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有料彼氏  作者: 真澄
11/19

11☆

ほんとうに心底イヤんなった。



あんな、人をバカにした態度をとるあの男に、それでも誘われて喜んでしまう自分が。せっかくソウタくんが助けてくれたのに、ジャマしないでとか思ってしまった自分が。



どうして抜け出せないんだろう。いや、わかってんだ、ほんとは。体が反応してしまうのは、単なる習慣。心が拒否するのは、認めたくないからってだけ。20代をまるまるかけた片思いの相手を、あんなに好きだったあの人を、こんなにも簡単に好きじゃなくなれるってことを。



これから誰かに恋をしても、きっとまた変わってしまうんだ、って、自分の心が信じられなくなるのが怖いから、村上くんのことをまだ好きだと思い込もうとしてるんだ。



ばかみたい。そこにしがみつく意味なんてないのに。けどやっぱり、あの人に手を差し伸べられたらきっと拒めない。



ソウタくん。ソウタくんはどう思っただろう。ユウコが彼に頼んであんなこと言わせたって言ってたけど。どこまで聞いただろう。どう思っただろう。わたしのこと、どう思っただろう。



「もうほんとバカ……」



村上くんを好きじゃなくなることを拒否する一方で、ソウタくんに嫌われたくないという気持ちがあることに気付いたら、自己嫌悪で泣けてきた。



ソウタくんが帰ってきたら、どんな顔して迎えたらいいんだろ。とりあえず、赤い目はなんとかしないと……そこまで考えたところで、インターフォンが鳴った。




=====


「っ…痛い」



ドアを開けると、ソウタくんはわたしの顔を見るなり、表情に怒りを滲ませた。左手首をギリリとひねり上げられる。そのまま部屋へ引っ張って行かれた。



「痛いよ、ねえ」


「泣いてたんだ」


「え?」


「そうだよなあ! せっかくヨリが戻るかもしれなかったのに、期間限定の男にジャマされて悔しいよなあ!」


「そんなこと、」


「俺のことなんて気にしないでさ、あいつんトコ行ってきなよ。それで抱かれてくればいいだろ」


「何言って…」


「けどなあ! 賭けてもいい。ヨリなんか戻んないぜ。都合よく使われて終わりだ」


「……っ」


「俺、あいつに似てる?」


「え…?」


「あいつに似てるから、あいつの変わりに、俺に好きになってなんて言ったのかよ!」


「ちが…」



なんなの。全然わたしの話を聞いてくれない。



「俺もうムリだ。降りていい? ああ、契約書には規定なかったなあ。違約金でも取る?」


「それは、日割りで、」


「…っ冷静かよ! っざけんな」



なんなの。なんなのなんなの! 全然話聞いてくれないで、怒ってるばかりで。謝ろうと思ってたのに。勝手に怒って!!



つかまれていた手を力任せに振り払った。



「わたしだって!」



叫んだら、ソウタくんがあ然とした。そりゃそうだ。わたしがいちばん驚いている。こんな大声を出したのは子どものときの兄弟ゲンカ以来だ。



「…っ、わたしだって、わかってんだよ」



どこを見ていいかわからなくて、目を泳がせる。



「もう大丈夫だと思ったんだもん」



そう、そうだ。



「ソウタくんが来てから夜だって眠れるようになったし。ごはんもまともに食べられるようになったし。ムリヤリ残業しなくたって、夜家に帰るのが怖くなくなったし。ソウタくんが来てから、もう大丈夫だって思ったんだよ」



息継ぎだけしてさらに続ける。もうジャマされないように、最後まで言えるように。ああけど、何を言いたいのか自分でもよくわからない。



「平気だって思ったのに、あの人の顔見たら、もう体が、それでもいいって、体だけでも求めてもらえるならって思っちゃって」



わかってる。自分でもバカだってわかってる。



「体だけでも…?」



ソウタくんがつぶやき、わたしは顔を上げた。視線がぶつかる。感情が高ぶって、わたしはもう泣くのを止められない。



「ここに、心も体も求めてるやつがいるのに?」


「……!」



手の甲で涙を拭いながら、ふるふると首をふる。その手を、再びつかまれた。今度は優しく。



「やっぱり、あいつのとこへ行く…?」



ブンブンと強く首をふる。



「行かない…」


「どうして?」


「ソウタくんの、言う通りだと思うから。やっぱり、好きだった人がそんな男だなんて、思いたくないし」


「あいつのためってこと?」



みたび首をふる。



「自分のため、だよ。だって悔しいじゃない。そんなやつを好きだったなんて。それも、何年も」


「…過去形?」



どう、伝えたら、伝わるだろうか。ぐちゃぐちゃにこんがらがったこの頭の中を。



「ほんとはもう、あの人に未練はないの。未練があるのは、自分の時間。あの人を好きだった時間がなんだったんだろうって思って。ああ、けど理由はそれだけじゃなくて」



手に触れた言葉を、整理もせずにそのまま口から出していく。ソウタくんは黙って聞いてくれる。



「んー…村上くんをもう好きじゃないってことを認めちゃうと、次の恋ができなくなるんだよ」



ソウタくんが首をひねった。



「…ごめん、今のわかんなかった。もっかい」



ええ? そうだなあー。わたしも首を傾げながら答える。



「えーと、だから、村上くんのことをもう好きじゃない、ってことは、10年も好きだった人のことをカンタンに好きじゃなくなれるってことで」



そこでちらりとソウタくんをうかがう。とりあえず最後までどうぞ、と手で促されたので、続ける。



「そうなると、これから好きな人ができてもまた変わっちゃうってことで。今のソウタくんへの気持ちも変わっちゃうってことで。それはやだなあって思って」



ん? 何言ってんだろう、わたし。さらに首を傾げてしまう。けれどソウタくんはこんなことを言った。



「その論理はやっぱよくわかんないけどさ、一個だけ確認させてくれる?」


「なに?」


「要するに俺のこと好きなんだろ?」




…な、え? そ、えええ?




けど。動揺の陰で、何かがストンと落ちた気がした。

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