「君のような地味な女は不要だ」と婚約破棄されたので、喜んで辺境へ向かいます! 〜私がご機嫌を取っていた大精霊たちが激怒しているそうですが、今さら泣きつかれても困ります〜
人生二度目のざまぁを書いてみた。
「ルシア! 君のような地味でつまらない女、私の婚約者にはふさわしくない! ただちに婚約を破棄させてもらう!」
きらびやかな王城のパーティー会場……ではなく、カビと湿気にまみれた王城地下の最下層、『精霊の間』。
そこに突然、足音荒く乗り込んできた第一王子エドワードは、高らかにそう宣言した。
彼の隣には、むせ返るような甘い香水を振り撒く伯爵令嬢マリアンヌが、見せつけるように腕を絡ませている。
彼女はルシアの着ている色あせた神官服を見て、くすくすと下品な笑いを漏らした。
(…………やったぁぁぁぁぁっ!!)
ルシア・アルジェント子爵令嬢は、足元ですりすりと懐いてくる愛猫――漆黒の毛並みを持つ『ノア』をそっと抱き上げながら、表情を一切変えずに内心で特大のガッツポーズを決めた。
「にゃあ」
「静かにね、ノア。私たちの悲願がようやく達成されるわ」
ルシアはノアの頭を撫でながら、心の中で歓喜のステップを踏んだ。
そもそも彼女がこんな日光の当たらない地下室で何をしているのかというと、王国の気候や実りを支えている強大な『四大精霊』たちのご機嫌取り……もとい、クレーム処理である。
『ねえルシア、最近人間どもの騒音がひどいわ。王都を火の海に浄化してもよろしくて?』
『私は雨を降らせるのが面倒になった。一ヶ月ほど干ばつにしてやろうと思うのだが』
そんな一歩間違えれば国が滅ぶような気難しくワガママな大精霊たちの機嫌を損ねないよう、延々と笑顔で愚痴を聞き、極上の紅茶と手作りクッキーを振る舞ってなだめることで王国の平和と正常な気候を一人で保っていたのだ。
本来、これは数十人の高位神官が交代で行うべき激務(精神的重労働)である。
だが近年、マリアンヌとその取り巻きの貴族たちが王に対する報告を偽造し、精霊省の予算を勝手に横領して自分たちの贅沢品に充てていたのだ。
国王には「数十人の神官団が交代で平穏に業務を行っている」と虚偽の報告を上げながら、実際は「ルシアの神官服をボロボロのまま放置し、休みも与えず一人に丸投げする」という悪質な情報統制と労働環境の悪化が敷かれていた。
休みなし、睡眠時間は細切れ。お給料はスズメの涙。
唯一の癒やしは、こっそり飼っている野良出身の黒猫・ノアだけだった。
(これでやっと、あの連中が作った超絶ブラック環境から抜け出せる! 今日から温かいお布団で朝まで熟睡できるのだわ!)
歓喜に震える心を完璧な淑女の微笑みで隠し、ルシアはノアを抱いたまま深くカーテシーをした。
「左様でございますか。殿下のご決断、謹んでお受けいたします」
「ふん、強がりを言うな。私の隣には、このマリアンヌのような華やかで愛らしい花こそが似合う。お前のように毎日地下に引きこもって見えない精霊相手にお茶を飲んで遊んでいるだけの給料泥棒など、我が国には不要なのだ」
「ええ、殿下の仰る通りですわ」
全く反論してこないルシアに、エドワードは少し拍子抜けしたようだったが、すぐに鼻を鳴らした。
マリアンヌも勝ち誇ったように身を乗り出してくる。
「そうですわルシア。これからはわたくしが殿下をお支えいたしますの。誰も見ていない地下室でお茶会ごっこをしているだけの無能な方には、王妃の座は務まりませんものね」
「マリアンヌの言う通りだ。第一、なんだその薄汚い獣は! 神聖な王城で獣を飼うなど言語道断だ! 毛が舞って不愉快だ、さっさと捨てろ!」
エドワードが腕の中のノアを指差して吐き捨てると、マリアンヌも「きゃあ、不潔ですわ殿下!」と大げさに身を縮めて見せた。
その瞬間、ルシアの瞳の奥がスッと絶対零度に冷えた。
(……私を馬鹿にするのは百歩譲って許せるけれど、この子を侮辱するのは絶対に許さない。こんな男、一秒でも早く見限るべきでしたわ)
ルシアはノアの耳を優しく撫でながら、一切の感情を排した業務的な声で告げた。
「それでは、こちらが精霊様方の『好みの茶葉リスト』および『気分を損ねるNGワード集』、ならびに『突発的な天変地異の際の謝罪マニュアル』となります。わたくしはただちに城を去りますので、後任の方へのご指導はよろしくお願いいたしますね」
ドンッ、と十冊分ほどもある分厚い束を机に置き、ルシアは早足で出口へ向かう。
長年書き溜めた、血と汗と涙の結晶である。
「ま、待て! 今すぐ出ていくのか!?」
「はい。婚約者でも専属神官でもなくなったただの子爵令嬢が、王城の最重要機密施設に立ち入ることは重大な法令違反となります。今まで誠にありがとうございました!」
「いや、しかし引き継ぎが……!」
バタンッ!
ルシアは早口でまくしたて、足早に分厚い鉄扉を閉めた。
最後に少しだけ見えたのは、机の上に山積みになった途方もない量の引き継ぎ書を前に、呆然とするエドワードとマリアンヌの姿だった。
(あんなもの、香水と幻影魔法しか出せない女に読めるわけがないけれど……まあ、ご自分で『代わりはいくらでもいる』と仰ったのだし、完璧な自己責任ですわね)
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城を出たルシアは、ノアを抱いて北行きの乗合馬車に飛び乗った。
手荷物は小さなボストンバッグ一つ。
着替えの服が数着と、ノアのご飯が入っているだけだ。
馬車の窓から吹き込む風は冷たかったが、ルシアにとっては数年ぶりに浴びる『外の空気』だった。
「ふふ、空が青いわね、ノア」
「にゃーん」
向かう先は、極寒の厳しい土地として知られる『アズワルド辺境伯領』。
実は以前から、北の防衛を担う最強の武人と名高い辺境伯レオンより、熱烈なスカウトの手紙をもらっていたのだ。
『薄給で使われているという君の噂を風の精霊から聞いた。どうか破格の待遇で我が領地に来て環境改善を頼めないか。君の要求はすべて呑む』
その手紙には、王都では考えられないほどの月給と厚遇が記されていた。
数日の旅の後、アズワルド辺境伯領に到着したルシアを待っていたのは、国王よりも威厳があると言われる若き当主、レオン・アズワルドその人だった。
漆黒の髪と鋭い黄金の瞳を持つ彼は、見る者をひれ伏させるような覇気を纏っている。
「よく来てくれた、ルシア嬢。遠路はるばる苦労をかけたな」
「お招きいただき感謝いたします、辺境伯様」
「さっそくだが、君の力を見せてもらえるだろうか。我が領地は精霊の加護が薄く、一年中厳しい寒さと吹雪に悩まされているのだ。領民たちも凍えながら生活している」
案内されたのは、吹き荒れる吹雪で視界すら不鮮明な凍てつく雪原だった。
同行した騎士たちは厚手のコートを着込んでも歯の根を合わして震えている。
ルシアはノアを寒さから守るためにコートの中にすっぽりと包み込むと、雪原に向かって優しく微笑みかけた。
「あら、小さな雪の精霊さんたち。そんなに険しいお顔をしてどうしたの? わたくしの焼いた温かいジンジャークッキー、食べるかしら? とびきり甘くしてあるのよ」
ルシアがバスケットから甘い香りのする手作りクッキーを差し出すと、魔法のような光景が起こった。
それまで猛威を振るっていた吹雪がピタリと止み、何もない空間から小さな手のひらサイズの雪の精霊たちがわらわらと姿を現したのだ。
精霊たちは歓喜の声を上げてルシアのクッキーに群がり、幸せそうに頬張り始めた。
すると、厚い雪雲が信じられないほどのスピードで晴れていき、雲間から暖かな太陽の光が降り注ぐ。
足元の雪が溶け、わずか数分のうちに雪原の一部に美しい色とりどりの春の花々が咲き乱れた。
「なっ……!?」
周囲の騎士や神官たちが一斉に目を剥いて息を呑む。
氷点下の極寒から一転、穏やかな春の陽気に変わったことに気づいて、レオンは驚愕のあまり目を見開いた。
「素晴らしい……。たった一瞬で精霊と心を通わせ領地に春の恩恵をもたらすとは。君はまぎれもない天才だ。伝説の聖女ですらこれほどの奇跡は起こせまい。王都の連中は君ほどの逸材を薄給で地下に押し込めていたというのか?」
「ええと……はい、まあ。毎日お茶を飲んで遊んでいるだけの給料泥棒だと言われておりましたので」
ルシアが苦笑すると、レオンは突然その場に片膝をつき、ルシアの手を恭しく取った。
騎士たちが「閣下が片膝を!?」とざわめいたが、レオンは全く気に留めない。
「許せん。君のような美しく才能に溢れ、心優しい女性を虐げるなど。……どうか、我が領地に永住してくれないか。君の能力に見合うだけの恩返しをさせてほしい。いや、私自身が君のすべてを守ると誓おう」
その真っ直ぐで熱烈な眼差しに見つめられ、ルシアは思わず顔を赤くした。
「にゃーん」
ふと、レオンの足元でノアがコートから顔を出し、甘えるように鳴いた。
レオンはすっと目を細め、大きな手で屈み込んでノアの喉を優しく撫でる。
普段は初対面の人間には決して懐かないノアが、レオンの手にはゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄っていた。
「可愛い猫だな。君の大切な家族か?」
「はい……! 日も当たらない地下室にいた頃から、ずっと私を支えてくれた大事な子です」
「そうか。ならばこの子は、私にとっても恩人だ。今日から特製のホットミルクと、羽毛で作ったクッションをメイドに用意させよう。城の庭も自由に使ってくれ。君の大切な家族は、私の家族も同然だからな」
「辺境伯様……っ」
その言葉に、ルシアは心の底から救われた気がした。
自分を利用するだけだった王都の人間たちとは違う。
ルシアという人間だけでなく、ルシアの一番大切なものまで全肯定し、愛してくれる。
この人のもとでなら、今まで奪われていた幸せを取り戻せるかもしれないと、ルシアは心から思えた。
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その日から、ルシアとノアの生活は一変した。
案内されたのは、辺境伯邸でも一番日当たりが良く、美しい庭園が見渡せる温かな部屋。
食事の時間になれば、専属のシェフが栄養満点で温かい、色鮮やかな料理を運んでくる。
レオンは「君は今まで十分に苦労してきた。これからは私が与えるものをすべて受け取ってほしい」と言って、最高級のシルクのドレスや宝石を山のように贈ろうとした。
しかし、ルシアはそれを優しく微笑んで断った。
「わたくしはそんな贅沢なものは望んでおりませんの。飾らない温かいお洋服と、ノアや旦那様と一緒に日向ぼっこができる時間があれば、それだけで十分幸せなのです」
その言葉にレオンは最初驚いたようだったが、すぐに愛おしそうに目を細め、彼女の望む通りに「家族と過ごす穏やかな時間」を一番の贈り物にしてくれた。
ノアも大層な可愛がりようだ。
レオンは執務の合間を縫っては庭でノアと猫じゃらしで遊び、魚を自ら取り分けてやっている。
領民たちも、永遠の冬から領地を救ってくれたルシアを「春の女神様」と呼び、屋敷の外に出ればたくさんの花束や果物をプレゼントしてくれた。
ふかふかのベッド、美味しいお食事、惜しみない賛辞、そして愛するノアと、不器用ながらもとびきり深い愛情を注いでくれるレオン。
ルシアは辺境の大地で、いままで経験したことのない至高の幸せを噛み締めていた。
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一方その頃、王都。
「くそっ! 一体どうなっているんだ!」
エドワードは、自室の窓ガラスを叩きつけるような強風と、王都全体を覆い尽くす分厚い氷の景色を前に頭を抱えていた。
王都は数日間にわたって信じられないほどの猛吹雪に見舞われ、川も噴水も完全に凍りついていた。
原因は明白だった。
ルシアという唯一の慰めを失い、さらに「クッキーの味が落ちた」「お茶がぬるい」と文句を言った四大精霊たちに対し、後任のマリアンヌが「うるさい、精霊の分際でわたくしに命令しないで!」と逆ギレしたからである。
マリアンヌが残した引き継ぎ書を開きもせず、幻影魔法で誤魔化そうとした結果、精霊たちの逆鱗に触れたのだ。
ルシアへの扱いを知った精霊たちは怒り、王都だけをターゲットに天変地異の地獄を引き起こした。
火の精霊が暖炉の火をすべて消し去り、水の精霊と風の精霊が結託して王城を吹雪で包み込んでいる。
「殿下、これ以上はお手上げです! 精霊様方の怒りは頂点に達しており、『あの娘を返せ、さもなくば王都を氷河期にする』と仰っています。我々の祈りなど全く届きません!」
「な、なんだと……!? なぜそれを早く言わない! あの無能な女がいなければ、天気一つ変えられないというのか!?」
「無能だなどと! そもそも、あのワガママで強大な四大精霊のご機嫌を何年間もたったお一人で、しかもお茶とクッキーだけで完璧に取り続けていたこと自体が、人間の限界を超えた異常事態だったのです! ルシア様は間違いなく、我が国で最高の神官でありました!」
震え上がる神官長の叫びに、エドワードは絶望を顔に張り付かせた。
さらに悪いことに、異変に気づいた国王によりエドワードとマリアンヌが長年行っていた「情報統制」と「予算の横領」、そしてルシアに対する劣悪な労働環境の強要がすべて露見してしまった。
国王が視察用の分厚いコートを着込んだまま、激怒の形相でエドワードの部屋に乗り込んでくる。
「エドワード! 貴様、神官団の報告を偽造し、ルシア嬢一人に激務を押し付けた挙句に追放したというのは本当か! 我が国の生命線を担う恩人をあのような底浅い見栄張りのためだけに虐げていただと!? 貴様は王室の面汚しの大罪人だ!」
「ち、父上……! こ、これはマリアンヌが……っ!」
「言い訳など聞かん! 今すぐルシア嬢を迎えに行き、土下座してでも連れ戻してこい! 私も後から直接謝罪に向かう。もしルシア嬢に許されなければ、お前とマリアンヌの首を刎ねて精霊たちへの供物とする!」
ようやく事のあまりの重大さに気づいたエドワードは、顔面を蒼白にさせた。
凍傷になりかけた身体に毛布を何重にも巻きつけ、王都の備蓄から財宝をかき集めると、慌てて北行きの馬車に飛び乗った。
(ルシアがいれば直る。あいつはずっと地下で私を待ち続けていた健気な婚約者だったのだ、少し甘い言葉をかけてやって報酬を上げてやると言えば、喜んで戻ってくるはずだ!)
彼はまだ、自分がすべてを支配している気でいた。
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そして数日後。アズワルド辺境伯邸の豪華な応接室。
「ルシア! 頼む、戻ってきてくれ! 精霊たちが怒り狂って王都が完全に氷漬けなんだ! 俺が悪かった、婚約破棄は取り消すから!」
ボロボロの服に身を包み、鼻水を垂らしながらガタガタと震え、エドワードは高級な絨毯の床に這いつくばって叫んだ。
持ってきた財宝の箱が、無様に床に転がっている。
対するルシアはドレスに身を包み、優雅に紅茶を飲みながら完璧な微笑みを浮かべていた。
そして足元から、黒猫のノアがエドワードに向かって鋭い牙を剥き出しにする。
「シャーッ!! フーーッ!!」
「ひっ! そ、その薄汚い猫は……!」
「……ノア、ダメよ。あんな汚いものに触ったら、あなたの美しい毛並みが台無しになってしまうわ。こちらへおいでなさい」
ルシアはエドワードを完全に『汚物』として扱い、ノアを抱き上げて優しく頭を撫でた。
ノアはルシアの胸に顔を埋め、エドワードを警戒するように睨みつけている。
「あの、ルシア! 王都の天候が狂ってどうにもならないんだ! 食料も尽きかけている! 頼む、一緒に帰って精霊を鎮めてくれ! 君の力が必要なんだよ!」
「おや、不思議なことを仰いますね。『お前のような給料泥棒は不要だ』『マリアンヌがいれば十分だ』と仰ったのは、殿下ご自身ではありませんか?」
「そ、それは……私が間違っていた! 目が狂っていたんだ! 君こそが王都に必要な唯一の花だったんだ!」
必死にすがりつこうと手を伸ばすエドワード。
しかし、その手はルシアにスッと見事なまでに避けられる。
まるで触れることすら汚らわしいと言わんばかりの動作だった。
「え? 今さら何をおっしゃっているのですか?」
ルシアの声は、見事なまでに冷え切っていた。
そこには怒りも悲しみもなく、ただ圧倒的な『無関心』だけがあった。
道端の石っころに話しかけられているような、底知れぬ無関心。
「わたくしは現在、アズワルド辺境伯様と正式な婚約を結んでおります。すでに王都の人間ですらありませんの。殿下がわたくしをあの地下室から自由にしてくださったおかげで、私とノアの本当の価値を認めてくださる素晴らしい殿方と巡り会えました。むしろ、殿下のその浅はかなご判断には感謝しておりますわ」
ルシアがにっこりと笑うと、背後に控えていたレオンが一歩前に出た。
彼が静かに腰の剣に手をかけると、放たれる圧倒的な威圧感と極上の殺気に、エドワードは息を呑んで後ずさった。
「そういうことだ、エドワード第一王子。私の大切な愛する婚約者と家族にこれ以上無礼な言葉を吐くのであれば、例え相手が王族であろうとこの剣の錆にするが? 彼女はもう、私にとって命に代えても守り抜く存在なのだ」
「ヒィッ……!」
「わたくしからの返答は以上です。王都の吹雪の件はわたくしには一切関係ございません。どうしても解決したいのなら、ご自身で極上のジンジャークッキーでも焼き上げて精霊様方に土下座でもしてみればよろしいのでは? では、これからノアとお夕食を楽しむ時間ですので、お引き取りを」
冷酷に、しかし完璧な礼儀作法をもって扉が閉められ、エドワードの絶望に満ちた叫び声が廊下に虚しく響き渡る。
「待ってくれルシア! 見捨てないでくれぇぇぇっ!!」
エドワードが絶望の叫びを上げたその時、バタンと勢いよく扉が開き、息を切らした国王が護衛と共に駆け込んできた。
「エドワード! 貴様、まだルシア嬢に偉そうな口を利いているのか! 衛兵、この愚か者を捕らえよ!」
国王の号令と共に、エドワードは氷のように冷たい床に押さえつけられる。
国王はそのままルシアとレオンの前まで進み出ると、王冠を外し、床に膝をついて深々と頭を下げた。
「国王陛下……!」
「ルシア嬢……いや、春の女神よ。愚かな息子と悪女の専横に気づけず、そなたに地獄の苦しみを与えてしまったことを王として、一人の人間として深く詫びさせてくれ! 本当に、申し訳なかった!!」
一国の王が土下座する姿に、その場にいた全員が息を呑む。
さらに国王は、剣を抜いたままのレオンに対しても顔を向けた。
「アズワルド辺境伯。我が息子への非礼と殺気、一切咎めるつもりはない。むしろ、ルシア嬢を守ってくれたことに心から感謝する」
「……陛下っ! そのご誠意、確かに受け取りました。過ちを認め、私の家族のために、そして臣下である私にまで頭を下げられるあなた様が、私の仕える王で本当に良かった」
すべてを知り、自らの足で謝罪に来た国王の真摯な態度に、ルシアはふっと表情を和らげた。
「……陛下、頭をお上げください。わたくし、陛下のことは恨んでおりません。……ノア、少しだけおすそ分けしてあげましょうか」
「にゃあ」
ルシアがノアの頭を撫でながら小さく魔法を放つと、温かい春の風が一陣、王都の方向へと飛んでいった。
「これで、王都の完全な滅亡と罪のない民の凍死だけは免れるはずです。ですが、あくまで一時しのぎ。あとはご自身で精霊様と対話なさってくださいませ」
「おお……っ! 感謝する、ルシア嬢! 万死に値する愚行を許してくれたその慈悲、生涯忘れぬ!」
ルシアは国王に優雅にカーテシーを見せると、一度も振り返ることなくエドワードの横を通り過ぎ、レオンの差し出した腕をとって微笑みかけた。
「さあ、行きましょうか。今日のメインディッシュは、ノアの大好きな白身魚よ」
「にゃーん!」
「ルシア、相変わらず君は質素な服でも信じられないほど美しい。やはり明日は宝石商を呼んで、君の瞳と同じ色のサファイアを贈らせてはくれないか?」
「ふふっ、お気持ちだけで十分ですわ。わたくしの宝物は、こうして旦那様やノアと一緒に歩けるこの時間ですもの」
「……君には敵わないな。なら、明日は庭でピクニックでもしよう」
「ええ、楽しみにしていますわ、旦那様」
それから後。国王の真摯な謝罪とルシアのわずかな手助けにより、王都は辛くも完全な滅亡の危機を逃れることができた。
しかし復興への道のりは険しく、近隣諸国から足元を見られた価格で高額の食料や燃料を買う羽目になり、国庫は完全に空っぽになった。
情報を統制し国を滅亡の淵に追いやったエドワードとマリアンヌの罪は、さらに重いものとなった。
王族と貴族の身分をすべて剥奪されたのは当然のこと、王都の中心で一生涯、ヘドロ掃除をさせられるという最下層の強制労働の刑に処されたのだ。
「寒い……っ、ルシア、ルシアぁ……!」
永遠に終わらない過酷な労働の中、彼らは自分たちがかつて見下していたルシアがいかに偉大だったかを思い知り、血の涙を流して後悔し続ける日々。
だが、そんな愚か者たちの悲惨な末路の噂が、北の辺境まで届くことはなかった。
吹雪が去り、一年中花の咲き乱れるようになったアズワルドの美しい庭園。
澄み切った青空の下、ルシアは愛する旦那様と、少し丸々と太った愛猫と共に、永遠の幸福を手に入れたのだった。
思い出しながらざまぁっぽく書きましたが、もっと苛烈な方が良いのかどうか。
よろしければ感想や評価、ブックマーク等をしていただけると悩みが解消出来ます。




