつがなぜここにいるかではなく、こいつがなぜ"俺を知ったように話をふっている"のかだ。

「ふむ、驚いているな。いや、それは仕方ないだろう。なので手っ取り早く話をすすめるが、僕の名前は姫乃城晶ひめのじょう・あきら。昨晩君を気絶させたホルダーだ」

 完全に思考回路が停止した星弥をよそに、自らをホルダーと名乗った姫乃城晶なる人物は、そうしてスッと音もなく立ち上がる。

「昨、晩……!?」

「そうだ、全身スーツでわからなかったろうが、あれは僕のクラフトだ」

 ビニール袋が、ゲームソフトのパッケージが床にぶつかる音と共に潰れる。

 星弥が後ずさるようにして玄関へと振り返ろうとするのと、晶がそれを制止するべく星弥の腕を掴んだのはほぼ同時だった。

 立ち上がった時同様、ほぼ音もなく近づかれて腕を掴まれた事に星弥は驚愕する。

「な、離せ!」

「その通りだ、話せばわかるから落ち着いてほしい」

「俺を殺しにきたのか!?」

「だから話せばわかると言っているだろう、いいから僕の言を聞け」

 星弥はその腕を振り払おうとするが解くことが出来ない。かといって力強く握り締められているわけでもない。

 そうして改めて相対した晶は、170を少し越える星弥に対して頭半分ほど低く、決して屈強そうな体格ではない。

 だが、外せない。こんな力、この体のどこから出て……

「……これはクラフトの力か……!?」

「あえて質問に答えよう、その通りだ。身体強化というその名の通りのスキルがあり、僕は今その恩恵を受けている。……抵抗しようとは思わない事だ、僕はこの状態で自動販売機程度なら天高く投げられるぞ。体格差で何とかなるとは思わない方が身のためだ」

「くそ、ふざけやがって……」

 あまりにも例えがぶっ飛んでいて、思わず星弥は悪態をついた。

 そもそもからして、一言二言と口を開くたびにこの仰々しい態度、口調。

 確かに昨日の白いスーツの人型と人物像は……いや、雰囲気はそれに近いが、明らかに体格が違う。完璧に覚えているわけではないが、少なくとも180近い体格だったはずだ。

「ふざけてなどいるものか。その気になればこの場で君を投げても構わない」

「それがふざけてるっていうんだ。俺を笑わせたいのか……」

「ギャグだと思うか?」

 そうじゃないのは星弥だってわかってる。

 だが、あまりにもこの状況が異質すぎて、現実として処理できなくなっているだけだ。

「いや、そうじゃない。ただ」

 だから、星弥は思った。

 ――何というか、妙に強迫性に欠けるというか。

「――何というか、妙に強迫性に欠けるというか」

 思ったままを、口にする。

「それはそうだ。これは脅迫などではない。単なる軽口だ」

 差も当然のように、晶は星弥を真っ直ぐ見て言い放つ。

「にしては、真顔で妙に迫力があるから、すぐに腕を離して欲しいんだが……」

「ふむ、いいだろう。僕の話を聞いてくれるならな」

「……ああ、わかった。話は聞くよ」

 もうどうでもいいからな。星弥はそうして両手をあげて晶の横を通り過ぎ、ベッドの上へと飛び乗った。

「好きなように話してくれ。もっとも、俺に出来る事がなさそうならその場で帰ってもらうぞ」

「なんだ、急に投げやりになったと思えば開き直りか」

「その通りだ。俺にはこの後ゲームがどうなろうと関係ないしな」

「参加者のくせに勝手なことを。まだ負けたわけでもあるまいし」

 ――なんだって?

「……今、なんて言った?」

「リタイアする前からゲームオーバーだと決め込んでいれば勝てるものも勝てないと言ったんだ」

「リタイアする前から……!? 俺のカード、破壊してないのか?!」

 そう言いながら、星弥はあわてて体をまさぐる。

「だから、話を聞けと再三言っている。君のカードは破壊してはいないし、君自身もリタイアの自覚はないはずだ」

「た、確かにそうだが……あ!」

 そうして星弥は、ようやく大切なことを思い出した。

 ここ数日で大分こなれた動作。左手を左目元に添える。

 ――視界を文字情報が埋め尽くす。属性の世界。顛帯を観測する魔眼の力。

 そう、これだ……。

 俺の魔眼は、まだ消えていなかった。

 そんな些細な……どうでもいいとまで思っていた事に安心感を覚えて、星弥はただただ息を呑み、数秒して大きくそれをはいた。

「……納得したようだな。だが、安心するのはこれからの話を聞いてからにしてくれ」

 安堵に包まれたのもつかの間、それを急速冷却するかのように晶が頭上から声をかぶせた。

 ベッドに座り込んだまま、星弥は改めて晶を見やる。

「確かに、君のカードはまだ壊されていない。だが、それは僕の手の中にあるといっていい」

「……それはつまり、人質ということか?」

「カードを擬人化するのなら、まあそんな所だろう。今は僕がとある場所に保管していて、この交渉が決裂した場合、僕はそれを破壊する事になる」

「……確か、俺のクラフト能力を教えろ、だったな」

 昨晩の会話を思い出し、星弥は晶が求めていたものを思い返す。

 だが、頭を振ってそれを改めたのは晶だった。

「いや、今は少し前提条件を切り替えた。単刀直入に言おう。……僕に協力して、ゲームの最後まで生き残る気はないか? "日月星弥"」

「!? どうして、俺の名前を」

「こちらが自己紹介をしたのに名乗らないからだ。ちなみに、君をここに運ぶまでに身分証をあらためさせて貰ったが、自宅まで連れてきた駄賃だと思って諦めてくれ。それよりも」

「ああ、協力しろ、って話だろ。それはつまりどういう事だ?」

 このゲームは最後の一人のみが優勝者となり、ゲームの賞品が与えられるはずだ。

 確かに病院での一件のように複数人で行動することでホルダーを減らすのは効率がいいかもしれないが、最終的な一人を選出する際に仲間割れが発生するのは必至だろう。

「……君も知っているだろうが、このゲームの勝者はただ一人。最終日までにホルダーが一人にならなければ没収試合となる」

「その通りだ、だから共闘するってのは」

「"だからこそ"、ゲームの最後まで生き残ると言ったんだ」

「……? じゃあつまり何か、最終日まで協力して、最後に敵同士になれって事か?」

「察しが良くて助かる。概ねその通りだ。最終日に向けてホルダーを効率良く減らすために協力し、最後に恨み無しの戦いをする」

 なるほど、それは確かに理にかなっている。星弥は頭の中で晶の提案を少し整理する。

 一部を除いて、ほとんどのホルダーは当然のように単独で行動し、ホルダーサーチやエンカウントを利用して戦いを繰り広げているはずだ。

 その中で、最終戦になるその日まで共闘する。

 複数人になればその分ホルダーの探索も、戦闘も有利になるはずだ。

 そうして最終的に残ったメンバーで恨みっこなしの決勝戦を行う……それは確かに、他のホルダーからしてみれば汚いが、協力関係としてはフェアなものなのだろう。

 一見すれば、だが。

「……それがどれだけ俺に不利かはわかっていての提案ということか?」

 そうだ。あまりにも真正面切っての手合わせだったとはいえ、俺は一度こいつにいとも簡単に気絶させられたはずだ。

 おまけに、能力の詳細こそ明かしていないが、相手方にはこちらの能力が戦闘に特化していない事もバレている。

 その上でなお、協力して最終戦まで残り、最後に私と戦って下さい、などと言っているわけだ。

「そんな提案はふざけてると思うか?」

「思いたい所だけどな……実際、俺にはお前の提案を拒否する選択肢はないじゃないか」

 断ればクラフトカードが破壊される。受け入れても……少なくとも二人が敗北するという事態にならない限りは、とりあえずリタイアは保留になるが、それでも待ってるのはこいつとの正面衝突だ。

 まだどんなクラフトなのかも知らないが、確実にこの晶というホルダーのクラフトは事戦闘能力に特化しているはずだ。

 勝てる気はしない……だが、断ることも出来ない。それが星弥の率直な感想だった。

「そこまでわかっているなら、むしろ単純な話じゃないか。僕との協力を受け入れて、最後まで生き残ればいい」

「簡単に言うがな――」

 納得できず食い下がる星弥。

「僕は簡単な話しかしていない」

 しかしそれを、晶は両断し、一蹴する。



「――僕を今ここで倒すか、最後に倒すか。君に聞いているのはただそれだけだ」



「……!」

 その、余りにも真っ直ぐな言葉に、星弥は息を呑んだ。

 今ここで倒すか、最後に倒すか。

 そうか、最初からこいつは俺のことを味方に引きこもうだなんて思っていないんだ。

 考えているのは、利用できるか、できないか。ただそれだけ。

 そして、あろうことかこいつは……

「俺もお前を利用しろ……そう言いたいんだな?」

「君は本当に察しがいいな、気が合いそうで何よりだ。だからこそ、いつまでも優柔不断なのが解せない。ここまで言えばわかるだろう? 僕たち二人は、ホルダーであるというその前提からして争う運命にあるんだ」

 確固たる明言。

 絶対の真実。

 晶のその直球を、星弥はやけに好ましく感じた。

 だから、最初から変えなど効かなかったはずの一本道を、星弥は改めて見つめて、頷く。

「……わかった、その提案に協力する。そして、俺は最終日までにお前をどうやって倒すかを……考える」

「了解だ。最初から決まっていた返事ではあったが、考えぬいた末にでたその答え……最後の戦いを楽しみにしてるよ」

 そうしてそこで、不意に晶の表情が崩れた。

 やわらかくも力強い笑み。同時に、晶は星弥に向けて手を差し出す。

 それにどこか胸の高鳴りを感じながら、星弥はゆっくりとその手を握った。








 『ナイアーラトテップの微笑み』


  ゲーム続行 八日目













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