不可解な隣人
エアコンの効いた部屋から外へ出ると私の口が思わず呟いた。
「……さむっ」
ドアを開けるなり灰色の冬の住宅地の景色とカサカサの風──。最近暖かい日が続いていたので油断しかけた。セーターだけ着て、防寒着はいらないかなと思ったけど、羽織っていてよかった。なければ部屋に引き返してたとこだ。そんなことをしていたら時期を逸してしまう──
カチャリと音がして、隣の部屋のドアが開いた。
私が立っていることに気づいて、彼が少し慌てたような顔をする。
「こんにちは」
私が挨拶をすると、仕方なさそうに笑ってくれた。
27歳ぐらいだろうか──綺麗に整えている髪は好印象。だけどどう見てもチョイ悪といった感じの男の人だ。
「寒いですね」
私が笑顔でそう言うと、彼が嬉しそうに笑った。黒いピチピチのカットソー姿なのにあまり寒そうにしていない。でも私の言葉に同意するように、急に寒そうに自分の身体を抱くと、うなずいた。
「寒いですねー。身も心も」
身も心もという言葉が面白くて、私はつい、笑わされた。
「これからお出かけですか?」
「今晩のごはんを買いに行くんです」
「何か温かいもの、作られるんですか?」
「めんどくさいのでお弁当ですよ」
それだけ会話をして、私は階段を下りた。
駐車場には私と彼の自動車しかない。ぜんぶで四室のこのアパート、住んでいるのは彼と私だけなのだ。
彼も車で出かけるのだろう。
私は暖気をしながら、彼が降りてくるのを待った。
何をしているのか、なかなか降りてこない。
ようやく階段に靴の音を鳴らし、降りてきたかと思ったら、自分の車には乗り込まず、私の車の窓をノックしてきた。
「どうしたんですか?」
窓を開けて私が聞くと、彼はなんだか思い詰めたような顔をして、しかし決心したように質問をしてきた。
「あの……。前から思ってたんですが……、僕が車で外出して、帰ってくるとあなたの車がいつもないんですよ。偶然だろうけど……、気になってて──」
「偶然ですよ」
安心してもらおうと、私は微笑んだ。
「私のほうも、私が外出する時、いつもあなたの車がないので、ちょっと気になってました」
「そうですよね」
ホッとしたように彼が笑う。
「すみません。へんなこと聞いて──」
安心した笑顔で彼が自分の車に乗り込む。
型遅れの白いクラウンアスリートだ。
とても彼に似合っている。貧乏なDQN風味の改造がまたイカす。
彼が出て行くのを見送ってから、私も自分の軽自動車を発進させた。
どこにでもある、ありふれた、シルバーの軽自動車だ。彼に勘づかれる心配はない。
「さてと……」
スマホを取り出し、彼の服に取り付けた発信機を追う。
「今日はどこへ行くのかな? 楽しみっ!」
46歳にもなって、まだこの趣味がやめられない。
彼の言葉が脳裏に再生される。
「寒いですねー、身も心も」
その通りだ。
歳を取るにつれ、身も心も寒くなるのだ。人生が冬を迎えたように。
かわいい男の子をこっそりと追いかける趣味に私が走るのも、仕方がないだろう。
彼もまさか私がストーカーだとは気づいていないことだろう。
20歳も上のおじさんが、まさか、そんなことをしているとは、気づいてもいないだろう。
冬の寒さが身に沁みる。
いつか彼のことを、抱きしめたい。




