王女の誤算。一途な勇者は王家に代償を払わせる。
お疲れ様です。休憩のお供に。
熱気に満ちた王都の街。
街道は祝いの酒を酌み交わす人々が何度目かも分からない乾杯の声を上げている。
魔王を討伐した勇者達の凱旋パレード。
人々は聖剣を持つ勇者とその仲間達の偉業を讃え、歓声と拍手で見送った。
空を舞っていた花びらは石畳に絨毯のように敷き詰められ、踏みしめた馬の足跡は王城へと続いている。
王城の謁見の間。
魔王討伐を終えた聖剣を持つ勇者と仲間達は、王に謁見をしている。
仲間達が礼をする中、勇者だけがその場に立ち尽くしていた。
勇者の手に握られていたのは一枚の手紙。
握りしめられ、くしゃくしゃになっている。
約束された栄光への道。
だが、それはガリアンの望むものではなかった。
*****
勇者ガリアン。
聖剣を抜いた勇者だ。
魔王が現れる時、神によってその知らせは届く。
石となっていた聖剣が真の姿へと戻る、その時が魔王復活の兆しだという。
そして魔王を倒した後、聖剣を座に戻す時一つだけ、神の差配で勇者の願いを叶えるという。
王城前の広場、聖剣が光を放ち真の姿を表した。
王は貴族達を集めた。
上位貴族から順に抜いていき、誰一人引き抜くことはできなかった。聖剣に選ばれたのは元孤児であるガリアン。
ガリアンとスーリャは同じ孤児院に育った。
孤児院ではいつもお腹を空かせていたし、劣悪な環境だった。
孤児院にやってきた貴族の男に襲われそうになったスーリャをガリアンは救った。
院長の手引きで金と引き換えに行われた企みを台無しにした。
そのせいでそこに居られなくなった二人は孤児院を飛び出した。
スーリャは美しい娘だった。
一人でいるといつも襲われ、攫われそうになった。フードを被り、目立たないように過ごさねばならなかった。
ガリアンもまた女性に好まれる見目をしていたせいで、妬み嫉みを受けた。出自を揶揄され、馬鹿にされたりと辛酸を舐めた。
だが、ガリアンもスーリャも泣き言も不満も言わなかった。二人で過ごせるのならそれだけで幸せだったからだ。
助け合って二人、王都で暮らし始めた。
王都ではガリアンは頑強だったので荷運びを。
スーリャは器量が良かったのでパン屋で働いた。
パン屋の女将さんが訳ありの二人に良くしてくれた。
二人で暮らして一年が経った頃、聖剣が本来の姿に戻った。
そして、ガリアンが抜いてしまった。
ガリアンは勇者になり、王城から帰って来なくなった。
毎日剣の稽古をしているらしい。
週に一度だけ文が届く。
元気にしているか?
剣の稽古で毎日疲弊しているが強くなっている。
仲間ができた。
皆強くて俺ももっと強くなりたい。
そんなことが書いてあった。
準備が整って魔王討伐へと出かける日が決まった。
討伐の旅に出る前、一週間だけガリアンは戻ってきた。
最後に会った時とは変わって、さらに逞しくなったガリアンに驚いたが、向けられた笑顔は昔のガリアンのまま。
この一週間は、ガリアンが聖剣を抜く前と同じように過ごした。
共に食事をし、スーリャは仕事に出かけ、帰ってきたらまた一緒に食事をして、同じベッドで寝る。
前と同じように。
姿は随分と変わってしまったけれど、ガリアンは変わらない。
スーリャの作る好きな料理も、ガリアンが作る大雑把な味付けのご飯も、寝るときに腕を上げて寝る癖も。
そして、一週間後ガリアンは魔王討伐の旅へと出掛けていった。
無口なガリアンはその朝、スーリャを強く抱きしめ、背を向けた。
目抜通りを進むパレードをスーリャはパン屋の窓から見送った。
スーリャの肩には、パン屋の女将さんの抱き寄せる手があった。
一ヶ月が経った頃からガリアンの活躍が聞こえてくるようになった。
新聞の記事では魔王討伐の旅は順調にいっているらしいとパン屋の旦那さんが言っていた。
だが、街では噂が広がっていた。
王女が、勇者と恋仲であるという噂だ。
勇者は出立の際、王女の手を額に当て、口付けをして別れを惜しんだらしい。
勇者と王女は頻繁に手紙のやり取りをしているらしい。
スーリャへの手紙は最初は届いていたが一ヶ月が過ぎた頃には届かなくなっていた。
そして、スーリャの体にも変化が起きていた。
子供ができていた。ガリアンとの子供だ。
体調の悪いスーリャの様子を見て、女将さんが先に気付いた。
そして、二ヶ月が経った頃、パン屋の前に仰々しい馬車が止まった。
降りてきた女性は王女の侍女と名乗った。
侍女に連れられ、王女の馬車の中で向かい合わせに座る。
「あなたがガリアンの恋人?」
美しい王女様は、腕を組んでこちらを睨んでいる。
「単刀直入に言うわ、貴女、目障りなのよ。噂は聞いているわよね? わたくしとガリアンは恋仲なの。孤児院で一緒だっただけの卑しい育ちのくせに、いつまでもガリアンに縋りついて、醜いのよ。ガリアンはこれから英雄になって帰ってくるわ。英雄になった彼の隣に相応しいのはこの国で最も尊く崇高な血を持つわたくしであって、卑しい下賤の血の貴女ではないの。彼のことを思うなら、これをあげるからさっさとガリアンの前から消えて」
床に投げられた袋から散らばったのは、銀貨だった。
「わたくし、今まで欲しいと思ったものは全て手に入れてきたわ。どんな手を使ってでもね」
美しい顔を歪めて言う姿は傲慢で醜かった。
きっと王女は平民がどうなろうと気にもしないのだろう。お金を渡すだけ良心的だとすら。
貴族は尊い血、平民は卑しい血。
卑しい血の中でも孤児は底辺。虫と同等の命。それが常識だ。
もしここで断れば、お腹にガリアンの子供がいることが分かってしまえば、スーリャ達の命は恐らくないだろう。
だから──
「分かりました。私はガリアンの前から消えることにします。このお金で明日にでも王都を出ます。これがあれば、田舎では贅沢に暮らせる。ありがとうございます!」
王女様は銀貨を拾い集めるスーリャを愉快なものを見るように見下ろしていた。
本当ならこんなお金、突き返したい。
でも、子供を育てるためにも、守るためにも受け取る必要があった。
馬車を降りたスーリャは足早にパン屋へと向かった。
王女様にガリアンの前から居なくなるように言われたこと。
子供のことが知られればきっと殺されてしまう。だからすぐに王都を出ること。
それを伝えてすぐに荷物をまとめた。
愛を伝える手紙だけを女将さんへ託し、スーリャは王都を立った。
*****
王城の謁見の間は静まり返っていた。
王は言う。
「いかがした? 聖剣の勇者よ」
勇者の目は、王から一段下に座る王女へと移る。
見つめられた王女は頰を赤く染め、にっこりと笑う。
「おかえりなさい、ガリアン。よくわたくしの元へと帰ってきてくれました。さあ、望みのものを手に入れる時ですわ」
王女がガリアンへと手を差し出す。
王もまた、王女とガリアンに目を向けると鷹揚に頷く。
だが、集まった貴族も魔王討伐を共にした仲間ですら一言も発することができないほどの殺気が放たれた。
その矛先は玉座に向いている。
「俺の宝に何をした」
勇者ガリアンはヒタ、と王女を昏く曇った瞳で見据えた。
「え……あ、あなたの宝はわたくしでしょう? わ、わたくしはこの国の王女です。この国で最も尊く崇高な血を持つ女性の中の頂点なのよ? た、宝はわたくしこそが相応しい。そうでしょう?」
「貴様のどこが宝だと言うのだ。醜悪で薄汚い貴様が」
「勇者、不敬であるぞ。……ヒッ」
王の言葉にガリアンは王に目を向けると聖剣を抜いて一振りする。謁見の間の天井がズレて外側へ滑り落ちた。天井のあった場所は青空が見えた。
「不敬? 俺の宝を奪った奴らに向ける敬意はない。答えろ、俺の宝に何をした」
王に向けていた目を王女へと戻す。
「わ、わたくしはただ、わたくしこそが勇者に相応しいと……」
「俺に相応しいか相応しくないか、なぜそれを貴様が決める? 俺は貴様の装飾品ではない。スーリャはおれの唯一。そのスーリャに手を出したのだ、貴様を絶対に許さない」
「し、しかし勇者よ、王女もそのスーリャという娘に手を下してはおらぬ。せいぜい所払いを申し付けただけのこと。その娘も金を貰ってさっさと逃げ出したと言うではないか」
「なるほど、王も知っていたと言うことか。もしスーリャの命を奪っていたのなら俺はこの国そのものを消し去っていた」
下賤の血。
卑しい生まれ。
親にも捨てられた孤児。
周囲の貴族達がガリアンを口汚く罵っている。
「この国の王族も貴族も本当に腐ってやがる。ならば聖剣に願おう、この国に二度と王が立たぬように。尊い血を消し去ってくれよう」
「なんと! 勇者を止めよ!」
ガリアンが謁見の間から出ていく。
行き先は聖剣の座。役目を終えた聖剣を納める台座だ。
台座に差し入れる時、勇者の願いは神に届く。
ガリアンを止めようと衛兵が剣を抜く。
だが、魔王を倒したガリアンに衛兵如きが敵うわけがない。
そして、それは共に戦った仲間達も理解していた。自分達でも止めることは不可能なのだと。
ガリアンはただひたすら強さを求めた。
美しい王女がいくら手を伸ばしても一切その手を取ることはなく、どんな誘惑にも目もくれずにただひたすら上を向く。
彼の中に何か一つの強い思いがあるのだと仲間は知っていた。
そして、今理解した。
ガリアンは国の為でも世界のためでも、ましてや自分の為でもなくただその唯一の存在のために戦っていたのだと。
よりにもよって王家はその唯一に手を出してしまったのだ。
その怒りは凄まじい。
怒りは渦となってガリアンを取り巻く。
渦は鋭い刃となり、周囲一帯を切り裂いていく。人も建物も関係なく何もかも。
誰も近づく事ができない。
王城の前の広間にある聖剣の台座。
凄まじい音にその広間には民が集まっていた。
凱旋時とは様相の違うガリアンの姿に、人々は騒ぎ出す。
勇者が聖剣の台座の前に立った。
台座はガリアンの力でも傷つくことはなかった。
ガリアンはその台座に聖剣を差し入れた。
願いと共に。
騒がしかった広間が恐ろしいほどの静寂に包まれる。
民の心の中から王という存在が消え去った。
この国に尊い血などない。
あるのは無能か有能か。当たり前の評価だけだ。
傲慢で無能な王と王族そして貴族は不要。
それはガリアンの感情そのものだ。
ガリアンには、国への忠誠心も貴族への尊敬も微塵もない。あるのは蔑みだけ。
王であっても、貴族であっても、民であってもその血は等しい。
ガリアンを追ってきた王の頭上の王冠も、王笏も真っ二つに割れて地に落ちる。
神がガリアンの願いを叶えた。
今後、この国に王というものは存在できなくなる。
それが聖剣の叶えた願い、神の差配である。
「ああ、ああ、あああああ」
王が膝を突く。
割れた王冠を必死に合わせても元には戻らない。
その姿を民が蔑みの目で見ていた。
王女がスーリャの命を奪っていたら、消し去っていた。数多の人々をガリアン自身の命と共に。
ガリアンは人々の間を抜けてその場を去った。
*****
スーリャが王都を出て三年が過ぎていた。
ガリアンとの子供も二歳になった。
隣国の辺境の村でスーリャは子供を育てていた。
この村の人達は一人で子供を抱えていたスーリャを温かく迎え入れてくれた。
皆、年齢が高いと言うのもあるが、誰も彼もがスーリャのことも、子供のことも、子や孫のように可愛がってくれる。
ポツポツ立つ家を過ぎると麦畑が広がっている。
真っ直ぐに伸びる道を小さな背中が駆けていく。
「エミリオ、気をつけて」
「はーい」
鼻をくすぐる収穫間近の麦の匂い。
香ばしく懐かしい匂い。
大好きなあの人を思い出す匂いだ。
穂を揺らす風がスーリャの頰を優しく撫で、エミリオの背中をそっと押す。
風の吹く先に目を向けるとこちらに歩いてくる人が見えた。
エミリオの行く先に。
エミリオとよく似た、優しい面差しの。
スーリャもエミリオの背を追って歩を進める。
その足は、少しずつ速度を上げていく。
幾ばくもなく、三つの影は重なった。
黄金色の麦の畑に、一つになった影が長く長く伸びていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
一途な勇者のお話でした。
また次回お会いできますように。
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※本作とかなりの温度差がありますので、風邪を召されないようご注意ください。
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