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有料彼氏  作者: 真澄
18/19

18★

一刻も早く誤解を解きたかった。


「もうわかんない」


そうつぶやいたきり黙りこんで、俺の腕の中で小さく固まっている彼女。きっと誤解をしている。自分が否定されたと、きっとまた傷ついている。けど想いを告げるのは12時をすぎてからじゃないとダメなんだ。そうしないと、今はきっと、カナさんは信じてくれない。違うんだ、あと少し待って。せめて抱きしめた腕に力をこめるしかできない。


――そして。彼女の身動ぎに合わせて時計を見れば、



「終わった……」



その針は12時を回っていた。これで言える、やっと。声にも表情にも安堵がもれていたと思う。



「カナさん」



自然と笑みをこぼして彼女の顔を見る。しかしカナさんは反対に、悲しそうな表情をしていた。



「カナさん、聞いてほしいことがある」


「うん……」



返事はしたものの、カナさんは立ち上がり、タンスをごそごそとしだす。


っと、マジメな話なんだけどな。しかしすぐに何かを手に戻って来たので、彼女が再び座るのを待たずに話し始めることにする。だって緊張する。待てば待つほどそれは高まるから。



「カナさん、俺ずっと考えてたんだ」


「うん」



テーブルを挟んだ向かいに彼女が座った。彼女にわからないように、ひとつ深呼吸をして



「俺は、本気でカナさんが好きです。今日からは、本物の恋人になってください」



……言った。言えた。なんだよオイ、こんなに緊張するもんだったのか!? フラれはしない、と、思う。たぶん。カナさんだって俺のこと悪く思ってないだろう? いやむしろ惚れてんだろ? …だよな?



「これ」


「なっ何?」



カナさんの言葉にどもりながら、テーブルの上をすべらされたものを手に取る。中を見て――固まった。



「なんだよこれ…」



声がかすれる。



「30万」



彼女は、目を合わせない。



「俺の話、聞いてた?」


「すごく楽しませてもらったから、ね、ほんとは5万円足すつもりだったのよ? だけどほら、最後おねがい聞いてくれなかったから」



口だけに貼り付けた笑み。その感情が読めない。



「いらないよ。俺は金なんかじゃなくって、ほんとにつきあいたいって言ってんだよ」



金の入った封筒を突き返す。



「延長はしない、って最初に言ったでしょ」



さらに封筒を突き返される。



「いらねえって!」



負けじともう一度突き返すと、聞こえたため息。まだ信じてねえのかよ。



「12時すぎてんだろ? もういい加減、俺の言葉信じてくれてもいいんじゃねえの?」


「……わかんない?」


「何が!」


「私たちは一回終わらせないといけない。次があるにしても無いにしても、リセットしないと進めないの」


「それがこの金ってこと? これ受け取ったら、それこそ終わりじゃねえか。金なんか受け取ったら、アンタ今までの俺の気持ちぜんぶ嘘にするんだろ? 冗談じゃねえよ」


「このままズルズル続けたってうまくなんかいかないよ」


「そんなに俺のこと信じられんねえのかよ!」



たまらず声を荒らげる。と、彼女が低い声で告げた。



「じゃあソウタくんは?」


「俺がなんだよ!」


「私のこと信じてた?」


「…は?」


「私がソウタくんの言葉を信じるわけないって、思ってなかった?」


「……!」



否定、できなかった。なんだよ、それ。信じてなかったのは、俺のほうだったっての?



「お互い様よ。どっちみちこのままじゃ、私たち前に進めない」



カナさんも、俺を信じられない。そして俺も、カナさんを信じられない。あの契約がある限り。けど、それじゃあ。



「俺たち、これで終わり……?」


「どっかで偶然会ったら、ナンパでもしてよ」


「なんだよそれ」


「とにかく。これは受け取って。感謝してるのは本当だし、きちんと終わらせるべきだと思うの」



三たび渡された封筒を手に取る。



「期間限定ならいいけど、こんな仕事もない若造とまともにつきあうなんてやっぱムリ?」


「! そんなんじゃ!」


「……っていう穿った考えまで出てきちまうもんな。たしかにこのまま続けてもうまくいかないかもな」



そうだ。今の俺じゃあダメだ。それは決して卑屈になっているわけではなくて、それが事実なのだ。……くそぅ。見てろよ。文句言わせねえ状況を作って、もう一度口説いてやる。



「わかった」


「え…?」



封筒を掲げてみせる。



「これ、もらっていくよ。ありがとう」



……ほら、そうやって、自分で突き放したくせに瞳を揺らして俺を困らせるのはナシだよ?



「1カ月、楽しかった。カナさんといられて」


「ああ…うん。あの…私も、楽しかった。本当に」



急に意見を翻した俺に、少し戸惑っているのがわかる。…どうして泣くの? けど、その涙に勇気づけられるのも確かだ。待っててくれる? 俺がもう一度口説きにくるのを。



「じゃ、俺行くわ」


「もう電車ないんじゃないの?」


「今日は俺泊めちゃダメっしょ。もう彼氏じゃないんだから」


「そう…そう、だね…大丈夫?」



まあ一晩くらいどうとでもなるよ。そう言って玄関に立つと、彼女が見送ってくれる。ドアに手をかけて、ふと思い付いて振り返った。



「俺が出てったあと、泣くなよ?」



ひゅうっと息を吸う音が聞こえて、もう泣くのをこらえているのがわかる。それを見たらたまらず――



「……っ」


「最後」



これで最後だから。そう言い訳をして、彼女を抱きしめた。これで最後――ひとまずは、ね。


ただ、カナさん。待ってろとは言わない。言えない。けれどどうか、俺が来る前に他の誰かのものにならないでいてください。

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