第83話:『黒歴史の逆襲。 ―漆黒の翼と、夕飯のサバ味噌―』
地底から這い出したお母さんの「思春期の化身」。
しかし、お母さんの「主婦の現実」は、ファンタジーの設定すら一瞬で剥ぎ取ります。
魔界の皇子だろうがなんだろうが、九条家の敷居を跨げば、そこにあるのは「家事」という名の試練のみ。
お母さんの過去の妄想は、皮肉にも「夕食の準備を早める」という実利的な形で昇華されたのでした。
「……パパ。リビングの中央に、包帯を巻いて片目が紅く光ってる『銀髪のイケメン騎士』が正座してるんだけど。これ、誰?」
リィナが学校から帰宅すると、そこには九条家の古びたソファに不釣り合いな、豪華絢爛な甲冑を纏った青年が「我が名はフェニックス・オブ・エタニティ……」と低く呟きながら座っていた。
『リィナ。……お母さんが地底に埋めた「黒歴史」が、地熱とマントルの圧力で結晶化し、具現化してしまったようだ。……(属性:思春期の妄想)×(印:強制召喚)×(事象:設定の押し付け)。……よし。今、リビングの半分は「暗黒魔界・クジョウ」の聖域になっているよ』
パパが指を鳴らすと、テレビのリモコンが「聖剣エクスカリバー」に、お父さんのビールが「魔力の回復薬」に書き換えられた。
「ちょっと! 何よこのキラキラした男は! 掃除の邪魔だからどいてちょうだい!!」
台所からフライパンを持ったお母さんが現れた。その顔は、先日の羞恥心を引きずって、かつてないほど険しい。
「ククク……主よ。貴女が綴った『銀河の契約』に基づき、私はこの星を――」
「うるさいわね! (お母さんの現実逃避)×(属性:設定の上書き)×(印:ただの居候)! その包帯、怪我してないなら今すぐ解いて洗濯に出しなさいッ!!」
お母さんがフライパンを一閃すると、イケメン騎士の「漆黒のオーラ」は霧散し、彼の豪華なマントは「九条家の予備のカーテン」へと強制変異した。
「(印:物語の強制終了)×(印:ファンタジーの日常化)×(投げ銭:騎士へのエプロン)」
リィナが指を鳴らして助太刀すると、騎士は「魔界の皇子」から「家事手伝いの青年・フェニックス君(仮)」へと格下げされ、キッチンでサバの下ごしらえを命じられた。
「……あーあ。お母さんの黒歴史の産物まで、結局は『労働力』として吸収されちゃった」
「当然よ! 妄想で腹は膨らまないの! フェニックス君、そこ、生臭いからしっかり洗ってね!」
かつてお母さんが夢見た理想の騎士は、今や「サバの味噌煮」を完璧に仕上げるための強力な助っ人として、九条家の日常に組み込まれていくのでした。
第89話、ありがとうございました!
「包帯を洗濯に出せ」というお母さんのあまりに事務的なツッコミ(笑)。
フェニックス君がサバの下処理をしている図は、シュールを通り越して哀愁すら漂いますね。




