7☆
ドアを開けたら、汗だくのソウタくんが息を切らせていた。
「いらっしゃい。どうしたのその汗」
「早くカナさんに会いたくて、超走ってきた」
まあこの子ったら…。破壊力が一週間でパワーアップしている。
「つーか、カナさんひどい」
「? 何かした?」
「先週は“おかえり”だったのに、今日は“いらっしゃい”?」
そうだったっけ? 首をひねりながら部屋へ戻ると、「つれねー」と言いながら彼がついてくる。Tシャツの胸元をバサバサ扇ぎながら。
「シャワー浴びる?」
「えっ…!」
バサバサの音が止まった。ふり返ると、真っ赤な顔に半笑いを浮かべている。目がマジだ。
「違う! そうじゃない!」
即座に牽制を加えながら、バスタオルを渡してやる。それと…ちょっと、引かれるかもだけど、これ。
「サイズ合わなかったらごめん。部屋着あるといいかなと思って」
そう。ついうっかり、彼用のTシャツと短パンを買ってしまったのだ。
「これ、俺用?」
「ひ、引いた?」
「俺のために用意してくれたんだよね? 元カレのお古とかじゃなくて」
いやさすがにそれは! つーか、
「引かれるのが怖くて前はこんなことできなかったよ」
「へー俺だけ、かあ…やべ。シャワーよりよっぽど照れる」
やべーやべーと言いながら、ソウタくんは風呂場に入って行く。若い子の「やべー」はいい意味なんだか悪い意味なんだかよくわからない。けど。
そっか。ああいうことしても嫌がられはしないのか。ひとつ覚えた。
一週間会わなかった間、ソウタくんは毎日メールをくれた。私は、朝の通勤電車と、帰りの電車、そして夜寝る前に返信をする。日に日に甘さを増していく彼からの文面に、ニヤけながら、はにかみながら。
いい買い物したな。
まだそんなふうに彼を見ていた。
汗を流したソウタくんは、かわりに色気をまとって戻ってきた。ガシガシと髪を拭くその姿、いいねえ。目の保養だ。
「なに?」
「見とれた。かっこよくて」
「…マジヤバいからやめて」
その“ヤバい”はどっちだろう。まあいいや。
「カナさん、明日はずっと一緒にいられる?」
「あー…昼までだなあ。夕方から友だちの結婚パーティーがあってさ、美容院予約してるから」
そっか。とあんまりさみしそうにつぶやくものだから。思わず手を伸ばしてしまった。会いたいと言われて断るなんて、いつものわたしなら考えられない。そんなの怖くてできない。彼の腕に手をかけて、言い足した。
「あの、けど、夜はまた泊まりに来てくれる?」
「……カナさんそれサイン?」
「何の?」
「これぐらいならしてもいい?」
……あっ。
抵抗はしなかった。わたしも期待していたのかもしれない。彼に、ふんわりと抱きしめられる。
これは、ヤバい、ね。
でもいっか。そのままおでこを預けると、背中に回った腕がギュッとしまった。どうしよう。どうしよう。わたしは彼のTシャツの胸元をくしゃりと掴む。
「…それも、サイン?」
えーっと…違うような、違わないような。けど、
「まだ、もうちょっと待って」
「うん。待ってる」
「でも」
「ん?」
「もう少し、こうしててくれる?」
喜んで。そんな優しい声が聞こえて、わたしはそっと目を閉じた。なんのことはない。ただ、人肌が恋しかっただけだ。
だけだ、と思う。けど。
相手を憎からず思っているのでなけれぱ、説明できなかった。このドキドキと、不思議なほどの安心感は。