4★
これから彼女の部屋に行って、「やっぱりお願い」と縋られても別に構わない、と思っていた。というか、結局はそういう目的なんじゃないかと、これまでの経験からそう思っていた。それでもいい。彼女の顔なら余裕で範囲内だ。そうしたら、「一夜のおつきあい」ってことで、いつものようにサッパリ別れればいい。金は別にいらない。今夜寝る場所が確保できただけでもラッキーと思おう。
彼女からの連絡を待ちながらコンビニで立ち読みをしていたときは、まだそんなふうに考えていた。ただ──胸がやけにドキドキして、読んでるマンガの内容がちっとも頭に入ってこなかったのは自分でもなぜだかよくわからない。それは、女がシャワーを浴びているのを待つ時間のような“カラダ”のものではなくて。初めてのデートの待ち合わせを待つときのような、じつに純粋なトキメキを、俺は感じていたのだった。
「お待たせ」
「おじゃましマス…へえ、超きれいじゃん」
妙に照れくさいのを抑えながら、もじもじとカナさんの部屋に上がる。1Kの部屋はこざっぱりとしていて、全然散らかってなんかいなかった。もし彼女がこの部屋のような人柄なんだとしたら、俺けっこう好きかも……なんて考えながら、クローゼットらしきものに手をかける。
「案外こん中につめこんだだけだったりして」
「たっ!ちょっ!」
よくわからない擬音を発して慌てて止めにくる。やっぱ面白い、この人。予想外に体が接近してしまい、ドキリとする。定石ならこのあと女のほうから色目を寄越してくるもんだけど。
「あ、座って。そっちどうぞ」
目を合わさず、テーブルの反対側を示されてしまった。けれどその目の泳ぎっぷりに、こちらまで恥ずかしくなってしまう。
ぎこちなく座ると、彼女はぺろんと一枚の紙を取り出した。
「えーと…期限は8月31日…」
手元を覗き込むと、「契約書」と書いてあった。
■期限:8月31日23時59分
■支払額:¥300,000-
きっちりしてんなあ…。
「ね、俺もし本気になっちゃったら、延長ってあり?」
甘えた感じで問うと、ナシ、と即答された。きっちりしてんなホント。完全に遊びかよ──そう思ったのだけれど、その理由はもう少し違ったもので。
「だってさ、好きになっちゃったら多分、金の続く限り際限なく続けちゃうと思うんだよね。それで最終的に金も男も残ってない、みたいなことになったらもう立ち直れないもん」
「……」
どこまで本気なんだろう。意外な言葉に返事をできずにいると、彼女はこんな提案をした。
「ね、満足度によって5万円の増減ありってのどう? わたしが内容に満足しなかったらマイナス5万」
「満足させられたら35万円? いいね、燃える」
そう答えると、「査定あり。増減5万」と楽しそうに書き足す。そうか。楽しめばいいのか。この人のペースに巻き込まれるのは悪くなさそうだ。
「カナさんさ」
「ん?」
「手ぇ出すとか出さないとかの話」
ピタリと彼女の動きが止まる。
「俺、カナさんが望んでくれるまで我慢するつもりだけどさ。口では嫌がってるのにほんとは欲しがってるみたいなの、読み取れないから。そのときはちゃんと教えてくれる?」
「う、うん…何がしかのサインは出すようにするよ」
「楽しみにしてる」
あ──ヤバイ。その照れたようなハニカミかた、ツボかも。ちょっともう一回確かめさせてくんねっかな。時計をちらりと見る。よし、12時回った。今からこの子は俺の彼女。いろいろ囁いて、今のそのはにかんだ顔をもっと見せてもらおう。