3☆
遊び慣れてそうな、イマドキの若い子。だと思った。暗がりに連れ込まれたときには驚いたけれど──この反応にはもっと驚いた。
「わたしを好きになってほしい」
自分でも、何言ってんだかと呆れるので、自然と上目遣いになる。愛されるより愛したい。けどやっぱり愛されたい。誰かね、わたしを好いてくれる人がほしいんだよ。そんなつもりで言ったら、目の前の彼が動きを止めた。薄暗くてよくわからないけれど、チャラ男のはずのこの人は。
「…照れてる?」
「…ねえよ」
この日のことは、あとからとても叱られた。無防備もいいところだと。けれどなんとなく、この人はいい人なんじゃないかなって、思ってしまったのだ。
「で? どうする?」
「…つまり、1カ月間恋愛ゴッコしてたら30万くれるってわけ?」
「そう、かな? ゴッコっていうか…できれば本気がいいけど」
「オッケ、受けるよその話。なんかアンタ面白そうだし」
…本当に乗ってくるとは思わなかった。どうしよう、釣れちゃった。
「えっ。あ、そう、ですか。ハイ…よろしくお願いしまス…」
「よろしくお願いします」
打って変わって余裕の笑みで返される。攻守逆転。えーと、具体的に何すりゃいいんだろ。お金がからむことだから、とりあえず契約書でも交わしとく? あ、そうだ。
わたしは慌てて時計を確認する。
「それって明日からでいい? “今日”ってあと一時間ちょいしかないし」
そんなことを言ったら、大笑いされてしまった。アンタの金銭感覚どうなってんの?と。ま、たしかにそうだな。見ず知らずの男にポンと30万払うかと思うと、そんな些細な出費を気にするのだから。けどわたしの中ではどちらも違和感はない。
「あーじゃ、お金もっかい下ろしてくるよ」
「最初に払うつもり? 最後でいいよ。俺がもらい逃げするとか考えないの?」
「…するの?」
そんなこと、考えもしなかった。だってほら、「しないけど…」と、頬をかいてるじゃない。
じゃ、まあとりあえず、と、私たちはケータイの番号とアドレスを交換しあった。
「ふーん。カナさんっていうんだ」
「あなたも…カナタ?」
ケータイの画面には「奏太」の文字。しかし彼は笑って「ソウタだよ」と言った。
明日から1カ月間。ちょうど8月1日から31日までを、私たちは恋人として過ごすことになった。
…てのはいいとして。で、何しよう? なんにも考えずに始めてしまったのだ。えーと、とりあえず、でえと? 明日っから? いや明日は家でダラダラしたいんだけどな。けど毎日なんかしないとお金がもったいないか。ああノープランにも程がある。
「で、何しよっか…?」
提案者のくせにソウタくんにフッてみる。
「ちょうどいいや。カナさんさ、今日泊めてくんない?」
…っ
えーーっ、いきなり!?
「俺いま住む所なくてさ、友だちんとこ転々としてんだけど。今日行こうと思ってたやつ──この近くなんだけど、最近オンナできたんだよね。アポ無しだから、彼女連れ込んでたら困るなあって思ってたんだ」
「はァ…そうですか」
「なんなら12時回るまで外で待ってるけど。12時すぎたら泊めてくれてもおかしくないっしょ? 彼氏なんだから」
「…今日はまだ、手は出さないでよ?」
念を押してみると、両手を挙げられた。
「なんでも言うこと聞きますよ? お金もらうんだから。カナさん好みの彼氏になるよ」
まあ…いいか。帰るとこなくて困ってんなら。
「そしたら…部屋片づけるから、30分くらい待っててくれる?」
「別に“恋人”なんだから取り繕わなくていいじゃん」
「恋人だから、よく見せたいんじゃん」
泊めてもらうから、1時間サービス。そう言って彼はさっそく優しい笑顔になった。
「部屋が片づいてなくったって、カナさんへの気持ちは変わんないよ? むしろ、普段のカナさんの生活を知りたいな」
…うっわ…すごい破壊力。これは、なかなか費用対効果の高い恋愛ができそうだ。
「部屋、散らかってても?」
「うん」
「新聞が散乱してても?」
「へえ、新聞取ってるんだ」
「洗濯物が干しっぱなしでも?」
「うん…」
「洗い物、流しに置きっぱなしでも?」
「……うん」
「たまったゴミが…」
「も、いいから…」
困った顔で止められる。やりすぎたか。けれどその顔がなかなかかわいくて、思わず笑ってしまう。
「恋人でもそうでなくても、とりあえず人様をお招きできるくらいの体裁は整えさせて」
そうお願いして、彼を置いてひと足先に家へ帰った。今週はずっと残業続きだったものだから、家の中はほんとにヤバイ状態だったのだ。