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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

狙われているのは、君のほう。 ―Olga side―

掲載日:2026/10/10

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第45弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「誤読をされるのは、君のほう。」の後の話です。

※こちらはヒロイン・オルガ視点となります。ヒーロー・ノイン視点もあります。


 裏庭の物干し紐から、布が一枚、ふわりと抜けた。


「あ」


 自分の白い肌着が、風に煽られて高く浮く。


(ひぇ)


 嘘……!


 慌てて手を伸ばすけど、届かない。


 裏庭の後方にある空き地のほうへと流されていく。


「うわあああ!」


 待って……!


 裾を押さえながら、慌てて駆け出す。


 裏庭の先がひらけていて開放感があって気持ちはいいけど。


(ひえっ、どこまで飛んでくの!)


 白い布は地面に落ちて、乾いた草の上を少し滑った。

 ようやく追いついて拾い上げ、ほっと息をつく。


「よかった……」


 砂を払って家に戻ろうとした、その時。


「すみません」


 後ろから声をかけられ、びくっと肩が跳ねた。


 振り返ると、見知らぬ男の人が立っている。


 歳は、ノインより少し上かもしれない。

 服はくたびれてはいないけれど、上等でもない。どこにでもいそうな、ふつうの。


「この先、通りに出られますか」


 ん?


 空き地の奥を指差している。


「運送屋を探してるんですが、近道と思って……」


 運送屋? 近道?


 オルガは数度瞬きをしてから、左右を見る。


 家にばかりいるから、このあたりの道はちゃんと覚えていない。

 自分が知っているのは、ノインと市場に行く道。それから前に居た借家の周辺少し。


「えーっと、通りはあっち側でこのまま行くと、行き止まりです」


 あ。


「右隣りのおうちがしてますよ、運送屋」

「右隣り?」


 しまった。


 オルガは視線を動かしてから、身を捻る。


「あそこです!」

「あそこ……」


 ぽかんとしてる……。


 やってしまった。はずかしい。示していた腕をゆっくり降ろした。


(ノインならチラっと見て、わかりました、ってすぐ頷くから……つい)


 確かにわかりにくいよね。どうしたら……。


 そうだと思いついて男性の横に並び、同じ方向を見てから再び指差しをする。


「あっちの通りを歩くと、扉の近くに荷車の車輪が置いてあるのですぐわかると思います」


 身振り手振りを交えて説明すると、ふいに笑ってから頷かれた。


「なるほど。ありがとうございます」

「いえいえ」


 フッ。これくらいなら私でもできる。


 フフフと心の中で笑っていると、その人の視線がオルガの手元に落ちた。


 拾ったばかりの白い布を抱えているのを見て、少しだけ目を細める。


「このへんに住んでるんですか?」

「そうですよ」

「最近越してきた?」


 えっ。


(なんでわかったの!?)


 びっくりしていると、その人は肩をすくめる。


「見ない顔だったので」


 なにーっ!?


(てことは、この人この近くにいる人ってこと??)


 顔が引きつりそうになった。


「すみません。説明が下手で……」


 しゅんと肩を落とすと、小さく笑われた。


「こっちこそ。まさか迷うとは思わず……近道をしようとしなければ良かった」

「知っていても迷うことはありますよ。私もどっちの道だったかなーってなる時はありますし」

「道を一つ間違えただけで迷ったりしますね」

「わかります」


 うんうんと頷くと、男は照れ臭そうにくすくす笑いながら会釈した。


「ありがとうございます。道を尋ねるのを少しためらっていたので、助かりました」

「たいしたことはしてませんけど、少しでも力になれたなら良かったです」


 倣うように同じく軽く頭を下げて、オルガは男性を見送る。


(へぇー。まあ、迷う時は誰だって迷うし)


 たまたま知っていたので良かった。


(フ。これは)


「今日道案内したよ!」


 自慢するしかない!


 夕飯時に自身の胸元に拳を当ててそう言うと、スープ皿からノインが顔を上げた。


「道案内?」

「うん。洗濯物が飛んじゃって、追いかけたんだけど……」


 話の途中で「外に出たんですか」とノインの声が遮ってきた。


「はあ? 洗濯物干してるから出てるに決まってるじゃない」

「続けてください」


 なんなの??


「えっと、それで洗濯物を拾って、声をかけられたんだよ」

「どんな人でした?」

「どんな?」


 うーん。


 オルガは首を軽く傾げる。


「ふつうの人?」

「ふつう」

「うん。村にはいないかな、ああいう人は。でもこっちに来てから……どこにでもいそうな、そのへんを歩いていそうな人だよ」


 我ながら下手くそな説明すぎる。


「運送屋さんを探して迷ったみたい。あっちですって教えてあげた」

「…………」

「なに。ちゃんと教えてあげたよ?

 あ、でも私に、このへんでは見かけない顔だって言ってたから、近くに住んでるのかもね」


 スッ、とノインが少しだけ目を細める。


 な、なんなの本当に。


 匙を動かして、ノインは口にスープの豆を運んで食べた。


「飛ばした肌着は無事でしたか?」

「すっ、好きで飛ばしたんじゃないよ!」


**


 翌日の昼前。


 裁縫箱を開いて、ノインの冬服の布を見直していた時、表のほうから音がした。


 コン、コン。


「ん?」


 玄関を叩く音。


 針を置いて、顔を上げる。


(二回……ノック音が続かない……)


 二人で決めた、叩く回数。連続で何回叩くか。


 それがない。


(三回から始まらない。ノインじゃない)


 立ち上がって玄関へ向かう。いや、ちょっと待って。


 くるっと台所へと向き直って、鍋の蓋と木べらを手に持った。


(よし)


 玄関へ向かって、「どなたですか?」と扉越しに声を出した。


「昨日の、道を訊いた者です」

「ああ」


 なんだ。


 肩から力を抜いたけど。


(表の玄関はなるべく開けるなってノインに言われてるしな……)


 二人とも使うのはほぼ裏口なので、それはべつにいい。


「ちゃんと辿り着きましたか?」

「はい」

「それなら良かったです」

「あの、それで」


 ん?


 戸の向こうで、なにかが少し動く音がした。


「昨日のお礼の品をと思いまして」


 お礼?


(真面目な人だなあ。べつにいいのに)


「気にしないでください。あれくらいなら、私じゃなくても助けてくれますよ」


 声をかけるのをためらってた、って言ってたし。


 扉の向こうで、少し笑う気配がする。


「そう言うと思いました。でも、おれの気が済まないので」


 えっ。


(ま、真面目すぎない!? これくらいでいちいちお礼してたら、大変だよ!?)


 こ、これは困った。


 心情として受け取ってあげたいけど……。


 脳裏に、「へえ」と微笑むノインがチラついて、慌てて頭を振って追い払う。


「わかりました。じゃあ、そこに置いていってください」

「……」

「あ、ちゃんと受け取りますから! でも、こんなことでお礼をしてたら大変なので、ありがとう、だけでいいと思いますよ」


 あれ。返事がない。


 扉に耳をつけていたらしばらくして「ではここに」と言われて、小さな音がした。お礼の品とやらが置かれたようだ。


「じゃあこれで」

「はい」


 足音が離れていく。


(うわああ、ごめんなさい見知らぬ人……!)


 君の肌着を見てたんですね、ってノインに変なことを言われなければ……!


 手に抱えてただけだし! 白い塊にしか見えないと思うし!


 とはいえ、かなり強めにノインに開けるなと言われているし、いちいち受け取るわけにもいかない。


 しばらくそのまま待ってから、扉をそっと開ける。


 足元に小さな包みがあった。中を見ると、焼き菓子がいくつか入っている。


「…………まじめすぎる」


 ガーンとショックを受けた。


(都会の人ってこうなの!? ありがとう、くらいじゃダメってこと!?)


 お礼のたびにこんなものを用意しないといけないなんて……。


(もしかして……私、変なアドバイスしちゃった……? 田舎者ってバレた……?)


 いやでも、田舎者なのは本当のことだし。


 うーんと眉をひそめつつ、包みを持って居間に戻り、机の上に置いた。


「ま、いっか。これであの人も気が済んだだろうし、貸し借り無しってことだよね」


 ――で。


「なんですか、これ」


 帰宅したノインが、テーブルの上の包みを見た。


「昨日の人がくれた」

「……」


 黙ったまま包みの中を見てる。


「……なるほど」


 なにがなるほどなの?


「都会の人は大変だね。いちいちこんなもの用意しなきゃいけないなんて」

「……」

「気にしなくていいって言ったんだけど、気が済まないって言うし……。

 フ。でもちゃんと扉は開けてないよ。フフフ。玄関のところに置いていってもらって、あとで回収したからね。フフフ」

「…………」


 なんで黙ってるの……? こわいんだけど。


「な、なにか都会のマナーとかあった? 受け取らないほうがいいとか、なにか……」

「親切にしたんですから、受け取っていいと思いますよ」


 包みを閉じて、ノインが微笑む。


「そう?」

「はい」


 彼は包みを少し掲げる。


「明日、職場に持って行ってもいいですか?」

「いいよ。私は食べてないし、ノインに全部あげる」

「ありがとう」


 にっこりと笑われて、オルガは訝しんだ。


「そんなにお菓子が食べたかったの? いま食べてもいいよ」

「……」


 ……なんで黙ってるの? だからこわいって……。


**


 朝起きて、ノインのお弁当を作って、見送って、洗濯をして。

 昼は一人だから簡単に済ませて、裁縫を進める。


 静かな、時間。


 だからこそ、またノックの音がした時、すぐにわかった。


 コン、コン。


「……」


 オルガは玄関に向かう。回数二回だから。


(ノインじゃない)


「どなたですか?」


 扉越しにそう声をかける。


「この前の者です」


 ん?


「お礼、受け取ってもらえたか気になってしまって」


 扉の向こうで、少しだけ笑う気配がした。


「受け取りました。ありがとうございます」


 声が少し弾んだのは、ノインが珍しく菓子に興味を示したからだ。


(焼き菓子が好きみたいだし)


「よかった。気に入ってもらえたなら」


 うーん。


「いえいえ」


 軽くそう返すけど、どう話を切り上げるべきか迷う。


 心配性なのかもしれないけど……そこから動く気配がない。もしかして。


(味の感想でも待ってるの……? ヤバイ。私食べてないんだけど)


「顔、見て話してもいいですか?」


 急に、声の距離が近くなった。


(は?)


 なんで顔?


 意味はよくわからないけど、居間に布を広げたままだし、裁縫を進めたい。


「すみません、ちょっと手が離せなくて。作業の途中だったので」


 見えもしないのに、オルガは軽く肩をすくめてみせる。


 そもそも。


 扉を開けて話す理由がない。


「そうですか」

「ごめんなさい。あと、そんなに心配しなくてもいいですよ」


 ちゃんと夫(ノイン)が食べたので!


「そうですか」


 男の声は、少しだけ落ちた。


(わああ、せめて味の感想をノインに聞いておけば良かった……)


 甘かったです、としか言いそうにないけど。


(サクサクでした、とか、香ばしかったです? とかも言いそ……)


「また来ます」


 聞こえたその言葉に、思考が止まった。


(いま)


 なんて?


 足音が離れていく。


(??? 聞き間違いかな。また来ますって言ったように聞こえたけど)


 大きく、首を傾げた。


 夕食の時に、気にかかっていたのでそのことをノインに言った。


「道を訊いた人、また来たよ」


 ノインの視線が微かに動く。


「また?」

「うん。お礼、気に入りましたかって」

「それで」

「味の感想を聞きたかったみたいで……顔見て話していいかって」


 ほんの一瞬だけ。

 空気が、止まる。


(ん?)


「……開けましたか?」

「え? ううん。だってノインが食べちゃったから、感想なんて言えないじゃない」


 それに。


「もうお礼をしてもらう理由はないから、扉を開ける理由もないしね」

「たしかに」


 ノインの視線が、わずかに緩んだ。


「でも、なんかまた来ますって聞こえた気がするんだよね」

「……」

「聞き間違いだと思うんだけど。嘘でも美味しかったですって言えば良かったかなぁ」

「……そんなことが気になるなんて、暇なんですね」

「そうかも。まあ、不味いものをお礼にしたかもって気にしたのかもしれないけど」


 ハッとしてオルガはノインを見た。


「ど、どうだった?」

「? 味ですか」

「おいしくなかった? お店のものだから大丈夫だと思ったんだけど、私が作ればよかったね」


 軽く目を瞠ってから、ノインが小さく笑った。


「ふつうでした」

「そ、そっか」


 ほっと息を吐くと、続けられた。


「でも俺は、君のほうがおいしくて好きです」

「…………私は食べ物じゃないんだけど」

「ふふっ、そうですね」


 なにを笑ってるの。人間は食べ物じゃないって言っただけなのに。


**


 それから数日、日々はいつも通り。


 洗濯物を干し終え、手を払って家の中に戻る。


 時刻は昼を回り、軽く身体を伸ばした。

 竈に火は入れていないから、夏なのになんとなく家の中をひんやりと感じる。


 自分の机の上には、作りかけの布。モスグリーンと、藍色。針は途中で止まったままだ。


「続きやろ」


 椅子に腰掛けたところで。


 ――コン、コン。


 ノックの音に、動きを止めた。


 借家にいた時も、こんなにノックの音を聞いたことはない。訪ねてくる者が限られていたから、だけど。


 玄関に移動して、うかがう。


「どなたですか?」


 人の気配はする。


 あれ?


(返事がな)


「防衛騎士団からです! ノインさんのことで」


 聞こえた名前に、オルガは大きく目を開く。


「……え」

「怪我をされました。急ぎ、来ていただきたいと」


 怪我……?


(うそ……)


 魔物討伐でもないのに、怪我?


 頭が真っ白になって、視線が足元に落ちた。


(朝、ふつうに出て行ったし、なにも)


 おかしなところはなかった、し。


 でも。


 真っ青になって、呼吸が浅くなる。


(巡回中に怪我、したかも)


 鍵に手をかける。指先が震えていた。


「ど、どこで……けが……」

「詳しいことは、中で説明します。今は動かせない状態で、時間がありません」


 時間が、ない???


 動かせないって、なにそれ。大怪我とか、そんなことないよね。


 うまく鍵がはずれなくて、何度も試す。なにを、なにを、あわて、て。おちついて。大丈夫。


 はずれた鍵に安堵もせず、扉を開けた。


 立っていたのは。

 紺色の服。でも。


(あれ)


 一瞬だけ、引っかかった。なんかちょっと色が違うような。


「だ、大丈夫なんですか、の、ノインは」


 言葉が少し、つっかえる。


 男が一歩、踏み込んできた。


「落ち着いてください。中で説明を――」


 自然と、後ろに下がる。


 玄関の中に、男が入る。


「い、今、ノインはどこに……し、診療所……」


 だったら出掛ける準備をしないと。なにが必要だっけ。着替え? 先に安否を。でも、騎士団にはたしか、専属のお医者様がいるって言ってた気が……。詰所に行けばいいのかな。


 男は、さらに距離を詰めてくる。


「大丈夫です。命に別状はありません」


 そうなの? でも。


「じゅ、準備します。少し待ってもらえ」

「その前に、あなたのことも確認しないと」


 ?


 なんで。


「私?」

「ええ」


 少しまた近づかれる。


「あなた、ずっと一人ですよね」

「???」

「こういう時に、頼れる人がいないのは危ない」


 急に、なにを言い出してるんだろう?


「ずっと見てましたけど、あなた、あの男に利用されてるだけですよ」

「……え?」


 なに? なに急に。ノインは怪我をしてるんじゃないの? 急ぐんじゃないの??


「扱いやすいから……あなたには、ちゃんと守ってくれる人がいないと。おれみたいな……あなたを助けに来た、おれみたいな」


 その手が、こちらに伸びた。


 刹那。


 空気が変わった。


 風が止まるみたいに、音が。

 ――消えた。


 次に気づいたときには……男の身体が、ぐらりと傾いていた。


 低い音が、ひとつ。ドサッ、と。


 男が崩れ落ちた。しかし、オルガの視線はそちらを見ていない。


 現れた見慣れた姿に、全身から力が抜ける。


 振り向いた彼に、慌てて抱き留められた。


「ご、ごめ……あんしん、したら……」

「もう大丈夫です」

「はー……。びっくりしたぁ」


 無事だった。良かった……。


(良かったぁ……)


 そう思っていると、唇を塞がれた。


 深く、重なる。


 驚いたのは少しだけで、すぐに応じた。


 ……………………な、ながい。


「も、もっ、ちょ」


 息を切らして少し離れると、ノインの唇から唾液の糸が落ちて「ひょえ」とオルガは顔を真っ赤に染めた。


 あれ? そういえば。


「さっきの人は」


 視線を落とすと、玄関に倒れている。


「??? なんか……気絶してる? 大丈夫かな」

「気にしなくていいです。君が気にするのは、こっちです」


 顎に指をそえられて、オルガは瞬きを繰り返した。


「ま、まだするの」

「嫌ですか」

「嫌じゃないけど……」

「…………塵(ゴミ)が気になりますか」


 ごみ?


 少し思案してから、ノインが微笑む。


「今日はこれ以降、誰が来ても扉を開けないでください」

「え? わかった」

「俺は少し、詰所に戻ります。帰りはちょっと遅くなるかもしれないので、気にせず寝ててくださいね」


 そう言いながら、ノインが足元の男の身体を蹴り飛ばした。


 玄関から外に出された男の襟首を掴んでから、こちらににこにこと笑顔を向けてくる。


「では行ってきます」


 男を引きずって門の外へ出て行くのを視線で追ってから、オルガは「ん?」と小さくもらした。


「そういえば、あの人だれ?」


 連れて行ったあの男は。


「んん?」

 

*****


 意外に早く、ノインは帰ってきた。


「自宅待機を命じられました……謹慎ですね」


 なんでそうなるの!?


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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