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有料彼氏  作者: 真澄
5/19

5☆

ちらりと時計を見た。ああ、12時回ったのか。ソウタくんの態度がなんだかグッと甘くなっている。切り替えの早い子だなあ。普段の生活を聞くと、彼のバイトは基本的に17時から22時。休みは不定。たまに昼シフトになるときもあるらしい。



「じゃあ会えるのは土日の昼間だね。平日はわたしも帰り遅いし」


「週末しかカナさんに会えないの? 1カ月しかないのに。ここに住むのダメ?」


「…金曜の夜に来てよ」



ソウタくんは「ちぇ」と言っていたけれど。そこは、ね。一人の暮らしも守りたいというか…彼の存在は非日常にしておきたいんだよね。あとで“ひとり”に戻ったときにすぐ順応できるように。



「明日は? バイト?」


「うん。今日が休みだったから、しばらく連勤…あのさ」


「うん?」


「明日、バイト終わったらさ、ここに帰ってきてもいい?」


「……」


「今日会ったばっかなのにおかしいけど。俺、できるだけカナさんと一緒にいたい」



ソウタくんのその言葉は、素直にうれしかった。さすが30万円の威力は大きいね。正面から気持ちをぶつけられて、はにかんでしまう。あの人はこういうこと、言ってくれなかった。あの人は──



「カナさん?」



ハッと我に返る。



「うん。明日も来て。わたしもうれしい」



今度はムリヤリ作った笑みだったけれど、ソウタくんは喜んでくれた。



そして、彼には悪いけれど床で寝てもらう。スペースがないので、わたしの寝るベッドのすぐ下だ。



「ゆか固いでしょう? なんか申し訳ないな」


「いつかはそっちに上げてくれんでしょ?」


「さあそれはどうでしょう」



ニヤリとしてやったら、ほんと想定外!と笑われた。そこ、はにかむトコじゃないの?と。



悪いけど。キミみたいな若造に読まれるほどわかりやすい性格だったら、もう少し人生は泳ぎやすかったはず。



「あー面白え。俺本気でカナさん好きになりそう」


「ソウタくん、バイト接客業でしょう」


「なんで?」


「すごいサービス精神」



マジで言ってんのになー、なんていうつぶやきは聞き流す。それぞれの床につき、電気を消した。この部屋で誰かの息づかいを聞くのは久しぶりだ。あの人が、来なくなってからだ──ダメだ。思考が、あの人から逃れられない。



「カナさん、まだ起きてる?」


「…うん」


「俺わかんないんだけどさ」


「なに?」


「カナさんぐらいの人なら普通に彼氏できるっしょ。なんで金なんか払ってんの?」


「……いつフラれるかわかんないのって、もう怖いんだよね…。期限決めてればさ、あらかじめわかってるからあんまり傷つかないで済むし。別れるのもお金のせいだから、自分が嫌われたせいじゃないって、あんまり傷つかないで済むでしょ?」



本音を吐いてしまった。裏返せばそれは、想像もしていなかった突然の別れに、傷ついたことがあるってこと。たぶん、ソウタくんもそれに気づいただろう。



「……どんだけ不幸な恋愛してきたの?」



ほっといてくれ。



けれど勢いに乗って、さらにバラしてしまった。まだ浅い関係だったから、却って話しやすかったのかもしれない。



「わたしさ、自信がないの。いつも、嫌われるのが怖くてびくびくしてた。だからワガママとか上手に言えなかった。それが、お前の気持ちには壁があるって言われて」


「……」



いけない。これじゃ完全に体験談だ。でも止まらない。



「だから余計に怖くなって。もう距離の取り方がわからないから、彼氏とか、きっと作れない。でも、誰かにわたしを求めてほしい。必要としてほしいの。これは契約だから、さ。1カ月間は絶対に嫌われないでしょう? だから怖くないし。ワガママも、きっとうまくなれる」



ああ…言っちゃった。普通は引くわな、これ。



「…もっかい同じこと聞いていい?」


「やだ」


「どんだけ不幸な恋愛してきたの」



だからやだって言ったじゃん!



「にしても、相手が俺でよかったよ」


「なんで?」



あのねえ、と、少し怒ったような声。



「俺じゃなかったら、今ごろとっくにヤラれてたよ。そんで金取られて終わり」


「そっか…そうだよね」


「それだけで済んだらラッキー。画像でも録られてゆすられてたかもしれないし、ひどけりゃAVの撮影されたりとかもあるんだよ?」



そ、そんな世界があるのか。



「たしかに軽率だったね…反省します」


「もう、これからは俺が、撃退してやるから。そういう悪い輩とか、カナさんの自信の無さとか。……昔のカレの、思い出とか」



……っ。



ここで泣いたら、面倒くさい女だと思われる。とっさにこらえてしまったのは、わたしの悪いクセだ。自分で言ったんじゃん、期限内は絶対嫌われないって。お金払うんだもん、大丈夫だよ。思ったこと、言おう?



「……うれしい」



返事はなかった。少し、間が空いてしまっていたし。もう眠ってしまったのかもしれない。けれどきっと、聞いていてくれたんじゃないかと思う。さっき会ったばかりなのに、わたしは彼をきっとそういう人だと思った。



その言葉が嘘でも本当でも──ううん。1カ月の間は、ぜんぶ“本当”だ。彼の言葉は、わたしのまだ乾かない傷を、優しくなでてくれた。

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