3
一気に書いてしまったのでちょっと修正がはいりました。
美咲の容態は右肩の脱臼と右第6肋骨の骨折、第4第5腰椎圧迫骨折、右大腿骨頚部骨折、左内側側副靱帯断裂、左膝蓋骨骨折、左脛部骨幹部骨折が主だった損傷だった。
頭に擦り傷はあったが、幸い中には異常はなかったそうだ。
たまたま美咲が階段から落ちるところを見たという患者さんがいて、階段の途中で、急に意識を失ったようにふわっとなりそのまま崩れ落ちるように、階段から滑り落ちて来たそうだ。偶然手すりに右腕がかかったのが幸いして、頭から落ちることはなかったようだった。その分どんな形で落ちたのか、両足の骨折が酷く、すぐに手術が始められ、高橋先生も縫合に入られたと聞いた。
幸い手術は成功した。頭部に外傷はない。
でも目を覚まさない。
午後はどうやって仕事をしたのかどうやって終えたのかも覚えていない。
気がつくとICUから少し離れた、だけどそこまで遠くない近くのベンチに座っていた。
一番近いベンチには美咲のご家族が座っている。
何が起きたのかも理解できない。
わかっているのは美咲が私の前にいない。絹人のように。
どのくらいそこにいたのかもわからない。凄く長くいたのかも、実はとても短かったのかも。
「やっぱりここにまだいたね」
気がつくととなりに高橋先生が座ってきた。
グリーンのスクラブの上にドクターコートを羽織っている。
手には珈琲とカフェオレ。
私の手にカフェオレを渡す。
──こういうところがモテる要因なんだろうな
握らされた好きなメーカーのカフェオレを見てぼーっとそんな事を思う。
「いつまでここにいるつもりかな?」
壮亮は自分の珈琲のプルトップをシャコっと開け一口飲んだ。
「わかりません…ただ…絹人のときみたいになりそうで……」
──怖い
晶湖はギュッと目をつぶる
「山崎さんはバイタルは安定してるよ。頭部に外傷もないし、自発呼吸してる。怪我は酷いけれどね。でも、腕が手すりに引っかかっていたのが幸いして頭は擦っただけですんでる。大丈夫、ちゃんと生きてるよ」
「でも、目をさまさないって…」
段々涙声になってくる。
「それなんだけど…。もし時間が許すなら俺と一緒にいってほしいところがあるんだけど、お願いできないかな?」
晶湖はそこで初めて顔を上げて壮亮を見た。
「こんなときに、どこに行くっていうんですか…」
壮亮は以外なところを示した。
「晃輔のところ」
晶湖はカッとなった。
「わ、わたしが今普通じゃないからっていうんですか!?こ、こんなの誰だってこうなるでしょ!それともトラウマになってるとかいうんですか!今、晃輔先生のところに行ったって、み、美咲はどうにもならないじゃないですか!」
美咲のご家族にも聞こえたかもしれない。自分の声が大きかったことで少し冷静になった。
涙が流れていつもの青いバッグからハンカチを取り出し涙を拭く。着替えてたことすら気が付かなかった。
「そもそも、今何時ですか。クリニックはもう閉まってるんじゃないですか」
少しふてくされたようになる。自分でも子供っぽいと思う。
「そこはね、なんとでもなるんだ」
美咲が怒ったことにも動じず、自分の顎をつまみながらどこかとぼけたように壮亮はいった。
「お兄さん特権ですか?」
「まぁそれもあるけど…」
壮亮はちょっと考えながら続けた。
「櫻川さんのためっていうのもあるけど、どっちかっていうと山崎さんのためでもあるかな?何ていうか…僕は専門外なんだけど…晃輔が…というか朔さんが?かな。何言ってるかわからないよね(苦笑)うーん、うまく言えなくて申し訳ないね。でも、できるなら行ってほしい。できれば今すぐにでも」
いつもは笑顔を絶やさず、ちょっととぼけたところのある壮亮が、最後の言葉だけは急に真剣味を込めたので、晶湖には余計にわからなくなってしまった。
「…行けば何かあるんですか?」
「多分。ごめん、絶対と言い切れなくて」
絶対と言わないところに寧ろ誠実さを感じて、晶湖は話をきてみる気になった。
──いつも助けてくれる高橋先生がそんな変なことするわけない
「行きます。」
晶湖ははっきり答えて立ち上がった。
「送っていくから。着替えてから職員用駐車場へ行くからそこで待ってて」
壮亮の着替えはとても早かった。いくらも待たないうちにメタリックグレーのBRZが目の前に止まった。
「乗って」
晶湖を乗せたスバルBRZはスムーズに走り出す。車の中は特にアクセサリーはなく、まるでビニールを取ったばかりの新品のようだ。
微かにレモングラースのような香りがした。
試乗車みたいだなと晶湖は思った。
「試乗車みたいとか思ってるでしょ」
なんでバレるんだろ。
「今度はなんでバレたんだろって顔してる」
特に晶湖の顔を見たわけでもないのに、壮亮は続ける。
「なんでわかったかって言うと、俺もそう思ってるからだよ。まだ納車したばっかりなんだ。」
壮亮は苦笑いしながらそう答えた。
加速もスムーズにコーナーもとても安定している。ブレーキで重心が前に行く感覚もほとんどないし運転が上手なんだなと晶湖素直には思った。
「運転お上手なんですね。納車したばっかりということはまだそんなに乗ってないんですよね?」
「そう?まぁ運転は好きだね。スポーツカータイプが好きでね。これの前はRX-8に乗ってたんだけどね、燃費の悪さとエンジンのメンテナンスの多さで奥様に怒られてしまいまして…」
やや大げさぎみにしょんぼりする壮亮がおかしくて晶湖は笑ってしまう。
「まぁ、そうなんですか。奥様、怖い方なんですか?」
「そりゃあもう…んん…そんなことはありませんよ」
その誤魔化し方もわざとらしくて晶湖は余計に可笑しくなった。思わずクスクスと笑ってしまう。
そのおかげか少し元気が出てきた。
「先ほどいただいたカフェオレ、ここで飲んでも大丈夫ですか?」
「勿論、そこのホルダー使って。缶ホルダーだけはね、付けたんだ…奥様の要望で(ぼそ)」
今度こそ晶湖は盛大に笑ってしまった。
私をクリニックの前で降ろすと、近くに従業員用の駐車場があるとかで、壮亮はそちらに車を停めにいった。
車を降りて、ふと顔を上げるとクリニックの診療項目と診療時間を表すの看板が目に入った。
心療内科の文字がいやにはっきりと読み取ることができた。
1階の貸店舗はシャッターが降りており、その右手側のガラスの入口を押して入ると中に小さなエレベーターホールがある。明かりは薄暗い。2階を押して待っていると、壮亮が走ってきたのか息を切らせて入ってきた。
「お、間に合った。」
ニコッと笑う。そんな仕草も様になる。恐妻家じゃなかったらちょっとできすぎでしょ、と晶湖は思う。それすらも作ってる設定なのかも知れないけれど。
エレベーターを上がり、クリニックの自動ドアが開くと、眼の前に朔が頭を下げて待っていた。
「お待ちしておりました、そうすけ坊っ…」
「はーい、おまたせ。ありがとうね、朔さん。晃輔はいるかな?」
何か言うのをを遮るように言葉を被せると、朔は少し嫌そうな顔をしたが、晶湖の存在を思い出し、言葉にはせず、黙ってお辞儀をした。
それから晶湖に笑顔を向けると、低くて落ち着いた声で優しく声をかけた。
「櫻川様。よくぞいらしてくださいました。とても大変でしたね」
その途端ぶわっと晶湖の中で何かが溢れた。
「あの、友達が、階段から落ちて…意識がなくて…頭打ってないて」
混乱して上手く説明できない晶湖を、朔が肩を抱き頭を撫でる。それを壮亮は少し珍しそうに見つめていた。
声が聞こえたからか、第2診察室から晃輔が出てきた。
「兄貴、連絡ありがとう。っ!」
晃輔はそう言いながら朔に慰められている晶湖を見る。
一気に表情が険しくなった。
その表情を見て壮亮はため息をつく。
「俺にははっきりとはわからないけれど…やっぱりそうなんだ」
「嘘つけ、わかってるくせに。だいたいこっちに送ってきたときに間違えたことないだろ。」
「良しとくれよ。俺は怖いのは苦手なんだ」
壮亮はやめてくれとばかりに両手のひらを上げてポーズを取った。
晶湖には何の話かわからない。
「お二人とも無駄なおしゃべりしていないで、患者様を」
朔が二人を睨む。
「ああ、櫻川さんごめんね。診察受けに行こう」
壮亮が朔から晶湖を受け取る。
「兄貴も聞くのかい?」
「一応、ね。これは多分、俺にとっても無関係ではない気がするんだ」
普段はほとんど見ない壮亮が診察に同行するのは珍しい。晃輔が訝しく壮亮を見つめていると、壮亮は首をすくめる素振りをした。
「という訳で、朔さん、悪いけれど俺にも珈琲を頼むよ」
スっとはぐらかすように朔に話しかけると、朔は呆れたようにため息をつき、優しく晶湖の背中を叩いた。
「診察に行ってらっしゃいませ。珈琲をお持ちいたしますね?ミルクと砂糖はどうなさいますか?」
「…両方お願いします。」
この間は緊張して断ってしまったが(それでも美味しかったが)本当はミルクと砂糖を入れる派なのだ。
「承知いたしました。さ、センセ、お願いいたしますね」
朔は晃輔に向かって、少しだけ晶湖の背中を押し出した。
診察室に入ると、晶湖と晃輔は先日と同じように座り、壮亮はふたりがそちらを見ないと見えないような少し後ろの方に陣取った。
朔が静かに3人分の珈琲をハンドル付きのシルバーのトレーに乗せて運んでくる。ふたつは白いソーサー付きの珈琲カップ、ひとつはやはり白いマグカップ。
それぞれの位置に珈琲を置くと、朔は裏から部屋をでた。
「そうだね。また、まずは1口珈琲を飲んでから始めようか」
晃輔の言葉に晶湖はこくんの頷いて、ミルクと砂糖を入れて金色のスプーンで掻き回す。スプーンをソーサーに置くとまだ回転が残ってるところをゆっくりとコップに口つけた。
──やっぱり美味しい。
ほぅっとまた息をついた。まだ2回目なのに、もうここの珈琲を飲むと、1口目にはこうなるのが癖になっていると晶湖は思った。
「さて、櫻川さん」
晶湖が落ち着いたところを見計らって、晃輔は声をかけた。
「はい」
「ごめんね。今から嫌な事を聞くけれど、疑問に思うかも知れないけれど、思いつくままに答えてほしい」
「は…い…?」
晶湖は半ば疑問形で返事をする。思わず壮亮を見る。壮亮は無言で頷いた。
晃輔は続ける。
「最近、何か忘れているんだけど、思い出せずにいることがあったりする?」
「ある…と思います。最近も、あれ何だったっけ?て思うのですが、モヤがかかってるような感じで思い出せないことがあります。」
それは最近いつもだ、今も…ほら思い出そうとしても出てこない。
「うんうん、なるほどね」
晃輔はカルテに書き込みながら質問を続ける。
「最近…眠れなかったときに誰かの声が聞こえたりすることはある?」
いくつも意図の読めない、教科書にも書いていないような質問を晃輔は淡々と続けていく。
その間壮亮は何も言わず後ろで珈琲を口に運びながら聞いている。美咲の頭の上には?マークが浮かびっぱなしだ。
「誰かに嫌われている?いるとしたら思い当たる人はいる?もしくは恨まれている」
「え?…それは…いる…と思います。知らないうちに傷つけてしまっている方とかいらっしゃるでしょうし…」
「具体的にはいないかな?」
「私が鈍感なだけでいるかも知れません」
「ふむ。じゃあ、誰かに好かれている。あなたを好いている人は?」
「それは、いてくれると思います。両親とか友人とか…」
──絹人…美咲…!
「そうだよね。でもそういんじゃなくて…えーと誰かに愛されている…いやこの場合、執着されている…かな?」
「っ!」
執着と言われ、真っ先に浮かんだ顔があった。
最近では思い出すだけで、首から肩に力が入る。目が合うだけで息ができなくなる。
最初はそこまでじゃなかった。
──じゃあいつから?
───絹人が亡くなった後から───
「っ!」
「櫻川さん!」
猛烈な吐き気と目眩にソファーから前のめりに崩れ落ちそうになる。とっさに晃輔は体を抱きかかえて自分に寄りかからせ地面に座らせる。冷や汗が出て停まらない。
急に忘れていた何かを思い出す。あの時なんて言った?中林先生はなんて言った?
───ああ、うまくいった───
「あの時…中林先生が…っ」
「無理して話さなくていいからっ!」
吐き気を抑えながら、無理に話そうとする晶湖の背中を擦りながら晃輔は話すのをやめさせようとするも、晶湖は必死に続ける。
「ああ…あの時、絹人のお通夜のとき、な…なか、中林先生が確かに言ったんです!う、うまくいったって!眠っている絹人に向かって確かにそう言ったんです!それで…それで…っ!」
「櫻川さん!」
「それで、私に笑いかけたんです」
全身が泡立つ、冷や汗が停まらない。顔面は蒼白となりガタガタと身体が震え、歯の根が合わない。
──なんで忘れていたんだろう、なんで…!
それから、晶湖は中林を余計に避けるようになった。忘れてはいたが、心の片隅に一緒にいてはいけないと感じ取っていたのだろう。
「話してくれてありがとう。ごめんね。辛かったね、もう大丈夫。ゆっくり呼吸して、ほら、過呼吸になってしまうよ。大丈夫。頑張ったね、ありがとう。」
晃輔は子供をあやすように抱きしめながら、冷や汗でびっしょりになって顔に張り付いた髪の毛を直してやり、頭をなでる。その間に壮亮は朔を呼んでタオルを持ってくるように言った。
「ゆっくり呼吸して」
繰り返される低くて優しい声に晶湖は段々と落ち着いていった。
「あの、落ち着きました。ありがとうございます。大丈夫です」
落ち着いてくると、晃輔が自分を抱きしめていることに気がついて急に恥ずかしくなった。
「あ、あ、そうだね。だ、大丈夫かな?」
晶湖が落ち着くと晃輔も落ち着いてきて、急にぎこちなくなる。でも晶湖は急に何かを思い出したように晃輔にしがみついた。
「あっ!それに、先日、偶然食堂であったとき、一緒に食事をって誘われたんですけれども、美咲が起点を利かせてくれて、一緒に食事をしなくて済んだんですけれど、その時、美咲をものすごく睨んでいたんです。一瞬見間違いかなとおもったのですが、私がお辞儀したときはいつもの穏やかな表情だったので。でももしかしてこれも関係ありますか?」
ちょうど晶湖を意識したところで、両手で服を掴まれて晃輔は更に急にぎこちなくなる、それを見ながら壮亮は笑いを噛み殺していたが、ちょうどその時朔がタオルを持って部屋に入ってきた。
「櫻川さん、大丈夫でございますか?ベッドで横になりますか?」
晃輔をどけとばかりに横へ押しやると、晶湖の身体をバスタオルで包み、男二人から身を隠すように抱きしめると顔や首元をを温かいおしぼりで拭いてやる。化粧は落ちてしまったかもしれないが、元々薄化粧だったのか、美しさは変わらなかった。
「ありがとうございます。だいじょうぶです」
「全く、男二人でか弱き女性を怖がらせて!何をやっているんですか!」
朔の叱責が飛ぶ。
「誤解だよ、朔さん」
「お黙んなさい。全く壮亮坊っちゃんもいながらなんていう体たらく」
こっそり珈琲を飲もうとした壮亮は吹き出しそうになった。
「おっと、それは飛んだとばっちりだ。俺はほぼほぼ部外者だよ」
「兎に角、お二人とも部屋から出ておいきなさい。このお嬢様の身体の汗を拭きますから」
有無言わさず、男性陣二人は朔に部屋を追い出される。
「あ、あの大丈夫ですから」
晶湖は慌てて断ろうとするが、こういうときの朔は譲らない。
「何をおっしゃっているんです。こんなに汗びっしょりで、風邪でもひいたらどうしますか」
半ば強引を通り越して強制的に、晶湖はクリーニングしたてのナース服に着替えさせられてしまった。
さて、何かわかったのかな?
追い出された二人は第一診察室に入ると、壮亮が興味津々とばかりに聞いてきた。
「…彼女の亡くなった恋人というは、もしかして白川くんだったのか?」
「…ああ、そうか。晃輔は通夜で彼女にあってないか。…そうだよ。白川くん。お前がまだ医局にいたときは二人は付き合ってなかったかもしれないな。」
──白川絹人。まだ僕が医局にいたときは学生だった。僕自身はあんまり会ったことはないけれど小柄でどちらかというと童顔でおっとりした印象だった。
「兄貴がかわいがっていた彼か。」
兄貴との会話でよく出てきた、とても勉強熱心だと。よく兄貴に質問に来ていて、面倒くさいといいながら本当は満更でもなかったようだった。
「ああ…彼は勉強熱心で患者の話をよく聞く、とてもいい先生だったよ。患者さんにもとても好かれていた」
「⋯中林先生というのは…?」
晃輔は中林という医師をあまり知らない。
「ああ…彼は…」
そこまで言って珍しく壮亮は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「白川くんの同期だそうだ。消化器内科だったと思うが…あまり良い噂は聞かないね。特にうちの看護師さん達のお言葉を借りると『蛇男』と呼ばれているそうだよ。白川くんがあんな事になった後、随分櫻川さんにご執心だとをチラリと聞いたことがある」
「なるほど蛇男ね」
「何がなるほどなんだい?ご執心なところかい?」
壮亮にはそこまでピンときていないようだ。
「今回の彼女についているものさ」
「…あー…」
壮亮は途端に嫌そうな顔になる。知りたがるくせに怖いものは嫌いだ。そう、昔から。
「朔さんの見立てではうわばみの類とのことだが、それらを動かすには媒体が必要ならしい。多分媒体は二つあって、中林はそれぞれに中身の違う媒体を渡したんだろう。一つは白川くんの命を奪うもの。一つは今櫻川さんを縛り付けているもの。だが、それだと櫻川さんのご友人の件がわからない。」
晃輔は淡々と話す。
「一つはまだ櫻川さんが持ってると思う。そして、美咲さん?櫻川さんのご友人のことを考えると中林は媒体を持ち歩いているんじゃないかと思うんだ」
さっきは動揺してちゃんと聞いていられなかったが、たいみんぐとしてはちょうどいい。
そこで晃輔は壮亮に向きおった。
「兄貴、悪いんだけど、櫻川さんが持っている媒体を彼女から借りてきてくれないかな。お守りなのか、アクセサリーなのか護符なのかなんだかわからないけど、必ず中林からもらった何かを持ってるはずなんだ」
「えー…それ怖いものじゃないの?」
実は存在が守り神みたいな人についてもらっているくせに何言ってるんだ、と思いながら、
「大丈夫、どうせ兄貴には何もできない」
晃輔は半ば呆れたように断言した。
「何かかえってすみません。ユニフォームをお借りしてしまって」
男性陣二人が呼び戻されると、晶湖は何だか改まって恥ずかしくなってしまった。
フードの着いた薄手の藤色の上着の下にナース用ユニフォームの上だけ着込み、下はクリーム色のリブマーメイドスカートというおかしな格好である。
「いえいえ、使っていないユニフォームですし。寧ろ、うちの受付が強引で申し訳ない」
ギロリと朔が睨むが晃輔はそちらを見ない。正確に言うと怖くて向けない。
「それじゃ兄貴、頼むよ。」
朔の言葉は聞こえないとばかりに晃輔は壮亮に頼んだ。
「もちろん、しっかりご自宅まで送り届けて参りますよ」
「そんな申し訳ないです。電車で帰れます」
話が二人で勝手に進んでいてさらに晶湖は恐縮する。両手のひらをぶんぶん振り回してお断りする。
「何を言っているんです。こんな時間に若いお嬢様が、。壮亮坊ちゃん、ちゃんとお願いいたしますね」
「はいはい、あ、櫻川さんここでの会話、特に坊ちゃんのくだりは職場では内緒にしてね」
いつものおどけた口調に戻って人差し指を唇に当てる仕草は、いつもの見ようによってはキザな、でも壮亮には似合ってしまう仕草だった。
晃輔も駐車場まで送って行くと、乗る際に思い出したように言った。
「嫌な事を思い出させて申し訳ないけれど、中林先生から何か貰ったものとかないかな?形に残ってる…お守りとか、おまじないとか…アクセサリーとか」
晶湖はすぐに思い当たる節があった。
「あります!中国だったか台湾だったかのおみやげで何かのお守りたと。私と亡くなった彼に1つずつ、お揃いでって。…彼のは棺桶に入れましたが」
「なるほどね」
何かを考えるように一瞬目線を外すと、晃輔は晶湖にそれを貸して貰えないか頼んだ。
「大事にしているようだったら申し訳ないけれど、出来れば見せてほしい」
何がどう繋がるのか晶湖にはさっぱり分からなかったが、この二人の兄弟は信用できる。何とかしてくれる。いつの間にかそんな気持ちになっていた。それに、あのお守りは怖くて持っていたくなかったからちょうどよかった。
「明日、持って来ればいいですか?」
「お願いしていいかな?兄貴に渡してくれていいから」
「それは、申し訳ないです」
先生に頼むなんて、と晶湖は恐縮する。
「だいじょうぶだよ、気にしないで。もしすぐ出せるなら、送ってくついでに預かろうか。出来れば持っていたくないだろう?」
「よろしいんですか?」
「もちろん、残念ながら晃輔がこういうなら早い方がいい」
壮亮は何故か諦め口調。晶湖は晃輔を見る。晃輔はゆっくり頷いた。
「わかりました。お渡ししますのでお願いいたします」
2人を見送ったあと、クリニックに戻ってきた晃輔を入り口で出迎える朔。
「1個はそれだろうね。もうひとつは棺桶に入れたと言っていたけれど…」
「いいえ、間違いなく、その男が持っています」
朔は断言する。
「どのような術かまでは分かりませんが、おおよそのモノノ怪の正体はわかっております。後は何とかそそ男をおびき寄せなくてはなりませんが…」
そこまで言って朔はひとつため息をついた。
「またあのお嬢様に怖い思いをさせるのは忍びないですわね」
それからくるっと向きを変えて晃輔に言う。
「いいですか?あのお嬢様をお守りするのはあくまで晃輔坊ちゃんですからね!」
「は、はい。わかりました。でも彼女の前で坊ちゃんはやめてくれぇ」
晃輔の頭の中でおおよその作戦はできた。多分朔も同じように思っているだろう。
そのためには、もう一度晶湖を怖い目に合わせてしまう可能性があるが、晶湖だけは絶対に守ってみせると晃輔は思った。




