狙われているのは、君のほう。 ―Olga side―
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第45弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「誤読をされるのは、君のほう。」の後の話です。
※こちらはヒロイン・オルガ視点となります。ヒーロー・ノイン視点もあります。
裏庭の物干し紐から、布が一枚、ふわりと抜けた。
「あ」
自分の白い肌着が、風に煽られて高く浮く。
(ひぇ)
嘘……!
慌てて手を伸ばすけど、届かない。
裏庭の後方にある空き地のほうへと流されていく。
「うわあああ!」
待って……!
裾を押さえながら、慌てて駆け出す。
裏庭の先がひらけていて開放感があって気持ちはいいけど。
(ひえっ、どこまで飛んでくの!)
白い布は地面に落ちて、乾いた草の上を少し滑った。
ようやく追いついて拾い上げ、ほっと息をつく。
「よかった……」
砂を払って家に戻ろうとした、その時。
「すみません」
後ろから声をかけられ、びくっと肩が跳ねた。
振り返ると、見知らぬ男の人が立っている。
歳は、ノインより少し上かもしれない。
服はくたびれてはいないけれど、上等でもない。どこにでもいそうな、ふつうの。
「この先、通りに出られますか」
ん?
空き地の奥を指差している。
「運送屋を探してるんですが、近道と思って……」
運送屋? 近道?
オルガは数度瞬きをしてから、左右を見る。
家にばかりいるから、このあたりの道はちゃんと覚えていない。
自分が知っているのは、ノインと市場に行く道。それから前に居た借家の周辺少し。
「えーっと、通りはあっち側でこのまま行くと、行き止まりです」
あ。
「右隣りのおうちがしてますよ、運送屋」
「右隣り?」
しまった。
オルガは視線を動かしてから、身を捻る。
「あそこです!」
「あそこ……」
ぽかんとしてる……。
やってしまった。はずかしい。示していた腕をゆっくり降ろした。
(ノインならチラっと見て、わかりました、ってすぐ頷くから……つい)
確かにわかりにくいよね。どうしたら……。
そうだと思いついて男性の横に並び、同じ方向を見てから再び指差しをする。
「あっちの通りを歩くと、扉の近くに荷車の車輪が置いてあるのですぐわかると思います」
身振り手振りを交えて説明すると、ふいに笑ってから頷かれた。
「なるほど。ありがとうございます」
「いえいえ」
フッ。これくらいなら私でもできる。
フフフと心の中で笑っていると、その人の視線がオルガの手元に落ちた。
拾ったばかりの白い布を抱えているのを見て、少しだけ目を細める。
「このへんに住んでるんですか?」
「そうですよ」
「最近越してきた?」
えっ。
(なんでわかったの!?)
びっくりしていると、その人は肩をすくめる。
「見ない顔だったので」
なにーっ!?
(てことは、この人この近くにいる人ってこと??)
顔が引きつりそうになった。
「すみません。説明が下手で……」
しゅんと肩を落とすと、小さく笑われた。
「こっちこそ。まさか迷うとは思わず……近道をしようとしなければ良かった」
「知っていても迷うことはありますよ。私もどっちの道だったかなーってなる時はありますし」
「道を一つ間違えただけで迷ったりしますね」
「わかります」
うんうんと頷くと、男は照れ臭そうにくすくす笑いながら会釈した。
「ありがとうございます。道を尋ねるのを少しためらっていたので、助かりました」
「たいしたことはしてませんけど、少しでも力になれたなら良かったです」
倣うように同じく軽く頭を下げて、オルガは男性を見送る。
(へぇー。まあ、迷う時は誰だって迷うし)
たまたま知っていたので良かった。
(フ。これは)
「今日道案内したよ!」
自慢するしかない!
夕飯時に自身の胸元に拳を当ててそう言うと、スープ皿からノインが顔を上げた。
「道案内?」
「うん。洗濯物が飛んじゃって、追いかけたんだけど……」
話の途中で「外に出たんですか」とノインの声が遮ってきた。
「はあ? 洗濯物干してるから出てるに決まってるじゃない」
「続けてください」
なんなの??
「えっと、それで洗濯物を拾って、声をかけられたんだよ」
「どんな人でした?」
「どんな?」
うーん。
オルガは首を軽く傾げる。
「ふつうの人?」
「ふつう」
「うん。村にはいないかな、ああいう人は。でもこっちに来てから……どこにでもいそうな、そのへんを歩いていそうな人だよ」
我ながら下手くそな説明すぎる。
「運送屋さんを探して迷ったみたい。あっちですって教えてあげた」
「…………」
「なに。ちゃんと教えてあげたよ?
あ、でも私に、このへんでは見かけない顔だって言ってたから、近くに住んでるのかもね」
スッ、とノインが少しだけ目を細める。
な、なんなの本当に。
匙を動かして、ノインは口にスープの豆を運んで食べた。
「飛ばした肌着は無事でしたか?」
「すっ、好きで飛ばしたんじゃないよ!」
**
翌日の昼前。
裁縫箱を開いて、ノインの冬服の布を見直していた時、表のほうから音がした。
コン、コン。
「ん?」
玄関を叩く音。
針を置いて、顔を上げる。
(二回……ノック音が続かない……)
二人で決めた、叩く回数。連続で何回叩くか。
それがない。
(三回から始まらない。ノインじゃない)
立ち上がって玄関へ向かう。いや、ちょっと待って。
くるっと台所へと向き直って、鍋の蓋と木べらを手に持った。
(よし)
玄関へ向かって、「どなたですか?」と扉越しに声を出した。
「昨日の、道を訊いた者です」
「ああ」
なんだ。
肩から力を抜いたけど。
(表の玄関はなるべく開けるなってノインに言われてるしな……)
二人とも使うのはほぼ裏口なので、それはべつにいい。
「ちゃんと辿り着きましたか?」
「はい」
「それなら良かったです」
「あの、それで」
ん?
戸の向こうで、なにかが少し動く音がした。
「昨日のお礼の品をと思いまして」
お礼?
(真面目な人だなあ。べつにいいのに)
「気にしないでください。あれくらいなら、私じゃなくても助けてくれますよ」
声をかけるのをためらってた、って言ってたし。
扉の向こうで、少し笑う気配がする。
「そう言うと思いました。でも、おれの気が済まないので」
えっ。
(ま、真面目すぎない!? これくらいでいちいちお礼してたら、大変だよ!?)
こ、これは困った。
心情として受け取ってあげたいけど……。
脳裏に、「へえ」と微笑むノインがチラついて、慌てて頭を振って追い払う。
「わかりました。じゃあ、そこに置いていってください」
「……」
「あ、ちゃんと受け取りますから! でも、こんなことでお礼をしてたら大変なので、ありがとう、だけでいいと思いますよ」
あれ。返事がない。
扉に耳をつけていたらしばらくして「ではここに」と言われて、小さな音がした。お礼の品とやらが置かれたようだ。
「じゃあこれで」
「はい」
足音が離れていく。
(うわああ、ごめんなさい見知らぬ人……!)
君の肌着を見てたんですね、ってノインに変なことを言われなければ……!
手に抱えてただけだし! 白い塊にしか見えないと思うし!
とはいえ、かなり強めにノインに開けるなと言われているし、いちいち受け取るわけにもいかない。
しばらくそのまま待ってから、扉をそっと開ける。
足元に小さな包みがあった。中を見ると、焼き菓子がいくつか入っている。
「…………まじめすぎる」
ガーンとショックを受けた。
(都会の人ってこうなの!? ありがとう、くらいじゃダメってこと!?)
お礼のたびにこんなものを用意しないといけないなんて……。
(もしかして……私、変なアドバイスしちゃった……? 田舎者ってバレた……?)
いやでも、田舎者なのは本当のことだし。
うーんと眉をひそめつつ、包みを持って居間に戻り、机の上に置いた。
「ま、いっか。これであの人も気が済んだだろうし、貸し借り無しってことだよね」
――で。
「なんですか、これ」
帰宅したノインが、テーブルの上の包みを見た。
「昨日の人がくれた」
「……」
黙ったまま包みの中を見てる。
「……なるほど」
なにがなるほどなの?
「都会の人は大変だね。いちいちこんなもの用意しなきゃいけないなんて」
「……」
「気にしなくていいって言ったんだけど、気が済まないって言うし……。
フ。でもちゃんと扉は開けてないよ。フフフ。玄関のところに置いていってもらって、あとで回収したからね。フフフ」
「…………」
なんで黙ってるの……? こわいんだけど。
「な、なにか都会のマナーとかあった? 受け取らないほうがいいとか、なにか……」
「親切にしたんですから、受け取っていいと思いますよ」
包みを閉じて、ノインが微笑む。
「そう?」
「はい」
彼は包みを少し掲げる。
「明日、職場に持って行ってもいいですか?」
「いいよ。私は食べてないし、ノインに全部あげる」
「ありがとう」
にっこりと笑われて、オルガは訝しんだ。
「そんなにお菓子が食べたかったの? いま食べてもいいよ」
「……」
……なんで黙ってるの? だからこわいって……。
**
朝起きて、ノインのお弁当を作って、見送って、洗濯をして。
昼は一人だから簡単に済ませて、裁縫を進める。
静かな、時間。
だからこそ、またノックの音がした時、すぐにわかった。
コン、コン。
「……」
オルガは玄関に向かう。回数二回だから。
(ノインじゃない)
「どなたですか?」
扉越しにそう声をかける。
「この前の者です」
ん?
「お礼、受け取ってもらえたか気になってしまって」
扉の向こうで、少しだけ笑う気配がした。
「受け取りました。ありがとうございます」
声が少し弾んだのは、ノインが珍しく菓子に興味を示したからだ。
(焼き菓子が好きみたいだし)
「よかった。気に入ってもらえたなら」
うーん。
「いえいえ」
軽くそう返すけど、どう話を切り上げるべきか迷う。
心配性なのかもしれないけど……そこから動く気配がない。もしかして。
(味の感想でも待ってるの……? ヤバイ。私食べてないんだけど)
「顔、見て話してもいいですか?」
急に、声の距離が近くなった。
(は?)
なんで顔?
意味はよくわからないけど、居間に布を広げたままだし、裁縫を進めたい。
「すみません、ちょっと手が離せなくて。作業の途中だったので」
見えもしないのに、オルガは軽く肩をすくめてみせる。
そもそも。
扉を開けて話す理由がない。
「そうですか」
「ごめんなさい。あと、そんなに心配しなくてもいいですよ」
ちゃんと夫が食べたので!
「そうですか」
男の声は、少しだけ落ちた。
(わああ、せめて味の感想をノインに聞いておけば良かった……)
甘かったです、としか言いそうにないけど。
(サクサクでした、とか、香ばしかったです? とかも言いそ……)
「また来ます」
聞こえたその言葉に、思考が止まった。
(いま)
なんて?
足音が離れていく。
(??? 聞き間違いかな。また来ますって言ったように聞こえたけど)
大きく、首を傾げた。
夕食の時に、気にかかっていたのでそのことをノインに言った。
「道を訊いた人、また来たよ」
ノインの視線が微かに動く。
「また?」
「うん。お礼、気に入りましたかって」
「それで」
「味の感想を聞きたかったみたいで……顔見て話していいかって」
ほんの一瞬だけ。
空気が、止まる。
(ん?)
「……開けましたか?」
「え? ううん。だってノインが食べちゃったから、感想なんて言えないじゃない」
それに。
「もうお礼をしてもらう理由はないから、扉を開ける理由もないしね」
「たしかに」
ノインの視線が、わずかに緩んだ。
「でも、なんかまた来ますって聞こえた気がするんだよね」
「……」
「聞き間違いだと思うんだけど。嘘でも美味しかったですって言えば良かったかなぁ」
「……そんなことが気になるなんて、暇なんですね」
「そうかも。まあ、不味いものをお礼にしたかもって気にしたのかもしれないけど」
ハッとしてオルガはノインを見た。
「ど、どうだった?」
「? 味ですか」
「おいしくなかった? お店のものだから大丈夫だと思ったんだけど、私が作ればよかったね」
軽く目を瞠ってから、ノインが小さく笑った。
「ふつうでした」
「そ、そっか」
ほっと息を吐くと、続けられた。
「でも俺は、君のほうがおいしくて好きです」
「…………私は食べ物じゃないんだけど」
「ふふっ、そうですね」
なにを笑ってるの。人間は食べ物じゃないって言っただけなのに。
**
それから数日、日々はいつも通り。
洗濯物を干し終え、手を払って家の中に戻る。
時刻は昼を回り、軽く身体を伸ばした。
竈に火は入れていないから、夏なのになんとなく家の中をひんやりと感じる。
自分の机の上には、作りかけの布。モスグリーンと、藍色。針は途中で止まったままだ。
「続きやろ」
椅子に腰掛けたところで。
――コン、コン。
ノックの音に、動きを止めた。
借家にいた時も、こんなにノックの音を聞いたことはない。訪ねてくる者が限られていたから、だけど。
玄関に移動して、うかがう。
「どなたですか?」
人の気配はする。
あれ?
(返事がな)
「防衛騎士団からです! ノインさんのことで」
聞こえた名前に、オルガは大きく目を開く。
「……え」
「怪我をされました。急ぎ、来ていただきたいと」
怪我……?
(うそ……)
魔物討伐でもないのに、怪我?
頭が真っ白になって、視線が足元に落ちた。
(朝、ふつうに出て行ったし、なにも)
おかしなところはなかった、し。
でも。
真っ青になって、呼吸が浅くなる。
(巡回中に怪我、したかも)
鍵に手をかける。指先が震えていた。
「ど、どこで……けが……」
「詳しいことは、中で説明します。今は動かせない状態で、時間がありません」
時間が、ない???
動かせないって、なにそれ。大怪我とか、そんなことないよね。
うまく鍵がはずれなくて、何度も試す。なにを、なにを、あわて、て。おちついて。大丈夫。
はずれた鍵に安堵もせず、扉を開けた。
立っていたのは。
紺色の服。でも。
(あれ)
一瞬だけ、引っかかった。なんかちょっと色が違うような。
「だ、大丈夫なんですか、の、ノインは」
言葉が少し、つっかえる。
男が一歩、踏み込んできた。
「落ち着いてください。中で説明を――」
自然と、後ろに下がる。
玄関の中に、男が入る。
「い、今、ノインはどこに……し、診療所……」
だったら出掛ける準備をしないと。なにが必要だっけ。着替え? 先に安否を。でも、騎士団にはたしか、専属のお医者様がいるって言ってた気が……。詰所に行けばいいのかな。
男は、さらに距離を詰めてくる。
「大丈夫です。命に別状はありません」
そうなの? でも。
「じゅ、準備します。少し待ってもらえ」
「その前に、あなたのことも確認しないと」
?
なんで。
「私?」
「ええ」
少しまた近づかれる。
「あなた、ずっと一人ですよね」
「???」
「こういう時に、頼れる人がいないのは危ない」
急に、なにを言い出してるんだろう?
「ずっと見てましたけど、あなた、あの男に利用されてるだけですよ」
「……え?」
なに? なに急に。ノインは怪我をしてるんじゃないの? 急ぐんじゃないの??
「扱いやすいから……あなたには、ちゃんと守ってくれる人がいないと。おれみたいな……あなたを助けに来た、おれみたいな」
その手が、こちらに伸びた。
刹那。
空気が変わった。
風が止まるみたいに、音が。
――消えた。
次に気づいたときには……男の身体が、ぐらりと傾いていた。
低い音が、ひとつ。ドサッ、と。
男が崩れ落ちた。しかし、オルガの視線はそちらを見ていない。
現れた見慣れた姿に、全身から力が抜ける。
振り向いた彼に、慌てて抱き留められた。
「ご、ごめ……あんしん、したら……」
「もう大丈夫です」
「はー……。びっくりしたぁ」
無事だった。良かった……。
(良かったぁ……)
そう思っていると、唇を塞がれた。
深く、重なる。
驚いたのは少しだけで、すぐに応じた。
……………………な、ながい。
「も、もっ、ちょ」
息を切らして少し離れると、ノインの唇から唾液の糸が落ちて「ひょえ」とオルガは顔を真っ赤に染めた。
あれ? そういえば。
「さっきの人は」
視線を落とすと、玄関に倒れている。
「??? なんか……気絶してる? 大丈夫かな」
「気にしなくていいです。君が気にするのは、こっちです」
顎に指をそえられて、オルガは瞬きを繰り返した。
「ま、まだするの」
「嫌ですか」
「嫌じゃないけど……」
「…………塵が気になりますか」
ごみ?
少し思案してから、ノインが微笑む。
「今日はこれ以降、誰が来ても扉を開けないでください」
「え? わかった」
「俺は少し、詰所に戻ります。帰りはちょっと遅くなるかもしれないので、気にせず寝ててくださいね」
そう言いながら、ノインが足元の男の身体を蹴り飛ばした。
玄関から外に出された男の襟首を掴んでから、こちらににこにこと笑顔を向けてくる。
「では行ってきます」
男を引きずって門の外へ出て行くのを視線で追ってから、オルガは「ん?」と小さくもらした。
「そういえば、あの人だれ?」
連れて行ったあの男は。
「んん?」
*****
意外に早く、ノインは帰ってきた。
「自宅待機を命じられました……謹慎ですね」
なんでそうなるの!?
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




