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有料彼氏  作者: 真澄
12/19

12★

要するに俺のこと好きなんだろ?




泣き止んだばかりのまだ濡れた瞳を、まんまるに見開いて呆然とする。カナさんはヤバいくらいにかわいかった。あーキスしてえー。いや、まだだ。こらえろ、俺。まずはカナさんのぐちゃぐちゃの頭を解説してやることにする。



「カナさんは俺を好きなの。でもいつか心変わりするのが怖い。変わりたくないって思う。つまりずっと俺を好きでいたい。要するにカナさんは俺が好きってこと。わかった?」


「……はい。って、そんな簡単なことでいいの?」


「他に何が必要? そりゃあずっと好きだった人をふっきろうとしたら少しくらいさみしくなって当然さ。けど、それと俺を好きなこととは別物でしょ?」


「べ、別? 別なの?」


「そうだよ。なに? カナさんの胸は常に定員1人?」



え、普通ちがうの? なんて目を丸くしてる。いやいや。必ずしもそうではないでしょう。少し考え込むようなそぶりをみせたカナさんの思考回路は、こんなことを聞いてきた。



「ソウタくんち、今何人?」



そう来たか。まあそれもそうか。



「俺? 今はカナさんだけだけど?」


「ふー…ん…彼女的なアレは…?」


「さすがに彼女いたら、金もらって恋人になるとかしないでしょ。そこまで人非人じゃないよ俺」



呆れて返すと、そりゃそうか、と納得した様子。ああ、けど。俺は思い直して言い足した。



「ちゃんと言ってなかったね。彼女がいるかどうかって」


「や、いいよ、別にそんな話」


「何言ってんの。カナさんの失敗の原因でしょうが」



うぐ…という声なき声がする。



「彼女はいません。片思いとかも別にないです。女の子とは、正直ひと晩だけのつきあいも何回かしたことあるけど。ここ何か月かはしてないな。だから今はホントにカナさんしかいないよ」



ひとつひとつ、告げていく。それはカナさんに必要だったはずのもの。そんなとこまで知らなくても…とボヤきながらも、同じようにカナさんも返してくれる。



「…つきあったのは、ソウタくんで二人目。カラダの関係は、三人目、です」


「……」



それを聞いて、俺はこれ以上ないくらい複雑な顔をしたと思う。村上とかいうあの男のほかにもいたのか、とか、妙にリアルな人数って逆に嫉妬心を煽られるなあとか。けれど「カラダの関係はソウタくんで三人目」というさりげない台詞が、それを上回る感情を波立たせる。今、俺を人数に入れた? ヤバいよ、それ。止められないよ、もう。



そういえば、カナさんの細い手首をつかんだままだった。途端に熱が上がる。



「カナさん?」


「ん…?」


「さっき言ったことだけど。契約をやめたいって話」



あれ、本気だよ。俺もう、金とか関係なくカナさんが好きだよ。カナさんと本当の恋人関係になりたいよ。



……そう、言うつもりだった。けど言えなかった。カナさんの目が、戸惑うように泳ぐから。



「…ごめん、あれウソ。忘れて。俺まだ、カナさんと一緒にいたい」



明らかにホッとした表情に、胸がちくりと痛む。カナさん、カナさんは俺とどうなりたい? 約束の期限が来ても、俺の恋人でいたいと思ってくれる?



それが聞けなくて。せめて自分の思いをぶつけるだけ。



「カナさん」


「ん?」


「好きだよ」


「ありがと」


「…俺、本気だよ?」


「わたしも、本気だよ」



カナさんはきっと、信じていない。俺の“本気”を、きっと期間限定だと思ってる。掴んでいた腕をぐっと引き寄せて、彼女を抱きしめた。



「カナさんの言葉って、どこまで本当?」


「ぜんぶ本当だよ」



…8月31日までは、でしょ? カナさんは、「大丈夫だよ」と言う。



「31日までは、わたしの言うことはぜんぶ本当。…9月になったらぜんぶ嘘になるから。大丈夫だよ」


「俺は、本気だって言ってるのに」


「だからわたしも本気だって」



伝えても伝えても、受け止めてもらえないもどかしさ。仕方がない。猶予はまだあと半月ある。夏休みもあるし、それまでになんとか──そうだ、夏休みがあったんだ。カナさんの肩を掴んで身を離し、目を覗き込む。



「夏休みの旅行、決めよっか」


「……うん!」



ああ、やっぱり。その笑顔があればそれでいいや、なんて甘くもヘタレな気分になってしまう。だってその笑顔、見ていると俺までふわふわしてしまうんだ。そしてその“ふわふわ”は、俺を幸せな気分にさせるのだから。




=====


次の日、バイトに行くと、カウンターに腕時計が置かれていた。客の忘れ物だという。店長から「アルバイト全員に共有しといて」とメモを渡される。開店前のミーティングを仕切るのは、バイト歴のいちばん長い俺なのだ。



「あ、それからこれ」


「なんです?」



店長が差し出した紙を見ると、「正社員登用試験」の文字。



「これ…!」


「本部から、各支店で有望なやつがいたら推薦するように言われてんだ。もちろん推薦するだけで、採用されるかどうかは本人次第だが。まあ考えてみてくれ」



というか、しっかり考えてから返事をしろよ? そう言いおいて、店長は開店の準備に戻っていく。



「ソウタさん、そろそろ時間スけど」



後輩に呼ばれて慌てて紙をポケットにしまい、ミーティングに向かった。



「──あと今日は一点共有があります。昨日の貸し切りのお客様の忘れ物の腕時計を預かってます。今日取りにいらっしゃるそうなんで、見えたら俺に通してください」



ハイ、と、俺の次にバイト歴の長い男が手を挙げる。



「念のため、その方のお名前わかりますか?」


「あー…っと」



そういうところによく気がつくやつなのだ。店長に渡されたメモを読み返す。しっかし汚え字…



「あった。お客様のお名前は、村上様だ」



──ムラカミ?




その日はしばらく心ここにあらずだった。もちろん、心が多少留守でも失礼のない接客ができるくらいには、この仕事に慣れているという自負はある。いつだ? いつ来る?



──そして、やっと仕事に集中し始めた頃。



「ソウタさん、忘れ物を取りに村上様がお見えです」


「……はい」



俺は緊張を隠せない面持ちで、村上の元へ向かう。恋敵の元へ。



「お待たせいたしました、村上様」


「きみは、原田の…」


「昨日はありがとうございました。お忘れ物の時計ですが、念のためメーカーと色をおっしゃっていただけますか?」



忘れ物が高級品の場合、間違いなく本人に渡すために、こうしてメーカーや形状を確認することになっている。それは、店として大切に預かっていますよ、というアピールでもある。村上が挙げた名前に間違いないことを確認し、時計を渡した。



「こちらでお間違いございませんね?」


「ああ…ありがとう。きみは、原田と一緒にいた子だよね」



原田、というのはカナさんのことだろう。



「昨日はお話し中にじゃましてすみませんでした」


「いや…原田に彼氏がいたとはね。知らなかった」


「…俺、彼氏じゃないっスよ」



え? と、村上が驚いている。うれしそうなのがバレバレだっつうの。調子に乗んなよ?



「俺、まだカナさん口説いてるところなんです。なかなかガード固くて。…村上さん、カナさんとはどんな別れ方だったんです? 俺が付け入る隙ってありますかね?」



わざと明るく問うて警戒心をほどかせると、村上はこんなことを言ってきた。



「原田は難しいと思うよ」


「…どうしてです?」



「誘えば拒まない。友だちに戻ろうと言えばあっさり引く。正直、何考えてんのか最後までわからなかったよ。あいつからは会いたいとも言わないし、誘ってもこないし、壁があるっていうのかな…真綿を抱いてるようだった」



真綿のように、目の前にあるこの手が、指が、カナさんを抱いた。それは考えないことにする。



「だからきみも、あいつは難しいと思う」


「それを聞いて安心しました」


「えっ?」



挑むようにニヤリとしてみせる。



「“友だちづきあい”長いって聞きましたけど。俺のほうがカナさんのことわかってるみたいだから」


「なに?」


「今頃気づいてももう手遅れだから、シャクだけど教えてあげますよ。カナさんが会いたいって言わないのは、断られるのが怖いから。友だちに戻ろうって言われて引き止めないのは、カナさんのことだから多分、別れたくないって駄々こねて嫌われるくらいなら、物分かりよくしてせめて友だちの肩書きを守ろうとか考えたんじゃないかな」


「それは、つまり」


「つまり、それだけあなたを好きだったってこと」



そう。夜も眠れなくなるくらいに。ご飯も食べられなくなるほどに。



「そうだったのか…」


「過去形、ですよ?」


「……っ」


「カナさん、俺には会いたいって言ってくるし、いろいろねだってもくるし。少なくともあなたといるより幸せに感じてもらえる自信はあるんで、もうカナさんにチョッカイ出さないでくださいね?」


「なっ…」



言葉を無くしている村上を、営業用スマイルで見送る。



カナさん、聞いて。俺この人に負ける気しねえ。早く俺のところへ来なよ。もう、傷つかなくていいから。

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