9☆
「カナ! 久しぶり」
「いやーんユウコ! 幹事おつかれ。ね、今日って結構来るの?」
大学時代のサークルの友人ミキと、田中先輩との結婚を祝うため、サークルの仲間たちで開いたパーティーだ。そんなもん、お祝いを名目にした大同窓会である。
「すごいよ。上下3代ほぼ勢揃い」
「すご…やっぱあの2人の結婚はみんな待ってたからねー。春長すぎるっつうの」
「いやあ、みんなそれを肴に飲みたいだけでしょ。久しぶりに集まれる口実を提供してくれたことには感謝だけど」
あはは、と笑い合う。いいね、学生時代のこの感じ。
「ね、乾杯の前にウェルカムドリンク用意してるから。飲んでなよ」
受付を確認する幹事のユウコに手を振って、店の中へ入る。きゃー! 久しぶりー! ちょっとアンタおじさん化しすぎじゃない? などなど挨拶を交わしながら、カウンターにたどり着いた。
「お飲み物何になさいますか?」
「んー…ノンアルコールは」
どれですか。と言おうとして、店員さんの顔を見上げるや。ぽかん、としてしまった。
「ソ、」
ソウタくん!! ソウタくんがグラスを持って立っている。パクパクするわたしに対してソウタくんは、一瞬驚いたような顔は見せたものの、すぐに目線だけで周囲を確認し、わたしへは何も言わずただニッコリとだけしてくれた。
そうか。わたしも慌てて周囲へ視線を巡らせる。わたしとソウタくんが知り合いだということは、別に隠すことではないにしても説明のできない仲ではある。1カ月だけの期間限定彼氏です。30万円(税込)です。てへ。なんて言おうものならユウコから絞められる。
「あのー…ドリンクの前に化粧室、使いたいんですけど」
「ご案内します」
トイレへ向かう通路、人がいないことを確認してから、ソウタくん、と呼んだ。
「バイト先、ここだったんだ。すごいびっくりした」
「俺も。超偶然。…大学時代のお仲間さんたち、だっけ? 幹事さんが、今日は結婚パーティーのふりした同窓会です、なんて言ってたけど」
「あはは、そうそう。これだけ集まれるなんてめったにないし」
「そっか。楽しんでね。おもてなしはまかせてよ」
店へ戻って行く彼を見送ってトイレに入ろうとすると、ああそうだ、と呼び止められた。
「カナさん、今日マジきれい。惚れ直す」
「いやなに。ソウタくんのギャルソンコスプレのほうがずっとソソりますよ」
ニヤリとしてやったら、コスプレじゃねーし、と笑いながら戻って行った。でもね、ほんと。白いシャツの腕をまくって、腰から下には黒く長いエプロン。マジかっけえっす!
よかった。少し、力がわいたよ。じつは今日、わたしはとても緊張していたのだ。仲間たちに会えるのはすごく楽しみだったんだけど、そこに一点黒いシミがあって。
みんな集まる。ほぼ勢揃い。てことは、そう、きっと──
「原田?」
あの人も、来る。
「原田、久しぶり」
笑みを張り付けてから、ゆっくりと振り返った。
「村上くん…」
「元気だった?」
あなたのおかげでボロボロでした。
「うん、まあ」
「よかった、会話してもらえて。俺、原田と気まずくなるのヤだったからさ」
どの口が言うわけ? ほんっと、ムダな時間を過ごしたわ。10年以上もあなたを好きだったこと、人生最大の汚点。
「また、さ。メシとか行こうよ」
「…うん」
情けないことに。用意してきた言葉はひとつも喉から出てこない。もう、普通に笑えると思ってた。あなたのことなんて、何とも思ってませんよって顔で。それか、もしかしたら、無表情で無視するぐらいできてしまうかもしれないと思ってた。のに。……ダメだ。顔を見たら、もう。
あんまり長い間好きでいすぎたから、そういう体になってしまったんだ。村上くんを見ると体温が上がる体に。心拍数が上がる体に。わたし、まだ、この人が好きなんだ。
「俺たち、前みたいな友だち同士に戻れるよな?」
なんで、喜んでんの?わたし。
「うん…」
「…今日はこのあと、田口とかと約束してんの?」
「ユウコ? まだ、決めてないけど、たぶんお茶でも飲んで帰るんじゃないかな」
「予定、ないならさ。このあと2人で飲み直さない?」
「えっ…」
いけない。流されちゃいけない。けど、もしかして。もう一度──
「カナさん」
突然、耳元で声がして、肩をすくめる。
「ソウタくん……」