09/戦い、決着
おばあ様に頬をはたかれたのは、それが初めてだった。
激しい衝撃の後に頬に熱がやってきて、わけもわからず僕は泣いた。
――人様に迷惑をかけてはいけない。
おばあ様が口を酸っぱくしていつも言っていた事だ。
だから僕は、自分がとてもいけない子なのだと、そう思った。
「なるほどな……ガキをやったのか、お前」
緊張で手が震えるのを星弥は感じていた。
屋上にやってきた赤い篭手の男……上田を前にして、星弥は息を飲む。
なぜ俺はこんな事をしている?
ふとした拍子に出た疑問がそれだった。
それは、戦う、戦わないという前提ではなく、もっと後の話……なぜ、"この状況で戦おうとした"のか。
何度も何度も自覚し、認識してきたはずだ。脳裏にその言葉が蘇る。
――顛帯観測は戦闘に不向きなクラフトだ。
こと黒手の能力に限っていえば、戦闘に流用することも不可能ではない。
だが、その黒手にも"明確な弱点"がある。
「どーりでサーチに一人しかひっかからなかったわけだ。逃げなかった度胸は褒めてやりたいが……それとも、ビビって足が動かなかったか?」
両腕に装備された篭手を叩き合わせ、上田は笑みを浮かべた。
震える足で踏みとどまるように、星弥は再び息を飲む。
黒手最大の弱点、それは『真正面からの戦闘に対する迎撃能力の低さ』である。
厳密に言えば、迎撃は可能だが即応性がないというのが適切か。
事前に準備すればそれなりの対応ができる黒手だが、その場その場では『セーブ』と『ロード』という二つの動作を踏まなければならない為、どうしても咄嗟の使用には隙が応じる。
加えて、能力を使う者に手段がなければ、黒手はその力を発揮することはかなわないのだ。
……登山をする人間と山に住む獣には、決定的な違いがある。
あらゆる危険を想定して装備を整える人間は、想定しきれなかった事態が起きると一瞬で危機に陥る。
対して、獣は生命として本来備える身体能力のみで多くの危機を脱する……つまり、地力に差があるのだ。
この場合、星弥が登山者ならば、相対する上田はまさに"戦いの獣"。
一目でわかる近接攻防型のクラフト。あのゴーレムを倒してしまった事から察するに、その戦闘能力も計り知れない。
それに比べて星弥は、まさに着の身着のままである。"事前準備"がどれだけものをいうか……星弥は用意した全てのものを脳裏に浮かべ、必死に対応を考えた。
「シカトかよ……ボサッとしてんなよ、いくぞコラァ!!」
痺れを切らした上田が駆け出した。
その速度は人並みのそれだったが、星弥は一歩足をさげ、懐から銀色の指輪を取り出す。
指輪の属性を垣間見る。鉄、輪……その中の空洞にあるものは……"穴"……!
「セーブ――ロードッ!」
後先を考えず、地面に手をつけて星弥は叫んだ。瞬間、上田の視界から星弥が消える。
「なに……!?」
上田は一瞬混乱するが、すぐにそれに気づく。……足元のコンクリートに大穴が空き、下の病室が丸見えになっているのだ。
なんだこの能力は!? 上田がそうして止まっている内に、星弥は転がり込むようにして病室から廊下へと飛び出す。
「はぁっ……! セーブ!」
病室から廊下へと出た星弥は、即座に"壁"に手をつけて属性を読み取り、扉に黒手をあてがう。
「ロード!」
黒手の力により、扉がコンクリートの壁へと変化する。
星弥は扉の変化を確認して、腰にあるポーチに手をかけた。
取り出したのはざらついている歪な玉だ。赤、青、緑とカラフルなそれを少し離れた床にばらまき、更に赤い筒……発煙筒を取り出して点火する。
赤い煙が出始めたそれを廊下に放り投げて、再び星弥は走りだした。
――数秒後、星弥が壁へと変えた病室の扉が砕け散り、上田が廊下に姿を現す。
「っ……!? くそ、今度はなんだ?!」
あたり一面を包み込む赤い煙に上田は咳き込む。耐え切れずに窓ガラスを叩き割ると、外へと煙が逃げ出す事でようやく視界がひらけてきた。
「ふざけやがって……!」
そう憤り窓の外から廊下側へと向き直った瞬間、"上田の右腕が飛来してきた物体をたたき落とした"。
「!?」
驚いたのは星弥だった。完全に不意打ちになる形で――しかも今度は確実に命中させるように――撃ったスタンBB弾をものの見事に弾かれたのである。
気づかれていた? だが、上田自身も驚いた表情をしている。わかっていなかったはずだ。
……だが、あの腕……"あの篭手"は反応していた……!
「っ、てめえ!!」
怒り狂った上田が星弥のいる方に向き直り、煙の中へと足を踏み出す。
直後、上田はスナック菓子を踏んだような感覚を覚えた。
それを見て、不意の恐怖心で後ずさった星弥も、刹那的に自分の用意したそれの存在を思い出した。
かかった。
バァン! という爆発音が立て続けに放たれ、赤い光……熱と炎が上田を襲った。
「ギャアアッ!!!」
服に火が燃え移った上田は、廊下に転がり火をもみ消そうともがく。
「な、だ……!」
大丈夫か。などと声をかけようとした自分自身を星弥は振り払う。
……かんしゃく玉から抜き取った火薬を重ねて作った爆薬。どういう原理かわからないが、正真正銘の爆弾だ。
それを使えばどうなるかはわかっていたはずだろ、星弥……!
「今なら、とどめが」
思わずこぼれた声。星弥は再びエアガンを握りしめ、銃口を転がり苦しむ上田に向ける。
迷うな。星弥は引き金を引いた。小さな発射音と共にスタンBB弾が上田に向けて放たれ……
「――ガアア!」
まだもがき苦しんでいる上田の意志とは無関係に、"赤い篭手がそれを弾き落とす"……!
「!?」
「クッ、ソがああああああああああああ!!!」
上田が雄叫びを上げる。
全身の火は消えたが、未だ満身創痍のその体を引きずって……いや、"引きずられて迫ってくる"のを星弥は瞬時に理解できなかった。
両手に装着された篭手……クラフトが上田の身体を引きずるようにして宙に浮き上がり、凄まじい速度で迫ってくる……!?
――不意打ちしたはずの攻撃への防御、そしてこの動き。
どういう原理で動いているかはわからないが、自動で攻撃し、防御が可能な自律行動するクラフト……!!
クラフトの強引な動きに、ついに上田の限界が来る。篭手が外れて廊下に再び倒れこんだ上田をよそに、自由の身となったクラフト、紅甲手が迫る……!
「……っ!!」
宙に浮かび真っ直ぐこちらへと飛んでくる二つの腕に星弥の思考は停止した。
かわせない。その一言が脳裏を埋め尽くし、無意識に頭を庇いながら身をかがめる。
鈍い衝撃が星弥を襲う。
今まで体験したことのないようなそれで、星弥は自分の体が宙に浮くという感覚を初めて覚えた。
視界が回転し、今度は背中に衝撃が走った。その痛みで、星弥は自分が廊下に"転がり落ちた"のだと理解する。
「っう、があ……!」
全身の痛みに思わず声が……いや、息が漏れた。腹部の熱で呼吸ができない。まるで火で熱した鉄棒をお腹に突き刺されたような、そんな痛みが腹の中で暴れだす。
「げほっ、ごほっ!」
星弥は暴れだす痛みを抑えつけて、わけもわからず横に転がった。
直前までいた場所にガン、と二つの篭手が突き立つ。痛みと熱に目が眩むが、頭は回っている。
あの状態の篭手には先ほどまでの力はない。もしも装着時同様にコンクリートを砕けるほどの力があるなら"とっくに星弥の腹はない"。
だが、腹部の痛みは身体に支障をきたすほどの威力を訴えている。おいそれとは回復しないし、逃げ切れる保証もない。
それでも、半ば這うようにして立ち上がる。
星弥が背後を見やると、上田は低く唸り声をあげているが、それ以上動く気配はない。
それと同時に、篭手も動いていないのを確認する。
……どうして攻撃してこない?
そんな疑問が一瞬だけ浮かんで、それを振り払うように星弥は立ち上がった。
腹部の痛みは一時的なもので、鈍い感触はあるが先ほどまでの激痛は消えつつあった。
逃げるか?
それとも、戦うか?
今ここで無理に戦う必要はない。俺もこの男の攻撃を受けているし、何より連戦で体力が限界に近づいている。今なら、
……今なら、"とどめ"をさせるはずだ。
いくらあの篭手が自動で防御を行なっても、上田本人とは距離が離れている。
さっきの動きを見るかぎり、あの篭手の速さでは間に合わないはずだ。
相手の攻撃性ではなく、攻撃そのものに反応すると推測すれば、エアガンの弾の発射速度には間に合わないだろう。
仮に自動防御が働いたとしても、その時点で上田を気絶させれば……。
気絶……気絶させられるのか?
倒しきれなかったらどうする?
この腹部の痛みを抱えたまま、まともに戦えるのか?
相手はけがしていても、あの篭手はどう動くかわからない。
この状態で回避なんて望めない。
安全じゃない。
安全が確認できていない。
危険だ。
それは、危険だ……。
星弥は、一歩、後ろに下がる。
「上だ、早くしろ!」
その時、階下から怒声にも似た叫びと複数人の駆け上がってくる足音が響いてきた。
直感的に星弥はそれが警察か何かの到来だと察する。
いけない。このままじゃ俺自身も見つかる。逃げないと。
――そう、逃げないと。逃げないとまずい!
ここで逃げるのは正しい!
瞬間、星弥は廊下の突き当り……踊り場へ向けて駈け出した。一歩を踏むたびに、腹部に鈍い痛みが走るも、壁に手をついてとにかく急ぐ。
「セーブ、ロード!」
咄嗟に、再び"壁"を読み込んで廊下を封鎖する。上田は壁の向こうだ。仮に今気がついたとしても、これで俺を捕捉できないだろう。
星弥はそれを意識してから、大きく息を吐いて走りだした。鈍い痛みは徐々に薄れ始めており、階段を駆け下りる頃には問題なく動けるようになっていた。
*
――そうして病院の裏口から抜け出て、星弥はあっさりと人混みに紛れることが出来た。
痛みは引いたものの、未だ熱をもっている腹部をおさえながら、星弥は徐々に病院から離れていく。
…………結局、上田のクラフトを破壊せず、星弥は逃げるように病院を抜けだしてきた。
結果的に、それは正解だった。
星弥が立ち去った後、病院は警察組織によって完全に制圧されていた。あと少しでも遅れていれば、星弥も裏口の封鎖に来た警官らと鉢合わせしていただろう。
それを考えれば、その判断は正しかった。
……そう、正しかったはずだ。
星弥の頬に汗が流れ落ちる。そこでようやく、星弥は自分が汗にまみれている事に気づいた。
うだるような蒸し暑い空気を吸い込んだ口が、身体の中に溜まった疲労を外へと吐き出す。
なぜやらなかった。
今一度、自問自答する。
やらなかったんじゃない……やれなかったんだ。
内心での自己完結が続く。
今までが運が良かっただけ。
そう、偶然と幸運と、事前準備で何とか出来ていただけだったのだ。
……その心が、ただの一撃で揺らいだ。
――逃げろ。
激痛に苛まれた時、一瞬とはいえ頭の中を制圧したもの。
――逃げるんだ。
そうやすやすと克服できるものではないし、星弥自身、克服するものだとも考えてはいない。
――本能に従い、星弥は逃げた。
身の危険、その回避を最優先し、あのホルダーにとどめをささなかった。
あの上田という男は、あの後どうなったのだろうか?
警察が捕まえた……ならまだいい。だが、警察が取り押さえられるような相手だとも到底思えない。
今にも警察を退け、俺を追いかけて………………。
早く、ここから離れなければ。
さもないと、"追ってくるかもしれない"。
星弥は駆けこむようにバスに乗り、とにかく中央区から距離を取る事にした。
バスに乗ってからクラフトを解除していない事に気づいて、慌てて星弥はクラフトをカードに戻す。
バスの中に他のホルダーがいないのを確認してから、それでも安心しきれずに再びカードを黒手にした。
……次々と乗り込んでくる乗客を、一人ひとり視認し、ホルダーではない事を確認して、安心する。
何度も何度も、バス停に停まる度に同じ事を繰り返す。
そうしてバスでの逃走を続けていると、いつしか空は薄暗くなっていた。
バスが最後の停車駅に着いたところで、星弥は止むを得ずバスを降りる。
……ここは南此咲だ。
バスの終点駅となっているこの田畑しかない道の先、その山の奥に、星弥が黒手の訓練を重ねたあの場所がある。
星弥がここに来たのは半ば偶然で、意識的に向かったわけではない。
だが、来てしまったのだから仕方が無い。
行く理由もないというのに、他に行くあてもなく、星弥はあの空き地へと足を向けた。
……ついてみたそこは、夜に訪れるにはあまりにも暗い場所だった。
虫の鳴き声と、むせ返るような緑の匂い。
草むらに腰を下ろそうとも思ったが、昆虫がいるとも限らないために遠慮した。
そうして野原の中央に立って、夜空を見上げる。
紫色の空には、早くも星々が顔を覗かせはじめていた。
「俺は、弱い」
噛みしめて、握りしめて、踏みしめる。
「……逃げたのがなんだ。逃げたっていいはずだ」
結果的に逃げたとしても、俺はまだゲームに残っている。
そんな思いが脳裏をよぎって、その言葉は静かな空気の中に溶けていく。
……それでも、心のどこかで自分が言っている言葉を消し切れない。
――して。
仕方なかった。
――どうして。
最良の選択だった。
――どうして……
……そう、俺にとって都合のいい、最良の……。
『――どうして逃げたんだ。トドメはささずとも、クラフトカードは破壊できただろう』
周囲の音が一瞬でかき消され、背後から届くその声に全神経が収束した。
黒手を展開したままだったのは俺のミスだが今はそれを取り返す時間はないだが声の大きさからして距離はそう遠くない場合によっては既に敵が攻撃態勢に入っている可能性もあるまずは姿勢を低くして転がるようにして振り返り一瞬でも視界に敵を捕捉できれば……!
巡るめく思考の中で、星弥は転がり飛び退くようにして背後を確認する。
『常人にしては対応が速いな。そのクラフトは反射能力も高めるのか? それとも自前だろうか』
そうして捉えた視界にはしかし、生物らしい物陰は見当たらない。
代わりに聞こえてきたのは先程と同じ声。それは、ひどく電子的な声だった。少年のような女性のような、それでいて成人した男性のようでもあるくぐもった合成音声。
様々な声色が混じったっような……機械か何かを通したかのような電子的な声色だ。
見えない? どこに潜んでいる……!?
顛帯観測の視界が属性を次々と割り出していく。地面、草、虫、木、幹、枝、葉、だが"ヤツ"はいない。声はするのに、"見えない"……!・
星弥は発想を変える。ゲームやアニメから行き着いた微かな可能性に全てを投じるべく、視野を広げる。
窓の奥にいる会社員を見るには、"窓"を意識から外さねばならなかった。なら、窓のように"透明なもの"を見るには……!
直後、"空気"が視界を埋め尽くした。あふれんばかりの酸素、風、その中に、空気がよけて通る空間……人一人分の隙間がある……!
星弥はそれを確認して、その何者かに対峙するようにして、懐からエアガンを引きぬき構えた。
『……なるほど、本物だ。君には僕の姿が見えるんだね……それとも、状況がそう判断させているのかな?』
空気が避けて通る空間だったそこから"声"が放たれたことで、ついにそれが"ホルダー"である事を視認した。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が乱れる。どうしてこんな所にホルダーがいるんだ。
尾けられていた? だがエンカウントは作動しなかった
ならばホルダーサーチ? バスの中に俺がいたことを特定できるかはわからないが、追跡は可能かもしれない。
もしくは、事前にここで待ち伏せされていたかもしれない。だが、ここに足を運ぶ際は念入りにホルダーサーチをしていたはず……。
『結論から言うと、僕はここまで君を追跡してきた』
答えは、不可視のホルダー自らが口にした。
「……! 何のためにだ?」
『君のクラフトの能力を見る為だ』
「…………」
……少なくとも、その理由に不自然な印象はない。相手の"あれ"がどういうクラフトなのかはわからないが、あの不可視の状態ならば容易に不意打ちが可能だったはず。
だが、こいつはそれをしなかった。ならば、情報収集、もしくはこの接触そのものが目的だといわれた方が理解に苦しまない。
『単刀直入に聞こう。君のクラフトの能力を確認したい』
「……また、それか」
息を呑みながら、星弥はついて出すようにそうこぼす。
『また?』
「――イエスかノーで答えればいいのか? それとも、拒否権でもあるのか?」
『拒否権ならある。最もその場合、僕と君はこの場で敵になるだろうけどね』
「答えた場合は?」
『クラフトの能力による……もう少し具体的にいえば、君が探査能力に優れたクラフトを持っているなら、それ相応の対応をしよう』
「なるほど」
つまりこいつは、俺がどんな能力かを聴きだして、おそらくその上で協力させるかこの場で倒すかを考えているわけだ。
星弥は、数秒間だけ逡巡する。仮にここで能力を教えたとして、教えた上での戦闘など不利に決まっている。
あまつさえこちらは連戦の後。相手の能力もわからない以上、わざわざ本当のことを教える必要もない。
――イエスか、ノーか。
『さあ、どうする? 教えるか、教えないか』
「わかった」
『……そうか。それは良かった、なら』
「やろう」
『なに?』
「やるっていうなら相手になるって言ったんだ」
星弥は、ノーを選んだ。
『……本気か?』
「ああ、本気だ」
はっきり言って勝算は無い。
準備もない。相手の情報すらも皆無。
――それはただの意地だ。星弥の中で誰かが言う。
だが、今は逃げたくなかった。 意地で死ぬ気か。
この場を乗り切るには、手持ちの全てを使うしか無い。 今なら間に合う、降参しろ!
『……いいだろう。ただし、僕は容赦しないぞ』
透明なホルダーはそう静かに答え、同時にある種の光を放った。
それがどういう理屈なのかはわからなかったが、透明だった彼の者は徐々に姿を現す。
……そうして、視界にとらえたその姿に、星弥は全ての知覚を奪われた。
白光を放つ白い人型。
姿を現したわずかな時間で、星弥はその全容を把握する。
全身が生物的な白い表層で覆われ、その顔すらも白銀のフルフェイスで覆われているスーツの人間。
後頭部から背中に向けて川のように流れる金色のケーブルは、長髪に見紛うごとき美麗さを持ち、白いスーツの表層にあしらわれた金色のラインも含めて、力強い美しさを発起させた。
星弥はその姿に、子供心に夢中にみた変身ヒーローの姿を思い浮かべる。
あれは。スーツだ。
戦うために生み出されたスーツ。
その印象を確定させるように、星弥の顛帯観測がその人型を認識し、答えを導き出す。
――"強化外骨格"。
その言葉を耳にしてもピンとこない者は多いだろうが、"パワードスーツ"と言い換えると、映画やアニメで見聞きした事がある人間もいるだろう。
直訳で強化服、強化スーツと半訳する事もあるそれは、人間の身体能力を強化する目的で身につける衣服型の装置の名称だ。
フィクションの世界では超技術をもつ軍隊が身につける装備、ヒーロー物に登場する主人公の変身スーツとしてある程度の知名度をもつ反面、現実世界では医療介護においても近年開発が進められ、非力な介護者が要介護者の介護活動を行う際に、身体的な補助を行う事で活躍するとして注目されているものだ。
……結果として、星弥が認識した『強化外骨格』は前者であり、フィクション的・軍事的な意味合いの強化外骨格であるのは、クラフトである時点で間違いない。
元々そういったサブカルチャーの知識がある星弥からしてみれば、むしろ現実的なパワードスーツの事などロクに知らない。
だから、星弥の顛帯観測が『強化外骨格』という結論を出した以上、それがパワードスーツに相当する存在であるという事を理解し、その事実に戦慄した。
目の前に立ちはだかるの夜になお淡く輝く白亜の亜人。
『もう一度だけ機会をやろう。お前のクラフト能力を答えろ』
「……断る!」
心根が折れる間際、最後の意地で星弥は答えた。
『そうか、なら仕方ない』
仕方ない、の時点で視界から白い発行体が右へと消えるのを視認した。
『終わりだ』
耳元で囁かれた電子の声に、星弥は反応する暇も与えられずに吹き飛ばされた。
その瞬間にはすでに意識の大半を奪われていた星弥は、転がり落ちて草にまみれた視界に、ゆっくりと歩み寄ってくる敵をとらえて、気絶した。