夫が愛人を連れ帰って離縁を求めてきましたが、こちら国家特務エージェントNo.99999《ラストロット》、作戦を実行する
「いいから、早くこの離縁届にサインをしろ!」
ガラガラッ、ガシャンッ――!
夫ギルバートが、カウンターに並んでいた皿やグラスを薙ぎ払う音が店内に響き渡る。
私は慌てて夫の腕を掴んだ。
「あんた、ちょっと待ってよ! 半年ぶりに顔を見せたと思ったら、いきなりそれはないだろう? まずは話を――」
「話すことなんかない! オレは、お前と別れてこいつと結婚するんだ」
ギルバートが私を乱暴に振り払い、背後に立つ女を顎でさす。
そこには、胸元の開いた真っ赤な服を着た女が、いかにも気怠そうに立っている。
「ヘルムートの酒場で出会ったんだ……お前と違って、若くて良い女だよ」
ギルバートが女の腰を引き寄せる。すると、女も唇の片端を上げて夫に寄りかかった。
私は唖然として、そんな二人を見つめた。
夫より二歳年上の私は、今年三十五歳になる。女は二十代前半に見えるから、確かに私よりずっと若い。
艶めいた金色の髪を華やかに結い上げた女に対して、私の赤茶けた髪はひっつめただけ。
店を手伝うどころか近寄りもしない夫に代わり、朝から晩まで働いてきたから、手はあかぎれだらけで、目元には細かな皺もある。
どこにでもいそうな、疲れた宿屋の女主人――それが私、エルナ・ハムラバンだ。
「だからって、そんな一方的に離縁だなんて――」
「こいつに子どもができたんだ」
呆然とする私に、女が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「……子どもだって?」
悲しみより先に情けなさが込み上げてきて、全身から力が抜けそうになる。
妻のある身で、ほかの女と子どもを作るだなんて……そこまでどうしようもない男だったとは――。
私がギルバートと結婚したのは、十年前のこと。
この女と同じく、ヘルムートの酒場で出会った。
ヘルムートは冒険者ギルドのある、この地方では一番大きな街だ。当時、冒険者をしていた私は、ちょうどこの辺りに腰を落ち着けようと考えていた。
そんな頃、ギルバートに声をかけられ、何度か口説かれるうちに結婚した。
そして、ヘルムートから馬車で半日ほどのこの小さな炭鉱町で、宿屋兼酒場を営むことになったのである。
しかし、ギルバートが真面目に店の仕事をしていたのは、最初だけ。じきに店を放り出して遊び歩くようになり、金が尽きれば私のところへ無心にくるようになった。
咎めれば店で暴れて物を壊すから、夫のことは放っておくしかなかった。
炭鉱にはゴブリンなどのモンスターがよく出没し、それなりの数の冒険者がやってくる。
そういった客を女ひとりで相手にするのは大変だろうと、町の人たちには同情されていた。
それでも、なんとか女だてらに店を切り盛りしてきたのだが――
「さっさとこの離縁届にサインをしろ!」
苛立ったように、ギルバートがまた近くの椅子を蹴り飛ばす。
すると、心配そうに様子を見ていた馴染みの客のひとりが立ち上がった。
「おい! 黙って見てればお前、いい加減にしろよ!」
その声につられるように、周りの客たちも次々と立ち上がる。
まずい。このままでは、夫と客たちのあいだで取っ組みあいの喧嘩になりかねない。
なんとかこの場を収めないと……。
そう思って、カウンターに置かれた離縁届に目を落とす。どうやら勝手に役場で作成してきたらしい。
そこには、財産の分配についても書かれている。
「……ねえ、この店をあんたのものにするって書いてあるけど」
「なんだ、文句があるってえのか!」
「文句もなにも、この店は、私が冒険者時代に稼いだ報酬で買ったんじゃないか!」
「うるさい! お前みたいな冴えない女と十年間も一緒にいてやった慰謝料に、この店をもらってやると言ってるんだ!」
ギルバートはそう怒鳴ると、私の手を掴んだ。
「ほら、サインをしろよ! 早く! ――っ!?」
そこでギルバートが顔をしかめた。
顔を上げると、さっきまで客席にいた冴えない冒険者風の男がギルバートの腕を掴んでいた。
「いい加減にしないか」
「――なんだ、お前!」
ギルバートは一瞬、面食らったように男を見たが、その身なりを確かめるとすぐに強気な態度に戻った。
男の年の頃は二十代後半。炭鉱でモンスターを狩ってきた帰りなのだろう。ゆるく波打つ金色の髪は煤にまみれ、マントも服も薄汚れている。いかにもくたびれた冒険者といった風貌だ。
「こんな町にくる冒険者なんざ、どうせD級以下のクソ雑魚だろうが! 正義の味方ぶって首を突っ込んで、痛い目を見るのはお前だからな! いいか、オレの女にはヘルムートの裏社会の連中がついてるんだ! オレに手を出したら、そいつらが黙ってねえからな!」
「ちょっと、ギル……本当に、あんたいい加減に……」
夫の言動はさすがに目にあまる。
たしなめようと愛称を呼んだとき、冒険者の眉間に不愉快そうな皺が寄った。
しかし、それを気に留める間もなく、店の扉が開いた。
入ってきたのは、深くフードを被ったひとりの男。
身なりからして魔道士の冒険者に違いない。
その姿を目にした瞬間、私はすっと焦げ茶色の瞳を細めた。
こちら、国家特務エージェントNo.99999《ラストロット》――
時は来たれり、これより作戦を実行する。
「おい、エルナ――エルナ?」
なにか文句を言おうとしていたらしいギルバートが、私を見てきょとんと名を呼んだ。
私はそれに応えず、私の手を掴んでいたギルバートの手首を軽くひねって振りほどいた。
そのままカウンターに置いてあった果物ナイフを手に取り、魔道士めがけて投げつける。
「ひっ!」
声を上げたのは魔道士――ではなく、ギルバートだ。
「び、びっくりしたー! お、お、お前! エルナ! 何をしてるんだよ! 危ないだろ、人にナイフなんか投げたら!」
ギルバートが慌てた様子でなにやら叫んでいるが、そんなことより魔道士の男は寸でのところでナイフをかわし、切り裂かれたフードの下から隠れていた顔があらわになった。
青い髪をした、不健康そうな若い男だ。
「――若返っているな、イルジェン。また吸ったのか、人の命を」
「……貴様、まさかNo.99999か! なぜこの町にいる! この町に貴様はいないと確認したはず!」
「なんの話!?」
声をひっくり返すギルバートをよそに、魔道士イルジェンがこちらに片手をかざし、火の矢を放つ!
「きゃー! なに! なんなの!? なにが起こってるの!?」
「あいつ! 火事になったらどうするつもりだ! オレの店だぞ!」
女とギルバートが抱き合って騒ぐ。
私は鍋の蓋を手に取ると、カウンターに片手をつき、ひらりと飛び越えた。
そのまま蓋を構え、飛んできた火の矢をすべて受け止める。
「ふっ、おあいにく様。この店を切り盛りして十年、火の始末を怠ったことはないのよ」
「お前もなにを言ってんだ!」
ギルバートが叫ぶ。
店の客たちも、うろたえながら次々と外へ逃げていく――そばに立つ、冴えない冒険者ひとりを除いて。
「お前は逃げなくていいのか?」
「ご冗談を」
私の軽口に、冒険者は生真面目そうに答える。
そこへ、続けざまに火の矢が飛んできた。
私はとっさに鍋の蓋を構えようとしたが、ギルバートの愛人が逃げだそうとした先で足をもつれさせたのに気づき、そちらに駆け寄って彼女の体を支えた。
火の矢は店の奥の壁に突き刺さり、たちまち炎が燃え広がる。
「怪我はないか? ギルバートの愛人殿」
「あなた……どうして私を」
「身重なのだろう、大事にせよ」
ふっと笑って答える私に、愛人がぽかんと口を開く。
そして、私の注意が逸れた隙にとばかりに、魔道士が店の外に逃げ出した。
しまった、ここで外に逃がしてしまっては――
「問題ございません。イルジェンが《エルグランド》へ向かったとの報を受け、我々も先回りしておりました。すでに、この町は我が帝国騎士団が完全に包囲しております」
「ふっ、成長したではないか私の可愛いアルムンド――いや、いまは剣聖と呼ぶべきか」
「お戯れを……どうか、かつてのようにアルムンドとお呼びください。我が師、ラストロットよ」
私の言葉に応えるアルムンドの声は、感極まったように震えている。
十年ぶりの再会だ。私とて感慨に浸りたいところではあるが、いまはイルジェンを追うのが先。
「いかに大陸最強を誇る我らが帝国騎士団とて、イルジェンに禁術を使われては手を焼くだろう――急ぐぞ」
「はっ」
「おい、剣聖って、あれか? 炎竜をたった一人で斬り倒したっていう、あの剣聖か!? 帝国一の大剣士で、帝国騎士団を率いてるっていう……? おい、ちょ、ちょっと待て! 答えてくれよ! エルナ! エルナ!」
私はギルバートの愛人を抱えたまま、火の手が広がる店を飛び出した。その後にアルムンドが続き、ギルバートもまた足をもつれさせながら追いかけてくる。
店の外では、イルジェンが帝国騎士団に取り囲まれていた。
アルムンドが一歩前へ出る。
「逃げ場はない。観念しろ、イルジェン」
私も女を地面に下ろすと、静かにイルジェンの前へ進み出た。
「さあ、イルジェン。お前が十年前に盗んだ禁術《闇の竜》を返せ」
「くっ……」
イルジェンが後ずさる。
しかし、その背後には銀の鎧を身にまとった帝国騎士が立ちはだかっている。逃げ場がないと悟ったのか、イルジェンが悔しそうに顔をしかめた。
「ふっ、馬鹿どもめ! 追い詰められているのは、お前たちのほうだ――禁術を発動する準備は、とうに整っているのだよ!」
――イルジェンもまた、かつて帝国に選ばれたエージェントのひとりだった。
その魔力は伝説に名を残す大賢者にも比肩すると言われ、もてはやされていた。
しかし十年前、イルジェンは帝国を裏切った。
エージェントとして与えられたいくつもの魔術刻印を悪用し帝国が守り続けてきた禁術《闇の竜》の刻印を持ち出したのだ。
帝国はイルジェンを捕らえようと、あらゆる手を尽くした。
《闇の竜》を召喚するには、莫大な魔力が必要となる。いかにイルジェンといえど、それだけの魔力を蓄えるには二十年はかかるといわれていた。
だが、イルジェンの言葉を信じるなら、すでに必要な魔力は蓄えられているらしい。
人の命を吸い、その力を自らのものとしてきたのだろう。
そして、この町は大陸のどこからでも望めるほど高い山の麓にある。
《エルグランド》は、《闇の竜》が封じられし場所――
「月を喰らい、星を穿つもの」
イルジェンが両手を天へかざし、呪文を詠唱する。
すぐさまアルムンドが剣を抜き、斬りかかるも、刃が届く寸前で見えない壁に弾き返された。
禁術の詠唱中は、術者の周囲に不可侵の防御結界が展開されるのだ。
「常夜より出でよ、《闇の竜》!」
その瞬間、山が蠢いた。
はるか雲の彼方から轟音が落ちてくる。
それまで晴れていた昼の空に、渦を巻くように黒い雲が生まれ、雷鳴が轟く。
気づけば、あたりは夜の様相へと変わっていた。
「ふっ、はははははは! 成功した、成功したぞ! 我が復讐の時が来た! この国を喰らい尽くせ《闇の竜》!」
両手を広げて昂ぶるイルジェンの頭上――黒い雲の中から、巨大な《闇の竜》が顔を覗かせる。
「おおおおおおおおお、お、おおおおおおおおお!!!?」
ギルバートがそれを見て腰を抜かし、尻餅をついた。
「お、お、おっきくなーーーーい!!? りゅ、竜って、みんなあんなでっかいの!?」
「まさか。私が倒した炎竜は、小高い丘程度のサイズだった。あれは――少なく見積もっても、二十倍はあるな」
アルムンドが、空を覆う巨竜を見上げながら答える。
「あれは五百年前、ひとつの王国を一夜にして滅ぼし、大陸中の魔道士たちが命を賭して封じた《闇の竜》だ。その封印を守るための刻印を、代々帝国が管理してきたのだ」
だがその刻印は十年前、イルジェンによって奪われた。
「蘇ったあれを、現在の脅威度ランクに当てはめるなら《世界滅亡級》。歴史上、数体しか確認されていないもので、討伐ランクは――不可だ」
「せ、世界滅亡……? 討伐、不可ぁああ!?」
そんなもの聞いたことがないと騒ぐギルバートをよそに、私はイルジェンを見つめた。
「イルジェン、お前は言ったな。ラストロットがこの町にいないことは確認したはずだ、と。それはなぜだ? 私がここにいては、お前は自分の復讐を果たせない。そう知っていたからではないのか?」
静かに問いかける私に、イルジェンが鼻白んだ。
「い、いいや! 《闇の竜》をこの目で見た今、確信した! いかに貴様といえど、あの竜を倒せるものか――」
「私は国家特務エージェントNo.99999。帝国に危機あらば、その脅威を滅ぼすと約束した者。私は帝国の《終の駒》。相手が《帝国を滅ぼす者》である限り、私の勝利は約束されている」
暗闇のなかでも、イルジェンの顔から血の気が引いたのがわかった。
「無理じゃない?」
ギルバートが私の肩を掴んだ。
「やめといたほうがいいんじゃない?」
小刻みに首を横に振るギルバート――を無視して、私はアルムンドを振り返る。
「アルムンド、剣を貸せ」
「はっ」
声をかけると、アルムンドはすぐさま手にしていた剣を私へ差し出した。
「剣聖が扱う伝説の剣か――不足なし」
剣を一振りして、感触を確かめる。
すると、アルムンドが両手を組んで私に差し出した。
私がそこへ片足をかけて頷くと、アルムンドは「失礼!」と叫び、組んだ両手を勢いよく跳ね上げる。
同時に私もその手を強く蹴り、高く跳躍――一気に、《闇の竜》の頭上へと迫った。
「《闇の竜》よ、悪いな。お前に恨みはないが、この帝国のために討伐させてもらう」
《闇の竜》がこちらを睨んで咆哮する。
私もまた負けじと声を張り上げ、剣を振りかぶった。
「グオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「えええええええええ!?」
下からギルバートの声が混じっている気もするが――
「はっ」
私は剣を振り下ろした。
次の瞬間、すとんと軽い音がして、《闇の竜》の首が落ちた。
切り離された巨大な首と巨体が、そのまま地上へ落下していく。それらは帝国軍の魔道士たちが展開していた回収用魔法陣へ吸い込まれていった。
「お見事でした、ラストロット……」
地面に着地すると、アルムンドがそう声をかけてきた。
「うん。お前たちもありがとう」
振り返れば、イルジェンはすでに帝国騎士たちに取り押さえられていた。
「そんな……まさか……」
イルジェンは呆然と目を見開き、唇を震わせている。
「そ、そもそも、なぜ貴様がここにいる! 私は何人も偵察を放った! ここ数年、この町に見知らぬ女が出入りしていないことも確認していた! だからこそ、この町を――」
「そうだな。ここ数年、新しくやってきた女はいない……十年も前に、夫婦で宿屋を始めた女がひとりいるだけだ」
「まさか……」
イルジェンの顔が引きつった。
「私が、貴様のいない場所を選ぶと――そこまで読んで、十年も待っていたのか!?」
私は頷く代わりに、ただ微笑んだ。
そう。《エルグランド》の麓には、《闇の竜》を呼び起こすのに適した、山の魔力が強く満ちる場所がいくつか存在する。
その中でもこの町は小さく、人の出入りも少ない。
イルジェンならば、ラストロットが潜んでいないと確信できる場所を選ぶ――そう踏んでいた。
イルジェンが騎士たちに連行されていく。
その後ろ姿を見送り、私はようやくひとつ息を吐いた。
「これで、私の十年にわたる任務も終わりだな」
「お疲れさまでした、我が師」
「ああ。だが、休んでいる暇はなさそうだ。すぐに帝都へ戻って報告書を出さねば――」
と、そこで思い出して振り返ると、激しく燃える自分の店が目に入った。
すでに魔道士たちが消火に当たってくれているから、延焼はなさそうだが、この店はもう使い物にならないだろう。
「ふっ……十年も営んだ店か。私にそのような感傷はないと思っていたが、不思議と胸が締めつけられるものだ。これが寂しいというものか――」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待て! いい感じに締めるな!」
ギルバートが私の視界に入ってきて、そう叫んだ。
「エルナ! お前はいったい何者なんだ! オレの妻で、この廃れた町のただの宿屋の女主人! そうじゃなかったのかよ!」
戸惑いのまま叫ぶギルバート。
私はひっつめていた髪をほどくと、あらためて彼を見つめた。
「私は、帝国を守る最終兵器――国家特務エージェントNo.99999。この十年、ここで身を隠すには、貴殿の妻でいるのが都合よかった。礼を言う」
「は……?」
ギルバートが呆けたように口を開ける。
実際、彼がほとんど家に帰ってこなかったおかげで、助かったことも多い。
私の素性を詮索することもなければ、日々の行動に口を出されることもない。
まあ――そういう男だろうと思ったからこそ、結婚までしたわけであるが。
「ま、待ってよ! じゃあ店は!?」
そう叫んだのは、ギルバートの愛人だ。
「ギルバート、あなた言ったじゃない! 奥さんからお店もお金も奪って、私を養ってくれるって!」
女が地面に座り込んだまま、ギルバートを責め立てる。
「そ、それは――」
「だから私、子どもがいるなんて嘘までついて……!」
「やはり、子どもがいるというのは嘘であったか」
女の言葉に、私はひとつため息をついた。
顔色をはじめ、抱き上げたときの体温や心拍数などから、妊娠は嘘ではないかと思っていた。
私は女の前に膝をつくと、その頬に手を当てた。
「ならば、貴殿にはもっとよい男がいるであろう。人を騙すような真似はやめて――これからはまともに生きよ」
ふっと微笑みかけると、女は面食らったような顔をした。
頬を染め、唇をきゅっと引き結んで頷く。
「というわけだ。店もなくなったわけだが――ギル、あんたもこれからは真面目に生きなさいよ」
ぽん、と肩を叩いて、背を向ける。
「さあ、帰ろうかアルムンド――懐かしい、私たちの家へ」
「はい。我が師――」
アルムンドはすさまじい殺気を帯びた眼差しをギルバートに向けていたが、私が声をかけるとぱっと顔を輝かせた。
嬉しそうに私の横に並び、歩きはじめる。
「待て、待ってくれ! エルナ――オレは、お前と……」
だが、そこにギルバートが声をかけてきた――まだ何か話があるのか? ……そうか! 忘れていた。
「ああ、離縁届か! 悪いが、いまは時間がない。署名は向こうでするから、皇城に届けておいてくれ」
歩きながら軽く振り返り、手を振る。
するとギルバートはこちらへ伸ばしていた手を下ろし、がっくりと項垂れた。
「……師よ、あれは斬っておいてもよいのはではないですか」
アルムンドの声には、明らかな怒気がこもっている。
思いのほか本気らしいことに少し驚きつつ、私は笑った。
「そう言うな。彼を利用したのは、私たちのほうだ」
そう声をかけて、空を見上げる。
いつの間にか暗雲は消え、空には一面の青空が広がっていた。




