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或いは僕のデスゲーム  作者: Sitz
這いよる幕開け
1/20

序/チュートリアル





 拝啓 日月星弥ひつき・せいや




『ナイアーラトテップに微笑まれたあなたへ!


 これを読んでいるあなた、あなたは神に微笑まれた幸運な人間の一人です!

 このようなぶしつけな手紙に不信感を抱かれる人もいるかもしれませんが、どうかご安心ください。

 そして信じて下さい。今あなたの目の前にあるものは、真実、『人としての夢を叶えるゲーム』なのだと。



 最初に宣言しましょう。このゲームの勝利者には、あらゆる願いを一つだけ叶える権利が与えられます!



 ……あー、ちょっとちょっと。


 落ち着いて下さい。手紙を閉じないで。丸めて捨てようとしないで下さい。


 馬鹿らしいと思うのも、アホらしいと思うのも、間抜けらしいと思うのもあなたの自由ではありますが、まずはこの手紙を手に取って読んでくださっているあなたに信じてもらう為に、封筒の中身をひっくり返してもらわなければなりません。


 そう、この手紙が入っていた封筒です。

 その中を覗いてみると……おおっと、ひっくり返すなら手をかざして、落とさないように!

 はい、出てきましたね、あめちゃんが一つ。そうです、それはキャンディーです。


 そのお菓子の名前は『ラヴクラフト』。

 味はなんといちご味、メロン味、レモン味、ぶどう味、コーラ味の五種類の中から、無作為に一つ厳選されています!


 ……いや、待って待って、だから落ち着いて。

 飴をゴミ箱にいれないで下さい、べたつきますよ。

 お掃除が大変ですから、そこはまあ我慢して、次の文章へと目を移そうじゃありませんか。


 ……とまあ、ここまで手紙を読んでくれているあなたなら、もうそんな心配もないのでしょうけれど。


 それが興味本位であれ私を信じて下さってのことであれ、ただの暇つぶしであれ。聞くに値する話であると私は自負しております。

 では、本題に入りましょう。


 今現在、これと同じ内容の手紙が入った封筒が、この街で百通配られています。

 割と少ない? それとも多い? 感じ方は人それぞれですね。しかし、実際にこんなくそ長ったらしい文章をここまで読んでくれて、これ以降の内容も読んだ上で参加してくれる方の割合を考えれば、まあ妥当な数なんです。

 ……あ、やたら茶々を入れてきてうざいと思っている方もいらっしゃるでしょうが、性分なのでご了承ください。

 文章が冗長気味なのは直したい悪癖なのですが……っとこれも脱線ですね、失礼しました。


 さて、その封筒には共通してこの手紙と、そちらの飴が一つ(これは五種類の内一つです)入っています。


 このゲームへの参加条件は三つ。


 1.この手紙を所有していること(失くさず、大切に保管して下さい)

 2.飴を舐めること(噛んだり飲んだりせず、綺麗に舐め切りましょう)

 3.上記を満たした上で、この手紙を受け取った翌朝六時までに参加証が配布され、それを所持している者(1,2を満たしていればすぐに配布されます)


 以上を満たした者が、参加者として『ゲーム』に参加することができます。


 次に、勝利条件です。この条件を満たした時、あなたはゲームの勝利者となります。

 勝利条件は、ただ一つ。


『あなた以外の参加者が全員失格となり、最後の一人となった場合』


 シンプルにして簡潔、それでいて王道の勝利条件となっております。


 そして、勝利した人間の前には主催で代表者である私、ナイアーラトテップ(勿論、偽名でございます)が馳せ参じ、どのような願いでも一つだけ叶える事が可能となっているのです。




 では、勝利条件、賞品ときたので、次は失格条件に関して。

 失格とはいかなる場合を示すのか? それは以下の二つです。


 1.参加証を何らかの形で失った場合(これは紛失や盗難ではなく、破壊、破損といった形での失う、です)

 2.何らかの事情により、ゲーム続行が不可能になった場合(戦意喪失や人身事故、はたまた家庭の都合など、etc)


 つまり、あなたがこのゲーム中に何をするのかを一言でまとめると、

 『敵プレイヤー全てをリタイアさせ、最後の一人になれば勝利』! たったこれだけ!


 さて、ここまでの基本的なルール説明を把握したうえで、疑問に思った方もいるでしょう。


 そう、ゲームの勝ち方や負け方はわかったが、つまるところどうやって競い合うのか?

 それは、上記の参加条件に記されている、飴に秘密があるのです!



 ……おっと、もしかしてそこのあなた、もう舐めちゃったりしてませんか?

 もしも舐めてしまったのなら、今すぐ郵便受けだとか、自分のポケットだとか、窓際に止まっている一羽の小鳥さんだとかを調べてみてください。

 あなたにはすでに参加証が配られているはずです。そちらをご確認下されば、こちらの手紙はもう必要ありません。あなたが勝ち残るその日まで、大切にしまっておきましょう。


 では、まだ飴を舐めていない、用心深くも疑いの心を絶やさないあなたへご説明しましょう。

 別に読まなくても構いません。めんどくさい人は、飴をさっさと舐めて、参加証を胸に、明日からの戦いに備えましょう!

 次の歴史の1ページへ、ちゃっちゃと行っちゃってください!

 大丈夫。あなたのような方なら、きっとそれだけで、ゲームの攻略法がわかっているはずです。


 続きが気になる人だけ、裏面へ続きます。』






「……やべ、舐めちゃったよ……」

 星弥は愕然とした。

 ――舐めたかった。

 元々喉が潤っていないと気が済まない性質で、常に飲料水か飴を持ち歩いているような男だ。

 それが今日に限って、学校の都合で家路に着く頃には近場のスーパーは閉まっており、家には飲み物がなく、飴もなく、水道水では口が寂しい夜だったのだ。

 ――飴を、舐めたかったのだ。

 非常識というのはあまりにも酷だろう。飴が舐められずイライラしている時に、郵便物から飴が出てきたら……舐めるだろう?

 俺ならそうする。星弥は自分の中でそう結論付けた。

 しかし、星弥にとってなおショックだった事はといえば、

「……しかも、飲んじゃったよ……」

 手紙を読んでいる途中で飴の記述に驚き、ごくりといってしまった事にあった。

 飴とはなめるもの。舐める、ゆえに飴あり。舐めない飴はただの飴だと言わんばかりに、星弥は飴を舐めきる主義だった。

 小さくなったからといって噛み砕かないし、飲み込みもしない。質量が固形として無に帰すその時まで味わい尽くすのが習貫だ。

 だから、飲み込んでしまったのがほんの少しだけショックだった。

 ぶっちゃけ、ちょっとショックだっただけで、別に傷ついたりはしていない。

 問題は、この手紙の内容にあった。

「願いを叶える、ねぇ」

 ぺらぺらと紙を振る。裏面がちらりちらりと見える。

「……ふむ」

 裏面に軽く目を流して、星弥はその一文に目を止めた。



『この飴玉、ラヴクラフトは奇跡のお菓子!

 単刀直入に申しましょう!

 なんと、舐めるだけで超能力が使えるようになります!』



「……はぁ。超能力が備わる、ねぇ」

 既に飴を摂取した星弥は、その文だけをみてまずは自分の体の確認をする。

 とはいえ、体の異変を探そうとするも、別に右手に激痛が走ったり、腹の奥底から煮えたぎるような熱が発生したり、ドクン、と心臓が脈打って動悸息切れ気付けに急進したりもない。

 見た目はどうだろうか。そう思い立って星弥は移動する。

 狭い一人暮らしの部屋、細まったキッチン兼、玄関前廊下のT字路を進み、左手の風呂場の戸を開けた。

 そこに鏡があるので、電気を点けて自身の顔を確認する。


 ……日月星弥、などと昭和のアイドル地味た名前をしている少年は、かくしてそのような顔立ちの少年であった。


 十七歳という年頃にして170弱の程良い身長。黒い髪は煩わしくないように短く切られ、やや重力に逆らっているが、それが星弥の力強くも清潔感のある目鼻によく似合っていた。

 今時系のチャラチャラした風体ではなく、どちらかといえば年上の大人たちに受け、女性よりも男性に好印象を持たせるようなさわやかな容姿の少年、それが日月星弥である。

「別に目に王の力とかも宿ってねえな……首筋に契約の印もないし」

 ただし、中身はややインドアである。

「えーと、なんだっけ」

 星弥は見た目の変化の有無を確認してから、手紙の飴の記述を読みなおす。

 飴には五種類あり、いちご味、メロン味、レモン味、ぶどう味、コーラ味からランダムに一つが入っているという。

 そしてこの飴を舐めると、参加証とやらが届くだのとも書かれていた。

 なるほど、味か。五種類あるという事は、味で効果が変わるのかもしれない。星弥はそう思い、ふと疑問に思った。

 ところで、俺が飲んだのは何味だ。

 飲んでしまったからわからないね。

 なるほど、わからないね。

 軽く自分を小突きながら、星弥は次の行動を模索する。

「……参加証か」

 そんな一言で思考を絶ち、星弥は次にポケットやバスタブの窓際を確認しだす。

 しかし、それらしいものはない。

 いや、あったらあったでそれは困るんだが。そう思いつつも、星弥は少しの期待を胸に、再び玄関に戻って、ドアに備え付けられた郵便受けを確認した。

 先ほどこの手紙を手にしたばかりだし、流石にここに今あったら驚きだろう。そう苦笑しながら手を入れて、がさごそと漁る。



 ……そこに、それはあった。



 硬質な手触りはクレジットカードや学生証、レンタルビデオ店の会員カードを彷彿とさせる一枚の板。

 材質はプラスチックのようで、大きさも前述したカード類のそれなのだが、質量に対して重量感を感じさせる不思議な代物だった。

 色は黒で、目玉のようなロゴマークが壁紙のように並べ立てられている悪趣味なデザインである。

 それの表裏を確認して、両方共同じデザインだったところで、星弥はこれが参加証なのかどうか疑問に思った。

 このタイミングでこんな不気味なものが出てくれば、手紙のいう参加証ではないかという連想をするのは自然だ。

 だがしかし、ただの悪戯ならばこの話はここまでだ。参加証という名の不気味なカードを手にうきうきしたところで、日付が変わり、明日の朝になったところで超能力なんて手に入らないし、願いを叶えるというゲームも始まりはしない。

 ……試しに両手でそのカードに力を入れてみるが、すごく弾力があり曲がるものの折れるところまではいかず、また水で濡らすと水を弾き、もういいやと投げやり気味に火にかけてみても燃える素振はなかった。

 不思議な材質もあったものだ。星弥はその程度に考えて、台所の脇にそのカード置いて、欠伸をする。

 なにせ、不気味なだけで何も変化がないのである。

 手紙の書き筋からして、参加証を確認すればその全容が明らかになるはずなのだから、あのカードに変化がない以上、それは悪戯と断言していいものだろう。

「ねみー。飯はいっか……」

 そんな一言と共に、星弥はベッドに飛び込んだ。

 狭いキッチン兼廊下兼玄関の先にある、七帖ほどのフローリングの一人部屋。その右隅にあるベッドに横たわり、その日の夜は過ぎ去っていった。








 耳をつんざくような電子音で星弥が目を覚ましたのは、それから数時間後の事だった。

 携帯のアラームは然り、デジタルな目覚ましでも中々出せない、防犯ブザーに匹敵する強烈なコール音である。

「え、なに!? なに?!」

 ベッドから飛び起きるなり機敏に動き出した星弥は、辺りを確認して、音源がキッチンにある事に気づく。

 フローリングへの一歩を踏み出し、駆け足で近づいて……電子音を発する"それ"を、手にする。

 音は、途端に止んだ。

 キッチンの電気をつけて、星弥は時計を確認する。

 午前六時を過ぎたところだ。

 それを確認して、改めて手にしたその物体……昨夜の黒いカードを見る。

 いや、と星弥は瞬時に認識を改めた。

 それは、不気味なカードなどではない。既に……変化が現れていた。


『ナイアーラトテップに微笑まれたあなたへ』


 カードの片面に浮かび上がる、青く光る文字。右から左へとループを続けるスクロールテキストは、明確にそれがあの手紙に関係するものである事を示していた。

 右下に、逆三角のポインターが現れている。直感的にそこを親指でタッチすると、文字が切り替わる。


『本日午前五時五九分をもって、貴方のゲーム参加を承認しました。▽』


『参加締め切りである本日午前六時に達しました。"ゲーム"の開始を宣言します。▽』


『参加者は総勢二十三人となりました。以後、残りのプレイヤー数は日付変更線到達と共に発表されます。▽』


『また、1ゲームの開催は十四日間。十四日目の朝六時をもってゲームは終了となりますので、ご注意下さい。▽』


『ゲーム終了までにプレイヤーが二人以上残っていた場合、勝利者はなしとなり、没収試合となります。▽』


『それでは、以後のことに関しましては、参加証をご参照の上、"ゲーム"を心ゆくまでお楽しみ下さい。▽』


「……なんだこりゃ」

 文字の切り替えが終わると、電子機器のインターフェイスのような、メニュー画面がカード表面に展開される。

 それ自体も気になるが、まず星弥はカードそのものに興味を持った。

 厚さ数ミリのプラスチックに近い、材質不明のカード。

 電光のようなディスプレイを装備しており、文字を表示する機能がある。タッチパネルも搭載。

 先程のメッセージを信じるならば、少なくとも二十四時間に一度は何らかの形で情報のやり取りをし、プレイヤー人数を知らせる通信システムもある。

 そして、このインターフェイス、メニュー画面だ。

 ボタンがいくつか並んでおり、上部には『Nyarlathotep System』の文字。

「ニャルラト、ホ……テップ……ナイアーラトテップか?」

 その下にあるのは、メニューの項目らしい六つのボタン。それぞれ英語で『Status』、『Craft』、『Member』、『Dictionary』、『Option』、『Help』とあった。

「ステータス、クラフト、メンバー、ディクショナリ……? まるでゲーム画面だな」

 そう呟きながら、物は試しにと星弥はステータスのボタンをタッチする。

 メニューパネルがスライドアウトし、次に画面として現れたのが、文字通りのステータス画面。


『名  前  日月 星弥ひつき・せいや  17歳/♂

 職  業  高校生・此咲学園高等部このざきがくえんこうとうぶ

 能  力

 【筋力/D】【知力/C+】【敏捷/D】【魔力/-】【Crft/D】


 市内に存在する此咲学園高等部に通うただの学生。

 知識は偏っているが、頭の回転は早い。しかし容姿とそれ以外は平凡である。

 クラフトは顛帯観測。クラフトランクはD(まあ普通)。           』


 ……なんだこれ……俺のプロフィール……?

 星弥の背筋に悪寒が走った。簡易的とはいえ、漏らした覚えのない個人情報がカードに登録されているのだ。

 しかもご丁寧に簡単な解説まで載っていて、これじゃあまるで本当にゲームか何かの登場人物のようである。

 つか、容姿とそれ以外は平凡て。余計なお世話だっての。

 そんな悪態を内心でつきつつ、ゲームが趣味の星弥は一気にカードへの興味がわきがって来る。

 自身のパーソナルデータをそのままステータス化しているのか? 筋力とかの後ろに付いてる英字は間違いなく"ランク"だろう。

 DやCは全体でみてどれぐらいなんだ? +はそのままプラス、マイナーのランクごとの三段階分類か? このクラフト顛帯観測ってのは?

 ……すぐに答えに行き着く。そうだ、ヘルプを見ればいい。先ほどのテキストでも、手紙にも参加証をみればわかると書いてあった。

 ざっとステータス画面をみると、右上に四角で囲われた?のマークをみつけて、直感的にそれをタッチする。

 予想通り、そこに画面の細かな説明が記載されていた。一般的なタッチディスプレイや、この手のインターフェイスに触れたことのある人間ならばそう困ることはなさそうだ。

 星弥は無意識に笑みを浮かべながら、全ての画面を閲覧する事にした。

 そうしてキッチンに座り込んでカードを参照し始め、三十分ほどしたところで星弥は我に返る。

 時計を確認して、六時半過ぎであることを認識し、ため息を付いた。

「学校だ……」

 ため息をついて、やれやれと立ち上がる。

 とはいえ、今日は七月二十二日。終業式だ。明日から夏休みと考えると、気持ちはずいぶんと楽である。

 だが、それをも上回る焦燥感が、爆発するほどの胸のふくらみが星弥にはあった。

 バスルームへと向かい、鏡を見る。

 鏡。

「なるほど……確かに、これは……は、はは!」

 思わず笑いがこぼれ、星弥は左手でおさえた左目の辺りを、やわらかく撫でた。

 その指の間から垣間見えた星弥の瞳は、菱形に変形し、不規則な速度で回転していた。









 『ナイアーラトテップの微笑み』


  ゲーム開始 一日目


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